いやー、なんつうの?
どこまでも無限に広がる、この青い青い大海原を見てるとよー。
人間なんてモンは所詮、オレらには想像もつかないような、
ものすごく偉いどこかの何者かの慈悲によって、
かろうじてこの世界で生きる事を許されてるんだな、みたいな。
船の縁(へり)に足をかけ、風を全身に受けながら海を眺めていると、
ついついそんな事を考えちまうワケよ、これが。
さんさんと照りつける大きな太陽。
いつまでも耳に残る波の音。
ほんでもって、風に乗って優雅に空を飛んでいる、
一羽の白い アホウドリ。
浪漫(ろまん)ってヤツだねえ、実に。
これぞまさに、海に生きる男の血をたぎらせる光景ってヤツなんだろうな。
おっと、そろそろ挨拶しとこう。
アンタにとっての挨拶を、初めまして か、 お久しぶり か、
どっちにすべきか、ま、それはちょっとわからねえが・・・
今、こうして船の上から大海原を眺めている、このオレの名は・・・!
「ウォラァァァ!! アス公!
てめぇ、また甲板の掃除サボってやがるなぁ!」
「殺すぞてめぇ! ごるぁぁぁぁぁ!!」
「新入りのくせに、いつもいつもサボりやがってぇ!」
「たそがれてるんじゃねえ!仕事が山ほど待ってんぞぉ!」
「ひ、ひぎい>< せ、先輩方、ごめんなさぁい><」
「アス公!てめぇ、また目隠しして板の上を歩かせるぞ、オラァ!」
「それともマストに縛りつけて、下から焚き火の刑、いっとくかぁ!?」
「そろそろ樽に入れて片手剣ぶっ刺しの刑でもいいかもなぁ!ヒャハハハ!」
「リアル黒ヒゲか! よっしゃ! 何本目で口から血を吐くか、勝負だな!」
「や、やめてぇ>< せ、先輩方!そんな海賊みたいな事をしちゃらめぇ><」
「「「正真正銘、俺たちゃ海賊丸出しだろうが!」」」
「ですよねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!; ; 」
・・・オレの名は Asylum。
3ヶ月ほど前から、どういうワケか、海賊になっちまった男だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
Diomedeidae
― ダ イ オ ミ デ デ ィ ―
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
〜〜〜〜〜エラジア大陸 ググリュー洋 航行中の某船上〜〜〜〜〜
「・・・で、頭の上にリンゴを乗せられて、みんなの投げナイフのギャンブルの的にされて、
みんな大盛り上がりになった時、たまたまクルタダ船長が通りかかって、
助けてくれるかと思ったら、おい、ナイフより銃の方がおもしれぇぞ!≠ニ言い出して、
危うく死ぬところだった・・・という事でゴジャルか?」
船の甲板をデッキブラシでこすりつつ、呆れ顔でため息をつくタルタル。
「ちくしょう! この船のヤツら、おかしいよ! どうかしてるよ!
ホントに死ぬだろ、そんな事したら! 頭おかしいんじゃねえかあいつら!」
デッキブラシを握り締め、うっうっうっ・・・と泣きじゃくるアサイラム。
「アシャイラム! 元はといえば、お前が掃除をサボるからいけないんでゴジャル!」
「だってよぉ! 普段はあんたと一緒にやってるから、まだなんとかやれるけど、
こんなでかい船の甲板をオレ1人でみがくとか、普通やってられねえだろ!」
「しょうがないでゴジャル! セッシャは今日は食事当番だったでゴジャルから、
船内の厨房で全員分のさかなを焼いていたのでゴジャル!
大変でも、ひとりで全部やるしかないでゴジャろう!
お前が宝箱のカギ開けをしてる時は、セッシャは1人で掃除してるでゴジャルぞ!」
背中に大きな刀を背負ったタルタルは、アスを指差して眉を吊り上げる。
「いや、そりゃそうかもしれんけどよ、ちょっと掃除をサボったってだけで、
自分らの後輩を射撃の的にするなんて、いくらなんでもあんまりじゃねえか!?」
「呆れたヤツでゴジャル。ここは、泣く子も黙る海猫党≠フ船でゴジャルぞ?
それくらい当たり前でゴジャル。」
「そ、そんな; ; あれが当たり前だなんて、黒社会すぎる; ;」
このおかしな言葉遣いのタルタルは、この船でオレの次に海賊暦が短く、
オレが来る以前は、雑用を全部1人でやらされていたというアワレなヤツだ。
侍と海賊(コルセア)、2つのジョブを同時に極めようとしている変わり者で、
ひとたび背中の巨大刀を抜けば、誰もが目を丸くする程の腕前であると、
いつも自分で言っている。
抜いてるの見たことないけどな。
あるいは違う意味で、みんなが目を丸くするのかもしれねえ。
実はダイコンひとつ切れねえ、とかな。
んで、このタルの名前は・・・
あれ? よく考えたらオレ、知らねえや。
まあいいや、タル先輩≠ナ充分だ。
「まあ、これに懲りて、今後は仕事をサボらないようにすることでゴジャル。
ちゃんとマジメに働けば、みんなに怒られずに済むでゴジャルぞアシャイラム。」
「けどよぉタル先輩! いつもいつもオレらばっかり雑用を押し付けられて、
悔しいじゃないか! たまにはあいつらも掃除すりゃいいのに!」
「海賊の掟、その一番最初に書かれてるでゴジャろう。
上の者の、特に船長の命令は絶対だ≠ニ。」
「掟の最後にはこうも書いてたぞ! 海賊は全てに対して自由であれ≠チて!」
「ふム。 まあ、どっちの掟を優先するべきか、よく考えることでゴジャルな。」
「トホホホホ; ; 後者を選べば、即座にキツいお仕置きが; ;」
「というか、お前も手を動かすでゴジャル! さっきから、セッシャばっかりが
ひとりで掃除してるでゴジャルぞ!」
「うるさい! もう終わった事にすりゃいいんだよ! あいつら馬鹿だから、
ちょっとくらい汚れてても気付かねえよ!」
「セッシャはそういうのは嫌なのでゴジャル! やるならちゃんとやる!」
「じゃあひとりでやれよ!」
「もともとお前が1人でやらないといけないのを、セッシャは善意で
自主的に手伝ってやってるんでゴジャルぞ!」
「ちくしょう! こんな地味な仕事じゃなくて、もっとでかい事がしてえよ><」
・・・と、その時であった。
船室と甲板をつなぐ木造の扉が、勢い良く開け放たれた。
ばたぁん!
「アサイラム=ガーデン! キャップ=サップ!」
「うおおおっ!? ズ、ズィーハ姐さん! お、お疲れ様でゴジャル!」
「ひぎいい>< ぼ、ぼくは悪くないですぅ! このタルが言ったんですう!
掃除なんてもう終わった事にすれば、あいつら馬鹿だから気付かないって!」
びしっ! と、その場で即座に直立姿勢となるアサイラムとタル先輩。
この人はズィーハ姐さん。
海猫党≠ニ呼ばれるこの海賊団の、ナンバー2のオネェサンだ。
ぶっちゃけ船長よりも遥かに怖い、とてつもなく気風のいい女海賊。
オレやタル先輩はもちろん、他の先輩方も、このズィーハ姐さんには
怖くて誰も逆らえない。
この海賊団には女も何人かいるが、その中でもトップクラスの美人でもある。
オレは一昨日この人のパンツを盗もうとして、560発くらいビンタされた。
「ち、違うぞズィーハ姐さん!セ、セッシャはマジメに掃除していたでゴジャル!
アシャイラムが言ったんでゴジャル! こんなのやらなくていいって><」
「ち、ちがう! オレは何も言ってない! このタル野郎が、オレを悪の道に!」
「き、汚いぞアシャイラム! お前は人の親切を、そんな形で返すでゴジャルか!?」
「オレは、自分の身が何よりもかわいいんだ>< 平然と他人を犠牲にしてやるぞ!」
「ク、クズだ! お前は人間のクズでゴジャル!」
「何をごちゃごちゃ言ってんだいっ!さっさと船長室に来るんだよっ!
