「…ゲホ…」
朦朧とした頭で瞳を開けば。
見慣れたが見える。
見慣れてるはず、なのに。
ひどく冷たく感じる。
「…ぅ〜…ち、っくしょう……」
頭がひどく重くて、ズキズキと痛い。
顔がひどく熱い。
身体がダルくて、寒い。
…あぁ、もう。
「…慣れてると、思ったんだけどな」
慣れてると思ったのに。
独り、なんて。
いつだって独りで、この家には俺以外の人間なんか誰も居なくて。
外の喧騒も聞こえない。
空っぽの家、静かな家。…温もりのないベット。
そんなのいつもの事、なのに。
「…っ、……みしいよぉ…」
それが凄く寂しい。淋しい。
寒いよ。苦しいよぉ…。
「…ゃ、だよぉ…」
このまま。
誰にも気づかれないで。
俺はココで独り、忘れ去られてしまうのかな…。
「…ぅ、っく…」
ゃだ…そんなの嫌だよ。
俺は…ココに居る。
ココに居て…生きてる。
寂しい。淋しい。
「…ぉい、坂田」
「……………………………………」
幻聴かと思った。
俺が求めて、…求めて求めて止まなかったから。
とうとう幻聴まで聞こえて来たのかと思ったら。
「…おい、坂田、寝てんのか?」
「…せん、せ?」
「おっ、起きてたか。…どうだ?調子は?」
「せんせぇ…」
眼前に先生の顔。
心配そうに…でもちょっと安心した顔、してる?
「…お前、泣いてんの、か?」
「ち、ちがっ…熱!熱のせいで、目がウルウルしてんの!!んで泣くんだよ!!」
「そ、そうか?…まぁ良いや。何か食ったか?色々買って来たんだけどよぉ…」
そう言って、ガサガサとビニール袋の音がする。
何かを探る先生に、でも俺は。
この部屋に。家に。誰かが居る事にひどく安堵した。
それが他の誰でもない、先生だったから、余計に嬉しくて。
「…せんせぇ…」
「ぅわ、な、何だよ?!…おい、どうしたんだ、坂田?」
俺はズルズルとベットの中を這いずって、先生に抱き着く。
さっきまで頭は熱くて、身体は寒かったけど。
今はどっちも暖かい。
「せんせぇ…」
「…んだよ。今日はいつにも増して、甘えん坊じゃねェか?坂田」
「だって…寂しかったんだもん…」
「……………そっか」
ギュウっと抱き締める腕に力を込める。
その言葉、行動に先生は1つ溜息を吐いて。
そして、優しく俺の頭を撫でてくれた。
…いつもはしてくれない。優しい手。
「先生、今日…優しい…」
「病気ん時は弱ったりするもんだからな。特別」
「…じゃぁ、俺、ずっと病気で良い」
俺がそう言うと、先生はピタリと撫でていた手を止めて。
「…せん、せ?」
気持ち良いから止めないで欲しい。
俺はチラリと先生を見上げると。
「…馬鹿言ってんじゃねェの」
「だ、って…」
「…俺は、その…、元気なお前、結構気に入ってる、ぜ…」
「?!」
その言葉に、ボっと顔に火でも着いたんじゃないかと思うくらい熱くなった。
今…何て言った、先生?!!
「せ、先生、今、何つった?!」
「?!な、何だ、お前…元気じゃねェか!!」
「んな事より、今言ったの!もっかい言って!!」
「ぅ、うるせェっ!あ〜、もう!!元気なら離れ……?!」
「…せんせ?」
俺を引き剥がそうと、添えられた手。
それが俺の頭に置かれた瞬間、先生の表情が変わった。
…ぁれ?
