「どんな魔法を使ったんです?土方先生」
「…は?」
突然問われた言葉に俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
振り返れば、ニヤニヤと笑った3年、学年顧問が突っ立っていた。
「だから。どんな魔法を使ったのか、と聞いてるんですよ、土方先生」
「ま、魔法?」
「そうですよ。あの坂田が学年首位なんて…いつも高杉とビリ争いをしている坂田がですよ」
信じられないと言う口調に、俺は思わずムっとする。
「お言葉ですが、坂田は……」
「坂田だけじゃないんですよ」
「…は?」
俺が口答えをする前に、その男は言葉を紡ぐ。
「…学年全体だ」
「は…?」
だから何がだ。
この男はいつもそうだ。
主語が抜ける。
意味が解らず首を捻る俺に、その男は言葉を続ける。
「土方先生の受け持ったクラスの数学の平均点が大幅に向上しています。…何かしているんですか?特別な」
「特別って…」
…その言葉でようやく俺は思い当たった。
そうだ。
この男も数学担当だった。
しかも去年まで3Zも受け持ってたはずだ。
自分が幾ら教えても、一向に成績の上がらなかった坂田が、俺が受け持った途端学年首位に上り詰めたのが気に入らないんだろう。
俺に言わせりゃ、テメェのそう言う傲慢なトコが気に入らねェつうの。
「…特別な事なんてしてないですよ。生徒達が頑張った結果じゃないですか」
こう言うのには関わらない方が良い。
俺は早々に気持ちを切り替えて、ガタリと職員室の自分の椅子から立ち上がる。
…しょうがねェから、資料室に行くか。
あそこは坂田が入り浸るから、わざわざ職員室に移動して来たってのに、ココも俺の安息の地じゃねェのか。
ったく、何処に行きゃぁ静かに仕事が出来んだよ。
「…頑張った?それは可笑しい。私だって真面目に授業をしているんだ。……あぁ」
「………何か?」
ジロジロと俺を舐めるように見て。
その男はニヤリと笑う。
「坂田はともかく、学年全体と言うのは。……女生徒に人気でしょうなぁ、その顔では」
「…!」
その言葉にカっと頭に血が上る。
生徒の頑張りをそう言う言い方されると頭にクる。
「テメっ…!」
「…違いますよ」
「…君は」
「……違いますよ。トシが頑張って授業を解り易くしたから。それを生徒が感じて頑張ったから。だから数学の平均点が上がったんですよ」
「…近藤さん…」
掴み掛かろうとした俺を制して。
近藤さんが静かに紡ぎ出す。
その言葉に、ギリっとその男は奥歯を噛み締めて。
「そ、それでは坂田に続き、高杉も更生させてもらいたいものですなぁ!!」
負け惜しみだろう。
誰が聞いてもそう思う言葉を吐き出して。
「そ、そうだ!高杉は素行も悪いし、頭も悪い!高杉を更生させれば、私も少しは……!!」
「…無理です」
俺は至極冷静に言葉を紡いだ。
「高杉を更生させるなんて、無理です」
真正面からそう言うと、その男は一瞬ポカンとした顔をして、俺を見てから。
「く、くっくっくっく…!」
「…………………………………」
顔を歪めて笑う。
「ほ、ほら見ろ!偶然坂田がやる気になって、たまたま首位を取っただけなんだ!それを何だ!自分の手柄みたいな顔をして!!」
「…………………………………」
…誰も自分の手柄だなんて思ってねェし。
坂田が頑張った結果…まぁ、頑張ったきっかけがきっかけだが、それはそれ、あれはあれ、だ。
「大体君は……!!」
「勘違いしないで下さい」
「…あ?」
「勘違いしないで下さいと言ったんです」
「な、何をだね…」
「俺は高杉を更生させるのが無理だと言ったんです」
「そ、それが何……」
「だってアイツ、元から更生なんてさせる必要なんてないでしょう?」
「…は?き、君は何を言って……」
「確かにアイツは素行は悪いですけど、弱い者虐めは絶対しないし、頭だって悪くない」
「な、何を言ってるんだね!現にアイツはいつも学年最下位…!!」
「そんなの決められた範囲、決められた物差しの中、でしょ?」
「そ、そんなの屁理屈…!!」
「現にアイツは悟ってる。アンタみたいな馬鹿な教師を見限ってるじゃないですか。…頭が良いんですよ、高杉は」
「!!!」
サラリと言うと、男は悔しそうに顔を歪めて。
「そのデカい口、覚えてなさい!!」
捨て台詞だけど一丁前にして。
そのまま職員室を後にした。
「…退け、邪魔だ!!」
廊下から聞こえて来た声に、溜息を吐いて。
「…悪かったな、近藤さん」
「ん?何がだ?」
「折角止めてくれたのに、…結局暴走しちまった」
「ははは!あそこはトシの言う通りだ」
「…そっか」
くしゃくしゃと髪を撫でられて。
少し照れ臭くなる。
…柄にもなく、熱くなっちまったな。
「…煙草、吸って来る」
「おう!」
俺はそう言うと、踵を返す。
…あ〜、本当、柄じゃねェな。
微かに熱い頬を隠しながら、職員室のドアを開くと。
「…ぅお?!」
ガラリと戸を開けて。
俺は思わず声を上げてしまった。
「…あははは」
「…邪魔してるぞ」
「………………………………」
「な、何やってんだ、お前等…」
雪崩れ込んで来たソイツ等は。
…坂本、桂、高杉、坂田の4人。
「…せんせ…」
「な、何だよ…坂田」
何故か目をウルウルさせてる坂田。
な、何だ、その視線は…。
「俺、感動した!!」
「は、はぁ?!」
「わしもじゃ、先生!」
「貴方は教師の鑑だ!!」
「はぁぁぁ?!!」
倒れていたのを、ガバリと起き上がり、ガシっと手を掴まれる。
な、何だ?どうしたんだ、コイツ等?!