クルタダが、お前たちを連れてこいと言ってる!」
醜く罪を擦り付け合うアスとタルを、ばしっ!と一喝するズィーハ。
「へ・・・? ク、クルタダ船長が、セッシャたちを・・・?」
「ああん; ; 今度は何がバレたんだろう; ; 色々ありすぎてわからないや; ;」
「いいから2人とも、とっととこっちに来な!」
くいっ、とアゴ先を船室の方へと向けつつ、ズィーハは言った。
「アンタら2人に、仕事の話があるそうだよ・・・!」
〜〜〜〜〜海賊船 船長室〜〜〜〜〜
「いよぅ、来たかアサイラム。 さっきは大爆笑をとってたじゃねえか。」
イスに腰掛け、テーブルの上に両脚を投げ出した姿勢で、
布キレで銃を磨きつつ、ニヤリと微笑むエルヴァーンの海賊。
この誰が見てもイケメンなエルヴァーンこそ、この海賊団の頭(アタマ)であり、
この船の船長でもある男、通称「疾風のクルタダ」だ。
大胆でありながらもどこか飄々としている、勝負師を絵に描いたような男。
まさにクールでスタイリッシュな悪党だ。
クルーからの信頼は篤く、それどころか冒険者たちからの支持も集めている。
この人がいなければ、オレはこの船に進入してきたチンケなシーフとして、
その日の内に処刑されちまっていたかもしれない。
言わば命の恩人とも言える人物。
まあ、こいつのせいでオレは今、毎日ひどい目に逢ってるとも言えるんだが。
「船長、ひでえよ>< 助けてくれればいいのに、まさか銃を渡すなんて; ;」
「ククク・・・なあに、お前の悪運は異常だから、あの程度じゃ死にゃしねえさ。」
「そ、そんな・・・もし何かの間違いで死んだらどうするのさぁ!」
「そん時ゃその程度の運だったって諦めろよ。」
「む、無茶苦茶やあ; ; 」
「クク・・・・」
ごとり、とテーブルの上に6連式のリボルバー銃を置き、
アスたちの方へと身体を向けるクルタダ船長。
「さて、アサイラムにキャップ=サップ。 お前ら2人に、ちと頼まれて欲しい事がある。」
「ムム! 船長じきじきに、セッシャたちに頼みごとでゴジャルか?」
「で、できればお断りしたいですう><」
「そう警戒すんなって。 大した事じゃねえよ。」
クルタダは懐から一枚のSS(写真)を取り出すと、ピッ!と指で弾いた。
カードのように宙を舞う1枚のSSを、慌ててキャッチするタル先輩。
「船長、このSSはなんでゴジャルか?」
SSには、黒髪のロングストレートのヒュームの女性が写っていた。
顔半分を長い髪で覆い隠した、どこかもの悲しげな表情の、美しい女性。
「うほっ いい女^^」
「ククク・・・だろ?」
即座にSSの女性に食いついたアスを見て、唇を吊り上げるクルタダ。
「その女はな、俺たちが今向かっている、無数の群島の中にある小さな港町で、
ギャンブラーの真似事をしているヤツなんだけどよ・・・」
「ギャンブラー? という事は、この人もコルセアなのでゴジャルか?」
「まあ、元コルセア、と言うべきかな・・・」
「ふム・・・ その元コルセアの人が、セッシャたちの仕事とやらに、
一体どう関係があるのでゴジャルか?」
「なあに、簡単な話さ。 アサイラム、お前、この女とギャンブルしてこい。」
「わかりました^^ いてきまーしゅ、どん^^」
くるり、とその場から回れ右するアサイラム。
「ま、待たんかアシャイラム! ろくな説明も聞かずに行こうとするな!」
アスのズボンのすそを引っ張り、慌てて彼を止めるタル先輩。
「せ、船長! それだけじゃ、何がなんだかさっぱりでゴジャルよ!
もうちょっと詳しく話をして欲しいでゴジャル!」
「あん? 説明した方がいいか?」
「あ、当たり前でゴジャル! この女が何者かもわからないでゴジャル!」
「ククク、わかったよ。 ざっと説明してやろう。」
「オレは別にしなくてもいいんだけどなあ。」
「お前は黙ってろでゴジャル! 船長、お願いするでゴジャル。」
「そいつは数年ほど前、俺たち海猫党とは別の海賊団にいた女でな。
シークァール≠ニいう一味なんだが、まあ、そこの船長とは、
俺は古くからの顔なじみなんだけどよ。」
「ふム、シークァール、聞いた事があるでゴジャル。結構な武闘派海賊でゴジャルな。」
「ああ。 エレガントな俺らと違い、目に付いた獲物はとにかく喰らいまくる、
アブないおじさんたちの集団さ。」
「そんな海賊団にいたという事は、このSSの人もかなりのモノでゴジャルな。」
「ああ。一度だけ一緒に仕事をした事があるが、いい腕してたぜ。
ズィーハと交換してもいいくらいだ。」
「そうしましょう^^ 大賛成です^^」
「なんか言ったかいアサイラム?」
「冗談ですう>< こ、この部屋にいたの忘れてたあ><」
「お前は勇気があるのか臆病なのか、まったくわからないやつだねえ・・・」
「勇気なんてないさ、おばけなんてウソさ><」
「ええい、話が進まなくなるから、お前は黙っているでゴジャル!」
「昔から、何かと言えばすぐオレはそう言われるなあ;」
「船長、それで? この元女海賊が、どうしたんでゴジャルか?」
「ああ。 そいつは今、コルセアを引退して、とある港町の酒場にいるんだがよ。
その酒場で、とんでもない金額を賭けてギャンブルをしまくっていてな。
近隣の海賊どもをカモにして、ごっそりと財産を貯めこんでやがるのさ。」
「・・・ま、まさか、その財産を奪ってこいというつもりでゴジャルか?」
「ま、そういうこった。 奪うっつっても、別に強盗してこいってワケじゃないぜ?
正々堂々とギャンブルして、正当に奪って来い、って言ってんのさ。」
小指で耳をほじりながら、ぶっきらぼうに言うクルタダ。
「ふうム・・・しかしなんでまた、元仲間の財産を奪うようなマネを?」
「その女は、ちょいと派手に踊りすぎたのさ。 近隣の海賊をカモにするのは、
別に構いやしねえ。俺らは賭け事に生きるコルセアだしな。
だが、それは賭けの対象が金や財宝に限った話だ。」
「ムム? この女、金以外に何か賭けているのでゴジャルか?」
「名前≠セよ。」
「「名前ぇ?」」
アスとタル先輩の声が綺麗に重なり合う。
「なにそれ? ワケわかんないんですけどぉ?」
「要するに、金を賭けてギャンブルした後、負けた方はそれ以後、
てめぇの名を名乗れなくなるって事さ。」
「い、いや、なんでまたそんなものを賭けてるんでゴジャルか?」
「もともとこの女は孤児でなぁ。シークァールの船長に拾われて以来、
クルーの一員として、名前すら与えられないまま、ほとんど道具として
ずっと働かされていたのさ。通称ネームレス≠チてワケだ。」
「ネームレス=E・・」
「負かした相手の名を奪い、自分と同じ名無し≠ノする事を楽しんでるのか。
あるいは、気に入った名を奪い取り、それを自分のものにしようとしてるのか。
どっちかは知らねえけどな。」
「いや、名前を賭けるったって、そんなもん、例え賭けに負けて奪われたにしても、
後で普通に名乗ればいいだけじゃんか?バレやしないだろ?」
「セッシャもそう思うでゴジャル。賭けの対象にはならんでゴジャルよ。」
「確かに、賭けで取られたからって、普通に今までどおりに名乗る事は出来るだろう。
だが、一度賭けを反故≠ノしたコルセアは、もう二度と、
コルセアとしての能力を使えなくなるだろう。」
「なんで?」
「コルセアの能力は、その全てが、のるかそるかの賭けゴトさ。
賭けの負けをごまかすような輩に、幽霊賽=iファントムロール)は
決して力を貸しちゃくれねえ。覚えときな、アサイラム。」
「ふーん、なるほどなあ。」
「つまり船長、こういうことでゴジャルか?
このSSの女、ネームレス≠フせいで、近隣一帯のコルセアたちは、
賭けに負けてどんどん名前を取られていってる、と?」
「あー。 名だたる連中が、最近、こいつにごっそりとやられてる。
海賊にとって、せっかく上げた名前を奪われちゃ、商売あがったりってもんさ。
名を失った海賊は、部下のクルーたちからも見限られ、廃業一直線。」
「かといって、賭けの負けを反故にして、今までの名を名乗っても、
どのみちダイスを始めとした各種能力が使えなくなるでゴジャルから、同じ事・・・と。」
「要するに、1人で海賊を潰しまくってるのか。すごいオネエサンだなあ。」
「その代わり、勝てばオイシイぜ?」
ニヤリ、と笑うクルタダ。
「ああ、それ聞こうと思ったんだよ船長。 負ければ名前を取られるのはわかったけど、
勝ったらどうなんの?」
「そうでゴジャルよ。その人、名前が無いんでゴジャろう? こっちが勝った時、
もらえるものが無いでゴジャルよ。」
「ククク・・・まず、ネームレス≠破った海賊として、名が上がるというのがひとつ。
もうひとつは、この女そのものが、勝ったヤツのモノとなる・・・だそうだ。」
「じゃ、いってきまーす^^」
くるり、と笑顔で回れ右するアサイラム。
「だから待てと言ってるでゴジャル!」
アスのズボンのすそを引っ張り、慌てて彼を止めるタル先輩。
「はなせ! こんなにオイシイ話、めったにないぞ!」
「そうかもしれんけど、落ち着くでゴジャル! 色々と確認しておくでゴジャル!」
「なにをだよ!」
「たとえば、名前の前に、そもそも大金を賭けないと勝負できないんでゴジャろう?
そんな金なんか、お前、持ってないでゴジャろうが!」
「アッー! そう言えば、明らかに3000ギルくらいしか持ってない><」
「ほれみろでゴジャル! 金の事以外にも、他にも色々聞いておいた方がいいでゴジャル。」
「クックック・・・ああいいぜ。 なにが聞きたい、キャップ?」
「まず、なんでわざわざこんな女の事を、船長が気にするんでゴジャル?
