モルディオン監獄。


ヴァナ・ディールに秘密裏に存在しているエリアのひとつ。

エリア略称は「Mordion」。


ホルトト遺跡のような外観だが、窓もドアも何も無い部屋があるだけである。

通常の冒険者は行くことが出来ない特殊なエリアで、

GMの転送能力によってのみ出入り可能とされている。


このエリアは、主にアルタナ大陸三国において定められている、

冒険者活動規約に対する違反の疑いがある者、

または規約違反をしていると判断された冒険者に対して、

GMが事情聴取およびペナルティの宣告などをするために使用される。


そのため、ほとんどの冒険者は一度も訪れたことが無いエリアである。


その所在地は、巨大な塔の形をした構造の巨大都市、

ジュノ大公国の最下層部に位置しており、

もちろん一般人の立ち入りは一切厳禁とされている。

(※実際のゲーム上では、完全にゲームから独立したエリアとなっており、

何をどうやっても自分の意思で行き来することは出来ません)





・・・私は今週末の光、闇曜日の休日を利用して、

朝早くから家を出て飛空挺公社へと赴き、

去年の修学旅行の時に経験した一日飛空挺パス≠申請し、

ジュノ大公国へと飛ぶことを決心した。



・・・行き先はモルディオン監獄=E・・


・・・目的は、カッツェ=パウロと再会すること・・・




・・・いや、違う。




・・・真なる目的は、

バス学を京一門の手から守ること≠ノ他ならない。






















人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人

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T. T. T. T. T!!


Tamanegi  TaruTaru Toroublemaker

            

      THE   TWINS!!


         

                          〜クリスタルに愛された天才〜





人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人

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〜〜〜〜〜 バストゥーク商業区 商店街 〜〜〜〜〜





AM 903




「・・・まあ、普通に考えて、多分置いてないだろうなー・・・」



朝早くから、バストゥーク商業区の中でも最大の商店街を訪れたゴルト=エイトは、

武器屋やアイテム屋、魔法スクロール屋などが立ち並んでいる街路を、

とあるモノを捜し求め、てくてくと歩いていた。


「・・・おいらの白衣の素材として使われている、高機能魔導繊維=E・・

まさか街角の商店街なんかで、普通に手に入るワケないよなぁ・・・

競売所でも取り扱ってないんだし、当然だよなー・・・」

はあ・・・と大きなため息をつき、商店街をとぼとぼと歩くゴルト。

「・・・もし万が一、うまいこと魔導繊維が手に入りさえすれば、

それを使って1−Bのあいつらの制服を強化して、

防御力を一気に上げることが出来るんだけどなー・・・

武器はGEシリーズ=A防具は強化制服≠ニ、

これが実現できれば、かなり有利になるんだけど・・・」

言いつつゴルトは、今朝、自宅の犬小屋を出る際に、

だるまに言われた言葉を思い返す。


『なぬ? 高機能魔導繊維≠手に入れたい、じゃと?

かっかっか、アホじゃのう^^ 

おんし、アレがどれだけ希少なものなのか知らんのか?

あれはウィンダス手の院の極秘機関未確認獣人対策班≠フ、

更にその中の精鋭研究チームSHADO≠ェ生み出した、究極の合成素材じゃぞ。 

たとえハンカチ程度のサイズでも、ヘタすれば数百万ギルの価値があるほどの、

超が10個くらいつくほどの希少な布材なんじゃ。

しかもその素材自体が、今となってはアンタッチャブル認定≠ウれとるから、

今さらそれを手に入れるなんて、不可能に決まっとるじゃろ^^

む? このわしが、かつておんしの白衣と、もう一着の魔導服を造った際の素材は、

一体どうやって入手したのかって?

ああ、いつだったか、わしがたまたま手の院に遊びに行った時、

なんか大事そうに金庫に入れてあったから、黙って勝手に持って帰ったんじゃ^^

いやぁ、冗談抜きで、あの時ばかりはマジで、後日縛り首にされそうになってなあ・・・

なにぃ!? そんな話はいいから、今現在それを入手する手段は無いのかじゃと!?

ふん、そんなもん知るか! 街に出て、老舗の武具屋でも回ってみたらどうじゃ?

何十年もやっとる古い店じゃったら、もしかしたら奇跡的に置いとるかもしれんぞ!』





「・・・まあ、普通に考えて、多分置いてないだろうなー・・・」


だるまの言葉を思い返しつつ、ゴルトはもう一度、深いため息を吐く。

「朝イチから、もう6〜7件店を回ったけど、どの店に行っても

そもそもそんな素材は名前すら聞いたことも無いって言われたし;

うーむ、だるまの言うとおり、時間の無駄だったかもしれんなー。」

・・・と、商店街の途中で足を止め、ゴルトは目の前の店の看板を眺める。

「・・・この店で最後にするかー。 

もしここがダメだったら、強化制服の製造はスッパリと諦めて、

さっさと学園に戻ってマリっぺたちの新武器の製造に専念することにしよう。」



アカシア防具店



ゴルトはそんな看板が掲げられた店の中へと、諦め半分で入っていった。
















〜〜〜〜〜 商店街 アカシア防具店 〜〜〜〜〜





AM 910





ガラガラッ



「・・・おーい、邪魔するぞー。 とある服の素材を探してるんだけどー・・・」



・・・と、防具店の中へとゴルトが足を踏み入れた、その瞬間。




「ヒハーーーーッ!!  

白衣を着たたまねぎセンセ、来ましたでこれぇ!

そうそう白衣言うたらな、俺、だいぶ昔の話やけども、

大統領が奥さん連れて街歩いとったの見かけたから、

「大統領、ハクイスケ連れてまんなぁw 

今夜はハクイで実験でっかww」言うて、

ミスリル銃士隊に逮捕されかけたことあったわ!

必死で頭下げて、お願いですからビンタ一発で許して下さい言うて、

歯ぁ食いしばりまっさかい! ハクイだけに!言うたら、

大統領、笑いはって許してくれたわww ヒハーーーッ!!」






「・・・・・・(゚口゚;)





くるり、とその場で回れ右し、防具屋を後にしようとするゴルト。



「いや、なんでや! 防具屋のおっちゃん、いま一生懸命しゃべっとるところやないかえ!

開店したと同時に客が来た思うたら、その客がくるりと回転て、どういうことや!」

「い、いや、おいらが探してるもの、ここには絶対置いてないだろうな、と思って;」

「そんなもん、わかれへんやないけ! 置いとるかもしれんがな!

こうみえてもうちはなぁ、世界各国のコーヒー豆を取り揃えとんねんぞ!

・・・って、うち防具屋ちゃうんかい! ヒーァ! ヒャーーー!」 

「・・・・・・;」

「いや、せやから、ちょっと待ちぃなたまねぎセンセ!

お願いやから、無言で出て行こうとせんといてぇ!

せっかくうちに寄ってくれたんやから、息子が在学中に世話になった分、

誠心誠意でサービスさせてもらいまんがな!」

「い、いや、おいら初めてこの店に来たし、

おっちゃんのことも、その息子のことも、まったく知らないんだが;」


・・・ぼくは・・・知ってる;


ベルトに挿し込んであるバケツの取っ手からの声に、露骨に顔をしかめるゴルト。

「・・・はあ・・・要するに、また初代≠チてやつと勘違いされてんのかよ;」

「ヒハーwww 今日は白衣着てたり、普通に喋ったりと、

なんやいつもと感じがちゃいまんなぁ、たまねぎのセンセw

髪の毛もなんや、金色になっとるし、金色のたまねぎ頭、略してキンた・・・

アホけぇ! これ以上言うたら、商店街の組合から干されてまうわ!」

マシンガンのごとく喋り続ける出っ歯の店主に対し、

とりあえずゴルトは、ダメ元で聞いてみることにした。

「・・・なあ、出っ歯のおっちゃん。 おいら、ちょっと探してるものがあるんだけど・・・」

「はあぁ? いやいや、たまねぎセンセ、そらあんたいくらなんでも失礼でっせ!

言うに事欠いて、出っ歯てあんた・・・あ、ホンマや! だいぶ出とる!」

自分の前歯を触りつつ、驚愕の表情となる防具屋の店主。

「・・・おっちゃん、あんたいつもそんなテンションなのかよ;」

「ボク、病気でんねんw 医者に躁鬱病や言われましたわww

8歳の頃、8分だけ鬱になって、そっからずっと躁が続いてまんねんwww」

「だろうなー; こんな防具職人、初めてみたよ;

職人って、普通はもっとガンコでムスッとしてるんだけどなー;」

「ヒハーーーーッwww 前にガルカの冒険者が来て、盾を注文された時、

優勝トロフィーのタテを作ってやったら、GM呼ばれたことありますわww

何の大会か聞いてなかったから、大会名を入れ忘れてすんません!って謝ったら、

怒ってるのはそこやないわwww って笑って許してもらったけどもwww」

「よくつぶれずに営業できてるなー、この店;」

変人の店主に呆れつつ、ゴルトは本題に入る。

「・・・ところでおっちゃん、今おいらが探してるのは、

高機能魔導繊維≠チていう布材なんだよー。」

「ヒィーァww そらまたナンギなモンを探してまんなぁ、たまねぎのセンセw」

「えっ!? し、知ってるのかー!? 他の店じゃ、聞いたことも無いって言われたのに!?」

「大戦終結後、不可触知識=iアンタッチャブル)認定されとるやつでっしゃろ?

ウィンダスで開発された、なんたら強化服っちゅう防具に使われとる素材でんな。」

「なっ・・・!? おっちゃん、そんなことまで知ってるのかよ!?」

「防具職人暦35年、このアカシア=マット、この世に知らない防具はありまへん!

そもそもボク、戦時中は手の院のSHADO′セう部署で働いとりましたからなwww」

「な、なにい!? おっちゃん、未確認獣人対策班≠ノいたのかよ!?」

「言うても、ボクがいたのは素材開発部門でしたけどなww 

兵器やら、強化服自体の開発には、まったくタッチしとりまへんでw」

「・・・なるほど・・・それでだるまのやつ、街の防具屋でも見てみろって言ったのか;

このおっちゃんの店なら、あるいは奇跡が起きるかもしれない、と・・・」


だるまを動かしている某博士は、恐らくこの出っ歯の店主、アカシア=マットと

大戦時代から交流があったのだろうな、と推論するゴルト。


「よ、よし、おっちゃんが高機能魔導繊維のことを知ってるなら、話は早い!

おいら、すぐにでもそれを手に入れたいんだけど、置いてあるかー!?

金なら大丈夫、言い値で払ってやるぞー!」

「いやいや、そらちょっとキツいがな、たまねぎのセンセ。

あんたも知っとるやろうけど、その魔導繊維っちゅうやつはなぁ、

戦後に学術連盟から真っ先にアンタッチャブル認定されただけあって、

今となっちゃ、そらぁもうレア中のレア素材なんでっせ? 

いくらなんでも、こんな街の防具屋さんに、そんなレアもんが置いとるワケ・・・」


言いつつ、近くの戸棚をガラガラッ、と開け放つアカシア。



「・・・あったわ! 戸棚の中にあったわ!」


「あったんかい!?」



思わず身を乗り出すゴルト。


「ヒハーーーッww びっくりしてもうたわ! 戸棚の中に普通に置いとったわw」

「マ、マジかー!? ほ、本物なのかよ!?」

「何十年も置いとるのに、どこも虫食いしとらんし、糸の一本もほつれとりまへんw

なんなら火でもつけてみまっか? ファイア4くらいまでなら無傷で耐えまっせww」

「も、もしそれが本当なら、マジで本物の高機能魔導繊維だ・・・!

それにこの手触りも、おいらの白衣の素材とそっくりだ・・・!」

「ヒァーーww ってことは、その白衣、コルモルセンセが作ったアレでっかww

なるほど、あんたたまねぎセンセやのうて、ゴルト教授やったんですなあw」

「この白衣のことや、あのロクデナシタルのことを知ってるとなると、

おっちゃんはホントにSHADOの一員だったんだなー!

諦めて帰る前に、最後にこの店に寄ってみて正解だったよー^^」

「ヒハーーww しかしたまねぎ教授、喜ぶのはまだ早いでっせw」

「な、なんだよー!? 金のことなら、糸目はつけないぞー!

だからケチケチせず、それをおいらに売ってくれよ、おっちゃん!」

「いや、お金のことやのうてw 問題は、これでんがな。」

言いつつアカシアは、高機能魔導繊維を戸棚から引っ張り出すと、

店のレジカウンターの前にばさりと広げた。

「・・・これ、残念ながら、量がこんだけしかおまへんねや。」

・・・と、アカシアが広げた高機能魔導繊維の生地は、

タオル1枚分程度の大きさしか無かった。

「むむむ・・・! こ、これで全部なのかよー!?」

「さっきも言うたとおり、レア中のレア素材でっからなぁ。

そもそもこれにしたって、ボクがSHADOを退職した時、

机やロッカーの私物整理をしてたら、たまたまこれだけが

偶然紛れ込んだだけやと思いまっさかい。」

「うーむ; タオル1枚分あるだけでも、奇跡みたいなもんかー;」

「これだけでもええなら、お売りしますで。」

「・・・まあ、これをそのまま首に巻きつけるだけでも、

だいぶ防御力が上がるだろうしな・・・とりあえず売ってもらうかー。」

「へい、毎度^^ ほな、2000ギルいただきますわ^^」

「はぁ!? お、おっちゃん、何言ってんだー!? 

こんなレア素材を、たった2000ギルだと!?」

「タオル1枚でっさかい、そんなもんでっしゃろw」

「い、いや、しかし・・・いくらなんでもそれは・・・」

「・・・バス学≠ェ狙われとるらしいっちゅうウワサ、ボクも小耳に挟んどりまっせ。」

フッ・・・と微笑を浮かべる出っ歯。

「・・・それ、あんたがなんとかしてくれるんでっしゃろ? 

・・・去年バス学を守ってくれた、TTT≠ニいうタルタルに成り代わって、

今はあんたが戦ってくれてますんやろ?」

「・・・いや・・・おいらは別に、そいつの代わりに戦ってるワケじゃ・・・」

「・・・そうでんな。 教師と呼ばれとる者が戦うのは、いつだって生徒のためでんな。

ほなボクは街の防具屋として、生徒のために頑張るセンセのために、

汗を拭くためのタオルを適正価格で販売する。 それだけの話ですわ。」

「・・・お、おっちゃん・・・」


ふざけた言動ばかり繰り返す、実に不真面目な防具屋の店主だと思っていたが・・・


アカシア=マットは本物の職人であると、

ゴルトは認識を改めた。




「・・・おっちゃん。 このタオル、買わせてもらうぜ・・・!」

ポッケから1000ギル紙幣を2枚取り出し、レジカウンターの上に置くゴルト。

「へい、毎度^^ ヒハー、朝から古い在庫の処分ができて、ラッキーですわww」

言いつつ、紙幣をレジへと放り込むアカシア。

「・・・おっちゃん。 今のおいらの生徒たちが卒業するまで、待っててくれよな。」

ゴルトはタオル1枚分の高機能魔導繊維を握り締めつつ、言った。

「・・・3年後、みんな立派な冒険者になって、この国を旅立っていく。

その時、最初の防具はこの店で買うようにって、おいらがきっちり言い渡しておく・・・!」

「ヒハーーーww それは楽しみでんな^^ 

その時は、ヒュムエルタル、ガルカミスラと、5種族全て面倒みまっせ^^」

「ああ・・・! バス学卒業生への推奨店として、この店を推させてもらうぜ!」

そう言ってゴルトは店主に背を向け、アカシア防具店を後に・・・



・・・しようとした、その時であった。






ガラガラッ




今まさにゴルトが店から出ようとしていた時に、

突然店の扉が開け放たれ、別の客が店内にやってきた。





「・・・・バカヤロー! 冗談じゃないよ、ったくもう!

おめぇたち、朝から何を熱い会話してんだよ!」





コント用のハゲヅラをかぶり、

大きな鼻メガネを装着し、

温泉宿の従業員のはっぴを纏い、

赤いピコピコハンマーを握りしめた男が、

首をくいっ、くいっ、とひねりつつ、店内に押し入ってきた。






「うおおおっ!? な、なんだ、このおっさん!?」

謎の男の乱入に、思わずその場から後ずさりし、慌てて身構えるゴルト。



「はっ!? あ、あんたは・・・!」

がたっ!とレジカウンターの中で全身を硬直させるアカシア。



「冗談じゃねえよ、やんなっちゃうよ!

タオル1枚買うのに、何をうだうだやってやがんだ、コノヤロー!」

言いつつ、ピコッ!とピコピコハンマーでゴルトの頭を叩く謎のハゲヅラ男。

「な、なにすんだよー、おっさん! 

い、いや、その前に、なんて格好してんだよー!?

あんた何者だよ、おっさん!」

「どうもこんにちわ、私がジュノ大公、カムラナートです。」

「う、うそつけ! そんなわけあるかー!

おい出っ歯のおっちゃん、このおっさん何だよ!?」



「あ、あんたは・・・ビ・・・BEAT≠ウんやないか・・・!」

がたんっ!と、大げさにレジカウンターの中でたじろぐアカシア。

「ビ、ビート・・・さん?; すごい格好してるけど、一体何者なんだよー!?

近くの宿屋の従業員か何かかー?」

「いや、この近所に住んどる、ただのペンキ屋のおっさんやねんww」

「なんだよそれ><」



「いやー、まいっちゃうね。 アカシア、お前、

一体いつになったらこの防具屋たたんで、

オイラと一緒に全国巡業に行ってくれるんだよ、バカヤロー!」

BEATと呼ばれたおっさんは、くいっ、くいっ、と首を何度も傾げつつ、

なぜかピコピコハンマーでゴルトの頭を叩く。

「な、なんでおいらを叩くんだよー!

てかおっさん、全国巡業って、あんたその歳で冒険者にでもなる気なのかー?」

「当たり前だバカヤロー! ドラゴン倒しに行くってんだ!」

「うそ言えww あんた、今の自分の格好、鏡で見てみwww」

ゴルトの代わりに素早く突っ込みつつ、レジカウンターを乗り越え、

足早にハゲヅラのおっさんに歩み寄るアカシア。

「BEATさん、あんた何しに来たんやww おれ今仕事中やねんぞww」

「だからさぁ、こんな店たたんでさぁ、オイラと一緒に営業まわろうよ。

行く先々でオネーチャンといいコトできるし、サイコーじゃねえか、うっへっへ」

「あんたまだそんなこと言うとんのかw あんた、もう孫がおる歳やねんでw」

「孫が最近さぁ、「おじいちゃん、バカな格好で表を歩かないで」なんて言うんだよ。

バカヤロー、おめぇ誰の金で育ててもらってると思ってんだ、コノヤロー!ってんだ。」

「そら孫の方が正しいわw あんたその格好でここまで歩いてきたんかww」

「おれ1人で歩いてたら逮捕されちまうから、こうしてお前を誘ってるんじゃねえか!

いい加減にさぁ、LSHYOUKIN-ZOKU≠フ頃を思い出してくれよぉ、アカシアよぉ。」

「いや、せやから、俺いまこうして防具屋やっとるんやからww

あんたも孫に悲しい思いをさせへんよう、もっとちゃんとしなはれやw」

「おい、おれのどこがちゃんとしてないってんだ、バカヤロー!」

「全部やw 上から下まで、全部やw」



「・・・な、なんか・・・」

おっさん2人のワケのわからないやり取りを眺めつつ、

ごくり・・・と固唾を呑むゴルト。


「・・・なんか知らんけど・・・

・・・おいらは今、滅多に見られない、

とてもすごいモノを見てるような気がする;」





アカシア=マット・・・

THE BEAT=E・・


別の世界≠ナは、星の数ほど存在している大勢の芸人たち、

そのピラミッドの頂点に、長きに渡り君臨し続けている伝説の2人である。



もっともこの世界では、

ただの街の防具屋のおっさんと、

その近所のペンキ屋のおっさんである。





「うるせぇよコノヤロー! いいからはやく店を閉めろってんだ!

こちとら、いつでも表でマグロの解体ショーをやれる準備が出来てんだ! 

バカヤロー、なんでそんなことやんねえといけねえんだよ!」

「いや、あんた、今日は朝からテンション全開でんなw」

「アカシア! 人にこんな格好させといて、何をのんきに笑ってやがんだ、えぇ!?」

「あんたが勝手に着てきたんやw ヒァーーww」

「冗談じゃねえよ! この店じゃ客に水も出さねぇわ、注文も聞きにこねぇわ、

その前にイスもテーブルも置いてねえじゃねえかバカヤロー!」

「防具屋やwww おっさん、ここ防具屋やwww」




「・・・あ、明らかに、もうストーリーとは一切関係ないやりとりだと思われるのに、

なぜおいらはそれをじっと眺めてて、ここから帰ろうとしないんだろう?;」

おかしな防具屋の店主と、おかしな近所のおっさんから、

すでに目が離せなくなっているゴルト。

「・・・目的の高機能魔導繊維≠焉Aこうして一応手に入ったから、

もうここには何の用も無いはずなんだけど・・・;」



「おい、ちょっと待ちやがれコノヤロー!」

と、不意にBEATはゴルトの頭をピコピコハンマーでピコッ!と叩く。

「い、いちいち頭を叩くなよー! なんだよおっさん!」

「そんな布の切れっ端なんかをありがたがってないで、これを見ろバカヤロー!」

言いつつBEATは、ピコピコハンマーの柄の部分についているいくつかのボタンを、

かちゃかちゃと操作する。


すると・・・!



めきめきめきっ・・・!

バリバリバリッ・・・!





赤と金に彩られた、

ド派手なカラーリングのオートマトンが、

店の入り口の木製の扉を破壊しつつ、

店内に突っ込んできた。




「おっさんww なにしてくれてんねんなwwww ヒハァァーーーwww」


自分の店が破壊されているというのに、

爆笑しながらその場にうずくまるアカシア。


「お、おっさん、あんたからくり士だったのかよ;

そのピコピコハンマーがストリンガー(操縦桿)かよ;」

赤と金のすごいカラーリングのオートマトンを見て愕然とするゴルト。

「マトンの姿が見えねえところから強引に操縦したもんだから、

細かい動きが指示できなかったじゃねえかコノヤロー!」

「ほな無理にここから動かさんと、表に出てマトンを確認しながら動かせやwww

店のドアが壊れてしもたがなwww なにしてくれてんねんww」

「知らねえよバカヤロー! そんなのはいいから、あれを見ろってんだ!

おいカンダン! ちゃんと持ってきたんだろうな!」

「はい、持ってきました、殿。」

カンダンという名前らしいBEATのオートマトンは、

両手で大きなダンボール箱を抱えていた。

「実はオイラ、この箱の中身を売るために、朝からこの店に来たんだよ。」

「それやったら普通に箱持って来いやww なんで店のドア壊すねんwww」

「おい、そこの白衣のタル! おめぇこの箱開けてみろ、コノヤロー!」

「いや、なんでおいらが開けないといけないんだよ;」

「いいから開けろコノヤロー! コマネチ! コマネチ!」

ガニ股状態で、左右の手刀で股関節を下から上に切り上げるという、

実に不思議な動作を繰り返すBEATのおっさん。

「まったく、おかしなのに絡まれちまったなあ; いったいなんだってんだ;」

ぶつぶつ言いつつ、ゴルトは赤と金のカラーのオートマトンが抱えている、

大きなダンボール箱を開けてみた。




そのダンボール箱の中身は、

奇跡≠ナ溢れかえっていた。





「んなっ・・・!?」

ゴルトの声が、思わず裏返る。




箱の中には、高機能魔導繊維≠ェ、

反物の状態で、何十本も詰め込まれていた。






「ヒハーーーwww  ヒハーーーwww

ワケわからんわww このおっさん、ほんまワケわからんわwww」

腹を抱え、涙まで浮かべて爆笑するアカシア。

「不可触物≠竄チちゅうとるのに、なんでこんなぎょうさん持ってんねんww

おっさん、あんたそのうちGMに捕まってまうどww」

「あ、ありえない・・・!アンタッチャブル認定素材が、こんなに大量に・・・!」

ゴルトの全身が、がくがくと小刻みに震え続ける。

「おっさん・・・あんた一体、何者なんだ!?」

「どうもこんにちわ、私の名前はヴァナ田ディールです。」

「う、うそつけ! あんた、ビートって名前なんだろ!?」

「うるせぇなコノヤロー! そんなことより、この箱はどうなんだよ、えぇ!?」

「い、いや、これがマジで全部本物なら、すごすぎるだろー!」

「うっへっへっへ、手に入れるの苦労したんだぞバカヤロー!

ちょっと待ってろ、すぐ空気入れて膨らましてやるからな!」

「・・・え? ふ、ふくらます・・・?;」


そう言ってBEATなる名のペンキ屋のおっさんは、

ダンボール箱の中に手を突っ込み、ごそごそと反物を引っ掻き回し、

箱の中から肌色のペラペラの浮き輪のようなものを取り出すと、

ポンプ式の空気入れを、キュポキュポと何度も踏み続け・・・





なんともオゾましい物体を、その場に出現させた。




        














「バ、バカ野郎!」



思わずピコピコハンマーを取り上げ、BEATの頭をピコッ!と叩くゴルト。



「コノヤロー! 何しやがる!」

「こ、こっちのセリフだー! いきなり何てモノを出しやがる!」

「だから、この店にこれを売りに来たって言ってんだろ、コノヤロー!」

「こ、これを売りに来たのかよ!? こっちの反物じゃないのかよ!?」

「これはこの空気人形ちゃんが痛まないように、

オガクズの代わりに箱に詰めてるだけだよ、バカヤロー!」

「ヒハーーwww ヒハーーwww」

「いや、出っ歯のおっちゃん! 笑ってないで、このおっさんに言ってやってくれよ!

この反物がどれだけ価値があるものか、このおっさんわかってないみたいだ!

おいハゲヅラのおっさん! この反物、おいらに売ってくれよー!」

「いやだよバカヤロー! 冗談じゃねえよ、やんなっちゃうよ!」

「か、金なら出すから! あるだけ全部、箱ごと売ってくれよ!

1億か!? 2億か!? 10億くらいまでなら、今日中に払えるぞ!」

「うるせぇよバカヤロー! いくら金積まれても、これは売れねぇんだ!」

言いつつBEATは、ダンボール箱を両手で持ち上げると、

防具屋のレジカウンターの上にどんっ!と置いた。


「・・・この反物は、店の扉を壊したお詫びとして、

アカシアに全部あげるんだよバカヤロー!」




「っ・・・!?」

「この反物を売って欲しいなら、アカシアと話せよコノヤロー!

空気人形ちゃんを買ってくれないなら、オイラはもう帰るってんだよ!

ったく、冗談じゃないよ、なんだコノヤロー!」

くいっ、くいっ、と首を何度も傾げつつ、BEATはゴルトからピコピコハンマーを奪い返し、

アカシアとゴルトに背を向けて、防具屋の外へと歩き去っていく。

「・・・おい、帰るぞカンダン! バカヤロー!」

「はい、わかりました、殿。」

赤と金のカラーリングのオートマトンが、てくてくとBEATの後に続く。


・・・そして、立ち去る間際・・・


「・・・なんだか知んないけど、学生さんたちをきっちり守ってやんなよ。 バカヤロー。」


近所に住んでるヘンなペンキ屋のおっさんは、ゴルトに対して小声でそう呟くと、

くいっ、くいっ、と何度も首を傾げながら、アカシア防具店を後にした。




「・・・先輩なんや。」

BEATが去った後、アカシアは静かに口を開く。

「・・・あの人も未確認獣人対策班≠ナ、ボクと一緒に働いとったんや^^」

「・・・そ、そうだったのか・・・それで高機能魔導繊維≠、こんなに大量に;」

「あの人も、バス学と京一門の話をどっかで耳にしたんやろな^^

んで、今日たまたまたまねぎセンセがうちに入っていくのを見かけて、

高機能魔導繊維≠探しに来たに違いないとピンと来て、

慌ててマトンに命令して、反物を家まで取りに行かせたんやで、多分^^」

「そ、それならそうと、最初から言えばいいのに;」

「素直にそうせんのが、あのおっさんのカッコええところやないかい^^

それにな、あの人は別に善意とか、学生を守りたいとか、

そんな気持ちでこの反物をここに置いていったんとちゃうで。」

「え? じゃ、じゃあなんで・・・?」


「何が何でも、俺より目立ちたかっただけや^^ 

あのおっさんはいつもそうやで^^」


「・・・バ、バカな; おいら、10億出して買うとまで言ったのに、

それにまったく聞く耳持たず、ただ目立ちたいがためだけに、

この反物をタダで全部置いていったってのか・・・?;」

「普通の人には絶対理解できん感覚でっしゃろなww 

せやけど、俺とあのおっさんの関係は、そういうもんやねんw」

アカシアは箱の中の反物を手に取りつつ、にっこり微笑む。

「・・・ひんがしの国では、ああいうおっさんを粋=iいき)って言いますねん^^」

「・・・理解できねーよ><; だけど・・・」

ゴルトはレジカウンターの上のダンボール箱を見つめ、ぐっ!と拳を握り締めた。

「・・・理解できねーけど・・・世の中は広い・・・! 

すげぇ人間が、どこにいるかわからねーもんだぜ・・・!」

「・・・あの人が粋≠竄ニいうことだけわかってもらえたなら、それで充分や^^

さ、遠慮せんと、どうぞこのダンボールを持って帰りなはれ^^」

「・・・出っ歯のおっちゃんと、そしてあの粋なおっさん・・・!

