祭り独特の音楽が響く。
それを聞きながら、土方は忌々しげに眉間に皺を寄せた。
矢倉が組まれ、現在自分はその中に居る。
本来ならこの矢倉に居る人物は祭りの中心人物のはずなのに、その祭りからは程遠い装いと立場に土方は今置かれている。
目に入る人々は浴衣を着て、楽しげに笑っているのに。
その人達と自分の心境や状況は全く逆なのだ。険しい顔にもなる、と自身に言い訳をする。
何せ見た目にも、着ていても実際暑い、この真選組の制服を着ていて。
苛立ちも不快感もピークを迎えつつあるのだから。
「…ったく、どっからこんな人が集まってくんだよ」
それでなくても夏真っ盛り。
夜とは言え、じっとりと湿気を含んだこの時期は、沢山の人が集まれば湿度も上がる一方で。
土方の額にジンワリと汗が吹き出し、不快感がますます募る。
土方はしっとりと汗を含んだ前髪を掻き上げ、溜め息を吐き出す。
それと共に思わず愚痴が口から零れる。
「…上様も無茶言うぜ」
突如、上様が今日下町で行われる祭りに参加したいと言い出した。
本来ならそんな要望は丁重に却下されるのだが、それを聞いたのが、上様の悪友とも言うべき松平で。
あろう事松平はそれを快諾してしまい、突然の警護に松平の直属である真選組が駆り出される運びとなった。
本来なら午後から休みだった土方は急遽休みを取り消される事となり、溜め息が尽きない。
暑い夜の人ゴミ。
仕事でなければこのような場所、好んで足を運ばないだろう。
眼前に広がる人、人、人に辟易する。
ふと。
「………………………………」
子供が持っていた物に眼を奪われた。
それは本来、午後の休みに共に過ごそうと思っていた、…土方の恋人を彷彿とさせるもの。
その人を思い浮かべながら考える。
子供の持っていたそれに似てるなんて言ったら、きっと怒るに違いないだろう。
お前には解らない、と。
否、もしかしたら好きなものに違いないから喜ぶかも知れない。
どんな反応をするか考えただけで思わず微笑みが溢れてしまう。
明日でも良いから、一緒に来れないだろうか。
こんな人に溢れた場所は御免被るが、活気ある場所が意外に嫌いではないアイツは、もしかしたら一緒に楽しめるかも知れない。
そんな事を考える。
仕事で来て霹靂しているのに。
恋人共に行けたら楽しいなんて思える自分が何だかくすぐったくも、可笑しかった。
「…まっ、甘いモンばっかに買わされそうだけどな」
「何ニヤニヤしてんでぃ。気色悪ぃ」
「そ、総悟?!テメ、持ち場離れて何してんだよ!!」
「サボりじゃないですぜ。定時報告に来たんです」
「あ、あぁ…もう、んな時間か」
「旦那の事考えてたんですか?土方さん」
「か、考えてねェよ」
「またまた。隠さなくても良いですぜ。明日一緒に来れねェかな、とか考えてたんでしょ?」
「そそそそそそそそそそそそそそそそそんな事、思ってる訳ねェだろうが!!」
「……………………………」
「……………………………」
「あ」
「?んだよ」
「あれ、万事屋の旦那じゃねェですかぃ?」
「!!!」
ピっと。
沖田が指差した方向を土方は凄い勢いで凝視する。
それを横目に、沖田はニヤっと微笑んで。
「や〜、違いやしたね。ありゃ、綿アメですねぃ」
「…………テメ、わざとだろ…………」
コメカミをピクピクとさせながら、眉間に深く皺を寄せた土方が沖田を睨み付ける。
しかし沖田は全く意に介した様子もなく。
「えー、誤解でさぁ、土方さん。たださっき、土方さんがボーっと綿アメ見てやしたから、からかっただけでさぁ」
「それがわざとつうんだよ!!」
盛大に怒鳴る土方に、耳を塞いで。
沖田は。
「まっ、明日は通常の巡回だけで良いんじゃないですかぃ。何処も異常はねェみたいですから」
「ったく、上様も無理言ってくれるぜ。…まぁ、この場合、無茶してんのは松平のおっさんだけどな」
「まぁ、気持ちも解らなくはないですけどね。いっつも城に押し込められて。考えただけでも息が詰まりそうですぜ」
「……まぁな。まっ、何事もなく、楽しんでくれりゃぁ、今回は良いって事にすっか。…俺ぁ、非番だったけど」
「どーせ、ゴロゴロするだけの休日だったんでしょうから、良かったじゃないですかぃ。外に出れて」
「…人を引きこもりみてェに言うな。……それに外出予定だったんだよ」
「へぇ」
ニヤっと笑った沖田に、土方はしまったと口を閉ざしたが。
すぐにハァと溜め息を吐いて。
「あ〜…何か憂鬱になって来た。総悟、お前も早く持ち場戻れ」
「えぇ、良いんですかぃ?」
「はぁ?良いに決まってんだろーが。お前と話してたら、何か気が滅入って来た。さっさと戻れ」
シッシッとでもするように、土方は沖田に手を振る。
気が滅入るのはお互い様だと思いつつ、沖田は土方の傍を離れる。
ふと思い立ったように、沖田は足を止め。
「なぁ、土方さん」
「あぁ?」
「そう言や、俺、さっき見たんでさぁ」
「?何を。…もしかしてテロリストか?!」
「違いまさぁ。もっと良いモンです」
「良いモン?何だよ、さっさと言えよ」
「動く綿アメ」
「はぁ?」
動く綿アメ?
