朝日が昇って。
まだ街が活動を始める前。
俺はベットを出る。
春になったとは言え、まだ風が冷たい。
オレンジ色に包まれた街は。
生まれてずっと、過ごした街なのに。
何処か知らない街のようだった。
「…っし、行くか」
まだ誰も居ない街へ、俺は歩き出した。
今日は日曜日、休日だから学校もない。
俺がこんな早くに出掛けるのは…。
「…宜しくお願いします」
昔から世話になってる道場へ行くためだった。
師範はいつも早朝に剣を振ってる事を知っていたから。
昨日の夜に電話をして、俺もそれに混ざっても良いか、連絡しておいた。
師範は何も聞かず、ただ待っているとだけ言ってくれた。
道場に入ってから。
先にいた師範に、ペコリと頭を下げる。
師範はそれにニコリと微笑んで。
俺は持っていたバックを道場備え付けのロッカーに入れ、持って来た自分の竹刀を持ち、師範の隣に座る。
数分、精神統一をし。
静かに立ち上がる。
片手で持っていた竹刀を、ゆっくりと構える。
息を吸い、吐き。頭上に持って行って。
一心に、振る。
ビュっと、心地良い音が、道場に響く。
己の心情を落ち着かせ、何度も何度も俺は竹刀を振るう。
…何時間、たっただろう。
静かだった街が、活動し始める。
人の声が聞こえ始める。
あぁ、流れる汗が気持ち悪ぃ。
「…はぁ」
駄目だ。
全然、集中してねェ。
…吹っ切る為に。ケジメをつける為に竹刀を振っていると言うのに。
脳裏に浮かぶのアイツの事ばっかだ。
どーせ今日は休日なんだ。
昨日は夜更かしして、まだアホ顔晒して、寝くさってんだろうぜ。
人の気も知らねェで。
あぁ、クソ!
「ちょっとちょっと、んなに汗掻いて、いつからやってんのよ。ひ〜じか〜たく〜ん」
勢いよく一振りした処で。
よく知った、独特の間の抜けた、アイツの声が聞こえた。
「…銀時」
まさか、そんな。
振り返った俺の視線に、道場の出入り口、陽の光を浴びて、輝く銀髪。
…見違えるはずがない。
「折角の休日だってのに、本っ当お前、剣道好きだよな」
「…そー言うお前だって道場来てんじゃねェかよ。つか、何しに来たんだよ」
内心の動揺を悟られないよう、俺は止めていた剣をまた振るう。
…邪念を払んだ。
絶対口にしないと誓ったんだろ?
今の関係を。…崩したくはねェんだろ?
「トシんトコで朝飯ご馳走んなったら、トシが朝早く道場行ったつうから」
「ふっ!…部活、が休みでも、朝、練は、…はっ!当たり前だろ、がっ!!」
「嘘吐け、…何があったんだよ?」
「っ、何が?」
銀時が話掛けて来る。
それでも俺は、剣を止めない。
「トシ、昔っから根詰まると、道場来て一心不乱に素振りすんじゃん。今回は、何があったの?」
「別に!…何もねェよ!!」
…こう言う時。幼馴染ってのは面倒だと思う。
些細な事で、心の機敏を感じ取られちまう。
気づかれたくねェのに。悟られたくねェのに。
「何もねぇ…」
それでも。
やっぱり納得のいかない銀時を尻目に。
俺はそれでも剣を振り続ける。
あぁ、もう。