こんなの別に、勝負してやらなくても、ほっとけばいいと思うでゴジャルが・・・」
「まあ、さっき言ったとおり、海賊仲間がどんどんこいつに喰われているから、
そろそろほっとくわけにはいかなくなった・・・ってのが理由のひとつ。
ほんでもって、もうひとつは・・・」
「もうひとつは?」
「こいつが一番欲しがってるのが疾風のクルタダ≠ニいう名前だから、さ。」
「せ、船長の名前を欲しがってるんでゴジャルか!?」
「ああ。ネームレス≠ヘ、この俺の名を奪い取る事によって、この界隈で
一躍スターダムにのし上がろうとしているらしい。」
「ふーム・・・確かに船長に勝ったとなれば、そいつはここいら一帯で、
一気にトップレベルのスターになるでゴジャろうな・・・」
「あのう、オレも前に勝ったはずなんですが、ものすごい下っ端のままですよ; ;」
「お前はマグレもいいところで勝ったんでゴジャろうが。
しかも船長はその時、かなり手を抜いていたと聞いたぞ。」
「ま、ありゃお前の入団テストみたいなもんだったしな。ククク・・・」
「オレは命がけで泣きながらダイス振ったのに><」
「まあともかくだ、そんなワケで、俺としてもそろそろネームレス≠
放置しておくワケにはいかなくなったのさ。だからアサイラム、
お前、ちょっくらその港町に行って、そいつをぶっ潰してこい。」
「えらいまた簡単に言うなあ; 負けたらオレ、アサイラムじゃなくなるのに;」
「勝った時のオイシイ景品は、お前が受けとっていいぜ。」
「いきます^^ ボク、そろそろこういう大きな仕事をしたかったんです^^」
「ちょ、ちょっと待ってくださいでゴジャル、船長!」
ぴょん、とその場で飛び跳ねるタル先輩。
「なんでアシャイラムなんでゴジャルか!? セッシャの方が先輩なのに!」
「うるさいこのエロタル! タルのくせにヒュームの女に欲情するなよ!」
「そういう問題じゃないでゴジャル!これはセッシャの自尊心の問題でゴジャル!
お前みたいな人間のクズにだけは、上に行かれてなるものか!」
「そ、そこまではっきりと言うことないじゃないか!」
お互いのほっぺをぐいー!と引っ張り合う2人。
「ククク・・・まあそうケンカするなよ。何も俺はアサイラムの方が
キャップより上の立場だって言ってるワケじゃねえんだからよ。」
「だ、だって船長! セッシャは3年くらいこの船にいるのに; ;」
「・・・ぶっちゃけ言うと、お前、ギャンブルに全然向いてねえからよ。」
「そ、そんなああああ!?」
あんぐり、と口を開くタル先輩。
「確かにセッシャは、この船において、誰にもギャンブルで勝った事ないけど、
だからと言って、あんまりでゴジャル!」
「じゃ、試してみるか?」
クルタダは懐から、ダイスを2つ取り出す。
「こいつを一回だけ振って、目が大きい方の勝ちだ。簡単な勝負だろ?」
そう言ってクルタダは、一方のダイスをテーブルの上で転がした。
コロン コロン
ダイスの目は、2であった。
「あちゃー、2かよ。 ひでえ目だ。」
「ムムム! いくらセッシャといえ、さすがに2より大きな数字を出すくらいなら!」
タル先輩はもう一方のダイスを手に取り、テーブルの上に転がした。
コロン コロン
「・・・・ぷっ!」
思わずアスは噴出した。
「ば、ばかな・・・・!」
思いっきり目を見開くタル先輩。
「・・・な? わかったろ、キャップ=サップ?」
ふう、と肩をすくめるクルタダ船長。
「ヒャハハハハハ! 逆にすげえよタル先輩! まさかここで1を出すとはwww」
腹をかかえて笑うアス。
「セ、セッシャは、幸運の女神に忌み嫌われているのでゴジャルか!?」
「女神サマの好みはどうだか知らねえが、ま、わかっただろ?
少なくともお前は、ギャンブル向きじゃねえってことさ。」
ちらり、とアスへと視線を向けるクルタダ。
「アサイラム。どうよ?お前も振ってみるか?」
タル先輩が振ったダイスを手に取り、それをぽいっとアスに放り投げ、
クルタダ船長はニヤリと笑う。
「5万ギルくらい賭けてやってみるか? 俺の数値は2のままでいいぜ?」
「・・・・・・・・・・・」
クルタダから渡されたダイスを手の平の上に置いたまま、
アスはしばらくそれを見つめる。
・・・これは、さっきタル先輩が振った方のダイス・・・
「・・・や、やめとくよ・・・船長;」
「へへへっ・・・」
にこっ、と子どものような顔で微笑むクルタダ。
「決まりだな。キャップよ、納得いかねえかもしれねえが、ここは俺の顔に免じて、
今回のギャンブルはアサイラムにまかせるから、お前はフォローに回ってくれ。」
「わ、わかったでゴジャル; ; 船長がそう言うんなら; ;」
自分のあまりの不運が嫌になった・・・というような顔で呟くタル先輩。
そんな時、船長室の扉が、どんどんと激しくノックされる。
「おう、入れ。」
「失礼しやす、船長ぉ! 目的地の群島が、そろそろ見えてくる頃ですぜぇ!」
扉の向こうに立っていたガルカが、野太い声でそう言ってくる。
「おうよ。すぐに行かせるから、小船を用意しといてくれ。」
「アイアイサー」
ガルカの海賊は、すぐに立ち去っていく。
「てなわけで、アサイラム、そしてキャップ=サップ。お前らはこれからボートを使って、
2人だけで港町に上陸しな。酒場に行きゃ、そのSSの女がいるはずだ。
勝負するのはアサイラム。キャップはこいつが脱走しないように見張っておくのと、
万が一、なにかトラブルがあった際の用心棒だ。」
「バ、バレてるう>< い、いや、うそです^^ 逃げようなんて考えた事もないよ^^」
「荒くれ者たちが集まる港町のようでゴジャルからな。セッシャ、一生懸命に
用心棒をするでゴジャル!」
びしっ!と直立姿勢で敬礼するタル先輩。
「しかし船長、名前を賭けるのはアシャイラムでいいとして、肝心の賭け金については、
いったいどうすればいいでゴジャルか?」
「ああ、今から説明するところだ。 ズィーハ、例のモノを。」
「はいよ。」
女海賊ズィーハは、上着の内側のホルダーに吊るしていた、
古い単発銃を取り出すと、テーブルの上にごとん、と置いた。
「ん? ズィーハ姐さん、なんだよこれ? 古臭い銃だなあ・・・」
「クルタダ。説明しておやりよ。」
「あー、そうだな。」
「年代モノでゴジャルなあ。 こんなの使ってるコルセア、今時いないでゴジャルよ。」
「ククク・・・確かにな。 弾は一発しか入らねぇわ、威力はないわ、ひでぇ代物だ。
こんなもん、ほとんど子どものおもちゃのレベルだ。」
ひょい、と古い銃を手に取り、銃口を持ち、グリップ部をアスに向けるクルタダ。
「賭け金はこいつだ、って言うんだ。 そう言えば、ネームレス≠ヘすぐに、
お前らが俺の使いの者だってわかるはずだぜ。」
「ほほー。 この古い銃が、船長独特の賭け方ってことでゴジャルか?」
「ああ。この銃を見たネームレス≠ヘ、恐らくこう考えるはずだ。
こいつを倒せば、次は疾風のクルタダが出てくるに違いない≠チてな。
金なんか賭けなくても、喜んで勝負してくれるに違いねえぜ。」
「なるほどなあ。 船長はあちこちで有名で、かっこいいなあ。」
クルタダに渡された古銃を受け取り、まじまじと眺めるアス。
「ククク・・・そう思うなら、お前もこのチャンスに、名を上げてこいよ。
ネームレス≠喰っちまえば、ちょっとは俺に近づけるかもしれねえぜ。」
「わあい^^ いたらきまーしゅ^q^」
「お気楽なヤツでゴジャル。 負けるかもしれないってのに・・・」
ふう、とため息をつくタル先輩。
「さ、これで説明は終わりだ。 もうボートの用意も出来てるはずだから、
港町に行って楽しんできな。 アサイラム、キャップ。」
だん、と両脚をテーブルの上に持ち上げて、ぐいっ、と
海賊帽を目深くかぶるクルタダ船長。
「わかりましたですぅ^^ 港町でギャンブルですぅ^^」
タラオのごとく、ピコピコピコン、と妙な足音をさせながら船長室を出て行くアス。
「ま、待つでゴジャル! 先輩を置いていくなでゴジャル!」
船長、副長にぺこりとお辞儀し、慌ててアスの後を追いかけるタル先輩。
「・・・悪党。」
2人が去っていったのを確認した後、ぼそり・・・と呟くズィーハ。
「ククク・・・さあて、いったい何のことだか。」
キュッキュッ、とヘキサガン≠磨きつつ、クルタダは静かに微笑んだ。
・・・初めての仕事らしい仕事に、心が躍って、しょうがなかったオレ。
この時点では、船長、ありがとう!≠ニすら思っていた。
オレの名は Asylum。
海賊というものがどんなものか、この日、嫌という程に知る事になる男だ。
〜〜〜〜〜海上 小さなボートの上〜〜〜〜〜
ぎいこ、ぎいこ、とオールを前後させ、視界の先にある群島のひとつを目指す、
アサイラムとタル先輩。
「楽しみだなあ^^ あんな美人が、ぼくに絶対服従になるなんて^^
日ごろの言動から、あいつはガチホモじゃねえか、とか思われてたオレだけど、
これからはようやく、まっとうな道を歩いていけそうだ^^」
ふひひひひ、と、ゲス野郎丸出しの表情でにやけるアス。
「勝てば、の話でゴジャろう。 もし負けたら、お前は名前を取られるでゴジャルぞ。」
タル用の、ほとんど意味がないと思われる小さなオールを、
一応、一生懸命に漕いでいるタル先輩。
「負けたら改名しないといけないでゴジャルぞ。 まあ、お前の名前なんて、
ほとんど誰も知らんだろうから、あんまり影響は無いと思うでゴジャルが・・・」
「あー、大丈夫、勝てる勝てる^^ オレって、何か知らんけど妙なところでツイてるから^^
あの船長にすら、ダイスで勝ったんだぞ^^」
「だからそれは船長は手抜きしてた上、マグレもいいところのビギナーズラックで
ギリギリで勝っただけでゴジャろう。本気になった船長に勝てるコルセアは、
世界のどこにもいないでゴジャるよ。」
「ふひひひひ^^ な、なあ、タル先輩! ほ、本当に何をやってもいいのかなあ?
