「フフ〜ン♪フ〜ン、フフ〜ン♪」
夜が明けようと言う、空が白ける時間。
仕事を終えた金時がマンションへと帰宅する。
エレベータで最上階まで上がり、鍵の掛かったドアの前に立つ。
ポケットから鍵を取り出して、鍵穴けと差す。
ガチャリと言う音と共に、施錠が外される。
ドアノブに手を掛け、ドアを開ける。
中に住んでいる人物はまだきっと夢の中だろうから。
金時はそっと玄関を閉め、下駄箱に鍵を置く。
そして靴を脱ぎ、そっと玄関を抜ける。
「ただいま〜って、土方君、寝てるよね〜……って」
玄関を抜け、リビングに辿り着くと。
返事のない事が解ってて、思わず出た独り言。
いつも通り返事はないはずなのに。
いつもと違う事。
それは、点々と放置された土方の物と思われる、ネクタイ・上着。
「…めっずらし〜、お疲れ?それとも荒れてんの?」
几帳面な土方は、こんな風に上着を床に放置したりしない。
皺になると。
いつも帰ってすぐに部屋着に着替え、上着はハンガーに掛け、仕舞う。
それなのに、こんな風に床に放置したままなんて。
金時は床に放置されたネクタイと上着を手に、そっと抜き足忍び足で土方の寝室へと向かう。
「寝てるよなー寝てるよねー」
ノックをしようかと迷って。
でもまだ明けてもいないこの時間帯に、この部屋の主が起きているとは考え辛くて。
金時はノックをしようと上げた手を下げ、そのままドアノブに手を掛ける。
「えぇっと、土方君〜、上着とネクタイ、リビングに置きっ放しですよ〜……って、おい!」
そっと開けたドアノブの隙間から。
ベットに横たわる人物が目に入り、金時は微かに開けたドアを全開にした。
と言うのも、ベットに横たわり、寝ていると思っていた人物は。
ベットにこそ横になっているものの、毛布や上布団も掛けず。
文字通り「横になっている」だけだったのだから。
「ちょっ、おい、土方?!生きてる??」
ぐったりとした様子の土方に声を掛けると、眉間に皺を寄せ、微かに汗も掻いている。
「風邪かよ…。俺が出てく時は何ともなさそうだったのに」
そっと這わせた額から感じる、熱い熱に。
金時は、昨夜仕事に出る前の土方の様子を思い出す。
特に変わった様子はなかったように思える。
「あ、でも何か疲れた感じに見えなくもなかったか…?」
ご飯を食べて、ソファに座ってTVを見えた。
自分も仕事の準備があったから、そんなに注意して見ていなかった。
その結果がこれかと思うと、微かに怒りが込み上げて来る。
遠慮する仲でもない。
ましてや子供でもないので、体調など、自己管理だと言われればそれまでだが。
「…言えよ、馬鹿!」
「……ん……」
思わず怒鳴った声に。
微かに土方が反応する。
だが、今目を覚ましたら、怒鳴りつけてしまいそうだ。
とにかくと、金時は土方をベットに寝かせ、一旦寝室から出て、タオルを冷やして持って来る。
それを土方の額に置く。
冷たさに気付いたのか、今度こそ土方の目が開く。
「…気がついた?」
「…帰ってたのか」
「今ね。…なぁ、この熱、どう言う事か説明してもらえる?」
「説明も何も…油断して、風邪ひいちまった。それだけ…ゲホ」
「風邪って…いつから具合悪いの?何で昨日の夜、俺に言わないのさ?」
「…お前、仕事だったろ。それに寝てれば大丈夫だと思ったんだよ」
「……着替えもしてない、上も何も掛けないで、治る訳ないじゃん」
「何、怒ってんだよ…」
「怒りたくもなるつうの!遠慮する仲でもねーだろ?!帰って来て、ネクタイや上着は放りっ放し、部屋来ればベットで死んだみたいに横たわってるお前見れば、ビビるつうの!」
「…悪ぃ」
「悪いと思ったら、今後は言ってよね。具合悪くなったら」
「…あぁ」
「ったく。…何か飲む?」
「あぁ…」
「起きなくていーよ。持って来るから」
「悪いな」
「悪くない。…ったく、病人が気ぃ使ってんじゃねーよ」
ブツブツと文句を言いながら、金時が寝室を後にする。
土方はそれを見送りながら、上半身を起こす。
「あ、寝てろつったろ」
「寝たまんまじゃ、飲めねーだろ」
「そうだけどよぉ…」
ペットボトルの水を受け取りながら、土方はそれを飲む。
そして飲み終わると、蓋をして、ベット近くのサイドボードに置く。
「なぁ、他に欲しいもんは?」
