『おれと決闘しろォ!!!!』
『お前がおれに!!!勝てるわけねェだろうが!!!!』
「………………………」
吐き出した紫煙が燻り、しばらく辺りに漂っていたが、その内消えてなくなった。
(…そう言えば)
辺りを見渡して、ふと思う。
(船内以外の場所で寝るの…久々だな)
元々海上レストランなんてもんに居たから。
寝床はいつだって船の中だった。
それが今、おれ達…否、おれは宿に居る。
とった宿の部屋はがらんとしていて。
せっかく久々の陸上だってのに、誰も居やしない。
…まぁ、それもそうか。
ついさっきまで。
ルフィとウソップが決闘をした。
決闘のきっかけは、メリー。
おれ達が乗っている船を乗り換えると言う、重要で大きな決断を船長であるルフィが下して、ウソップがそれに反論した。
おれがこの海賊団に入る前の話らしいが、今の船、つまりメリーはウソップの村で手に入れたらしい。
ウソップの大事な人から譲り受けた船、メリー。
数々の冒険を一緒に共にし、楽しみも苦しみも一緒に分かち合った大切な仲間。
それはルフィにとっても苦渋の選択だったんだと思う。
だけど、あの何にも考えてなさそうで、実は結構深い所で考えているらしいルフィが下した結論だ。
船員であるおれ達は、その決断に従う。
それが船の…海賊団でもあるおれ達の当然と言えば当然の事。
…だからこその“決闘”だったんだろう。
「………………………」
もう一度深く煙草を呑んで。
溜息と共に紫煙を吐き出す。
こんな静かな夜、この海賊団に入ってからあっただろか。
…否、バラティエに居た時だってこんな静かな夜はなかった。
沈黙が痛い。
おれは近くにあった灰皿に今まで呑んでいた煙草を押し付け、椅子に座った。
そしてもう一度溜息を吐く。
「…はぁ」
こう言う時、おれは自分がどうして良いのか解らなくなる。
おれはあのクソ剣士みたく、どっしりと構えている事が出来ない。
『 それが船長だろ…!!!』
『迷うな』
『お前がフラフラしてやがったら、おれ達は誰を信じりゃいいんだよ!!!』
クソ剣士が言った言葉が脳裏を過ぎる。
…あいつは。
あいつはいつもグーグー寝てるクセに。
ここぞと言う時にいつも、支えてる。
…おれはルフィに。
一体何をしてやれるだろう。
「…………………………」
椅子から腰を上げる。
ギシっと鳴った椅子の音が妙に響いた気がした。
それがますますおれに静寂を知らせるようで、気が滅入った。
部屋を出て。カツカツと屋上へと続く階段を昇る。
…屋上に。ルフィが居る。
ウソップから受けた傷もそのままに、何処を見てるとも、何を見てるとも解らず、ただジっと一点を見つめていた。
ガチャっと屋上の扉を開けると、潮風が強く吹く。
「…おい」
「……………………………」
「いつまでそうしてるつもりだ?」
「……………………………」
おれが声を掛けても、ルフィは返事もしないで、やっぱりただ前方に視線を馳せるだけだった。
「チョッパーが困ってたぞ。ルフィが怪我の治療させてくれねェって」
「………………………………」
それでも声を掛け続けたが、でももう掛ける言葉も見つからなくて。
おれも黙ってしまう。
間が持たなくて、ポケットを探る。
くしゃくしゃになった煙草ケースを取り出して。
風から火を守るようにして、煙草に火を点ける。
吐き出した紫煙は、その場に留まらず。
強い潮風に流されて、あっと言う間に消えた。
ずっと考えていた。
おれが…おれだけが出来る事。
そう言や前にウソップが言ってたっけか。
『てめェに出来る事をすりゃぁ良い』
おれに、おれだけに出来る、ルフィへの言葉・行動ってのは何だろうな。
吸って吐き出した紫煙が風に流され、消える。
おれは大きく、紫煙を吸い込んで。
そして吸殻を携帯灰皿に押し込んだ。
ゆっくりと紫煙を吐き出した。
…覚悟を決めるように。
「……いい加減にしろよ」
「…っ!」
「お互い覚悟しての決闘だったんだ。…終わった後にごちゃごちゃごちゃごちゃ考えて。それでどうにもなるもんじゃねェだろうが」
「……っっ……」
「ゾロの奴も言ってたろうが。てめェがフラフラしてたら、おれ達ぁ誰を信じれば良いんだよ!!」
「解ってる!解ってるけどよぉ!ずっと一緒だったんだ!ウソップも、メリーも!それが2人も同時にい、居なくなって…!落ち込んだって良いじゃねェか!!」
「誰も落ち込むなつってんじゃねェ!!!」
「!?」
「船員が不安になるような事をすんじゃねェつってんだよ。…とにかく怪我の治療しろ。……部屋行くぞ」
「……………………………………………」
クルリと踵を返せして。
ガチャリとドアを開く。
まだグダグダ言うようなら、蹴りの10か20は喰らわせてやろうかと思ったが。
程なくして、ペタペタとルフィの草履の音が近づいて来た。
それにこっそりほくそ笑んで。
おれはスタスタと階段を下りた。
部屋に辿り着いて、フと。
「…ぁ、やべ、チョッパー、あいつんトコ行ってんだっけか」
しまった、と思った時には、遅くて。
ガチャっと入って来たルフィに、おれは何と言葉を掛けて良いのか、逡巡した。
「あ、あ〜…その、何だ。…ずっと潮風に当たってて冷えてんだろ。今温かいモン作るから……」
「……………………………………」
ガタと椅子を勧めると、ストンとルフィは無言でその椅子に座った。
