Stagnazione

  トレーニングセンターで身体を鍛えながら、最近の虎徹は常にバーナビーのことを考えていた。
 コンビと言いつつも、バーナビーは今日も一人で仕事だった。雑誌の撮影だそうだ。
 それに対してどうこう言うつもりもないが、お前たちは釣り合わないと言われているようで、そこが辛い。
 バーナビーは相変わらず二人きりになれば好きだと言ってくるが、虎徹から好きだと言ったことはない。
 ごろごろと坂道を転がる石のように、心だけはバーナビーに近づいて行っているのに、好きだとは言えない。
 変なプライドなのかもしれない。ただ、娘の父親として、彼女の母以外を選ぶのは……楓に申し訳ない。友恵にも申し訳ない。
 彼女たちを愛している。
 バーナビーを愛していないわけじゃない。
 ただ、愛しているとは言えない。
 それは彼女たちを裏切ることになる。
 トレーニングをしながら、だんだんと切なくなってくる。
 こうして体を鍛えてヒーローとして活動するけれど、バーナビーにはかなわない。
 勝ちたいわけじゃない。でも、バーナビーと対等になりたい。
 でも、それは無理で。
 盛りを過ぎたおじさんと、これからの青年。
 違いすぎる。
 ため息しか出てこない。
 適度なところで虎徹は切り上げると、汗を流してその場を後にする。
 出来るだけバーナビーと逢わないように虎徹はセンターを後にした。
 どうせ、ロイズは虎徹がどこにいようとも関係はないだろう。
 シュテルンビルドの街に繰り出し、虎徹はぼんやりと街中を歩く。
 街頭ではさまざまなニュースが流されている。この間の事件報道の再放送やら、何やら。
 だが、誰も虎徹に気づくことはない。気づきはしない。
 ポケットに手を突っ込みながら、ぶらぶらと当てもなく街を歩く。
 時折ふらりと店に入ってみるが、目的があるわけでもなんでもない。
 ただぼんやりと、並んでいる商品を眺めるだけだ。
 ふらふらとしながら大通りに差し掛かった時、巨大モニターにバーナビーが映っていた。
 この間撮影が行われていたという、バーナビーの私生活を追った番組。
 おもにバーナビーのみに焦点があてられていたので、バーナビーとコンビを組んでいる虎徹にテレビカメラが向けられることはなかった。
 モニターの中でバーナビーはごくごく私的なことに答えていた。
 家族を作りたい、と。守れるものを作りたい、と。
 その言葉に、虎徹の心臓が大きく跳ね上がった。
 家族? 守りたいもの?
 それは一体誰のこと…?
 関係ないと、釣り合わないとあきらめているくせに、こういう言葉を聞くと、虎徹は言いようのない不安と焦燥感に身を焼かれる。
 一体誰のことを言っているのだろうと気にしてしまう。
 バーナビーのいう家族、守りたいものとは誰なのか。
 それが自分であればいいのに、と思う反面、バーナビーに釣り合うのは太陽のように明るく全てを包み込んでくれるような穏やかな女性だろうと考えてしまう。
 自分ならいいのに、自分じゃだめだ。
 ぐるぐると答えの見つからない気持ちに、虎徹は段々と嫌になってくる。
 認めてしまいたい、認めてはいけない。
 二つの感情は折り合いをつけることができない。
 片手でがしがしと髪の毛を引っかきまわすと、これ以上バーナビーを見たくなくて、モニターにくるりと背を向けて走り出す。
 バーナビーに応えることができない自分に、悔しいのと情けないのとで叫びだしたくなるのをぐっとこらえる。
 逃げるように走ってたどりついたのは、海の見える公園だった。
 以前バーナビーとも来たことのある場所に、虎徹はなぜあえてここに来てしまったのだろうかと、後悔が押し寄せる。
 バーナビーと一緒に入れるのはうれしいけれど、最近はつらい。
 好き。だから、辛い。
 彼の将来を潰してしまうわけにはいかない。
 こんなおじさんにあんなことをするなんて間違っている。
 でも……うれしい。
「らしくねぇ…」
 ぼそりと零し、眉根を寄せて困惑気な表情で虎徹はベンチに腰を下ろした。
 海から吹きこんでくる風は潮の香りが強い。
「好きって…言えたら……楽なのに…」
 そっと右手で結婚指輪を撫でる。