うへへへへぇ! こ、この女と、い、い、いきなり寝ちまってもいいのかなあ!?」
「お、お前、本当に人間のクズでゴジャルな;」
「今ならなんでも出来る気がすんぞ! あのズィーハも、とっとと寝ちまって、
身体に教え込んで、オレの言う事聞かせてやろうかぁ? あぁん?」
「本当にいつか殺されるでゴジャルぞ、お前・・・」
波に押される力も手伝って、2人の小船はどんどん港町に向かって進んでいく。
「うム。港町が見えてきたでゴジャルぞ、アシャイラム。」
「割と小さい町だなあ。 マウラとかセルビナよりも小さいぞ。」
「どこでゴジャルか、それは?」
「あー、オレが前いた大陸に、そういう名前の港町があったんだよ。
マウラじゃ子どもからクゥダフ人形をぬすんで、セルビナでは
結婚式の祝儀泥棒として捕まったなあ^^」
「ははは、そりゃいいでゴジャル^^」(※ジョークだと思ってる)
「お、あそこの桟橋がよさそうだ。 ボートをつけようぜ、タル先輩。」
「よしきたでゴジャル!」
2人は木造の桟橋にボートを寄せて、名も無き港町に上陸するのであった。
〜〜〜〜〜名も無き港町〜〜〜〜〜
地元の漁師たちがジロジロと見つめてくる中、干物だらけの路地を、
町の中心部を目指し、てくてくと歩く2人。
「なんかジロジロと見られるなあ。」
「そりゃセッシャもお前も、青と白の横じまのシャツを着てて、
頭に赤いバンダナを巻いてるでゴジャルからな。
誰が見ても海賊の一味だって、一目でわかるでゴジャルよ。」
「この町でなんか悪さをするんじゃねえかと、怖がられてるのかな?」
「うーム、それだけじゃないような気もするでゴジャルが・・・」
と、タル先輩が首を傾げていると・・・
こつん!と、背後から、その大きな頭に小石が投げつけられた。
「あいた!>< 何をするでゴジャルか!」
「は? オレはなんもしてねえぞ?」
「今、セッシャのオツムに、後ろから、小石か何かがぶつかったでゴジャル!」
「オレじゃねえって! 横にいたのに、どうやって後ろから何か投げるんだよ!」
アスとタル先輩は、後方を確認する。
そこには、ちっぽけな古びた民家の影に隠れるようにして、
粗末な服を着た浮浪児のような子どもたちが、大勢いた。
「あ、あのガキどもじゃねえのか、タル先輩?」
「ムムム・・・! 確かにあっちの方から飛んで来たような気がするでゴジャル!」
子どもたちはみな、悲痛な表情で、ただじっとアスたちを睨みつけていた。
「おいタル先輩、あんた、あのガキどもに恨まれるような事でもしたのか?」
「そらお前でゴジャろう! さっき、人形を盗んだとかなんとか言ってたじゃないか!」
「あ、あれは1年くらい前の話だよ! なんでわざわざこんな場所で、
オレがガキの人形なんかを盗まないといけないんだよ!」
「いや、それを言うなら、1年くらい前のお前は、なんで盗んだんでゴジャるか!?」
「お、覚えてないけど、なんでだろう><」
・・・と、2人が醜く言い合っていると、子どもたちは次から次に、
手に持った小石をアスたちに投げつけ始めた。
「出て行け! 海賊め!」
「この街から出て行け!」
「かえれ! かえれ!」
ばしっ ばしっ ばしっ
アスとタル先輩に、小石が次々と命中する。
「や、やめてえ>< 石を投げないでえ><」
「ムムムム! こ、これはなんと・・・!」
「ちくしょう! オレはガキ相手でも本気になるような、かなりアレな大人なんだぞ!
ガキどもめ、1人ずつマウントポジションからの打撃を入れてやろうか!」
「弱い相手にはものすごく強気でゴジャルなあ。」
「海賊め! 海賊め!」
「パパとママを返せ! ; ;」
「でていけ! でていけ!」
「うぇーん、うぇーん; ;」
子どもたちの腕から、小石が次から次に投じられる。
「な、なんかオレら、悪党みたいな言われ方をしてるぞ、タル先輩;」
「そりゃセッシャたちはれっきとした海賊なんだから、普通に悪党でゴジャろう。」
「てか、石が結構痛い>< おいタル野郎、そろそろ反撃してこいよ!
タルだったら、町の人も子ども同士のケンカだって思うだろうから、
ここぞとばかりに無茶苦茶やってこい! 腕の骨を折ったりして!」
「武士であるセッシャが、子ども相手にそんな事できるわけないでゴジャル!
こ、ここはひとまず、ダッシュで逃げるでゴジャルぞアシャイラム!」
「と、とうとう子ども相手にも逃走>< オレの逃走記録は、いったいどこまで
記録を更新しつづけるんだ><」
子どもたちの小石を背に受けつつ、アスとタル先輩は大慌てで、
その場から去って行くのであった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ふう; ここまで来れば、もう大丈夫でゴジャル。」
路地の脇のブロック塀の裏で、ほっと一息つく2人。
「ちくしょうめ! あのガキども、今度あったら・・・!」
「ムム! とうとう腰の短剣を抜くのでゴジャルか?」
「いや、これ抜いたら、オレは涙目で震えが止まらなくなりますから^^;」
「・・・お前みたいなのが、なんでまた冒険者とかやってたんでゴジャルか;」
「それがようわからんのよねぇ。」
はあ・・・と同時にため息をつく2人。
「しかしあのガキども、海賊のオレらをまるっきり恐れずに攻撃してきやがったな。
普通はオレらって、恐怖の対象なんじゃねえの?」
「うーム、あの子らの言葉から察するに、恐らくあの子たちはみんな、
海賊たちに両親を殺されてしまった、可哀想な孤児たちなんでゴジャろうな。」
「恐怖よりも、恨みの方が強かったってこと?」
「きっとそうでゴジャろう。 あんな幼子ばかりなのに、不憫なものでゴジャル。」
「なんか今日はそんな話ばっかり聞くなあ; オレらが会いに行こうとしてる、
ネームレス≠チて姉ちゃんも、確か孤児だから名前が無いとか言ってたよな?」
「セッシャもまさにそれを言おうと思っていたでゴジャル。
たまたま偶然なのか、それとも・・・」
「それとも?」
「・・・いや、なんでもないでゴジャル。 さ、それよりも、またあの子たちに見つかったら
たまらないでゴジャルから、急いで酒場を見つけて、ネームレス≠やっつけて、
とっとと船に戻ろうでゴジャル。」
「えぇー? せっかく久々にあの船を降りられたんだから、ちょっと遊ぼうぜ?」
「だめでゴジャル! こうしてる間にも、船ではセッシャたちの仕事が
どんどん溜まっているのでゴジャルぞ!」
「相変わらずまじめなタルだなあ。 そんなのほっといたら誰かやるだろうに。」
・・・と、ふと何かを発見するアス。
「ありゃ? おいタル先輩、あそこの看板見ろよ。 BARって書いてあるぞ?」
「ムム? 棒がどうかしたでゴジャルか?」
「違うよ! バーってのは、棒じゃなくて酒場≠チて意味だよ!」
「そうなのか? セッシャはそんなとこあまり行かないから、わからないでゴジャル。」
「多分あそこがネームレス≠ェいるっていう酒場だぜ!
