2章-コンツェルトをもう一度-

寒い季節が訪れようとしてた。病院の中庭の木々はすでに纏う葉を全て風に託していた。
けれど…花壇が寂しくなったのは…寒くなった所為じゃない。

コンコン
「はい。兄さん?どうぞ」
がらら…
アンジュの名札が下がった、金属製の引き戸をあける。
「ほら」
「ありがとう」
俺は女医の淹れたホットカリンのカップをアンジュに手渡した。
「熱いから気をつけろよ?」
「わかってるよ」
あの秋の嵐から、一ヶ月程度。アンジュの塩梅の遷移は決して芳しいものとは言えなかった。
よくはわからねぇけど…ベッドから出るのは食事をとる時と用を足しに行く時と体を洗う時と…数えるほどだ。
たぶん…あれから俺は毎日こいつの病室を訪れてる。

「おい」
「なんだ」
「アンジュの具合は良くはなっていないのか?何故ベッドに縛り付ける必要がある?」
「………」
「おぃ、応えろ…!」
「…患者を待たせてる」

女医は、答えなかった。
幾度と無く俺は問うたが、いつもはぐらかされてしまった。
その真意は…わからない。

「…さん、兄さん!」
「ん?」
「ん? じゃないですよ。さっきから呼んでるのに」
「あ、あぁ悪い」
「もぉ、そんなにボォーっとしちゃって。…ふふ、兄さんの方が病気みたい」
「はは、そうかもな」
「私、このまま病気でも…いいかも」
「え…?」
「ほら…御陰で毎日兄さんが部屋に来てくれるようになっちゃった」
「………」
「御飯も運んでくれるし。これが今流行の…執事?」
それは違う。
「バカ…ほら…もうすぐクリスマスじゃねぇか。二人で街に買い物に行くんだろう?」
俺は側に置いてあった卓上カレンダーに目を向けた。その日だけ、数字が赤くなってイベントの有無を示していた。
「私、元気になれるかな?」
「なれるさ、きっと」
「うん、そうだね!」
そういってアンジュは笑った。
「そういえば…」
「ん?」
俺は気になっていたので聞くことにした。本人に。
「お前の病気って…なんなんだ?」
「え?うーん。わかんない」
謎は深まるばかりだった。本人に症状の自覚がない?それで入院までさせるのか?
潜伏期の長い病か?にしても俺は春から一緒にいる。なのに未だ変わったところは見られなかったぞ。
「あ…でもね。ちょっと…」
「ん?」
「ここに来るちょっと前のことが思い出せなくて…」
「え…?」
記憶喪失?
「あ、違うの。兄さんみたいに全部思い出せないんじゃなくて…少しだけ…思い出せない部分があるっていうか」
アンジュも記憶喪失?俺に比べて症状は軽いが…それがなにか関係あるのか?
色々考え込んだが、その日は結局なにもわからずに時間が過ぎていった。

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「兄さん!」
「うおぁっと!!」
扉を開けようとすると、アンジュが俺にしがみついてきた。
「ダメだろ。ちゃんと寝てねぇと」
「あ…ごめんなさい。ちょっと怖い夢を見て」
「夢?」
「うん…水の中にいるの。ずっと」
水の中にいる夢。決して溺れずに、ただ時間だけが過ぎていく。
ゆらゆらと揺蕩う視界の中、ゆっくりと私は目を覚ます―――そんな夢らしかった。
「………」



「おい」
夕食の前くらいか。アンジュの部屋へ行こうとすると、廊下で女医に呼び止められた。
「ん」
「今夜、少し付き合え」
「またかよ、だいたい俺は…」
「………」
「…わかった」
言いかけて、やめた。眼鏡の奥の切れ長の瞳がじっと俺を見据えていた。心を射抜くみたいに。

アンジュが眠りにつくと、俺はそっと彼女の部屋を後にした。
階段を下りて女医がいるであろう一階の食堂を目指す。
キィ
「来たか」
食堂の一角。女医はいた。一人、膝と腕を組んで背もたれに背を預けている。
予想外だったのは、テーブルの上にグラスが準備されていないこと、女医がいつもの白衣ではなく紺色のコートを羽織っていることだ。
「行くぞ」
「行くって何処へ」
「…黙ってついてこい」
バサッ
女医は俺に紺色の塊を投げつけた。女医のものより一回り大きい、どうやら彼女と同じもののようだ。
「…用意のよろしいことで」