つか、とうとう頭ヤられたか?!!
「高杉!」
「晋助!」
「高杉ぃぃ!!」
「な、何だよ!?」
そして俺に向けていた視線を高杉へと向けて。
「お前、更生しろ!」
「喧嘩禁止じゃ!」
「そして真面目に授業に出ろ!!」
「は、はぁぁ?!何ふざけた事抜けしてんだよ?!」
「ふざけてなどおらぬ!」
「そうだ!お前少し甘え過ぎだぞ!」
「そうじゃそうじゃ!わしゃぁもう尻拭いはせんぞ!!」
「ちょっ、いきなりなんだよ?!つか、俺は辰馬に尻拭いしてもらった覚えはねェぞ!!」
俺はポカンと4人のやり取りを眺めている。
な、何が起きた?何が起きてるんだ?
「いきなりじゃないわ!ほがぁ、土方先生の言葉聞いちょったか?!」
「誰もが見捨てようとしているお前を、理解してくれているのだぞ?!」
「はぁ?!何テメー等絆されてやがんだよ!あんなの建前に決まってんだろうが!!」
「高杉!俺は悲しいぞ!どうして先生の言葉を信じられないんだ!!」
「そうじゃ!おんしが更生すれば、土方先生も浮かばれるちゅうもんじゃぞ!」
「…否、俺まだ死んでねェんだけど」
ようやく入れられた突込みはそれだけで。
すると高杉がブルブルと震えながら。
「っっ、だったらお前等だって更生しねェか…!」
「何だと?」
「何でわし等が」
「お、俺ぁ知ってんだぞ!図ったかのように、成績の順位が、坂本は5〜8位の間を行ったり来たり、ヅラは4位をキープしやがって!!」
「あっはっは、何じゃ、晋助。気づいちょったのか」
「…偶然だ」
「んな偶然あるか!いっつもテストの難易度に合わせて点数稼ぎやがって!俺よりテメー等の方が性質悪ぃじゃねェか!!」
「あっはっはっは!!」
「笑い事ではないだろう、坂本」
…言われて見れば。
坂本はいっつも順位が変化するが、桂の方はいっつも図ったかのように4位をキープしている。
何で気づかねェんだよ、俺…!!
「……高杉」
その時だった。
地を這うような声が聞こえた。
振り返ったその先に、俯いた坂田の姿。
「さ、坂田…?」
「銀…?」
「………高杉」
ユラリと高杉の傍に近づくと、坂田はガシっと高杉の肩を掴んで。
「……お前、中間の順位幾つだっけ?」
「へ…?」
「中間の順位だよ」
「そ、それが今の話とどう言う関係が…」
高杉は坂田の迫力に押されて、しどろもどろだ。
何だ、どうしたんだ、一体?
「……ヅラ」
「…ヅラではない、桂だ。……何だ?」
「お前なら覚えてるよな。…高杉の中間順位」
「あぁ…確かビリから2番目だったか」
「あぁ!裏切る気か、ヅラ!!」
「だからヅラではない、桂だ!!」
「んな事ぁどうでも良いんだよ」
「…ひっ」
グっと。
坂田の高杉の肩を掴んでいた力が強まったのが解った。
「………高杉」
「な、何だよ、銀…」
「…期末、だ」
「は、はぁ?」
「期末でもし、10位以内に入んなかったら…」
「ちょ、ぎ、銀…?」
「…“絶交”だかんな…」
「ちょっ、ま、待てって!!」
「絶交だからな」
「………は、はぃ……」
それだけを言うと、坂田は高杉の肩から手を離す。
な、何だったんだ、今の…?
「せんせ」
「ぁ?あ、あぁ…何だ、坂田?」
そして坂田はタッタと俺の傍に寄ると、ニコっと笑って。
「高杉の事、認めてくれて、サンキュな。期末での高杉の成績、期待して良いから!」
「お、おぅ…?」
そ、そう言われてもだな。
期待って何だ?
何を期待すれば良いんだ?