こんな小さな町には、酒場は2つも3つもねえだろうし。」
「なるほど。 ではとっとと行ってみようでゴジャル。」
「おうよ^^ いざ、酒場にのりこめー^^」
オレの名はAsylum。
ここで引き返しとくべきだったと、もうすぐ後悔する事になる男だ。
〜〜〜〜〜名も無き港町 小さな酒場〜〜〜〜〜
外から見た、あまりはやってなさそうな印象とは裏腹に、
その小さな酒場の中には、思った以上に多くの客がたむろしていた。
客のほとんどが、肌が日に焼けた無骨な男たちばかりであり、
中には派手なタトゥーを、胸元や二の腕辺りから覗かせている者もいる。
「ちっ! まぁ〜たバストだ! やってらんねえ!」
「へへへ、おら、5万ギルよこしな!」
「おらぁ! とうとう来てくれちゃったよ! ラッキーナンバーちゃん!」
「ウソだろ! 10出したのに負けかよ! クソッ!」
酒場のあちこちから、そのような野太い声が聞こえてくる。
「うう; こりゃもうモロに悪人たちの巣窟って雰囲気だな;
呼吸しただけでも、いちゃもんつけられて金払わされそうだぜ; ;」
「し、心配するなでゴジャル! い、いざという時は、よよ、用心棒のセッシャが!」
「ものすごく声がうわずってるじゃねえか>< 役に立ちそうにねえ><」
アスとタル先輩は、とりあえずバーテンがいるカウンターの方へと歩み寄る。
「・・・いらっしゃいませ。 初めてお目にするお顔でございますね。」
物静かな紳士風のバーテンは、グラスを磨きつつ、アスたちに会釈する。
「・・・お2人様。ここがどのような場所かは、ご存知で?」
「あー、ギャンブルする場所だろ? 知ってるぜ^^」
「・・・お客様。もう少しお声を小さく願います。 ここが賭場だというのは
既に暗黙の了解とはいえ、おおっぴらに宣伝するような事では・・・
それに、他のお客様のご迷惑にもなりますので・・・」
周囲のいかつい男たちが、ジロリ、とアスたちを睨んでくる。
「ひいい; ご、ごめんよう>< 静かにしてますぅ><」
「助かります。 ついでになにかご注文いただければ重畳なのですが。」
「じゃ、じゃあ、オレ、いちごミルク的な飲み物を。」
「セッシャはぜんざいが食べたいでゴジャル。」
「申し訳御座いませんが、ここは酒場ですので、そういったものは・・・」
「ほんじゃコーヒーかなんかでいいや。」
「セッシャは煎茶をおくれでゴジャル。」
「コーヒー、かしこまりました。 そちらのタルタルのお客様、申し訳御座いませんが、
センチャ、というものは、当店には・・・」
「ないのか? じゃ、セッシャもアシャイラムと同じのでいいでゴジャル。」
「では、アルザビコーヒーを2杯ですね。 かしこまりました。」
紳士風のヒュームのバーテンは、奥の棚からコーヒーカップを取り出しにいく。
基本的にみな酒しか注文しないので、コーヒーを頼まれるのは稀なのであろう。
「さて、とりあえずは目当ての人を探すとしようぜタル先輩。
あまりほかのお客さんと目を合わせないよう、こっそりと・・・」
「・・・というか、あそこの一番奥のテーブルを見るでゴジャル。」
「ん? どれだ?」
タル先輩が指差す、店の端の方にぽつんと置いてあるテーブル。
そこには、アスが持っているSSに写っている、ヒュームの女性が・・・
ネームレスと呼ばれている女が、今まさに、1人のガルカとギャンブルをしていた。
I II III IV V VI VII VIII IX X XI I II III IV V VI VII VIII IX X XI
1st BET
NAMELESS
I II III IV V VI VII VIII IX X XI I II III IV V VI VII VIII IX X XI
「・・・はあ・・・はあ・・・はあ・・・!」
ダイスを手に、汗だくで震えているガルカ。
「・・・フフ。 悩むのもいいけど、はやくしないと、砂時計の残り時間がもうないわよ?」
黒髪に顔の半分を覆い隠した妖艶な女が、ニヤリ、と冷たく嘲笑(わら)う。
「はあはあはあ・・・! く、くそっ・・・!」
ガルカは手の甲で、強引に額の汗を拭う。
「・・・し、信じられねえ・・・! あのサマ師のキトラ≠ェ、こうも一方的に・・・!」
「だ、だから言ったろ!ネームレス≠ノは、どんなイカサマも通じねえって!」
「あの女は、イカサマをしようとした瞬間、その相手の心≠ェ見えるんだってよ!」
「マジかよ!? 誰であっても、あの女とはヒラで勝負するしかねえってことか!?」
テーブルの周囲のギャラリーたちが、手に汗握りつつざわついている。
「・・・サマ師のキトラ=E・・この界隈では、そこそこ有名なコルセアです。」
アスとタル先輩の座っているテーブルにコーヒーカップを置きながら、
バーテンダーが静かに口を開く。
「ほほー。 あのガルカ、つええの?」
「ええ。 これまでに、イカサマダイスで数百万ギルほど勝ち取ったそうです。
ですが・・・その名を聞くのも、どうやら今日限りになりそうですな。」
「・・・ふム。 ネームレス≠ノ、その名前を取られるから、でゴジャルな。」
「・・・その通りです。 お客様方も、やはりネームレス*レ当てで、この店に・・・?」
「まあな^^ あのガルカが負けたら、次はオレが挑もう^^
うひひひひ、楽しみだなあ、楽しみだなあ^^」
アホみたいな顔でにっこりと微笑むアスを見て、物静かなバーテンは、
不思議そうに目を丸める。
「・・・はて・・・わたしの不勉強ですかな? あなたの名前が一向に出てきません。」
これほど余裕の表情でネームレス≠ノ挑む、と言い放つ男を、
このバーテンは初めて目にした。
ひょっとして、さぞかし名があるヤツなのでは・・・と、バーテンは首を傾げる。
「お客様・・・失礼ですが、どちらの海賊団のお方で・・・?」
「おう! オレたちは海猫党≠フモンだぜー^^」
「な、なんと・・・! 海猫・・・!」
ぎょっとして、目を丸くするバーテン。
「まさか・・・あなたは、疾風のクルタダ=\――」
「へっ、バレちまったらしょうがねえな。 そうよ、このオレこそが、あの・・・・!」
「――はエルヴァーンのはずですから、あなたはクルタダ船長の手下の方では?」
「・・・・そ、そうだぜ! オレは疾風のクルタダの、子分さ!」
「やはり! なるほど、とうとう海猫党≠ェ動きましたか・・・!」
「・・・アシャイラム。 今お前、船長のふりをしようとしなかったでゴジャルか?;」
「気のせいだ。 すぐに忘れるんだ、タル先輩。」
「隙あらばすぐに虎の威を借る狐になろうとするヤツでゴジャルな、まったく。」
・・・と、そうこうしている内に・・・
奥のテーブルから、うおおおおおおー! という大きな歓声があがった。
「タイムアップだ! サマ師のキトラ≠フ負けだ!」
「ま、またネームレス≠ェ勝ちやがった! これで何連勝なんだ!?」
「だ、誰も止められねえぞ! 魔性の女ギャンブラーだ!」
「・・・フフフ。 残念だったわね、ガルカさん。」
冷笑とともに、テーブルの上に積み上げられたギル紙幣、ギル硬貨を、
ごっそりと腕で手繰り寄せるネームレス≠フ女。
「ううう・・・! こ、この俺が、一度もサマを使えないなんて・・・!」
「フフフ。 最初に言ったでしょ? 私には、炎が見えるの・・・」
大量のギルを袋に詰めながら、ネームレス≠ヘ微笑む。
「私の目には、対戦相手の全身が、青い炎に包まれているように見える。
そしてその相手がサマをやろうとした瞬間、その青い炎は瞬時に赤へと変わる。
まさに真っ赤なウソ≠チてとこかしらね。」
テーブルの上に突っ伏すガルカを見下ろしながら、ネームレスは吐き捨てる。
「どんな腕を持った相手でも、私の前では絶対にサマは出来ない。
私を倒すには、人並みはずれた強運=E・・いや、剛運≠オかないわ。」
「く、くそっ・・・・!」
ばぁん! とテーブルに拳を叩きつけ、席を立つガルカ。
「・・・おつかれさまでした、ガルカさん。 最後にひとつだけ確認よ。
わかってるとは思うけど、サマ師のキトラ≠ニいう名は、もう私のものだから。」
「・・・ちくしょう! わかってんよ! 今日かぎり名乗らねえ!」
周囲のギャラリーをどけっ!≠ニ振り払い、店から出て行く名無しガルカ。
「フフフ・・・リベンジは大歓迎よ。この名前を返してほしかったら、
200万ギルくらい持って、またこの店に勝負しに来ることね。」
去っていくガルカの背に投げキッスをし、ネームレス≠ヘ妖艶に微笑んだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ムムム・・・なるほど、あれがネームレス≠ナゴジャルか。」
奥のテーブルの方へと身体を向け、腕を組んで眉をひそめるタル先輩。
「船長の言ってた通り、どうやら一筋縄では行きそうにない相手でゴジャルな。
イカサマも一切通用しないようだし、さてアシャイラム、どういった手で・・・」
・・・と、隣の席に視線を移すタル先輩だが・・・
「ありゃ? アシャイラム? どこに行ったでゴジャル?」
「わーい^^ ぼくもぎゃんぶるやるデース^^」
アスはものすごく元気良く、両手を上げ、笑顔で奥のテーブルの方へと駆け寄っていた。
「な、なにぃ!?」
ぴょん、とカウンターのイスから飛び上がるタル先輩。
「ば、馬鹿かあいつは!? な、何の考えもなしに突撃でゴジャルと!?」
慌ててアスの後を追うタル先輩。
「わあい^^ ネームレスさん、次はぼくとやりましょー^^」
タラオのごとく、ピコピコピコン、と妙な足音をさせながら、テーブルへと近寄るアス。
「・・・なんだいぼうや? 遊ぶ場所を間違えてないかい?」
なんかヘンなのが来たぞ、というような顔で、ネームレスはアスを見る。
明らかに下っ端海賊丸出しの格好をした、明らかにダメそうな男。
まさかこんなのが私に挑みに来るはずがない、と眉を寄せるネームレス。
「悪いけど、ぼうやに付き合ってるほどヒマじゃないんでね。 よそを当たってくれる?」
「そんな事言わずに、ぼくと遊んでおくれよう><」
「やれやれ・・・季節の変わり目には、必ずこんなのが出てくるわね・・・」
はあ、とため息を付きながら、目の前の男を見つめるネームレス。