2人の心意気、決して無駄にはしないぜ・・・!」




アカシア=マット・・・

THE BEAT=E・・


別の世界≠ナは、星の数ほど存在している大勢の芸人たち、

そのピラミッドの頂点に、長きに渡り君臨し続けている伝説の2人である。














「・・・おうアカシア。 お前んとこの息子のパスターが芸人として売れたら、

オイラを付き人として使ってね、って言っといてくれよコノヤロー!」


「まだおったんかwww はよ帰りなはれwww」


ひょこっ、と入り口から顔だけを出したBEATに、

その辺にあったボールペンを投げつけるアカシアであった。













〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜










〜〜〜〜〜 ジュノ居住区 松本寺=@〜〜〜〜〜




AM  938






ばっしゃーん!



「・・・ううう・・・・」



バケツにたっぷりと汲まれた水を顔に浴びせられ、

松本寺≠フ本堂の床の上に大の字に倒れていたミケラン=ジャコミーナは、

うっすらと目を開け、徐々に意識を取り戻す。


「・・・わっはっは! 実戦であれば、これで34回目の死亡だぞい、ミケラン嬢!」

ぱぁん!と、大きな腹を大きな手の平で叩きつつ、にんまりと笑う巨漢。

「・・・ちいっ・・・! またやられちまったのか・・・!」

ギリッ!と歯を食いしばり、木刀を杖代わりに、よろよろと立ち上がるミケ先生。

先ほどのバケツの水と、全身から吹き出した汗によって、

すでにいつもの赤ジャージは、ぐっしょりと濡れて重くなっている。

「なっとらんのう! このワシから一本取るまで、果たして何十年かかるかのう?」

「はぁはぁ・・・くそっ! もう一回だ、和尚!」


ひんがしの国の国技スモウ≠ノおいて、かつて最強であった和尚、快漢丸。

齢六十を経て、なおも凄まじい戦闘力の持ち主であった。


「ふむ。 まあ、ワシゃ何度でも付き合ってやるつもりじゃがのう・・・

しかし嬢よ、このままでは何度やっても結果は同じじゃぞ?」

「次は・・・次こそは! 攻め手を変えて、別のパターンを試してみる・・・!」

「・・・己で気づくのがベストと思って、あえて言わなんだがな・・・

しかし今回は、光、闇曜日の二日限りの特訓じゃから、言うてやるかの。」

言いつつ和尚は、どかっ、とその場に腰を下ろし、胡坐を組んだ。

「・・・嬢よ。 お前の剣術は、全てにおいて教科書通り≠ネんじゃ。」

「・・・きょ、教科書・・・?」

「うむ。 あの戦法が通じなければ、この戦法。 それもダメなら、次はあの戦法。

・・・とまあ、全てが万事、教科書にでも載っておるような、堅実な攻め方なんじゃ。」

「・・・そ、それの何が悪いんだ!? アタシはその場の状況に応じ、

もっとも的確で、もっとも有効な攻めを選んでるつもりだ!」

「・・・そうじゃな。 冒険者養成学園の前衛基礎体育≠フ教師としては、

それが正解なんじゃろうて。」

和尚はタオルで汗を拭いつつ、床に置いてあったペットボトルを2本手に取り、

1本をミケ先生に手渡す。

「・・・じゃが、それはあくまでも、学園の生徒たちに

戦闘の基本を教えるという意味においてのみの正解。

堅実≠ヘ、言い換えれば無難≠カゃ。

基本≠ヘどこまでいっても基本≠ノすぎん、とも言える。

基本的な攻撃を、いかに相手に当て、いかに自分は避けるか、それが実戦。

嬢はその実戦という場における経験に乏しすぎるんじゃ。」

「じ、実戦経験・・・?」

「うむ。 嬢の教科書剣術では、モンスター相手には通用するじゃろうが、

実戦経験を積んだワシのような人間が相手じゃと、面白いように先が読める。」

「・・・・・・!?」

「いや、これは嬢に限ったことだけでは無いかもしれんがな。

他のバス学の教師たちにおいても、みな同様のことが言えるかもしれぬ。

当然といえば当然か。 まさか生徒相手に真剣で斬り合うワケにもいくまいしの。」

「くっ・・・た、確かに、学園内じゃ本物の武器の使用は一切禁止で、

保護ゴム付きの模造品での訓練のみが許されてる・・・!

実戦経験と呼ぶにはほど遠い、ただの模擬戦闘ってことか・・・!」

「・・・じゃが、あの男は違った。」

ゆっくりと腕を組み、目を伏せる快漢和尚。

「・・・アイマ=リョーマ。 昨年度の修学旅行において、この寺にやってきたあの男は、

このワシと立ち会った際、なんと素手でこのワシを打ち負かしおったんじゃ。」

(※TTT第8話)

「・・・あ、ああ・・・去年の生徒たちから、アタシもその話はざっと聞いたぜ;」

「ならば知っておるじゃろう。 あやつは床に落ちていたクレヨンをこっそりと拾い、

ワシに悟られぬように手の中で粉状に砕き、それを目潰しとして使用し、

ワシの動きを止め、次の一瞬で渾身の一撃をワシに叩き込んできた。」

そう言って和尚は、本堂の巨大な釈迦如来をゆっくりと見上げる。

「・・・今にして思えば、戦闘前にこの釈迦如来像の首を蹴り壊したのも、

このワシから冷静さを奪うための策略の一種だったように感じられる。

言わば、ワシは戦闘前からすでにあのタルに負けておったのじゃ。」

「た、戦う前から負けていた・・・?;」

「うむ。 冷静さを失っていたからこそ、ワシは後のクレヨンの目潰しにも気づかなかった。

・・・わかるか、嬢? これこそが実戦≠ノおける機微というもの。

教科書には載っておらぬ、その場の状況を最大限に利用した戦法じゃ。」

「・・・つまり、基本≠ノ対する応用≠チていうやつだな・・・」

「その通り。 あのアイマ=リョーマという男は、まだ若いタルなのに、

まるで歴戦の軍人のごとく実戦≠フ経験を積んでおるようじゃった。

その実戦経験から生み出される、咄嗟の判断力こそが、何よりも恐ろしい。」

「・・・くっ・・・! アタシもたまねぎ先生とは一度戦ったことがあるが、

あの時も常識じゃ考えられねえような戦法で、あっさりアタシを打ち倒した・・・!」

(※TTT 第5話)

両手槍、片手斧、片手剣、両手斧と、4つもの武器を同時に使用する、

独特すぎるアイマの戦法を思い出し、両目を細めるミケ先生。

「・・・だけど、そんなこと言われても、アタシには時間がねぇんだ・・・!

そりゃ3年、4年と冒険者として活動すりゃ、そんな経験を積むこともできるだろうけど、

京一門は休み明けにでもすぐに学園に戦争をふっかけてくるかもしれねえんだ・・・!」

ミケ先生は、ぐっ・・・!と力いっぱい木刀を握り締める。

「・・・アタシには、剣術しかねぇ・・・! 長年訓練してきた、これしかねぇんだ・・・!

今ある手持ちの材料で、何とかするしかねぇんだ・・・!」

「・・・その通り。 今さら己の基本技術を変えるなど、愚の骨頂じゃ。

ならば答えはひとつ。 その剣術、極限まで磨き上げるしかなかろう。」

ゆっくりと息を吐き出し、ゆっくりと両目を開く和尚。

「出せば絶対に相手に当たり、当たれば絶対に相手を倒せるような、必殺の技。

休み明けまでの短期間で、それを身に付けるしかなかろうのう。」

「ひ、必殺技だぁ!? おいおい和尚、マンガじゃねえんだぞ!?

そんなもん、そうそう都合よく身に付くようなもんじゃねえだろ!」

「長年訓練してきた剣術なんじゃろ? 嬢のその下地を信じるしかなかろう。

教師としての、生徒に伝授するための剣術ではなく、

迫り来る敵を打ち倒すための剣術を、今こそその手に掴むんじゃ・・・!」

「だ、だけど、和尚の格闘スタイルはあくまでもスモウ≠セろ?

あんたは剣術なんて知らないんじゃねえのか!?」

「うむ。 残念ながら、ワシは嬢に剣術なんぞ教えてやれはせん。

よって、嬢に剣術の手ほどきをしてもらうため、

昨夜の内に昔の知り合いにリンクパールで連絡し、

今日この寺まで来てもらうように頼み込んでおいた。」

「えっ・・・? け、剣術の手ほどき・・・?」

「・・・今日の朝9時にはジュノ港に着くだろうと言っておったから、

そろそろやってくる頃じゃと思うが・・・」

そう言って和尚は、松本寺≠フ入り口である門の方へと視線を向けた。






・・・・・・噂をすれば影、であった。






ざっ・・・ざっ・・・ざっ・・・







居住区の路地から松本寺の門へと至る、長い長い石段を、

ゆっくりと上がってくる一人の男の姿があった。





ざっ・・・ざっ・・・ざっ・・・





上半身に剣道着。

下半身に袴(はかま)。

袴の腰紐に差し込んだ木刀。

足元にはわらじ。



歳の頃は、40代後半といったところか。

胴着の隙間から、隆々とした浅黒い筋肉を覗かせている。

腕の長い全身のシルエットや、尖った耳からして、種族はエルヴァーン。

その鋭い眼光や、身に纏ったオーラのようなものが、

男がかなりの手練(てだれ)であることを物語っている。



 

・・・その男の姿を見た瞬間、ミケ先生の心の中に、

なぜか歌舞伎の開幕の時のような、

小鼓(こづつみ)を叩く音が響き渡ったような気がした。










ポポポポポポポ・・・ポン・・・




・・・てぃん てぃん てぃん てぃん・・・








「・・・あ、あの人は・・・

和尚、あんたの知り合いの、

剣の手ほどきをしてくれる人ってのは、まさか・・・!」


「・・・うむ。 嬢もあの男のことは知っておるはずじゃ。」

















ポポポポポポポ・・・ポン・・・








てん! てってってっ てん! てってってっ・・・











いよォォォ〜〜〜〜〜〜・・・・オ

















「・・・とにかく・・・時間が無いと聞いている・・・」


和尚たちの前にやってくるなり、男はぼそりと呟いた。




「・・・挨拶は省く。 構えい。」







「・・・剣鬼・・・ライチ=トドロキ・・・!」

ぐっ・・・!と、木刀を握る手に力を込めるミケ先生。

「・・・実戦剣術・・・トドロキ流を、アタシに教えてくれるのか・・・!?」

「たわけ。 儂のトドロキ流、たかが1日2日で身に付くはずもない。

まずはうぬの現在の力量を見極め、その上で最適な技を共に作り出す。

儂はそのためにここに来た。」

剣の鬼、轟 来地はそう言うと、袴の腰紐に挿していた黒塗りの木刀を

ゆっくりと引き抜いた。

「・・・在学中、儂の娘に剣術の基礎を叩き込んでくれた礼代わりだ。

うぬの必殺剣、産み出す手助けをしてやる。」

「・・・あ、ありがてぇ・・・! 前々からずっと思ってたんだ・・・!

あんたに一度、剣の手ほどきをしてもらいたいってな・・・!」 

「・・・手ほどきだと? ぬるい事をほざきおる。」

ギラリ!と、来地の双眸が鋭い光を放った。


「儂はこれから、うぬを半殺しにする。

死に物狂いで抵抗せんと、本当に死ぬぞ。

死線を知らずして、必殺剣も何もあるまい。」



「・・・死中に活あり、ってやつかい・・・」

ニヤリ、と笑うミケ先生。



「んじゃ、こっちも言っておくぜ!

あんたの娘、ライム=トドロキに、

侍道を説いたのは、このアタシだ!

そう簡単に半殺しに出来ると思うなよっ!」



「笑わしよるわ、小娘がぁ・・・!」



学園で剣神≠ニ呼ばれているミスラと、

大戦時代から剣鬼≠ニ呼ばれているエルヴァーンは、

それぞれの気迫と魂を一振りの木刀に込め、思いっきり激突した。





「・・・ほっほっほ^^ どうやら必殺剣とやらが生まれるまでの間は、

和尚に戻って休憩できそうですな^^」

にっこりと微笑み、筋肥大(パンプ・アップ)を解除し、

丸っこい体型に戻って床に腰を下ろす快漢和尚。

「・・・ですが、技が完成した後、拙僧には実験台の役が残っておりますな^^

ほっほっほ、2人の修行が終わるまでに、体力を蓄えておきませんと^^」



轟 来地の圧倒的な剣術に、早くも軽々と翻弄されながら、

徐々に徐々に来地の剣に対応しつつあるミケ先生を眺め、

和尚の胸の内に、必殺剣≠ヨの期待感がにわかに沸いてきた。






















〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜










〜〜〜〜〜 バストゥーク居住区 オオマ邸 〜〜〜〜〜




AM  938






ジュノの松本寺にて、ミケ先生が剣鬼との修行を開始した、ちょうどその頃。


ルル=パージュは、昨夜スティー=ディランから紹介された、

バストゥーク居住区のとある住所へと到着していた。



「・・・ず、ずいぶんと・・・なんていうか・・・その・・・お、趣のあるご自宅ね;」











スティー理事に紹介されて訪れた、科学特捜た・・・

否、オオマ邸の外観を眺め、早くもちょっと引き気味のルル先生。


「・・・でも、あのスティー先生のご紹介だものね・・・

私の求める答え、その道しるべが、きっとここにあるはず・・・」



才女ルル=パージュが、今現在追い求めているもの・・・

それは、大戦時代に失われたとされているジョブ、学者≠フ力である。


「・・・ここは昨年度の卒業生、シノ=オオマさんのご自宅。

シノさんと言えば、昨年度の昼休み運動場ドラゴン事件≠竅A

体育祭で特別企画として行われた3−Bブレンナー対抗戦、

通称たまねぎの乱≠ノおける、巨大なマジックポットの召喚・・・

あのコが時々発揮していた、人知を超えたあの能力は、

恐らくシノさんがいつも持ち歩いていた謎の魔導書によるもの。」

ルル先生は、昨年度の魔界のクラス≠フ くるった 日常風景を思い返しつつ、

眼前にそびえ立つ科学特捜隊の玄関へと歩み寄っていく。

いや、ちがう、科学特捜隊ではなくオオマ邸である。


「・・・学者≠ニ呼ばれる者が、必ずその手に携えていたと言われている、

特別な力を秘めている書物、戦術魔導書=iグリモア)・・・

シノさんが持っていたあの本が、もしグリモアの一種だとするならば、

あるいはこの私も、ここでそれを手にすることが出来るかもしれない・・・

スティー先生は、恐らくそうお考えになられたんだわ・・・」

いつもの白衣姿ではなく、高級そうな紫のスーツに身を包んでいるルル先生は、

オオマ邸の玄関口までやってくると、

御用の方は 一切の希望を捨て この呼び鈴をお鳴らし下さい

と書かれてある小さなプレートの上部に備え付けられてある呼び鈴を、

躊躇無くポチッ、と強く押し込んだ。



↓オオマ邸 呼び鈴


http://www.youtube.com/watch?v=ZaFXSoxLKJg




「・・・ず、随分と趣のあるチャイムね・・・; マリが好きそうなBGMだわ;」


マトモな人間の住む住居とは到底思えぬ外見、

及び呼び鈴の音にもたじろぐことなく、

ルル先生は巨大地下シェルターのごときドアの前で

ただじっと応答を待つ。



そして2分5秒に及ぶゴジラのテーマが、一通り流れ終えた後。





ぎぎぎぎぎぃぃ・・・



オオマ邸の巨大な鉄の扉が、大きな音とともにゆっくりと開かれていく。








『・・・スティー女史より話は聞いておる。 入ってまいれ。』





「・・・!?」

扉が完全に開かれたのと同時に、謎の声がルル先生の脳裏に直接響き渡ってきた。

「・・・これは・・・意思疎通能力・・・TELL会話=E・・?」

この世界ヴァナ・ディールにおける、一種のテレパシーのようなものである。

「・・・はじめまして、オオマさん。 私はバス学の保健医、ルル=パージュと申します。

スティー理事のご紹介を受け、お力をお借りしたく参上いたしました。」

ルル先生は、TELL会話ではなく、普通に声に出してその場で挨拶をし、

ぺこりと扉に向かって一礼する。

『・・・委細承知。 過日のゴルト=エイトの訪問の折、バス学の現状も把握しておる。

時間がないのであろう? 挨拶は良い、中へ入ってまいれ。』

「・・・それでは、お邪魔致します。」

『・・・昨日より、シノが手下を引き連れて冒険に出ておるでな。

ゆえに客人に大した持て成しも出来ぬが、容赦いたせ。』

「・・・いえ、とんでもございません。 どうぞお構いなく。」


てっきりシノが玄関まで出迎えにきてくれたのかと思っていたが、

どうやら彼女は外出中であるらしい。

ならば、目の前のこの大きな鉄の扉は、誰の手もかかっていないのに

いったいどのようにして開いたのであろうか?

・・・と思うルル先生であるが、あまり深くは考えないようにし、

おずおずとオオマ邸へと足を踏み入れるのであった。








〜〜〜〜〜 バストゥーク居住区 オオマ邸 内部 〜〜〜〜〜




AM  949





『・・・まずは今いる通路を、突き当たりまで進むがよい。

然る後、右に曲がって左側の3つ目の部屋へと参れ。

余は現在、その部屋にいる。』


「・・・はい。 すぐにお伺い致します。」


ドナオル=オオマのTELL会話による指示に従い、

ルル先生はオオマ邸の通路を突き進んでいく。


『・・・そう言えば、中間試験が終わった後にゴルト先生が言ってたけど・・・

あんなタイプの人間、はじめて見た><≠チてことだったわね・・・』

コツコツとヒールのかかとを打ち鳴らし、通路を進むルル先生。

『世界各地を転々とし、色んな場所でクリスタル合成の研究をしていたという、

あのゴルト先生ですら、今までに見たことが無いようなタイプの人間・・・か。

ご主人のタンバル氏の方は、これまでに何度かお見かけしたことがあるけど、

あの方のご伴侶であることを考えると、やはり少々変わったお人なのかしらね・・・』


礼節のあるルル先生だからこそ、心の中の声でも言葉を選んではいるが、

要するに

両腕がハサミのおっさんと結婚するようなヤツも、やはりマトモじゃないだろうな

ということである、


『・・・さ、貞子みたいな外見なのかしら; 

あるいは、妖鳥シレーヌみたいな外見なのかしら;』


ゴルトがあれほどにまで恐れていた、ドナオル=オオマの外見を色々と想像しつつ、

ルル先生はTELL会話で誘導された部屋の前までたどり着いた。



「図書室」


ルル先生がたどり着いた部屋のドアには、

そんな文字が書かれたプレートが貼り付けられていた。



ルル先生は、その扉をコンコン、と軽くノックする。

「・・・ルル=パージュです。 到着いたしました。」

「・・・うむ。 鍵はかけておらぬ。 入るが良い。」

扉の向こうからは、TELL会話ではなく、普通の肉声が返ってくる。

「・・・それでは、失礼致します。」

ルル先生は大きく一度深呼吸すると、静かにドアノブを握り、がちゃりと扉を開いた。




















「・・・よくぞ参った、バス学の保健医よ。 余がドナオル=オオマである。」









思わず青っ!?≠ニいう叫び声をあげそうになるが、

ルル先生は瞬時に、脳内でおよそ2万文字くらいを費やして、

必死に自己カウンセリングを施し、なんとか冷静さを保つ。

「・・・はじめましてオオマさん、おはようございます。

面識も無い私が、早朝よりの突然の来訪、誠に申し訳ございません。

どうしてもオオマさんにご助力を乞いたく、恥を忍んで参上致しました。

私の来訪を快くお受け入れ頂きましたことを、まずはお礼申し上げます。」

姿勢をただし、非常に丁寧な一礼を行うルル先生。

初めて目にする青い人に対し、驚愕したそぶりをまるで感じさせず、

極めて礼儀正しく、極めて冷静に対処するこの大人の姿こそが、

精神年齢が9歳程度しかないゴルトと違うところである。


ちなみにゴルトは、ドナオル=オオマを見た瞬間、

無言で扉を閉め、そのまま帰ろうとした。 (※T5 第8話前編 参照)



「フフ・・・そう畏(かしこ)まらずとも良い。

その方には保健医として、我が娘シノがバス学に在学中、

随分と世話になったであろうしな。 楽にせよ。」

ルル先生の大人の態度が気に入ったらしいドナオルさんは、

すっ・・・と手をかざし、ルル先生に目の前の立派なソファを勧める。

「・・・ではお言葉に甘えて、掛けさせて頂きます。」

ルル先生がソファに腰掛けたのを見て、

ドナオルさんもその対面のソファへと腰を下ろす。

「・・・改めて名乗ろう。 余は象徴印収集者タンバル=オオマの妻にして、

救世主(メシア)の雛形シノ=オオマの母親、ドナオル=オオマである。

見ての通り、神々の代行者たる世界観測者をやっておる。」

「・・・お、お噂はかねがね聞き及んでおります。」

色々とイミフな単語が一気に3つくらい出てきたような気がするが、

説明してもらうとそれだけで4時間くらいかかりそうなので、

あえてスルーしつつ、ルル先生はソファに腰掛けたまま冷静に会釈する。

「そ、それでは、さっそくお話をさせて頂きたいのですが・・・」

「その方の用件は、旧友スティーよりすでに聞いておる。

京一門に対抗するための、新たな力が欲しいということであったな。」

「・・・はい。 私の持つ力を、ひとつ上の領域へとお導き頂きたく思います。」

「撃って見せよ。」

不意にドナオルさんは、右の手の平を、すっ・・・とルル先生の方へとかざした。

「・・・は?」

「属性はなんでも良い。 得意な精霊魔法を、余に向けて放ってみせよ。」

「・・・まずは・・・私の魔力を・・・お確かめになりたい、と?」

「ひらたく言えばそういうことだ。」

「・・・では、失礼して。」

呼吸を整え、ゆっくりとソファから立ち上がるルル先生。

そして目を閉じ、精神集中して自身の体内に魔力を蓄積し始める。


ゴゴゴゴゴゴ・・・・!


『・・・あのスティー先生が紹介して下さった人だもの・・・

・・・全力でいっても、恐らく大丈夫なはず・・・!』

「ほう・・・ヒュームにしては、なかなか良く練られておる・・・

INTがタルタル族の基準値に達しておるようだ・・・」

「・・・僭越ながら、私は学園において・・・」

魔法の詠唱を終え、ルル先生は魔法を発射する態勢をとった。


「・・・雷神≠ネどと呼ばれております・・・!」


左右の腕を大きく水平に広げ、ルル先生は胸の中心部から蒼い閃光を放出した。



ズギュウウウゥゥゥーーーン!




雷神≠フ異名が指し示す通り、ルル先生が放った魔法は

雷属性の精霊魔法サンダー4≠ナあった。




バヂバヂバヂイッ!!






ドナオルさんの手の平は、まるでピンポン球のごとく、

いとも容易くルル先生の放ったサンダー4を受け止めた。




「・・・!?」

その気になれば、校舎のコンクリの壁に

ガルカ一人がゆっくりと通れるほどの

大きな穴を開けることも可能なルル先生のサンダーを、

当たり前のように手の平で受け止めたドナオルさんに、

さすがのルル先生も、思わず驚嘆の表情を浮かべた。


「・・・フフフ・・・良い魔力ぞ。 その方、本当に保健医なのか?

その歳で、ヒューム族の身でこれほどの魔力を持っているのであれば、

黒魔法の教員にでもなった方が、生徒にとって好ましいかもしれんぞ。」


・・・などと、微笑を浮かべつつ・・・


ドナオルさんは、ルル先生のサンダーを

ぎゅっ!と握りつぶしてしまった。




「・・・・・・;」

驚きのあまり、声も出せないルル先生。

ルール的に、おかしい。

ヴァナ・ディールという世界のルールにおいて、魔法というものは、

魔法力(MP)を消費する代わりに、放てば絶対に相手に命中し、

特に精霊魔法については、たとえ相手が耐魔抵抗(レジスト)したとしても、

いくらかのダメージは絶対に通るよう保障されているのである。

魔法を無傷でやりすごすためには、

幻影魔法ブリンクや空蝉の術によって生み出した己の分身に魔法を受けさせ、

分身を一体消費して魔法を相殺するか、

魔法が発動する前に詠唱者から距離を取って、射程外に避難するしかない。



放たれた魔法を、涼しい顔で受け止めて、

手の平で握りつぶせるワケがないのだ。



「・・・ま・・・魔法攻撃・・・無効バリア・・・?」

ルル先生は、1−Bの委員長決めの時にサララちゃんが使っていた、

あのピンク色の守護障壁のことを思い出す。

「・・・ちがう。」

ぱんぱん、と手の平を払いながら、ドナオルさんは平然と言った。


「その方が放った精霊魔法を、余のMPとして吸収しただけぞ。」




ただのルール無視であった。





例えて言うなら、これからサッカーをしようと言ってるのに、

自軍のゴールの前に巨大なブルドーザーを置いているようなものだ。

そんなことされたら誰がゴールを決められるんだよ、という話である。


「さて・・・黒魔法の実力は大体わかった。

では、白魔法の方はどうかな・・・?」

言いつつドナオルさんは、ゆっくりと両手を広げていく。

「・・・っ!?」

何をしてくるかわからない青い人の動きを警戒し、油断無く身構えるルル先生。

「・・・気をつけろ。 自己ケアル、リジェネ、それにシェルやファランクス・・・

あらゆる白魔法を駆使せんと、人の身では余の魔力は受けられぬぞ・・・」



バチバチッ! バチッ!









「くっ・・・!」

いかにもこれからビームを放ちますよ≠ニいう体勢のドナオルさんを見て、

大慌てで対魔法障壁シェルや各種バ系魔法を唱え、魔法防御を上げるルル先生。




「・・・さあ・・・では、いくぞ・・・!」


くわっ!と両目を見開き、何やら口から牙のようなものまで覗かせつつ、

ドナオルさんは先ほどのルル先生のサンダーの26倍くらい強烈な閃光を放った。












「ジェノサイダー・ビィィィーーーム!」



直訳すると、皆殺しの光線=E・・



この光線によって、過去にどこかの誰かさんたちを

皆殺しにしたことがある、ということである。









ドドドドドドドドドドーーーーッ!!






あっという間に、巨大な青い光線に撃ち貫かれるルル先生。







「ぐうっ・・・・ぐううううっ・・・!!」

ギリッ!と歯を食いしばり、ケアルの詠唱を開始するルル先生。

『・・・こ、これは・・・ケアル2や3程度じゃ、まったく無意味・・・! 

4や5の、強いケアルじゃないと・・・全身が、蒸発するっ・・・!』

「フハハハハハハーーーッ! アーーーーッハッハッハッハ!!」

光線を放ちながら、高らかに笑うドナオルさん。





「さあ、抗え・・・! 抵抗するが良い・・・! 

久方ぶりのジェノサイダー・ビームの狂宴、

見事その身で受け止めてみせよ!

アーーーーーーッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」














この母親にして、あの娘あり、の典型である。


もはやこの人の方が、京一門よりはるかにヤバいような気がする。

誰がどう見ても、あの表情はアカンやつである。





そんな人が放った青い破壊光線に打ち貫かれながら、

必死にケアルやリジェネを自身に唱え続けるルル先生。

『・・・気が・・・遠くなるっ・・・!』

少しでも気を抜けば、全身の細胞を一気に燃やし尽くされそうな感覚にさらされながら、

ギリッ!と歯を食いしばり、ルル先生は意識を強く持つ。

『・・・こんなところで足踏みしていたら、また置いていかれるわよ・・・ルル・・・!』

青い光線に抗いながら、ルル先生は自分自身に、強く強く訴えかける。


・・・学生時代、いつもいつもトロくさく毎日を過ごし、

にこにこと笑いながら自分の後をついてきていた、あのコに・・・


ある日突然、その身に眠らせていた才能を爆発的に開花させ、

物凄いスピードで成長していった、親友のあのコに・・・



ルル先生の心の中に、紺色のスーツを纏ったエルヴァーンの女性の姿が浮かび上がる。



『・・・いつまでそんなところにいるのよルル。 はやくこないと置いていくわよ?』



カッ!と両目を見開き、ルル先生は白魔法ケアルの治癒能力を爆発的に高めた。




こんなところで足踏みしていたら・・・

マリに置いていかれるっ・・・!



「はあああああああああっ・・・・!!」





ばあぁぁぁぁぁぁんっ・・・!





