「バレンタインなんて、ただの製菓メーカーの陰謀だろ?んなモンに振り回されんなんて馬鹿クセー」
去年まではそう思っていた。
「手作り?んなモン、ただの板チョコ溶かして、また模っただけじゃねェか。嬉しくも何ともねェよ」
去年までは本当に…そう、思っていた。
「バレンタインなんて下らねー」
…去年まで、は。
「ぅ、っわ…マジかよ……」
眼前に広がる光景に、俺は嫌な汗が頬を伝うのを感じた。
放課後。
俺はホームルームが終わると脇目も振らず、学校を出た。
学校を出て…。
「…女ばっかじゃねェか…」
用事があった。
それは下らないと言えば下さらない。
でも俺にしてみれば、重大な事。
意を決して俺は出掛けた。
出掛けた、…のに。
「…この中、入るのかよ…」
眼前に広がるその景色に足が外を向く。
その店は。
HappyValentineと昇りを掲げて。
透明の自動ドアから見える店内は。
見える限り。
…否、多分中も。
女女女女女女……。
「…帰りてェ」
入る前からグッタリしている。
Valentine…。
そう、Valentine。
女が男にチョコと一緒に愛を告白する日、となっている。
でもそれは日本でだけで。
アメリカでは男から女に、つうか夫婦とか恋人同士とかがカードの交換をしたり、花束を渡したり…。
だから。
だから俺は、俺の恋人の…銀八に…。
「…銀八に…」
甘味好きの奴の事だ。
自分以外の誰かに甘味を渡すなんて考えられねェし。
かと言って、自分からチョコくれってのも何つうか、その…。
……情けねェけど。
本当自分でも嫌になるくらい情けねェけど、惚れた弱みつうか、何つうか。
…まぁ単純に言えば。
欧米風だつって銀八にチョコ渡せば。
甘味好きの奴の事だ。
きっと喜んだ顔を見せてくれる。
俺は…アイツの喜んだ顔が見てェんだ…。
「…本っ当、情けねェ…」
それが為に、恥を凌いでValentine前にチョコを買いに来ている。
来ている、のだが。
「はぁ…こん中入るのかよ」
予想以上に女ばかりだ。
まぁ、それも仕方ねェちゃぁ仕方ねェよな。
日本では女が男にチョコやんだから。
あ〜…惚れた弱みとは言え、俺本当何やってんだろう…。
「…って頭抱えてる場合じゃねェっての」
ヘナヘナとその場に中腰になってしまったが。
初志貫徹。
俺は顔を上げて、グっと店を見据えると、腰を上げて店に歩を進めた。
「いらっしゃいませ〜」
「…っ…」
中に入ると、そこはもう、異様としか言いようのない光景が広がっていた。
キャァキャァと黄色い声が響き、ピンクとハートが散りばめられたコーナー。
…帰りたい。心底帰りてェけど。
「…く…」
とにかく。
とにかくさっさと目的のモン買って帰るぞ。
俺は少しずつ歩を進め、コーナーの端っこのチョコを手に取る。
小さな箱は綺麗にラッピングされていて。
サンプルのチョコが置いてあって、中の商品が確認出来るようになっている。
(中身は…多い方が良いか…?)
6個入りで800円。
…高くね?
つうかコンビニで売ってるチョコなんか、何個入りかは知らねェけど、これの1/3くらいじゃねェか…。
「ん?」
そこで目に入った、隣に置いてある箱。
「…これとこれ、何処が違うんだ?」
値段も箱のデカさも一緒。
どう見ても同じな奴だけど、プレートに書いてある商品名が違う。
中身が違う…みてェだな。
「んん??」
確かに中身は違うみてェだけど…この丸っこいのと四角いチョコ、どう味が違うんだ?
形が違うだけで、味なんて一緒じゃねェのか…?
「…生チョコ…」
生チョコって何だ?
生って…チョコって元々生なんじゃねェの?
つか、ショコラとチョコの違いって何だ?
「…さっぱり解んねェ」
元々甘いモンは苦手だから、味の違いや形の違いは勿論。
種類なんてさっぱりだ。
あぁ、もうこうなったら適当に見繕って…!!
「…否。ちょっと待て」
銀八は甘味に関しては、妥協がねェ。
って事はだ。
そんじゃそこらのチョコじゃ喜ばねェんじゃ…?
「…っ、ちょっとごめん」
店の手前じゃ駄目だ。
奥ん方まで見て、美味そう…否、チョコの事なんか解んねェから、店員に人気なの聞いて…。
俺はそっと棚に手にしていたチョコを置いて、奥へと進む。
「ぃ、いらっしゃいませ…」
「ぁ、っと…その、い、一番人気の奴って、ど、どれ…っスか?」
「え?」
き、聞き返すなよ…!