「…ん、今んトコねー」
「何かあったら、言えよ。あ、それと大丈夫そうなら、パジャマに着替えろ。今、持って来るから」
「あぁ…」
忙しなく、またパタパタと部屋を後にする金時を、土方はまたぼんやりと眺める。
そして、土方のパジャマ片手に戻って来た金時に、土方はクスリと笑う。
「持って来たぞ〜…って、何笑ってんだよ?」
「否…何か、可笑しいな、と思って」
「可笑しい?」
「今まで。風邪で熱出しても、こうやって誰かが世話してくれる事なんてなかったからな」
「ふ〜ん。…彼女とかは?」
「あ?」
「彼女とか。見舞いに来てくれたりするだろ?普通」
はい、と土方にパジャマを手渡して。
土方はパジャマを受け取ると、もそもそとYシャツを脱ぎ、着替え始める。
「家、教えなかったから、来る訳ねーだろ」
「え…マジで?」
「あぁ。まぁ、こんな仕事してっからな。それに、誰かに弱った所なんか見せられるかよ」
着替え終わると、土方はまた、もそもそと布団へと入る。
金時はそれを見届け、上布団を土方の肩まで掛けると、ポンポンと上布団を軽く叩く。
「あぁ、そう考えると」
「…あ?」
「お前には気を許してんだな、俺」
「〜っ?!」
「あ?お前も顔赤いな。風邪、うつったか?」
「い、良いから!俺の事は良いから、まず自分の事!!今日は仕事休んで静かに寝てろよ?!」
「あ、あぁ…職場にはメールしとく」
「こ、これ、携帯電話な!それから、何か欲しいモンがあったら、言うんだぞ?良いな」
「へいへい、解ったよ…」
無自覚に紡がれた土方の言葉に。
金時は自分の顔が熱を帯びた事を自覚しつつ、とにかく土方を眠らせた。
金時に言われるがまま、目を閉じ、スゥっと寝息を吐き出した土方に、金時はフゥっと詰めていた息を吐き出して。
「…そう言う台詞は、ホストやってる俺の専売特許だっつうの。……コイツ、警察辞めてホストんなった方が良いんじゃねーの」
先ほどタオルを冷やす為に冷水に当てた、冷たい手を頬に当て、金時は部屋を出た。
熱のせいで微かに掠れた声と、潤んだ瞳。
舌足らずのように話す土方に、いつも以上に厄介そうだと、金時は溜め息を吐き出す。
「…ちょっと色っぽいとか、思ってないんだからな」
取り敢えず病人に必要なものを考えながら。
金時は悔し紛れにポツリと呟いた。
・
・
・
・
・
「土方〜、起きてる?」
コンコンっと小さくノックをして、寝室に入る。
グッスリと寝込んだ土方を起こすのに、微かに戸惑ったが、金時は意を決して土方を揺り動かす。
「おい、もう昼過ぎだぞ?取り敢えず、食うモン食え」
「…ん、ぁ…?」
「お、起きたか。具合、どうだ…?」
「頭、ガンガンする…」
「熱、上がってんのかな?取り敢えず、熱測れ。後、お粥作ったから、それ食べて、市販のだけど薬飲め」
「ん…有難う…」
差し出した体温計を受け取り、土方が上半身を起こす。
「んー…まだ、熱高そうだな…」
「…お前の手、冷たくて気持ち良い…」
「あー…さっきまで炊事してたからな」
「タオルとか冷えピタより、こっちの方が良いかも…」
いつになく甘える土方に、金時はクスリと笑う。
「ずっとこうしてやりたいけど。残念ながら俺ぁ、他にもやる事あるからな。…ほら、体温計、幾つだった?」
「ん…」
「ん、っと…38.2℃か、結構高ェな。…飯、食えそうか?」
「…ん…腹減った…」
「腹減ってるなら上等だ。今お粥持って来るから、待ってろな」
「…ぅん」
どうやら熱でボーっとしてるらしい土方は。
いつにない素直さで、金時の言葉に頷く。
「熱いから気をつけろよ〜」
お盆にお粥の入った小さな土鍋を置き、金時が部屋に戻って来る。
お盆を布団の端に置き、土鍋の蓋を開ける。
ホワンっとした湯気が立ち、卵の乗ったお粥が現れる。
「熱いからな…フ〜フ〜」
「…何、してんの?」
「何って……冷ましてるの」
「否、自分で出来……」
「あー、大丈夫!金さんが食わしてやるから」
「はぁ?!ふざけんな!飯くれー自分食える!!」
「良いって良いって。遠慮すんなよ」
「いや、遠慮じゃねーよ!さっきだって自分で着替えられたし、飯も独りで食えるから!レンゲ寄越せ」
「いーじゃん!病気の時は甘えとけって」
「甘えとけって…」
「今日のお前、熱で顔真っ赤だし、目ぇウルウルだし。舌足らずなしゃべり方も可愛いぞ?」