「まあ、落ちてる金は拾う主義だから・・・ 遊んであげてもいいけどね。
ぼうや、ママからオカネは預かってきてるのかい?」
「お金はないけど、別の物を預かって来たのらー^q^」
アスはテーブルの上に、ごとん・・・と、あの古銃を置いた。
その瞬間、ネームレスの表情が一変した。
周囲のギャラリーたちも、驚愕の表情で絶句した。
「お金の代わりに、これでぼくと遊んでくださぁい^^」
「・・・・・・本気・・・なのかい・・・あんた?」
「本気ですぅ^^ さーこい! 負けないぞぉ><」
ざわ・・・ざわ・・・
ざわ・・・ざわ・・・
「マ、マジかよ、あの男・・・!」
「信じられねえ・・・ た、楽しそうに笑いながら・・・!」
「あ、あの銃って、アレだよな!? ひ、久々に見たぞ・・・おい・・・!」
「ちょ、ちょっと俺、ダチを呼んでくる! こんなの滅多に見れねえ!」
「誰なんだ!? あの可哀想な人にしか見えねえあの男は、一体何者なんだ!?」
「み、見たことねえが・・・あいつはきっと、他国の猛者に違いねえ!」
瞬く間に、酒場の客の全員の視線が、ネームレスのテーブルへと注がれる。
店の入り口の方からは、新たな客が、我先にと押しかけてきている。
先ほどネームレスに負けたガルカも、大慌てで戻ってきた。
「・・・な、なんでゴジャルか、この空気は;」
店の中の異様な雰囲気を感じ取り、ぶるっ、と身震いするタル先輩。
「・・・もう一度、聞くわ。」
顔半分を覆った長い髪を掻き上げ、両目でしっかりとアスを見つめ、
ネームレスは静かに言い放つ。
「・・・本当に・・・やるのね?」
「そ、そっちこそ、ぼ、ぼくが勝てば、本当にいいんですね?
オ、オレが勝った時は、その、うへへへへへぇ・・・!」
もはや放送禁止としか言いようのない顔で、極めて下品に笑うアス。
その笑みを見て、こいつは本気だ≠ニ確信したネームレス。
「・・・いいわ。 受けてたつわ、ぼうや・・・」
「ヒャッハァァーーーーー! 戦記の頃からひどい目にばっかりあってきたけど、
ようやくぼくにも、神シーンが回ってきたようです><」
「・・・ぼうや。知ってると思うけど、私は勝負の時に、名≠賭けている。
あなたの名前を聞いておいていいかしら?」
「あい^^ ぼくはアサイラム=ガーデンといいます^^」
「・・・通り名は?」
「通り名? それって、さっきのヤツのサマ師のなんとか≠ンたいな感じの?」
「そうよ。 あるなら、それも賭けてもらう。」
「ヴァナ1のダメ泥棒≠ニか、ウィンを出てすぐのマンドラと互角の男≠ニか、
そんなんなら、色んな人に言われてたけどなあ・・・;」
「ジョークはいいから、ちゃんと答えなよ。」
「いや、ジョークじゃないんですが・・・; あ、そうだ!もうひとつある!」
ニヤリ、と笑うアス。
「思い出したぜ! オレは不死身のアサイラム≠セ!」
「・・・あら、意外にもいい通り名を持ってるじゃない、ぼうや・・・」
「まあ、通り名っつっても自分で言ってるだけで、どこにも通っていないんですけどね^^;」
「いいわ。 じゃあ、その名をかけて勝負といきましょうか、ぼうや。」
「うひひひひ^^ はよやりましょ^^ とっとと終わらせましょ^^」
かたん、とネームレスの対面のイスに腰掛けるアス。
「さあ、なんで勝負するんでしょうか^^ カード? 麻雀?」
「フフフ・・・コルセア同士の勝負なら、ダイスしかないでしょ。」
テーブルの上に置いてあった、先ほどのガルカとの勝負でも使ったダイスを、
ひょいっと手に取るネームレス。
「よしきた! 定番のコルセアズロール≠セな^^」
「いいえ。 私のはローグズロール≠諱B」
「へ? ローグ?」
「探求者≠諱B 自らの名を捜し求めている私には、お似合いでしょ?」
「それって、コルセアズロールとはルールが違うの?」
「名前が違うだけで、ルールはまったく一緒よ。
時間内であれば、好きなだけダブルアップしていい。
しかし、出目の合計が12以上でバスト。」
「バストを出した者は、その時点で、無条件で負け・・・だったな、確か。
先攻がバストしたら、後攻は振らずして勝ちになる、と。」
「ええ。 そして、ラッキーナンバーは5、アンラッキーは9よ。」
「ん? アンラッキー? そんなのあるの?」
「あら? 知らないの、ぼうや?」
「知らないですう^^」
「・・・・・・・・・・・」
こいつ、ただの初心者か? それとも、そのふりをしているだけか?と、
やや警戒するネームレス。
「・・・本当に知らないの?」
「ラッキーナンバーの方は知ってるよ。11の次に強い数値だよね?
アンラッキーは初めて聞いたよ。 なんなのそれ?」
「その名の通り、アンラッキーな数値よ。 つまり1よりも劣る、最低の数値ってこと。」
「ひぎぃ>< そ、そんなのが出たら、最悪じゃないか><」
「まあね。 ダブルアップして、なんとかして9から抜け出す必要があるわ。」
「そ、そんな>< 9からダブルアップなんてしたら、バストしちゃうううぅぅぅぅ!!」
「・・・・・・・・」
こいつ、本当の本当にド素人なのか? と考え始めるネームレス。
だがしかしこの男は、どういうワケか、この古銃を持ってきたのだ。
この男の背後には、間違いなくあの疾風のクルタダ≠ェいるはず。
ただの初心者のはずがない。 何かあるはずだ。
一応警戒しておくか・・・と、ネームレスは口を開く。
「・・・イカサマについても説明しておくわ。」
「ぼくはイカサマなんてしないのれす^q^」
「・・・私がするかもしれないわよ?」
「しちゃらめぇ><」
「・・・砂時計が落ちるまでの、45秒間。 その間にイカサマを発見されたら、
そいつはその時点で、バストと同扱いとするわ。」
「イカサマしないでよぉぉぉ><」
「・・・逆に言えば、その45秒間、相手にバレなければセーフという事。
ただし、私は絶対にイカサマを見逃さないから、さっきのガルカみたいにならないよう、
やるなら慎重にやることね。」
「しないって言ってるのに; ;」
「私からは以上よ。 そっちから、何か質問は?」
「か、賭けの対象は、ぐふふ、すぐにもらえるんでしょうか^p^」
「・・・ええ。 すぐに支払うわ。」
どん! と、ギルが詰まった袋をテーブルの上に置くネームレス。
「いや、お金じゃなくて^^ アレですよ、アレ^^」
「・・・わかってるわ。 そっちもすぐに支払う。」
「アッー! アッー! ンギモッヂイイ!」
どうやって発声しているのかわからないような声を出すアサイラム。
「・・・さて、あとは先攻か後攻か、だけど・・・
私はいつも、あえて不利な先攻に行く事にしてるの。」
「ほほー? そりゃまたなんで?」
「ダイスの数値で勝負するより、イカサマを指摘して勝つ方が得意だからよ。
後攻側は相手の数値がわかってるワケだから、それに勝つために、
イカサマを使おうって気になりやすいでしょ? それを見抜いて勝つのが私の戦法。
だから私は、いつも先攻で行くってワケ。」
「オレはイカサマなんてしないって言ってるのに><」
「フフ。 まあ何にせよ、そっちに異論がなければ、先攻で行かせてもらうわ。
どうする、ぼうや?」
「いーよ^^ べつに^^」
「・・・・・・・・・」
・・・この余裕・・・やはりただものではない・・・
ネームレスの警戒心が、どんどん上昇する。
念には念を入れ、彼女はいつもの戦法で行く事にした。
ネームレスは、ダイスの4か6、そのどちらかであれば、ある程度狙って出せる。
これはイカサマではなく、修練によって習得した技術≠ナある。
コルセアを極めた者のみが使えるという、必ず1を出せる能力スネークアイ=A
その能力の劣化版とも言える。
確率は100%ではないものの、ある程度のアベレージで、4か6を狙って出せるのだ。
ネームレスのいつもの戦法は、その技術で、自分の数値を10にする事である。
そのような技術があるのであれば、なぜいきなりラッキーナンバーを狙えるよう、
5を出せるように修練しなかったのか。
理由は簡単、ラッキーナンバーは、常に5とは限らないからである。
ファントムロール≠フ種類によっては、ラッキーナンバーが2や4の時もある。
だからこそ、どんな種類であっても対応できるよう、4と6で10を作る技術を磨いたのだ。
もしラッキーナンバーが4のワーロックスロール≠ネどであれば、
彼女は好きなようにラッキーナンバーを出せるという事になるのだが、
あまりラッキーナンバーばかりを連発すると、そのうち誰も対戦してくれなくなるので、
そうならないよう、あえてローグズロール≠ナの勝負を持ちかけている、というワケだ。
そしてもうひとつ、10を狙う大きな理由がある。
自分が10を作ってしまえば、相手としては、ラッキーナンバーか、
あるいは最高値である11を出す以外に、勝つ方法が無くなる。
そうなると、大抵の対戦相手のコルセアは、ここで何らかのイカサマを使おうとする。
運否天賦で勝負したところで、ラッキーナンバーや11などは、
ここぞという時には、決まって出ないものなのだ。
だから、イカサマで強引にラッキーナンバーや11を作ろうとする。
そうすればしめたもの。
ネームレスだけがもつ、不思議な能力・・・
相手がイカサマをしようとした瞬間、それが赤い炎となって、認識出来る=E・・
その能力を使って相手のイカサマを指摘し、自動的にネームレスの勝ちとなるのだ。
彼女はその戦法を、目の前の謎の下っ端海賊に対し、使用する事にした。
「・・・じゃあ、私から振らせてもらうわ。 45秒の砂時計は、ぼうやにまかせるわ。」
「あいあい^^ いきなりバストしたらいいなあ^^」
「・・・怖いぼうやね・・・笑顔でそんな事を言うなんて・・・」
「当然じゃないか^^ だってぼく、勝ちたいですもの^^」
「・・・悪いけど、私もこんなところで負けるワケにはいかないわ・・・」
ネームレスの言葉の意味を、アサイラムはまだわかっていない。
「じゃあいきましゅ>< ローグズロール=Aスタートっ・・・!!」
アスはくるん、と砂時計をひっくり返し、テーブルの上に置いた。
周囲のギャラリーたちも、タル先輩も、ごくり・・・と固唾を呑んだ。
「・・・・・・・・・!」
ネームレスの一振り目・・・!