「寒…!」
最近アンジュに付きっきりだったからな。寒くなってきているのを知っているとは言え、流石にこの時間の冷え込みは厳しかった。
吐く吐息は白く、月の光に反射されてきらきらと輝いた。
…この時間を選んだのは、恐らく、少しばかり病院から離れなければならないと言うことだろう。
昼間はアンジュの側にいてやれ、ってトコか。
女医も俺も無言で歩いた。やがて森へ差し掛かる。
「ここは…」
「いつか…アンジュ君と来ただろう。暗いぞ、気をつけろ」
「お、おい」
葉が月の光を遮り、ほんのわずかな光だけが森を照らしていた。
だが女医は迷いもせず獣道を歩いていく。本当に医者かこいつ?
そして暫時歩いた後、俺達は月の光に再会した。
そこは相変わらず神秘的でどこか懐かしさを感じさせた。
大樹が月の光を浴び、静かに葉を風に揺らす姿は荘厳の二字に尽きる。
「ここは…」
「この樹はな…ユグドラシルというんだ」
「ユグドラシル?」
「神話の世界樹に因んで、私がそう名付けた」
「名付けた?」
「図鑑にも載っていなかったからな。結果、私が名付け、図鑑に載る運びとなった」
「………」
言葉が出なかった。
「あんた…凄いことしてんだな」
「………」
女医は照れもせず、誇示もせず、黙り込んだ。そして突然こういった。
「この樹には、不思議な力がある」
「? この樹を懐かしいと感じるのは…そういうことなのか?」
「それは、当たらずしも遠からずと言ったところだ」
「??」
ちんぷんかんぷんだ。
「お前は知らない…覚えてないだろうがな。」
「………」
「数年前、世界に1つの呪いが降りかかった」
「神話の次はお伽話か?」
「残念ながら…現実だ。世界中で人々か原因不明の死を遂げた。なんの前触れもなく、だ。そして、それはいまも…この世界の何処か…灯火が消えていく」
つらつらと出てくる言葉が、宵闇に浮かんでは消えた。俺はぽかん、としてその言葉を拾い集めるのに必死だった。
「私はその正体をつきとめた…」

それは空気を媒介して感染する未知のウィルスだ。
何百年前に現れたHIVとかいう生優しいモンじゃない。生ける殺戮兵器だ。
わたしはこれをPNV(PerfectNotionVirus)と名付け、そのワクチンを精製しようとした。だがしかし、まるでわからなかった。
ウィルスの定義は曖昧だ。タンパク質と核酸で構成されDNAまたはRNAをもち、
生物の細胞を使って増殖する際に、細胞に影響を与え病原体となるもののことだ。
だが、ついにその枠は崩れた。構成されたウィルスはタンパク質と核酸のほか、未知の物質が結合して成される分子だった。
恐らく…行きすぎた科学とそれに答えた環境がもたらした副産物なのだろう。
世界に死が充満し始めた頃、たまたまこの島を見つけた。この島の人間は…なんの異常もあるまい?
そこで私はこの島に目をつけ、設備の少ない村に投資、病院という名の研究棟を作った。
研究の結果、この樹が代謝の際に放出する蒸気や液体の中に、ウィルスの抗生物質になるものがあるのではないかと仮定し、
ワクチン…とまでは行かないが、対抗薬のサンプルを作成、国に持ち帰り発表した。結果は…私を見ての通りだ。

長い話が終わる。
「おまえ、一体何者…」
「いくぞ」
「お、おい」
「ここは寒い。さっさとしろ」
また何も言わずにコートを翻し、さっさと行ってしまう。黙ってついていくしかなかった。