「…すっげェ嬉しくねェ」
「はは、そんな目で睨まれても怖くね〜。ほら、早く食って、薬飲め」
さも楽しげにレンゲに掬ったお粥を差し出され。
土方はそれと金時を交互に見て。
どうにも風邪で弱った体力で、この攻防を繰り広げるには分が悪いと察したのか。
土方は大人しく口を開けた。
しかし、それでも金時を睨みつける目はそのままに。
「っ、ぜってェ明日には治ってやるからな」
「お〜、そのいき、そのいき!今夜はずっと看病してやっからさ」
「は…?お前、仕事は?」
「さっき電話して休み貰った。…ほれ、ぁ〜ん」
「はぁ?!子供じゃねェんだから良いよ!仕事行けよ!!」
「もうお休み取っちゃったから取り消しは出来ませ〜ん。残念でした〜」
「お前…」
「…たまには甘えろって。大体オメーは甘え下手なんだよ。病気の時くれー病気のせいにして、甘えとけ。ほれ、口開けろ」
「…ぐっ」
「金さんが、特別に看病してやってんだ。明日には治っとかねーと、マジ逆転しちゃうぞ」
「逆転…?何だよ、逆転って」
「金土。あ、良いね。曜日みたいで。金時×土方、実行しちゃうよ?」
「!?あ、アホか!!」
「や〜、今日の土方君、マジ危険だよ。目ぇウルウルだし、ほっぺ赤いし。何か可愛いよ」
「だから嬉しくねェって!つか、病人相手に何考えてやがる!!」
「風邪で熱ある時は、汗掻くと良いんだって。知ってた?」
「知るか!もう、お前、マジ近寄るな!!」
「暴れないの。熱、上がるよ?」
身の危険を感じたのか。
ジタバタと暴れる土方をを横目に。
金時は楽しげに笑うだけで。
「ほれほれ、治りたいなら、食え」
「病人だつってる割に、扱いが全然優しくねェじゃねェか、テメー!」
「優しいじゃん。あ、じゃぁ、薬は口移しで飲ませてあげようか?」
「要るか!…ゲホゲホ…本当もう、静かに寝かせろよ…」
グッタリと土方はベットに横になるのだった。
「…おっし、飯食ったな」
「……あぁ」
「サイドテーブルに水と薬置いたから、それ飲んでな」
「あ、あぁ」
「金さんはタオル冷やして来るから。大人しくしてろよ?」
「…オメーが居なきゃ、大人しくしてるつうの」
土方の言葉に金時は笑うだけで、部屋を後にした。
土方はパッケージに入った薬を2錠取り出し、それを水で流し飲む。
そしてベットへと入る。
「土方〜、薬飲んだ?」
「…飲んだ」
「ん。…ほれ、タオル」
「ん、つめて」
「汗、掻いてね?」
「あぁ、大丈夫だ…」
部屋に戻って来た金時は、土方が薬を飲んだか確かめ。
そして手に持っていたタオルを土方の額に置く。
そしてベットサイドに腰掛けると、土方を眺める。
「…ぁんだよ」
「いーや?良い男だな、と思って」
すぐに去ると思っていた金時だったが、そこから退く気配はなく。
何処か居心地の悪い思いで、土方がそう呟けば。
やはり何処か楽しそうな金時がそう答えるだけで。
「…何か」
「ん?」
「楽しそう、だな。お前」
「あ〜……ぅん。不謹慎だけど、楽しい、かも」
「あ…?」
「ごめんね、土方君、辛いのに」
「や、大分楽にはなったけど…」
「…何か、さ」
「?」
微かに言い難そうに金時が言葉を紡ぐ。
サラサラと土方の髪を撫でて。
「…初めてかも、と思って」
「初めて?」
「こうやって、誰かの看病するの」
「へ?」
「こう言う仕事してるからさ、誰かの恋人、みたいな関係にはなるけど。ここまで誰かと深く関わった事、よく考えたら俺、ないな〜と思って」
「………………………………………………………」
「ちょっと良いよね。こうやって誰かが弱ってる時に、傍に居て、力になれるのって」
「…あぁ、それは、ちょっと解る、かも」
「ぅん?」
「弱ってる時、に…こうやって誰かが、…お前が傍に居るって。…ちょっと良いかも」
「うん。…俺が風邪ひいたら、土方君も、看病、してね?」
「あぁ」
金時の言葉に頷いて。
土方は髪を解いていた金時の手を取り。
「寝るまで。…傍居ろよ」
「うん。…もう寝な、土方君」
「…あぁ」
「起きたら。…元気な土方君で居てね?」
「……あぁ」
チュっと唇のすぐ傍に、金時の唇が落ちて。
土方は、キュっと金時の手を握って。
静かに瞳を閉じるのだった。
・END・
2010/12/14UP