…最近俺は。



『全校生徒は速やかに帰宅して下さい。繰り返します。全校生徒は…』



我慢の限界を感じていた。



「…坂田」
「…ん?」
「坂田…ちょっ、こっち、こっち来い」



ガヤガヤとざわめく教室。
俺はそんな教室のドアの物陰に隠れて、こっそりと自分のクラスの坂田銀時を呼び出す。



「土方先生?どったの、んなこっそり…」
「お前、もう帰るんだろ?」
「え?あ、あぁ、うん。だって放送でもそう呼び掛けてるし…」
「俺ももう少しで帰れそうなんだ。…お前、教室でちょっと待ってろ。そしたら…」

「ぎ〜ん〜

「ぅわ!た、高杉…何だよ。俺今、先生と話してんだけど?」
「へ〜ほ〜ふ〜ん、お話ねぇ?本当にただのお話ですかぁ?」
「ぅ、煩ェ!お前はとっとと教室戻れ!俺は坂田に話があんだ!!」



チラリと向けられた視線に俺が慌てて口を挟むと、高杉はニィ〜とイヤらしい笑みを浮かべて。



「なぁ、銀。お前どうせ電車で帰んだろ?台風の影響でどうせダイア乱れてるって」
「ぅん?うん…」
「俺ん家、親父が迎えに来るからさ。お前も乗ってけよ。ついでに俺ん家……」
「高杉!!!」
「うっせェなぁ…俺は今、銀時と話してんだけどぉ?」



こっちの方が先だ!と思うのだが、如何せんすでに伝える内容を坂田に話してしまっている高杉。
坂田も坂田で、う〜ん、と唸って。



「う〜ん………………パス」
「え?!」
「銀?!」
「台風近づいてるし、お前ん家行ったら、帰れなくなりそうだし」
「だったら泊まっていけば…!」
「もっとパス。んな事したら貞操が危ない」
「ぐっ…!」



坂田の言葉に高杉が言葉を飲む。
おいおいおいおい!!何つう会話を……!!
…と俺が思ってたら。



「…っっ!!」



スルリと坂田の手が俺の腕に絡んで。
ピッタリと寄り添う身体に体温が伝わる。



「『初めて』は先生にって決めてるから、俺」
「〜っっ!!」
「…っ!」



その言葉に。
ギリっと歯を食いしばって。



「あぁ、そうかよ!勝手にしろ!!」



捨て台詞とでも言うのか、高杉はそう言って教室に戻ってしまった。



「………い、良いのか、あれ」
「……何だよ、先生は俺が高杉の方に行けば良いと思ってるのかよ」



俺がそう言うと、坂田はプクっと頬を膨らませてそう言う。
…可愛い。
じゃなく!!



「そ、そうじゃねェけど!…ほれ、友達関係として」
「大丈夫。あんなやり取り、いつのも事だし」
「そ、そうか…」



……ん?
そこって突っ込むトコじゃねェか?
いっつも?いっつもあんな事言われ…!



「さかっ…!」
「それで」
「あ?」
「台風接近中につき、全員帰宅させられます。…俺は先生が送ってくれるのかな?」



甘えるように言われた言葉に。
思わず抱き締めたい衝動に駆られる。
本当にコイツは男子高校生か?そこ等の女子高生よりずっと色気あるぞ…。



「あ、あぁ…車で来てるから、送ってってやる。…だから教室で少し待ってろ」
「OK!」



嬉しそうにそう返事をする。



「…じゃぁ、後でな」
「うん!後でな」



俺がそう言うと、坂田は嬉しそうに教室に戻る。



「はぁ…」



それを見届けて、俺はクルリと踵を返し廊下を歩き始める。
今話してたのは、『坂田銀時』
高校3年生の俺のクラスの生徒。
…兼。



「…ちっくしょ、人の気も知らねェで…」



…俺、土方十四郎の恋人。
何でこんな関係になっちまったかつうと…話せば長いんで要約するが…。
初めて会った時から、好きだ好きだと言い続けた坂田に。
俺がとうとう没落して。
今の関係になった訳だ。
勿論、こんな関係、学校側には秘密だし。
他の誰にも、んな事知られる訳にはいかない。
…まぁ、運悪く坂田の友達である、坂本・桂・高杉には知られちまったがな。



「あ〜…もう、ちくしょう……」



ガリガリと頭を掻く。
この関係に後悔はしてない。
没落された形だが、きちんと俺だって、その…坂田の事は……す、好きだし。
大事にしたいと思ってる。
思ってるのに…。



