「ぁ、のね、黒子君…」
「はい」


呼び出された人気のない場所。
顔を真っ赤にさせた女生徒は、おずおずと一通の封筒を差し出した。
…所謂ラブレターと言う奴だ。
それが自分宛じゃない事は解ってる。
ボクは零れ落ちそうな溜め息をグっと飲み込んで。


「…これを黄瀬君に渡せば良いんですね?」
「ぅ、うん…」


解っていたが念の為確認すると、やはり躊躇いがちに頷く。
そしてボクが手紙を受け取ると。


「…ごめんね。有難う!」


申し訳なさそうに謝って。それから嬉しそうにお礼を言われて、走り去られた。
そんな背中を眺めながら。

(…そんな嬉しそうにしないで下さい。)

申し訳ない気持ちが胸に広がる。
出来る事なら今すぐに、この手紙をぐしゃぐしゃにして、破ってしまいたい衝動に駆られる。
…出来る訳もないのに。
ボクは今度こそ溜め息を吐き出して、それをそっとポケットへ忍び込ませ、その場から歩き出す。
軽いはずだったポケットがやけに重い気がした。





…高校に進学して間もなく、黄瀬君がボクの高校に来た。
女の子の情報網と言うのは恐ろしいもので。
たった数回、黄瀬君が来ただけなのに、ボクと知り合いだと知れ渡って。
こんな風にラブレターの橋渡しをされたり、紹介して欲しいなんて話が後を絶たずに来た。
中学時代でもあったこんな話が、彼と離れたはずの高校生活でも生じるなんて、笑い話にもならない。
ボクは再び溜め息を吐く。
いつだったか、何の拍子だったか覚えていないが、中学3の頃、黄瀬君に好きな人が居る事を知った。
それを本人に聞いた事がある。


「…黄瀬君」
「ん?なぁに、黒子っち」
「黄瀬君に好きな人が居るって本当ですか?」
「へ…?」


遠回しに聞くのも面倒だったので、ずばり聞いたら。
彼、黄瀬君はきょとんとした表情を浮かべて、次の瞬間。


「う、うええええぇぇぇぇぇ?!!な、何、な、何で、く、黒子っちが、し、知って…!!!」


あ、こんなに人間って一瞬にして真っ赤になれるんだ、とかそんな事を思いながら黄瀬君を眺める。
本当に彼は表情豊かだ。無表情と言われる自分とは本当に正反対だな、なんて考えながら。


「風の噂で聞きまして」
「え、んな噂になってるんスか?!」
「それは…解りませんけど」
「ぅえ〜困ったっスねぇ…望みない恋だから、ひっそりと想ってたかったんスけど」
「望み、ないんですか…?」
「っス」


形の良い眉毛を八の字にして、ヘラっと黄瀬君が笑う。
…意外だった。


「…意外です」
「そ?オレはそうでもねっスけど」
「だって…」
「この外見みてくれが良いって言ってくれる人だったら良いんスけどねー」


肝心な時に役に立たないでやんの、と笑う彼が悲しそうに見えて。


「でも、それが良いって子は嫌なんでしょ?」
「んな事ないっスよ。ただ、オレの中身も好きになってもらわないと」
「それこそ…」
「?」
「それこそ、良いと思いますよ。君はチャラチャラした外見とは別に、中身はしっかりしてると思います」
「へ…?」
「バスケを一生懸命やってる君は素敵だと思います」


ボクがそう言えば。
黄瀬君は今まで見た事もない、柔らかい微笑みを浮かべて。


「……有難う、黒子っち。嘘でも嬉しい」
「……………」
「?黒子っち」
「…ぁ、な、何でもないです」


元々モデルなんてやってるから、整ってる事は知ってた。
けど、そんな笑い方、ボクは知らない。
そこでボクは急激に自覚した。
…あぁ、ボクは彼に惹かれていたんだ、と。
でもそれは同時に、失恋も意味していて。
恋だと自覚した途端に失恋なんて。
こんな顔、黄瀬君には見られたくなくて。見せたくなくて。ボクは俯く。
すると。