意味の解らない単語を紡ぎ出した沖田に、土方はしかめっ面で沖田を凝視する。
しかし沖田はそんな土方の表情に満足そうに。
「じゃぁ俺ぁ、持ち場に戻りまさぁ」
「ちょっ、おい!意味の解んねェ言葉残してくな!!」
「否ね、よく考えてみたら、口止めされてて」
「口止め?!何にだよ!!」
「だから。動く綿アメに」
「意味解んねェ!!つか、綿アメがしゃべるか!!からかってんのか!!!」
「からかってんじゃねェですよ。混乱させてんです」
「どっちも一緒だろうが!!」
「からかってんじゃねー事だけは確かですぜ。どっちかって言うと親切ですぜ〜」
ヒラヒラと手を振って、人混みに紛れて行く沖田に、土方はまた溜め息を吐く。
長年一緒に居るが、未だにあの男は解らない。
何がしたいと言うのだろうか。
(綿アメが動くかつうんだよ……………ん?つまり誰かが持ってたつう事か?否、でも結構持ってるよな。綿アメなん……)
「ひーじーかーたくーん」
「か………」
聞こえて来た声に、固まる。
嫌々、まさか。
でも、え。
「ぁれ、聞こえねェか?…ひーじーかーたくーん」
「え…」
「よっ」
ゆっくりと振り向き、矢倉の下に視線を馳せる。
そこには居たのは。
「銀時?!」
「お勤めごくろーさん。陣中見舞いに来てやったぞー」
片手をあげて。
ニンマリと笑う銀時が居た。
「そっち行って良い〜?」
「あ、あぁ」
呆然とする土方を余所目に。
銀時は矢倉に上がって良いかと尋ねる。
土方は少し慌てた様子で頷き、矢倉を上がって来る銀時を凝視した。
「ど、どうしたんだよ…」
「いやね。今日祭りだって、新八と神楽が出てったから、オメーどーしてんのかなと思って屯所行ったら、祭りの警護に行ってるって聞いたからさ」
「あ、あぁ…上様がな、祭り行ってみてーつうから、警護にな…」
「…まーた、将軍様かい。プールん時と良い、お忍び、本当好きだよなー」
「プール?」
「……あぁ、うん。お前は知らなくて良い。つか、知らない方が幸せ………」
サっと視線を逸らした銀時に、土方は眉間に皺を寄せて。
「おい。お前、もしかして上様に何かしたんじゃねェだろうな?あ?ちょっと、こっち見ろ」
「…嫌々。あれは俺のせいじゃない。不可抗力つうか…」
「あぁ?!!」
「あぁ、そうだ!!これ、陣中見舞い!!」
バっと目前に出されたものに、土方は目を丸くした。
「…あ?」
「皆が楽しんでる中、虚しく仕事してる土方君に、少しでも祭り気分を味合わせてあげようとね」
「って、それだったら、もっとマシなもん、つうか、他にもっとあるだろうが」
何故これをチョイスしたのだ。
思わず渋い顔になってしまっている事を自覚しつつ、土方は呟く。
「嫌々。なかなか『お祭り』って感じがするでしょ?」
「…そうか?」
「そうそう」
そう言われると、そう思えなくもない。
土方は渋々それを受け取り、眼前にそれを晒す。
「それ、殺すなよ」
「あ…?」
「ちゃんとオメーが育てろよ。…ちゃんと育ててっか、時々様子見に行くかんな。しかも抜き打ちで」
銀時からそんな声。
何なのだと言うのだ、と銀時を見たら。
…何だか赤い。
銀時の白い頬が、微かに赤みをまとっている。
「…お前」
「な、何だよ…」
「何か顔赤くねェか?」
「え゛…」
「あぁ、赤ェよ。熱でもあんのか?」
「ね、ねェよ!!こ、ここ、ちょっと暑いから!!」
「あぁ…他所より電球の数多いからかもな」
「だだだだよね?!あ、俺、仕事の邪魔しちゃ悪いから、もう帰んな!!」
「あ、おい!ちょっと待てよ、銀時!!」
まるで捲し立てるように銀時はそう言うと、急ぎ足で矢倉から降りた。
「ちょっ、おい、銀時…!」
「土方君も、サボんないで仕事しろよ!じゃぁな!!」
土方が止めようとしても。
銀時はクルリと踵を返し、人込みへと紛れて行く。
それを土方は眼で追っていたら。
ふと。
「それ!!」
銀時が足を止め。
クルリと土方の方を向き、土方が持っている物を指差す。