『『初めて』は先生にって決めてるから、俺』

「…くそっ!」



ふとした、坂田の言葉に振り回される俺が居る。
噴き上がる不埒な思いに、自身を殴りたくなる。



「…決めただろ、アイツが高校を卒業するまでって…」



いつの間にか惹かれてた。
どうしようもない程、高校生の、しかも男の男子生徒に惹かれて。
それでも俺はアイツの高校の先生で。
…だから。
この想いを告げるのはアイツが高校を卒業するまでは、と思ってた。
思ってたのに…。
アイツの押しの強さに負けて。つうか、俺の意思が弱くて…。
恋人と言うステータスを手に入れてしまった。
それを喜ぶと同時に危惧した。
…俺がアイツの未来を閉ざしたりしないだろうかって事。
だってアイツはまだ高校生で。
一丁前の大人振ってるけど、でもやっぱ何処か子供で。



「…だから、アイツが高校卒業するまで」



この関係に終わりが来ても。
アイツが後悔しないように。
アイツが大人になるまで。



「…決めたんだ。それまでは手を出さないって…」



清い関係で居ようって…。










「すっげェ雨だな…」
「あぁ。道も混んでんなー」



車で坂田を送る途中。
いつもは混まない道が渋滞で混んでいる。
外の豪雨のせいで電車のダイアが乱れてるせいもあるんだろう。
タクシーやら何やらで車は渋滞していた。



「……………………」
「…眠いのか?」
「…ん?……大丈夫」



静かになったな、と隣を見れば、ウトウトとしている坂田。



「寝てろ。着いたら起こしてやっから」
「ん、…でも…せ、か…く、せん、せ…と居る…の、に……」
「…良いから。……これからもずっと、居てやるよ」
「…本当?」
「…あぁ」
「やくそ、く…だぜ……」
「あぁ」



俺がそう言うと、坂田は安心したように瞳を閉じた。
…安らかな寝顔。幼い寝顔。



「これからも、か…」



この時間がどれだけ続くだろう。
俺は進まない道をジっと見つめながら呟いた。










「…田。……ぉい、坂田」
「…ん…?」



ペチペチと軽く頬を叩く。
おいおい、どんだけぐっすり寝てんだよ、お前は…。



「せんせ?」
「家、着いたぞ」
「…ん…、あ、あぁ…そっか、俺…」
「…?どうした?」
「…へへ、先生と朝迎えたのかと思っちゃった」
「…っ」



照れくさそうに言われた言葉に息を飲む。
おまっ…それがどう言う意味か解ってんのか?!!



「そっかそっか。送ってもらったんだ」
「………………………」
「先生…?」
「…ぁ、あぁ…外、すっげェ雨降ってるから、降りる時気をつけろ」
「解ってるよ〜子供じゃねェんだから」



何とか冷静を保ちながら言う。
そんな俺の嘲笑うかのように坂田は笑って言う。
ドアを開けると同時に傘を開いて、坂田は。



「温かいお茶入れて待ってるね」
「…否、俺今日は帰るわ」



俺が紡いだ言葉に坂田は微かに驚く。



「…え?」
「学校から家に連絡来るんだ。…家で待機してねェと」
「…そ、っか…」
「夕飯は一緒に食うから。来る前に電話するから」
「…うん」



…それは…嘘じゃない。
学校から明日の事で連絡すると言われた。
まぁ、自宅で繋がんなかったら携帯に架かって来るだろうけど。
それでも。
…今は少し頭を冷やしたかった。
このまま一緒に居たら。
多分俺は我慢出来ないで居るだろうから…。
自分で決めた事、なのにな。
本当意思が弱いったらねェ。



「気をつけてね」
「あぁ。…ごめんな」
「別に良いって。仕事だし」



苦笑する坂田を横目に俺はハァと息を吐き出した。
坂田が家に入るのを見届けて車を発進させようとした瞬間…。



ドン!!!!!!!!!



「ぅおっ?!!」



何処かで雷が落ちたんだろう。
凄い音が辺りに響く。
…結構近いな。
そう思った時だった。



「ぅわぁっ!!!!」

「?!…坂田?!!」



家から聞こえた坂田の叫び声。
俺は車を端に寄せると、傘を差すのも忘れて坂田の家に飛び込んだ。



「坂田?!どうした?!おい、返事し…!!」
「…っっ…」



部屋に入って電気のスイッチを探る。
見つけてスイッチをカチカチとさせるが、電気は着かなかった。
くそっ、さっきの落雷で停電か?!!
叫んで坂田の居場所を確認しようとした。
そしたら…。



