…銀八と喧嘩をした。


(…まずったなぁ…)


ってか、喧嘩つうかより、一方的に銀八が怒ってるんだが…。



「…はぁ」



まずった。
あれは本当にまずった。
否、本当言うと不可抗力つうか、俺の意思とは関係ねェつうか…。



「はぁ…」



どう弁解しても銀八は聞く耳持たずだし、本当に俺のせいとかじゃなくて、不可抗力で…。



「おら〜テメェら席着け〜。授業始めっぞ〜」



悶々と考える俺を知ってか知らずか、銀八がいつもの様子で教室に入って来る。
ジっと銀八を見る俺に、あいつは目もくれない。



「お〜し、席着いたか〜?授業始めるぞ〜。今日は148ページからな〜」



間延びしたいつもの声で。
魚の死んだような目で。
だらしのないネクタイの締め方で。
薄汚い白衣を身に着けて。



「…はぁ…」



それは変わらないいつもの様子。
なのに。


(ぜってェ俺の方見ねェし…)


いつもは教室に来て、一番に俺を見るクセに。
いつもはそれで小さく、他の誰にも解らないくらいに本当に小さく…微笑むのに。
今日はそれがない。
それはきっと怒ってるから。



「んじゃ、ここから…今日は何日だっけ?あ〜…じゃぁ出席番号21番の奴読め〜」



頬杖をついて、銀八を見る。
俺が見てるって解ってるくせに。
目もくれない。目も合わさない。


(…くそっ!)


今朝、朝練の前に校門で女に会った。
顔も見た事もない奴だったけど、どうしても話をしたいと言って来て。
正直そんな切羽詰って言って来るような話なんてのは、大方予想がついて。
部活があるから、なんて体の良い断り文句を言ったけど。
時間は取らない、どうしても話しておきたい、と粘り強く食い下がられて。
朝練に遅刻する訳にもいかねェから、仕方なく話だけ聞く事にした。
案の定話ってのは、まぁ所謂『告白』で。
正直に言ったんだ。
『好きな奴が居る』って。
『そいつ以外考えられない』って。
そん時すでに俺は銀八と付き合っていて。
でもそれは簡単に口外出来る事じゃないから。
銀八の事は言えねェけど。
でも正直な自分の気持ちを伝えた。
それが『好きな奴が居る』って答え。
そう言ったら、そいつはすっげェ悲しい顔を浮かべたけど。
俺には銀八が居るから。
大好きな、悲しませたくない奴が居るから。
『…ごめんな』って小さく謝った。
そしたらそいつは『話を聞いてくれて有難う』って。
『最後に握手だけでも、してくれないか』って。
淋しそうに、でも小さく微笑んで、そう言うそいつの姿に心を打たれた。
…銀八を好きになってから、俺は変わったと思う。
昔だったら、『話が終わったんなら、俺部活あるから』と取り付く島もなく立ち去ったけど。
もし俺が。
…銀八にフられてたら。
自分に置き換えたら、すっげェ胸が痛くて。
答えてやれない済まない気持ちと。
でも譲れない気持ちが心を交差して。
握手だけなら、と手を出した瞬間だった。



『っ!、ちょっ…』



急に胸に飛び込んで来たそいつ。
驚いて顔を上げた瞬間。



『…………………』
『ゲ…ェっ…!』



校門から登校する銀八の姿を目にした。



『ぎん…っ、こっ、ちがっ…!!』



咄嗟に出た言葉は意味をなさなくて。
最初は驚いて見開かれていた銀八の眼がゆっくりと、細められて。



『…良いねぇ、朝からお盛んで』



ぽつりと呟かれた言葉に、全身の血が冷たくなっていくのを感じた。
スタスタとそのまま校舎に入って行く銀八を俺はただ見つけるしかなくて。
固まってしまった俺に、そいつは『突然ごめんなさい』とそのまま走って行ってしまった。
そして取り残された俺は、見事に朝練にも遅刻した。


(不可抗力だろうが!俺のせいじゃないだろうが!!)