獣道を少し戻り、今度は本当に茂みのなかに入っていく女医。
少しでも離れたらはぐれてしまいそうだった。
ある程度歩いては左に曲がり、右に曲がり、複雑な迷路の中を歩いている気分だ。
確かにこいつは頭が良いみたいだが…こんなところを明かりも点けず暗闇ですらすら歩くのには"道を覚える"という行為だけではできないはずだ。
冷静に女医の曲がる場所を分析する。何かあるはずだ。…だが俺は女医の姿を見失わないようにするのが精一杯だった。

藪を抜けると、見上げるカタチで、崖にぶつかった。ただの崖ではない。
暗くて分かりづらいが…洞穴がある。
「入るぞ」
「入るぞ…って。大丈夫なのかよ…」
女医はまたもや明かりも点けずに歩き始めた。今度は月の光さえ届かない、暗闇の中だというのに。
今度こそ俺はついていくのに必死になった。かなり傍にいても見えづらく、気配を辿って後を追う。
歩いている感触に違和感を感じた。さっきからそうだけど、スムーズに歩けすぎている。
まず、足音が乾いている。カツカツ、っていう感じの音が洞穴無いに響く。砂利がない。
獣道同様、ここも人の出入りがあると言うことか?一体この島は何なんだ。
そして数分歩くと、女医はようやく懐からライトを取り出すと点灯した。
「なっ…!!」
俺は驚愕した。
懐中電灯なので周りを完全に照らし出したわけではない。
だが女医が照らした先にだけでも、所狭しと大型の機械がならんでいる。
「なんだここは…」
お伽話の次は映画か?信じられないことがどんどん俺を焦躁に掻き立てる。
女医はそのまま洞穴内の部屋を一瞥し、ライトの向きをあちらこちらに向けている。
その光の矛先が定まると、女医は照らす先に向けて歩み出した。遅れずについていく。その先には箱があった。
ジュラルミン製か。頑丈そうな箱だ。その錠口に懐から出した鍵を差し込む女医。
ギィィ…
と重く軋みをあげ、箱は開いた。その中からなにかを取り出し、俺に突き出す。
「これを返す」
「?」
どうやら俺のものらしい。
筒状の部分にそれより太い円筒型の物体がくっついており、その下には、ノの字のパーツがある。
そして手で持つ部分だろうか?指の形に合わせて窪みがあり、握り込めるカタチになっている部分がある。
受け取ると、重く、全体的に金属で構成されていることがわかる。
「これは…」
「銃、という少し昔の兵器だ。主に人を殺すためのな…。星を考えるサミット、資源と平和の条約により、今ではもうほとんどこの世の中には存在しないものだ」
「兵器だって…?」
「本当に忘れてしまったんだな…いいだろう。使い方を教えてやろう」
女医はライトの照らす先を洞穴の壁に向ける。
仰々しい機械が並ぶ中、壁や天井、床などは土がむき出しでその不釣り合いさに今更ながら不思議な感覚を覚えた。
「窪みに合わせて銃を握れ。そうだ。そのまま壁に向けろ。そして人差し指に架かるその引き金を引け」
言われるままに俺はノの字の部分を引き金で引っ張った。
バァアアアアゥゥゥウンン!!
轟音と共に手が凄い力で勝手に引っ張られる!
「!?」
火薬の匂いが洞穴の中に立ちこめた。壁には…小さな穴が空いている。
「なんだ…!?」
「これが銃だ。もっとも、撃ち方も忘れてしまったようだがな」
俺が放った銃弾は、女医が照らした場所とはだいぶ逸れて壁にめり込んでいた。
「なぁ…教えてくれ」
俺は体も越えも震わせて女医に問うた。
「俺は一体…こんなものを持ち合わせていた俺は一体何者なんだ!?」
「………」
「なぁ!」
「落ち着け」
「落ち着けるかよ!」
「何れわかる。そう遠くない未来にな…」
「これは返す」
「………」
「それはこの弾薬か」
女医がジュラルミンケースから何か重そうな箱を取り出していた。
「俺は…受け取らない」
俺は銃を女医に突き返した。
「そうか。ならば必要になる時まで預かっておく」
「来るもんか!こんなものが必要な時なんて…」
「………」

