出雲国風土記と出雲神話

































出雲国風土記と出雲神話

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出雲国風土記について概要

『神々のふるさと』と呼ばれる出雲は、古代日本のとある時期に燦然と輝いていていた時期がありました。
やがて大和政権に組み入れられてゆくのですが、その足跡は、「出雲神話」、「出雲国風土記」
あるいは荒神谷遺跡、加茂岩倉遺跡を代表とする、数々の遺跡の中に見ることが出来ます。

『古代出雲』と言う言葉には何か懐かしさとか神秘さを感じます。それは、出雲と言う国の歴史が
長年培ってきたゆったりとした時の流れのなかで・・そう、かもしだす時が連続して映し出されるのです。
『古代出雲』を知る上でよく利用されるのが「古事記」「日本書記」「出雲風土記」です。
イザナギとイザナミの物語T イザナギとイザナミの物語U イザナギとイザナミの物語V
出雲神話の序章 高天原から出雲神話へ
〜スサノオの登場
大国主命の登場
実際の探索スポット
実際の探索スポットは、ザ・出雲研究会編&出版「出雲国風土記」フシギ発見の旅ガイドブックに記載されている場所を実際に回って画像化したものです。詳しい情報が欲しい方はぜひお買い求め下さい。(¥1050)
国引き神話:夜見島と火神山 ヤツカミズオミズヌ(八束水臣津野命)が「国引き」で越国の土地を引くのに使った綱と杭は
実は隣の伯耆国の夜見島(弓ヶ浜)と火神岳(大山)でした
熊野大社 首都のある意宇郡の社の筆頭に「大社」(おおやしろ)と別格扱いで記載される重要な神社。
風土記で「大社」とされているのはここと杵築大社(きずきのおおやしろ)(出雲大社)だけです。
岡田山古墳 1984年、意宇平野の岡田山一号墳から出土した鉄刀から「額田部臣」銘の入った銘文が発見され
風土記登場の一族が古墳時代にも活躍したことが分かり当時は大反響を呼びました。
出雲国造の館跡 風土記の丘の西に(約500メートル)出雲国造の館跡と神魂神社が隣接してあります。
荘厳な雰囲気の神魂神社本殿は国宝で火継神事も行われる古い神社ですが、なぜか風土記には記載がありません。
神の湯 現在の地名「玉造」は文字通り古代の聖なる産業に由来します。
忌部は東の松江市側の地名として今も広く使われています。
また風土記では「神湯」と呼ぶ『川辺の出湯』の薬効と繁盛振りを名調子で自慢する記述があります。
(ひとたびすすけば形容きらきらしく、再び浴み(ゆあみ)すれば、万病ことごとに除こる)。
美保社 美保郷の地名伝承は「オオナモチが越の国のヌナガワ姫と愛し合い生まれたミホススミ(御穂須須美命)がおられるからといわれます。
加賀の神埼 加賀神埼は佐太大神の生誕の地です。
「洞窟で佐太大神が生まれる時、弓矢が失せた。
母神のキサカ姫(支佐加比売命)は「失せた矢出て来い」と願いました。
すると、角の弓矢が、次に金の弓矢が流れきた。
キサカ姫は金の弓矢を取り、それで洞窟を射て貫通させた。」と言われます。
伊布夜社(揖屋(夜)神社) 風土記は伊布夜社の社名を記すだけですが、この社名は他の伝記にたびたび出てきます。
「古事記」
