「………………………………………」


…いやいやいや。
ない。ないよ。
流石にこれはないだろ。
思わずと言うか、出来心と言うか、流れと言うか、押しと言うか、悪ふざけつうか、ノリつうか、…あぁ、もう何でも良いけどよぉ。
何だかんだで来ちまった。け・ど。
ない。これはねーよ。
知り合いに会う前に、とっととココから退散しよう。
うん。そうしよう。


「……ゲっ」
「………………………………………」


そう思って、俺がクルっと踵を返した瞬間。
バチっと眼に飛び込んで来た、人物。
…あっちゃ〜、お前ってどうしてこう、タイミングが悪ぃんだよ。
空気を読め、空気を!


「ぎ……、銀時、か?んだ、その格好」
「あ、あはは……あ〜、と……まぁその、何つうか、仕事の依頼で、ちょっと・な…」


土方が驚くのも無理はない。
俺は今、女物の着物を来て、ツインテールのヅラを着けているのだから。


「仕事の依頼?」
「まぁ、その…かまっ娘倶楽部つう倶楽部の助っ人にな…」
「あぁ、なるほど。大変だな、万事屋も」
「あぁ、ぅん…。でも、まぁ。ほら、仕事だから」
「…そうか」
「ぅん、そう」


てか、気まずそうにするな。
俺の方が気まずいわ、ボケ。


「あぁ、でも丁度良かったわ。お前にょぅ…」
「あ、じゃ、じゃぁ俺は仕事あっから!じゃぁな!!」
「ぇ、あ、お、おい!!」


気まずい思い満載の俺は、土方の言葉を遮って、それだけを言うと。
今度こそ踵を返して、走り難い女物の着物に四苦八苦しながら、その場を走り去った。
つうか、今土方が来た道の方に行きたかったんですけど!
踵、返しちゃ駄目だろ、俺ぇぇぇぇ!!!


「ったく、これと言うのも全部、アゴ美のせいでだからな…!」


大体糖分王となるべき俺が。
んで今日、この日に。
何が悲しくて男にチョコを渡さにゃならねーんだ!!
…事の発端は、依頼に来たマドマーゼル西郷ばけもの=ママからだった。


「ちょっとぉパー子、今日お店にヘルプに入ってよ」
「…は?何で?」
「だって今日バレンタインでしょ?お店忙しいのよ」
「…やーだよ。つうか、化け物からのチョコなんて誰も欲してねェんだよ。誰得なんだよ」
「あ゛ぁ゛?!誰が化け物だって??!!」
「や、やーだ、ママ。仕事の依頼だったら、喜んで」
「パー子ならどう言ってくれると思ったわぁ。アンタ、黙ってたら、美人なんだから」
「は、ははは…う、嬉しいわぁ……」


今にも暴れ出しそうな化け物、もといママの迫力に負けて。
そのままかまっ娘倶楽部に連行。
女物の着物に着替えさせられ、化粧とヅラを装着。
もう本当、誰得なの、これ…。
そんで店に出て。
ハゲたおっさんやら、油びたおっさんに、店で用意したチョコを渡す。
つうか、本来なら貰う側の俺が、何が悲しくて…。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!」


作り笑顔でチョコを渡すと。
ゾワリと走った悪寒。
目の前のおっさんが腰に手ぇ回して来やがったぁぁぁぁぁ!!!!


「こぉ〜んな可愛い子にチョコ貰えるなんて。今年は最高のバレンタインデーだよ」
「ぅ、うふふ、…そうですかぁ?」


ぶ、ブン殴りてぇ…。
…だが。
横目でチラっと見ると。
ママがガン見してやがる。
ここは我慢……我慢我慢…。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!!」
「良いヒップして………ぶへらっ!!!!!!!!!!!!」
「お触り禁止だ、コノヤロー!!!!!!!」


…あ。しまった。
尻撫でられて、思いっきりド突いちまった。


「パ〜子ぉぉ〜」
「あ、あはは…ヤっちゃった☆」
「ヤっちゃったじゃねーんだよ!!」
「だ、だってコイツ、ケツ触りやがって…!」


俺がそう言うと。
ピタっと動きを止めた化け物、もといママは、今度はクルっとブっ倒れてる客に向き直り。


「ココはそう言う店じゃねーんだよ!このボケぇぇぇぇぇ!!!!」


と俺よりおも〜い一発を客に浴びせて、そのまま店の外にポイ捨てした。
いったそー…。


「パー子!アンタも幾らそう言う店じゃなくても、もっと可憐にいなしなさいよ!!今時のかまっ娘は強く逞しく生きなきゃいけないのよ!!」
「…否、ママこれ以上逞しくなんなくても、十分……」
「何か言ったぁ?パー子」
「…イイエ、ナンニモ」