「ぃててて…坂、田…か?」



胸に飛び込んで来た物体。
突然の事で思わず尻餅を着いたが、それに視線を向ければ。
暗闇の眼下の中でも鮮やかな銀髪でそれはすぐに解った。
…坂田だ。
俺が呼び掛けると胸の中の坂田はコクコクと首を振る。



「驚かせるなよ…何だよ、どうした?」
「…ダ、メっ…」
「あ…?もしかして雷、駄目なのか?」
「…っぅ…」



紡がれた言葉に、先程の雷に驚いたのかと聞けば、ブンブンと今度は首を横に振られた。



「あ…?じゃぁ、何………」
「…、らや…み、ダ、メ…!」
「は?」
「暗闇…!ダメっ…!!」



吐き出されるように紡ぎ出された言葉。
そしてカタカタと小刻みに震える身体。
暗闇が、…駄目?



「は…?暗闇って…??」
「さ、っき…部屋、入って、電気……着けた…ら、バチって……」
「あぁ…さっき何処かで落雷したみてェだから、停電だな…」
「ダメ…な、だ…暗い、の…」
「え…?何で…?」
「だ、って…!」



ギュっと胸の部分の服を握って。



「家、だと…独りって…おも、知らされる…!」
「…………………」
「静かで…!誰も居なくて…真っ暗で…!誰、も…見えな、…誰も、居な…っ」
「……………………」
「世界中で…独り、な…気…させられる…!!」



ギュっと、今度は強く抱き着かれる。
その身体は。
やっぱり小刻みに震えてて。
…俺の、俺の心を揺さぶる。



「…馬鹿」
「…って…」
「独りじゃねェよ。昔はそうだったかも知れねェけど。…今は居るだろ。………俺が」



キュっと抱き返してやると、小刻みに震えていた身体は少しだけ震えるのを止めて。



「…これからも」
「ぅん?」
「これからもずっと…傍、居てくれる?」
「…あぁ」
「じゃぁ…」
「あぁ…?」
「…キスして」
「…はぁ?」
「キスしてよ。ずっと傍に居るって言う、約束の代わり」
「おまっ、それとこれとは違うだろうが!!」
「違わねェよ!ねぇ、キスしてよ。独りじゃないって…解らせてよ」
「………………………」



言葉はいつもの通りなのに。
いつもみたいに俺をからかってる風なのに。
その身体はやっぱり微かに震えていて。
強く俺を抱き締めて。
…あぁ、まだ不安なんだな、って解る。



「……………………………」
「……せん、せ…?」
「…はぁ…解った。…目、閉じろ」
「…ぅ、うん…」



俺がそう言うと、坂田はそっと目を閉じて。
閉じた瞬間。
俺が離れないように。それとも違う意味なのか。
それは解らないけど、俺の服の裾をキュっと握った。
…おいおい、可愛過ぎだろ。



「………………………」
「………………………」



…チュっ…



「………………………」
「…し、したぞ」
「…………………………」



注文通りキスをしたのに、坂田はすぐに不機嫌な顔をして。



「…何でデコなの」
「何でって…べ、別に唇にって言われてねェだろうが」
「そこは普通言わなくても唇でしょ?!口チューでしょう!!」
「あー!うっせうっせ!!してやったんだから、離せ!!」



よく考えたら、この状況ってヤバくねェか?
暗闇で、部屋に2人。しかも抱きし締めててって…。
何とか坂田を引き剥がしに掛かった俺に、坂田は…。



「ヤだ!!」
「…坂、田…?」



いつもとは違う、強い力で抱き着かれる。
あまりの力に、俺はそのまま後ろに押し倒されて。
自然…坂田を見上げる形になる。



「お、おいっ!!」
「ヤだ!…ねぇ、何で?何でチュー以上してくれないの?今日だってコレ、チャンスじゃん。台風で学校早く終わって、2人きりで…」
「……………………………」
「俺男だし、確かに女の子みたく柔らかくもねェし、凹凸だってねェよ。…でも…でも俺、先生の事好きなんだ…」
「……………………………」
「好きって言ってくれたじゃんか…何で…何で先に進んでくれないの?俺に何が足りないの…?」