「イザナギが黄泉国の軍団を振り切った黄泉比良坂(よもひらさか)は出雲の伊賦夜坂(いふやさか)のこと」と記し、
日本書紀
「斉明天皇の時代、犬が死人の手を言屋社(いうやのやしろ)に置いた。
天皇崩御の前兆だ」と記しています。
出雲国庁跡 風土記には出雲国庁自体の記述はありません
道度(みちのり)の記述に「飯梨河の野城橋から西に11キロで、国庁と意宇郡家の北の十字街(ちまた)にある」。
とあり、おおよその場所は推測されます。
六所神社 この六所神社は国府の総社と呼ばれ、古文書にもしばしば登場します。
総社とは国司が出雲国内の神々を合わせ祭るなど、国内の神社を統括する機能を持っていました。
真名井神社 当社は出雲風土記に言う「真名井社」、延喜式に記す「真名井神社」で、古い歴史を持つ意宇六社の一社です。
山代正倉跡 山代郷庁は郡家西北1.8キロにあると記されており、正倉とともに大庭町交差点の高台付近にあったと推定されていました。
山代二子塚古墳 島根県最大、日本でも最大級の前方後方墳で、出雲国造の墓とも言われています。
1925年(大正14年)、日本で初めて「前方後方墳」という名称がつけられた記念すべき古墳です。
八雲立つ出雲:須賀社 その歌は
「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」
で和歌の始まりと言われます。
ウムカ姫御陵&法吉神社 法吉郷(ほうきのさと)の地名伝承は「ウムカ姫(宇武賀比売命)が法吉鳥(うぐいす)になって飛んで、ここに鎮座された」とあります。
佐太御子社(佐太神社) 佐太御子社は加賀の潜戸で生まれた佐太大神を祭ります。
秋鹿郡は「国引き神話」にある古代狭田国に当たりますが、その偉大な創始神の社に「御子」というかわいい名が付くのは面白い。
野城社(能義神社) 野城の地名の由来は、野城大神がいるためです、そしてこの大神を祭るのがこの野城社です。
風土記で大神と崇められるのは別格のオオナモチと、野城・熊野・佐太の三神しかいません。
黄泉の穴(猪目洞窟) この辺りに行った夢を見た人は必ず死ぬ。
それで世人は昔からここを黄泉の坂といい、その穴を黄泉の穴と名づけています
(出雲国風土記:出雲郡宇賀郷の条)
多太神社(秋鹿郡) 秋鹿地区の郷土史によると、スサノオの尊のお子である「ツチホコトオルヒコ」は国巡りをしていてこの地を訪れました。
そして「心が明るく、汚れのない正しい心持ちになった」と言い、この地に鎮座しました。
この「正しい」をとってこの地に「多太郷」という地名が付けられたのだと言うのです。
秋鹿神社(秋鹿郡) 秋鹿郡の地名伝承はアキカ姫(秋鹿日女命)がおられた為と言われています。
この美しい名の女神の由来は不明で、この女神を祭る秋鹿神社は風土記秋鹿郡の神社の末尾にかろうじて記載されています。
玉作湯神社(玉作りの神様) 玉作湯神社は、奈良時代の「出雲国風土記」(天平5(733)年)に記された古社であり、式内社でもあります。
長浜神社(国引き神話) 国引き神話で有名な八束水臣津野命は「出雲の国は細長い布切れのような国だなあ・・・
最初に国を小さく作りすぎてしまった。だから作り足して大きくしよう」と言われ、国引きを決心されました。