逞し過ぎる二度腕を見ながら言われ。
俺は早々に青褪めながらそう答える。
そして。


「はぁ〜、もう良いわ。パー子はドリンク運びして。テーブルにもつかなくて良いから」
「え、良いの?!」
「その代わり。ドリンクはしっかり運びなさいよ」


やった!
ムサイ男共の相手させられんのかと思ったら、それは免れる事が出来た。
それから俺はあっちこっちのテーブルにドリンクを運び。
ちょっとしたテーブルのヘルプくらいで無事、その日の勤務を完了させる事が出来た。
後は化粧落として、着替えて帰るだけだ。
あー、肩凝った。
やっぱ慣れねェ女物の着物とか、肩凝ってしょうがねェ…。


「ねぇねぇ、パー子ぉ」
「あ?…何、アゴ美」
「あずみだつってんでしょぉぉぉぉ!!……ま、まぁ良いわ。ねぇ、パー子。アンタ、本命にはチョコ、あげたの?」
「本命…?」
「そうよ!居るんでしょ?本命」


きっぱり言われた言葉に。
思わず口元がヒクリと歪む。
何故、どうして。
そう飛び出そうな咽喉を抑えて。


「俺、ヘルプで来てるだけだから、かまっ娘じゃねーんだけど。大体今日は女が男にチョコやる日だろ?んで俺が、チョコやんねきゃなんねーんだよ」
「あら!何言ってるのよ!アンタのその顔、恋をしてる顔よ。アタシには解るんだから」
「………………………………………」


…うん。関わるの止めよう。


「なー、ママ。俺の着物、何処ぉ?」
「え、そこになぁい?」
「ちょっとぉ、無視?!無視なの??!!」
「うるせーよ、アゴ美。黙んねーとそのアゴ、さらにカチ割るぞ」
「あずみだつってんだろーがー!!!」


ガサガサと辺りを探すが俺の着物は、見つからない。
あー、もう帯キツくて、早く脱ぎたいんですけどぉ。


「あ、ねぇねぇ、ここにあった着物知らない?」
「え?洗濯物かと思って、洗濯屋さんに渡しちゃたわよ?」
「え、えええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ?!!!何してくれちゃったの!!!!」


否、嬉しいけど。嬉しいけどね?!
それってある意味、タダで洗濯屋に出してくれたって事だから!
でもじゃぁ。一体全体俺は何を着て帰れば良いのぉ??!!


「パー子のだったのね〜。ごめん〜」


いやいや。
ごめん〜じゃなくて。


「はぁ〜。じゃぁしょうがないわ。パー子、その着物貸してあげるから。今日はそれ着て帰りなさい」
「えぇぇ?!これで帰れつうの??!!」
「だって裸で帰る訳にもいかないでしょ?」
「ぐっ…ほ、他に服、ねーの?」
「ないわよ。あったとしても、皆そんな感じよ?」
「………………………………………」


その言葉にガックリ来て。
あぁ、もう最悪…。


「明日にはアンタの着物、帰って来ると思うから。その着物と交換で、取りに来なさいよ」
「…あー、もー…わーったよぉ…」


四の五の言ったって。
俺の着物が洗濯屋に行ってしまったのは事実で。
裸で帰れねーのも事実で。
もう腹括って、この格好で帰るか…うぅ、裏道使って、人目に触れねェように帰ろう……。


「あ、パー子パー子、これ、アンタにあげるよ」
「あ?何これ?もしかしてチョコ?ぇ、食っても良いの?」


今年の記念すべき1つ目のチョコだ。
この際アゴ美からってのは眼を閉じて。
チョコはチョコ。
ラッキーとばかりに受け取ろうとすると。


「違うわよ!アンタ、用意してないみたいだから。これは本命の"彼″にあげるのよ?良い?」
「…は?」
「まだ今日は終わってないから。…はい。ファイト!パー子!!」
「いやいやいやいや!!何言ってるの?何言っちゃってんの?!本当にそのアゴ、カチ割られたいの??」
「勇気を出すのよ!パー子!!」
「いやいやいや!!俺の話、聞こう?取り敢えず俺の話聞こうよ!!」
「話?何よ」
「俺、男だから!本来なら今日は貰う側だからね?!俺はかまっ娘じゃねーから!!」
「何言ってるのよ。今日、お店に来てくれた人にたくさんあげたじゃない」
「それは仕事だから!!」
「ならもう、今日一日かまっ娘になっちゃいなさいよ!」
「いや、だからっっ!!!」
「喜ぶわよ、きっと」
「〜っっ!喜ぶ訳、ねーだろ!!」
「何でぇ?」
「何でって」


聞き返された言葉に、グっと言葉を飲む。
つか、いつの間にか、俺が“恋するかまっ娘”になってんだけど!!