ルル先生の治癒魔法ケアルの輝きが、

青い光線の破壊力を上回った。





「・・・道理よの・・・」

フッ、と微笑を浮かべるドナオルさん。

「・・・かのスティー=ディランが余のもとへ寄越した者。

このくらいで潰れるはずもない、か。」

ドナオルさんはゆっくりと両腕を下げ、青い光線の照射を停止させた。

「はあ・・・はあ・・・はあ・・・!」

青い光線をなんとかやり過ごし、がくりとその場にうずくまるルル先生。

そんなルル先生を見つめ、静かに口を開くドナオルさん。

「・・・黒魔法と白魔法、相反する魔術を、共に極めて高いレベルで習得しておるな。

・・・スティーが余を紹介したのも頷ける。 逸材よの。」

「はあはあはあ・・・テ、テストには・・・合格できましたでしょうか・・・?」

「入学テスト≠ノはな。」

ニイッ、と口元を緩める青い人。

「余はその方に、最低限の素質があるかどうかをチェックしたのみ。 

その方が真に試されるのは、これからよ。」

「・・・いかなる試練も突破してみせます。」

立ち上がり、姿勢をただし、きっぱりと言い放つルル先生。

「強くなるために・・・楽な道を選ぼうとは思っていません・・・!」

「・・・先も言うたが・・・」

そんなルル先生に、ドナオルさんはにっこりと微笑む。

「その方、保健医なのが惜しいな。

その方のような教師にこそ、ぜひ娘を指導して欲しかったものよ。」

「・・・私は保健医です。」

ルル先生も、にっこりと微笑んだ。

「生徒たちの健康を維持することにこそ、私は至上の悦びを感じます。

シノさんが在学中、一度も保健室を訪れなかったことこそが、

私にとっては何よりの成果なのです。」

「・・・生徒たちに感謝されることなく、記憶にも残らない・・・

それこそが保健医にとっては最高の名誉、か・・・因果なことよの。」

「・・・そう。 私は生徒たちの記憶に残らなくてもいい・・・」

すっ・・・と目を伏せ、ルル先生は呟く。

「・・・ただ、後ろに私が控えているということで・・・

あのコが・・・マリが安心して、生徒たちを導いていければ・・・それでいい。」

ルル先生は、ゆっくりと目を閉じる。


そして、先ほど心の中に現れたマリ先生の幻影を、

まぶたの裏にそっと思い返した。













『・・・うへへへへぇ^p^ ほらぁ、見て見てルル先生ぇ! 

おち○ち○だよぉ^p^ 硬質化した男性器だよぉ^q^

本気出せば、これで150k/mの速球も打ち返せるんだよー^q^』







間違えてタキシードの変質者を思い出した。





「くっ・・・! 何の用事も無いくせに、いつも急に保健室に来るから、つい・・・!」

「・・・? どうした・・・?」

「い、いえ・・・どうやら深層心理に内包されていた心的抑圧が、

自覚していた以上に、大きく膨張しつつあったようで・・・;」

ある意味において、ドナオルさんと同じくらいヤバいあの男の幻影を、慌ててかき消すルル先生。

ちなみにさすがのアル先生でも、先ほどのルル先生の想像のような、

あそこまで きが くるった 行為はしないのであるが、

ルル先生の中ではすでにいつあんな行動をしてきてもおかしくない≠ニ思われているのである。




「そ、それでオオマさん・・・私が学者≠ノなるためには・・・」

ルル先生は気を取り直し、ドナオルさんへと視線を向ける。

「うむ。 もちろんそのためには、何を置いても必須なものがある。」

「・・・魔力を持つ戦術魔導書・・・グリモア≠ニ呼ばれている書物ですね?」

「その通り。 黒と白、相反する2つの魔術を反発せぬよう上手く統合し、

戦場において、タイムラグ無く瞬時に切り替えつつ戦うための必須アイテム。」

「・・・グリモア・・・この時代において、今なお現存しているのでしょうか・・・?」

「何を言うておる。 気づいてなかったのか?」

ドナオルさんは呆れ顔で、オオマ邸の図書室≠フ四方に置かれている、

無数の書物が並べられた本棚を、大きく見渡してみせた。



「この図書室の本棚に並べられてある書物、

その一冊一冊、全てがグリモア≠ナあるぞ。」



「・・・なっ・・・!?」

愕然として目を見開き、四方の本棚を再度確認するルル先生。

「・・・こ、この部屋に置かれてある、全ての本が・・・グリモア!?」

大きな本棚に何百冊と並べられてある古い書物を見て、ルル先生の全身ががくがくと震える。

「た、大戦終結時に、その大半が失われたとされるグリモアが、

こんなにもたくさん現存しているものなの・・・!?」

「あるところにはある。 ないところにはない。」

ふわり・・・とソファに腰を下ろし、脚を組むドナオルさん。

「グリモアしかり、アンタッチャブル認定された高機能魔導繊維しかり。

その方らの学園に施されてある、守護障壁の発生装置も、またしかり。

世界中のどこを探しても存在していないように思えるアイテム類だが、

それらはいつしか、真に必要としている者の手に、自然とたどり着くものなのだ。」

「・・・今の私にとって、どうしても必要なグリモア・・・この中にあるのでしょうか?」

「それはわからぬ。 その方が喉から手が出るほどにグリモアを欲したとしても、

グリモア側がその方を所有者と認めなくては、学者≠ノはなれぬ。」

「・・・魔導書の方が・・・私をふさわしき主と認めないといけない、と・・・」

「その方が、真に試されるのはこれから・・・という言葉は、そういう意味だ。

さあ、ここにあるグリモアたちに呼びかけてみるがよい。

その方の呼びかけに応じる一冊を、この中から見つけ出すのだ。」

「グリモアに・・・呼びかける?」

「うむ。 心を解き放ち、グリモアに助力を求めるのだ。

その方に学者となる資格があらば、グリモアは必ず応えてくれようぞ。」

「・・・・・・」


ルル先生は、本棚に並べられてある膨大な魔導書に向き合うと、

静かに目を閉じ、心の中で強く念じた。


『・・・古代の戦術魔導書、グリモアよ・・・私の声に、応えよ・・・』



「否。 それではだめだ。」

目を伏せたまま、静かに口を開くドナオルさん。

「まとめて全部に・・・ではない。 一冊一冊に対し、心を込めて語りかけよ。

その方がグリモアを選ぶのではなく、グリモアがその方を選ぶのだ。」

「・・・・・・」

室内の本棚に並べられてあるグリモアは、ざっと数百冊。

「・・・フフ・・・気が滅入る・・・か?」

「・・・言ったはずです。 どんな試練でも突破してみせます、と。」

「そうであったな。」

ドナオルさんはそう言って、ソファから立ち上がる。

「・・・余がここにいると気が散るであろう。

自室に戻っておるから、ゆっくりとグリモアたちと語らうがよい。」

「・・・お心遣い、感謝致します。」

「構わぬ。 良きパートナーが見つかるよう、祈っておこう。」


ドナオルさんはそう言うと、ふわりとその場から数センチほど浮いて、

音も立てずにすーっと移動し、図書室から出て行った。



なんであの人は、当たり前のようにビームを出したり、空中浮遊したりできるんだろう?

・・・などと考えるような時間など、ルル先生には無かった。


室内の本棚に並べられている、数百冊にも及ぶグリモア。

その最初の一冊に語りかけるため、ルル先生は静かに瞳を閉じるのであった。












〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜










〜〜〜〜〜 ジュノ大公国 ル・ルデの庭 〜〜〜〜〜






AM  1017




巨大な塔を形成しているジュノの、屋上の位置に存在している、

広大な空中庭園「ル・ルデの庭」。

オーロラ宮殿や各国大使館など、国政の中枢施設が集まっているエリアである。

ル・ルデという風変わりな綴りの名は、大公自ら命名したらしい。



そのル・ルデの庭の競売所の近くで営業されている屋外カフェにて、

先ほど注文したコーヒーのカップをぼんやりと眺めつつ、

はあ・・・とため息をつく、スーツ姿のエルヴァーンの女性が1人。


「・・・朝7時発の飛空挺に乗って、はるばるジュノまでやってきたのに・・・

どうやらやっぱり無駄足だったようね・・・」

ぼそりとそんな独り言を呟くのは、モルディオン監獄に収容されている、

とある囚人の面会にやってきたマリ先生である。


彼女が面会希望する囚人の名は、カッツェ=パウロ。

かつての教え子を5人も殺害した凶悪犯として投獄されており、

現在その5件の殺人の調査、裁判中なのであるが、

ほぼ間違いなく死刑判決が下されるであろう凶悪犯である。


結論から言うと、マリ先生の面会希望は「門前払い」であった。


先ほど、モルディオン監獄の囚人への面会受付であるジュノ警備隊の窓口に、

マリ先生が面会希望の用紙を提出したところ、

何やらちょっと偉そうな感じの隊員が数名現れて、

色々と難しい法律用語を並べ立てて、マリ先生の申し出を却下したのである。


要約すると、カッツェは現在まだ死刑囚ではないものの、

そうなることは時間の問題であり、情状酌量の余地も皆無である。

しかもマリ先生はカッツェの身内ではなく、

それどころか昨年度のクロガネ事件≠ノおける被害者の立場でもあるので、

その両名を面会させるのはあかんやろ、常識的に考えて・・・と、

まあそんな感じのことであった。



「・・・言われてみれば、そりゃそうよね・・・」

テーブルの上に置かれた、まだ口をつけていないコーヒーカップを眺めつつ、

再度大きなため息をつくマリ先生。

「・・・あの人の右腕を切断し、GMに引き渡したのは・・・

・・・他でもない、この私なんだものね・・・」

厳密に言えば、カッツェの腕を斧で切断したのはアイマ=リョーマである。

しかし、そのアイマと協力してカッツェと戦ったマリ先生にとっては、

自分がカッツェの腕を切断したも同然であった。

「・・・生徒たちを守るために、あの人の右腕を奪ってしまった私が・・・

今度は生徒たちを守るために、あの人からの助言を得ようとしている・・・か。

・・・あの人の目線で考えたら、自分勝手で最低な女ね・・・マリー・・・」

ぐっ、と下唇を噛み締めて、カップの中のコーヒーの波紋を見つめるマリ先生。



・・・と、そんなマリ先生が座っている野外カフェのテーブルの、すぐ隣の席では・・・



「・・・ぱくぱくぱく^^ むしゃむしゃむしゃ^^ 

う〜〜ん、この店のカルボナーラはうまいな〜〜〜^^

おいハヤカ、もう一皿頼んでいいだろ〜〜〜^^」

「・・・フッ。 今まで一体どんな食生活を送っていたのやら。

そのカルボナーラ、別にマズいとは言わんが、ごく一般的な、どこにでもある味だろう?」

「だから、昨日からずっと言ってるだろ〜〜! 

ぼくは数年間、ずっと裏世界とか海世界とかをうろうろしてたから、

これまでろくなもんを食べてなかったんだよ〜〜〜!

主食は豆のカンヅメで、時々モンスターが落とした食べられそうな肉を、

バーベキューコンロで丸焼きして、塩コショーだけで食べてたんだよ〜〜!」

「クリスタル合成を駆使すれば、もっとバリエーションに富んだ料理を楽しめただろうに。」

「ぼくは魔法学校中退だぞ〜! 調理合成なんて、せいぜい人参汁くらいしかできないよ〜!」

「物知りの老人に代わって≠烽轤ヲばよかったじゃないか。」

「マーリンは、彫金や錬金術に関してはすごいスキルを持ってるんだけど、

調理は全然だめなんだよ〜! もちろん他の3人も、からっきしだ〜!

だからこのバーベキューコンロは、ぼくの旅には欠かせない必須アイテムなんだよ〜!」

「わかったわかった。 とりあえず、さっさと食事を済ませてくれ。

ペタタ編集長を、無事に自宅まで送り届けるためにジュノに来たんだから、

それが済んだ以上、迅速にバストゥークに移動して、クライアントに現状を報告したい。」

「もぐもぐ・・・あいつに連絡したいなら、リンクパールを使えばいいじゃないか〜。」

「いや。 あの連中ならば、パール通信をも盗聴しかねないからな。

直接会って話すのが一番確実なんだ。」

「ぱくぱく・・・だけど、例の計画書≠フ内容、まだ解読できてないんだろ〜?」

「ああ。 あれを短時間で解読するには、三博士レベルの知識が無いと無理だ。」

「あのマーリンですら、お手上げだって言ってたからな〜。

図書室にこもって、2ヶ月くらい時間かければ解読できるわい!とは言ってたけど。」

「ご老人には申し訳ないが、それほど悠長に時間をかけている余裕は無い。」

「なら、どうするんだ〜? ウィンに行って、コルモル先生にでも解読を依頼するのか〜?」

「いや。 コルモル博士には、四六時中ヤツらの見張りがついている。

俺たちがのこのこ博士を訪ねていくと、それこそ飛んで火に入るなんとやら、だ。」

「じゃあどうするんだよ〜?」

「・・・あの人のことだ。 恐らく、何らかの手を打っているはず。

我らがクライアントと、すでにリンクパール以外の方法で意思疎通しているはずだ。」

「ふ〜ん。 ま、とにかくバスに行ってみればわかるってことだな〜。

てかハヤカ、お前何をやってもヴァナで1番なんだろ〜?

だったら、お前があの計画書を解読すればいいじゃないか〜^^」

「・・・・・・」

「はは〜ん、さすがのお前でもお手上げか〜^^ お前にもできないことがあるんだな〜^^」

「・・・・・・」

「な、なんだよ〜! ものすごい目つきで睨むなよ〜!」

「・・・・・・」

「こ、こら〜! 無言で席を立つな〜! ぼく、もう一皿カルボナーラを注文したいんだよ〜!」

「・・・・・・」

「ち、ちくしょ〜、どうやら怒らせちまったみたいだ〜><

無言で会計を済ませて、どんどん1人で歩いていきやがる〜!

お〜い、待てよハヤカ〜!! ぼく、昨夜の戦いでボルテックス・ミキサーしたから、

全身筋肉痛で、まだまともに歩けないんだよ〜〜><」





マリ先生の隣の席にいた2人のタルは、そんな会話をしながら、どこかに歩いていった。



「・・・タルには悩みが無さそうで、うらやましいわ・・・」

登山帽のタルと、ウェスタンハットのタルの後姿をぼんやりと眺めつつ、

マリ先生は、もう何度目になるかわからない大きなため息をつく。

「・・・私も、いつまでもここにいたって意味ないわね。

・・・バスに戻って、せめて自己鍛錬でもしてた方がましか・・・」


・・・と、マリ先生がテーブルの上のコーヒーカップを手に取った瞬間・・・



「・・・さあルーシィや。 ここで休憩して、きなこ餅でも食べよう。」

「・・・おじいさまは、どうもワタクシのことを、まだ子どもだと思っていますわね;」

「む? きなこ餅は嫌いなのか?」

「嫌いではありませんが、大人の女性はカフェできなこ餅なんて頼みませんわ。」


先ほどタル2人が座っていた、マリ先生の隣のテーブルに、

羽織袴を纏って竜骨の高級杖をついた老人と、

初々しさを感じさせる、真新しいリクルートスーツに身を包んだ若い女性がやってきた。


「・・・あらっ・・・?」

その老人と若い娘を見て、マリ先生はきょとんとする。


「むう・・・きなこ餅を頼まないのであれば、いったい何を頼むのだルーシィ?」

「おじいさま。 こういうところでは、普通はコーヒーを頼むのですわ。

ほら、現にあちらのスーツの方だって、コーヒーをご注文になられているでは・・・」

・・・と、マリ先生の方へと視線を向けた若い娘が、目を丸くして驚嘆する。


「・・・えっ? ・・・ま、まあ!? マリ先生!?」

「や、やっぱり!  ルーシィちゃんじゃないの^^」

がたっ!とイスから立ち上がり、若い娘の方へと駆け寄るマリ先生。

「き、奇遇ですわ^^ マリ先生、ご無沙汰しております^^」

「久しぶりねえ^^ まあ、立派な格好して^^ 見違えたわよ^^」

「まさかこんなところで会えるだなんて^^ びっくりしましたわ^^」

両手でマリ先生の手を握り締め、飛び跳ねんばかりに歓喜する、

昨年度の3−Bの卒業生、白魔導士志望の生徒、ルーシィ=アストレイ。


「はっはっは。 これはこれは、珍しい場所で会いますのう、先生。」

竜骨の杖をついた、威厳の塊のごとき老人が、マリ先生に笑顔を向ける。

「こんにちわ、ご無沙汰しております、コンスタンティンさん。

お元気そうで、なによりです^^」

ぺこり、と深々と頭を下げ、ルーシィの祖父、アストレイ財閥の創始者、

コンスタンティン=アストレイに丁寧な挨拶をするマリ先生。

「これも何かの縁ですな。 どうですかな? 

時間があるようじゃったら、同席しませんかな、先生?」

「ええ、そちらがご迷惑でなければ、喜んで^^」

「どうぞお掛けになって下さい、マリ先生^^

おじいさまも、どうぞこちらに^^」

「うむ。 いやいや、先生が孫娘を卒業まで導いてくれたおかげで、

今ではこうして、いつも孫と一緒に仕事をすることができとりますわい。」

「とんでもございません、ルーシィさんは自力で成長を成し遂げただけです^^

もちろん卒業後のこれからも、ますます成長していくことだと思います^^」

「はっはっは、それが楽しみでなりませんわい。」

「しかし、世間的には休日とされている光曜日まで、

お2人はお仕事をなされてるんですか? 大変ですわねえ。」

「いや、仕事といえば、確かに仕事の一環なんですがのう。

今日は孫と2人で、市場のリサーチとでも言いますか、

社会見学がてら、あちこち見てまわっておるだけですじゃ。」

「簡単に言えば、おじいさまと2人でお散歩してるだけですわ、マリ先生^^」

「まあ^^ それはそれで、今日は天気も良いし、楽しそうねえ^^」

「・・・本音を言えば、かつてルーシィの担任じゃった、あの時のタルタル・・・

あの無頼漢を絵にしたような男が、まだ世間のどこかに隠れていないかと、

それをずっと探し回っとるんですがのう・・・」

「・・・い、いや、あれはかなり特殊なタルでしたから、そう簡単には見つからないかと;」

実は似たような2代目≠ェ、今現在学園にいるのであるが、

それを言うとまたややこしくなりそうなので、あえて口にはしないマリ先生。


「ところでマリ先生は、本日はなぜジュノに?

修学旅行の下見にしては、まだ時期的に早すぎますし、

そもそも現在は1年生のクラスを受け持っていると聞いておりますわよ?」

と、首を傾げるルーシィ。

「あ、いや、その・・・ちょ、ちょっと用事があってね^^;」

囚人の、しかもかつて3−Bの女生徒を人質にした犯人への面会に来た、

とは言えないので、思わず口ごもってしまうマリ先生。

「・・・ふむ・・・」

竜骨の杖のにぎりに重ねた手を置き、ぎろっ、とマリ先生を見つめるコンスタンティン翁。

「・・・何やら浮かない顔ですのう。 何ぞ悩み事がおありか・・・?」

「あっ、いえ、その、大したことでは^^;」

「・・・儂はあんたと会うのは二度目じゃが、人の目の輝きは絶対に忘れん。

・・・前に会った時の、眩いばかりの目の輝きが、何やら曇ってなさるぞ。」

「うっ・・・;」

立志伝中の男、コンスタンティン=アストレイを前にしては、

マリ先生のヘタなごまかしなど、一切通用しない。

「・・・無理にとは言わんが・・・良かったら、儂に話してみんかの・・・?

ともすれば、何ぞ力になれるやもしれん。」

「い、いえ、しかし・・・コンスタンティンさんに相談するようなことでは;」

「・・・多少は、儂の耳にも入ってきとりますぞ。」

ぎろり、とさらに目を見開き、まっすぐにマリ先生を見詰めるコンスタンティン翁。

「・・・バス学の現状。 その真偽は不明じゃったが、あんたの様子を見て確信した。

儂の耳に入ってきとるウワサは、本当のことなんじゃな?」

「・・・は、はあ・・・;」

この老人は、どうやらある程度のことは知っているらしい。

すでに第一線からは退いているとはいえ、さすがに大財閥の創始者である。

「お、おじいさま?; いったいなんのお話ですの・・・?;」

状況がわかっていないルーシィは、きょとんとしている。

「・・・政治的な話も絡むでな。 今、ここでは言えん。

全てが解決したら、お前にも話してやるわいルーシィ。」

「は、はあ・・・」

どうやら自分が口を挟める空気ではなさそうだと、ルーシィは素早く悟る。

が、その口をつぐむ前に、ルーシィはきっぱりと言い放った。

「おじいさま。 ワタクシには、詳しいことはわかりませんが・・・

今、もしマリ先生が困っているのであれば、ぜひお力をお貸しあげて下さいませ。

そのために何かワタクシが出来るようであれば、なんでも命じて下さい。」

「ル、ルーシィちゃん・・・!」

「マリ先生の力になれるのであれば、ワタクシは何でもいたしますわ・・・!

いいえ、ワタクシだけではありません。

元3−Bのみなさんも、呼べばすぐに駆けつけてくれるはずです・・・!」

かつての教え子ルーシィの言葉に、思わず涙があふれそうになるマリ先生。


「・・・これルーシィや。 儂の言葉を取るでない。」

にいっ、と口元を緩めるコンスタンティン翁。

「儂にしてもな・・・お前と同じくらいに、この先生を気に入っとるんじゃ。

この先生が困っておるならば、儂は何としても力になりたいんじゃよ。」

「まあ、おじいさまったら^^ その言葉、おばあさまが聞いたら怒りますわよ^^」

「くはははは、ばあさんには内緒じゃぞ。

まあ、これまた本音を言うと、実はな先生。

儂はあんたに、何が何でも貸しをひとつ作ってやりたいんじゃよ。

なんせ去年の三者面談の際、儂はあんたに言い負かされたままじゃからな。

ここでひとつ貸しを作っておいて、チンケなプライドを満足させたいだけなんじゃ。」

言いつつ、わっはっはと笑うコンスタンティン翁。


「・・・コ、コンスタンティンさん・・・!」

がたっ!とイスから立ち上がり、マリ先生は深々と頭を下げる。

もはや躊躇している場合ではない。

神が与えてくれたかのようなこのチャンス、棒に振るわけにはいかない。

「・・・恥を忍んで・・・コンスタンティンさんに、お願いしたいことがあります・・・!」

強くなるため、今の生徒たちを守るために、マリ先生は決心した。

「何でも言いなされ。 あんたがここで偶然儂に出会ったのも、あんたの実力の内じゃ。」

「・・・実は・・・モルディオン監獄の囚人と・・・面会したいと考えています・・・!」

「・・・なるほど。 世界の深淵、モルディオン監獄、ときたか・・・

その様子じゃと、一度行ってはみたが、門前払いされてしもうた・・・というところか。

こんなところで浮かぬ顔をしていたのも、納得がいったわい。」

「・・・相手は、ほぼ死刑が確定の囚人なんですが・・・なんとか・・・なりますでしょうか・・・!」

「朝飯前じゃ。」


ぬうっ・・・! とイスから立ち上がり、羽織の懐からリンクパールを取り出すと、

コンスタンティン翁はマリ先生とルーシィに背を向け、

手に持ったリンクパールに向かって、ぼそぼそと短く会話する。


「・・・ほれ。 なんとかしてやったぞい。」

パールを懐にねじ込み、にっこりと微笑んで、コンスタンティン翁はゆっくりと振り返る。

「えっ・・・?; な、なんとかしたって・・・;」

「今回に限り、特別に30分。 すまんがそれが限界じゃった。」

「・・・!?」

「もう一度、ジュノ警備隊の受付に行ってみなされ。 次は恐らく顔パスじゃ。」

愕然とするマリ先生。

自分がどれだけ食い下がっても、一切聞き入れてもらえなかったというのに、

この老人がわずか30秒程度、ぼそぼそと何か話しただけで、

あっさりと面会の許可が下りたらしい。 


恐るべし、アストレイ・コンツェルンの巨大権力・・・!


「・・・あ・・・ありがとうございますっ!」

がばっ!とコンスタンティン翁に頭を下げるマリ先生。

「はっはっは^^ これで貸し1じゃ^^ 愉快、愉快。」

イスに腰掛け、実に愉しそうに笑うコンスタンティン翁。

「・・・いいえおじいさま。 これで貸し借りゼロですわよ。」

間髪入れず、にいっ、と微笑むルーシィ。

「む? どういうことじゃ?」

「おじいさま自身が、最初に言いましたわよね?

マリ先生がワタクシを卒業まで導いてくれたおかげで、

こうしていつも孫と一緒に仕事をすることができている、と。

その時点で、おじいさまはマリ先生に借りがひとつあったのですわ^^」

「・・・わっはっはっはっは!」

ぽん、と額に手を当てて、豪快に笑うコンスタンティン。

「こりゃ1本取られたわい! そうかそうか、これで貸し借りゼロか!

ならばまた次の機会にでも、なんとしてでもこの先生に貸しを作ってやらんといかんな!」

「無駄ですわ^^ おじいさまがいくらマリ先生に貸しを作ろうとも、

その貸しは全部、ワタクシが次から次に、仕事で返しますもの^^」

「わっはっは! つまりルーシィが会社で活躍すればするほど、

わしゃこの先生に、次から次に借りを作ってしまうワケか!

言うようになったのう、ルーシィ^^」

とても嬉しそうな表情で、ルーシィの頭を何度も撫で付けるコンスタンティン。


「ル、ルーシィちゃん・・・! コンスタンティンさん・・・!

本当に・・・本当に、感謝のし様もありません・・・!」

がばっ!と、再び2人に向かって深々とお辞儀するマリ先生。

「なあに、儂に感謝する必要はないですじゃ^^

あんたへの貸しは、全部孫娘が返してくれるそうじゃからのう^^」

「さっきも言いましたが、マリ先生の力になれるなら、ワタクシは何でも致しますわ^^」

「ささ、許可が下りたんじゃから、早く面会に行きなされ。

楽しい時間じゃったわい^^ またいつか共に茶を楽しもうな、先生^^」

「はいっ・・・! 行ってきます・・・! では・・・!」

マリ先生は、荷物と自分の伝票を手に取ると、最後に2人にもう一礼して、

素早く会計を終え、ジュノ警備隊の受付の方へと走り去って行った。




「・・・ちょっと嫉妬してしまいますわ。」

走っていくマリ先生の後姿を眺めつつ、ぼそりと呟くルーシィ。

「む? なにがじゃ?」

「・・・だって、マリ先生はきっと、今の生徒さんたちを守るために、

あんなに必死になってるのに決まってますもの。

マリ先生にあんなに想ってもらえる今の生徒さんたちが、羨ましいですわ。」

「・・・ならば、お前は今の自分の仕事に誇りをもつことじゃな。」

微笑みながら、コンスタンティン翁は孫娘を見つめた。

「お前は次のステージに進んだということじゃよ。

あの先生に守られていた生徒ではなく、

あの先生と勝負することが出来るような、ビジネスウーマンに成長すること。

それが今、お前が立っているステージの目標じゃ。」

「・・・さすがおじいさまですわ^^ 良いことをおっしゃります^^」

「ふん。 儂を誰じゃと思うとる。 コンスタンティン=アストレイじゃぞ。」

楽しげにそう言いつつ、カフェのメニューを開くコンスタンティン翁。

「・・・どれ・・・きなこ餅・・・きなこ餅は・・・と・・・」

「・・・いや、ですから、ワタクシは注文しませんわ;」

















〜〜〜〜〜 ジュノ大公国 ル・ルデの庭 ジュノ警備隊 窓口 〜〜〜〜〜





AM  1157







コンスタンティン=アストレイ翁の言ったとおり、

二度目に警備隊の窓口を訪れたマリ先生に、

ほとんど顔パス同然に、あっさりと面会の許可が下りた。





ただし、やすりや針金、刃物などを持っていないか、入念なボディチェックが行われ、

差し入れとして持ってきたおはぎも、ひとつひとつ中身を割って確認され、

その上で更に30分以上も、執拗とも言えるくらいに徹底的に所持品の検査をされた後、

ようやくマリ先生はモルディオン監獄の内部に立ち入ることが許された。











〜〜〜〜〜 モルディオン監獄 収容所内 〜〜〜〜〜





AM  1136








左右を無数の独房に挟まれた薄暗い通路を、警備隊の隊員に案内され、

ゆっくりと目的の独房へと歩いていくマリ先生。



「ヒュオーーーーゥ! おねえちゃん、こっち向いてぇぇぇ!」

「おいおい、何年ぶりですかぁ!? 女のニオイだよ、ヒャッハーーー!」

「いやっはーーー! こっちにケツ向けろやぁ、ケツを!」

「いーっひっひっひっひ! 久々のオカズだぁ! 目に焼き付けとかねぇとなぁ!」

「こりゃ極上だ! 2年はつかえるぜぇ! ヒヒヒヒヒ!」 

「前に女を見たのは、誰かの母ちゃんが面会に来た時だったっけなぁ!?」



鉄格子の向こうに閉じ込められている、絵に描いたようなクズどもが、

マリ先生に対して、一斉にゲスな言葉を投げかけてくる。 


マリ先生は、そんなクズどもには一瞥もくれることなく、

ただ案内にしたがって、まっすぐに通路を歩く。
















「うへへへへへぇぇぇ!!!  

エ、エ、エ、エルヴァーンのおねえしゃままああああ!!

おっぱいちょうだい、おっぱいちょうだい (ё▽ё) 」





中でも、群を抜いてひどいゲス野郎が、1名見受けられる。




「ほ、ほ、ほら、ほら! ぼ、ボク、たくましいやろ!? 

な、南米の人みたいやろ!?  

スポーツマンみたいやろ!?

シュ、シュ、シュワルツェネッガーみたいって言って!

お、おひんひんが、おひんひんが、おひんひんがぁぁ、

おひんひんがきぼぢいいいいい!

ウワアアアアアアーーー!!」







目つきが悪く、短い金髪を逆立てた髪型の、

まさに人間のクズとしか言いようのない顔をした、

若いヒュームの男であった。






「お、おっちゃんのお○ん○ん、真っ黒やなぁ、って言うてぇ!