そう言っても、銀八には伝わらない。
ってかこれ、俺のせい?俺のせいなのか?!



「…なぁなぁ、トシ」



ギリギリとシャーペンを握り締める俺に、前の席の近藤さんが声を掛けて来る。



「…ぁ?何だよ、近藤さん」
「銀八の奴、今日随分真面目だな」
「あ?あ、あぁ…」
「それに何か不機嫌そうだし…」



それは俺のせい…とは言えないで居ると…。



「ほっほ〜、随分余裕だなぁ、近藤ゴリラ君?」



いつの間に後ろに立っていたのか、銀八がキラリと眼鏡を光らせていた。



「ぎ、銀八っ…!」
「"先生”を付けんか、"先生”を。…よ〜し、んなに余裕ぶっこいてんなら、近藤ゴリラに続き読ませてやろうじゃんか」
「ゲっ!!」



トントンっと教科書を肩叩き代わりにしながら、ニヤリと銀八が近藤さんを指名する。
突然指名された事で近藤さんはパラパラと慌てて教科書を捲る。
銀八はそれを満足気に眺めて。
俺は銀八が近くに来たのを良い事に。



「…まだ怒ってるのかよ?」



小声でそう呟くが、銀八は俺を見ない。



「ほ〜れほれ、近藤、まだかぁ〜?」
「ちょっ、ちょっと待って下さい!!」



それ所か、近藤さんをウリウリと教科書で突いてやがる。
つうか、完全に俺の事ムシする気かよ…!



「銀八っ…!」



堪り兼ねて、銀八の白衣を掴む。
ようやく…そう、ようやく銀八の目がゆっくりと俺の方を向く。



「…今授業中なんですが?」
「今朝の事は誤解なんだって!俺は無実だ、潔白だ!」
「ふ〜ん、朝っぱらから、しかも校門前で女子とイチャついて嬉しそうなお顔、俺に曝しといて?」
「嬉しそうになんてしてねェよ!」
「朝からお盛んね〜?」
「だから、違ェって!今朝告られて…」
「何それ?自慢?ご自慢ですか?俺はモテるんだぞ〜って誇示ですか?」
「違ェよ!!つうか、断ったつうの!そしたら、じゃぁせめて握手だけでもって…」
「握手だけ?抱き合っといて、握手だけ?お前の握手は抱き合うハグなんですか?」
「向こうが勝手に抱き着いて来たんだって!つうか、俺は抱き合った覚えはねェっての!!」
「嘘吐け!ものっそ嬉しそうな顔してたの見たね!ものっそ鼻の下伸ばして、嬉しそうにしてたね!」
「してねェつうのぉぉぉぉっ!!!!」



ガタンと立ち上がって大声で叫んだ俺に、皆の視線が集まる。



「…チっ!」



舌打ちをして、俺は席に着く。
銀八もいつの間にか俺の傍を離れて。



「よ〜し、近藤ゴリラもう良いぞ。これに懲りてもう授業中におしゃべりするなよ」



カッカッと黒板に文字をつづっていく。



「んじゃ、今読んでもらったトコの解説すっからな。耳の穴かっぽじって、よ〜く聞けよ」



…いつもなら心地良い声が、今は胸を締め付ける。
何で解んねェんだよ。
抱き締めたいのはアンタだけだって。
触れたいのはアンタだけだって。
何で…解んねェんだよ…。



「んじゃ〜、ココ。ここの問題解る奴、前来て黒板に書きやがれ〜」



不意に聞こえて来た声。
顔をあげると、黒板に問題が書かれてて。
解る奴手を上げろ、と銀八の声。



「はい」



俺は迷わず手を上げた。
微かに銀八の顔が驚きの表情を浮かんで。
…そりゃそうだ。
俺が今までこいつの授業で手を上げた事なんかなかった。
大抵こう言う時に手を上げるのは、優等生の桂か、誰も上げない時は銀八に指された誰かだから。
俺が積極的に授業に加わる事なんかない。