5だけはやめてぇえ>< と、両拳を握り合わせるアス。
・・・数値は、6であった。
「・・・・・・よし!」
中途半端なその数値を見て、ガッツポーズをするアス。
次でまた6が出たら、バストだ! と、都合のいい想像をしながら、にっこりとする。
・・・が、この6という数値、実はネームレスの狙い通り。
彼女も実は、心の中でガッツポーズをしている。
「・・・ダブルアップ。」
ぼそりと静かに呟き、ダイスを手に取るネームレス。
「・・・・・・・・!」
無言のまま、颯爽とダイスを転がす。
5だけはやめてぇえ>< と、両拳を握り合わせるアス。
6+5だけはらめぇぇぇ! と、口の端からよだれを垂らしながら祈る。
からん、からんとテーブルの上を舞い踊ったちっぽけなダイスは・・・
数秒後、4つの黒い点を上面に、停止した。
おおおおおお!! と、ギャラリーたちの歓声があがる。
「オフッ!」
なんてこったい!と、ネコの背伸びのような姿勢になるアス。
6+4=10。
11よりはマシだけど、えらい数値をたたき出しやがった>< と、
アスは愕然とする。
「・・・フフ。 ご覧の通りよ、ぼうや。」
想定どおりに事が運び、妖艶に微笑むネームレス。
「言うまでもないだろうけど、ここでストップよ。」
誰もが納得する、8割方は勝てる数値であった。
ここでもう一振りするような輩は、ギャンブラーではなく、ただのアホである。
「あわわわわ・・・! い、いきなり10だなんて><」
がばっ、と頭を抱え込むアス。
「つ、つまり、オレは5か11じゃないと勝てないって事ですよね!?
なんかこの展開、前にも経験した覚えがあるんですが>< 」
コルセアの一族に仲間入りした際の、クルタダ船長とのコルセアズロール=E・・
まさにあの時も、先攻のクルタダが、いきなり10を出したのだ。
「ヤダもう; ; なんかだんだん、嫌な予感がしてきた><」
「ア、アシャイラム! 振ってもいない内から、何を情けない事を言ってるでゴジャル!」
ぴょん、と空中で大の字になって飛び跳ねるタル先輩。
ちょうどその時、砂時計の砂が全て流れ落ちた。
「フフフ・・・私の数値は10で確定。 まずまずね。」
顔半分を黒髪で覆った妖艶なヒュームは、フッ・・・と微笑む。
「さあ・・・あなたはどんな技を見せてくれるのかしらね、ぼうや・・・」
ネームレスの目には、青い炎を全身に纏ったアスの姿が写っている。
この炎が赤くなった時こそ、アスがイカサマを使った時なのだ。
「あわわわわ・・・せ、せっかくのオイシイ展開なのに、負けてたまるかあ><」
がばっ!とテーブルの上のダイスを引っつかむ。
「オレだって学校の先生とかやりたかったよ! 女生徒に囲まれたいっちゅうねん!
それなのに、海賊の船なんかに放り込まれて、毎日毎日地獄を見せられて><
そんな中、やっとめぐってきたヒャッホイな展開なんだ! 失ってたまるか!」
「ア、アシャイラム! お前、いったい何を言ってるんでゴジャル!?」
「わからん>< もう自分でも、何を言うとるのかわからん!><」
震える手でダイスを握り締め、半泣きでネームレスを睨みつける。
「ちくしょう! やってやるよ!」
「・・・・・・・・・・・」
まさかこいつ、ホントのホントに無策なの? と、逆に不安になるネームレス。
本当に運だけで、ラッキーナンバーや11を出そうとでも言うのか・・・と。
彼女にとっては、実はその手の男が一番怖いのだ。
彼女の先攻で10を出す戦法≠ヘ、相手がイカサマを使ってくるからこそ、
必勝の策となるのだ。
素でラッキーナンバーや11を出すような相手だと、彼女の能力は、
一切機能しないのだ。
彼女の能力は、相手がイカサマをしようとする心≠見抜く能力なのだから。
泣きながら、本当に運任せでダイスを振る馬鹿など、今まで1人もいなかった。
そういうヤツこそが一番怖いと、
ネームレスは初めて知った。
「・・・ぼうや。 もしかしたらあんた、今までで最強の敵かもしれないわね・・・!」
そっと砂時計を手に取るネームレス。
「・・・不死身のアサイラム≠ゥ・・・おもしろいじゃないか、実に!」
「誰かが面白がってる時、大体オレ本人は泣いてるんですけどね; ;」
「さあ、見せてもらおうじゃない! その実力を!」
くるん、と砂時計をひっくり返して、ネームレスは言った。
「ローグズロール=E・・スタート!!」
「ヤダもぉぉぉぉぉぉう!!!><」
にわかには信じがたいほどの、非常に情けない顔で、ダイスを投じるアス。
一振り目。
ころころと転がるダイスが示した数字。
3、であった。
「こ、こりゃまたえらい微妙な><」
「・・・・・・・・・・・・・」
ネームレスは、じっとアスを見つめ続ける。
全身を青い炎に包んでいるアスの姿を、ただじっと、無言で。
「ダ、ダブルアップだ!」
砂時計を気にしながらダイスを手に取り、アスはすぐさま第二投。
ころころころ、とダイスは転がり・・・
出た数値は、4だった。
3+4で、現在の数値は7。
これでアスのラッキーナンバーでの勝利は消えた。
「ああん; ; い、今のをもう一回頼む>< 頼むから次も4が出て下さい><
そしたら11で勝ちだからあああっ!! うへへへへぇ」
泣いてるのか笑ってるのかわからぬ表情で、ばばっとダイスを手に取り、祈るアス。
「もいっちょ、ダブルアップだ! うきい><」
ギャラリーやタル先輩が見守る中、アスの第三投目。
からん、からん、とテーブルの上をはねるダイスが示した、その数値は・・・
2、であった。
「・・・・(@盆@ ;)」
この世の者とは思えぬ表情になるアス。
3+4+2=・・・・
ここに来て、まさかのアンラッキーナンバー、9!