かなり使い込んでるんちゃうかぁ、って言うてぇ!

んあああぁぁぁ、そんなこと言われたら興奮するうぅぅぅ!

ひぎいいぃ、おねえちゃん、かっこいいいいぃぃぃぃ!

しゅごいのおおおぉぉぉ! いくぅぅ! いくぅぅぅ! (ノ≧口≦)ノ 」






「ええいっ! うるさいぞっ、MULYSA11号っ!」



ばきいっ!と、鉄格子越しに思いっきり警棒で殴られる金髪の若い男。

「ひぎいっ>< ヤダもう、なんで殴るの><」

「だまれ! それ以上騒ぐと、また反省房に入れるぞ!」

「そ、それはヤダぁ>< あそこはベッドやトイレすら置いてなくて、

しかも壁にずっと鎖で繋がれっぱなしで、気が狂いそうになるんだもの><

てかボク、いつまでここにいなきゃいけないんですかぁ><」

「お前は無期懲役だっ! 一生出られんっ!」

「そんなあ; ; もともとボクは、バストゥークでただ引ったくりとかしてただけなのに、

気が付けばなんかバザー詐欺グループのリーダーとかになってて、

その後は競売所の受付係を抱きこんで不正落札や価格操作を繰り返し、

バスの大統領の娘の入浴時の盗撮写真を闇で高額で売りさばき、

最終的につい飛空挺ハイジャックをやってしまったってだけなのに; ;」


そらこいつ、無期懲役になるわ; と、全然関係ないヒュームの男を、

かわいそうな人を見る目で一瞥するマリ先生。


ちなみにこいつは、TTT第4話に一瞬だけ出ているのであるが、

マジで本当に何一つ物語には関係無く、伏線でもなんでもないことを断言しておく。



「いや、伏線でも何でもないなら、

モルディオン監獄なんかに入れるなよ!

いくらなんでも扱いがひどすぎるだろうが!

しかもこっちの世界のオレ、天運≠燻揩チてないから、

不幸の後に幸運が来たりもしねえんだろ!?

このまま一生監獄って、あんまりだろぉ><」



「い、意味のわからんことを言うなっ!」


「はい、ボクも自分で何言ってるのかわかりません><」




ばぎいっ! と、再び警棒で殴られる男を尻目に、

マリ先生は通路をどんどん進んでいく。














〜〜〜〜〜 モルディオン監獄 収容所内 最重要エリア〜〜〜〜〜





AM  1140




やがてマリ先生は、極めて分厚く厳重な、鉄の扉の前に到着した。



最重要収容者 隔離エリア



分厚く巨大な扉には、そんな文言が書かれたプレートが貼り付けられてあった。


「・・・面会時間は、30分だけ許可されております。」

がちゃり、と巨大な扉の鍵を解除しつつ、案内人の隊員が静かに呟く。

「・・・その差し入れ品のおはぎ以外、一切の物品受け渡しを禁じます。

差し入れ品の受け渡しの際は、専用のボックスを設けてありますので、

その中に入れてください。

また、鉄格子の前に白いラインが引いてありますので、

そのラインを越えて鉄格子に接近することを禁じます。」

「・・・はい、承知しました。」

ごくり・・・と固唾を呑み、マリ先生はぎぃぃぃ・・・と音を立て、

徐々に開かれていく巨大な扉の内部に視線をやる。

「・・・どうぞ中へとお進み下さい。 

この扉の内部には、独房がひとつしかありませんので、

このまままっすぐに進めば良いだけです。 

あなたがこの扉の中に入ったと同時に、30分の計測が開始されますので。」

「・・・わかりました。 ご案内、ありがとうございます。」

マリ先生は警備隊隊員に一礼し、扉の中へと進んで行った。









〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜








厳重な扉の中へと入り、そのまま20mほど歩いていくと、

鉄格子に囲まれた、他の囚人のものよりもかなり広めにつくられた独房が見えてきた。



・・・かんっ・・・!

・・・かつんっ・・・!

・・・こきんっ・・・!




独房の中からは、そんな風な音が繰り返し響いている。




「・・・・・・」

マリ先生は、差し入れのおはぎが詰められた小箱を片手に、

静かに独房の前へと歩み寄る。

そして、先ほど隊員が言っていた白線の前までやってくると、そこで足を止めた。





・・・かんっ・・・!

・・・かつんっ・・・!

・・・こきんっ・・・!





独房の中には、囚人服の男が胡坐をかいて座っており、

マリ先生に背を向けた状態のまま、左手に握っている鑿(のみ)を振るって、

どうやら木彫り細工かなにかをやっているようであった。




「・・・マジでよ・・・ホントにさ・・・やることがねぇんだわ・・・」



かつん、かつん、と鑿を振り下ろしながら、男は静かに呟いた。




「・・・あんまりヒマだからよ・・・仏像みたいなのを彫ってるんだ。

仏像なんてちゃんと見たことねぇから、かなり適当だけどよ。」

「・・・・・・ご無沙汰しております。」

男の背に向かって、深々とお辞儀するマリ先生。

「・・・利き腕じゃねえからよ・・・うまく彫れねえんだよな。」

かつん、かつん、と手を休めることなく、男は左腕を上下し続ける。


・・・男の右の腕があるべき部分には、だらん、と垂れた囚人服の袖があるのみ。


「・・・・・・」

片腕だけで、コツコツと仏像を彫っている男の背中を見て、

マリ先生は何も言えず、ただただ押し黙る。


「・・・そっちの壁の方によ。 習字の紙がいっぱい貼ってんだろ?」

マリ先生に背を向けたまま、男は鑿で右側の壁を指す。 

「・・・・・・」

無言でそちらに視線を移すマリ先生。

「・・・最初の頃はよ、左手で字を書く練習をしてたんだ。

一番左に貼ってるのが、古い習字だ。

右に行くにつれて、だんだん上手くなってきてるのがわかるだろ?」


「武術」という文字が書かれた、無数の和紙。

男の言うように、一番左に貼られてあるのは、まるで幼児が書いたような字であった。

それが右の方に行くにつれ、段々とまともな文字になっていっており、

一番右に貼られてあるものは、もはや達筆と言ってよいほどの文字にまで昇華している。



「・・・練習をやり始めて、わずか一ヶ月でそれだぜ?

・・・こん中じゃ、どんだけ時間が有り余ってるか、それ見るとわかるだろ?」

からん・・・と鑿を床の上に転がし、男はゆっくりと立ち上がり、

ようやくマリ先生の方へと振り返った。


「・・・一体どんな魔法を使ったんだ? よく俺への面会の許可が下りたな。」


言いつつ、ニヤリと笑う、カッツェ=パウロ。

その髪はボサボサで、その顔は無精ひげだらけであった。


「・・・ご無沙汰・・・しております。」

マリ先生はもう一度、カッツェと真正面から向き合って、深々とお辞儀した。

「・・・何か持ってきたのか?」

マリ先生が持っている小箱を指差すカッツェ。

「・・・差し入れに・・・甘いものを。 おはぎです。」

「クックック・・・甘味なんて、もう忘れかけてたぜ。

ここにぶち込まれて、まだ半年くらいだっつうのに。」

左腕を囚人服のポッケに突っ込み、鉄格子に一歩近寄るカッツェ。

「・・・で? わざわざおはぎを差し入れるために来たワケじゃねえんだろ?

ほぼ死刑確定の極悪殺人犯に、一体何の用だよ?」

「・・・時間が限られているので、手短に言います。」

マリ先生は強い決意を込め、カッツェの目を見つめつつ、言った。


「・・・今よりも・・・強く・・・なりたい。」


「・・・んなこと言われても、知るかよ。」

左腕でぼりぼりと頭を掻きつつ、ぶっきらぼうに言うカッツェ。

「なんでわざわざ俺に訊く? この俺を倒した、あのタルがいるじゃねえか。

あいつに訊けばいいだろ。」

「・・・アイマ=リョーマは、もうこの世界にはいません。」

「・・・ほう。 あいつ、誰かに殺られちまったのか?」

「・・・昨年度の卒業式の日に、こことは別の世界とやらに還っていきました。」

「・・・なんだそりゃ。 ワケわかんねえな。」

「・・・だから、あなたに訊きに来たんです。」

ぐっ!と拳を握り締め、マリ先生は真剣な顔で叫ぶ。

「アイマ=リョーマがいない今・・・私をより強くしてくれるのは・・・

・・・あなたしか思いつかなかったから・・・!」 

「・・・一体、何と戦おうとしてんだ?」

「・・・簡単に言うと・・・人間の戦闘技術を身に付けた、獣人たちです。」

「んなもん、勝てねえよw」

目を細めて、クククと嘲笑(わら)うカッツェ。

「剣術、槍術、弓術、格闘術。 それら全て、人間が獣人になんとかして対抗するために、

長い年月をかけて練り上げられた、過去の武人たちの血と汗と英知の結晶だ。

それを獣人が身に付けちまったら、もう人間は勝てねえよ。」

「それでも・・・勝たなければならないんです・・・!」

「・・・お前、よく見たらあちこち打撲の跡だらけだな。」

「・・・昨日、すでに一戦交えました。 ほぼ完敗でした。」

「・・・相手は・・・拳闘術・・・ボクシングだな?」

マリ先生の頬や腕に残る打撲の跡をちらっと見ただけで、そこまで悟るカッツェ。

「・・・ハンドスピードは、目視することも困難でした。

逆にこちらが繰り出すジャブは、ほぼ9割方防がれました。」

「・・・蹴りも投げも関節技も捨て、ただ拳撃のみに特化したのが拳闘だ。

攻撃速度や命中率に限って言えば、あらゆる格闘技の中でもトップクラスだろうぜ。」

「・・・拳闘だけではないかもしれません。 今後、私たちの前に現れるであろう獣人は、

柔術、中国武術、空手、ひんがしの国の古武道、近代的マーシャル・アーツと、

それぞれが様々な格闘術を習得しているかもしれません。」

「・・・徒手格闘術のみならず、剣術、槍術、弓術なんてのも身に付けてるかもな。」

ニイッ、と唇を吊り上げるカッツェ。

「・・・ククク・・・早まって事件を起こさずに、あと半年だけガマンすりゃよかったぜ。

そうすりゃ俺もお前らの学園に乱入して、そのバケモンどもとのバトルを楽しめたのになぁ。」

「・・・・・・」

「・・・ただまあ、それだとお前やアイマくんとのあの屋上でのバトルは味わえなかったか。

今んとこ俺の中では、あの時の戦いが生涯のベストバウトだからな。」

「・・・人間の戦闘技術を身に付けた獣人に・・・どうすれば勝てますか・・・?」

面会時間はわずか30分限り。

カッツェの与太話に、長々と耳を傾けている余裕は今のマリ先生には無い。

「基礎能力は、圧倒的に相手の方が勝っている・・・

かといって、鍛錬をする時間もほとんど無い・・・!

この状況で強敵を打ち倒すには、いったいどうすればよいのでしょうか・・・!」

「・・・ま、俺に思いつくのは、せいぜい2つだ。」

こきっ、と首の骨を鳴らしつつ、左手でアゴの無精ひげをさするカッツェ。

「ど、どんな方法ですか・・・!?」

「まず1つ目は、武器だ。 強力な武器を手にしろ。」

「・・・!?」

「強い武器を装備して、戦闘力を上げる。 誰もがやってる、当たり前のことだぜ。」

呆気に取られ、両目を大きく見開くマリ先生。


あまりにも当たり前すぎて、逆に思いつかなかったことであった。


「・・・ま、強い武器が欲しいって、それが簡単に手に入るようなら、誰も苦労しねえんだけどな。

しかし手っ取り早く戦闘力を上げたいってんなら、まずはそれだろ。」

「・・・武器・・・」


カッツェの言うとおり、強い武器が欲しいからといっても、

そのようなものがホイホイと簡単に手に入るワケがない。

競売等で簡単に手に入るような武器は、それ相応の性能しかないのである。


・・・だが・・・!


プロフェッサー・ゴルト=エイトがいるならば、話は別・・・!


「・・・そう・・・そうよ・・・! あいつなら、きっと・・・!」

まさに灯台下暗し≠フ典型であった。

考えてみれば、入学からまだ日が浅い1−Bの生徒たちが、

現在あの改造戦闘員無京≠ニ互角に戦えるまでに成長しているのも、

その大部分が、ゴルトが造ったプロトGEシリーズ≠フ性能によるものである。


更に言うと、昨年度の初代TTT、アイマ=リョーマにしても、

全身のあらゆる箇所に、これでもかというほどに武器を装着し、

それらを戦闘中に瞬時に持ち替え、次から次に相手が予想も付かない攻撃を

怒涛の勢いで繰り出す戦法を得意としていたではないか。

挙句の果てに、ドリルで校舎を突き破ったり、

落下してくる隕石をミサイルマイトなる武器で見事に破壊したりと、

武器というもののの重要性を、嫌と言うほどに見せ付けてくれたではないか。




つまりマリ先生の求める更なる強さは、

2人のTTTによって、すでに答えが出ていたのである。







「・・・てかお前、マジで武器のこと何にも考えてなかったのか?

・・・前から思ってたけど、やっぱお前、かなりの天然だわ。」

クックック、と目を細めて笑うカッツェ。

「・・・だが・・・お前のそういう部分こそが、俺の2つ目の話に繋がってくるんだぜ。」

「・・・えっ・・・? ど、どういうことですか・・・?」

「・・・お前が今よりも、更に強くなるための方法。 

その2つ目は、お前が抱えている最大の欠点≠克服しろ、ってことだ。」

「私の・・・欠点・・・?」

「ああ。 いくら強い武器を装備したとしても、その欠点がある限り、

お前は決して今よりも強くはなれねぇだろうぜ。」

「っ・・・!!」

愕然としつつ、マリ先生は自分の戦闘スタイルに思いをはせる。

打撃のフォームに、それを先読みされるような致命的なクセでもあるのだろうか?

あるいは、ムエタイスタイル、八極拳スタイルのどちらか、

あるいはその両方共に、間違った覚え方をしてしまっているのであろうか?


「・・・技術的なことじゃねえよ。」

マリ先生の心中を見通しているかのように、ぼそりと呟くカッツェ。

「お前の欠点ってのは、フォームだの型だのといった、表面的なことじゃねえ。

致命的な欠点は、お前の内面にこそ潜んでいる。」

「・・ど・・・どういうこと・・・でしょうか・・・?」

「・・・たとえば、お前とアイマ=リョーマが、模造武器で模擬戦をやったとしよう。

そうすると恐らく、お前が勝つだろうと俺は思う。」

「・・・・・・!!」

マリ先生の脳裏に自然と蘇る、昨年度の体育祭での光景。

もちろん、その時にはすでに投獄されていたカッツェは、

昨年度のマリ先生とアイマ=リョーマとの模擬戦のことなど、知ってるはずもない。

「・・・基本的な戦闘技術、戦闘時における相手の行動予測、繰り出す技のバリエーション・・・

恐らくは、どれをとってもお前の方がアイマ=リョーマより上を行っているだろう。

だが、それでも俺は、お前ではなくアイマ=リョーマの方にこそ脅威を感じる。」

「・・・・・・」

「・・・なぜだか・・・わかるか?」

「・・・持っている・・・武器の差・・・ですか?」

「それもひとつだ。 だが、もっと本質的な部分での話だ。」

「・・・そ、それはいったい・・・」


「アイマ=リョーマには、ストッパーがねぇんだよ。」


人差し指で、コンコンと己のこめかみ辺りをつつきながら、カッツェは言う。

「なんていうか、ここのタガがぶっ壊れちまってるのさ。 

これ以上やると相手の身が危険だから手加減しよう≠セとか、

こいつにも家族や大事な人がいるかもしれない≠セとか、

そういった事を一切考えず、倒すといったら必ず倒す。 何も考えずに、まず倒す。」

「・・・ううっ・・・;」

「言わば、無防備に背を向けている相手の後頭部めがけて、

手加減なしで全力でハンマーを振り下ろすことが出来る男なんだよ。

こいつを倒す≠ニ決めた瞬間、心のストッパーが完全に無くなるから、

まったく躊躇せずに行動を起こせるんだ。」

「・・・・・・;」

「現にお前も、あのタルが、俺のこの右腕をぶった斬った瞬間を見てただろ?

顔色ひとつ変えず、あっさりと斧を叩き込んでただろ?」

「・・・・・・;」

「しかもそれは、冷徹になるだとか、非情に徹するとか、

意識してやってるワケじゃねえ。 もうそれが当たり前になってるんだよ。

バトルをゲーム感覚で楽しんでいた俺とはちょいと違うかもしれねぇが、

本質的には同じだ。 一切迷わない≠ニいう点においてはな。」

「・・・・・・;」

「・・・どうだ? 俺の言う、お前の欠点ってのが何なのか、だんだんわかってきただろ?

恐らくお前は、相手が完全なモンスターであれば、全力で戦えるだろう。

だが、人間の格闘技術を持っているという、その妙なバケモンどもが相手だと、

どうしても人間と戦っている錯覚に囚われちまい、恐らく躊躇しちまうはずだ。」

「・・・・・・!」

カッツェにそう言われ、マリ先生には思い当たるふしがあった。

先日のプール事件の際、あのボクシングスタイルの半魚人を、

ゴルトとカーシャの協力を得て、なんとか打ち倒したものの、

決定的なとどめを刺すまでには至らず、

結局だるまによってBCから強制退去されてしまった。


つまりマリ先生は、自分でも気づいていないまま、

あの半魚人への攻撃を手加減してしまっていたのだ。


「・・・わかったか? お前の内面に潜んでいる欠点・・・

お前の心の中には、強力なストッパー≠ェ存在しちまってるのさ。

それこそが、俺やアイマくんとの最大の違いだ。」

「・・・・・・」

「いくら強い武器を装備しても、その欠点がお前の攻撃を鈍らせる。

そもそも今よりも強くなるために、強力な武器を持つという発想すら無かった時点で、

お前には決定的に相手をぶち殺してやる≠ニいう意識が足りてないんだよ。

つまりは、強者が持っていて然るべき闘争本能を、ストッパーが押さえ込んじまってるのさ。」

固く握り締めた拳を、ぶるぶると震わせるマリ先生。

「逆に言えば・・・そのストッパー≠解除しさえすれば、

お前は更に強くなれるだろう・・・ってことだ。」

「・・・どう・・・やれば・・・」

唇を激しく震わせつつ、マリ先生は震え声を放つ。

「・・・どう・・・やれば・・・心のストッパーを・・・外せるんでしょうか・・・?」

「さすがにお前の心の中に関する事までは、助言してやれねぇよ。」

フン、と鼻で笑うカッツェ。

「今、お前は・・・私は何のために戦ってるんですか?≠チて質問したのと同じだぜ。

そんなもん、俺に訊くことじゃねえだろ。」

「・・・・・・っ!?」

「ククク・・・それじゃ特別に、もうひとつヒントだ。

さっき、俺のベストバウトは屋上でのお前らとの戦いだっつったよな?」

「・・・・・・」

「・・・あの時・・・屋上でお前と戦った時は・・・

・・・実は俺、ちょっとお前が怖かった≠だぜ?」

「・・・!?」

「あの時のお前は、とにかく俺を倒すことしか考えてなかった。

つまりお前はあの時、心のストッパーを解除できていたんだ。

・・・それはなぜだ? 答えはお前の心の中にあるはずだぜ?」

「・・・お・・・屋上での・・・あの・・・戦い・・・」


あの戦いの時・・・私は何を想っていた?

とにかくカッツェ=パウロを倒さなければならないと、そう考えていた。

・・・なぜ?

その理由は、なぜだった・・・?


あの時の私は、何のために戦っていたんだった・・・?





・・・と、マリ先生が固く目を閉じ、唇を噛み締めて思い悩んでいると・・・







「八極拳、単操っ・・・!」




突如、鉄格子の向こうのカッツェが大声で叫んだ。






「・・・!?」

「単操っ、構えぇぇ!」



マリ先生は素早くハイヒールを脱ぎ捨て、

ほぼ無意識に八極拳の基本型の構えをとった。



「馬歩っ!」

「・・・はっ!」


だぁん!と床を踏みつけ、その場で中腰になり、

まるで空気イスに座っているような姿勢になるマリ先生。



「降龍式っ!」

「はっ!」


だぁん!と左足を前に出して床を踏みつけ、同時に右腕を直角に曲げ、

踏み込みと同時にショートアッパーを放つ姿勢となる。



「盤提っ!」

「はっ!」


ぐるりと上身をひねり、右足を大きく踏み出しつつ、

両腕を広げ、背中から体当たりをするようにしてその場から半歩進む。




「裡門頂肘っ!!」

「はっ!」


広げた腕を素早く畳み、立てた右肘から、

小さく丸めた全身ごと打ち込むようにしてだぁん!と床を踏みつける。



「連環腿っ!!」

「・・・はっ! ・・・はっ!」


左手を前に出し、同時に左足を大きく蹴り上げる。

その左足を振り下ろすと同時に、反動を利用し、

跳躍しつつ右足を振り上げる。





・・・忘れもしない。


学生時代、夕焼けに染まる放課後のグラウンドで、

毎日毎日繰り返し練習してきた、八極拳の技の数々だ。



心も、身体も、全ての技をはっきりと覚えている。






「金剛八式っ!」

「はっ!」


「丁字八歩式っ!」

「はっ!」


「六大硬架拳っ!」

「はっ!」


「六肘頭拳っ!」

「はっ!」


「六大開連環変化っ!」

「はっ!」


「八極連環拳っ!」

「はっ!」


「八大招式っ!」

「はっ!」


「八大招連環変化っ!」

「はっ!」







・・・あっという間に全身から汗が染み出てきて、マリ先生のスーツを重くする。

・・・が、不快感は無い。



それどころか、学生時代の放課後の補習を思い出し、

頭がカラッポになっていき、さっきまでの悩みがどんどん消えていく。




理由など考えず、ただただ無心に訓練していた、

あの頃の自分に戻っていく。





・・・そう・・・



・・・そうだ・・・


・・・私は・・・学生時代に身に付けた、この力で・・・






生徒に危害を加えようとする男を倒すため、

あの子たちの身を守るために、

私はこの人と屋上で戦ったんだ!






私が生徒たちを想う気持ちには、

ストッパーなんてどこにも無い・・・!










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壊す力よりも、護る力の方が強い!





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鉄格子の中にいる囚人の声に導かれ、

かつて学んだ八極拳の単操を繰り返しながら・・・



マリ先生は、アイマ=リョーマやカッツェ=パウロとは違う結論を見つけた。







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やがて、30分が経過した。


カッツェ=パウロとの面会の時間は終了した。



「・・・ククク・・・いいヒマつぶしだったぜ。」

ニヤリと笑い、独房内の床の上に腰を下ろすカッツェ。


「・・・はあ・・・はあ・・・はあ・・・」

八極拳、六大開拳の套路(型)を全てやり終えて、

汗だくになったスーツの上着を脱ぎ、ブラウスの袖をまくるマリ先生。


「・・・んじゃな。 帰る前に、そこのボックスにおはぎ入れていけよ。」

言いつつカッツェは、床の上に転がっていた鑿(のみ)を拾い上げると、

最初にマリ先生が訪問してきた時と同じように、

あぐらをかいてマリ先生に背を向けた。


「・・・はあ・・・はあ・・・はあ・・・」

ハンカチで汗を拭いつつ、マリ先生はカッツェの背に向かって、深々と一礼する。

「・・・お会い下さって・・・ありがとうございました・・・!」


「言ったろ。 やることなくて、ヒマでヒマで死にそうだったんだ。

礼には及ばねえよ。」

背を向けたまま、かこん、と鑿を目の前の木型に振り下ろすカッツェ。

「看守どもが迎えに来る前に、さっさと出て行けよ。

俺ぁあの看守どもの顔も見たくねえし、声も聞きたくねえからよ。」



「・・・あの・・・どうして・・・」

受け渡しボックスの中に、差し入れのおはぎの箱を納めつつ、

マリ先生は静かに言った。

「・・・どうして・・・私に・・・色々と教えて下さったんですか・・・?」


「ヒマで死にそうだったからって、ついさっき言ったばかりだろ。」

背を向けたまま、振り向かないカッツェ。

「・・・ま・・・そうだな・・・強いて他の理由を言うとするなら・・・」

鑿を振り下ろす手を止め、カッツェは続けた。



「・・・今まで誰にも言ったことねえけど・・・

・・・俺、実はおはぎが大好物なんだよ。

ま、そのおはぎの礼代わりとでも思ってくれ。」



「・・・知ってましたよ^^」





マリ先生は、にっこりと微笑んだ。



「・・・だって先生・・・前に一度・・・私に言いましたもん・・・

・・・時々、死んだおふくろが作ったおはぎを、

無性に食べたくなる時があるって・・・

実は俺、おはぎが大好物なんだ、内緒だぞ・・・って・・・

・・・放課後の練習の後、一度私に言いましたもん・・・」






微笑みながら、マリ先生の両目から、ボロボロと涙が溢れ出す。




「・・・カッパ先生・・・最後の授業・・・

・・・ありがとうございました・・・」



ボロボロと涙を流しながら、マリ先生はもう一度、深く深く頭を下げた。




カッツェは、恐らくもうあとわずかで死刑が確定する。

よって、マリ先生とカッツェは、これが今生の別れであった。






「・・・カッパ先生はやめろ・・・バカやろう。」


振り返らないまま、カッツェは小声でそう言った。








マリ先生は、くるりと独房に背を向け、やってきた通路を戻って行った。








ぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃ・・・・


・・・がしゃん・・・





マリ先生が「最重要収容者隔離エリア」の外へと出た瞬間、

巨大な鉄の扉が大きな音をたてて閉じられ、厳重に施錠された。















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第11話 

       

「 教えを請う者 授ける者 」





















〜〜〜〜〜 ジュノ居住区 松本寺=@〜〜〜〜〜




M  1238






「・・・う・・・ううっ・・・」



松本寺の客室の畳の上に敷かれた布団に寝かされ、

いつの間にか意識を失っていたらしいミケ先生が目を覚ます。


「・・・ちっ・・・倒された時の記憶が、まったくねえでやんの・・・

あのおっさん、マジで全然手加減しやがらねえな・・・」

剣鬼、轟 来地によってくまなく打ち据えられた全身の痛みをこらえつつ、

ミケ先生はゆっくりと上半身を起こす。


「フフ・・・父上がそれほどムキにならねばならぬほどに、

猫教師殿の剣の基礎が完成しているということだ。

道場では、あのように本気になった父上は見たことが無い。」


身体を起こしたミケ先生の背後から、そんな風な女性の声がした。


「・・・あれっ? おめぇ、なんでここにいるんだ?」

救急箱を抱え、畳の上に正座していたエルヴァーンの若い娘を見て、

ミケ先生は小首をかしげた。


「猫教師殿の治療役として、父上に呼ばれたのだ。

仏道の僧である和尚や、青少年の教育者たる道場師範の父上が、

ミスラの服を脱がせて湿布を貼ったり包帯を巻いたりするワケにはいかんからな。」


この若いエルヴァーンの名は、ライム=トドロキ。

轟 来地の実娘にして、昨年度の3−Bの卒業生である。

在学中は、体育教師であるミケ先生の指導を誰よりも早く吸収し、

ミケ先生に次ぐバス学屈指の女剣士などと呼ばれていた、女サムライである。


なお、本当はライムは来地とともに、朝早くよりバスを発ったのであるが、

飛空挺でジュノにやってきた来地と違い、ライムは飛空挺恐怖症なので、

免許取りたてのチョコボに乗ってきたので、来地よりだいぶ遅れて到着したのである。


「・・・それにしても、さすがだな猫教師殿。 

本気になった父上を相手にして、その程度のケガで済んでいるとは。

これがライムたんなら、恐らく3度は病院送りにされているところだ。」

クールで男勝りな性格のくせに、なぜか自分のことをライムたんと呼ぶのも

相変わらずであった。

「・・・ちっ。 これだけいいようにやられて、さすがも何もねぇよ。

実戦だったら、もう何百回も殺されちまってるぜ。」

悔しそうに舌打ちしつつ、わしゃわしゃと頭を掻くミケ先生。

「・・・轟さんは、剣先の使い方が天才的に上手い。

一挙一足の間合いに入った瞬間、全身のあらゆる場所に、

剣先が同時に飛んでくるかのような錯覚に囚われるんだ。」


「一挙一足の間合い」とは、一歩踏み込めば相手に技が極まる距離であり、

また一歩退けば相手の攻撃をかわすことの出来る距離のことを言う。


自分は相手を制しやすく、相手はこちらを捉え難い、絶妙な間合い。

轟 来地は、剣先のわずかな動きのみでミケ先生の動きを制限し、

剣を振らずしてあっという間に空間を制圧した上、

相手を自分の間合いに誘導してしまうのだ。


「ううむ; 話を聞くだけで、物凄く複雑な心理の駆け引きが想像できる;

ライムたんはまだ、それほどまでに父上の本気を引き出したことが無いけども;」

「駆け引きなんて、そんな立派な次元のもんじゃねえよ。 

ただ単に、アタシが一方的に轟さんに翻弄されてるだけだ。

和尚も言ってたけど、アタシの繰り出す攻撃は、どれもこれも教科書どおりで、

実戦経験が豊富な者ならば、簡単に先が読めるんだってよ・・・!」

ギリッ!と歯を噛み締め、握った拳を震わせるミケ先生。

「くそっ・・・! 相手に誘導されず、こっちの動きを制限されないためには、

一体どんな戦法を身につければいいんだ・・・!」

「やはり父上の年季の入った剣術には、そう容易くは崩せぬか・・・;」

むむむ、とへの字口になるライムたん。

「なんとか猫教師殿の力になりたいとは思うが、

猫教師殿よりも更に未熟なライムたんでは、

あの父上をどう攻略すればよいか、想像もつかん・・・」

「・・・いや、別にお前が頭を抱えなくてもいいんだよ。

こうして湿布貼ってくれたりするだけで充分だ。」

「しかし、あの玉葱教師の教えを受けた元3−Bの一員として、

かつての恩師がこうも一方的にやられてるのを見ると、

いくら相手が父上とはいえ、どうにも口惜しくて・・・!」

「・・・たまねぎ先生、か・・・」

握りこんだ己の拳を、じっと見つめるミケ先生。

「・・・あの人は、一体どうやって轟さんに勝ったんだろうな・・・」

「それについては、前に一度だけ父上から聞いたのだが・・・

何やら急にナベをひっくり返しただの、うどんをぶちまけただのと、

どうもよくわからん戦いだったらしい。 しかも父上はたった4秒で負けたそうだ。」

「・・・ホントによくわかんねえな; 確か三者面談の時の、教室の中での出来事だろ?

