Into the fantasy-幻想の世界へ-

あれから程なくして。
戦意を喪失した兵達は引き上げていった。
種を自国に持ち帰り、今ではウィルスの患者は減り始めているという。
そして、ダリア博士は世界協議でアーク王国・インペリテ王国の席に置いてマルムステン公国の開発案を提唱した。
当然、連合王国の案は棄却され、その開発案が採用されることになった。
このニュースは王国市民に広く伝わり、王の辞任が可決したらしい。

そして俺は…。

「痛、いてぇよ、もっと優しく治療できねぇのかこのバカ医者!」
「えぇい、黙れ、この私が直々に治療してやると言っているんだ!」

まだ島の病院に入院していた。
というか、今回は先の戦いの所為で本当にケガしてるんだけど。
「っていうか開発の方は良いのか?」
「あぁ。なんとか形になりつつある。今はほとんど部下に任せてある」
「っていうか、結局あんたには助けられっぱなしだな」
「ふん、そう思うんだったら開発費をもっと援助しろ貧乏王子」
「事情分かっててそういうこというかな…」
ワクチンの開発は着々と進んでいた。開発に使われてるのはあの施設だ。
なんでもスペースがあって地下水脈があったり根っこがあったりで、いろいろ調査しやすいらしい。
がらら
「よいしょっと」
通い慣れた部屋の花瓶の水を換える。もう今は誰もいないけれど…。
患者は結構いたけれど、この部屋だけは変えないようにダリア博士に頼んでいた。
こと。
「ふぅ。これでよし、と」
がらら
「辛気くさい顔をしているな…」
ダリア博士が入ってきた。
「あんたもな」
「すまなかったな」
「何が」
「私がつかまらなければ、まだ彼女は生きていたのかも知れない」
「いや、いいんだ。結局あいつは…アンジュは長く持たなかったんだろう?なら…これで正しかったんだよ。でも、どうしてだろうな、こんなに悲しいのは…」
「悲しいなら…何故泣かない」
「泣けないよ。だって俺にはまだ…彼女の笑う姿が…忘れられない」
「でも、お前は笑っているべきだろう?そんなことではあの子も」
「…無理だよ」
心から…
「笑うなんて…俺には無理だよ」
苦笑するのがやっとさ。
「だって俺が…殺したんだ」
「………」
「………」
「…辛いことを、させたな」
「あいつ言ったんだ。すっげぇ苦しいはずなのに。最期に。俺に。ありがとうって…俺…俺…」
「………」

花瓶の水を換えて、シーツを洗濯をして、ユグドラシルの根本にある墓に祈りを捧げる。
それが俺の日課になってた。
部屋で本を見つけた。お花百科事典。アンジュが何度も呼んでた本。
ふと、栞が挟んであるのに気付いて、そのページを開く。
そこには、アンジュの好きな花がのっていた。
一つ目の栞。オリーブ。二人で見に行った花だ。花言葉は…平和、か…。
リナリア。アンジュがいつも俺の部屋に活けてくれた花。
花言葉は………。
「ごめんよ…気付いていたんだ…でも…なかなか答えてあげられなかった…」

その夜のことだ。
コンコン
「んぁ?」
夜も遅く、俺の部屋を訪ねてくる者が居た。
「えへへ」
がらら…
訪問者は俺の許可も取らずに勝手に侵入してきた。
「んーむにゃむにゃ、だれだよこんな時間に…って。わーーー!!」
「しーっ、みんな起きちゃう」
訪問者は裸の少女だった。雨でも降っていたのか、びしょ濡れである。…体がだぞ。
そして胸には黒紫の斑紋が放射状に広がっていた。
「お散歩しようよ」
「その前に体を拭け。服を着ろ」
少女は微笑んだ。