その帰り道。洞穴への道は至って簡単だった。先ほどより月が満ち光が増すと、ほんの少しだけ視界が利き、木に目印があるのが分かった。
女医はさっきからそれ目印にして進んでいるようだ。
「なぁ」
「なんだ」
俺は女医に話しかける。
「アンジュの病気は…さっき言っていたウィルスなのか?」
「違う」
「じゃぁ一体…」
「………」
「まただんまりかよ」
「お前はアンジュ君を愛しているか?」
「?!」
い、いきなり何聞くんだ?
「体とか心だとか恋だとかセックスだとかではない。お前は自分の全てを彼女に赦せるか、と言うんだ」 「何言ってんだよ」
「それがわからなければ、聞くな。あの子は今も夢を見続けている。今日も同じ夢を。覚まさせてやれるのは…」
夢…?水の中の夢?知っているのか?
しかし、それを最後、俺達は病院まで黙ったまま歩き続けた。

わけの分からない夜だった。
いきなり映画みたいな話を聞かされて…殺人兵器を渡されそうになって。
でも来てしまったんだ。必要な時が…。

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今日もアンジュの飯を運んで、話し相手をして…。
あれ以降のいつもの日々が続いていた。
「っくしゅん」
「風邪か?」
「んー、そうなのかなぁ。兄さん、ティッシュ、とってくれる」
「あぁ」
テーブルの上に置いてあるティッシュ箱をとると
「あれ…空か…」
「あ、じゃぁ先生のトコに行かなきゃ」
「あぁ、俺行ってくるよ」
ドアの取っ手を握って、少し、考える。
「兄さん?」
「え?あぁ、なんでもない、行ってくるよ。…風邪、直るといいな!」
ガララ…ばたむ
「…兄さん」

「ちわっす」
不良医者を訪ねて俺は1階の事務室の扉を開ける。
「ノックぐらいしろ」
「まぁ、固いことは言わずに。真夜中二人で出かけた仲だろう?」
「…いまたまたまボイスレコーダーを稼働させていたのだが、これをアンジュ君のもとへと持っていこうか?」
「これからは気をつけます」
不良医者は懐からなにやら小型の機械のような物を録りだした。プラフと言う可能性もあるが…この医者のことだ、謝っておいた方が無難だ。
「まったく。何のようだ?」
「アンジュの部屋のティッシュの替えを貰いに来たんだ」
「それならそうと早く言え」
「………」
「ほら」
「あぁ」
引き戸から出したティッシュを受け取る。
そこへ、
「ごめんください」
「ん?」
「客か?」
「そのようだな。今は少し手を放せん。受け付けてきてくれ」
「へいへい」
ガチャ
「はい、どなた―――」
するとそこには、見慣れない顔の男がいた。特徴と言うほどの特徴もない男だ。
ただ、顔のペイントのようなものを覗いて。
頬から首にかけて血管のようなペイントが施されてる。何?流行ってるの?ヴィジュアル系?
「今日はいかがなさいましたか?(ペイントしてるあたり)頭がおかしく―――」
「ユングヴィ、伏せろ!!」
「え?」
いきなり俺の背後から女医の声が響いた。
何事かと振り返ると、女医は既に指の間の数だけ…すなわち4本のメスを構えると、俺の後ろの男、乃ち俺に向かってメスを放つ!!
ヒュヒュヒュン!!
ドスドスドス!!!
ついさっきまで俺の首が、顔が、心臓があった場所を高速で通り過ぎた!
「ガァアアアアアアア!!」
断末魔の悲鳴を上げる男。何だ。何が起こった?
見ると、メスが的確に男の首を、顔を、心臓を射抜いていた。
「ダリア博士…これが…貴方の答えですか…」
男はそれだけ言い残すと、事切れた。
「………」
女医が無言で倒れた男を見つめている。そのまま担ぐと事務室に担ぎ込む。
俺もそれに続く。
「おい」
「今説明する」
女医はまだ血の流れ出す男の懐に手を突っ込むと1つの答えを見せた。
ヒュン…カラン!からんカランランランラン…
「これは…」
「それが答えだ」
女医が男の懐からとりだしたものは大振りのナイフだった。
「なんで…どうして…」
「この間説明したウィルスのもたらす病状を教えてやろう。あのウィルスはな…血液を認識してアポトーシスを引き起こすんだ」
「アポ…?」
「細胞を意図的に壊死されることだ。体内に不要な細胞…癌細胞などがあると、体を正常に保とうとする機能が働き、サイトカインが分泌、アポトーシスが起こり、有害・不要な細胞を消滅させることが出来る。だが、このウィルスは有害でない細胞でさえも壊死させる。だから、だ」
バッ!
メスで男の服を切り裂く。
「うっ…」
そこには黒紫色のペイント…いや細胞壊死が心臓に向かって伸びていた。
「血液を認識して血管を辿り、いずれは心臓を壊死させるんだ。まるで…人を殺す意志を持ったかのようなウィルス…これがPerfectNotionVirus(意志のあるウィルス)たる所以だ」
信じられねぇ。信じられねぇよ!
だってこの島のみんなは平和に暮らしてんだぜ!?
みんな笑って…アンジュだって…。
それが…こんな化け物みたいなウィルスが世界中に…!!
「これが…現実だ」
「………」
「私はこの男を処理しておく。君は受付の血を拭いておいてくれ」