あぁ、もうヤケだ!!開き直ってやる!!!
「この店で!…一番人気はどれですか?!」
「は、はぃ…そうですね、生チョコなんかは人気です。これなど…」
「…ゲっ」
た、高…!
「お客様?」
「あ、あぁ…」
んで、こんな無駄に高いんだよ!!
「こちらは輸入品でございますので、他店では入手は困難かと思われます」
「はぁ…」
「左から、ドライフルーツを包んだホワイトチョコレート、紅茶のガナッシュ、コアントロー味、シナモン風味の……」
「……………………………………」
じゅ、呪文にしか聞こえねェよ。
「それからドライフルーツを……」
「それで良いです」
「はぃ?」
「だから!それで良いです!!」
「はい。畏まりました。…えぇと、御自分用……」
「ゃ、その…」
「はい?」
「お、贈り物で…」
俺が小声でそう言うと。
後ろがザワっとした。
…?
何だ?
クルリと振り返ると、まるで皆示し合わせたようにバっと視線を逸らす。
?何だ、一体…。
「ぉ、お待たせ致しました」
「あ、あぁ…ども」
袋を受け取ると、俺は御代を渡して店を出る。
店を出る最中も、ヒソヒソと話し声が聞こえるが、やはりそっちを見れば視線を逸らし、何事もないかのように棚のチョコを手に取る女子。
「??」
首を傾げながら、俺は店を後にするのだった…。
そしてValentine当日。
そこでも試練が俺を待ち構えていた。
「土方さぁ〜ん、お呼び出しですぜ」
「…居ねェつっとけ」
「って思いっきり、教室の外で待ってますぜぃ?」
「……………………………」
銀八んトコ行こうにも。
教室を出れば呼び止められ。
教室に居れば居るで、呼び出し喰らうわで、2人っきり処か、銀八んトコにも行けやしねェ。
「…くそっ!」
差し出されるチョコは全部断ってる。
けど。
それが逆効果なのか、下手に包み紙の箱でも持ってようモンなら、誰から貰っただの、何でそれだけ受け取ってんだ、とか。
下らねェ詮索ばっか受け付けるハメになってんしよぉ…!!
「…悪ィけど」
「…っっ…」
そして最悪なのはもう1個。
「チョコ…だけ!」
「…あ?」
「チョコだけでも受け取って貰えませんか?!」
「…悪ィけど」
「だって…土方さんチョコ大好きなんですよね?!」
「…ゃ、だから…」
「だって…バレンタインのチョコ食べたくて、自分で買いに行ったんですよね?!!」
「………………………………」
…そう。
どうやら俺が買いに行った店で、学校の誰かが居たらしく。
俺は「贈り用」で買ったのに、噂は紆余曲折して。
『土方はチョコ好きで自分でチョコを買いに行った』
と言う話が学校中の噂になってる。
そのお陰で登校してすぐ、総悟に。
「買ったチョコは誰にあげるんですかぃ?」
朝っぱらからボディーブロウに今日の明暗を分けた気がした。
朝から疲れて。昼間にはもうグッタリだ。
女に呼び出され、チクチクチクチク総悟に言われ。
気がつけば放課後だ。
「……はぁ」
鞄に入ったチョコも銀八に渡す終いだし…。
「つうか、今日銀八に会ったか?」
ホームルーム以外で銀八に逢ってねェよなぁ…。
「…はぁ…」
恥を凌いで…つうか、無駄に体力消費しただけじゃね…?
「多串君」
「…はぁ。……銀八の奴、もう帰ったかな…」
女共から逃げ回って、捕まって。
気がつけば下校時間はとっくに過ぎて。
窓から見える空は真っ暗。
「多串君てば」
「帰ったかな、帰ったよな…」
「多串君てば、お〜い、多串く〜ん?」
「チっ、手紙でも何でも良いから連絡取っときゃぁ良かった」
「多串ってば、おい!」
「今頃言っても後の祭…」
「土方!おい、シカトすんな!!!」
「…銀八」
「よ〜やく気付いたか。お前ブツブツブツブツ何独り言言ってんだよ」
呼ばれた気がして振り返れば。
そこには先程から考えていた人物、銀八が立っていた。
これは…夢、か?