なんでそこでナベやらうどんやらが出てくるんだ;」

「うーむ、あのたまねぎ教師のことだからな。 

いつ、どこで、何をやり始めるか、まったく予測もつかんタルタルだ。」

「・・・・・・」


ふとミケ先生の心に、その何気ない言葉が引っかかった。



「・・・・・・」

和尚や来地、そしてライムの言葉が、繰り返し脳内でリピートされる。




『嬢の教科書剣術では、モンスター相手には通用するじゃろうが、

実戦経験を積んだワシのような人間が相手じゃと、面白いように先が読める。』



『・・・今にして思えば、戦闘前にこの釈迦如来像の首を蹴り壊したのも、

このワシから冷静さを奪うための策略の一種だったように感じられる。

言わば、ワシは戦闘前からすでにあのタルに負けておったのじゃ。』


『・・・わかるか、嬢? これこそが実戦≠ノおける機微というもの。

教科書には載っておらぬ、その場の状況を最大限に利用した戦法じゃ。』



『死に物狂いで抵抗せんと、本当に死ぬぞ。

死線を知らずして、必殺剣も何もあるまい。』



『猫教師殿よりも更に未熟なライムたんでは、

あの父上をどう攻略すればよいか、想像もつかん・・・』



『うーむ、あのたまねぎ教師のことだからな。 

いつ、どこで、何をやり始めるか、まったく予測もつかんタルタルだ。』








「・・・そうだ・・・そうなんだ・・・!!

相手の想像を越えて、その先に行かないといけないんだ・・・!」

握りこんだ拳が、ぶるぶると震える。

「相手に誘導されず、こっちの動きを制限されないための戦法、じゃダメなんだ!

逆にこっちが相手を誘導し、動きを制限してやらねえと・・・!」

「ね、猫教師殿! 何か思いついたのか・・・!?」

「・・・ああ! うっすらと見えてきた! アタシの必殺剣・・・!

おいライム、ちょっとこの木刀を構えてみてくれ!」

「うむ、わかった! 父上と同じ構えで良いのか?」

「ああ、頼む!」

ミケ先生は布団から起き上がり、ずきりと痛む身体に鞭打って、

木刀を構えたライムたんの近くにやってくる。

「・・・うん、轟さんと腕のリーチや身体の大きさは違うけど、構えはまったく同じだな。」

「当然だ。 この構えは、父上から叩き込まれたトドロキ流の基本形だからな。」

「・・・ライムの場合だと、一挙一足の間合いは・・・このくらいの位置か。」

ライムたんが立っている場所から、二歩半ほど離れた位置で立ち止まるミケ先生。

「・・・しかし猫教師殿。 構え方は同じでも、ライムたんは父上ほどの猛攻は出来ぬぞ?」

「・・・いや、いいんだ。 何よりも重要なのは、この一挙一足の間合いなんだ。」

言いつつミケ先生は、ライムたんの目の前で、

なぜか前後にぴょんぴょんと、小刻みにステップを繰り返す。

「・・・いや、前後じゃ遅い。 左右に反復横とびする感じの方がいいな・・・」

・・・と、今度はライムたんに右肩を向け、

前後ではなく左右に小刻みにステップを行う。

「・・・?」

何をやっているのかまるで意味不明なミケ先生を見て、小首をかしげるライムたん。

「・・・よし、これだ。 これを高速で行い、その後に・・・」

小刻みなステップから、何やら上身をひねりつつ、両腕をゆらゆらと動かす。

「・・・こうきて、こうきて・・・最後にこう、か・・・」

「・・・ね、猫教師殿・・・いったい何をやっているのだ?

必殺剣のヒントを掴んだのではなかったのか?」

「・・・何をやってるかわかんねえか・・・?」

「う、うむ; まったくわからんのだが・・・」

「・・・よし、それならいい傾向だ。」

「ど、どういうことだ・・・?」

「教科書どおりの戦法から、脱け出せてるってこった・・・!」

そう言ってミケ先生は、ライムが持っていた救急箱の横に置いていた、

腕を吊る際に使う三角巾を手にとると、それを帯のように腰に巻きつけた。

「・・・よし。 頭ん中でうだうだと考えてるだけじゃ完成しねえからな。

あとは実際に試してみるしかねえ・・・!」

「ちょ、ちょっと待て猫教師殿・・・! 試すとはどういうことだ!?

まさか必殺剣とやらが、もう完成したとでもいうのか!?」

「・・・出来た。 アタシの頭ん中ではな。」

ミケ先生は、ライムたんに渡していた木刀をひょいっと取り上げると、

松本寺の客室のふすまを開け放ち、大きな声で叫んだ。



「オラァ、轟のおっさん! 休憩は終わりだぁ! 

次こそぶちのめしてやるから、とっとと出てこいよぉ!」




その声が寺に敷地内に響き渡るや否や、

遠くに見える本堂の扉ががらっ!と開かれ、

ダンゴの串を咥えた来地がのそり・・・と姿を現した。


「・・・笑止。 ネコのくせに、まるで犬のように吠えおるわ。」



ぷっ!とダンゴの串を吐き出し、本堂の階段を下りて中庭に降り立つ来地。

その吐き出された串を、素早く空中でキャッチする和尚。


「・・・ほっほっほ。 これ来地、寺院内でゴミを捨てると、神罰が下りますぞ。」

「・・・それまた笑止。 神仏を恐れる剣鬼がどこにいる。」

「・・・気をつけなされ。 嬢の顔から、一切の迷いが消えておる。

何か掴んだやもしれませんぞ。」

「・・・ふん。 付け焼刃か、あるいは開眼か。 確かめてくれるわ。」


腰紐に差し込んでいた黒塗りの木刀を抜き放ち、

ざっ ざっ ざっ と庭の中央に歩み寄る轟 来地。



「・・・もうアンタの剣には惑わされねぇ。

今度はこっちがやり返す番だぜ・・・!」


びゅん!と木刀をその場で振るい、ミケ先生も庭の中央へと歩み寄る。


「・・・見てろ・・・今度こそ、さんざんフルボッコにされた礼をしてやる・・・」


ミケ先生は、先ほど帯のように腰に巻いた三角巾に、

ぐいっ!と木刀を挿し込みつつ、高らかに言った。



「・・・倍返しだっ・・・!」




「ぼ、木刀を・・・帯に挿しただと・・・?」

ミケ先生の挙動を見て、目を丸くするライムたん。

「まさか・・・猫教師殿は、父上相手に居合いを使う気なのか・・・?」





居合い斬り。

厳密には、抜刀術と呼ぶのが正しい。


刀を抜くと同時に相手に切りつける技であり、

相手に刀身の軌跡を見せないことや、

刀を抜く際に、鞘が発射台のレールの役割となって

剣を振る速度が増すなどといった利点がある。



「し、しかし・・・居合いを使ったくらいで、父上の剣術に通用するのか・・・?

居合いは最初の一撃を外してしまえば、体勢を立て直して次手を放つ前に、

間違いなく先に相手の反撃を許してしまうぞ・・・?」



・・・と、心配しておろおろしているライムたんをよそに、

来地とミケ先生は、5〜6mほどの距離を空けて対峙する。


「・・・ふん。 構えを居合いに変えた程度で、教科書≠ゥら脱却したつもりか?」

「・・・そう思ってくれてるなら、アンタはすでにアタシの術中にはまりつつあるぜ。」

「・・・ようやく少しは楽しめそうな展開になってきたようだな。

・・・その迷いの消えた表情、肩透かしでないことを願うわ・・・!」

「・・・ネコってのは、本来は獰猛な肉食獣なんだ・・・!

・・・見せてやるぜ、ネコ化の最強動物、虎となったアタシをな・・・!」



だっ!


居合いの構えのまま、ミケ先生は地面を強く踏みつけ、

来地に対して高速で踏み込んだ。



迷いを捨てた高速接近。

居合いによる高速の抜き手。

そして、ミスラ特有の5種族中最速の身体能力。


『・・・他の全てを捨て、速度のみによる一転突破戦法・・・?

それが答えであらば、浅い、浅すぎるわ・・・!』


突っ込んでくるミケ先生を迎撃するため、木刀を冷静に中段に構える来地。



『・・・とにかくスピードに特化して翻弄する、浅知恵だと思うだろ・・・? 

・・・もちろん、こんなんがアンタに通用するとは、ハナから思ってねえよ・・・!』

来地の目の前まで接近したミケ先生は、カッ!と両目を見開き、

極限まで精神を集中させる。

『・・・ここからだ! 勝負は一挙一足の間合い≠ノ入った、その瞬間だ・・・!』 



ミケ先生の身体が、来地の間合いに進入した。


・・・が、ミケ先生はまだ、腰に挿した木刀を抜いていない。


『儂を先に動かせ、儂が動いたその瞬間、居合いで先≠取る・・・

先の先≠狙っているワケか・・・? 舐められたものよの・・・!』

中段に構えた木刀の先端を、来地は小刻みに動かす。

『・・・阿呆ゥが! うぬの居合いよりも、儂の突きの方が数段早いわ・・・!』

斜に構えたミケ先生のわき腹を狙い、来地は剣先を突き出そうとした。



・・・が!


その瞬間、ミケ先生は突然右足で強く地面を踏みつけ、

その場からバックステップし、

来地の一挙一足の間合い≠ゥら瞬時に離脱した。


「・・・!!」

素早く突きを中断し、構えを崩さず攻撃姿勢を維持する来地。



その一瞬後。



ミケ先生は、今度は左足で地面を踏みつけ、

あっという間に一挙一足の間合い≠フ中に戻ってきた。




「!?」

不可解なミケ先生の動きに、一瞬戸惑う来地。



居合いの構えで、来地に対して右肩を向け、横向きになっているミケ先生が、

来地の目前で間合いの外に離脱した瞬間、再び自ら間合いの中に入ってきたのである。


それはちょうど、反復横とびをしているような動きであった。




『・・・小ざかしい幻惑っ・・・! だが・・・!』

ミケ先生の小刻みなステップに戸惑いつつも、

来地は冷静に思考する。



『・・・つまりは・・・うぬの狙いは、

1人時間差居合い斬り≠セろうがっ・・・!』



来地の予想通り、ミケ先生は高速ステップで来地の攻撃タイミングをずらし、

そのまま居合い斬りを放つ体勢をとっていた。





・・・だがっ・・・!



「・・・っ!?」


腰の帯から木刀を抜き放ったミケ先生は、

短い時間に高速のステップを繰り返したせいか、

うまく居合い斬りに移行することが出来ず、

木刀を空中に放り出してしまっていた。




「しょせんは付け焼刃・・・! そんなもんよのぅ・・・!」


手を滑らせ、木刀を手放してしまったミケ先生に対し、

来地は容赦なくミケ先生の首元目掛け、木刀を水平になぎ払った。














































全て 想定どおり!






居合いを失敗し、木刀を空中に放り出してしまったのも、

全てはミケ先生の仕掛けた布石・・・!



目の前でこんな大チャンスを見せられたら、

誰だって一番無防備な急所を狙ってくるはず。





しかし、狙ってくる場所が

事前にわかっていれば、

避けられる・・・!





びゅうんっ・・・!




上体を限界までそらし、来地のなぎ払いをスウェーバックで避けたミケ先生は、

その状態のまま、両手でがしり!と来地の両手首を握り締めた。


「!?」

来地がミケ先生の罠に気づいた時には、もう遅かった。


ごきっ!と手首の関節を極められた来地は、あっという間に握力を奪われ、

黒塗りの木刀が両手からするりと抜け落ちてしまい・・・



手放した木刀が地面に落ちる前に、

ミケ先生は空中で素早くキャッチし、

間髪入れず、ぴたっ!と来地の首元に当てた。





「・・・・・・」

「・・・・・・」





先ほどミケ先生が放り出した木刀が、からーん、と地面に落ちる音が響く中。




丸腰となった来地の首元に、

来地自身から奪い取った木刀を当て、

無言で佇むミケ先生、という光景がそこにあった。








「な・・・」

目を見開いたライムたんの額に、じわりと汗が浮かぶ。

「・・・なんだ・・・? なんなんだ・・・今のは・・・?」




一方、ライムたんと同様に、2人の戦いを見守っていた和尚。

「・・・ま、まさか・・・今の技は、まさか・・・!」

手に持った数珠をじゃらじゃらと震わせつつ、和尚は愕然の表情で言った。



「・・・む・・・無刀取り・・・じゃと・・・!?」









柳生新陰流 秘奥義 無刀の位=E・・


通称 無刀取り。


抜刀して構えている敵を、無手にて制するという、

東洋剣術究極の技である。







「・・・これしか思いつかなかったよ。」

来地の首元に木刀をあてがったまま、静かに口を開くミケ先生。

「・・・へっ。 侍が自ら刀を手離すとは、さすがのアンタも想像できなかっただろ?」

「・・・自ら剣を捨てることが、うぬの必殺剣か。 

・・・言い訳できんな。 まんまとしてやられたわ。」

「・・・アイマ=リョーマなら、ひょっとしたらこんな戦法もやるんじゃねえか、ってな。

いくら武士道にこだわっても、アタシが負けて生徒たちに危険が及んじまったら意味ねえし。」

「・・・ふん。 侍であることよりも、教師であることを選んだゆえにたどり着いた必殺剣か。」

「・・・生粋の剣士からすると、邪道だと軽蔑するかい?」

「否。 侍とは、剣の所持の有無にあらず。

己の信念に殉ずることこそが真の武士道。 

うぬは教師であると同時に、1人の侍として、この轟 来地に打ち勝ったのだ。」

首元に木刀を突きつけられたまま、ニヤリと笑い、地面の上に胡坐をかく来地。





「・・・む、無刀取り・・・!

まさかそんな技を、実際に目にすることが出来るとは・・・!

しかも、あの父上を相手に・・・!」

全身をがくがくと震わせ、感動に打ち震えるライムたん。


「・・・ほっほっほ。 我が寺に修行に参った甲斐がありましたな、嬢。」

じゃらん、と数珠を鳴らし、手の平をまっすぐに立てる和尚。

「・・・しかし、水を差すワケではありませんが・・・

その技は、拙僧のように無手で戦う者には機能しますまい。

その点はいかがしますのかな・・・?」



「・・・えっ? あ、そうか; そう言われてみりゃ、それもそうだな;」

来地の首元から木刀をどかし、肩に担いでぼりぼりと頭を掻くミケ先生。

「・・・マリっちを倒した半魚人ってのも、素手でボクシング使ってきたらしいしな;

しかも改造戦闘員の連中も、両手の鉄のツメで攻撃してくるらしいし、

無刀取りってあんま意味ないような気がしてきたぞ;」

「・・・否。 そうではあるまい。」

地面の上に胡坐をかいたまま、来地が口を開く。

「無刀取りは、あくまでも派生のひとつ。

うぬが真に磨きをかけるべきは、一挙一足の間合いに入った瞬間、

素早く相手を幻惑する、あの前後への体移動の方だ。」

「えっ? あの反復横とびか・・・?」

「そうだ。 相手が武器持ちならば、あの体移動からの無刀取りを狙い、

相手が無手ならば、体移動から変幻自在の剣術へと派生させればよい。

それが出来るようになれば、うぬは常に自分に有利な間合いで戦えるということだ。」

「な、なるほど・・・! 本当に重要なのは、あの体移動の方だったんだな・・・!」

「近距離、中距離、遠距離と、自由自在に間合いを調整できる体移動。

極めれば、うぬの好きなように、いくらでも相手の死角をとれるということだ。

ふん、まるで仙人が地脈を操って、好きな場所に移動するという縮地法≠セな。」

「・・・縮地法、か。 なるほど・・・かっこいいじゃねえか・・・!」

ミケ先生は来地に木刀を返すと、地面に転がっていた自分の木刀を拾い上げ、

和尚の方へと振り返りつつ、叫んだ。


「よーし、和尚! さっそく訓練に付き合ってくれ!

休み明けまでに縮地法≠マスターしてやるぜ!」



「・・・ほっほっほ。 では来地よ、交互に嬢の練習台となるとしましょうか^^」

「・・・承知。 もとよりその約束だ。」

「それでは、まずは拙僧から・・・」


まるで大魔神のように、交差させた腕を下から上に持ち上げ、

もりもりもり・・・と全身を筋肥大(パンプ・アップ)させる和尚。


「いったらああああ! 

小娘ぇ、技のひとつやふたつ習得したところで、

急に無敵になれると思うなやああああ!」



「いや、笑っちまうから、その動きやめろよ和尚www」

「わあっはっはっは! さあ、どっからでもこんかぁい!」

「猫侍っ! 力士は刀を持ってない分、一挙一足の間合いも狭い!

儂の時よりだいぶ接近する必要があるゆえ、掴まれんように注意せいっ!」

「なるほど、了解だぜ!」

「わっはっはっは! しかも刀と違い、わしの腕は2本あるぞぉ!

必殺の張り手を、左右どちらでも繰り出せることを忘れるなぁ!」

「くっ・・・! そう考えると、刀の時とだいぶ勝手が違うぜ・・・!」

「左右だけでなく、前後にも動いて縮地法≠フ幅を広げいっ!

相手の間合いを瞬時に見切り、相手の死角を瞬時に見つけいっ!」

「わっはっはっはぁ! 力士の方向転換は早いぞぉ!

わし以上の数倍以上の速度で動かんと、とても死角に回りこめんぞぉ!」

「だぁー、うるせぇ>< いっぺんに色々言うなよぉ><」





・・・まるで自分が必殺技を習得したかのように、極めて楽しそうなおじさん2人。

そんな来地と快漢和尚によって行われるミケ先生への特訓は、

これより丸一日以上に渡ってずっと続けられるのであった。












〜〜〜〜〜 バストゥーク港区 居酒屋たる屋=@〜〜〜〜〜





PM 1528




開店前の、居酒屋たる屋の座敷席。


「・・・よし。 これで最後だ。」




きゅいいいいいん!と光り輝く巨大な布切りバサミを使い、

ジョキジョキと高機能魔導繊維≠フ生地を型紙に沿って切り取っていく、

たる屋の女将ことルナナさん。


「・・・サンキュー、ルナナさん^^ 

いやあ、高機能魔導繊維≠大量に手に入れたはいいけど、

反物の状態だと加工のし様が無いから、さてどうしたものかと悩んでたところに、

ふとざんてつけん≠フことを思い出してさー^^

あれなら切れるかもしれないと、たる屋に来てみて正解だったよー^^」

ルナナさんに切ってもらった生地をダンボール箱に詰め込みつつ、

にっこりと微笑むゴルト。

「・・・しかしボーヤ、私は反物を大雑把な大きさに切っただけだぞ?

ここからどうやって生徒たちの防御を上げる衣服に加工するんだ?」

ざんてつけん≠フハサミで布を切り終え、ゴルトに手渡しつつ首を傾げるルナナさん。

「ああ、ルナナさんに切ってもらってる間、おいらも色々とこの生地を調べて、

いくつかわかったことがあるんだよー。」

ゴルトは左手で布の切れっ端を手にしたまま、

右手を白衣の内ポッケにつっこんで、土のクリスタルを取り出す。

「高機能魔導繊維≠フ防御力は凄まじく高く、

ざんてつけん∴ネ外の刃物だと、まず傷つけることができないんだけど、

実は物凄く緻密に裁縫″成をしてやることによって、

繊維と繊維の隙間に糸を通すことは可能なんだよー。」

「ほう・・・そうだったのか。」

「よくよく考えてみると、あのロクデナシタルだってこの白衣を完成させたんだから、

裁縫自体は出来なきゃおかしいんだよなー。 まあ、裁縫スキルが100以上必要だけど。」

「・・・師範以上の、高級職人の域に達してないといけないのか。」

「ま、おいらの合成スキルは全部MAXの110だから、問題ないけどなー^^」

「・・・合成スキルは、普通はどれか1種類しか100以上にすることが出来ないんだがな。

2種類以上のスキルを100以上にしようとしたら、すでに100にしてあるスキルの方が

自然と下がってしまうはずなんだが・・・」

「・・・自分のことながら、おいらって実は地味にすごいんだよなあ。

まあともかく、おいらのその天才的な合成スキルを駆使すれば、

高機能魔導繊維≠縫い合わせることは可能なんだ。

ただしとんでもなく精神力を使うから、一針縫うのに1分くらいかかるけど;」

「一針1分だと? そんなに時間がかかっては、仕立てなど出来ないんじゃないか?」

「だから、なるべく針を使わなくても済むようにしたんだよー。

簡単に言えば、こういうことだー^^」

言いつつゴルトは、ルナナさんから手渡された布地を、

ばさっ、と背中から纏った。

「なるほどな。 衣服に仕立てるのではなく、そのままマントとして使うワケか。」

「名づけてGEマント≠セー^^ これで生徒どもの防御力は格段にアップするぞー^^」

「デザインはどうするんだ?」

「あいつらは学生なんだから、もちろん真っ黒の学生マントだー!」







「・・・ひんがしの国で、旧制高等学校等で使われていたという、アレか。

・・・どうもボーヤもうちの角刈り野郎と同じで、若いセンスに欠けているな。」

「ファッション用じゃないんだから、別にいいんだよー><」

「男子はいいにしても、女子は嫌がるぞ。 私なら絶対いやだ。」

「いや、別にルナナさんに着ろって言ってるんじゃないんだからさー;」

「ボーヤ。 うちのサララが着るマントだということを忘れるな。」

「あーもう、わかったよー! なら女子のは、ゴスロリ風のおしゃれなやつにするよー!」






「うむ、それなら良い。」

「・・・まったく、戦闘用の防具なんだから、見た目なんてどうでもいいだろうに。」

「そういうことを言ってると、いつのまにかあの角刈り野郎みたいになるんだ。

ボーヤも気をつけろ、すでにその兆候が少し出始めているぞ。」

「いや、そもそもおいらはこの白衣着てないと死んじまうから、

服のセンスがどうこう言ってる余裕なんかないってば;」

「・・・そういえばふと思ったんだが、ボーヤのその長すぎる白衣も、

私のざんてつけんならば切れると思うぞ? サイズを調整してやろうか?」

「・・・いや、この白衣には、あのロクデナシタルが色々と仕掛けを施してるからなー。

ヘンにいじったらおかしなことになるかもしれないから、このままでいいよー。」

「ほう。 内ポッケが次元圧縮空間になっていて、

首元のタブが呪符デジョンになっているのは知っていたが、

他にも別の仕掛けがあるのか?」

「どうやらこの白衣の前面の、4つのボタンに色々と仕掛けてるようなんだよー。

クリスタル分解すれば一週間分の飲み水を生み出せるとか言ってたくせに、

それは1番上のボタンだけで、2番目のボタンは実は通信機になってたんだ。

3番目と4番目のボタンにも、きっと別の仕掛けがなされてるに違いないぞー。」

「あの博士のことだ、自爆装置なんてものを仕掛けているかもしれん。」

「・・・あ、あり得る; あいつならマジであり得る;」

「ボーヤの言うとおり、この白衣はヘタに触らない方がよさそうだな。」

ふう・・・とため息を吐きつつ、ルナナさんはじっとゴルトを睨む。

「ときにボーヤ。 あの博士のように、まさかサララたちが纏うマントにも

ヘンな仕掛けを施すつもりじゃなかろうな・・・?」

「しないってば>< なんか誤解されがちだけど、おいらはあいつとは違うぞ!」

「しかしボーヤは、あの博士に憧れているんだろう?」

「いやいやいや! あんなのに憧れるワケないだろ!?

ワープする時に、なぜか巨大な信楽焼きをその場に残すようなヤツだぞ!?

あれに憧れるくらいなら、その辺のクロウラーに憧れる方がまだマシだ!」

「だったらいいが・・・くれぐれもうちの子にヘンなのを着せるんじゃないぞ。」

「・・・ったく。 大将もルナナさんも、サララには甘いんだから。

ところで、そのサララが見当たらないけど、どこ行ったんだー?

あのバイトのタルと一緒に、てっきり店の開店準備でも手伝ってると思ってたのに。」

「サララなら、例のバリア≠フ特訓をしたいということで、

角刈り野郎と一緒に朝から河川敷に行ってるぞ。

バイトのカリタくんは、今日は17時から出てくる予定だ。」

「おー、大将とバリアの特訓をしてるのかー。

そういやサララは前に、例のバリアを連続で5秒しか出せないって言ってたなー。」

「ちなみに角刈り野郎は、連続で20秒くらいは出し続けられるらしい。

サララがバリアをうまく出せない原因は、力の使い方のコツがわかっていないせいか、

それともあるいは・・・」

「・・・あるいは?」

「・・・あの角刈り野郎の力が、サララには半分しか遺伝しなかったせいかもしれんな。」

フッ・・・と自嘲気味に微笑むルナナさん。

「・・・なにせ母親が、PT-01≠ネんていう固体番号が付けられた、改造人間ではな・・・」

「・・・やめろよルナナさん。 あんたも大将も、れっきとした1人の人間だろ。」

「自分自身のことだけであれば、とうの昔に割り切ってるさ。

だが・・・娘のことを思うと、どうしてもこの身体が恨めしく感じられてしまう。」

「・・・サララは学校で、あんたや大将のことを、よく笑顔で自慢してるよ。」

白衣のポッケに手を突っ込みつつ、座敷の座布団の上に腰を下ろすゴルト。

「パパもママも、とてもすごい料理人なんだぞ、とか。

パパもママも、両方ともすごく強いんだぞ、とかな。

大将やルナナさんが、たとえどんな存在であろうとも関係ねえ。

誰がなんと言おうと、サララはタルヤ=クルンヤとルナナとの間に生まれた娘だ。」

「・・・フフ。 いつの間にか教師≠フ顔になってるじゃないか、ボーヤ。」

「勘違いしないでくれよ。 別に教師になったから、言ってるワケじゃない。

大戦時代のあの日、ブラック・レイン≠ェボロボロに傷ついたあんたを

おいらたちの前に連れてきたあの時から、ずっと思ってることさ。」










〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜










〜〜〜〜〜 20数年前 某日 ウィンダスのとあるモグハウス内 〜〜〜〜〜










ざっ・・・ざっ・・・ざっ・・・




ズッギャーーーーンッ!!


