意味を感じる学習
感じることができれば勉強が分かる・楽しくなる
話を学習のことに戻します。
理解することはイメージできること、考えることはイメージを操作すること、でした。
そして、このイメージの再現と操作に欠かせないのが感味力です。
すべての体験を私たちはすることができません。でも、
自分の体験の中からそれに「似た体験」を思い起こし、その「感覚」とつなげていろいろなことを理解することができます。
その「感覚」が確かなものであればあるほど、私たちは自信を持ってものごとを理解することができます。
たとえば中学生の理科の問題で「グラフの読み取り」がよく出題されます。そのうちの一つに気温と湿度、風向き、風力、気圧の一日の移り変わりのグラフがあります。グラフを見ると、午後3時をさかいに気温が下がり、南東の風から北風に変わっています。天気記号は曇りから雨に。気圧も下がっています。
このような天気の移り変わりは日常でもありますね。それまで暖かだったのにぴゅ~と冷たい北風が吹いてきたと思ったら灰色の雲が空を覆い、お天気は一変、ざ~と雨が降って、その後急に寒くなった。体育の途中だったのに大慌てでみんな屋内に避難した、その時の「感じ」、その時の「イメージ」を味気ないグラフからも再現することができるのです。
しかし、その「イメージ」を持っていなければ、「低気圧が来ると天気は悪くなる」「北風が吹くと気温は下がる」「寒冷前線が通過するとざっと雨がが降る」といったことがすべて「暗記項目」になります。これでは子どもたちは大変です。
しかし、最近、このような子どもたちが増えています。ゆっくり、じっくり、ていねいに、いろいろな感覚を味わうことをして来なかったこと、そのような環境の問題もありますが、「知識の暗記」「やり方・手順の暗記」を重視してきた学習の結果でもあります。
もちろん中学生になれば知識の暗記は欠かせませんが、どんな知識であっても自分の持っているイメージと関連づける、あるいは自分にひきつけて味わうことができれば、勉強はもっと楽しいものになります。
大事な大事な指折り算
どんぐり倶楽部では「大事な大事な指折り算」と言って、低学年の時に「指」を使って計算をすることをとても大事にします。「いつまで指を使っているの!」と指導(?)する先生や親が多いのとはまるで反対です。
なぜなら、
「数」を感じることができる、もっとも身近でもっとも確かなものが「指」
なのです。
指は自分の体の一部なのですから。
まず1から10までの数を自分の指を使ってしっかりと感じる、そのことからしか「数の勉強」は始まりません。10の補数も、10までのたし算、ひき算も指を使いながら、毎回しっかりと「感じ」ていく。指をしっかりと見て、意識して、視覚イメージともつなげていく。
この過程を経て初めて子どもたちは「2+3=5」という「数式」をしっかりとした体感を伴った視覚イメージと結びつけることができるのです。
指を離れても「2+3=5」をイメージでき、自信を持って、「わかる」のです。
なのに、多くの指導者、そして親は「指を使うのはいけないこと」として「2+3=5」を覚えさせようとします。先のお天気の話ではないですが、6歳の子どもにたし算、ひき算を「暗記」するのはとてつもなく大変なことです。すぐ忘れます。忘れないように反復させられます。
体感を伴わない数字というわけのわからない記号を暗記させられることほどつらいことはありません。
2年生になる子どもたちが「5までのたし算」を「覚えられない」のを私は目の前で見ました。算数教室を始めたばかりのことです。ひとりやふたりではありません。「丸暗記」などできないし意味がないと思っていたので、具体物を使って根気よく教えましたが、やはり覚えられません。ゲーム感覚で楽しく反復させることしか思いつきませんでした。私も大勢の指導者と同じだったのです。
でも、私は気がついていました。
「この子たちは、数を感じていない」
と。
どのように「感じさせればいいか」がわからなかったのです。
答えは「指」でした。なんと、簡単で、あたりまえのことだったのでしょう。
では10以上の計算は?お母さんの両手を貸してあげればいいのです。次第に指をイメージできるようになります。
指なら、指だからこそ、イメージができる
のです。
詳しくは糸山先生の大阪講演会の動画をご覧ください。
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You Tube体感計算「デンタ君」1
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You Tube
体感計算「デンタ君」2
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久が原どんぐりルーム「おそるべき指計算」