「…じゃぁ。ちょっとは望み、あるんスかね」


ポツリと呟いた、黄瀬君の言葉。
ボクは俯いていた顔を上げ、黄瀬君を見る。
横顔に浮かんだ表情は、嬉しそうな、柔らかな表情。


「…もしかして」
「え?」
「もしかして。…黄瀬君の好きな人って桃井さん、ですか?」
「え、ええええぇぇぇぇ?!!ちが、違う!違うっスから!!全っ然違うっス!!!」
「違う、んですか…?」
「違うっス!!桃っちの事は、確かに尊敬してるっスけど、そう言う対象じゃないし…向こうもそうっスよ!」
「…そうですか」


ホっとしたような残念なような、奇妙な気持ちが広がる。
それは黄瀬君の好きな人が、自分の知ってる人だったら良いな、と言う気持ちからなのか。
それとも桃井さんとならお似合いで、きっと諦められると思ったからなのか。


「…黒子っちは、その」
「?」
「えっと、その…」
「はい」


いつになく、言い淀む黄瀬君に首を傾げてたら。


「何ですか?」
「く、黒子っちは!その…す、好きな人、とか…、い、居るのかな〜?なんて」


聞き難そうに言葉を紡いだ黄瀬君をボクは凝視する。
…ボクの、好きな人。


「……………居ました」


言おうかどうか悩んだが、ボクはゆっくりと頷いて答えた。
生まれた、気付いたばかりの気持。
生まれて、すぐに死んでしまった気持ちだったが。
君は気付かなくても良い。気付いて欲しくない。
けれど。
…覚えてて欲しい。
ボクが抱いた、この恋心を。


「“ました”って過去形なんスか…?」
「…えぇ。フられちゃいましたから」
「え、えええぇぇぇ、ごめっ、てか黒子っち、告ったんスか?!!」
「いいえ、告ってません。告白する前にフられちゃいました」
「え、ええぇぇ…?意味解んないんスけど…」
「告白する前に、向こうに好きな人が居る事が解ったんです」
「それ、もしかして黒子っちかも知れないじゃないっスか」
「あり得ません。それは絶対ないです」
「この世には絶対なんてないって誰かが言ってたっスよ」
「真理ですね。でもその人がボクを好きになる事はないと思います。それは解りきってる事なんです」
「何で、んな事解るんスか?」
「何でも、解っちゃうんです」


納得いけないのか、まだ何か言葉を紡ごうとした黄瀬君に気づきながら。
ボクは何も言わない。


「黒子っち」
「…はい」


呼ばれた声に、返事をする。
でもボクは黄瀬君の方を見ない。見れない。
返事だけして、顔を向けない事ボクに気付かないのか、黄瀬君はそのまま言葉を紡ぐ。


「…オレ、応援してるっスよ。黒子っちの恋」
「……はい」
「だから。…簡単に諦めたりしないでね」


…トドメ。
恋をしている人に、この恋を応援された。
ここで、ボクが好きなのは君なんです、なんて言ったら。
黄瀬君はどんな顔をするだろう。
けれど。…言えない。言える訳がない。
だから。


「………ボクも」
「ん?」
「ボクも応援しますね。…黄瀬君の恋」


願おう。
ボクの好きな君が。君の好きな人と幸せになる事を。





橋渡しを依頼された手紙を、いつ黄瀬君に渡そうか思案する。
…まだ彼は、あの時好きだった人を好きなのだろうか。
彼女が出来た、なんて話は聞かないから、きっとまだそうなんだろうか。
それとも違う人を好きになったのだろうか。
高校が別れてしまったから、彼の交友関係は知らない。
だからあの時と違う人を好きになっていたとしても、ボクはそれが誰なのか知る術もない。
変わってなきゃ良いと思う。
そんな事を考えていた部活終わり、時間を確認しようと取り出した携帯に一通のメール。
誰だろうと思いながら開けば。
タイミングが良いんだか、悪いんだか黄瀬君からだった。

Sub:黄瀬っス!

今日仕事で誠凛近くまで来てるんス。
黒子っち、部活終わったら会えないっスかね?
時間を見れば10分くらい前。
Sub:Re黄瀬っス!

