想像してみる。
気持ちを伝えて、この関係が途切れてしまう未来と。
想像してみる。
気持ちを伝えず、でもいつか俺じゃない誰かと結ばれてるトシの未来。
どちらの未来にも、俺には絶望しかない事に、絶望する。

不在 × 同窓会
「ぁれ?…おばさんは?」
「あぁ、高校の同窓会があるとかで今朝から実家に戻ってるけど」
「え゛、そうなの?」
「?んだよ、何か用でもあったのかよ」
「ゃ、別に用はねェけど…」
「飲みモンとか用意するから、お前先に俺の部屋に行ってろよ」
「あ、あぁ…うん。解った」


トシの言葉に頷いて。
俺はトントンと2階へとあがる。
…ヤバい。
何がヤバいって、おばさんが居ないって事は、今、この家には俺とトシしか居ないって事じゃねーか。
これじゃぁ何の為にトシの家で勉強教えてもらう事にしたんだか、解んねーじゃねーか。


『おい、今日テメーん家行くぞ』
『へ?何で?』
『何でじゃねーだろ。テメーが言ったんだろーが、勉強教えろって』
『あ、あぁ、そうだね、そうだったね。えーっと…』
『あ?都合悪ぃのか?』
『否、都合悪くはねーんだけど』
『けど?』
『…トシの部屋じゃダメ、かな』
『あ?んでだよ。テメーの勉強見んだから、テメーの部屋で良いだろうが』
『ゃ、その…俺の部屋、汚ねーし』
『んなのいつもの事だろーが』
『嫌々。いつもの比じゃねーくれー汚ねーの。もうやっべーの。足の踏み場ねーくれー』
『あー?今朝、んな事あったか…?』
『ぐっ…、と、とにかく!トシの部屋がいーの!良いじゃん。な?』
『…………………………………………………』
『頼むって!』
『…まぁ、どっちでやっても同じ事か。解ったよ、んじゃ、俺の部屋でな』
『うん!サンキュー』


父子家庭の俺は。
親父が仕事で帰って来るまで家には俺だけな訳で。
最近、コイツへの想いを抑えきれないで居る俺としては。
2人っきりになんてなったら、何処か何らかのでボロが出かねない。
だからなるべく2人っきりにならないよう、日中はおばさんが居るトシの部屋での勉強会を希望した。
その希望は通って、トシの部屋で勉強する事になった訳だが。
…まさかのおばさん不在。


「大丈夫、だよな…」


トシの部屋の前で、小さく深呼吸。
ぅわ、いつも来てる部屋なのに、何でこんなドキドキしてんだ。


「何モタモタしてんだよ。さっさと入れよ」
「ぅわ!と、トシ…」
「?ほら、さっさとドア開けろよ。両手塞がってんだよ」
「う、うん」


両手でお盆を持ってるトシに。
俺はガチャっとトシの部屋のドアを開ける。
トシは俺の様子を気にした様子もなく、開けられたドアから部屋へと入って行く。
…いつもと変わらない様子のトシ。
やっぱり、俺の気のせいだったのか?
この間、トシの様子が可笑しかった。
だからトシはきっと俺の気持ちに気づいて、俺の事気持ち悪いって思ってると思ってた。
でもそれは杞憂だったらしい。
いつもと変わらないトシの様子に、俺は安堵する。
安堵して、それと同時に怖くなる。
この気持ち、いつまで誤魔化せるか解らないくらい、俺の中で溢れ出してしまってる。
傍に居たい、そう思ってるのに、もっと近づきたいと思ってる。
今だって、きっと誰より近くに居るんだろうけど。
でも、そうじゃなくて。
俺はきっと、もっと、そう言うんじゃなくて。
もっと………


「おい!いつまでそこに居んだよ!さっさと始めるぞ」
「わ、解ってるよ!」


いつまでの部屋の中に入って来ない俺に、トシの怒鳴り声が響く。
俺は慌てて思考をブった斬って、部屋へと入る。
するとテーブルにお茶とお菓子を用意して、トシが俺を促す。


「まず何やるつもりだ?」
「えーと、一番ヤバいの数学だから、数学から」
「数学な」


ガサガサと鞄から数学の教科書を取り出す。
トシは頭が良い。
元々結構成績の良い学校に行く予定だったのに、ゴリラ…もとい近藤と剣道がしてーってんで銀魂高校に進学したんだ。
だから銀魂高校での成績はとっても良いのだ。