月明かりの下、二人の散歩は始まった。

「ここ!この橋壊れて大変だったね!!男の子も助かってよかった」
「俺はどっかのバカが飛び込んできてからが大変だった…」

「ケニーさんの畑、ちょっと荒れちゃったね」
「これでピーマンは暫く封印できて良いんじゃないか?」

「オリーブの花、散っちゃったね」
「また来年見に来ればいいさ」
「………」

「釣れないからって海に飛び込もうとしてたよね」
「この辺りの海は俺に喧嘩を売ってるんじゃないか」

二人の散歩は長く短かった。時間を埋め合うように、喋った。
結構歩いたつもりだったけど…楽しい時間が過ぎるのはあっという間で…。
夜明けが近くなると、俺達は、最後にあの丘に来てた。少し道から外れた、島を、オリーブ畑を見渡せる丘。
遠く、海では月の光がキラキラと反射して輝いている。
「楽しかったよ」
「そりゃよかった」
「………」
「………」
ザァァァ…
風が吹いて草木を揺らす。
いつか聞こえてきたカモメ達の声は聞こえてこない。
「最期のさよならを言いに来たの」
「最期…なんで」
「この夜が明けたら…これでお別れなんだ」
「そんな…俺があのとき引き金を引かなければ」
「ううん…感謝してるの」
「何言ってんだ…俺がお前を殺したん」
「でも死は私を救ってくれた。苦しみから解放されることができた」
ザァァァ…
また風が吹く。
「まったく…勝手に戻ってきたかと思えばまたどっかに行くとか」
ぽふ…
「ごめんね。私がいないと、朝起きれないし、御飯は作れないし、記憶が無くなっても思い出せないよね」
「なんだよ泣いてんのか?」
「泣いてなんか…ないもん」
「それじゃぁもっと近くで顔見せてみろよ」
「ほら!」
そういって顔を近づけ笑う。そのまま俺は口吻た。
「ん…」
「ねぇ兄さん…私…いなくなっちゃうけど…がんばってね」
「アンジュ…」
「大好き…」
「俺もだよ…」
そういって最期、アンジュは俺の腕の中で眠りについた。
朝焼けが差す中、空の月がスーッと消えていった。

















数ヶ月の時が過ぎた。
俺はあれから爵位を正式に次ぎ、世界をかけずり回った。
ウィルス絡みの件でダリア博士の使いっ走りをさせられてた、と言う方が的確かも知れない。
世界から、ウィルスを消すことは出来ないけれど、発病数は9割は削ぐことが出来たと思う。

季節は流れて…

「ちわっす」
「む…お前か。久しいな」
12月、冬の夕暮れ。俺は島の病院を訪れていた。
っていうか、あんたの開発をサポート、それを世界規模でやるために俺は国を離れていたわけなんだが…。
「診察か?」
「侵察の間違いじゃないのか?」
無言で懐からメスを取り出す。
「ははは…でもその必要はないよ」
「ん?どうした。とうとう元からおかしい頭がさらにおかしくなったか?」
「…ちげーよ。俺も…そろそろ"寿命"かなってね」
「…そうか」
「実はもう、左目が利かない。半規管もいかれてきてる」
「………」
「なぁ、少しでないか」
「いいだろう」

俺達はオリーブ畑の見える丘に来ていた。ここからは街も眺めることが出来、
この季節ということもあってか、キラキラとイルミネーションが輝いていた。
「街…大きくなったな」
「私の御陰だ」
「はいはい、そうですね」
「む…」
「あ…」
気付くと、雪が降ってきていた。
「雪、だな」
「通りで寒いわけだ」
雪にぼやけた街の明かりが、幻想的に輝く。
「綺麗だな」
「あぁ…」
しばらく、無言で眺め続ける。
そして次第に眠気が襲ってきた。
「ダリア博士」
「なんだ」
「そろそろ逝くとするよ」
「そうか…あの子によろしくな」
それを最期に俺の意識はぷつりと途絶えた。


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灰色の靄の中を歩いていた。なんだここは。
闇雲に歩き続けると、いきなり視界が開けた。
その眩しさに一瞬目が眩む。
次第に目が慣れてくると…そこはとても綺麗な場所だった。

白い壁…水色の窓…たゆたう睡蓮…せせらぐ川
灰色の階段…ひび割れた柱…囀る小鳥
佇む少女

少女は楽しそうに小鳥と会話をしている。
俺が近づくと、小鳥が飛んで逃げていってしまった。
そして少女は何事かと振り返ると俺に気付き、笑う。
「…来ちゃったんだね」


-Doll-