「火神っち、今日オレ犬に戻して欲しいんスけど」
「…は?」
学校に行こうとした火神っちの背にそう声を掛ける。
すると火神っちはすンげー強張った顔して、ギギギっとでも音がしそうな緩和な動きで振り返る。
「え、は?な、何だって??」
「だから、今日オレを犬に戻して欲しいんス」
「な、何でだよ?!」
「最近縄張りの見回りもしてないし。マーキングすんなら犬じゃなくちゃ駄目っスから」
「…あー」
オレの言葉に納得したのか、火神っちは視線をあっちこっちに動かして。
「…オレが部活休みん時、付き合ってやるから今度にしねェ?」
「や、結構広範囲なんで。それにアンタ犬、苦手じゃないっスか」
「……遠くから見てっから」
「無理しなくていーっスよ。今日やって来ちゃうから。ちゅーして」
「無理なんかねーし。良いから、付き合うから。今度な」
「いいってば」
「否、いいって」
「……………」
「……………」
頑なにそう言う火神っちに、オレはムーっと口を尖らせて。
「火神っち、何でそんなに着いて来ようとしてんスか」
「別に着いて行こうとしてねーよ」
「じゃぁ今犬に戻してよ」
「…ヤだ」
「何で?!」
「何でも!!」
「犬に戻っても追い掛け回したりしねーっスから!!」
「別に、んな事心配してねーよ!!」
「だったら戻してよ!!」
「だから嫌だって!!」
頑として頷かない火神っちに、オレは痺れを切らして。
ガシっと火神っちの顔を両手で掴んで。
「良いから、ちゅーさせろー!!」
「い・や・だー!!!」
グっと顔を近づけるが、火神っちも負けじとオレの顔を掴んで、一定まで顔が近づくのを阻止してる。
正直力比べだ。
「〜っ、もー!何でそんなに拒否るんスか!んなにオレとちゅーすんのヤだ?!正直ちょっと傷つくんスけど!!」
「バっ、馬鹿か!そう言う事じゃねーよ!!犬が一匹で外ウロついてたら、危ねーだろーが!!」
「…危ない?」
首を傾げるオレに、火神っちは顔を逸らしたまま。
「…保健所に連絡されて連れてかれたら、お前後死ぬだけなんだぞ」
火神っちの言葉に、オレは思わずポカンとしてしまう。
え、ええええぇぇ…そう言う理由っスか…。
オレは添えてるだけになってた火神っちの顔から手を放して、溜め息を吐く。
「…あのねぇ、オレ、んな馬鹿じゃないし。捕まったりもしねーっスよ。これでも野良歴長いんスよ?」
「そうは言っても…」
「パっと行ってパっと終わらせて来るっスから。終わったら、誠凛まで行くっスから。それで良いっしょ?」
オレの提案に火神っちは、微かに口を閉ざす。
暫しの沈黙の後、火神っちはハァーっと溜め息を吐き出して。
「…解った。終わったら体育館まで来い。そしたら人間にしてやっから」
渋々でも了承してくれたのは嬉しい。
ちょっと信頼されてるみたいで。
「じゃぁ、ちゅー」
「へいへい」
「…ねね、火神っち」
「あぁ?」
「アンタ、結構オレの事、好きっスよね?」
「は?!」
「火神っちになら、オレ飼われても良いかなー…なーんて」
絆されてるなぁ、と思いつつ、ソっと火神っちにちゅーする。
相変わらず聞こえる小気味良い音と、途端に低くなる視界。
「ワン!」
「ななななな…!」
「ワン!」
真っ赤になりながら、ワナワナ震える火神っちに、玄関を開けてくれと吠える。
すると。
「お前みたいな馬鹿犬、誰が飼うか!!!!」
「ワフ?!」
急に怒鳴られて。
一瞬、何?!と思ったけど。
言われた言葉を理解して、何だかムカムカして。
この野郎、人?がせっかく…!!
そう思って、「ワン!」と一鳴きして、火神っちに飛び掛かる。
突然飛びついて来たオレにパニくる火神っちを一頻り虐めて。
玄関で伸びる火神っちを残して、オレは玄関のノブに飛び掛かる。
ドアノブを下に下ろせば玄関が開く事くらい知ってるんスよ!