「本当にちゃんと育てろよな!!」
「お、おぅ…?」
「本当に、様子見に行くかんな!!!」
「お、おぉ…」
土方が頷いたのを見て。
銀時は満足そうにして。
今度こそ人込みへと消えて行った。
それを見送ってから。
土方はまた。
銀時から渡された物に視線を馳せる。
「殺すな、か…」
土方の手にある物。
それは銀時が屋台で取ったであろう、金魚だった。
祭りっぽいと言われればそうだが。
何故これチョイスだったのだろう。
「……俺だって殺したくて殺してる訳じゃねェよ」
自分は政府の狗として。
『攘夷志士』と呼ばれる『人間』を斬っている。
…『殺して』いるのだ。
そんな自分に金魚を殺すなとは、どう言うつもりなんだろうか。
小さなビニールの袋に入っている、小さな命。
「つうか、殺すなつったって、祭り終わるまで俺ぁ、屯所に戻れねェつうの」
幾ら水の中に居るとは言え。
生温かい、この風に当たっていれば、この水だって温かくなってしまう。
しかもここは矢倉の中で、中は煌々と電球が灯っている。
他の場所より格段に暑い場所なのだ。
これは早々に屯所に戻って、水槽に移す必要がある。
しかし悲しいかな。
上様の警護中に。そんな理由で隊を離れる訳も行かず。
金魚が入った袋を持って、途方に暮れてしまう。
「俺にどうしろつうんだよ…」
陣中見舞いと言うより、嫌がらせに来たんじゃないかと思わず思ってしまう。
沖田と共に土方に嫌がらせをするのを楽しんでいる、あのドSコンビ。
思わずそんな勘ぐりをしてしまう。
…きっとそうじゃない。
そう思いたい。
「副長!」
「…山崎。どうした?何かあったか?」
「上様がそろそろ………どうしたんですか、それ」
「……気にするな。上様がどうした?」
土方が手にしている、何となく土方とは不釣り合いな物に、山崎は不思議そうにして、尋ねたが。
土方はそれに答えず、報告し掛けていた言葉を促す。
「あ、はい。上様、そろそろお城に戻られるそうです。警戒態勢を解いて、引き上げて良いとのお達しです」
「そうか、解った。じゃぁ、山崎は隊士達にその事……」
「土方さん?」
急に言葉を切った土方に、山崎は土方を凝視する。
「否。…隊士達には俺がその事伝えるから、山崎はコレ持って、先に屯所に戻ってくれ」
「コレって…金魚ですか?」
「あぁ。殺す訳にいかねェから」
「へぇ…可愛いですね。もしかして、誰からかの貰いものですか?」
「あ、あぁ…まぁ」
「あ、もしかして…万事屋の旦那ですか?」
「…っ、黙れ!余計な事言ってんと、叩き斬るぞ!!」
「ひぃぃぃ!!わわわわ解りました!!!んじゃ、俺、先に屯所に戻ってます!!!!」
そっと山崎に金魚の入った袋を渡す。
山崎はそれを受け取って、眺める。
「旦那も来てたんですね」
「…あぁ」
「屋台の金魚って結構長生きするらしいですよ?」
「へぇ」
「それにすっげー大きくなったり」
「んなデケェ水槽、屯所にゃねェだろうが」
「はは、そうですね。…あ、そうだ」
「あ?」
「旦那にも時々、様子見に来てもらったらどうです?言い訳になりますよ。…って、スンマセン!!俺、また余計…………副長?」
『様子見に行くかんな!!』
山崎の言葉に。
銀時の言葉が蘇る。
あの時。
何となく、銀時の顔が赤かった気がした。
気のせいだと思っていた。
照明の、提灯の照明のせいだと思っていた。
だけれども。
もしかしたら。
もしかして。
「ふ、副長…?」
「…あぁ、クソ」
理由がなければ動けない。
自分だってさっき、子供が持っていた綿アメを見て。
綿アメと並べて、どれだけ銀時の頭と似てるか、なんて理由で祭りに誘うとしていた。
理由がなければ動けない。
動けない。だけれども。
些細な理由を探して、見つけて。
それを贈ったとしたら。
「本当、マメに来てもらうからな…」
倍、愛情を注いで。
それこそ。
見た事ないくらい、大きく育てよう。
そう。
育んで来た、愛情と一緒に。
・END・
2010/09/12UP