「えーっと、範囲って何処から何処までだっけ?」
「…そっからかよ」
「もう何処開いても数字ばっかだから諦めてたんだよ、数学。トシ、数学得意だったよな?」
「まぁ…嫌いじゃねーな」
「ゲー、もうそう言えるだけでスゲーよ」


テーブルに項垂れる俺に、トシは。


「グダグダ言ってたってしょうがねーだろ。ほら、さっさとやるぞ。ノート出せ」
「へーい」


…あぁ、良かった。
普通に会話、出来る。
普通に会話、出来てる。
これがこんなに有難い事なんて、解ってたつもりなのに。


「…おい」
「何?」
「ノートが真っ白なのは何でだ…?」
「あ〜これね。…途中で理解すんの諦めたんだわ」
「っ、だからってノート取んのも諦めんな!せめてノートくれぇ取れ!…あぁ、もう俺のノート、何処やったっけなぁ」


ガシガシと頭を掻き毟って。
トシがガサガサと鞄を漁る。
んーな事言ってもねぇ?
解んねー事、ノートに書き留めてもねぇ?


「ほら、ここの数式だけどな」
「…わ〜、トシのノート超綺麗」
「こんくれェ普通だろうが」
「普通じゃねーって。そう言えば東大に受ける奴のノートとかも特殊とかつってたなァ」
「は?特殊って、何が?」
「ほれ、前に何かそう言うの売ってたじゃん。『東大に受かった人の何とかって』ぁ、そうだ。後で歴史のノートも見せて。アレって大体ノート取って直前に覚えれば点数取れんじゃん」
「それが解ってんなら、ちゃんとノート取れっての!」


そう言いながら、トシは歴史のノートを投げつけて来る。
受け取りながら、笑う。
ほんと、お前は何だかんだで優しいよな。


「まず、数学だったな。…取り敢えず覚えとかなきゃいけねェ数式だけは、頭に叩き込んどけ」
「どれどれ?」
「コレだ。んで、当て嵌め方はな…」
「うんうん」


サラサラとノートに数式を書いて、解説を始める。
俺はそれを聞きながら、教科書を見る。
あぁ、なるほど。


「じゃぁ、コレは…、こう?」
「あぁ。…んだよ。やれば出来んじゃねーか」
「おま、俺をどんだけ馬鹿だと思ってる訳?説明聞きゃ解るつーの!!」
「じゃー次から授業ちゃんと聞くんだな」
「授業聞いても解んねーつーの。トシの説明が解り易いから解んだよ」
「…………………………………………………」
「…あ?どうしたんだよ、トシ」
「…んでもねーよ。とっとと問題解け」
「?」


一瞬黙ったトシを見れば。
口元を手で隠し、プイっと顔を俺から逸らした。
あ、照れてる証拠。
でも急に何で?


「……んじゃぁよ」
「?」
「解んねートコ、教えてやっから。今回の期末、1個も赤点取んな」
「は?んだよ、急に」
「最初に赤点取っちまうと、まっいっかで3年間ズルズル赤点取りそうじゃねェか、テメー。だから、最初くれー赤点取んな」
「まー、そりゃそうかも知んねーけど。…やる気、出ねェ。それに赤点取ったって死ぬ訳じゃねーんだしさ」
「そう言う問題じゃねーだろ。夏休み、補習で潰れても良いのかよ」
「そうなんだけど。何つーかさ。張り合いがあれば、やる気にもなんだけどなー」
「結果、テメーの為になんだろーが」
「そうなんだけどねー。そうなんだけどねー。どーにも張り合いがねー」
「張り合い、ねぇ…」


生真面目らしいトシの言葉だけど。
何つうか。
例え夏休み、補習になったとしても。
何か、それも良いかな、ってちょっと思ってる。
自分の中のぐちゃぐちゃんなった気持ち、トシからちょっと離れて、整理する必要があんじゃねーかと思って。
自分からってのは、やっぱ何かちょっと難しそうで。
…家も隣だしな。
俺の言葉をどう受け取ったのか、トシは少し考える素振りを見せて。


「ご褒美でもありゃぁ、張り合いになる…か?」
「へ?ご褒美?」
「赤点取んなかったら。…コレ、やるよ」
「…何、それ?」


いきなりの言葉に首を傾げれば。
トシはポケットからくしゃくしゃんなった、何かのチケットらしき紙を取り出した。


「遊園地の招待券。今回赤点1個も取んなかったら、テメーにやるよ」
「へ?」


何で?何でトシが、んなモン持ってて。
あまつさえ、俺にくれようとしてんの?