割リ算を感じる
先日、3年生の子どもが「レッドカードとホワイトカードを分ける」問題をやっていました。まったくイメージができないようだったので、教室に置いてある絵カードを渡し、みんなに配って、と言いました。1枚ずつ配るのはできましたが、「カードが何百枚とあったらどうする?」と聞くと、他の子どもたちが「10枚ずつ配る」とか「5枚ずつ配る」と即答したのに対して、その子はみんなが何のことを言っているのかわからずにキョトンとしていました。このようにトランプ遊びなどを通して「分ける」工夫を日常的にやっている子どもと、そうでない子どもとの
「体感」「イメージ」「理解」の差
が開いていきます。
どんぐり問題には「分ける」問題がたくさん出てきます。人数を分ける、お金を分ける、カードを分ける、長さを分ける・・・・。分ける実体験が不足している子どもでも、どんぐり問題を通して分ける経験、分け方を工夫する経験を積むことができるのです。
割り算の意味は、どの先生も3年生の時にていねいに具体物を使って教えています。
しかし、いったんその「意味」を教えると、とたんに計算問題の反復に移ります。ここでは「九九を最初から唱えてあてはまったらそこで止めなさい」という「やり方」をインプットして、その手順どおりにやることを求めます。
このことで、せっかく最初の授業でやった
「割り算の意味」
は子どもたちの頭から吹き飛んでしまいます。先生自らが「子どもたちをわからなくさせている」ことが非常に多いのです。気をつけましょう。
※公立学校Maki先生の3年生の授業。とても参考になります!!こちら→
割り算の授業
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てっぺんに はんぺんの
ついている おでんの くしを 30本 かいました。 まいにち 5ほんずつ たべるとすると 何日で たべおえることが できますか。
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1mのリボンを3/4使うと、残りは何cmになりますか。
<5mx07> アリンコ小学校で今年もお砂糖集め競争が始まりました。赤組と白組で競争したところ、取った量は赤組は白組の3倍で、赤白の合計は7.4kgでした。では、白組は何gとったのでしょうか。
時間・距離・速さを感じる
時間・距離・速さも今の子どもたちの体感が追い付いていない代表と言っていいでしょう。
自転車で15分くらいの距離の所を高校生が「自転車で1時間以上かかる」と言ったくらいです。「飛行機より車のほうが速い。この間追い越したもん。」と6年生が自信を持って言ったこともあります。
なぜこのようなことになっているのでしょう?
自分で時計を見て行動しないことがまずあるでしょう。誰かが起こしてくれる、誰かが時間よ、と言ってくれる環境があるのでしょう。自分の足で歩かないのもあるでしょう。移動するのに車に頼らずを得ない地域では、どうしても子どもたちが自分の身体を使って移動することが少なくなります。車でただ運ばれるだけ、その車の中でDSなんかやっていたら、距離も時間も感覚はまるでつかないでしょう。
全てに共通することですが、
「ゆったりと味わい、感じる」ことです。指をしっかりと感じるように、自分の一歩一歩を確かに感じることです。
時間を感じること、距離を感じることはそこから始まります。
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バッタのパタパタは、お誕生日にずっと欲しかったジェットエンジン付きのスケートボードを博士に作ってもらいました。このスケボーは一回の燃料補給で8歩分進めます。では、48歩分先の学校に行くには走り出してから何回の燃料補給が必要でしょうか。出発前は一回分の燃料が入っていることにします。
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デンデン小学校では秋の歓迎遠足で1km200m離れた公園へ行く予定です。朝の5時に学校を出たところ、7時にでんでん虫のろ太君がジュースを飲みながら「まだ、12分の5しか歩いてないのか」と言いました。最後まで同じ速さで歩くとすると、公園につくのは何時何分になるでしょう。
割合を感じる
割合の学習をまだ分数のかけ算を習っていない5年生で、「小数倍」「元になる数」「比べる数」などという子どもたちにとってはわけのわからない考え方で導入することは学習指導要領の失敗です。割合を生活の中で体感していて、抽象度の高い言葉でもイメージすることのできる学力の高い子どもたち以外は、
ほぼ間違いなく「わからない」