「じゃぁ〜…多串君。前来て、やって」
「…土方です」



2人っきりの時は土方って呼ぶのに。
時々、トシって呼んでくれるのに。
授業の時、他の生徒が居る時は何故か多串って呼ぶ。
それが銀八の照れ隠しなんだと思う。
…今はどうだか解んねェけど。
それをいつも通り訂正して。
俺は前に出る。



「…先生」
「んぁ?」



黒板で答えを書きながら。
俺は小声で銀八を呼んだ。
わざと"先生”と。
そうすれば、授業の事だと思って、こいつが反応すると思って。
案の定銀八は反応して振り返る。



「…好きです」
「っ?!」



小さな。
銀八にしか聞こえない声で。
本当は声を大にして言いたいけど。
それはきっと銀八に迷惑が掛かるから。
それでこいつがこの学校を去るのだけは避けたいから。
…それに。
2人だけの秘密ってのもなかなか良いから。
そっと呟いた。
途端に銀八の身体が強張るのが解った。
散々俺がこの言葉を言って。
でも一向にそれに慣れない銀八。
まぁ、ぶっちゃけそんな反応を楽しんで居る俺が居るんだが。



「好きです。大好きです。愛してます」
「ちょっ、…な、に…」
「俺が抱き締めたいのはアンタだけだし」
「…っっ…」
「触れたいのもアンタだけなんだ」
「…っっっ」



カツカツと俺がチョークで文字を書く音が教室に響く。
他の生徒も教室に居るのに。
まるでそこに、俺と銀八しか居ない錯覚に陥る。
授業中に、すっげェ事してるなぁ、なんて客観的に見てる俺が何処かに居て。
でも止められない俺が居る。
授業が終わって。
放課後なんて待ってられない。
伝えたい。
信じてもらいたい。



「好きだ。アンタだけが、…欲しい」
「…っ、ひ、土方!おまっ、ちょっ…こっち来いっっ!!!!!!」



俺の言葉に耐え兼ねたのか。
銀八は俺の腕を掴むと、教室を後にする。



「他の奴等、自習な!煩くすんなよ!!」



ザワザワとざわめく教室にそう叫んで。
ズンズンと廊下を歩く。
誰も居ない空き教室に俺を押し込んで、銀八がキっと俺を睨む。



「おまっ…、何考えてんだよ!!」



んな真っ赤な顔して叫ばれても、説得力ねェんだけどなぁ…。



「何って…アンタの事」
「おおおおおおおぉぉぉぉぉ……」



ぅっわ〜真っ赤。
サラリと言った俺に、銀八はこれ以上ないくらい真っ赤になって。
可愛いんだけどな…。



「おおおおおお前はっ!馬鹿か?!馬鹿ですか?!今朝、女と抱き合ってただろうが!浮気してただろうが!!」
「抱き合ってねェっ!浮気じゃねェって!あれは勝手に抱き着いて来て、つうか、俺が腕回さなきゃ、抱き合ってる事にはならねェだろうが!」
「ものっそ鼻の下伸びてた!ものっそ嬉しそうだった!!」
「急に抱き着かれて、しかもお前が来て驚いた顔した自覚はあるが、嬉しそうな顔も、鼻の下伸ばした覚えもねェっ!!」
「土方の浮気者!!」
「浮気なんかしてねェっ!!」