黒子です。
今部活が終わりました。
もう帰ってしまいましたか?
そう返せば。
すぐに携帯が震える。
相変わらずの返信の早さに感心するやら。

Sub:Re2黄瀬っス!

駅前のマジパに居るっスー
Sub:Re3黄瀬っス!

じゃぁ、そちらに向かいます。
それだけ返して、ボクは携帯をパチンと閉じる。
用が済んだ携帯をポケットに仕舞おうとして、カサリとポケットの中に感触。
何だろうと取り出したポケットの中身は、先程までどうやって渡そうか思案していたラブレター。
彼からのメールですっ飛んでしまっていた。
どうして忘れてしまっていなかったんだろう。


「…伝えられるだけマシ、ですよ」


どんな形でも渡せる事が羨ましい。
ボクには出来ない。一度は決別し、彼の前から居なくなってしまったが。
またこうやって交流を持てるのは、正直嬉しい。
笑顔を向けられるのは嬉しい。モデルとしての笑顔じゃない。
本心からの笑顔が。特別を示す、彼独特の呼び名を彼の声で呼ばれるのは。
でも同時に罪悪感も生まれる。
純粋に友情を向けてくれる彼を、ボクは心の中で裏切っている。裏切り続けている。
ボクが彼に向けるのは、純粋な友情ではなく。本来なら異性に向けられるはずの、恋慕なのだから。
伝えられない。悟られる訳にもいかない。
望みのない恋心に苛まれながら。それでもこうやって誘ってもらえば、赴いてしまう。
飽きらめようと、何度も思った。
出口のない迷路に、何度も行き止まりにぶつかっては、思い直し、進むのに。
辿り着いた先はいつだって行き止まりだ。
吐き出してしまって、積もりに積もった想いを発散させたい。
そうすれば、この出口のない想いに終止を打てるのに。
それは、彼との本当の意味での決別になるだろう。
…それだけは避けたい。


「…自分勝手にも程がありますね」


さっきまで軽かった足取りが急に重くなる。
気付いたからには渡さなきゃいけない。
彼への想いが詰まった、この手紙を。
ふと。


「……………」


目に止まったコンビニ。
モタモタ歩いていたせいでだいぶ時間を喰ってしまった。
きっとなかなか来ないボクを待ってるだろう、黄瀬君に。
ボクは心の中で謝り、タっとコンビニに向かって走り出した。





「あ、来た来た、黒子っちー!もー、遅いから事故にでも遭ったのか心配したっスよー」
「すみません。ちょっと野暮用が」
「野暮用?」


首を傾げる黄瀬君に、ボクは鞄を置いて、向かい側の席に座る。
すっかり待たされたらしい黄瀬君は、セットの食べ物と飲み物を食べ尽くしたようで、くしゃくしゃになった包装紙とポテトの空箱だけがトレーに乗っていた。


「あ、飲み物買って来ようか?」
「自分で行きます。黄瀬君も何か飲みますか?待たせてしまったので、飲み物一杯くらい奢りますよ」
「え、良いっスよ!こっちから誘ったんスし」
「バニラシェイク買うついでですし。だいぶ待たせてしまったみたいですし」
「…んー、じゃぁコーヒー、お願いして良いっスか?」
「はい。あ、行き前に、これ」
「?何スか、これ」
「クラスの女の子に黄瀬君に渡して欲しいと頼まれました」
「ファンレター?」
「ラブレターだと思います」


ボクがそう言うと、黄瀬君は途端に眉間に皺を寄せて。


「黒子っち〜、こう言うの断ってくれて良いっスよー。中学ん時もそう言ったっスよね?」
「高校になってからは言われてませんでしたので。今後はそうします」
「黒子っちは律儀って言うか…ぁれ?」
「…何ですか?」
「この手紙、『1通』は随分簡単に封してるっスね。シール1個だけで、他の部分糊づけもしてないっスよ」
「そ、そうですか…気付きませんでした」
「差し出し人の名前も書いてないし。“黄瀬涼太様”だけっス」
「な、中に書いてあるんじゃないですか?」
「んー」