狂気の沙汰ではなかった。アンジュの部屋に持っていくつもりだったティッシュは…その場でなくなっちまった。
そして。
「夢が終わる」
女医がそう呟いていた。

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ゴォォォォォ…
ズゴォォォォォォ…
その日は轟音で目を覚ました。
(なんだ…一体…)
いつか備品の買い出しの序でに買い足しておいた部屋の時計を見る。
AM5:06
まだ夜明けは訪れない。一体何だ?
サァ!
カーテンを開ける。開けなきゃ良かった。
東の空が真紅に染まっていた。遠く、立ち上る灰色の気体。
ズキ…
「っぁああ!!」
急に、頭が…!!クソ…いま頭痛とか行ってる場合じゃない!
ここ数日わけのわからない話を聞き続けた所為でほんとうに頭がおかしくなってしまった…今はそう信じたい。
とにかく、確認しなきゃ。
「アンジュ…!」
俺は急いで部屋を飛び出した。

ガララ!
「ハァ、ハァ!!」
鍵は掛かってなかったみたいで、アンジュの部屋の扉を開ける。
すぅ…すぅ…
規則的な呼吸を繰り返して、アンジュの胸が上下しているのをみて、俺は安心するはずだった。
一息つくと
ズキ…
また頭痛が襲ってくる
「!!」
脳の芯を槍で抉り返されてるみたいだ。鈍い痛みが俺を包み込む。
「っく…!!アンジュ…」
俺は文字通り頭を抱え、よろよろしながらアンジュのもとへと近づく。
「はぁ…はぁ!!」
アンジュの肩を軽く揺らす。
「アンジュ、アンジュ!起きてくれよアンジュ!」
そうやって揺り動かすのに比例して頭の痛みが増していく!
『オキテクレ、アンジュ』
なんなんだ…いままでこんなことなかった。あああ。俺はほんとうに
『目ヲ覚マシテクレ、アンジュ』
頭が
『アンジュ…』
おかしく
『モウ一度…』
おかしくなって…
「あっああああぁぁぁぁぁぁ!!」
俺の絶叫がアンジュの部屋に木霊する。
頭が、視界が真っ白になっていく。


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「…さん、兄さん!」
「っ!」
気が付くと俺はベッドの上だった。アンジュが心配そうに俺を見下ろしている。
「どこだ…ここは…」
やがて焦点のハッキリしていく視界。聴覚。感覚。
気付くと服が汗びっしょりで気持ち悪い。
「兄さん!」
上半身だけを起こすと、アンジュが抱きついてきた。柔らかい香りがした。
ぽふ…
髪を撫でる。
「心配をかけたな…」
辺りを見回すと大規模な医療装置、むき出しの土の壁…ここは…あの洞穴だろうか。以前見た場所とは違う。
ガチャ
「起きたんかいな」
部屋に男が入ってくる。
白髪交じりの茶髪、肌は焼けて少し赤みがあり、がっしりとした体格の。
「運ぶの偉い疲れたで。外でセンセもまっとるさかい」
「そうか、苦労をかけたな、エドゥ」
「え?」
俺はそれだけ言い残すと、部屋を後にした。
「アンジュちゃん、どゆことや?」
「わ、私にも…」