2人でヒートアップして。
ハァハァと肩で息をする。
…駄目だ。
このまま言い合っても、埒が開かねェ…。



「マジで浮気じゃねェし、潔白なんだ…どうしたら信じ……」



そこまで言って。
初めて気が付いた。
…銀八の目に。
……微かに潤んでる事に。



「ちょっ、おま…泣いてんの、か…?」
「…土方の馬鹿」
「だ、から…誤解、だって…」
「土方の馬鹿。阿呆。オタンコナス」



俯いて。
小学生みたいな事言ってやがる…。
でも時々聞こえる、グスっと言う声に、俺は何も言えなくなる。



「…死ね…」



言えなくて。
ただギュっと、銀八を抱き締めた。



「馬鹿でも阿呆でも何でも良いよ。誤解なんだ…マジで誤かぃ……」
「…解ってるよ」
「…ぇ?」
「解ってる。お前がそんな事しないって…」



呟かれた言葉に、抱き締めていた腕の力を微かに弱めれば。
ギュっと袖を掴んで来て。



「…お前、モテんだから油断…すんな」
「銀、八…?」
「モテんだから油断すんな。簡単に抱き着かれたりすんな。…不安になんだろ」



こんな事初めてで。
ただ、ジっと銀八の顔を見ようとすれば。
見られたくないからだろう。
顔を逸らされて。
俺の胸に顔を埋めて。
ボソボソと話す。



「不安にさせんな。俺は…教師でおっさんで男で…色々ハンディキャップ背負ってんだから…俺を不安にさせんな」
「…銀八…」
「俺に…ヤキモチ妬かすな」



そう言って、ギュっと抱き着いて来る。
微かに見える耳は真っ赤で。
だって今まで、んな事言われたりした事なかったから…。
嬉しい。
最高の殺し文句。
…ぅわ、ヤベ。
俺今顔真っ赤だろ?



「…ごめん」



ようやく言えた言葉は酷くチープで。
とても気の利いた言葉じゃなかったけど。
俺はただ銀八を抱き締めて、そう呟いた。



「…けど、な。銀八…」
「…ん?」



何か気の利いた言葉を、と思ったけど、ただ伝えたい事があった。



「俺、ずっと告白なんかおざなりにしたたんだ」
「…………………」
「手紙もらっても読まずに捨ててたし、告白も断ってすぐ立ち去ったし。相手が泣こうが喚こうが知ったこっちゃなかった」
「…ひっでー」
「でも、さ。…俺、アンタに恋して、アンタを好きになって、告白がどんなに勇気が要て、振られんのがどんなに怖いか知ったんだ」
「……………………」
「応えてやれねェのは申し訳ないと思うし、でも俺はアンタが一番だし。だから…微かな望みくらいは、って思った」



それが結果、アンタを悲しませる事になっちまったが。



「もうこんな事は今日で終いにする。…アンタを不安にさせたりしない。俺が幸せにしたいのは、アンタだけで、…欲しいのもアンタだけ、だから」



告白は勇気が要るけど。
振られるのはすっげー悲しいけど。
俺は俺の大事なモノを守りたい。
泣かせたくない。
何より。
こんな下らない事で時間を費やしたくない。
…まぁ、今日は思わぬ報酬があったけどな。



「…もう油断しねェから。……許して?」



そっと身体を離して、顔を覗き込めば。
真っ赤になった顔が間近にあって。



「許して、くれるか…?」



遠慮がちに呟けば。
微かにイジけた顔はしてるが。
フっと笑ってくれて。



「…しょうがねェな。先生は素直な生徒には寛大なんだぜ?」



ギュっと俺の頭を抱えるように抱き締めてくれた。
…誓うよ。
もう不安になんてさせない。
俺は俺の大事なモンを守る。
ずっとずっとこの笑顔を守りたい。



「仲直りのキス、しても良い?」
「…どーしよっかなぁ」



クスクスと笑うその笑顔をずっと見続けたい。
俺は心に固く誓いを立てて。
銀八の唇にキスを送った。



「なぁ、先生?」
「…ぁ、っは…な、に…?」



微かに長過ぎたキスで。
ハァ、と吐息を吐く銀八に。
そっと呟く。



「ヤキモチって、好きの分だけデカいって知ってた?」
「?!」



…だから本当は。
アンタが弁解しても怒ってたのが嬉しかったって言ったら、怒るかな?





・END・
2006/08/21UP