「おまっ…」
「へ?な、何…?」
「すっげェ熱ぃじゃねェかよ!熱、何度あんだよ!!」
「あ、あ〜…」
血相を変えて、そう言う先生に俺は苦笑い。
あぁ、そうだった。
俺、風邪引いてんだった…。
「とにかく寝てろ!…薬は飲んだのか?」
「…うぅん」
「飯は?」
「……うぅん」
俺の言葉に溜息1つ。
…あぁ、呆れられた。
独りじゃ何も出来ない、
悲しくなって。
でもそんな顔、見られたくなくて。
布団で顔を隠そうとしたら、くしゃりと頭を撫でられた。
「…ったく。どーしてテメーは……」
「な、に…?」
「…辛かったら、どーして俺を呼ばねェんだよ」
「だ、って…」
だって。
どうしたら良いのか解らなかった。何と言えば良いのか解らなかった。
だって、これは寝てれば治る。安静にしてれば治るんだから。
いつだってそうして来た。
具合が悪くなったら寝る。誰にも、何にも頼らずに。
「…本当、テメーは甘え下手。どうでも良い時に頼って来て、肝心な時に…」
「…んな事…」
「あるっての。俺ぁテメーに、寝る前の挨拶させる為に、携番渡した訳じゃねェんだぞ」
「…ぅ…」
以前。
俺は先生にしつこく携帯番号を教えて、と強請った事がある。
別に教える必要がない、と言った先生に。
『俺が何か困った時に、連絡が取りたい』
そう言ったら。
先生は逡巡してから、サラサラと紙に何かを書いて。
『…悪戯電話、すんじゃねェぞ』
渡された紙には。
俺が欲しくて欲しくて堪らなかった数字の羅列。
…今でもその紙を俺は大事に取ってある。
それからその携番は、もっぱらお休みの挨拶をする為に、先生に電話を架けてる。
「こう言う時に電話しろっての」
「…だって…」
「だってもさってもねェだろうが。…ほれ、体温計」
差し出された体温計をパクリと口に咥えて。
俺は何かを紡ごうとしたけど、モゴモゴとそれは言葉にはならなかった。
「じゃぁ、俺は粥温めて来るから。大人しくしてんだぞ」
「…ふぁ〜い」
出て行く背中を見送って。
暖かい気持ちが心に広がる。
…先生が居る。
それだけで風邪を引いたのは、ちょっと良い事だと思ってしまう。
「…ぅふふ」
嬉しい。凄く凄く、嬉しい。…暖かくて、優しくて。幸せ。
笑ったまま、ゴロリと寝返りを打つと。
さっきと同じ天井なのに。
今は優しく、暖かく感じる。
「…おい」
「せんせ?」
「体温どうだった?」
「あ、まだ…」
とそう言った時、PiPi…と音が部屋に響く。
「丁度良かったな」
「うん」
はい、と先生に体温計を渡す。
先生はそれを受け取って。
「38,2℃か…結構高ェな…」
「…………………………………」
「辛ェか?」
「…さっきまでは…辛かった…」
「あぁ?」
「今は…先生が傍に居るから。すっげー元気」
「……………………………………」
俺がそう言うと。
先生は目を見開いて、それから。
「…なぁ〜に言ってやがんだよ、風邪っぴきが」
「ぃて」
デコピンをされて、そこを手で擦る。
口を尖らせて、何かを言おうとしたけど。
微かに見えた先生の耳が赤くなってるのを発見。
最初は見間違い?とか思ったけど。
でもやっぱり赤くなってて。
何だか可笑しくて。可愛くて。
「…おい」
「へ?」
「何ニヤニヤしてやがんだよ」
「ニヤニヤなんかしてないですよ〜だ」
「してるつうの。…あぁ、もう良い。粥持って来るから、食って、んで薬飲んで寝ろ」
「は〜い」
そそくさと部屋を出て行く先生に、また笑みが零れる。
すっげェ、何かくすぐったい。
「持って来たぞ」
「あ、有難う」
「ほれ」
「へ?」
スイっと差し出されたレンゲに、思わず目を見開いてしまう。
「へ、じゃねェよ。ほら、食え」
「え、あ、ぅ、うん」
何でもないような顔してるけど…ぁれ、俺とうとう熱で頭ヤられた?
これって所謂「あ〜ん」って奴だよな?
俺、強請った訳じゃねェのに、先生が自主的に?
え?マジで??
「…味、薄くねェか?」
「う、うん!…丁度良い、です…」
…ゃ、あの、いつも自分から迫ってて、アレなんだけど。
いざ、こう…何か、あれだよな。
恥ずかしいつうか、照れくさいつうか…。
そんな俺は思わず先生を凝視してしまう。
これってあれかな?風邪だから、病気してるから、さっき言ってた通り、「特別」って奴かな?
でも特別だからって先生が、んな事してくれるのも…。
疑心暗鬼になってしまう。
あ〜、俺!素直に喜んどけ!!