オレが玄関を開けて外に飛び出ると同時に。
「黄瀬―――――――――――――っっ!!!!」
と叫ぶ声が聞こえて。
オレは慌てて、階段を下りるのだった。
・
・
・
縄張りのマーキングも一通り終わり。
さー、誠凛の体育館にでも行くっスかねーと思いながら、誠凛への道のりをのんびり歩く。
そこに。
「……………」
「…わふ?」
スっと現れた足。
ん?と思って見上げれば、メガネを掛けた男がオレの目の前に立ちはだかってる。
これまたでっかい男っスね…つかジーっとオレを見て何スか?
「…見つけたのだよ」
「クゥン?」
はい?見つけた?
何を?誰を?
思わず振り返るが、オレ以外誰も居ない。
え?オレ?嫌々、オレ、アンタなんか知らないっスけど。
「ラッキーアイテムぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!」
「キャィィィン??!!!」
ガバぁ!と抱き抱えられて。
はいぃぃぃぃ?!!と思う頃には、足が地に着いてない。
何?何?何なんスか、一体!!!
「高尾!見つけたのだよ!!」
「お、見つけた?時間ギリギリだよ、真ちゃん!乗って!飛ばすよ!!」
リアカーに乗せられて。
訳が解らない間に出発。
へ?え?!何?!何が起こったんスか?!
つか、この人保健所の人?!え、オレ捕まっちゃったんスか?!!
「キャインキャイン!!!」
「ムっ、逃げるんじゃないのだよ」
「キャインキャイン!!!!!」
「超嫌がってんじゃん。真ちゃん、どうやって連れて来たの?」
「犬に人の言葉が解る訳ないだろう」
「ぎゃははは!有無を言わさずかよ、流石!!」
「しょうがないだろう!今日の蟹座のラッキーアイテムは金色の毛並みの大型犬、なのだから」
「金色つうか、金色に近い茶色の毛並みの犬だけどなー、そいつ」
「うるさい。見るのだよ。太陽の光で金色に見えるだろう。これは天命なのだよ。人事を尽くそうとするオレへの」
「やー、でもまさか誠凛さん行く途中に見つかるとはなー。ラッキーアイテムないからって、真ちゃん連れ出すのホント、大変だったぜ」
「人事を尽くせない時点で外出など有り得ないのだよ」
えー…何話してるんスか、何話してるんスか。
意味解んないっスよー…。
てか、ラッキーアイテムって何スか。
オレ何処連れてかれるんスかー…。
殺されちゃうんスか…?
「ほい、着いたぜ」
「御苦労だったのだよ」
「…ワフ?」
震えてたら、到着。
え、何処?と顔を上げたら、何と誠凛高校。
え、火神っちの学校の人?
でも火神っちが着てる制服と違ってたっスよね?
「ほら、行くのだよ。ラッキーアイテム」
「ワフ?!」
またヒョイっと担がれて。
ちょっ、オレ、一人で歩けるっスよ!!
ジタバタするけど、全然外れなくて。
ぁれ、可笑しいっスよ?!まだ成犬じゃないにしろ、オレ結構デカい犬のはずなんスけど!!
「キャンキャン!!!」
「大人しくしろ。大人しく、今日一日オレに付き合うのだよ」
「ワンワン!!!」
意味解んないっス!!!
つうか、いーやーっス!!!
「すんませーん、遅れましたー」
「高尾!緑間!!遅いぞ!」
「すんません!真ちゃんがラッキーアイテムないからって渋って…」
「あぁ?またか…」
「安心して下さい。ラッキーアイテムは手に入れましたから」
「手に入れましたからって…おま、もしかして…」
「あははは、そーなんスよ。その、真ちゃんが小脇に抱えてるでっけー犬が、今日のラッキーアイテムです」
「おは朝、謎過ぎる…」
皆に憐れみの視線を注がれて。
つうか!んな『可哀想』みたいな目で見るなら、助けて欲しいっス!!
人浚いならぬ、犬浚いっスよ、この人!!!
「とにかく、誠凛さんを待たせている。さっさと行くぞ」
「「「「「「「うっス!!」」」」」」」
ちょっとー!!!!
まだジタバタしてると。
「ワンちゃん、ちょーっと大人しくしててな。今日終わったら、美味い餌でもやるからさ」
さっきオレを浚った人の一人がそう言って頭を撫でる。
餌なんか良いから、取り敢えず解放して欲しいんスけど!!
