「…銀時、邪魔するぜ」
夕刻を過ぎた頃、土方は万事屋の戸を開けた。
いつも通り、来る前に電話を架け。
いつも通り、チャイムも押さずに。
玄関で靴を脱いで、部屋へと続く戸を開ける。
そこにはいつも通り、土方の想い人・銀時が…。
「………………………」
「………………………」
土方の想い人・銀時が…。
「…こ、今晩和」
「…よ、よぉ」
…居るはずなのだが。
今日は何故だが銀時の姿はなく。
代わりと言っては何だか、銀時の(自称)助手、新八がそこには居た。
居ると思っていた銀時の不在に、土方はどうしたもんかと固まったが。
「…ぁ、あの…スイマセン、銀さん今買い物に行ってもらってて…」
まるで助け舟を出すかのように紡ぎ出された新八の言葉に、土方は戸惑いながらも。
「…あ、あぁ、そう、か…」
このまま踵を返して帰った方が良いだろうか。
そう考えあぐねていると…。
「すぐに戻って来ますんで…ぁ、今お茶出しますから。そこに座ってて下さい」
促す仕草に台所へ向かう姿。
こちらの返事は聞く気はなさそうだ。
銀時に連絡したのもあって、土方は新八の言葉に大人しく従った。
「…粗茶ですが」
程なくしてお茶を持って来た新八にお礼を言い、お茶を飲む。
丁度良い温度に、「ふぅ」と日頃の疲れが何となく癒される気がする。
…そう言えば新八とは数度会った事はあるが、まともに話をした事はなかったな、等と思う。
「…あ、そうだ。これ、土産。良かったら食えや」
途中で買ったケーキを新八に手渡すと、「わぁ、有難うございます」と礼儀正しい言葉が返って来た。
新八はそれを冷蔵庫にしまうと、トコトコと戻って来て、土方の前のソファーに座る。
予想しなかった新八の行動に、土方はどうしたものかと煙草を口に咥えてから気が付いた。
(しまった…!灰皿…)
いつもは自分が来ると、いつの間にかテーブルに灰皿が置かれていたが今日はない。
銀時が土方が来る時だけ用意していたのだ。
「…土方さん、だったんだ…」
「…ぉ?」
火を点けようか否か迷っていた土方に、新八はポツリと呟いた。
それにつられて、土方の視線が新八に移る。
「…土方さん、だったんですね」
「…ぇ?…ぁ、何…」
何が自分だったんだ、と聞こうとした瞬間。
新八の顔がガバっとあがり、キっと土方の顔を鋭く見据えた。
「まだ…疑ってるん、ですか?」
「は…?な、何…」
「しらばっくれないで下さい!まだ銀さんが桂さんと…テロリストだと思ってるんですか?!」
「…は?」
突然怒鳴られた、その声の大きさと内容に土方はキョトンとした。
一体何を言い出すんだ、この少年は。
「確かに…確かに池田屋では一緒に居ましたが、あれは偶然です!銀さんはテロリストじゃないし…!」
「ぃゃ、その…」
「テロリスト達とも通じてなんかいません!そりゃ、桂さんは時々銀さん誘いに来るけど…!」
「…来てんのかよ」
「銀さんは絶対誘いになんか乗りません!だから…だから監視される事なんか…っ!!」
「…はぁ〜…ちょっと待て」
「ないんで…ぇ?」
「誰が監視に来たって?」
「ぇ?だって…」
「別に監視に来た訳じゃねェ」
「…ぇ?」」
「銀時が何つったかは知らねェけどな。俺ぁ別に奴を監視する為にココに来たんじゃねェ」
「…じゃぁ何しに来たんですか?」
その言葉にギクリと土方の心臓が高鳴りする。
『何をしに来たんだ?』
そう聞かれれば、簡単な話。
『銀時に会いに来た』
理由はそれだけ。
でもそれを素直に言うには当然ながら戸惑われて。
(言えるかよ、んな事…!)