と言っても、あるのは湯だけで、あとは…あぁ棚に何か入ってんな。
「…おれ」
「…あ?」
不意に上がった声に振り向けば。
俯いたまま、膝の上で強く拳を握り締めたルフィが吐き出すように言葉を紡いだ。
「…おれ、メリーを捨てる気なんてなかった」
「……………………………」
おれは黙ったまま、ルフィの言葉に耳を傾けた。
…吐き出す事で、微かに心が救われる事もあるのだから。
「見捨てる気なんか…全然なかったんだ」
「…解ってるよ。お前がそんな奴じゃねェ事も。んな事思ってねェ事も。おれも皆も。…ウソップだって。……思っちゃいねェよ」
苦渋の決断だって事、皆解ってる。
ただ…認めたくなかったんだ。
メリーがもう走れないなんて。
メリーがもうどうしようもない状態なんて。
今だって、その優美な姿でそこに在るのに…。
「…おれ」
「……………………………」
「アイスのおっさんに言われて気がついたんだ」
「……………………………」
「『沈むまで乗れば気が済むのか』って」
「……………………………」
「…それこそひでェって、思った。仲間なのに。大事な…大事な仲間なのに。それじゃぁまるでおれ達がメリーを見殺しにようなもんだって」
「……………………………」
「…だ、から…!すっげェ…すっげェ悔しいし、哀しいけど、…め、メリーを…乗り、乗り換えようって…!!」
震える肩に。
落ちる雫に。
…手も言葉も。掛けなかった。
それはこのまだ若く。小さな肩に圧し掛かった、重み。
「…ほれ。ココア」
「……ひ、ぐ…ぅっく……」
「…悪ぃな、こんなモンしかなく」
今、手を差し伸べてやるのは簡単だろう。
でも。
これからもっと。もっと巨大で重いものが。
この細い肩に圧し掛かるだろう。
その度に。
乗り越えて欲しいと願うから。
…それを乗り越えられる強さを。
コイツは持っている事を。
おれは。おれ達、この船に乗った船員は皆知っている。
だから。
それは必要ない。必要のないものなんだ。
「冷めちまう前に飲め。んで。…落ち着け」
「…………………………………」
コックリと頷いて。
ルフィはテーブルに置かれたマグカップを手にした。
湯気のたつ、それに。フーフーと息を吹き掛けて。
こっくりと飲んだ、ココア。
「クソ美味ェだろ?」
「…ぅ、ん。…何か、懐かしい、味がする」
「懐かしい?」
「うん。…マキノが作ってくれたココアが、こう言う味してた」
その言葉に、おれは微かに驚いた。
「へぇ…そのマキノさんってグルメだな」
「グルメかどうか解んねェけど、マキノはおれの居た村の店主だったんだ。マキノの作る飯も美味いんだぞ」
「へぇ〜…マキノさんか。クソ美味ェもん作る人は、さぞかし美人なんだろうな」
「…あぁ。マキノは優しくて。すっげェ綺麗だ」
「是非お会いしたいもんだな」
「うん…マキノ、元気かな」
コクリとココアを飲んで。
淋しげに微笑む。
…こう言う顔してると。ルフィは実年齢よりずっと幼く見える。
「…マキノは」
「ん?」
「おれが落ち込んだり、しょげてたりする時にこれ、よく作ってくれた」
「…そっか」
「特別な隠し味って。何入れたか…結局村出る時、最後まで。教えてくれなかった」
「まぁ…隠し味だからな」
「これも…」
「ぅん?」
「これも何か入れてんのか?…特別な隠し味」
「あぁ。入れてるぜ」
「…サンジも、内緒なのか?」
「あぁ、勿論。だから『隠し味』だろ?」
「…うん。……知らない方が、美味しい気もする。…けど」
「…?」
「…サンジが居ない時に飲みたくなったら作りたいから。やっぱり知りたい、かな」
「………ばぁか」
その言葉に。
くしゃりとルフィのくしゃくしゃになった黒髪を撫でた。
「言っただろ。『付き合おうじゃねェか、海賊王』ってな。最後まで付き合わせろや、海賊王?」
嬉しそうに照れくさそうに微笑むから。
…あぁ、やっぱコイツには笑顔の方が似合うな、なんて。
野郎相手におれが考える事でもねェな、本当。
コイツには。調子狂わされっぱなしだ。
「おれだけじゃねェ。ナミさんやロビンちゃん。それにチョッパーだって、あのクソ剣士だって。勿論、ウソップだって。てめェに付いて来たんだ。最後まで付き合うさ」
お前が進めば、おれ達だって進むんだ。
時には躓いて転ぶ事だってあるだろう。
でも。
お前が何度だって立ち上がる事。足を止めたりしない事。
皆知ってるから。解ってるから。信じてるから。
だから。
「…お前はお前の。……信じる道を行けば良いさ。それでぶつかる事があるのは…当たり前じゃねェか?」
「……………………………………」
仲良しこよしが、仲間の証拠じゃねェだろ?
人一人、個々に個性があんだ。
特におれ達なんか、それが強烈にあんだ。
ぶつかる事だってあるさ。
そう言う時。
ぶつかって来られる船長になれって。
まっ、そんな事言わなくても。コイツは本能でそれを解ってるだろうから。
「それでもてめェに付いて行くと決めたんだ」
「…………………………………」
「ドーンと構えて。…な?」
落ち込んだって良い。
時には立ち止まったって良い。
ただ、そこでまた歩き出せば。
それで良いと、おれは思う。
それでも、どうしようもなくなったら。
てめェが信じた、集めた仲間が居るだろ?
「…まっ、落ち込んだりしたら、また。…それ入れてやるよ」
・END・
2008/04/21UP