そう思うが、どうやら諦めた方が良さそうだ。
オレは「…わふ」と小さく鳴いて、暴れるのを止めた。
「おー、人の言葉解るじゃん!もしかして飼い犬なのかな?」
「首輪してねーし、違うんじゃね?てか、何処に居たんだよ、その犬」
「道路を歩いてました。飼い主らしい人は居ませんでした」
「じゃぁ野良か?その割に毛並み良いしなー」
「あ、体育館入れるなら、犬の足拭かないと」
「あ、じゃぁオレ、誠凛さんに雑巾借りて来ます!」
「頼むぞー」
あっちこっちから伸びる手に頭を撫でられて。
ちょっ、誰、乱暴、痛っ、痛いっスよ!!
ウーっと唸ると、怒ってる、とか言うし。
そりゃ怒るっスよ!いきなり拉致られて、何とかアイテムとか言われて!
犬権損害もいートコっス!
「雑巾借りて来ました!」
「おー、じゃぁ足拭いて」
「ラジャ!真ちゃん、抱えるんじゃなくて、抱っこしてよ、その子」
「ムっ…こうか」
「そうそう〜♪」
…何か。この格好結構屈辱なんスけど。
腹、思いっきり見せられてんスけど。
「よっし、拭けた」
どうやら拭き終わったようで、また小脇に抱えられそうになってたら…。
「え、黄瀬!?!」
「ワフ?!」
聞こえた声にそちらに顔を向ければ。
…火神っち!!
「キャインキャインっっ!!!」
「どわっ!ば、おま、その状態でオレに近づ……ぎゃぁぁぁぁ!!!!」
今日こそ…今日こそアンタに会いたいと思った日はなかったっスっっ…!!
もう帰ろう!ほんと帰ろう!!お願い、帰らせて…!!
「………えぇと、どうして緑間君が黄瀬君を?」
「黄瀬?…あの犬なら、今日のラッキーアイテムなのだよ」
「え?」
「金色の毛並みの大型犬、これが今日の蟹座のラッキーアイテムなのだよ」
「黄瀬君、金色って言うか、茶色ですけど」
「太陽の光を浴びれば、金色に近いのだよ」
「まぁ、確かにそうですけど…」
怖かったよー、超怖かったっスよー。
保健所の人じゃないっぽのは解ってたっスけど、もう帰れないと思ったっスよー。
あの人、問答無用でオレの事連れ去るんスよー。
もー、ヤだ、マジヤだ、あの人苦手。
「火神」
「ちょっ、おま、マジ退け!マジで退けって!!落ち着け、馬鹿黄瀬!!!」
「〜っ、火神!!オレを無視するんじゃないのだよ!」
「ゼェゼェ……あ?な、何だよ、緑間」
「…クゥン…」
「……その犬は、お前の犬か?」
「あ?犬って……黄瀬の事か?」
「黄瀬…それがその犬の名か」
「あぁ、まぁ」
「……貸すのだよ」
「は?」
「今日一日、黄瀬をオレに貸すのだよ」
「はぁ?!何で?!」
「オレは常に人事を尽くしている。そしておは朝占いのラッキーアイテムは必ず身に着ける事にしている」
「お、おぉ…」
「今日の蟹座のラッキーアイテムは、金色の毛並みの大型犬!その犬なのだよ!!」
「は、はぁ?!」
「その犬さえ居れば、オレのシュートは落ちん!!!」
その言葉に、キョトン。
そして火神っちがゆっくりオレを見るから。
オレは慌てて、でも全力で首を振る。
…犬の姿でそれが通じてるのか定かじゃないけど。
やだやだ!てか無理無理!!
何かこの人…苦手。
そして…最後の意味が解らん!!!
「い、いやー、でも黄瀬……犬も嫌がってる、し?」
「犬の意思などないのだよ!良いから、貸すのだよ!!」
人…じゃないけど、犬の話を聞け――――っっ!!!!
問答無用で火神っちから引き離され。
またもや持ち上げられ、そのまま強制的に連れてかれる。
もーやだー!この人!!!
「大人しくしてるのだよ。今日が終われば、飼い主のトコに戻してやるのだよ」
「キャィィィィィィンっっ!!!!!!!!」
今すぐ!帰してほしーっス!!!!
助けて、火神っち!!!
「…まっ、アイツもたまには痛い目遭えば良いっか」
火神っち、テメー後で覚えてろ、…っス!!
・END・
2012/11/10UP