ゴロゴロゴロゴロ・・・





雷鳴とどろく、激しい豪雨の夜。



全身あらゆるところをボロボロに打ちのめされ、

虫の息となっているタルタルの女性を両腕で抱え上げ、

まるでワカメのようなうねうね頭の、

両目を真紅に輝せているタルタルが、

LSBR団≠フ拠点のモグハウス内にやってきた。






「・・・コルモル博士は・・・来ているか・・・?」



モグハウス内に入ってくるなり、ワカメ頭のタルタルは、

ハウス内にいた大勢のLSメンバーたちの顔を見渡した。



「う、うわー!? レ、レインさん、その人いったいどうしたんだー!?」

「・・・・・・!?」


ワカメ頭のタルタルが抱えている、血まみれのタル女を見て、

たまねぎ頭のタルの子ども2名が、驚愕してぴょん!とその場で飛び跳ねる。


黒髪のたまねぎ頭、小さな丸メガネを鼻に引っ掛けているのは、

黒魔法の天才児、アジド=マルジド。

金髪のたまねぎ頭、長い白衣を床に引きずっているのは、

クリスタル合成の天才児、ゴルト=エイト。


「・・・アジド、ゴルト。 コルモル博士は・・・?」

ワカメ頭のタルタル・・・力と名を封印する前の、若かりし日のタルヤ=クルンヤである。


「こ、今回の獣人血盟軍との決戦で、大勢の人たちがケガしたから、

ミスラのばあちゃんと一緒に、医療テントの様子を見に行ってるよー!」

「・・・頼む。 大急ぎで呼んできてくれ。 すぐに手当てを施さねば危険なんだ。

・・・この女を治療できるのは、恐らくコルモル博士だけだ。」

「わ、わかったよ、すぐに博士を呼んでくるぜー! 行くぞゴルト・・・!」

「・・・・・・!!」


アジドとゴルト、2人の天才少年は、

傘も持たずに豪雨降りしきる夜の世界へ駆けて行く。





「・・・PT-01・・・パーフェクト・タル、月下の騎士≠ゥい・・・?」

モグハウスの隅の方に置いてあった安楽イスに腰掛け、

羽根帽子をかぶって紳士ステッキを手にした身なりの良い男が、

帽子のツバをゆっくりと持ち上げ、レインの方へと視線を向ける。


「・・・ブオッフォッフォッフォッフォ。 

この嵐が来る前までは、あんなに大きな満月が夜空に浮いていたというのに、

その状況でよくぞ打ち勝てたものですな。」

ベッドの上に腰掛けていた、両腕になぜか甲殻類のハサミのようなものを付けた男が、

読んでいた分厚い古書をぱたん、と閉じつつ微笑む。


「・・・これ、運命(さだめ)。 勇者あるところ、勇者あり。

2人の運命の勇者、いつか戦うこと、決まっていた。」

無数の鳥の羽に彩られた頭巾をかぶり、巨大な弓を背負ったインディアンの老人が、

床の上にあぐらをかき、目を伏せたままぼそりと呟く。



「・・・ナオロックさん。 タンバルさん。 族長イーグルヘリオン。

・・・コルモル博士が来たら、どうかあなたたちにも手を貸して欲しい。」

血まみれのタル女性をそっと床に寝かせつつ、ワカメ頭のタルが頭を下げる。

「・・・オレは・・・この女を助けたい・・・」



「・・・フッ。 仲間≠フ助けを拒む理由は、どこにもないさ。」

ピン!と羽根帽子のツバを中指ではじき、にっこり微笑むステッキの紳士。


「ブオッフォッフォッフォッフォ! かの鬼神博士≠ェいなくとも、

コルモル博士と我らの力を合わせれば、なんとかなるでしょうな。」

両腕がハサミのおっさんが、ハサミをパコパコと開閉させつつ微笑む。


「・・・部族秘伝の肉体組成施術、駆使する。

・・・そのタル、まだここで死ぬ運命(さだめ)じゃない。」

言いつつ、びぃぃぃん!と巨大な弓の弦を弾く老インディアン。






・・・と、そうこうしている内に。



「・・・こっちだよー! もっと早く走れよな、博士ー!」

「・・・・・・!!」

「ええい、うるさいジャリどもだ! 何日も何日も不眠不休で、

ずっとケガ人どもの治療に専念しとるわしの身にもなれい!」



  


出て行ってから5分もたたずして、アジドとゴルトがコルモル博士を

BR団≠フモグハウスへと案内してきた。






「はあはあはあ・・・レインさん! お待たせー! 博士を連れてきたよー!」

「・・・・・・!!」

「まったく、茶を飲んでゆっくり休憩するヒマもないわい!

ついさっき、ようやく瀕死のスロキングの大手術が終わったばかりだというのに、

今度はいったい何が起きたんじゃ?」


「・・・博士。 どうか・・・どうか彼女を救ってやってください。」

床の上に寝かせられた血まみれのタルの前にたち、深々と頭を下げるレイン。



「・・・ふん。 どうやら、なんとかこやつに勝てたようじゃな。」

寝せられているタルを見て、ニヤリと笑うコルモル。

「しかし、いいのか? 治療してしまうと、こやつはまたおんしを狙うかもしれんぞ?」

「・・・オレ、こいつに言ったんです。 お前はオレが必ず護ってやる・・・って。」

「・・・よし、わかった^^ ならしょうがないな^^ とっとと治療しちまおう^^」

ぐいっ、と袖をまくり上げ、コルモル博士は周囲の者たちに指示を出し始める。

「ナオロックは、わしが指示した部分に、治療魔法をかけまくれ!

イーグルヘリオンは、部族の秘伝の薬品をありったけ用意しろ!

ほんでもってハサミ! おんしはゴルトに指示して、手術器具なんかを作らせろ!

アジドはそこに待機! 必要なものがあったら言うから、医療テントまで取りに行け!」


Einverstanden(了解です)」

「承知。」

「ブオッフォッフォッフォ! ゴルトくん、クリスタル合成の用意を。」

「・・・・・・!!」


羽根帽子の紳士、老インディアン、ハサミのおっさん、そしてゴルトが、

一斉に手術の準備のために動き出す。



「ちぇー! オレはパシリかよー!」

1人ふくれっつらで、床に腰を下ろすアジド。


「・・・コルモル博士。 オレは何をすれば・・・?」

「・・・おんしには、一番重要な役があるじゃろ。」

真剣な表情で、コルモル博士はレインを睨む。

「・・・そこに立って、見守ってろ。 こやつが意識を取り戻しつつあったら、励ましてやれ。」

「・・・そ、それだけで・・・いいのですか・・・?」

「それだけでいい。 ・・・というより、それが一番重要じゃ。」

手術服に着替え、マスクを装着しつつ、コルモル先生は言った。


「・・・患者自身が、生きたい≠ニ強く想う気持ち。 

・・・それが最重要に決まっとるじゃろ。」









・・・これより明け方にまで及ぶ、大手術が始まった。
























〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜












・・・きろ・・・!


・・・意識を・・・て・・・!


・・・気をしっか・・・ 


・・・目を・・・開けろ・・・!







「・・・・・・」


PT-01 月下の騎士=@固体名ルナナ≠ヘ、

意識が定まらない中、そんな声を感じながら、うっすらと目を開いた。





「・・・そうだ! 意識をしっかり持て・・・!」



ワカメ頭のタルタルが、自分に向かって必死に叫びかけていた。



「・・・生きるんだ・・・! 気をしっかり持って、生命≠掴まえろ!」


「・・・・・・」


「こんなところで死んでどうするんだっ! 生きて、明日を迎えるんだっ!」


「・・・とく・・・い・・・てん・・・」





「・・・峠じゃ。」

手術を施しつつ、ぼそりと呟くコルモル博士。

「・・・ここが分岐点じゃぞ。 生きるも死ぬも、ここで決まる。

ナオロック、全力でレイズじゃ。 イーグルヘリオン、エリクサーをありったけ投入じゃ。」

「ええ、わかってます・・・! さあ、がんばって・・・!」

「・・・神は・・・ここで死ぬ運命(さだめ)を・・・用意してない・・・!」





「聞いたかっ! ここが正念場だぞっ! 意識をしっかり保てっ!」

ぐぐぐっ!と両拳を握り締め、レインは叫ぶ。

「生きたいと願えば助かるっ! 諦めたら死ぬっ!

お前は助かるんだ! 諦めなければ、お前は助かるんだああっ!」

「・・・特・・・異・・・点・・・ブラック・・・レイン・・・」





「おねーちゃん! がんばれよ! ここさえ乗り切れば、助かるぞー!」

「・・・死ぬなっ・・・!」

アジドとゴルトが、ぴょんぴょん飛び跳ねながら必死に応援している。







「・・・なぜ・・・私を・・・助け・・・る・・・?」

薄れ行く意識の中、ルナナはレインの真っ赤な瞳を見据える。

「・・・お前に・・・何の・・・得が・・・ある・・・?」

「お前の命はオレが護るって・・・約束しただろっ・・・!」

がしっ!とルナナの手を握り締め、レインは叫び続ける。

「・・・お前を止めるために、オレ自身が、お前をそんな目に合わせちまった・・・!

だから死ぬな、頼むから死なないでくれっ・・・!」

真紅に輝く両目から、だくだくと滝のように涙を流すレイン。


「・・・この戦争さえ終わったら・・・

闇の王さえ討つことができれば・・・

その後の人生は、オレのこの命は、全てお前に捧げるっ!

だから死ぬな、死なないでくれぇっ・・・!」




「・・・なぜ・・・だ・・・」

ボロボロと泣くレインを見て、ルナナは弱々しいかすれ声を放つ。

「・・・お前は・・・なぜ・・・そこまでして・・・私を修理して・・・」



「てやんでええっ! 修理≠カゃねえだろおおっ!!」



レインの両目から、真紅の光が消えた。




「それを言うなら治療≠セろおっ! 

人間なんだから、治療≠セろうがよおっ!」






「・・・・・・」





「・・・戦時中のこの状況下。 わしも忙しいんじゃ。

壊れた物の修理≠ネら、後回しにするわい。」

輸血したり、傷の縫合をしたりしながら、コルモル博士はマスクで隠れた口元を、

にいっ、と吊り上げて見せる。

「・・・じゃが、治療≠ネらば最優先じゃ。 人として当然じゃろ。」

「・・・私は・・・人造人間・・・PT-01・・・だぞ・・・」

「そんじゃ、これはなんじゃ?」

コルモル博士は、人差し指でルナナの目元に浮かんだ液体を掬い取った。


「機械なら、涙なんか流さん。」



「・・・・・・」

「・・・涙こそ、人間である証じゃ^^ ほれ、あれを見てみい^^

おんしが特異点≠ネどと呼んでおるあいつなんか、まるで滝のようじゃろ^^」


「てやんでええ! 生きろぉぉぉ! 死ぬんじゃねええ!!」




「・・・・・・」

「ここで死ぬと損じゃぞ^^」

コルモル博士は治療を続けつつ、目を細めた。

「・・・あの男は、戦争後、残りの命をおんしに捧げるそうじゃからな^^

おんしのために、あいつが新たな人生を造ってくれるぞ^^

いや、あいつだけじゃない。 

このモグハの中にいる他の連中も、今ここにはいない他の仲間たちも、

おんしが困った時にはすぐに駆けつけてくれるじゃろう^^」

「・・・・・・」

「お? 目つきが変わったな? 新しい人生≠ノ興味が出てきたか?」

にいっ、と口元を緩めつつ、コルモル博士はアジドの方へ顔を向けた。

「・・・アジド。 ぼちぼちスティーを呼んできてくれ。

いくらタルとはいえ、わしらが女体に包帯巻いたり、身体を拭いたりするのは

少々不謹慎じゃからの^^ この先はあやつにやってもらおう^^」

「えっ!? は、博士、ってことはそのおねーちゃん、助かるの!?」

「当たり前じゃ。 このわしを誰だと思うとる。」

一通りの治療を終えたコルモル博士は、マスクを外し、ふぅー、と大きく息をついた。

「・・それに、こやつの目を見てみろ^^ これから死ぬような人間の目じゃないわい^^」







・・・いつしか豪雨は降り止んでおり、白みがかった夜空には、

丸い大きな月が浮かんでいた。










〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜







〜〜〜〜〜 バストゥーク港区 居酒屋たる屋=@〜〜〜〜〜





PM 1543







「ボ、ボーヤ! あの日のことは言うんじゃない!(///)



BAKOOOOOOM! とゴルトのボディに拳をねじ込むルナナさん。




















「うぎゃあああっ!?」


白衣の防御力をもってしても、なおパンチの威力を吸収できず、

その場から3mほど吹っ飛ばされ、座敷の畳の上をごろごろと転がるゴルト。



「こらボーヤ! 大人をからかうものじゃないぞ!」

顔を真っ赤にし、眉を吊り上げてゴルトを睨むルナナさん。

「・・・い、いや、おいらももう大人だっての><;

てか、この白衣を着てなけりゃ即死だったぞ、今のパンチ><;」

こんなのに毎日全力で攻撃され続けてるのに、よく生きてるものだ;と、

今さらながらたる屋の大将の生命力に感心してしまうゴルト。

「と、ともかくだ! うちの子やボーヤに危険が迫っている現状、

私はいつでも力を貸すからな! 遠慮なくいつでも頼ってこい、ボーヤ!」

「いや、それは本当に心強いんだけど、京一門との決戦の際に、

最初からルナナさんや大将に協力を求めちまうと、

あいつらもそれに対抗するために、デタラメしてくる恐れがあるからな。

街中に無差別に毒ガスをばらまいたり、

生徒たちの家族を人質にとったりする可能性もあるから、

やっぱりルナナさんたちへの応援要請は、最後の切り札にしておきたいんだよ。」

「なるほど。 それは十二分に考えられることだな。」

「ま、いよいよになったらリンクパールで助けを求めるからさー。

その時はすっ飛んで来てくれよなー。」

「わかった。 私もあの角刈り野郎も、

かつてのBR団≠フ一員として、いつでも出撃できるようにしておこう。」

「ああ、それで頼むよー^^ それじゃおいらはそろそろ学校に戻って、

GEシリーズの正式版への改修、及びGEマントの製造、

そしてマリっぺたちの新武器の設計に取り掛かるとするよー^^」

「・・・フッ。 かつての大戦時代を思い出すよ。

ボーヤは戦時中も、いつもそうやって仲間たちの武器を作っていたな。」

「・・・あの時は、獣人どもを一匹でも多くブチ殺すことしか考えてなかったけど・・・」

高機能魔導繊維≠ェ収納されたダンボール箱を抱え上げ、

ゴルトはニヤリと微笑んだ。


「・・・今のおいらは・・・あの学園を護ることしか考えてないぜ・・・!」


「・・・教師≠フ顔になるワケだ。 以前よりも格段に頼もしくなったな、ゴルト先生。」



ルナナさんに対して、へへっ、と照れくさそうに笑うと、

ゴルトはダンボールを抱え上げ、駆け足でたる屋を後にするのであった。

















〜〜〜〜〜 バストゥーク港区 土手沿いの道 〜〜〜〜〜




PM  1548








たる屋を飛び出したゴルトは、高速移動靴RRTを起動して、

斜面の道を駆け上り、土手の上へと躍り出る。



「・・・河川敷で特訓してるサララの様子を見ていきたい気もするけど、

なんせおいらには仕事が目白押しだからなー!

とにかく今は学校に戻って、色々作らないと・・・!」


ギュィィィィン!とRRTの底面部のローラー音を轟かせ、

土手の上をバス学の方へと向かって疾走するゴルト。


・・・が、高機能魔導繊維が詰め込まれたダンボール箱を抱えていたため、

前方の様子をろくに確認せずに走っていたゴルトは・・・





どっしーーーーーーーーーーんっ・・・!!




考えてみれば当たり前のことなのだが、

土手の上を歩いていた誰かに、思いっきり衝突してしまった。




「ひんぎゃ〜〜〜〜!!」


「うわあぁー>< 誰かにぶつかっちまったー><」





ダンボール箱に詰められた高機能魔導繊維を辺り一面にぶちまけ、

すってんころりんとド派手に転んでしまうゴルト。



「こ、こら〜〜〜!! お前、いきなりなんてことするんだ〜〜〜!

ものすごい勢いで体当たりしてきやがって〜〜〜! 痛いじゃないか〜〜!」


「なにーー! お前がよけないからいけないんだろー!

大きなエンジン音を鳴り響かせて走ってたんだから、

後ろからおいらが迫ってきてたの、わかってただろー!」



どう考えても自分が悪いくせに、一言も謝ろうとはせずに、

逆にむちゃくちゃな理屈を振りかざして、衝突してしまった被害者のタルを

本気で怒鳴りつけるゴルト。



大きな登山帽をかぶり、大きなゴーグルを装着し、

大きな背嚢(バックパック)を背負っているタルであった。



「こんにゃろ〜〜〜! 100%自分が悪いくせに、謝るどころか逆ギレするなんて!

トラブルメーカーの見本みたいな、まるでゴルトのようなヤツだな〜〜!

あんなヤツになっちゃいけないから、ぼくが説教してやるぞ〜〜〜!」


「なにおう!? 大きなバックパックに、バーベキューコンロなんか縛りつけやがって!

お前みたいなヤツは、アホのボルタみたいにイフリートの釜にでも行って、

そのまま遭難しちまって、行方不明にでもなればいいんだー!」



2人のタルは、互いの胸倉をがしりと掴み、眉を吊り上げて睨みあう。



「・・・フッ。 2人とも、ろくに相手の事を確認していないのに、

どちらも見事に正解を叩き出しているようです。」


土手の上を歩いていた、ウエスタンハットをかぶったもう1人のタルが、

ぱちぱちぱち、と拍手しながら苦笑した。





「・・・あれれ〜? お、お前は、ひょっとして・・・!」

「・・・むむむ? お、お前はまさか・・・!」



土手の上に尻餅をついている2人のタルは、胸倉を掴んだままの状態で、

互いの顔を確認し、大きく両目を見開いた。



「・・・ゴルト!? お前、ゴルト=エイトじゃないか〜!?」


「ボルタかよ!? お、お前、生きてたのかーー!?」




ついさっきまで、眉を吊り上げて睨み合っていた2人は、

互いの手を取り合い、心からの笑顔になった。


「ゴルト〜^^ 相変わらず面白そうなアイテムを作ってるな〜^^

なんなんだよそのくつ、ぼくにも貸してくれよ〜〜〜^^」


「ボルター^^ お前、何年か前に

1人でイフリートの釜にバーベキューしに行って、

そのまま死んだものとばかり思ってたぞーー^^

今までいったい何してたんだよーーー^^」



あっはっは!と笑いながら、互いの両肩の上に両手を置き、

旧友との再会を喜び合うゴルトとボルタ。




「・・・フッ。 再会を懐かしむのもいいが、その前にゴルト教授どの。

お前が地面にバラまいたこの生地、超レアな素材じゃないのかい?

先にこっちを拾い集めるべきだと思うが?」


白いギターを担ぎ上げ、革ジャンにウエスタンハットのタルが肩をすくめてみせる。


「そういうお前は、ハヤカじゃないかー^^

パール通信じゃ何度も話したけど、実際に会うのは久々だなー^^

そうか、お前がボルタを見つけて、バスまで連れてきたんだなー^^」

「ああ。 お前さんに頼まれていた案件に、オレの独断で協力を要請したのさ。

今回の事件が無事解決したら、ボルタへのギャラもお前に請求させてもらうぜ。」

「おー、いいぞー^^ てかボルタ、よく生きてたなー!

ウィンではお前はすでに死んだに違いないって、みんな言ってるぞー^^」

「だから、それはどうせお前が広めたデマなんだろゴルト〜!

よくよく考えたら、ぼくがイフリートに頼まれたクエストに出発する前に、

最後にウィンダスで会ったのは、他でもないお前なんだよ〜〜!

お前にどこ行くんだー?≠チて聞かれたから、ぼくは説明するのが面倒で、

ちょっとイフリートに用事を頼まれたんだ、って答えた覚えがあるぞ〜〜!」

「なにー? そんなことあったかー!?」

「その時もぼくは、この大きなバーベキューコンロを背負ってたから、

お前はそれを見て勝手にイフリートの釜にバーベキューしに行くんだな≠チて

思ったんだろ〜〜〜!」

「そうだったかなー?; うーん、そう言われてみれば、

おいらがみんなにウワサを広めたような気がしないでもないな;」

「フッ。 まさにトラブルメーカーとしか言いようのないヤツだ。」

「う、うるさいなー! こんな格好したヤツが、イフリートがどうこう言ってたら、

そりゃそういう風に受け取ってもしょうがないだろーー!」

「百歩譲って、その誤解はしょうがないとしても、

ぼくが死んだに違いないってのはどういうことだよ〜!?」

「あーもう、昔のことだから、もういいじゃないかー!

それよりも、この生地はレア素材なんだから、拾い集めるのを手伝えよー!」

「自分で勝手に衝突してきて、勝手にバラ撒いたくせに、

それを謝りもせず、手伝わせるのかよ〜!

本当に相変わらずなやつだな〜、まったく!」

・・・と、ブツブツ文句を言いながらも、その辺にバラ撒かれた高機能魔導繊維を

ひとつずつ拾っていくボルタ。



「・・・ほんでお前ら、なんでまたバスにいるんだー?

特にハヤカ、おいらがお前に依頼した件は、いったいどうなってるんだよー?」

「・・・フッ。 その件の報告をするために、直接お前さんに会いに来たのさ。」

マントの生地を素早く拾い集め、手際よくダンボールに詰め込んでいくハヤカ=ケンカ。

地面に撒かれた布を拾い集める技術においても、彼はヴァナ・ディールで1番である。

「ほ、報告だとー!? それじゃあハヤカ、ヤツらがバス学を狙っているその理由に、

なにか見当がついたのかよー!?」

「フッ。 見当がついたというか、ほぼ解答を入手したと思っていいだろう。」

「ほ、本当かー!? こんな短期間で、よくそこまで・・・!」

「昨夜のぼくの活躍のおかげだぞ〜〜^^ 感謝しろよ、ゴルト〜〜^^」

「うーん、お前はハヤカの邪魔ばかりしてたようなイメージしか浮かばないなー。」

「なにを〜〜!? ぼくがいなけりゃ、あの計画書は入手出来なかったんだぞ〜!」

「計画書・・・? なんだそれ?」

「計画書ってのは、昨夜ぼくらがあいつらの謎の研究所から盗み出してきた・・・」

「おっと。 さすがにそれは、こんな往来のド真ん中で話すようなことじゃないな。

とりあえず、人様に聞かれちゃマズい内緒の話が出来る場所に・・・

そうだな、お前の現在の住居にでも案内してもらえないか、ゴルト。」

「あーいいぞ^^ ほんじゃバス学に行くかー^^」

「お前、学校に住んでるのか〜^^ ぼくは魔法学校中退だから、学校なんて久々だな〜^^

そういやゴルトは先生になったそうだけど、どんな生徒がいるんだ〜〜?」

「インディアンとか、芸者とか、顔中に包帯巻いてるのとか、いつも人を呪ってるヤツとかだー^^」

「うそつけ〜^^ そんな生徒がいるはずないだろ〜^^」


・・・と、3人のタルは並んで土手の上の道を、

バス学へと向かっててくてくと歩いて行くのであった。










〜〜〜〜〜 バストゥーク港区 河川敷 〜〜〜〜〜





PM 1552




一方、先ほどゴルトたち3人が歩いて行った、土手を降りたところの河川敷では。





「・・・はあはあはあ・・・パ、パパー! もういっちょ来い、なのです!」


体操服を泥だらけにしたサララちゃんが、眉を吊り上げてたる屋の大将を睨みつける。


「よぉし! 今度こそ俺っちのバリアパンチ、見事に受け止めてみせろぉい、サララ!」

ぐぐぐぐ・・・と右拳を握り締め、バチバチバチ!とピンク色の障壁を集中させる、

ねじりはちまきの角刈りタルことタルヤ=クルンヤ。

「うおおおおおお! さあ行くぞぉ! ちきしょーめぇ!」

「こ、こいなのです!」

両腕を交差させ、中腰になって大将のパンチに備えるサララちゃん。


「ツンドラの大地・・・我 死に装束の魂・・・!

黄泉彷徨える 我 百鬼夜行を逝く魂よ・・・!」


ワケのわからない言葉を呟く大将の拳に、凄まじいエネルギーが収束していく。




ツンドラの大地 我 死に装束の魂

白夜の空を 我 朱に染め逝く魂

満天のオーロラ 我 切り裂いて逝く魂

黄泉彷徨える 我 百鬼夜行を逝く魂よ・・・!





BGM:  夢魔 -THE NIGHTMARE- / BUCK-TICK


http://www.youtube.com/watch?v=1kTCRMPKEWk






ゴゴゴゴゴ・・・!






なんだかよくわからないが、とにかくヤバそうな雰囲気の大将を見て、

ごくり・・・と固唾を呑むサララちゃん。




「うおおおおおおっ! いくぜぇぇぇぇぇぇっ!!」



だっ!と地面を蹴り、大将はサララちゃんに突進していった。







「50ぅぅぅぅ・・・!」



物凄い顔で、我が娘に殴りかかってくる角刈りタル。




「メートルぅぅぅ・・・!」



悪鬼のごとき顔となった大将の右拳が、唸りを上げた。



「パアアアァァァァァァァンチィィ!!!」







どっがあああああああああっ!!


バヂバヂバヂバヂィィ!




大将の右拳のバリアと、サララちゃんが交差した腕から発生したバリアが、

真正面からぶつかり合った。



「うぐぐぐぐぐぐーーーーーっ!」


固く目を瞑り、歯を食いしばり、必死に両腕からバリアを展開するサララちゃん。


「よぉしっ! そのまま耐えろサララ! 頑張って俺っちのパンチを押さえ込めぇぇ!」

「ううううっ・・・ぐぐぐぐぐーーーっ!><」


バヂバヂバヂィ!と、ピンク色の閃光を周囲に弾けさせつつ、

大将が放った必殺拳50メートルパンチ≠、必死に受け止めるサララちゃん。



・・・だが、その5秒後・・・



「・・・だ、だめなのですっ>< バリアが・・・消えるぅぅーーーっ!」


サララちゃんを覆っていたピンク色の障壁が消えうせ、

大将の50mパンチの威力を押さえ込むことが出来ずに、

そのままサララちゃんは川の方へと、まるでボールのように吹っ飛ばされた。


「わ、わああああああぁぁぁーーーーーーっ><」



「サ、サララぁぁぁーーーーーっ!!」





ぽーん、と飛ばされていったサララちゃんは、

川の水面上を、まるで平べったい石を投げた時のように、

ばちゃん、ばちゃんと何度か跳ねた後、

川の中央辺りにぶくぶくと沈んで行った。




「うおおおおおっ! サ、サララよぉぉーーーーっ!!」

だくだくと滝のように涙を流しながら、大地を強く蹴ってジャンプ≠オ、

サララちゃんが沈んで行った川の中央辺りまで、ひとっとびで移動する大将。



「ぶくぶくぶくぶく・・・><」

「し、しっかりしろ、サララぁ!」

川の中に沈んでいったサララちゃんを抱きかかえて救出し、

大将は再びぴょーんとジャンプして、あっという間に河川敷まで戻る。


「だ、大丈夫けぇ!? ほれ、水を吐き出すんだぁ!」

滝のような勢いで泣きながら、サララちゃんの背中をぽんぽんと叩く大将。

「ううう・・・>< ・・・く、くやしいのです><;

どう頑張っても、やっぱり5秒以上はバリアを維持できないのです><;」

ごほん、ごほん、と水を吐き出しつつ、しゅん、と肩を落とすサララちゃん。

「サララ、もうやめとこう! いくらバリアがあるとはいえ、俺っちの50mパンチを

そう何度も受け続けると、そのうち大怪我しちまうぞぉ!」

「だ、だめなのです! あたしがバリアをうまく使いこなせるようになれば、

1−Bの友だちを護ってやることができるのです!

だからなんとしても、5秒以上維持できるようにならないと!」

「サ、サララ・・・おめぇ、成長したなぁ; ;」

入学当初は、自分がクラスで1番強いことにしかこだわっていなかったサララちゃんが、

今はクラスメートたちを自分が護ることを考え、

休日に必死に特訓していることに感動し、更に両目から涙を溢れさせる大将。

「だけどな、サララ。 気持ちはわかるが、無理をしちゃいけねえ。

さっき店の方にゴルトが来てたようだが、

あいつもあいつで生徒たちの防御力について、色々と考えてるようだ。

だからおめぇもゴルトを信じて、無理をせず少しずつバリアの使い方を覚えるんだ。」

「だ、だけど、この前も突然プールに半魚人が現れたし、

あいつらはもう、いつ襲ってくるかわからないのです!

あたしがバリアを使えるようになるまで、敵は待ってくれないのです!」

「だからと言って、無理して大怪我しちまったら元も子もねぇぞ。

とりあえずタオルとってくるから、まずは風邪ひかないように身体を拭くんだ。

ついでに何か飲み物もとってくるからよぉ!」

そう言って大将は、再びぴょーんとジャンプして、自宅の方へと飛んで行った。




「ううう・・・! パパのパンチを防御できさえすれば、どんな敵の攻撃だって怖くないのに、

どうしてもバリアを維持できないのです・・・! くやしいのです><」

土手を飛び越えて自宅に向かった大将の姿を眺めつつ、

サララちゃんは苛立ちまぎれに、地面に向かって握り拳をぶん!と強く振り下ろした。

「どうしてあたしのバリアは、すぐに消えちゃうですかー><」


・・・その瞬間、であった。





どぉん!





轟音と共に、地面の上にぼっこりと、

直径10センチほどの穴が穿たれた。






「・・・えっ・・・?」


サララちゃんが振り下ろした拳は、まったく地面には触れていない。

なのに地面の上には、丸い穴がぽっかりとあいている。

「・・・こ、これは・・・?」

目をぱちくりさせ、地面の上に出来た穴を凝視するサララちゃん。

「こ、この穴は・・・あたしがやったのですか?」

サララちゃんは、地面の穴と自分の右拳を交互に眺めつつ、

さっきやったのと同じように、もう一度右拳を地面に向けて振り下ろしてみた。




どぉん!





先ほどと同じような音とともに、まったく同じ大きさの穴が、

地面の上にもうひとつ、ぼっこりと穿たれた。

「・・・こ、これは・・・!」

地面の上に形成された2つの穴を見て、サララちゃんは目をぱちくりさせる。

「・・・も、もしかして・・・ひょっとしたら・・・」

サララちゃんの胸の内に、ある仮説が生まれる。




もしかしたら、自分が持っているバリアは、

大将のバリアとは少し性質が違うのではないか?