「ぁち!」
「あぁ、熱かったか。…悪ぃ」
「あ、うん…大丈夫……」
考え事してたせいで。
フーフーと少し冷まして食べるのを忘れてしまった。
差し出された粥をそのまま口に含んだら、予想以上の熱さが口に広がって、俺は思わず小さく声を上げてしまった。
先生はそれを心配して。
「…フ〜フ〜」
「?!」
俺に差し出す粥に、自分で息を吹き掛け、冷ましてくれる。
お、俺、生きてるよな?!
ココ、天国じゃねェよなぁ??!
「せ、せんせ?!」
「ぅお?!な、何だよ、急に…」
「先生って、先生だよな?偽者じゃねェよな??」
「は、はぁ?何言ってんだ、テメー?」
「熱…は、ねェよな」
先生のおでこに手をかざし、伝えて来る熱は熱くない。
って事は。
「?何だよ」
「え、え、…でもおかしくね?おかしいよな??」
「おい、人の話を聞け」
「あ!!」
「今度は何だ?!」
そうだよ!!どうして俺、気づかなかったんだ!!
「今日は平日じゃねェ!!」
「あ、当たり前だろうが…」
「なのに、何で先生がココに居る?!居る訳ねェじゃん!!」
「あ、あのなぁ…」
「この偽者め!!俺の幸せ返せー!!!」
そうだよ!
今日は平日。
しかも今は昼飯時、学校真っ只中じゃねェか!!
先生がココに居る訳ねー!!
「あ、暴れるな!っ、熱上がるだろうが!!」
「うっせー、この偽者め!!先生は授業ほっぽって、俺のトコに来るような人じゃねェ!!」
「んなっ…!お前ん中では俺はどれだけ冷血な人間なんだよ!!」
「う…!」
それを言われると弱い。
別に冷血人間なんて思ってねェよ。
でも不自然じゃん。
どう考えても不自然じゃん!!
「だ、って…不自然じゃねェか…!!」
「………………………………………………………」
「学校あるのに!授業あんのに!…先生が俺の家に居るなんておかしいじゃねェか…!!」
俺がそう言えば、先生はハァ〜と溜息を吐いて。
「…知ってるからだよ」
「え?」
何を?と問う前に先生は答えを口にしていた。
「…病気ん時に、独りで家に居るって事がどんだけしんどいか、俺は知ってるから。…放って置けなかった。だから、半休もらって、ココに来たんだよ」
「マ、ジ、で…?」
「そーだよ。…どーだ。これで納得したか?…ったく、わざわざ休み貰って来たのに、偽者かよ…」
ブツブツと文句を言いながら、先生は、言い合いをしていたせいで微かに冷めた粥を俺の口の中に押し込んで来る。
わざわざ、休んで来て…くれた?
う、っそ…。
「あ?ちょっ…どうしたんだよ、急に!吐きそうか?吐きそうなのか?!」
思わず前に屈服してしまう。
ヤッベー…超ツボだよ、先生…。
つうか、駄目だ…もうマジで駄目だ、俺…。
「坂田?」
「…ぁ〜…もう、本当、俺、マジんなったから」
「は?」
「本当、先生、好き。超好き。大好き。愛してる」
「は、はぁぁ??!」
「今までがマジじゃなかったのかって言ったら、違うけど、でもマジでオトしに掛かるわ」
「はぁ?何言ってんだよ、お前!!」
「
「否、だから…!!」
「取り合えず風邪治す。…あ〜ん」
「??」
俺の言葉に不思議顔しながらも、俺が口を開ければ、粥を含ませてくれて。
あぁ、この気持ち。
どう伝えれば、先生に伝わるんだろう、と俺は考えていた。
で。翌日。
元気になった俺は、元気に登校し、辰馬達に先生が来てくれた事、粥を食べさせてくれた事を惚気た。
…そこで終われば、本当、幸せ物語なんだが。
高杉の馬鹿が。
「んだよ、テメー。銀に気のない振りして、飯食わせてやったんだって?」
なんて、先生に言って。
先生は。
「は?だって病人にはそうやるんだろ?」
「…は?」
「昨日近藤さんがそう言ってたから、俺はやったんだぞ?」
「………………………………………………………」
サラリと自分の意思でやっていない事を示唆され、俺は見事撃沈した。
…先生のイケズ…。
・END・
2007/07/04UP