黄瀬君はそう言って、ジっと便箋に書かれた黄瀬君の名前を見て、そして封筒をかざしたりしている。


「何、やってるんですか…?」
「否、透けて見えねーかなーと思って」
「馬鹿な事やってないで、さっさと仕舞って下さい…!」
「ん〜………ねぇねぇ、黒子っちー」
「今度は、何ですか」
「こっちのさ、この手紙くれた子ってどんな子だったか教えてくれないっスか?」
「…え」


黄瀬君はそう言って、封の甘い方の手紙をちょっとだけ振って見せた。


「ど、どうして、そんな事…?」
「…ちょっと気になるなーって。ね、どんな子だった?」
「ど、どんなって…普通の子、だったと思います…」
「…ふーん」
「な、何でその『1通』にこだわるんですか。手紙は『2通』渡したのに」
「んー?何かこっちが気になるっス」
「気になる…?普通の手紙じゃないですか」
「そうなんスけど。こっちは違和感ないんスけど。こっちは何つうか、女の子くさくないって言うか」
「…え」


黄瀬君の言葉に冷水を浴びせられた気持ちになった。
…確かに。
今黄瀬君が気にしている『もう1通の手紙』は、さっきボクがコンビニで買ったレターセットで書いたものだ。
シンプルな便箋に、シンプルな封筒。
ただ『好きです』とだけ書いた。
それだけだ。名前も何も書いてない。
伝えられないボクの精一杯の気持ち。
せめてそれだけを伝えて。…決別しようと思ったんだ、この気持ちに。
それなのに。何で。どうして。


「ぼ、ボク、飲み物買って来ますね…!」
「あ、黒子っち、ちょっと待って」


席を立とうとしたら、黄瀬君からの制止の声。
気付かれたかと身を固くしたボクに。


「その前にトイレ行かさせて。ごめんね」
「い、いえ」


ガタっと席を立って、トイレに向かう彼。
ボクはそれを見送って、完全に黄瀬君の姿が見えなくなってから、深く息を吐き出した。

(ば、バレてない…ですよね…?)

流石に無謀過ぎたか…?
帰りに渡せば良かった。早く済ませたくて会ってすぐに渡したのは失敗だった。
今までの彼だったら、すぐに仕舞ったのに。
何で今回に限っては、あんな気にしたんだろう。しかもボクの手紙の方ばかり。


「お待たせ、黒子っち♪」
「あ、はい…」
「?何、どうかしたっスか」
「いえ…何か上機嫌じゃないですか?」
「そ?スッキリしたからかな」
「そう…ですか。…あ、じゃぁ、ボク飲み物買って来ますね。黄瀬君のコーヒーも」
「有難うっス。行ってらっしゃーい」


何でかニコニコと帰って来た黄瀬君に、ボクは首を傾げながら、飲み物を買う為席を立つ。
丁度食事時間だからなんのか、混んでいるマジバで何とかバニラシェイクとコーヒーを注文し、席に戻ると。


「…?」
「あ、黒子っち、お帰りー」
「はい、お待たせしました。…何やってるんですか?」


テーブルに屈服してるように見えたが、違うらしい。
ボクが近づいたのに気付いて、黄瀬君が顔を上げる。
…影の薄いボクの気配に気づくの、きっと君だけですよ。


「ちょっと、ね。…黒子っち、お願いがあるんスけど!」
「お願い…ですか?」
「っス!これ、あの手紙の子…あ・あの封の甘い方の子ね、その子に渡してくれるっスか?」
「え…」
「丁度良いのなかったから、ルーズリーフになっちゃったんスけど、大丈夫かな?」
「あ、開けたんですか?!」
「うん。だってオレ宛てだし」
「否、だからってこんな人が居る所で…!!」
「あ、さっき行ったトイレで読んだんスよ?個室で開けたんで、誰の目にも触れてないっス」
「そう言う事ではなくて…!!」


こう言う所はあざといと言うか、何と言うか!
思わぬ出来事にパニックになり掛ける頭で何とか考える。
黄瀬君にあの手紙の差し出し人がボクだとバレる訳にはいかない。
落ち着け、取り乱すな…!