部屋を出ると、壁にもたれて、いつもの通り無表情だった。
「目が醒めたか」
「最悪な目覚めだな。シャツがぐしょぐしょだ。替えが欲しい」
「…生活室にあるのを適当に持って行け」
「どうも。生活室はどっちだい?」
「そこの廊下の奥から2番目の部屋だ。それと」
例の如く懐から取り出し、投げて寄越す。
「忘れ物だ」
ヒュ!
革のホルダー。鉛の塊を数十個。そして慣れた感触、擦り切れたヒルトのM60。
ぱし。
俺はそれらを器用にキャッチすると、装着した。
「サンクス、ダリア博士」
「ふん、目が醒めるのが遅いんだよ…」

ガチャ
「お、兄さん、起きたんだか」
「あぁ、お陰様で」
「いんや、絶叫したってアンジュちゃん言っでたからよ、たまげたたまげた」
「俺なら大丈夫。ケニー、替えの服はあるか?」
「あぁ、あるだど…も?も、もすかすて、いやまさか…」
「あぁ」
「いんや!!ここにあるのはおらだちの服だで、ユングヴィ様がお召すになるだなんてとんでもねぇず!!」
「あはは…」
俺は苦笑しながら続ける。
「いいんだ。着れれば。きっとボロボロになっちゃうし。あ、違う、みんなの服ならボロボロになってもいいとかじゃなくて!!」

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「あー、クッソ、今頃あのヴァカはアンジュちゃんに介護されてグースカ寝てるんだろうぜ!っと!」
その頃ザックは大樹の森の入り口。剣を片手に男達と戦っていた。
男達も武装しており、とはいっても剣を片手に軽めの小手と具足をつけている程度だが、ザック達を取り囲むように身構えていた。
男達の体には誰も彼も、黒紫色の痣のようなものが浮かんでいる。
「隊長〜、逃げましょうよ〜」
「あいつもヴァカだが、てめぇはそれ以上のヴァカだな!!」
「だって多勢に無勢ですよ隊長〜!」
囲まれたザックと数人は男達と対峙していた。確かに明らかな数の差はあるが。
「ほうら、来るぜ!」
「おおおお!!」
「ひいいい!!」
カン!キィン!ザシュゥ!!
「ぐぁあああ!?」
「た、隊長、ありがとうございますー!」
「ボヤボヤすんな!次来るぞ!」
ガン!ガキィン!!
剣戟が島の朝に鳴り響く。
「いいか。おめぇら、返り血だけには気をつけろ!感染して再発する可能性がある!!」
「了解ッス!」
(しかしキリが無ぇな。マジで。俺はまだ大丈夫だが、こいつらは体力的に相当来てるはずだ)
キィン!
「がっ!」
そのとき、ザックの配下の兵士の剣が弾かれた。痣の男は兵士に向かって剣を振り下ろす!
「死ねぇええええ!!」
「うぁあああ!」
ガゥン!!
音を境に、男の動きが止まる。
ガラン…
音を立てて男の剣が手からすり抜け
ドスッ…
男が地面に伏せる。
「!?」
ガゥン!ガン!ズガン!
「ぐぁああ!」
「なんだ!?」
「まずい、"銃"だ!、退け、退けえ!」
「あ…」
「隊長!?」
「これは…もしかして…隊長!」
「待たせちまったな…ザック」


「待たせちまったな…ザック」
「ったく遅ェんだよ。5分どころじゃねぇぜ?」
「お前が最後まで聞かないのが悪いんだろうが。5分待ってこなかったら、5ヶ月まっとけ」
「バカが…」
俺とザックは銃と剣を同時に腰に仕舞う。
「一端戻るぞ。洞穴の研究棟で会議だ」
「いままで散々寝てたクセに、エッラそうに」
「事実、俺は偉い。顔がエとラとイで構成されててもおかしくない」

エ エ
 ラ
 イ
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-Concerto, Again