「2枚くれんの?」
「……あぁ。赤点取んなかったらな」
「トシが…使う予定だったんじゃないの?」
「………ねーよ。たまたま手に入っただけ。俺ぁ使わねェから、テメーにやるよ。誰か誘って行け」


2枚の遊園地招待券…。


「…それ、はさ」
「?」
「テメーと行く、ってのは有効?」
「…俺、と?」


俺の言葉にトシの顔に驚きの色が広がる。
やっぱそう、だよな。
男2人で行く場所でもねーか…。
や、でも、だけど、だって。


「ほ、ほら。昔はよく家族で一緒行ったじゃん。…まぁ、何だ。その…ちょっと昔を懐かしんで、みたいな?」
「…………………………………………………」


ぅわ、黙っちゃったよ。
無理あったか?無理あったのか?
駄目か?駄目なのか?!


「…俺とで、……良いのか?」
「へ?」
「ほら。…女、とか誘わなくて」
「…………………………………………………」


今度は俺が。トシの言葉に絶句した。
女なんか。誘う訳ねーじゃん。
だって俺が好きなのはお前で。…お前と一緒に行きたい訳で。
でも。それを言う事は出来なくて。


「…さ」
「さ?」
「誘いたくても俺、モテねーし。わざわざ相手探しに奔走するより、野郎でも行ってくれそーな奴誘った方が効率良いじゃん」


何とか言葉を言い繕って、苦笑してそう言えば。
トシは何だか妙な顔をして。


「…モテなくねーだろ」
「……は?」
「モテなくねーよ。テメーが気づいてねーだけで…お前は。……モテるよ」
「…………………………………………………」


お、おいおいおいおい。
どうしたんだよ。
そこはアレだろ。いつもみてーに。
「そーだよな。テメーはモテねーもんな」って言うとこだろ。
そんで、しょうがねーなーって。
そう言うとこじゃん。
予想もしてなかったトシの言葉に絶句する。
ポカンとした俺の表情に、トシはハっとして。


「…まぁ。テメーが俺で良いってんなら、……行ってやるけど」
「…………ぅん」


慌ててそう言ったトシに、俺は頷く。
うん。トシが良い。トシが良いんだ。…トシと行きたいんだ。


「んじゃま。それゲットする為に、勉強頑張っか」
「…あぁ」







「…………………………………………………」


しばらくして。
静かになったな、と思って顔を上げる。


「…静かだと思ったら寝てんのかよ」


珍しくもくもくと勉強してんのかと思って、銀時を見れば。
スヤスヤと気持ち良さそうに寝てやがる。


「…ったく、こっちの気持ちも知らねーで」


…勉強に集中する事で、何とか意識をそちらに向けないで居られた。
自分で決めた。
この想いは墓まで持って行くと。
悟られないように。いつもと変わらないように。
コイツの傍に居ると決めたのに。
ふとした拍子に表面化しちまいそうになる、自分の気持ちを何とかセーブしている。


「気持ち良さそうに寝やがって…」


傍に寄って。
キュっと眠ってる銀時の鼻を摘まむ。


「ム、むぅ〜……」


モゴモゴとしたと思ったら、プハっと口を開いて、眉間に皺が寄った。
それでも起きない銀時が可笑しくて。
いつまで寝てんのか眺めてたら。


「…ゃ・めろって…」


ムニャムニャ眠りながら、摘まんでた俺の手首を、銀時の手が掴む。
そして。


「まだ、寝…みぃ…」


銀時の手が、俺の手首から手に移動したと思ったら。
キュっと手を握って来て。
俺は固まる。


「な、に…」
「ん…すぅすぅ…」


手の平に広がる、銀時の温もり。
…俺の胸に、動揺とか、切なさとか愛しさが込み上げる。
何、寝惚けてんだよ…。


「ホント、…無防備過ぎんだよ。テメーは…」


……想像してみる。
気持ちを伝えて、この温もりが離れてしまう事。
……想像してみる。
気持ちを伝えず、傍に居て。でもいつの日か、俺ではない、俺の知らない誰かの隣で笑う。コイツの姿。
どの未来も。俺の望むものには、程遠くて。
でも。その未来も。…きっと遠くない未来。


「…銀時」


傍に居たいと思ってる。
痛みを伴うそれに、きっとこの気持ちを失くしてしまえば。
望む未来と、何気ない普段の日常が戻って来る。
それは解っているのに。
解らないで居る。
この気持ちの失くし方。
どうしたら消える?どうやったら忘れられるんだ。
そんな事を考えながら、俺はただ。
伝わる温もりが、少しでも長く続く事を願いながら。
そっと銀時の手を握る手の力を。
少しだけ、…強くした。



・END・
2011/06/01UP