水面に落ちた小さな水滴は。
大きな波紋を広げて。
その静かな水面に、波を立てた。

見知らぬ手紙 × 動揺 × 波紋



慣れた手つきで、向かいの窓を開ける。
すでにいつも窓の施錠はされておらず、手を添えるとカラリと開く。


「…銀時?」


時間はすでに9時を回っていた。
土方は小さな声で部屋の主を呼び掛ける。
しかし返事は返っては来ず。


「風呂、か…?」


この時間に銀時が居ない訳はなく。
土方は風呂にでも入っているのだろうと自身を納得させた。


「邪魔するぜ」


誰に断るでもなく、土方は呟き。
自分の部屋の窓から身を乗り出し、銀時の部屋の窓に乗り移った。
窓から銀時の部屋に入り、土方はキョロリと部屋を見渡す。
何て事はない、自分がよく知っている銀時の部屋。
それなのに、持ち主が居ないだけで、まるで知らない部屋のようだ。


「…相変わらず雑然とした部屋だな」


あっちこっちに散らばった、本や服。
ただ、この部屋の持ち主が居ないだけで、この部屋はひどく冷たく思えた。
気持ちが落ち着かない。
一度自分の部屋に戻り、銀時が帰って来るまで待とうか。
それともこのまま銀時の部屋に留まり、銀時の戻りを待とうか。
土方はしばし逡巡した。
その時だった。


ばさばさ

「…お、っと」


散らばった本を机の上に乗せたら。
積み重なった教科書やプリントが崩れ落ちてしまった。
しまった、とそれを拾い上げようとした時。


「!…これ…」


拾い上げたプリントとプリントの間。
見慣れぬ、だが、よく知っているピンクの封筒。
小さくて薄い、封筒。


「ま、さか…」


宛名はない。
クルリと返してみたが、差出人の名前もなかった。
ドックン、と自分の心臓が高鳴ったのが解った。
嫌な汗が身体中から吹き出して来る。
得体の知れない、何か嫌なモノが身体の奥底から湧き出て。
手紙を持つ手が震える。
落ち着かない気持ちが身体中を駆け巡って。


「……っ……」
「…トシ?」
「っ!」


呼ばれて。
サっと手にしていた封筒を元あった場所に戻した。


「帰って来てたんだ…」
「あ、あぁ…」


嫌な汗が頬を伝うのが解った。


(…何を)


噴き出す汗が頬を伝って。
顎から落ちる。
動揺を悟られたくなくて。
とにかく落ち着かない気持ちを静める事に努める。


(俺は…何をしようとした?)


強く拳を握り締める。
爪が手の平に刺さり、その痛みが落ち着かない気持ちを少し冷静に戻る気がした。
先ほど。
自分は手紙の端を両の手で持って。
微かに力を込めた。
それは。
もう微かに力を込めれば。
それは。
脆いほど、呆気ないほどに。
それは。
…真っ二つになっていた。


(…最低だ…)


絶望が心を支配した。
落ち着こうと、より強く、拳を握り締める。
ヌルリとした感触が、そこから血を流したのが解った。
それでも力を緩める事は頭を過ぎらなかった。


「…トシ?」
「あ、あぁ。今日は…その、悪かったな」
「あぁ、良いって別に」


問い掛けられた言葉に、土方は努めて冷静に返事を返した。
声が震えている気がする。
悟られたかも知れない。
それでも努めて冷静に言葉を続けた。


「それ言いにわざわざ来たの?」
「あ、あぁ…」
「トシは律儀だな〜。んじゃ、今度の休みの日は銀さんに付き合ってもらおうかな」
「あ、あぁ…」
「?トシ」


呼び掛けられ。
俯いた視線の先に、銀時の影が見える。
それが徐々に近づく。


「具合、悪いのか?何かすっげー汗も掻いてる、けど…?」


スっと伸ばされた手。
土方の額に、銀時の指先が触れそうになった瞬間。
土方は。
ほぼ反射的に避けてしまった。


「…ぁ…」


しまった、と思った時には、時すでに遅く。
驚いた表情をし、そしてひどく傷つたと言う銀時の表情が目に入った。
避けられた、そう感じたのだろう。


「ち、違うんだ…そ、その…お前、風呂入っただろ?何か俺…すっげェ汗、掻いてるから…」


下手な嘘だ。
自身でもそう思いながら。
何も言わないよりはマシだと。
また、自身に言い聞かせる。


「もう…部屋に戻る。…悪ぃな、こんな夜遅く」
「んな遅くもねェよ。でもまっ。俺ももう寝るかな。…お休み、トシ」
「……あぁ、お休み」


自身の思考が解らない。
取り乱してしまった思考をとにかく、一旦冷静に戻そうと、土方は来た時と同じように窓から自身の部屋に戻る。
顔も合わせぬまま、窓を閉め、カーテンを引く。


「…はぁ…何だってんだ、一体」


銀時が見えなくなってから。
土方は俯いて、大きく溜息を吐き出した。
ズルズルとそのまま、ベットに身を預け、瞳を閉じた。
…だから土方は知らないのだ。
窓の向こうでは。
カーテンを引かず。カーテンをギュっと握り締めたまま。
ジっと見つめる、揺らいだ銀時の瞳を。



・END・
2008/04/29UP