「ぁ、そろそろ授業だな。…じゃ、行くぞ。辰馬、ヅラ、高杉」
またタっと駆け出して。
俺はそんな坂田の背を見つめながら、クルっと今度は3人が居る方に視線を向ける。
「ど、どう言う事、だ?」
訳も解らず、聞けば。
「言葉通りぜよ」
「だから、それが訳解んねェんだって!」
「つまり、高杉は次の期末で10位以内に入る、と言う事だろう」
「な、何でだ??」
「金時が、『絶交』ちゅうたじゃろ?」
「あ、あぁ…」
10位以内に入んなかったら、絶交、とか何とか。
「も、もしかして絶交されたくねェから勉強するって事か?」
「それとも少し違うぜよ」
「???」
「さっき先生も言ってたではないですか。『高杉は頭が良い』と」
「あ、あぁ」
「その通りじゃ。晋助は決して馬鹿じゃないぜよ」
「わざと無回答を増やしたり間違った答えを書いて、成績を下げてるだ」
「な、何だと?!」
「そうすれば先生を困らせられるからな」
「は?」
ますます意味解んねー。
成績下がって困るって、教師じゃなくて高杉だろうが。
「今回は真面目に回答するのではないか」
「するしかないきに。金時に『絶交』されるのが、晋助には一番堪えるからな〜あっはっは!!」
チラリと高杉と見ると…なるほど。
放心しきっている。
「……そんなに嫌なのか?」
「ん?」
「何がじゃ?」
「その…坂田に……『絶交』されるのが」
そりゃ仲の良い友達なら嫌だけど。
それでも、何か高杉の怯えには何とも釈然としなくて。
俺がそう問い掛けると。
「…耐え切れないぜよ」
「そうだな。…耐え切れん」
「そ、そんにか…」
「…以前に」
「お、おう…」
「晋助が間違って金時のプリンと食ってしまった事があってなぁ」
「プリン…?」
「絶交だー!と言って、それはそれは壮絶だった…」
「…………………………………」
ぷ、プリン如きで絶交…。
馬鹿だ、絶対馬鹿だ、コイツ等…。
「ぁ、先生、信じとらんな」
「本当に壮絶だったんだぞ」
「会えば、嫌なものを見た目で見られ」
「口は利いてもらえんし」
「………………………………」
「部活なんかあった日には」
「殺気の篭った剣で、完膚なきまでにヤられる」
「………………………………」
…何となく。
いつもニコニコしている坂田しか知らないから、想像し難い。
でも。
「部活のは…キツいかも、な」
坂田の剣はするどい。
だからそんなので、完膚なきまでってのは流石にキツいだろう。
「キツいなんてもんじゃなかよ」
「面、胴、ツキ。容赦ないからな。全力だ」
「身体中痣だらけになるんじゃぞ」
「………………………………………」
手加減0、か…。
「じゃから。…晋助、頑張れよ」
「健闘を祈るぞ」
ポンっと高杉の肩を叩き、坂本と桂は去って行く。
…一体、坂田は何故そこまでいきり立って高杉の成績を上げようとしたんだろう?
「…やっぱ友達が悪く言われるのは我慢ならなかったのか?」
そう思うと、何だかんだで仲が良いじゃねェかと。
「良かったな、高杉」
「っっ、テメェにだけは言われたくねー!!!」
ポンっと俺が肩を叩いたら、そう叫ばれた。
「…何でだ?」
「だ〜か〜ら〜!!…あぁ、もう!テメーすんげームカつく!!」
「??」
「誰のせいで、んな事……あぁ、もう!しゃべんのもムカつく!!」
「た、高杉…?」
「うっせー!テメー暫く、金輪際俺に近づくな!俺を話題にするな!!」
「は、はぁ…??」
高杉はそのまま、ズンズンと廊下を歩いて行く。
何だったんだ、一体…?
…それから。
これは余談だが、期末テストでは。
「1位が銀。んで俺が2位。それから3位が坂本で、相変わらずヅラは4位、と」
「高杉!何度言えば解るんだ!俺はヅラではない、桂だ!」
「あっはっは、上位独占じゃな」
「なぁなぁ、辰馬。お前がココまで良いの、初めてじゃね?」
順位発表を満足そうに眺める4人の姿があった。
つうか、何だ、コイツ等。
マジでテストの難易度で点数操作してやがんのか?
「あ、せんせ〜!高杉やったよ!!褒めて褒めて〜!!」
「銀!俺が頑張ったのに、何で銀が褒められに行くんだよ!!」
「何じゃ、晋助。おんしも土方先生に褒められたいのか?」
「んな訳あるか!馬鹿も休み休み言いやがれ!!」
「素直じゃないな、高杉は」
「ヅラぁぁ!テメ、何知ったような口叩いてるんだよ!!」
「知ったような口も叩くだろうが。何年の付き合いだと思ってる。貴様がおねしょをしていた頃から…」
「わーわーわーっ!!つうか、テメェだってしょんべん垂れてたじゃねェか!!」
「俺また1位だったよ〜
せんせ、デートしよ、デート!」
「あっはっは。わしが褒めちゃるぜよ、晋助」
「テメ、気安く頭触んじゃねェ!…ぁ、銀!!んな奴のトコ行くな!デートなら俺がしてやる、俺が!!」
とてもじゃないが、上位4位まで占めた4人とは思えない。
俺はこっそり心の中で呟く。
…化け物共め。
・END・
2007/09/16UP