「・・・おーい、サララーー! タオルと飲み物持ってきたぞーー!」


ぴょーん、と空高くジャンプして、タオルとペットボトルを手にした大将が

自宅の方から河川敷へと戻ってくる。





「・・・パ、パパ・・・ちょっと聞きたいことがあるのですが・・・」

「ん? 藪から棒になんでぇ? 何が聞きたいんだぁ?」

「・・・パパはあのバリアを、自分の身体から離れたところに出したり、

あるいは敵に向かって射出したり出来るですか・・・?」

「あぁん? バリアを射出だぁ? いや、そんなことできねえぞぉ。 

あのバリアはあくまでも、俺っちの身体を護る障壁なんだからよぉ。

バリアの大きさを多少変えたりは出来るけど、

俺っちの身体から離れた場所に作ったりするのは無理だぜぇ。」

「・・・てことは、やっぱり・・・」

「ん? なんだってんでぇ?」

「・・・パパ・・・あたしのバリアは、パパのとはちょっと違うのかもしれないです・・・!」

地面の上にあいた2つの穴を見つめ、サララちゃんは言った。

「・・・5秒しか維持できない代わりに・・・あたしのバリアは・・・!」

サララちゃんは拳を握り締め、土手の斜面に向かって、思いっきり突き出した。



「・・・投げ槍のように・・・発射できるのです・・・!」





どぉん!




土手の斜面に、サララちゃんの拳大の穴がぼっこりと穿たれた。







「なっ・・・!?」

斜面に穿たれた穴を見て、大将は目を丸くして驚愕する。

「・・・や、やっぱり・・・!」

自分の右拳と、斜面に穿たれた穴を見て、サララちゃんは確信する。

「こ、こいつぁおでれーた! サララ、おめぇバリアを発射できるのか・・・!」

「ど、どうやらそうらしいのです! あたしも今の今まで知らなかったのです!」

「・・・バリアの・・・投げ槍・・・! 言わばバリアジャベリン≠ゥ・・・!」

「ただのジャベリンじゃないのです! あたしの考えが正しければ、多分・・・!」

そう言ってサララちゃんは、大将が持ってきたペットボトルを手に取ると、

それをぽーん、と上空に放り投げる。

そして・・・!


「とーーーー!!」


空中に放り投げたペットボトルに対し、サララちゃんは握り拳を突き出した。


・・・その瞬間・・・!



どぉん!



サララちゃんの放ったバリアジャベリン≠ェ、

ペットボトルを空中で射ち貫いたかと思えば・・・



なんとペットボトルは、まるで空中に縫い付けられたかのごとく、

落下せずにその場でぴたっ!と停止した。



「うおおおっ!? な、なんだこりゃあ!?」

「や、やっぱり^^ 思ったとおりなのです!

あたしはジャベリンを発射するだけじゃなく、

好きな場所に固定することができるのです^^」

「な、なんだってぇ!? そんなことができるのかぁ!?」

「現にこうして、ペットボトルを空中に縫い付けているのです! ぷんぷん!」

「な、なんてこった! ってこたぁおめぇ、これを戦闘に応用すれば、

敵を空中に縫い付けたりもできるってことじゃねえか!」

「しかも、もう20秒くらいたってるのに、まだペットボトルは落ちてこないのです!

自分には5秒しか張れないバリアが、かなり長い時間維持できてるのです^^」

「お、俺っちのバリアとは、似てるようで全然違う性質だ・・・!

サララにこんな力があったなんて・・・!」

「きっとママの力が混じったせいなのです^^

月から送られてくる魔力を、刀剣の形で固定するママの能力が

あたしに受け継がれたから、このバリアジャベリンを使えるんだと思うのです^^」

「な、なるほどなぁ・・・! すげえ、すげえぞサララぁぁ!」

がばっ!と、泣きながらサララちゃんを抱きしめる大将。

「うわー>< パパ、なにするのです!」

「ちきしょうめぇ! さすが俺っちとかあちゃんの娘だぁ!

そうだよなあ! 俺らにできねえことを、俺らの子どもがやる!

そうでなくちゃいけねえや、べらぼーめぇ!」

「パパー>< 暑苦しいから離すのです><」

「うおおおおおんっ! 半分こだぁ! かあちゃんに捧げた俺っちのこの命、

ルナナとサララで半分こだぁ! だが、50%ずつじゃねえぞぉ!

俺っちの命を200%に膨らまして、100%ずつ分け与えるぞぉ!」

「わかったから離すのです>< あたしはバリアジャベリンの練習をしたいのです><」

「ちきしょうめぇ! あの日ルナナの命を救って、本当によかったぁぁぁ; ;

俺もルナナも人間だぞぉぉ! 人造人間でも、ライフストリームの復讐者でもねえ!

俺たちはタルタルだぁ、ヴァナ・ディールに生きる人間なんだあああっ!」

「あ、当たり前のことを大声で言うな、なのです>< 恥ずかしいのです><」

「うおおおおおんっ! べらんめえ、ちきしょーめぇぇぇ!!」




・・・と、歓喜にむせび泣く大将であったが・・・


タルヤ=クルンヤは、気づいていなかった。



サララちゃんが、大将とルナナの能力を、半分ずつ受け継いでいるということは・・・





サララちゃんの能力には、まだ先があるということを、

大将はこの時点では気づいていなかった。





大将の両目に真紅の輝きが宿る時、真のブラック・レイン≠フ力が発動する。

夜空に浮かぶ月が満月となった時、ルナナのざんてつけん≠ヘ100%の力を発揮する。




・・・サララちゃんは、その両者の能力を受け継いでいるのである。







巨大な満月を背に、

紅い瞳を持つサララちゃんが降臨するのは、

もう少し先の話である。

















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〜〜〜〜〜 バストゥーク居住区 オオマ邸 〜〜〜〜〜




AM  1628








トレイの上にティーカップを2つ並べて置き、

ググってもヒットしないような正体不明の飲み物の入ったポットを手に持ち、

当たり前のように床から数センチ浮いて、音もなくスゥーッと空中を移動して、

ドナオルさんが図書室≠フ扉を開き、中へと入ってきた。



「・・・さて・・・あれから7時間ほど経過したが・・・」


図書室のテーブルの上にトレイとポットを置き、

ふわり、とソファに腰掛けるドナオルさん。


「・・・その様子だと・・・まだ見つかってはおらぬようだな・・・」


「・・・・・・」


両ひざを立て、床の上に腰を下ろし、両腕で己の頭を抱え込んでいるルル先生。



「・・・イリモ・ラ・ゴヴィ・スデムラを用意してきたゆえ、一息入れるがよいぞ。」

ドナオルさんはテーブルの上のポットを手に取ると、

ググっても絶対にヒットしない謎の飲み物を、

コポコポコポ・・・とティーカップに注ぎ始める。


「・・・この部屋にある、全てのグリモアに・・・一通り、問いかけてみました・・・」


床の上で頭を抱え込んだまま、ぽつりと呟くルル先生。


「・・・そうか。」

「・・・どれひとつとして・・・私の声に・・・応えてはくれませんでした・・・」

「・・・そうか。」

カップに注いだイリモ・ラ・ゴヴィ・スデムラなる名の赤い飲み物を、

ずずず・・・と静かにすするドナオルさん。

「・・・私には・・・資格が無かった・・・ということでしょうか・・・?」

「・・・そういうことになるな。」

「・・・・・・」

「・・・あるいは、違う受け取り方もできる。」

かたん、とティーカップをソーサーの上に置き、すっと目を伏せるドナオルさん。

「・・・その方の魔術は、すでに完成している。

白魔法も黒魔法も、極めて高いレベルで習得している。

ゆえに学者≠ニしての力など、その方には必要ないのではないか、と。」

「・・・・・・」

「戦闘において、回復魔法か攻撃魔法か、どちらかに専念すべきではないか。

欲張って両方を行使しようとして、学者の力を身に付けてしまうと、

白魔法も黒魔法も制限されてしまい、中途半端になってしまうのではないか。

グリモアたちは、その方にそう言っているのかもしれん。」

「・・・私の魔術には・・・今以上の伸びしろは無い、と・・・そういういうことですか・・・?」

「・・・古(いにしえ)の戦術魔導書、グリモア。

それらは全て意志があり、必要な者の手に、必要な時が来るとたどり着く。

・・・今、この図書室内にある数百冊のグリモアが、

一冊たりともその方に呼応しなかったということは、

その方にはグリモアは必要ないと、そういうことなのだ。」

「・・・この図書室に並べられているもの以外には、グリモアは無いのですか・・・?」

「無い。 今この部屋に並べてあるもので全てだ。

無論、世界のどこかには、まだグリモアは眠っているであろうがな。」

「・・・・・・」

考えるまでも無く、ルル先生には、今さらそんなものを探しに行っている時間など無い。

「・・・いや、もう一冊・・・シノさんが持っている、あのグリモアがあります・・・!

あれが私に力を貸してくれるということは、考えられませんでしょうか・・・?」

「あり得ぬ。 あのグリモア、奥義書アルマデル≠ヘ、シノだけのために存在している。

その方の頭蓋の中にある脳が、その方だけのものであるように、

シノの持つアルマデルは、シノだけのものなのだ。」

「・・・なるほど、納得しました。 他人の脳を、自分には移植できませんものね・・・」


ルル先生は、にっこりと微笑むと、元気良くその場に立ち上がった。


「・・・ドナオルさん、本日は色々とお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした。

私のために貴重なお時間を割いて下さいましたこと、感謝いたします。」

微笑みながら、深々と頭を下げるルル先生。

「・・・力になれず、すまなかった。 紹介してくれたスティーにも、顔向けができぬな。」

「とんでもございません。 全てはこの私に、学者たる資質が無かっただけのことです。

ドナオルさんの言うように、私は回復か攻撃、どちらかに専念する道がベストであると、

その事がわかっただけでも、充分な収穫でした^^」

「・・・そう言ってくれるならば、少しは余も救われるな。」

「・・・随分と長居してしまいました。 私はそろそろお暇させて頂き、

今の自分の実力に沿った戦術、戦法を、改めて見つめなおしてみようと思います。」

「・・・来たる京一門との決戦。 その方の活躍を祈っておるよ。」


すっ・・・と両者ともに手を差し伸べ、ドナオルさんとルル先生は、固い握手を交わした。





























「ブオッフォッフォッフォ。 ドナオル、キミらしくないですな。 

お越しいただいたお客人を、手ぶらで帰すつもりかね?」








図書室≠フドアに、よりかかるようにして・・・







ドナオルさんにも、ルル先生にも、

己の気配を一切読み取らせることなく、

いつの間にか男が1人、微笑みながら佇んでいた。






















「はっ!? ま、まさか・・・!」

その男の声を聴いた瞬間、常に沈着冷静で、

氷のごとき表情のドナオルさんが、あからさまにうろたえた。 




「あっ・・・! あなたは・・・!」

ルル先生も、かつて何度か会ったことのあるその男を見て、

慌てて姿勢を正し、気をつけした。





「ブオッフォッフォッフォッフォ! ブオッフォッフォッフォッフォ!」





両腕のハサミを垂直に立て、それをやや前後に揺らしつつ、

男は高らかに笑い声をあげた。





「ダ、ダーリンっ!! お、お帰りなさいまし!」


ばっ!とその場に正座して、床に三つ指をつき、深々とお辞儀するドナオルさん。



「ブオッフォッフォッフォ! ただいまドナオル。 長いこと家を空けて、すまなかったね。」

両腕の大きなハサミをパカパカと開閉させ、にっこりと妻に微笑みかけるおっさん。



この男こそ、この家の主であり、ドナオルの夫にしてシノの父親。


(自称)商社マン、タンバル=オオマである。







「こ、こんにちわオオマさん、ご無沙汰しております・・・!

バス学で保健医を努めさせていただいている、ルル=パージュと申します・・・!」

姿勢を正し、ぺこりと丁寧にお辞儀するルル先生。

「ブオッフォッフォッフォ! 保健の先生、シノが在学中にはお世話になりましたな!

大したお構いも出来ませんが、どうぞごゆっくりなさって下さい。」

パカッ、パカッ、とハサミを開閉しつつ、にっこりと微笑み会釈するタンバル。

「い、いえ、本日は朝からご自宅に押しかけてしまい、奥様にご迷惑をおかけしたので、

さすがにそろそろお暇させて頂こうかと思っていたところでして・・・」

「ブオッフォッフォッフォ! まあそう言わずに、もう少々^^

先ほども言いましたが、このオオマ邸をお訪ね頂いたお客人を、

手ぶらでお帰しするワケには参りませんからな^^」

「い、いえ、しかし・・・;」

「ダーリン、グリモアのことを言っているのであれば、

残念ながらこの図書室にある全てが、お客人には呼応しなかったのだ。

余も心苦しいが、使えぬグリモアを持たせて帰らせるワケにもいかぬであろう?」

「ブオッフォッフォッフォ! ドナオルよ、キミ自身がさっき言っていたじゃないか。」

にいっ、と微笑みつつ、タンバルはルル先生へ一歩近づく。

「全てのグリモアには意志があり、必要な者の手に、必要な時が来るとたどり着く。

そうではないのかね・・・?」

「それは充分承知だ。 だからこそ客人に、この図書室の全てのグリモアに、

一冊一冊問いかけてもらったのだ。 だが、そのどれもが呼応せず・・・」

「・・・ドナオル。 思い出してみなさい。 私の帰宅予定は、数ヶ月先だったはずだよ?

その私が、なぜ今日突然戻ってきたんだと思うね・・・?」

「・・・ダ、ダーリン・・・まさか・・・!」

「ブオッフォッフォッフォ。 不思議なこともあるものです^^」

言いつつタンバルは、右のハサミをずいっ!とルル先生へと突き出した。

「・・・私はここ数ヶ月間、冒険者たちによって発見された新大陸の、

アドゥリン都市同盟≠ネる地方(リージョン)の、古代遺跡を調査していましてな。

ところが何ヶ月にも渡ってずっと遺跡調査をしていたにも関わらず、

何一つ発見できず、最低でもあと2ヶ月は調査せねばなるまいと覚悟していたのですが・・・

それがほんの数日前、遺跡と全然関係ない山道を歩いていたところ、

何の脈絡もなく、ごく普通に道端に落ちていた、一冊の古文書を見つけましてな。」


言いつつタンバルは、右のハサミをゆっくりと開いていき・・・



ハサミの中に入れていた、

一冊の古い書物を、

ずいっとルル先生へ差し出した。





「なっ・・・!?」

ハサミの中にあった古文書を見て、目を丸くして驚愕するドナオルさん。

「・・・この波動・・・! よもや・・・レメゲトン=E・・!? 

ダーリン、まさかそれはレメゲトン≠ナはないのか・・・!?」

「数日前に見つけたばかりだからね。 まだ詳しい調査はしていないが・・・

ドナオル、キミがこの書物から特別な波動を感じるならば、当たりかもしれない。」

「レ・・・レメゲトン・・・? オオマさん、それはいったい・・・?;」

ドナオルさんの驚愕の表情に、ただならぬ空気を感じ取るルル先生。

「全てのグリモアには意志があり、必要な者の手に、必要な時が来るとたどり着く。

私はこの本を貴女の手に渡すために、帰宅したのかもしれませんな。」

「・・・客人よ。 レリミシエンピ、というものを知っておるか・・・?」

いつもの冷静な表情に戻り、ドナオルさんがルル先生に視線を向けてくる。

「えっ? そ、それは・・・いわゆるレリック、ミシック、エンピリアン、のことでしょうか・・・?」

「そうだ。 秘宝(レリック)、神器(ミシック)、そして最高天(エンピリアン)。

あらゆる武具の最上位に位置すると言われている、3つの武器郡の名称だ。」

「え、ええ・・・それは存じ上げておりますが・・・;」

「・・・古代の戦術魔導書・・・グリモアにも、その3つに値する個体が存在している。

グリモアの秘宝(レリック)、禁断の書ネクロノミコン=E・・

グリモアの神器(ミシック)、奥義書アルマデル=E・・」

「ブオッフォッフォッフォ! そしてグリモアの最高天(エンピリアン)・・・

その名を魔術書ソロモン≠ニ言いましてな。」

「ソ、ソロモンの魔術書・・・き、聞いたことがあります・・・!」

「ブオッフォッフォッフォ! 今、私の手の中にある、この書物・・・

これは我が妻ドナオルが言うように、恐らくはレメゲトン≠ニ呼ばれる古文書なのです。」

「・・・レメゲトンは、ありていに言うのであらば、ソロモン≠フ再訂版・・・

魔術書ソロモンを元に生み出された、偽典(ぎてん)レメゲトンと呼ばれておる。」

「つ、つまりは・・・エンピリアン・ウェポンの、コピー品・・・なのですか?」

「ま、言ってしまえばそういうことですな。

ですが、コピー品とあなどることなかれ。

ネクロノミコンやアルマデル、ソロモンほどの力は無いにせよ、

そんじょそこらのグリモアとは、比べ物にならぬほどの力を内包しておりますぞ。」

「え、ええ・・・こうして、手も触れずにただ見ているだけでも・・・

この書物から、なにか凄いエネルギーのようなものが感じられるような・・・」

「ブオッフォッフォッフォ! どうやらお客人を、手ぶらで返さずに済みそうですな^^」

「・・・余もスティーに顔向けが出来そうだ。」

フッ・・・と微笑み、ルル先生へと手をかざすドナオルさん。

「・・・さあ、もうやり方はわかっているはず。

保健医よ、今こそ偽典レメゲトンへと問いかけよ。」

「ブオッフォッフォッフォ! もう問いかける必要もないかもしれんがね^^

保健の先生と出会った瞬間、レメゲトンがこんなにも活き活きとしはじめた^^」

「そのようであるな、ダーリン。 遥かなる時を越え、偽典は自らの主とようやく出会えたのだ。」

「・・・偽典・・・レメゲトンよ・・・!」

ルル先生は、タンバルの右のハサミの中に収められてある魔導書へと手をかざし、

精神を強く集中させつつ、短く叫んだ。


「・・・汝が我がグリモアであるならば・・・応えよ・・・!」





ギュイイイィィィィィンッ・・・・!




タンバルのハサミの中の古文書は、まるで長き眠りから目覚めたかのごとく、

真っ赤な魔力の閃光を周囲に放ちながら・・・




ばさばさばさっ!と鳥のように羽ばたいて、

一直線にルル先生の手元へと飛び込んで行った・・・!








YO! 眠りについて数・百・年! 前の持ち主の 顔 もう失念!

久方ぶりに 持ち主登場! 嬉しいことに イケてるお嬢!

俺様 ちょいと名の知れた魔導書 そいつ手に入れて 嬉しいしょ?

これから魔法で 大活躍! YO 今日からアンタは マジ主役!』




「な・・・なんだかこの魔導書、私に何か話しかけてきているような・・・;」

「ブオッフォッフォッフォッフォ! グリモアが貴女に呼応したのです^^」

「・・・褒めて進ぜようぞ。 学者へのジョブチェンジ、見事に成し遂げたな。」




Hey!そりゃないぜ かなしい YO

俺様の声 聞こえてない模様!

これから寝食 共にするのに ブルーな気持ち 俺を侵食!』




「・・・この本・・・レメゲトン≠ェ、一生懸命私に話しかけてるようなんですが、

いまいち何を言っているのか、よく聞こえません;」

「なあに、心配はいりません。 グリモアと会話をすることが出来るという一族が、

どこかの名も無き国に、ごくごく稀にいるそうなのですが、

その一族が極めて特殊な能力の持ち主であるというだけで、

別にグリモアと会話できなくとも、学者の力は問題なく使えるはずですぞ^^」

「ダーリンの言うとおりだ。 現にうちのシノがそうであるからな。」

「奥義書アルマデルにしても、シノの前の持ち主は私なのですが、

アルマデルが時々私に何か言ってたような気がするけども、

結局一度もちゃんと会話をしたことがないですからな^^」

「そ、それでいいのかしら;」


『いい訳ないぜ そいつぁ言い訳だぜ

ジョーク混じりに 嬢と会話したい

なんとかガンバレ 会話のヒットパレード

俺様のシャウト  聞かなきゃアウト!』



「・・・な、なんか別にわざわざ聞かなくてもいいようなこと言ってるぽいので、

心置きなくグリモアとしての力だけを借りることにします;」

「ブオッフォッフォッフォッフォ! そうするといいですぞ^^」

「ソロモンの再訂版たる古文書、偽典レメゲトン。 必ずや、その方の力となってくれようぞ。」

「・・・あっ、あの、ところでタンバルさん; 

その、なんといいますか、このような希少な魔導書をお譲り頂き、

いったいいくらくらいお支払い致しましたらよろしいでしょうか・・・?

不勉強なもので、グリモア一冊の相場がいくらくらいなのか、皆目見当もつかず;」

「ブオッフォッフォッフォ! はて、何のことですかな?」

にいっ、と口元を緩ませるタンバル=オオマ。

「全てのグリモアには意志があり、必要な者の手に、必要な時が来るとたどり着く。

偽典レメゲトンが貴女の手に渡ったのは、売買によるものではありません。

アドゥリン都市同盟で何ヶ月も遺跡調査をしていた私が、

骨休めのため、久々に自宅に戻ってきたところ、

その本が私に勝手についてきただけですぞ^^」

「い、いや、そんな; こんな希少なものを、無料で頂くワケには;」

「遠慮せずともよい。 もらっておけ。 

どうせその方以外には、そのグリモアは使えぬのだ。」

フッ、と目を伏せて微笑むドナオルさん。

「し、しかしですね; 素人目にも、これは数百万ギルはするのではないかと;」

「なあに、ダーリンの気前の良さには慣れておる。

これまでにも、希少な品を次から次に客人に贈ってきたのだ。

今さらグリモア一冊程度で、余はどうこう言わんよ。」

「ブオッフォッフォッフォ! まあ、お美しい先生へのお近づきの印に、

私からのちょっとしたプレゼントとでも思って下さい^^」

「・・・・・・」






チャッ











突然、ハンドガンのようなものを取り出して、

無言でその銃口をタンバルへと向けるドナオル。




「ブ、ブフォオッ!?」


目と、口と、左右のハサミを限界まで大きく開き、

愕然の表情となるタンバル。






「・・・ダーリンを殺して、余も死ぬ。」

「い、いや、待ちなさいドナオル! い、今のはちょっとしたフランクな挨拶であってだね!

なにも本気で、美しい先生へのプレゼントだとか、そういうアレではなくてだね・・・!」

「・・・一万年にも及ぶ長き生の果て・・・よもやこんな終焉を迎えようとは・・・」

「お、落ち着きなさい! いや、私が悪かった!

私はただ、シノが3年間お世話になった保健の先生に対して、

純粋な感謝の気持ちの証として、グリモアをお譲りしただけだよ!」

「うそだっ! ダーリンは、若い女性が好きなんだっ・・・!

この保健の先生だって、そのハサミを見た瞬間、きっとダーリンに夢中になったはず!

だからもう、余はダーリンと共に、ここで死ぬしかないっ・・・!」

「な、なんでそうなるんだっ! と、とにかく銃を下ろしなさい、ドナオル!」

「うわあああっ! ダーリンのバカァーーー!」


ズギューン! ズギューン!



「う、うおおおおおっ!」


パカッ!と咄嗟に両腕のハサミを開き、

そこからバリアのようなものを発生させるタンバル。


ガキィン! ガキィン!


ハサミから発生したバリアが、ドナオルの銃弾を弾く。





「お、お、奥様っ! お、落ち着いて下さいっ!」

突然訪れた くるった 展開に動揺しつつも、

がばっ!とドナオルさんを羽交い絞めにし、必死に押さえつけるルル先生。

「はなしてぇぇー! ダーリンを殺して、余も死ぬのだぁーーーっ!」

「い、いや、そんな無茶な! とにかく落ち着いて、冷静に話をしましょう!」

「あんな浮気者、生かしておけないのよーっ! あいつを殺して、余も死ぬぅぅ!」

「か、完全に錯乱してるわ!」

「あわわわわ・・・まさかあんな軽いジョークで、ここまで半狂乱になるとは;

新大陸の調査のためとはいえ、数ヶ月も家を空けるんじゃなかった;」

『YO 提案するぜ お嬢!

こんな狂った家からは早々 尻尾を巻いてすぐに脱走!』

「な、何を言ってるのかいまいちわからないんだけど、

なんとなく今はレメゲトンの提案に従った方がいいような気がするわ;

タ、タンバルさん、ドナオルさん、私はこの場にいない方が良さそうですので、

お名残惜しくはあるんですが、本日はこれにてお暇させて頂こうかと;」

「そ、そうして下さい! そろそろジェノサイダー・ビームを放つかもしれませんので!」

「大戦中、ダボイ村の最深部で初めて出会った時は、

あんなに積極的にハサミで余の両腕をがっしりロックしようとしてたのに!

あの時のハサミはウソだったのね!」

「くっ・・・! 戦場の第一線から退いて久しい私が、

今のドナオルのジェノサイダー・ビームを受けきることが出来るか・・・!?

だが、愛娘シノのためにも、私はまだここで死ぬワケにはいかない・・・!

我が身に残りし全ての魔力をハサミに収集し、なんとか受け止めるしかない・・・!」



「な、なんだか話が壮絶になってきたわ;

2人の戦いに巻き込まれたらとんでもない目に合いそうだから、

急いでお暇させてもらわないと・・・!」

YO! こんな壮絶な修羅場、 のろのろしてたら マジGAMEOVER!』

「タ、タンバルさん、ドナオルさん、その、なんといいますか、ほどほどに;

そ、それでは私は、これにて失礼します・・・! さようなら・・・!」




ルル先生は、入手したての偽典レメゲトン≠小脇に挟むと、

脱兎のごとく全力疾走し、一目散にオオマ邸を後にするのであった。





















〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜










〜〜〜〜〜 バス学 校門付近 〜〜〜〜〜




AM  1657










「お〜^^ ここがウワサのバス学か〜〜^^ ようやく到着したな〜^^」


バス学の校門前の坂にやってきたゴルト、ボルタ、ハヤカの3人。


「なにがようやくだよ。 お前が商業区の噴水前広場で色々と買い食いしてたから、

たる屋の近くの土手からここまで来るのに、1時間以上もかかったんじゃないかー。」

「しょうがないだろ〜! ぼくは昼ごはんのカルボナーラ、全部食べられなかったんだ〜!

だからおなかが減ってしょうがなかったんだよ〜〜!」

「昼飯くらい、お前ランク10冒険者なんだから、合成でちゃちゃっと何か作れよなー。」

「フッ。 俺も昼間に同じ事を言った覚えがある。」

「だから、ぼくは魔法学校中退だから、合成なんてろくに出来ないんだってば〜〜!」



3人はそんな会話をしつつ、坂を上って校門の目の前までやってくる。


「・・・おっと、ここでストップ。」

「ん〜? なんだよゴルト〜? はやく中に入れろよ〜。」

「今この校門には、防犯用の守護障壁が施されてるんだよー。

許可証を持ってないヤツが通ろうとすると、弾き飛ばされちまうぞー。」

「それって、戦時中にウィンのゲートとかに使われてた、あのバリアみたいなもんか〜?」

「みたいなもんというか、そのものズバリあれだよ。」

「ほう。 戦争終結と同時に失われた、ロスト・スペルとは。

よくあの守護障壁の発生装置が現存していたものだ。」

「まーとにかく、今日は学校は休みで校舎は戸締りされてるけど、

ちょっくらデジョネイター・ザ・ラクーンを使って職員室に侵入して

許可証を取ってくるから、お前らここでちょっと待ってろよなー。」

言いつつゴルトは、高機能魔導繊維が詰め込まれたダンボール箱を抱えたまま、

片手で白衣の内ポッケから教員証明書を取り出すと、

それを障壁に向かってかざしつつ、てくてくと校門を通過する。





・・・と、そのまま職員室の方へと向かうゴルトの背後に・・・



「・・・ほう。 なかなか立派な校舎じゃないか。

昨年度までスティー先生が責任者だっただけあって、掃除も行き届いているな。」


なぜか当たり前のように障壁を通過し、

普通にゴルトの後についてきているハヤカ=ケンカ。


「ちょ!??? ハ、ハヤカ、お前どうやってあの障壁を通過したんだよ!?」

「・・・フッ。 俺の探偵としての腕前は、ヴァナ・ディール1だ。」

「いや、答えになってないだろ! いったいどうやったんだよ!?」

「こういう仕事をやっていると、守護障壁内に侵入する機会なんて山ほどあるんでな。

よって俺は、世界中のあらゆる守護障壁を通過できるようにと、

このオールマイティー・パスを独自に作り上げたのさ。」

「そ、そんなアイテムがあるのかよ!? 合成の天才のおいらですら、初耳だぞ!?」

「極めてイリーガル(非合法)なアイテムなんでね。 作り方は企業秘密さ。」

「こ、こいつ、本当に合成でもおいらを越えてヴァナで1番な部分もあるかもしれん;」


・・・と、ゴルトがハヤカに底知れぬ恐れを抱いていると・・・



「・・・ふむ。近代的な学び舎というのは、こんなに巨大な建物なのか。

頭でっかちの学生どもがわんさかと量産されてそうじゃな。」



当たり前のように、ボルタも障壁を突破してきた。




しかもどういうワケか、

ボルタの外見がジジィみたいになっている。





「いや、お前誰だよ!?」


オールバックにうずまきメガネのじじいボルタ≠、

飛び跳ねながら問い詰めるゴルト。

「ふん、驚くのも無理ないのう。 

いつもアホのような顔をしている坊とは違い、

このワシは見るからに知性派といった風体じゃからな。」

「いや、知性的とかどうとかじゃなくて、根本的に、お前なんなんだよ!? 