まるで…まるで泣き崩れるみたいに、坂田は俺の胸に顔を埋めた。
強く握り締められた服が…痛い。



「…坂、……銀時」
「…好きなんだ…先生が好きなんだ…ぉねが…俺を…拒絶しな、で…」
「…………………………」



俺はゆっくりと坂田の…銀時の柔らかい銀髪を撫でた。



「…銀時」
「…ぅ、ぇ…ひ、っく…」
「銀時。…よく、聞けよ」
「ふ、ぇ…?」
「…俺、本当はお前に気持ち、伝える気なかった」
「…ひ、っく…」
「それでも…まぁ色々あって、結局はお前に、俺の気持ち伝えちまって」
「…ぐす…」
「…後悔はしてねェ。確かにお前は俺の生徒だし、俺はお前の学校の先生だけど。…でも、気持ちはちゃんとある、から」
「…………………………」
「でもな?…やっぱ結局俺はお前の先生で、お前は俺の生徒である事に代わりはねェ」
「……………………………」
「お前はこれから。色んな人に出会って、色んな事学んでく」
「……………………………」
「…だから。少し、時間が欲しいんだ」
「じ、かん…?」



ずっと。ずっと考えてた。
もし銀時が、これから色んな奴と出会って。
俺の以上の、否、それだけじゃない。
気持ちを疑う訳じゃねェけど、否定は出来ない。可能性は捨てられないんだ。

…今の気持ちが間違いだと、勘違いだと思った時…



「お前が卒業して。それでも俺に対する気持ちが変わってなくて」
「………………………」
「俺もお前を離さない『覚悟』出来るまで」
「………………………」



この気持ちが間違いじゃない、一時のものじゃないって。
確信出来る、受け止められる『覚悟』が欲しい。



「それまで…その、…そう言うの、は…」
「………………………」



チラリと銀時を見る。
銀時はさっきと同じように俺の胸に顔を埋めて、何も言わない。
ぁ、あれ…?



「ぎ、銀時…?」
「…………………………」



俺が銀時を呼ぶと。
ゆっくりとその顔が上がって。



「卒業、する…まで?」
「は?」
「その、先生の『覚悟』ってのが出来るまで。俺が卒業するまで待てば良い訳?」
「…それ、は…解んねェけど」
「……………………………」



その時。



「…おっ」
「…………………………」



電気が復旧して、部屋の電気がパっと着く。
それと同時に銀時が俺から離れて立ち上がる。



「…銀時?」
「……………………………」
「ぎん……」
「…すから」
「…は?」



ボソリと言うとさっさと部屋を出て行ってしまう。



「お、おい、銀時!何だ?!何て言ったんだ?!」
「落とすからつったんだよ!!」
「は、はぁ??」
「俺の色気でぜってェ先生の事落としてみせっからな!『抱かせて下さい』って言わせてみせっから!」
「お、おまっ、何言って…!」



その言葉に俺は慌てて銀時の後を追ったが…。



「銀時?!」



すでに廊下に銀時の姿はなくて。
キョロキョロと辺りを見回せば。
ガチャっと開いたドア。



「話があんなら聞いてやるけど。俺これから風呂入るから。話したいんなら、一緒に風呂、入る?」
「は、入るかぁ!!」
「あっそ。残念。…襲ってやろうと思ったのに」
「銀時!!」
「あぁ、それから。これから俺に隙見せねェ方が良いぜ。隙あらば襲うから。…んじゃ、宜しく」
「ちょっ、おまっ…銀と…!」



ベラベラとしゃべられた内容に突っ込もうとしたら。
俺のポケットから携帯の着信音。
…あぁ、もう何だよ、このクソ忙しい時に!!!



「…もしもし?!!」



出たらそれは学校からで。



「ぁ、はい…ぇ、えぇ、今ちょっと…あ、明日の?…はぃはぃ、はい」



用件を聞いて電話を切る。
振り向けばすでに銀時は風呂に入ってて。



「…マジかよ」

『隙あらば襲うから』



俺は思わずその場に座り込んで。
頭を抱えてしまう。
最近は。
ますます我慢が限界に近づいてるのに。
これはアレだろうか…。



「…試されてるんだろうか」



どれだけアイツと想っているか。
試練なのだろうか。
何て思ってしまう。



「…大丈夫か、俺…」



出来るなら。今すぐにでも。
抱き締めたい。
キスしたい。
それこそ、出来る事なら最後まで。
全部を奪ってしまえたら、どんなに楽だろうか。
そう思う気持ちと。
汚したくない。
怖がらせたくない。
優しくしたい。
相反する、この気持ち。
…俺は。



「…と、とにかく。車…車を駐車場に……」
「…れ?先生、まだそこに居たの?」
「あ?あ、あぁ…さっき携帯に学校から……っておまっ、服ちゃんと着ろっ!!!!!」
「え〜パンツは履いてんだから良いじゃん」
「そう言う問題じゃねェっ!!!」
「あ、もしかして欲情した?シたいならシて良いよ?」



…頑張れるのだろうか。





・END・
2006/09/15UP