どこかに継ぎ足して縫い合わせられるような土地はないかと眺めてみると
「朝鮮半島の新羅の岬に余った土地があるぞ」と見つけられ、「国来い」と引き寄せて縫い合わせていかれました。

こうして出来た土地は島根半島の西端の杵築の岬の一帯です
この土地をつなぎとめるために立てた杭は三瓶山です
また引いた綱は長浜がそれです。
須佐神社(スサノオ終焉の地) 高天原から出雲に追放されたスサノオの、出雲国風土記における故郷は須佐郷です。
スサノオが「この国は小さな国だが、良い所だ。我が名を木や石に付けよう」と言われ、大須佐田、小須佐田を定めたと言われます。
出雲国の主な神社と関連施設
(メインサイトへのリンクです)
出雲の主要な神社一覧
(別館へのリンクです)
出雲大社 『古事記』や『日本書紀』にも記述があり、千年以上の歴史を持つ出雲大社
祭神は”国譲り”や”因幡(inaba)の白兎(いなばのしろうさぎ)”等の神話の主人公である大国主命(ookuninushino_mikoto))であり、これらの神話によると国譲りの代償として天照大神(amaterasu_ookami)が大国主命の為に壮大な神殿を建造して与えたのが始まりと言われます。
熊野大社 松江市八雲町(旧八束郡八雲村)にある熊野大社は、出雲大社の祭神、大国主命(ookuninushino_mikoto))の父に当たり、八岐大蛇(やまたのおろち)を退治したことでも有名なスサノウの尊(命)を祀っています。
10月15日の神事『鑽火祭』は、尊が人々に火を起こす技術を伝えた神話に基づきます。
八重垣神社 スサノウの尊(mikoto)と稲田姫(inata_hime)命(mikoto)を祀る縁結びの神社

八重垣神社(yaegaki_shrine)は、スサノオが稲田姫(inata_hime)と結婚して生活した所と言われています。

「八雲立つ出雲八重垣(yaegaki)妻籠みに八重垣(yaegaki)作るその八重垣(yaegaki)を」
(和歌の始まり:須賀神社にその碑があります)の歌で有名なところです。
須賀神社 古事記はスサノオとクシナダ姫が新居を求め、この須賀の地に至り、雲の立ち上るのを見て和歌を読む伝承があります。
神魂神社 イザナミノミコトを主祭神とし、本堂は国宝

その特徴は床が高い事。前面と後方の中央にある柱(宇豆柱うずばしら)がそれぞれ前と後ろへ突出して建てられている事などで現存する大社造の社殿の内では最も古いといわれています。
佐太神社 佐太神社は『出雲風土記』に登場する由緒ある神社で、出雲四大社の一つとされます。
少なくとも天平5年(733)以前より存在する最古クラスの神社です。
大社造りの社殿が三つ並んだ珍しい三殿並立は、中央の中殿が国の重要文化財です。
ここに主神・佐太大神が祀られています(3殿合わせて12神が祀られています)。
又北殿に天照大神(あまてらすおおみかみ)南殿にスサノウノ尊(みこと)がそれぞれ祀られています。
須佐神社 高天原から出雲に追放されたスサノオの、出雲国風土記における故郷は須佐郷です。
スサノオが「この国は小さな国だが、良い所だ。我が名を木や石に付けよう」と言われ、大須佐田、小須佐田を定めたと言われます。
長浜神社 人々は出雲の国の総鎮守として、国引きの神とその后神・御子神を長浜の妙見山に祭りました。
美保神社 主祭神はえびす様

漁業、海運、商売繁栄の守り神として信仰されているほか、豊作祈願の神様ともされます。
 
本殿は、大社造を2棟並べた美保造り(比翼大社造)と呼ばれる珍しい建築様式。
荒神谷遺跡 1984(昭和59年)、このあたりに新しく広域農道を建設する計画がありました。
遺跡があるかどうか、それを確かめるために予定地のところどころを掘ることにしました。
7月11日発掘開始、2日目に小さな銅片が見つかりました。
「青銅器だろうか」「まさか」と発掘関係者は思いました。
しかし、そこから銅剣358本が発見されたのです。
古代出雲歴史博物館 何と言っても圧巻は「荒神谷遺跡」や「加茂岩倉遺跡」から出土した銅剣、銅矛等の大量の青銅器や(国宝で荒神谷遺跡出土の銅剣358本、銅矛16本、銅鐸6個と重要文化財の加茂岩倉遺跡出土の銅鐸(どうたく)39個)、高さ47mあったとされる古代出雲大社本殿の復元模型、またロビーには四方から見渡せるように配置された「鎌倉時代の出雲大社本殿を支えた3本束の杉材の宇豆柱」が見ものです。
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