放っておいてくれ。
溢れ出させないでくれ。
傍に居たいんだ。
例え心が、お前を想う、この心が。
お前を裏切ってるとしても。
傍に居たいんだ。
笑っていたいんだ。
この関係を、手放したくはないんだ。
「…ん?……?!………トシ!!!」
「ふっ、…ぁ?」
突然捉まれた手首。
突然で驚いて。走った痛みに、思わず竹刀を落としてしまう。
「っ、…てェな、何すんだよ、テメー!!」
「そりゃこっちの台詞だよ!いつから振ってた?」
「は?いつからって…」
「痛みも感じねーのか、この馬鹿っ!」
ぐいっと見せられた手は、見事の掌の皮が向けて、ポタポタと血が流れ出している。
「こんな…手に皮ずる剥けるほど竹刀振って!何考えてんだ、テメーは!!」
「全然…痛くなかった…」
「不感症ですか、コノヤロー!!」
言われた今は。ヒリヒリと確かに痛んで。
でもさっきまでは。
マジで全然痛くなかった。
むしろ…。
「…ったく、良いから早くこっち来い!!」
「ぅわ、ちょっ、急に引っ張んじゃねェよ!痛ェだろうが!」
「うっせー!痛くなかったんだろうが!」
「今はイテーよ、ものすごく!!」
「グダグダ言ってねェで、さっさと来い!!」
強く手首を引っ張られ。
引き連られるように道場の隅に移動させられる。
「ほら、手、見せてみろ」
「じ、自分で出来る…」
「両手ヤってんのに、どうやって治療すんだよ。良いから手ぇ出して大人しくしてろ、不感症野郎」
「…誰が不感症だ」
「こんだけずる剥けてて、全然気づかないお前だよ、コノヤロー」
ムっとした顔をしたまま。
銀時は手早く、道場に備え付けてある救急箱を開く。
…微かに見える銀時の顔。
いつもはヌボ〜とした、面してやがる癖に。
んで、んな面してんだよ。
「…っ」
「あ、悪。滲みた?」
「大、丈夫だ…」
綿に消毒液を浸けて、そっと掌に押し付ける。
銀時を見ていたから。押し付ける瞬間を見ていなかったから。
ピリっとした痛みが瞬間走る。
あまり反応しなかったと。自分ではそう思ったのだが。
銀時がその反応に気づき、さっきよりも優しく、綿を俺の掌に押し付ける。
「…ったく、本当、何してんだよ」
「……悪ぃ」
「俺に謝ったってしょうがねーだろーが」
ブツブツと文句を言いながら。
それでも優しく、少しでも俺が痛みを感じないようにしてくれてるのが解る。
「消毒終了、っと。んじゃ、ガーゼ巻いて、包帯着けんぞ」
「…あぁ」
…つうか。
当たり前なんだが。
……近ェな。
視線少し下げりゃぁ、すぐ銀時の顔って。
……こんな近くで見た事あったか?
ゃ、なかったような…否、意識してからは初か?
………。
結構睫毛長ェな。
あ、睫毛は黒色と銀色のが混じってんだな。
………。
しっかし色白いよな男にしては、無駄に。…まぁ、そこが銀髪と映えて良いつうか。
殆ど俺と同じような生活してんのに、何でコイツこんな肌が白いんだ?
そう言えば前に肌が焼けないで、赤くなるだけつってなかったけ…?
「…トシ」
「な、何だ?!」
ジっと見てたのバレたか?!