「帰った、んじゃねェの、か…?」
「まぁね。仕事終わったからさっさと帰っても良かったんだけどね。大事な事し忘れてて、このまま帰ったら寝付き悪そうだったから」
「?」
「ココじゃアレだからさ。来いよ、資料室」
「あ、あぁ…」
呆然としてる俺に銀八はそう告げて。
俺はとにかくチョコを渡すチャンスが出来たと、銀八について歩く。
パタンと資料室の扉を閉じる。
「………………………銀八」
「んぁ?」
「……ほらよ」
「?これ…」
本当は。
シチュエーションとか、渡す時の言葉とか。
本当はもっとロマンティックに渡そうと思ってた。
でもその時の俺は。
もうそんな事頭になくて。
ただ、目の前に銀八が居る事とか。
2人っきりになれた喜びとかで、一杯だった。
一杯だった…だから。
それの照れを隠す為もあって。
さっさと渡してしまった。
「もしかして、Valentineのチョコ?」
「…そうだよ」
「お前が俺に、くれるんだ?」
「…そうだよ」
「俺からは期待出来ないから?」
「…欧米風だ、文句あっか」
「ふ〜ん」
そうだ、と言わなかったのは微かに残された意地、みたいなモンだ。
銀八はそれをジっと見つめて、それからガサガサと音を立てて。
「…おっ、多串君にしてはナイスなセレクトじゃん。んまい」
「だっから、俺ぁたぐ…」
「…ほい」
パキと言う音と共に振り返った俺。
そして胸元に押し付けられた物。
「…ぇ…」
「Valentine、Valentineってウセーってんですよ。俺なんかアレだよ。アレだけ甘味好きだって言ってんのに…」
「おい、これ…」
「貰ったのがアレですか、男から、しかも欧米風って感謝のきも…」
「銀八…!」
「…ぁんだよ」
今日覚えきらねェくらい見た包み紙。
それはどれもこれも綺麗なラッピングがされていた。
でもそのどれも、俺は受け取らなかったし、欲しいとは思わなかった。
だって…。
「これ…Valentineの、だよな…?」
「……欧米風」
俺が…俺が心の底から欲しいと思ったのは。
目の前の。
…最愛の、恋人だけなんだから。
「因みに多串君?」
「だから俺は多串じゃなっ…」
俺が歓喜に震えていたら。
「欧米はな、友達や家族に感謝の気持ちを伝える日って意味なんだぜ」
「え…な、何だって?」
「だから、欧米風なら感謝の気持ちを伝える日だつってんの」
「ま、マジでか…」
「そっ。…だから多串君?もし欧米風なら、貰ったチョコの意味も、俺がお前にやったチョコも意味が違って来るけど?」
「………………………………………」
意地の悪い顔して言って来る銀八に。
コイツ絶対言わせる気だな…!
「…か」
「か?」
「………………………………」
悔しいけど。
本当すっげー悔しいけど、俺はコイツに何故だかベタ惚れで。
恥を凌いでチョコ買いに行って、渡して。
渡されたこの袋にも。
それこそ神棚にでも飾って、一生の大事な宝にしてーくれェで。
「……感謝、だけじゃねー」
「…ふぅん。それで?じゃぁ、これはどう言う意味?」
「…………解れよ」
「お前こそ解れよ。俺が何を欲しがってるか」
照れくさくて。
いつもは言えない。
告白ん時だって、ダメ元、ヤケクソ気味で告げた。
…あの、言葉。
「……好きだ」
行動でだったら、幾らだって示せる。
言葉は…正直苦手だ。
「銀八が好きだ。すっげー好きだ。だから…チョコ買って、伝えたかった」
顔が熱い。
耳が熱い。
こめかみに心臓が来たみてェにすっげェドキドキしてて。
顔上げるのが照れくさい。
「うん」
「……っ……」
下を向いてたから、俺は気付かなかった。
でも床に映った影で解った。
…銀八が傍に来た事。
「甘いチョコも好きだけど」
「ぎ、ぱち…?」
「甘い言葉も、俺は大好きなんだぜ」
「銀八…」
「俺のチョコも、ちゃんと気持ち込めてるぜ。…My Valentine、てな」
そう言って、フワリとキスされた。
…甘い、チョコレートの味。
「…銀八」
「ぁ、それと、ごめん」
「…は?」
「俺嘘言った」
「はぁ?」
「欧米のValentineは、友達や『恋人』家族に感謝の気持ちや『愛を伝える日』となっているんだぜ」
「お、おまっ…!」
「だ〜って土方君、告白以降『好き』つってくれないし、折角のValentineなのにムードもへったくれもねェし」
「そ、それは…!!」
「思春期なのも解るけどね〜先生年上だし、おっさんだし。時々聞きたくなるんですよ」
「ぅ、ぁ…」
「行動も嬉しいけど、時には言葉も頂戴ね。出来ればチョコみたく、甘いの」
ニッコリと微笑まれたらそれだけでKOされた気分だ。
「…努力するよ」
「お?」
俺から離れた銀八の腕を掴んで。
引き寄せて。
「おぉぉぉぉ…?!ち、近っ……!!」
「チョコよりも、甘く…な?」
取り合えず今は。
出来るだけ甘く、強く。
…蕩けるようなキスと抱擁を。
To My Valentine.
・END・
2007/02/14UP