「ん?」


それでも睨む事だけは止められなくて。
キっと黄瀬君を見ても、彼は何処吹く風で、首を傾げて見せる。


「ね、黒子っち!」
「…何ですか…」
「お願い!返事書いたんで、渡して?」
「え…返事、ですか?」
「っス。さっきからそう言ってるんスけど…」
「…君、今までラブレターの返事なんて出した事ないって言ってたじゃないですか」
「そうなんスけど。…この子はちょっと気になって」


これでケリをつけるつもりだったのに。
妙な事になった。
困り果てるボクに、黄瀬君は困った表情を浮かべて。


「…駄目?」
「……………」


そう言われてしまえば、断る理由はない。
震えそうになる手を何とか抑えて。


「わ、かりました…」
「有難うっス!」


ボクがそれを受け取ると、黄瀬君は満面の笑みでお礼の言葉を口にする。
黄瀬君には気付かれないように、ボクはこっそり溜め息を吐く。
今日何度目の溜め息だろう。
緑間君じゃないけど、今日のおは朝の運勢は最悪だったんろう、きっと。


「…以前」
「ん?」
「中学時代、黄瀬君好きな人が居るって言ってましたよね?」
「黒子っち、覚えててくれたんスか?」
「…はい。……その、その人の事はもう忘れたんですか?」


ボクの疑問に黄瀬君は少し考える素振りを見せて。


「ん〜……実は」
「?」
「諦めるの諦めようと思って」
「は?」
「何度も諦めようと思ったんスよ?でも諦められなかった。だからもう、腹を括って諦めるの諦めようと思って」
「あの、じゃぁ…」
「……多分合ってると思うんスよねー」
「え…?」
「ぁ、こっちの話っス!まぁ、その手紙渡してくれたら答えが出ると思うっス!…多分」


意味の解らない言葉に伺うように黄瀬君を見れば。
さっきまでの真剣な顔をしていたのに、また冗談めかした顔で笑う。
この手紙を…?意味が解らない…。
その後黄瀬君と別れ、家に帰る。
夕飯を食べて、後はお風呂に入って寝るだけだ。
ウトウトしてしまう前にお風呂に入り、部屋に戻って、机に置かれた黄瀬君からの手紙を見る。
読んで良いんですよね…?
綺麗に折られた手紙?にうろたえてしまう。
よくそんな器用に折れますね、と言ったら。
「前に女子が折ってるの見たんスよ」と言ってた。
相も変わらず見た事の再現率は高い彼に笑みが零れる。
運動だけじゃなくて、折り紙にも発揮されるなんて可笑しい。


「封の甘い方の子、って言ってましたものね…」


そっと手紙を手に取り、ゆっくりと開いて行く。
何と書いてあるんだろう…。
ドキドキとする胸を抑えながら開くと。






































Date          No.  







     オレも黒子っちが好きです。

                黄瀬涼太

























「……………」


言葉が出なかった。
意味が解らない。


「ちょ、ちょっと待って下さい」


ボクの名前が書いてあるんですけど。
え、どうして?
混乱する頭でボクは茫然とルーズリーフにつづられた文字を眺める。
何かの見間違いじゃないかと思いながら。





「くーろこーっち!」
「っ、き、せ…君」


学校帰り。
部活で遅くなり、酷使した身体を引き摺るように学校から出れば。
明るい声に、思わず身体を強張らせた。
途端に心臓の音が高鳴り出して。


「今日…もお仕事ですか?」
「んーん、今日は仕事じゃないんスけど!黒子っちに用事があって、練習早めに切り上げて来たんス」
「ボクに…ですか」
「うん」


どうしよう。
どう言う顔をして良いのか解らない。
結局。何度見ても手紙の内容は変わらず。
途方に暮れたボクは考えるのを放棄した。
だってそうじゃないか。
決別しようとしていた気持ちに、いきなり答えが降って湧いたのだ。
しかも本人には内緒でこっそり伝えるつもりが。
でも何で。どうしてバレてしまったのだろう。