屯所のメンバーは勿論、万事屋のメンバーも銀時と土方の関係は知らない。
公言出来ないのだ。
2人が恋人同士だなんて。
「…銀時は何て言ってんだ?」
「え…?」
「『監視されてる』なんて思うって事ぁ、奴が変な事フいてるんじゃねェかと思ってな」
カチリと煙草に火を点けて。
フゥ〜っと煙を吐き出す。
俯いて黙っていた新八だったが。
「…銀さんは」
「あぁ?」
「銀さんは…何も言ってません」
ギュっと膝に置いていた手を握り締めて。
新八は俯いていた顔を上げた。
「言ってないけど…必ず、電話があった後に言うんです」
『客人が来る。…おめェらは席外せ』
「桂さんが来た時もそんな事言わないのに…」
「………………………」
「誰とも何の用事とも教えてくれない。…だから今日、電話があった後すぐに買い物に行かせたんです」
どうせ何を聞いても教えてくれないなら。
自分が動くしかないと考えて。
無理矢理外に出して。
買い物終えるまで家の中には入れないと。
強引だと思っても。
心配だから。
全てを…面倒な何もかもを背負い込んでしまいそうだから。
「…そしたら、来たのが
まだ疑われてるのかと。
監視されている、尋問されているのだと思ってしまった…。
新八はそれだけど言うと、再び俯いて黙ってしまった。
シンっと静まり返った部屋に、土方はハァと溜息を吐いた。
確かに昔は疑っていた。
池田屋に居た。
桂と一緒に居た。
…昔、攘夷戦争に参加していた。
それだけで十分疑う余地はあったが。
……気づいてしまったのだ。
彼は受け入れていると。
この…天人が闊歩する江戸を。
変わってしまった江戸を受け入れてしまっていると。
受け入れて、その中で。
強く生きて行こうと。
自分は自分で在ろうとしている事を。
だから、土方は疑うのを止めた。
…否、その前にそんな彼に強く惹かれて。
好きになってしまった時点で疑える訳もなかったのだ。
だってそれを疑うと言う事は、自身が惹かれた銀時を否定する事になってしまうのだから。
土方はもう1度小さく溜息を吐いて。
「…そうだな」
「…っ…」
土方が小さく呟くと、新八はハっとしたかのように顔を上げた。
「確かに…疑ってた」
「…じゃぁ!!」
「最後まで話を聞け。『疑ってた』…過去形だろ?」
「…ぁ」
「最初はうさん臭い奴だと思ってたがな…気づいたんだ」
「気づいた…?」
「…あぁ」
「何に、ですか?」
「…受け入れてるって」
「受け、入れて、る…?」
「あぁ、そうだ。…奴は天人の…このイカれちまった江戸の町を受け入れてる。その中で、自分が自分で在ろうとしている」
「土方さん…」
「そんな奴が攘夷起こそうなんて思ってる訳ねェって俺だって解るし、んな奴疑う程
「土方さん、あな……」
「はぁはぁはぁ…た、ただいまっ…!!」
その時だった。
息を切らせた銀時が帰って来た。
「あ!や、やっぱ来てたー!!し、新八ー!おま、イジメ?!これイジメですか?!!!」
「イジメじゃありませんよ。神楽ちゃんに頼むと1つしか買って来てくれないですし、今日は特売でしたから」
銀時からトイレットペーパーを受け取る。
ゼェゼェと肩で息をする銀時に。
「今、お茶淹れますね」
スっと立ち上がり、台所へと消える。
「…………………」
「…………………」
それを銀時と土方、2人で見守って。
はぁ〜と銀時は土方の隣に座る。
「…マジで焦った。まさか外にほっぽり出されるとは思わなかった…」
「…くっ、外にほっぽり出されたのかよ。情けねェ」
「そう言うけどね?!すっごい力だったんよ?!本当にお前新八?!みたいな!!」
「入ったらお前居ねェし、代わりにメガネ君が居るしで、マジ焦った」
「…バレた、のかな」
「つうか、お前が紛らわしい言い方するから悪い」
「むぎゃ?!
「ははは、男前になったぜ?」
「息詰まるっての!お前は俺を殺したいのか!!」
「んなくれェで死ぬか」
「あのね!銀さんはさっきまで全力疾走でトイレットペーパー買って来たの!解る?!この息切れ!!」
「そのくらいで疲れるなんて、もう年だな」
「お前に年の事は言われたくねェよ!!」
ギャァギャァと話す銀時と土方。
新八はそれを台所から見ていて。
(…そう言う事、ですか…)
小さく笑みを零した。
さっき程気づいた。
土方が銀時の…自分が誤解をしていた事を弁解する時。
…本人は気づいていないだろう。
とても穏やかな顔をしていた。
それが何だか不思議で。
それを問おうとした時、銀時が帰って来たのだ。
結果的に尋ねる機会を失ってしまったが、でも今、銀時と土方のやり取りを見ていて納得していた。
…つまりはそう言う事なのだ。
人払いをしてまで。
彼と2人で居たかったのだ。
「やれやれ…」
確かに公言出来ない関係ではあるけど。
でもそんな紛らわしい言い方はしないでもらいたいものだ。
新八は溜息を吐いた。
そのせいで自分は勘違いをしてしまったではないか。
それに。
(充分公言してる気がする…)
多分銀時は意図しないで人払いをしていたのだろうけど。
あんな風にじゃれ合う2人は恋人同士の何者でもなくて。
堂々とイチャつかれるより恥ずかしい。
鈍いと言われる自分でもすぐに解った。
「…今夜はお赤飯だなぁ」
黙って赤飯を出したら、銀時は何と反応するだろう。
そう思うと何だか楽しくなって来た。
「銀さん、お茶お待たせしました」
新八は銀時にお茶を持って行くと、ニッコリと土方に微笑み掛けて。
「土方さん、さっきは疑ってごめんなさい。お詫びと言ってはなんですが、今日お夕飯ご一緒に如何ですか?」
大の大人が2人で。
お赤飯を出されて。
多分聡い銀時の事だ、自分達の関係が知られたとすぐに解るだろう。
そうなった反応が今から楽しみだ。
(内緒にしていた罪は重いんですよ)
・END・
2006/08/13UP