てか、どうやって障壁を越えてきたんだよ!?」

「おぬしが先ほど通行許可証として使った教員免許の情報を解読し、

さっき坊が買い食いしたホットドッグのレシートの裏地に、

まったく同じ物をコピー作成し、それを使って通ってきただけじゃ。」

「そ、そんなことできるワケないだろ! そんな簡単に許可証を偽造できたら、

侵入者防止用の守護障壁の意味がないだろー!」

「笑わせるでない。 この手のロスト・スペル装置を、

一時的に誤認させるくらいはお手のものじゃ。

OTZならばまだしも、こんなものワシにとってはオモチャにすぎんわい。

・・・というか、今ワシャ麻雀の途中で手が離せんから、これで戻るぞ。」


・・・と、そんな事を言いながら、

じじいボルタは不意にがくん!と身体を躍動させて・・・




『 VOLTA=RUDITA !! 』




背負っている大きなバックパックから、謎の電子音声が放たれたかと思えば、

大きな登山帽に大きなゴーグルの、見覚えのあるボルタの姿に戻った。



「よ〜し、それじゃお前の家に行こうぜ、ゴルト〜〜〜^^」


「・・・・・・;」

「そうか、お前は初めて見るんだったな、ボルタの交代≠。

ま、色々と困惑しているだろうが、詳しい説明はあとで本人にしてもらうといい。」

唖然としているゴルトの肩を、ぽん、と軽く叩くハヤカ。

「な、なんか、ボルタが謎の力を手に入れたらしいというウワサだけは聞いてたけど;

時々天才になったりとか、超人になったりとか、絶対笑い話だと思ってたのに・・・;」

「世の中、不思議なことは多々あるものさ。」

「・・・そうだな; あまり深く考えないようにしよう;」


学園が珍しいのか、勝手に1人でどんどん歩いていくボルタを追って、

ゴルトとハヤカもてくてくと歩き出すのであった。











〜〜〜〜〜 バス学 昇降口付近 〜〜〜〜〜




AM  1704







バス学の昇降口付近に歩を進めるゴルトたち3人。


ついさっき、障壁を当たり前のように突破して

ゴルトを驚かせたハヤカとボルタであったが・・・




今度はボルタとハヤカが驚く番であった。





「うおおお〜〜〜!? な、なんだ〜〜〜!?

あのプロペラ付きのでっかいヤカンは〜〜〜!?」


「・・・まさか・・・飛空挺・・・なのか・・・?」




「そうだよ。 おいらが造った個人用飛空挺、スカイ・ケトル零型だ。」


当たり前のように言い放つゴルトを見て、驚愕の表情となるハヤカとボルタ。



昔からヘンなヤツであるが、やはりこいつは天才なんだ、と

改めてゴルトのクリスタル合成スキルに驚愕する2人。






・・・すると突然、ボルタが背負っている大きなバックパックから、

再び謎の電子音声が放たれた。



『 MAGIC VOLTA !! 』




「ま、まさか、飛空挺を飛ばすほどの内燃機関を、

このサイズに収めたというのか!?

し、信じられん! も、もっと近くで見せてみい!」



『 VOLTA=RUDITA !! 』



「こ、こら〜〜〜! ぼくだって近くでみたいんだ〜〜〜!

勝手に交代≠キるなよ、じいちゃん!」



『 MAGIC VOLTA !! 』


「ええい、うるさいっ! 坊の答えは聞いとらんっ!

おぬしが見たところで、この天才的な合成技術は理解できまいっ!」


『 VOLTA=RUDITA !! 』


「いやだ〜! ぼくが先に乗せてもらうんだ〜〜! ひっこんでろ、マーリンじいちゃん!」






「うるさいぞボルター! 1人で器用にケンカするなー!

スカイ・ケトルの見物は後だー! まずは昨夜お前らが入手したっていう、

計画書とやらの話をするのが先だろー!」


ボルタのバックパックをがしりと掴み、ずるずると引きずっていくゴルト。



「・・・・・・」

「ほら、ハヤカも行くぞ! スカイ・ケトルはあとでゆっくり見ていいから、

今はお前の報告を聞くのが先だー!」

「・・・2番目だっ・・・!」

「・・・は?;」

「・・・お前の・・・合成技術は・・・ヴァナ・ディールじゃ2番目だっ・・・!!」

「い、いや、そんな唇を震わせながら、泣きそうな顔で言われても;」

「うおおお〜〜! ぼくをあのヤカンに乗せろ〜〜〜!」

「あーもう! あとにしろって言ってるだろ、ボルター!

まったく、昔から思ってたけど、魔法学校の1ねんファイアぐみ≠フ連中は、

どいつもこいつもみんなヘンなやつばっかりだー!」




要するに、ゴルトの同級生たちはみんなおかしいのである。(ゴルト本人含む)









〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜









そんなこんなで、ゴルトが校庭に勝手に作ったスカイ・ケトルのヘリポートを通り過ぎ、

ようやくゴルトの住居の犬小屋の前までやってきた3人。





そこで、今度は3人まとめて驚愕させられた。









「・・・ようし! だいぶよくなってきたぞい!

さあ、今度は一番最初から通して行くぞ!」

「ええっ!? ま、また最初からですか!?;」

「が、学園長; ワタシ、もう声が枯れてしまいそうです;」

「ええい、うるさい! 泣き言抜かすでない! さ、音楽スタートじゃ!」




側面から機械アームを伸ばし、

タクト(指揮棒)を持っているだるまが、

フェルツマン学園長とサトウ教頭を並べて

歌を唄わせていた。




「・・・さん、はい!」

「「・・・あーさも よーるも 恋焦がれて〜♪」」

「もっと高らかに、元気良く!」

「「星になるよー キミ守るー 戦いは行方知らズー♪」」











「・・・・・・(゚口゚;)(゚口゚;)(゚口゚;)





指揮棒を振るうだるまに怒られながら、

おじさん2人が泣きそうな顔で唄わされているという、

完全に くるっている 光景。






「ううう・・・; が、学園長; かれこれ4時間くらい続いてますよ;

いったいいつまで、ワタシたちは唄わないといけないのでしょう;」

「わ、わかりません; しかし私は、なぜかこのだるま対して、

ものすごい恩があるような気がするので、逆らえないのです;」

「こらぁ! 私語をするんじゃない! 

ちゃんとだるまのテーマソングを真剣に唄わんかぁ!」


「「明日と昨日の交差点で〜♪ 

交わらない キミとわし♪

今行くよ わしは流れ星〜♪」」







「・・・き、きが・・・くるっとる・・・!」

顔全体から汗を流し、ようやくそれだけを口にするゴルト。

「な、なんなんだ〜!? あのだるま、なんかすごいぞ〜〜!?」

ゴーグルの下で目を丸くして、がたがたと全身を奮わせるボルタ。

「・・・・・」

ウェスタンハットのツバで目元を隠したまま、微動だにしないハヤカ。






「・・・ん? おー、ゴルトではないか^^ ようやく戻ってきたか^^」

ゴルトたちに気づいただるまは、機械アームを左右にぶんぶんと振ってみせる。

「ほほう、ボルタ=ルディタとハヤカ=ケンカも一緒か^^

おんしらが3人並んどるのは久々に見るのう^^

あとはアジドさえいれば、かつての悪ガキ4人が勢ぞろいじゃな^^」



「お、おいゴルト〜! あのだるま、ぼくたちのこと知ってるみたいだぞ〜!?

いったい何なんだよ、あのだるまは〜!?」

「・・・ちょっと考えればわかるだろ; あんなの作るのは、世界に1人しかいないだろ;」

「・・・あ、相変わらずあの人の魔導工学は、もはやOTZに匹敵するレベルだな・・・」

さすがのハヤカ=ケンカも、あのだるまを目にしては、

いつものようにヴァナで2番目とは言い切れないようであった。



「おお、ゴ、ゴルト教授! ようやく戻ってきてくれましたか!」

どすどすと足音を響かせ、すがるようにゴルトに近寄ってくるフェルツマン。

「よーガルカ。 なんでガルカとサトウのおじさんが、

休みの日においらの家の前にいるんだー?」

「い、いえ、ゴルト教授に緊急にお知らせしたいことがあったので来たのですが、

あのだるまがよくきたな^^ ヒマでヒマで死にそうじゃった^^≠ニか言い出して、

自分のテーマソングを私たちに無理やり唄わせていたんです;」

「そんなことして、一体何が楽しいんだよ、あのだるまは;」

はあ・・・と大きくため息をつき、とりあえず抱えていたダンボール箱を、

犬小屋の横にどすん、と下ろすゴルト。



「・・・さて、と。 やることが山積みだな。

さしあたって、何からやっていくべきか・・・」

あまりにもカオスな光景を眺めつつ、白衣のポッケに手を突っ込むゴルト。

「・・・とりあえず、まずはガルカの緊急の用事ってのを聞いてみるか。

おいガルカ、いったい何の用でおいらのところに来たんだー?」

「はあ・・・そ、その前に、こちらの見知らぬ2人のタルさんは・・・?」

「あー、こいつらなら大丈夫だぞ。 前に言っただろ?

おいらは自腹で探偵を雇って、京一門のことを調べてもらってるって。

その探偵がこのギター持ってるヤツだ。」

「・・・フッ。 私立探偵、ハヤカ=ケンカです。」

「おお、あなたが探偵さんですか! はじめまして、私は当学園の学園長、

フェルツマンと申します。」

「フッ。 厳密には、あなたを見るのは初めてではないんですがね。

ま、こうしてちゃんと話すのは、確かに今日が初めてではある。」

「はあ・・・あなたも魔法学校でスティー先生の教え子だったのならば、

どこかで私を見かけたこともあるかもしれませんなあ。

・・・して、もう1人のお方は?」

「うひゃひゃひゃ、こいつはその魔法学校を中退した、アホのボルタだぞー。」

「こら〜〜〜! アホとはなんだゴルト〜〜〜!」

「ボ、ボルタ!? ということは、ひょっとしてあなたが、

私に次いで、2人目の魔法学校特別野外教員となったという少年ですかな!?」

「え〜!? ていうことは、ガルカのおじさんが第1号の特別野外教員なの〜!?

へ〜、今まで会う機会が無かったけど、バス学の校長先生になってたのか〜^^」

「あなたの話は、コルモル先生からたびたび聞いておりましたぞ^^

大戦後、あっという間にランク10冒険者の資格を手に入れたそうで、

同じ職務に就いていた身として、実に誇らしかったものです^^」

「ぼくの方も、おじさんの話はよく聞いてたよ〜〜^^

戦争孤児を何百人も保護して、魔法学校まで避難させたって話を聞いて、

ぼくも負けてられないなって、いつも思ってたよ〜〜〜^^」

「いやあ、ハヤカさんにボルタさん、お会い出来て光栄です。

バス学の危機にお力をお貸しくださってるようで、感謝のしようもございません。

あ、こちらは当学園で私の補佐を勤めていただいている、サトウ教頭です。」

「は、はじめまして、当学園の教頭、カツトシ=サトウと申します。」

「・・・フッ。 さすがスティー先生が築き上げた学園だ。

あらゆる方面のスペシャリストが、わんさかと集まっているようで。」

「へ〜? なあハヤカ、こっちの細いおじさんもすごい人なのか〜?」

「まあ・・・知る人ぞ知る・・・といったところだな。

だがその技能は、超一流だと聞き及ぶ。」

「ははは・・・さすが探偵さんです。 こんなワタシのことまで知ってらっしゃるとは。」

 

・・・と、それぞれ簡単な自己紹介を交わし合う、

ハヤカとボルタ、ガルカとサトウ教頭。


「かっかっか^^ ま、色々集まっとるが、この中で一番すごいのはこのわしじゃ^^」


「ゴ、ゴルト教授; 一番気になってるあのだるまは、一体なんなんですかな;」

「ワタシも思ってました; 中間試験の辺りから、この小屋の隣にずっといますが、

あれはそもそもどういう存在なのでしょう;」

「ぼくも聞こうと思ってたんだ〜! あのだるま、敵なんじゃないのか〜〜!?」

「だから言ってるだろ; こんなの作るのは、世界に1人しかいないってよ;

このだるまは、あのロクデナシタルが造ったオートマトンなんだよ;」

「ロ、ロクデナシって・・・まさかコルモル先生かよ〜!?」

「な、なんと!? あのコルモル博士が、このだるまを!?」

「バ、バカモン! ちがうぞ! わしゃあくまでも、ただのだるまじゃ! 

どこにでもあるような、ただの置物じゃ!」

「そ、そうだったのか〜〜! ハヤカの言ってたとおりだな〜!

コルモル博士なら、すでにリンクパール以外の手段を使って

必ずゴルトと連絡を取り合ってるはずだって言ってたけど、

まさかこんなだるまを使ってたなんて〜〜〜!」

「コ、コルモル博士! そ、その節は、名も無き放浪のガルカであった私に、

言葉では言い表せないほどの、大変なご恩を授けて頂きまして・・・!」

「だから、違うっちゅうとるじゃろうが! わしゃただのだるまだって!」


珍しがってぺたぺたと胴体を触るボルタや、

その場に土下座する勢いで深々と頭を下げるガルカを、

必死になって怒鳴りつけるだるま。




「・・・てか、そのだるまに関わってたら話が進まなくなるぞー。

そんなことより、おいらに緊急の用事ってなんなんだよガルカー?」

白衣のポッケに手を突っ込んだまま、先ほどのダンボール箱の上に

ちょこんと腰を下ろすゴルト。

「おお、そうでしたな! それを先に伝えませんと!」

言いつつフェルツマンは、スーツの上着のポッケから小さな小箱を取り出し、

ずいっとゴルトへと手渡した。

「今朝方、私の自宅のポストにこんなものが入っておりましてな。」

「ん? なんだこれ?」

「箱の中には、真っ黒なリンクパールがひとつ入っておりました。

そして、こんな手紙が添えられておりましてな・・・」




話し合いをしたい。 三日以内に連絡せよ。 葵 京之助





「・・・・・・!!」

手紙の文面を見た瞬間、ゴルトは瞬時に真顔となった。


「・・・ほほう。 一門の宗匠が、直々にコンタクトを求めてきおったか。」

ゴルトの肩越しに手紙を眺め、だるまがぼそりと呟く。


「これは明らかに、イタズラや冗談の類ではなさそうですからな。

さしあたって、まずはゴルト教授にお知らせせねばと思い、

慌てて学園にやってきたのですよ。」

「・・・なるほどなー。 だけど、なんでわざわざサトウのおじさんまで連れてきたんだよ?」

「フフッ・・・話し合い≠ネらば、彼の出番ですからな。」

「ははは・・・及ばずながら、全力を尽くさせていただきますです。」

「い、いや、サトウのおじさんに任せていいようなことじゃないだろ;」

「ばかもん。 おんしは何もわかっとらんのう。」

言いつつ、ゴルトの後頭部にごつん、と頭突きしてくるだるま。

「あいたっ! な、なにするんだよー!」

「ヘタすれば戦争勃発の引き金になるかもしれんような、

こんな難交渉(タフ・ネゴシエイト)、素人に勤まるワケなかろうが。

モチはモチ屋、ネゴシエイトはネゴシエイターに任せておかんかい。」

「ネ、ネゴシエイターって、この細っこいクネクネのおじさんがぁ!?

マジかよ!? 校内でもヘビメタくらいにしか勝てそうにないモヤシなのに!?」

「・・・いや、ワタシはこの学園の教頭であって、

新人教師のあなたよりも、だいぶ偉い上司なんですが;」

「サトウ教頭、諦めなさい; 学園長の私でさえ、平然とガルカよばわりするこの人に、

今さら職場の上下関係を理解させるのは不可能です;」

はあ・・・と、深く大きなため息をつくおじさん2人。


「・・・しかし、なんでまた宗匠ジジィのヤツ、急に話し合いとか言い出したんだ?

あいつらのことだから、有無を言わさずいきなり戦争を仕掛けてくると思ってたのに。」

「そらまあ、普通に考えて、相手の方の事情が変わったんじゃろ。 

・・・その原因は、ハヤカ=ケンカ。 おんしにあると見た。」

「・・・フッ。 さすがコルモル博士。 ご推察のとおりです。」

「わしゃだるまじゃと言うとるじゃろ!」

「原因がハヤカ・・・? ・・・あっ! そうか!」

ぽん、と握り拳を手の平に落とすゴルト。

「そうだゴルト。 昨夜、俺たちがヤツらの研究所から盗み出した、例の計画書だ。」

「あいつらがバス学を狙っている、その理由が書かれてるらしい計画書・・・!

それをこっちが手に入れたもんだから、宗匠ジジィはあせってるんだな・・・!」

「フッ。 恐らくそういうことだろう。」

「かっかっか^^ 面白そうな展開になってきたのう^^

してハヤカ、その計画書にはどんなことが書かれてあったんじゃ?」

「それが、あまりにも難解すぎましてね。 まだ解読できていないんですよ。

時間さえかければ、俺やボルタでもいずれは解読できるでしょうが、

1日2日の短時間で解読せねばならないとなると・・・」

「うむ、わかった。 みなまで言うな。 だるまの力が必要なんじゃな。

よかろう、その計画書の解読、わしにまかせとかんかい。」

「助かります。 計画書の原本は安全な場所に隠してありますので、

内容をそのままトレスしたものを持ってきています。」

「よし、じゃあその写しをだるまの口に入れるんじゃ。」

ぱかっ、と大きく開かれただるまの口に、計画書の写しを放り込むハヤカ。

「よし、この計画書の内容、一昼夜以内に解読してみせよう。

フェルツマンよ、このリンクパールと手紙がおんしの家に投函されてあったのは、

いつのことじゃ?」

「はあ・・・恐らくは昨日の深夜か、本日の早朝ではないかと・・・」

「ぼくたちが計画書を盗み出したのは、昨日の深夜1時くらいだったかなあ?

てことは、ガルカのおじさんに手紙が届いたのは、その後ってことだな〜。」

「この手紙には、三日以内に話し合いをしよう、と書かれておる。

ならば、光曜日の今日、闇曜日の明日、そして休み明けの火曜日までが、

話し合いのタイムリミットということじゃ。」

「ヤツらとの話し合いを有利に進めるためには、

計画書の解読は絶対に必要だなー。」

「わかっとるわい。 じゃから一昼夜以内に終わらせるっちゅうとるじゃろ。

計画書を解読し、ヤツらの狙いが判明した後で、交渉という流れでいこう。

ま、休み明けの火曜日辺りを予定しておくか。」

「・・・それまでに、あらゆる準備を終わらせておかないとなー。」

自分が腰掛けているダンボール箱を、ぽん、と叩いてみせるゴルト。

「その通りじゃ。 あの狂った連中相手に、話し合いだけでケリがつくとは思えん。

話し合いの結果がどうなろうが、遅かれ早かれ、どの道やり合うはめになるじゃろ。」

「うう・・・; 相手はすでに、自分たちの好きな時に、学園内の好きな場所に

戦闘員たちを送り込んでくることが可能ですからな;」

「・・・けっ・・・そうそう好き勝手にやらせるかよ・・・!

バス学は無抵抗なサンドバッグじゃねーことを、思い知らせてやる・・・!」

「フェルツマンよ。 ハヤカ=ケンカとボルタ=ルディタの2名を、

休み明けから数週間、教育実習生として学園に通わせるための手続きをしておくのじゃ。」

「えっ!? こ、この2人を・・・ですか?」

「うむ。 決戦が迫っておるんじゃ。 可能な限り戦力は整えておかねばな。」

「は、はあ; それはそうですが、しかしこのお2人、授業なんて出来るのでしょうか?;」

「フッ。 俺はヴァナ・ディール1の探偵だ。 

この世界に存在する、ありとあらゆるライセンスを所持している。

もちろん国家公務教員免許も、ほれこのとおり、さ。」

「ぼくだって、特別野外教員のライセンスを持ってるぞ〜〜^^

授業はマーリンに交代≠オてやってもらえばいいや〜。」

「う、ううむ; 一応ライセンスは持ってるようですが、いいんだろうか;」

「大丈夫じゃ。 教育実習生なんじゃから、ちょっとくらいヘマしても問題ないわい。

そんな些細なことよりも、こやつらをしばらく学園に置いておくことが、

どれだけこちら側にメリットがあることか。」

「・・・フッ、やれやれ。 ゴルトへの計画書の報告と、

その計画書の解読をコルモル博士に頼みに来ただけのつもりだったのに、

いつの間にかしばらくこの学園に滞在する話になってしまっているな。」

「わしゃだるまじゃ。 博士じゃないぞ。」

「ん〜、まあいいんじゃないか〜? 近い内に京一門と戦争になるかもしれないんだろ〜?

だったらぼくたちもここに残って、学生たちをかっこよく守ってやろうぜ、ハヤカ〜^^」

「・・・フッ。 仕方ない。 一度引き受けた仕事は、最後までやり通さないとな。」

「そんかわり、この件が無事に解決したら、ぼくにもいくらかくれよなゴルト〜^^」

「わかったよー。 お前らの活躍に見合うだけのギャラを、後でたんまりと払ってやるさ。

てか、ハヤカはもちろん、ボルタの中にいる妙なじいさんの力は役立ちそうだからな。

これから2日間、生徒たちの武器や防具を作るのにも協力してもらうぞー!」

「フッ。 使う者の特徴もわからないのに、設計図から書け、なんてのはごめんだぜ。」

「その点は大丈夫だ、武器の方はもう試作品が完成してるから、

あとはそれを正式版の改修するだけだぞー。

防具の方も、もうほとんど完成品の形が見えてるから、

それほど手間はかからないはずだー。」

「・・・フッ、なるほど。 お前も今まで遊んでいたワケではない、ということか。

では時間も有り余ってはいないから、さっそく取り掛かるとしよう。」

「ああ! プロトGEシリーズは体育倉庫に置いてるから、さっそく取ってくる!

生徒たちと一緒に書き上げた設計図が、おいらの住居のその小屋の中にあるから、

2人ともまずはそれを確認しててくれ!」

「・・・こ、これが・・・お前の住居だって・・・?」

「そういやすっかり忘れてたけど、ぼくたちはお前の家に案内してもらったんだった〜!

ま、まさかこれが家だったなんて、予想外だぞ〜〜〜!」

「フッ、てっきりコルモル博士の、そのだるまの車庫か何かだと思っていたな・・・」

「わ、わしゃ博士じゃなく、ただのだるまじゃと言うとるだろ! いい加減にせんかい!」

「いいから、お前はさっさと計画書の解読を始めろよなー、だるまー!」

「なんじゃと!? 魔法学校で世話になった恩師に向かって、なんじゃその態度は!」

「どっちなんだよ!? だるまなのか、恩師なのか、はっきりしろよ!」





「・・・そ、それではゴルト教授! 私は自宅に戻り、

さっそく教育実習生の申請書類を作りますぞ!」

近い内に訪れるであろう、京一門との決戦に備えて動き出したタル3人とだるまを見て、

フェルツマン学園長も、己の責務を果たすためその場から駆け出す。

「あっ、が、学園長! ワタシもお手伝いいたします!」

ガルカの後を追って、サトウ教頭もひぃひぃ言いながら走り出す。






・・・光曜日の夕暮れ。

この一週間における、1日目の休日が終わりつつある時刻。


残る休日は明日一日、闇曜日のみ。

休み明けには、京一門とのパール通信による話し合いが待っている。





・・・いよいよ京一門との決戦前の、

最後の準備期間に突入したのである。

















〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





AM  1802





それから、小一時間ほどが経過した。




ハヤカとじじいボルタは、ゴルトと生徒たちによって書かれた設計図を基に、

プロトGEシリーズ≠正式版へと改修する作業。


ゴルトは、高機能魔導繊維の生地に時間をかけて少しずつ糸を通し、

生徒たちの纏うマントを作り上げる作業。


そしてだるまは、大きな両目に大量の数字や魔導文字を浮かべ、

ピコピコピコ、というビープ音のようなものを周囲に響かせつつ、

例の計画書の解読を行っているようであった。





・・・と、そんな休日のバス学の校庭を、

ゴルトたちの方へと向かって歩いてくる、ひとつの影。




・・・コツ、コツ、コツ、コツ・・・




ハイヒールの音を小さく響かせ、ゆっくりと歩いてくるのは、

スーツ姿の長身のエルヴァーン女性。





「・・・どうやらあのたまねぎも、助っ人を呼んで色々と作ってるようね。」


ジュノから戻ってきたマリ先生が、自宅には戻らず、

ゴルトに会うために、飛空挺公社からそのまま学園に直行してきた。










――次の瞬間、ボルタの背負っている大きなバックパックから、

電子音声のようなものが放たれた。




『 SPEED VOLTA !! 』






びゅうんっ・・・!





あっという間にじじいボルタ≠ェメガネボルタ≠ニなり、

瞬間移動さながらの超スピードで、マリ先生の近くへとやってきた。




「・・・やあどうも、はじめまして、エルヴァーンのお姉さん。

ボクはガウェイン。 これ、つまらないものですが、

たった今、0.02秒で中庭の花壇まで行って摘んできた、バラの花です。」


「・・・はいはい。 よろしくね、ボク。 またあとでね。」


バラの花を指先でつまんでいるメガネボルタの頭を、ぐいっと後ろに追いやって、

マリ先生はずんずんとゴルトの方へと歩いてくる。





「おー? なんだよ、誰かと思えばマリっぺじゃないかー。

今日は休みの日なのに、色んなやつが学校に来るなー。」

縫いかけの学生マントを地面に置き、ふー、と大きく息を吐き、

自分の肩をトントンと叩くゴルト。

「・・・それ、なあに?」

「うひゃひゃひゃ^^ 見ろよこれ、すごいだろー^^

おいらの白衣と同じ生地を、奇跡的にこんなに大量に手に入れたんだー^^」

「・・・その生地で、ひょっとしてあの子たちのマントを作ってるの・・・?」

「んー? まあなー。 このマントと、正式版のGEシリーズさえあれば、

あいつら生徒どもも、少しはおいらの役にたつだろーからな^^」

「・・・そう^^」

にっこりと微笑み、マリ先生はその場にしゃがみ込み、

ゴルトのデコを人差し指でつん、と突付いた。

「・・・あんた、ちゃんとあの子たちの事を考えてあげてるのね^^

えらいじゃない、見直したわ^^ 褒めてあげる^^」

「な、なんだよー! お、おいらは天才なんだから、そのくらい当たり前だー!」

ぷいっ、とマリ先生から顔を背け、頬を膨らましてむすっとするゴルト。

「そ、そんなことより、何しに来たんだよー!?

お前、なんかおいらに用事があったんじゃないのかー!?」

「・・・んー・・・まあ、そうなんだけど・・・

優先順位から言うと、そのマントと生徒たちの武器の方が先だろうから、

やっぱりやめとくわ。」

言いつつマリ先生は、すっ、とその場に立ち上がる。

「・・・なんか忙しそうだし、邪魔しちゃ悪いから帰るわ^^」


びゅうんっ!


「・・・邪魔だなんて、とんでもない。 

エルヴァーンのお姉さん、よければこのボクと、

ちょっとその辺を歩きませんか・・・?」

風のごときスピードで、再びマリ先生の近くにやってきたメガネボルタ。

「・・・はいはい、ボク、また今度ね。」

メガネボルタの頭を、ぐいっと後ろに追いやって、

マリ先生はゴルトたちに背を向け、ゆっくりと歩き出した。







「・・・わかってるよマリっぺ。 心配しなくても大丈夫だ。」



立ち去ろうとしていたマリ先生の背中に、

ゴルトはぽつりと言葉を投げかける。



「・・・え?」

「・・・おいらにまかせとけ。 お前専用の武器も、ちゃんと考えてあるぜ。」

「・・・!!」

ばっ!とゴルトの方へと振り返るマリ先生。


「・・・おいらを・・・誰だと思ってる・・・?」

振り返ったマリ先生に、ゴルトは筒状に丸めた3つの設計図を、ぽいっと投げ渡した。




「・・・おいらは、この世界でただ1人、

教授≠フ称号を持っている男だぞ!」





マリ先生は無言のまま、ゴルトに手渡された3つの設計図を、慌てて開いてみた。


・・・何やらこまごまと書かれている設計図の内容自体は、

マリ先生にはよく理解できなかったが・・・




3つの武器の、それぞれの名称は理解できた。









ルル=パージュ 専用武器

「八咫鏡」(やたのかがみ)・・・!






ミケラン=ジャコミーナ 専用武器

「草薙剣」(くさなぎのつるぎ)・・・!




そして・・・!



マリー=フランソワーズ=ビクトワール

=ボーヴァルレ=シャルパンティエ 専用武器



「八尺瓊勾玉」(やさかにのまがたま)・・・!






「こ・・・これはっ・・・!」

3つの武器の設計図を見つめるマリ先生の両目が、大きく見開かれる。

「この・・・武器の・・・名称は・・・!」



鏡。

剣。

玉。


マリ先生にも、聞き覚えがあった。



ひんがしの国に、古来から伝わる神話の中に登場すると言われ、

また、ひんがしの国の帝、天皇≠ノ代々継承されているという、3つの神器・・・




曰く、三種の神器(みくさの かむだから)!











「・・・休み明けの火曜日までには、間に合わせてみせる・・・!」

どん!と自分の胸を、強く叩き・・・

「・・・お前の持つ戦闘力、おいらが極限まで引き出してやる・・・!」

ばさっ!と長い白衣を翻し・・・






ゴルトは力強く、マリ先生にきっぱりと言い放った・・・!







「おいらはプロフェッサー・ゴルト=エイト!

クリスタルに愛された天才≠セぜ・・・!」










to be continued.....!!