「?ぁんだよ、何、んなにビビってんだよ?」
「ばばばばば馬鹿野郎!だだだだだ誰がビビってるって?!」
「あぁ??…まぁ良いや。なぁ、トシ。これさ、ガーゼ取る時、かなり痛いかも」
「あ…?」
「皮一枚、ちょーど捲れってからさ、こう、バリバリ〜とガーゼが付いちまうんだよ。だから、ガーゼ交換する時とか、マジで痛いかも」
「げ…マジかよ」
「まっ、じごーじとくってなモンで、今後はもっと、テメーの身体を大事にしろって事だよ。…はぃ、お終い!」
バチンっと手を叩かれて。
「〜〜〜〜っっ、馬っ鹿野郎!!叩く奴があるか!!!」
「痛いか痛いか〜♪痛みは身体のSOSなんだからな、しっかり感じろよ」
「あのな!この痛みはちげーだろがっ!!」
「細かい事は気にしない、気にしなぁい」
「細かくねェ……っ、はっくしょっ!!!」
「…何だよ、風邪か?」
不意に出たくしゃみ。
追いかけっこもどきをしていた俺達だったが、俺のくしゃみで銀時は俺から逃げる事を止め、俺に問い掛けて来る。
「…否。汗掻いた道着でいたからだろ。冷えただけだ。着替えて来る」
クルリと踵を返し、更衣室に行こうとする俺を、いつの間にか傍に来ていた銀時が。
「ぅわ、本当。お前の道着、しっとりしてんじゃん。いくらお前が馬鹿でも風邪引くぞ」
「…だ・れ・が馬鹿だ〜?テメーの単細胞と一緒にすんじゃねー」
「ぁたたたた、危険!危険信号、脳が発してる!俺の脳細胞が壊れる〜」
「壊れる脳細胞があんのか……っ」
グリグリと銀時のこめかみに拳を当てながら。
不意にグっと。近づいていた事に気づく。
…いつもなら何でもない距離。
何でもない距離のはずなのに。
「…?トシ?」
「…っと、馬鹿やってねーで、とっとと着替えて来らぁ。本当にこんなんで風邪引いたら、目も充てらんねーっての」
自覚してしまった、銀時への気持ちが。
いつもの距離を許してはくれない。
一生口にしないと誓った気持ち。
悟られまいと、この関係が壊れないように。壊さないように。
ただ傍に居るだけで良いと。
こうして、笑い、じゃれたり。下らねー事が出来る、それだけで良いのに。
溢れた想いが零れそうになる。
「ぁ、な、なぁなぁ、トシ」
「ぁん?」
「着替えてからで良いから、駅前のアイス、食べに行こうぜ」
「あぁ?俺今日チャリじゃねーぞ」
「今日天気良いから歩いて行けば良いだろ?なぁなぁ、行こうぜ〜。銀さん、今日はアイス食べたい気分〜」
「解った。わーたから、道着引っ張んな!!行きゃぁ良いんだろ、行けば」
「解れば宜し〜」
「ったく、人の気も知らねェで」
「ふぇ?人の気って?」
「んでもねーよ。着替えっから、ちょっと待ってろ」
「ほいほ〜い。アイスの為なら、銀さん、幾らでも待っちゃうよん♪」
「…単純な奴」
溜め息を吐いて、更衣室に入る。
…結局。
こんな皮剥けるまで竹刀振ったつうのに。
何一つ解決してねェ。
それなのに。…それでも。
「待たせたな」
「おっしゃ、じゃ行くか」
「あぁ」
こうして今、一番近くで。誰よりも近い、お前の隣にに居られるんなら。
この胸を締め付ける痛みにも耐えよう。
…それはまるで満杯のコップに、さらに水を注ぐように。
溢れ出しそうな、この想い。
けれど。
口にしないと決めた。墓まで持って行くと決めた。
ここに居たいから。お前の傍で、誰よりも近くでお前の笑顔を見て居たいから。
溢れ出しそうなら。溢れ出す、その前に。
「あぁ、そうだ、トシ」
「ぁん?」
「トシ、両手使えねェから、俺が食わせてやんよ」
「!?」
「あぁ〜ん、ってね」
「〜っっ、結構だ!!俺ぁ甘いモン食わねェって、テメー知ってんだろうが!!」
「嫌々、今日行くアイス屋さんは食わなきゃ損だって。食わせてやっから、食えって。な?」
「食わせてもらってまで食わなきゃならねーアイスって何だよ!つうか、休日の真昼間に、男子高生の食べさせ合いなんて、薄ら寒いだろーが!!」
「食べさせ合いじゃねェよ。俺がぁ、トシにぃ、あぁ〜んしてあげるってぇ…」
「うるせェよ!!」
飲み干してしまえば良い。
『好き』だと言う言葉と一緒に、…飲み込んでしまえば良い。
・END・
2010/04/24UP