「………………………………………」
「喜ぶって。ね?パー子ぉ」


そう言われて、もう何だか疲れて。
俺は盛大に溜め息を一つ吐いて、言う。


「…アイツ、甘いモン、好きじゃねーし」
「甘いものが好きじゃなくても。好きな人から貰ったものは嬉しいはずよ。絶対」
「………………………………………」
「今日と言う日を、最大限利用しちゃえ!ほら、パー子!」
「否、だから…っ!!」


なーんて。
店を放り出されて。
俺はアゴ美から渡されたチョコを持って、トボトボ。
屯所の前まで来たって訳だ。
でも、屯所の前まで来て、正気に戻った。
そうだよ、何言われた通り渡そうとしてんの、俺!
ナイス、俺!よく正気に返った!!
まぁ、まさかこのかまっ娘の格好のまま、屯所に乗り込もうたぁ、思わけねェけども。
夜にチョコ持って、しかも女物の着物と化粧・ヅラまで着けて。
俺は一体何をしようとしてたんだか…。


「いかんいかん。ノリで片付けらんねーだろ、コレ。何血迷ってんだ…」


こんな格好で渡しに行ったら。
アイツぜってー、勘違いする。
女への対抗心?とか、まぁ今日は女から男にチョコを渡す日だからな、そんなに俺にチョコ渡したかったのか?とか。
考えただけで、アイツのド頭カチ割りたくなる。
アイツ、元々頭はキれる方だってのに。
時々すっげー残念な方向、俺に言わせればテメーの良い方に解釈する事がある。
それをこんな格好で、あまつさえチョコなんざ持って行った日には「お前どんだけ俺に惚れてんだ?」なんて甚だしい勘違いをするに決まってる!
それだけは絶対、断固!回避しなくてはなんねー!!


「テメーで食ちまおう、このチョコ…」


大体、俺が用意したんじゃねーし。
屯所ココに来たのだって、ノリつうか、流れつうか、気紛れつうか……まぁ、そんなトコだ。
俺は大きな溜め息を一つ吐き、今度こそ万事屋に戻ろうと、振り返ると。


「…おい。んな格好で、いつまでウロウロしてんだよ」
「………うっせ。放とけ」


何でかそこに土方の姿。
いつもの様に咥え煙草をして、そこに佇んでやがる…。


「仕事じゃねーのか?んでプラプラしてんだよ。早々、クビんなったのか?」
「違ーよ。…もう仕事は終ェだ。帰る」


何だか急に居た堪れなくなって。
俺はそれだけを言って、歩き出して、土方の傍を通り過ぎようとしたら。


「帰んなら、これも持って帰れ。わざわざ屯所戻って、テメー探したんだからな」
「は…?」


掛けられた声と共に、突き出された、パンパンに物が入ってる紙袋。


「何…これ…?」
「…今日バレンタインだろーが。チョコ。……テメーにくれてやる」
「は、はは…すっげー、大量じゃん。さっすが、男前は違うね〜」
「は?何言ってんだ、テメー」
「え?だってこれ、お前が貰ったもの…」
「ちげーよ。それは俺がテメー用に買ったもんだ」
「は…?」
「…今日はそう言う日なんだろ?どう言うのが美味ェのか俺ぁ解んねーから、片っぱしから買って来たら、その量になっちまったんだよ」
「マ、マジでか…」
「その量なら、満足だろ?」
「お、おぉ…」
「一気に食うんじゃねーぞ。糖尿病」
「まだ予備軍だつうの」


ズッシリと重いそれを受け取って。
俺はしばし固まる。
つか、何で俺が悩んでる事、コイツはサラっとやる訳?
これじゃぁ俺が小せェ男みてェじゃねーか。
…何か、激しく悔しいんですけど。


「あ?んだよ、どうしたんだよ。言っとくけど、ココで食うなよ。帰ってから食え」
「…否。そう言うんじゃなくて」
「?…何だよ」


紙袋を覗き込んだまま、微動だにしない俺に。
土方が怪訝そうに、そう言えば。
俺はしばし逡巡。
…俺の手にある、アゴ美のチョコ。
いやいや。…でも。……だけど。


「ぁ、のさ」
「?何だよ」


…何だ、この居た堪れなさ。
さっきとは違う、何処か心地良い、照れくささに襲われながら、俺は思う。
大体、こんなんただのチョコだし。
コイツと違って、俺は自ら用意した訳じゃねーし。
んなもん、サラっと渡しちまえば良いんじゃね?
つーか、待てよ?コイツ確か甘いモン好きじゃねーんだし、あげる必要ねーんじゃね?
俺が食った方が絶対糖的にも良いに決まってる訳で…。