「あの手紙、渡してくれた?」
「…っ」


いきなりの本題に息を飲む。
これはもしかして黄瀬君の悪ふざけではないだろうか。
長い間、彼を裏切って、彼に恋心なんて抱いたボクへの。


「…黒子っち?」
「…っ…」


急に。
何だか凄く悲しくなって来て。
目頭が熱くなる。


「え、ちょっ、何で泣いてるんスか、黒子っち!!」
「な、ぃてなんか…いませっ…!」
「いやいや!!涙浮かんでるし!!ちょっ…えっと、ここじゃ目立つし、こっち…!!」


グイっと手首を掴まれ走り出される。
抵抗する間もなく、ボクは学校から離れた公園へと連れて来られる。


「ここなら人も居ないし…」
「……………」
「…ね、黒子っち」
「…っ!」
「…オレ、もしかしてミスった?」
「……………」
「えー…マジっスか…。…絶対黒子っちの字だと思ったんだけどなぁ…」


ボクが俯いたまま黙ると。
黄瀬君は小さくそう言って、項垂れ、その場に屈み込んでしまった。


「どう、言う意味ですか…?」
「あの手紙。…絶対黒子っちの字だと思ったんスよ。今も持ってる。見せたいけど、黒子っちのじゃないなら、見せられないんスけど」
「ボクの…字…」
「ちょっと解んないようにしてあったけど。…オレ黒子っちの字も好きだから、結構自信あったんスけど」


やっちゃったなーと苦笑して。
それから黄瀬君の表情はぐにゃりと悲痛に歪んで。


「…迷惑掛けちゃったっスね。…謝って済む問題じゃないけど。ごめん。本当に…ごめん」


そう言って、俯いた。
…いつもは見上げる黄瀬君を、今は屈みこんでいるからボクが黄瀬君を見下ろしてる。
普段は見えないつむじを見ながら、あぁやっぱりバレてたんだ、なんてぼんやり思いながら。

(…ちょっと待って下さい)

ふと気付く。
彼はあの手紙がボクからのだって気付いていた。
それであの返事を書いた。
でも黄瀬君は今、あの手紙がボクからじゃないと解って落ち込んでる。
それは何で?


「…悪ふざけ、ではないのですか?」
「…え?」
「あの手紙、黄瀬君の…悪ふざけではないんですか…?」


恐る恐るそう聞けば。
黄瀬君は勢いよく立ちあがって。


「悪ふざけなんかじゃないっスよ!オレは…オレはホントに黒子っちの事……」
「だって君、中学時代から…」
「……それ、黒子っちの事っス」
「…え」
「望みないから。諦めようと何度も思ったんスよ?でも諦めようと思えば思うほど惹かれて。そんで腹括って、諦めんの諦めたんス」
「おう、応援するって、言ったじゃないですか…」
「好きっスから。好きな人には幸せになって欲しいじゃないっスか」
「…っっ」


一緒だ。
何処までも一緒で。


「…すみません」
「え、何で黒子っちが謝るんスか?!謝るのはオレのほぅ…」
「あの手紙、ボクなんです」
「…え?」
「ずっとずっと、隠してくつもりでした。だけど、不毛な気持ちに、君を…黄瀬君をずっと騙してるって思ってて」
「…黒子っち…そんなの、オレも一緒っスよ?」
「終止符を打とうと思ったんです。この気持ちに終止符を。でも、黙って終わらす事も出来なくて。だからと言って、今の関係を壊す事も出来、なくて…」
「…ぅん」
「こっそり伝えたかったんです。黄瀬君に、知って欲しかったんです。ボクからじゃなくて良い。ただ、この世界に、たくさんの…大勢の中の好意の1人に、なりたかった…!」
「黒子っちからの好意なんて。オレ、咽喉から手が出るほど欲しいんスけど」
「〜っっ、好き、です。黄瀬君が好きです…!」
「有難う。オレも、中学ずっと、黒子っちが好きでした。…オレと付き合ってもらえますか?」


優しく、頬に伝った涙を拭われる。
細くて長い指は、意外に硬くて。
でも、指先からも視線からも、表情からも。
優しさとか温もりとか、…あの日、中学の頃に見たあの優しい笑みが浮かんでいて。


「…はぃ」


長かった片想いは。
伝える事は叶わないと思ってた片想いは。
1通のラブレターと、1枚のルーズリーフから。
『好き』を繋がらせる事が出来た。



・END・
2012/10/24