まま終わる単元でしょう。
割合は分数で考えます。「0.1倍」「1割」「10分の1」・・・どれが一番イメージしやすいですか?子どもたちにとっては当然「10分の1」です。絵にも容易に描けます。「0.01倍」「1%」「100分の1」・・・これも100分の1ですね。分数というのはイメージがしやすいのです。
5年生で間違いなく子どもたちは割合に苦手意識を持ちます。1割とか1%とか、見ただけでわからない、と条件反射のように言います。その子どもたちに分数に直して教えてあげると、「え?それだけのことなの?」と拍子抜けしたように言います。「なんで、それを教えてくれなかったの?」と。本当にその通りです。
割合は分数にして初めて、絵にすることができる
のです。絵にできるということは・・・そうです。わかるということです。
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デジモンオタクの出時多満雄君(でじたまおくん)が、定価3850円のデジモンフィギュアを買いました。150円のお釣りの予定でお金を渡したところ、920円のお釣りがきました。デジモンフィギュアは定価の何割引で売られていたのでしょう。
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ここアリンコ町5丁目の消防署には、5秒間に1リットルの消火活動ができる特別部隊の隊員が60名います。先日、大火事が発生し、この特別部隊が出動して大活躍しました。火事は消火活動が始まってから20時間で鎮火しました。この火事では前半の10時間は特別部隊の全員が消火に当たりましたが、後半の10時間は特別部隊のうちの20人は人命救助に当たったので消火活動はできませんでした。後半に使用した水の量は全体で使った水の量の何%にあたるでしょうか。
公式病にご注意!
IEA国際数学・理科教育動向調査の2007年調査で、日本は上位に入っているにも関わらず、その
「学力」の危うさを象徴するような結果
が出た問題がありました。4年生の問題で、縦が3cm、横が7cmの長方形の図があり、そのまわりの長さを求めなさい、という問題です。選択肢は①7cm②10cm③20cm④21cmです。この問題の日本の正答率は33.7%。シンガポールは91.9%、国際平均値が51.2%ですから以下に低い数値か(上位にいるのに)お分かりになると思います。そして誤答した子どもの大半は④の21cmを選んでいました。
これはいかに日本の子どもたちが意味もわからず、自分の頭で考えず、「公式」を覚えてそのままあてはめる
「公式病」にかかっているかを証明
しています。
「長方形」と読んだだけで「縦×横」
と連想する頭になってしまっているのです。これは、学校教育が原因です。「面積」とは何か?を教えた後に、「縦×横」の公式を教え、「覚えなさい」と何回も書かせ、何問も面積を求める問題をさせ、徹底反復させた結果です。その結果、「長方形と言ったら、縦×横」しか頭に残っていないのです。
「面積」も「まわりの長さ」も意味がわかっていれば、普通に答えられます。1年生でもわかるでしょう。
中学生にこの問題を出してみると、まず、「まわりの長さ」の意味がわからずにそこで止まる子どもたちがいます。次に「縦×横?」と言う子どもたちがいます。そして、「まわりの長さの公式なんて習っていないもん」と言う子どもたちがいます。学力的には上位層にいる子どもがこの言葉を言った時には心底がっかりました。「君もか」という思いです。
これが日本の学校教育の結果です。
子どもたちの状態は、学校で教えられること、を写しだす鏡
なのです。
それなのに、「では、まわりの長さを求める公式も教えて、徹底して反復させましょう」と
いう方向に学校現場は行っているようです。「原因」を考えることをなぜしないのか、と不思議でなりません。
速さ×時間=道のり 速さ=道のり÷時間 時間=道のり÷速さ (み・は・じ)
元になる量×割合=比べる量 (く・も・わ)
長方形の面積=縦×横
「こんな公式は忘れなさい」
と子どもたちに言います。(もっとも多くの子どもたちは覚えていません。意味を感じていないことは覚えられないのです。)
特に成績のいいお子さんが要注意です。「公式病」に陥っていないか、注意して見てください。体感と理解を伴わないまま公式で解いている場合は、応用が利かない頭になっている可能性が高いのです。
もちろん、体感と理解が伴っている結果、公式と同じ式を導き出して解いている場合もあります。この見極めが大事です。よく見ていればわかります。
「意味を感じる学習」を子どもたちにしてもらうには、「宿題の制限・工夫」が不可欠です
どのように工夫すればいいのでしょう?
考えない学習から子どもを守る