『甘いものが好きじゃなくても。好きな人から貰ったものは嬉しいはずよ。絶対』

「……………やる」


別にアゴ美に言われたからって訳じゃねーけど。
今日はもう、ズッポリかまっ娘んなってやる。
ヤケだ、ヤケ。
それに店に来た客にもやったし。
今更コイツにあげたトコで、もう何も変わんねーし。
つーか、コイツに貰いっ放しなんて気に喰わねーし。
そんだけだから。
別にバレンタインなんて関係ねーし。
つか、絶対コイツの方が俺の事好きだしね!
俺はアゴ美からの横流しチョコだけど、コイツ買いに行っちゃったしね!!


「…………え」
「…んだよ。要らねーなら、俺が食う。返せ」
「い、否、食う!食うけど」
「けど、何だよ?」
「お前が用意してるとは思わなかった…」
「ったりめーだろ。用意なんてしてねーよ」
「え、じゃぁコレ…」
「そのかまっ娘倶楽部のアゴ美つう、かまっ娘が渡せって」
「え゛。お、俺にか…?!」
「…ちげーよ」


経緯を説明すんのも面倒で。
俺は紙袋を抱え、今度こそ家に向かって歩き始める。


「おい、待て。話はまだ終わってねー…つか、荷物持ってやる。寄越せ」
「…確かに、女の格好してるけど。俺、女じゃねーんだけど?」
「はぁ?んな事解ってるよ。慣れねェ着物で歩き難そうにしてっから、言ってやってんだよ」
「…あっそ」


土方の言葉に。
俺は思わずムっとなったけど。
土方は何でもないように、そう言って紙袋をはんば奪い取るように持つ。
何過敏に反応してんだ、俺。


「…しっかし」
「ぁんだよ」


上から下まで、マジマジと見られて。
思わず眉間に皺が寄るのを感じた。
何ジロジロ見てんだ。
金取んぞ。


「着替える間も惜しい程、俺にチョコ、渡したかったのかよ」
「は?違いますから。これは俺の普段着が洗濯屋に出されちまって、服がなくて着替えらんなかったからだから」
「んだよ、そうかよ。期待して損しちまったぜ」
「はっ、俺がわざわざ女装して、お前にチョコ持って来るってか?」
「んな事思ってもねーよ。そう言うじゃなくて。そろそろ14日が終わるから。14日中に渡したくて、普段着に着替える間も惜しんでって事だよ」
「…寝言は寝て言え」
「まっ、貰えねーと思ってたチョコ貰えたんだ。上出来だな」
「アゴ美からだけどなー」
「だからアゴ美って誰だよ?!お前からじゃねーの?!」


何処か必死そうに、土方がそう言うから。
俺は可笑しくなって、紙袋を持っていない方の土方の手にスルリと自分の手を重ねる。
土方はそれに驚きながら、それでも微かに手に力を込めたのが解った。


「な、俺からだったら、嬉しい?」
「……あぁ、嬉しいよ」
「はは、土方君はホントに俺の事好きだなー」
「うっせ、悪ぃか」
「誰も悪いなんて言ってねーじゃん。つか、今日は妙に素直だな。何か気持ち悪ぃ」
「素直じゃねーのはテメーの方だろ。素直にテメーからだって言えば、良いだろうが。受け取ってやらねー事もねーぞ」
「だからー。本当に俺からじゃねーんだって」


俺がそう言うと、土方はやっぱり納得のいかない顔をする。
それが可笑しくて。
繋いだ手を少し、引いて。


「なぁなぁ」
「あ?」
「家帰ったらさ、ちゃんとチョコレート作ってやっから。それで手ぇ打ってよ」
「あ?あ、あぁ……つうか、マジでお前からじゃねーの、コレ!?」
「俺からつうか、アゴ美からつうか…まぁ、どっちでも良いじゃん」
「良くねーよ!マジでアゴ美って誰なんだよ!どう言う経緯で俺んトコに来たのか、いい加減詳しく説明しろや!」
「だからぁ…」


まっ、結局は俺達。
似た者同士、って事だよな、…土方君。



Happy Valentine!
2011/05/28UP