息を呑むギャラリーたち。
口を大きく開いたまま固まるタル先輩。
こいつ、ホンマにただの初心者やんけ! と。
「・・・そ、そんなにオレが嫌いか、女神サマ・・・><;」
がくり、とテーブルの上に突っ伏すアス。
「うべぇぇぇぇ〜〜〜! も、もうアカン>< ぽっくんの負けぶぁい!」
「ア、アシャイラム! 諦めちゃいかんでゴジャル!」
硬直から解き放たれ、その場で飛び跳ねるタル先輩。
「つ、次を振るでゴジャル! 砂時計の時間が無くなるでゴジャルよ!」
「ヤダもう>< ここで1とか2とか、都合よく出るワケないじゃないか><」
「お、お前もコルセアなら、一か八か勝負するでゴジャル!」
「む、無理だよぉ! オレの勇気と根気の無さは、普通じゃねえんだぞ!」
「このままだと自動的に負けるでゴジャルぞ! ダメ元で振るでゴジャル!」
「怖くて無理なのらー^q^」
「な、なにが 無理なのらー^q^ でゴジャルか! 結構余裕あるじゃないか!」
「ち、ちくしょう! こ、 こうなったら・・・・!」
アスはぎろり、とタル先輩を睨みつけ、叫んだ。
「タ、タル先輩! あんたが振れ!振るんだ!」
ネームレスも、ギャラリーの海賊たちも、物静かなバーテンも。
そしてもちろん、タル先輩本人も、その言葉に目を丸くした。
「はあ!? な、なにを突然、ワケわからないことを!」
「お、思いついたんだよ! あんたならきっと、ここで 1 を出せるはずだ!
そうすりゃ10と10になるから、勝負は次のラウンドに持ち越しだ!」
「な、なんで!? どういう根拠でセッシャが1を出せるんでゴジャルか!?」
「2よりも大きな数字を出せばいいって場面でも、1を出すようなアンタだ!
きっとアンタは、1の神に愛されてるんだよ>< だからここでも出るはず!」
「お、お前、自分が何を言ってるか、わかってるんでゴジャルか!?
セッシャはいつも1が出るんじゃなくて、その時の勝負に対し、
必ず負ける数字ばかりが出るんでゴジャルぞ!?」
「う、うるさい! いいからやれよタル先輩! そ、その隙にオレは・・・!」
「そ、その隙に!? 今、お前、その隙に、って言ったか!?」
「い、言ってないです(笑)」
「明らかに言ったじゃないか!>< お前、セッシャをこの勝負の場に差し出して、
自分は逃げようとしているでゴジャルな!?」
「そんなばかな(笑)」
「その (笑) の時点で、もう自白してるのと同じでゴジャル><」
「・・・・・・・・・・・・」
タル先輩と醜く言い合うアスを見て、ネームレスは怪訝そうに顔を歪める。
演技ではない。
本当に、本気で、この男はアンラッキーが出た事を嘆いている。
炎は青いままなので、断じて戦略やイカサマの類ではない。
本当に無策で、ただダイスを転がしているだけ。
かといって、どう見ても、強運の持ち主というワケでもなさそうだ。
ここで9など引くヤツは、ただ単に、普通にアンラッキーなだけだ。
なぜこんな男が、この古銃を持ち、自分に挑みに来たのか・・・
ネームレスにはどうしてもわからない。
「こ、こうなったら、最後の手段だあ><」
ばばっ! とイスから立ち上がり、アスはいきなりその場から振り返り、
なんと、泣きながら逃亡しようとした。
・・・が、あまりにも慌てていたがために、イスの足に自分の足を引っ掛け、
どでえっ!と、派手にその場に転んだ。
「アッー! アッー! ひ、ひざが痛いよー><」
「も、もう見てられないでゴジャル; ; お前は本当に、クズ中のクズだ; ;」
あまりにもひどすぎるその姿に、ぐすん、と涙ぐむタル先輩。
世の中にここまでかっこ悪い男は、そうそういない。
・・・と、そんな時、
倒れているアスの目の前に、ころん、とダイスが転がった。
そのダイスは、1の面を上にしていた。
「あああああっ!!! い、1が出たよぉ^^」
ばばっ! と立ち上がり、床の上のダイスを指差すアス。
「ほらほらー^^ みんなみてみてー^^ 1が出たのだー^^」
もう、可哀想な人を見る時の目で、ため息まじりにアスを眺めるギャラリーたち。
「・・・まさか本気でそんな事を言ってるワケじゃないわよね、ぼうや?」
ぼそり、と呟くネームレス。
「だ、だめですかね; ;」
「・・・手で転がさない限り、無効に決まってるでしょ。」
「あーん; ; そりゃそうですよね; ;」
「・・・ちなみにあと15秒くらいで砂時計が流れ落ちるわ。
ぼうやの数値が9のままでいいのなら、私は構わないけど・・・」
「らめぇ>< せ、せめて、ダメ元で振らせていただきます; ;」
うっ、うっ・・・と泣きながら、アスはテーブルの上にダイスを転がした。
オレの名は Asylum。
いつもいつも、最悪の状態に追い込まれてから、突然の強運に恵まれる男だ。
・・・ダイスの目は、1だった。
「ポオオオォォォォォォーーーーゥ!?」
思わずマイケルのごとく絶叫するアス。
「「「「うおおおおおおっ!!!????」」」」
奇跡の光景に、度肝を抜かれるギャラリーたち。
「ア、アシャイラムゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
グーブーのごとく、とてつもなく大きく口を開くタル先輩。
「・・・ばかな・・・!」
戦慄するネームレス。
間違いなく、彼女の瞳に写るアスの姿は、青い炎に包まれている。
イカサマではない・・・!
本当に運だけで1を出したのだ・・・!
「よ、よっしゃあああ!! これで10と10だあああ><」
アスは砂時計を確かめる。
まだ砂は残っている。
今の一振りは、時間内でのダブルアップで間違いない。
「よ、よかったあ; ; 時間内だ・・・」
アスはダイスを手に取り、ネームレスに渡そうとした。
間に合わないかと思ったぜ・・・ダブルアップ・・・
アスはそう言いながら、ダイスを手に取り、次のラウンドの為に、
ダイスをネームレスに渡そうとしていた。
幸運の女神と、最悪の疫病神に、同時に愛される男・・・
この日、その争奪戦に勝ったのは・・・
「・・・ふう; 間に合わないかと思ったぜ・・・」
「・・・ダブルアップ・・・」
そう言いながら、アスはダイスを手にした。
その手が、すべった。
ダイスがアスの手の中から転がり落ちた。
転げ落ちたダイスが、テーブルの上をころころと転がった。
ギャラリーたちは、驚愕を通り越し、ドン引きした。
こいつ、10から更にダブルアップしやがった、と。
どうしてこんな男が、今まで一度もウワサになっていないんだ、と・・・
ネームレスは目を見開いたまま、そう思った。
「ヤ」
「ダ」
「も」
「う!!」
絶対に起きてはならぬ事故が起き、
アスは大絶叫した。
「よりによって10から振ってもうた\(^o^)/ 人生オワタ\(^o^)/ 」
もう知らん、と咄嗟にバンザイするアス。
砂時計の砂は、まだわずかに残っていた。
10からのダブルアップは、時間内として成立していた。
オレの名はAsylum。
最悪の疫病神と、幸運の女神サマに、同時に愛されている男だ。
テーブルの上には、
1の面を上にしたダイスが、
ぽつんと存在していた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
誰もが、静寂。
誰もが、驚愕。
10からのダブルアップで、1を出す男。
これが熟練のコルセアであれば、話はわかる。
そういう男は、ごろごろといるだろう。
だが、下っ端の海賊が、ネームレス≠フ前で出来るような芸当ではない。
「・・・じゅ、11だ・・・」
最初に呟いたのは、大きな刀を背負ったタルタルであった。
「じゅ、11で、アシャイラムの逆転勝利でゴジャル!!!」
―――次の瞬間。
勝負を見守っていたギャラリーたちから、大歓声が上がった。
うおおおおおおおおおおおっ!!!!
「ネームレス≠ェ負けた!!」
「マジで一体何者なんだ、あの男!」
「時間内だ! 時間ギリギリのダブルアップで11にしやがった!」
「10からダブルアップを狙うか、普通!?」
「10対10のあの状況、俺なら絶対、次のラウンドに持ち越しで良しとするぜ!」
「す、すげえぞあいつ! とんでもねえクソ度胸だ!」
「イ、イカサマか!? どんな手を使ったんだ!?」
「馬鹿野郎! ネームレス≠フ前でイカサマなんか出来るかよ!」
「な、なんて言ってた!? アサイとかなんとか言ってたよな、あいつ!?」
「お、覚えとこう! あいつ絶対、異国では名の通った野郎だぜ!」
「あわ、あわ、あわ・・・・」
当の本人は、魚類のように口をパクパクと開閉し、白目を剥いていた。
「す、すごいじゃないかアシャイラム! お前の悪運は異常でゴジャル!」
がばっ、と足元に抱きついてくるタル先輩。
「よくやったでゴジャル! 先輩として、鼻が高いでゴジャルぞ!」
「あわわわ・・・・じゅ、寿命が10年縮まった気がするう; ;」
「・・・・・・・・・・・・」
ネームレスは、ただ無言で、アスが振ったダイスを手に取る。
「・・・なるほど、ね・・・」
その場で何度か、そのダイスを転がしてみる。
1、1、1、1・・・
何度振っても、1以外の目は出ない。
「・・・ぼうやはイカサマをしていた。が、その事自体に、自分でも気付いていなかった・・・
本人はだまそうとしていないんだから、私の炎も青いままだった・・・と・・・」
ネームレスは、テーブルの下を覗き込む。
アスが座っているイスの下に、ダイスがひとつ、ぽつんと転がっていた。
「・・・あっちが私のダイス。 このダイスは、ぼうやが最初から持っていたもの、か・・・」
1しか出ないダイスを、再度転がすネームレス。
「・・・45秒の間にバレなければセーフ・・・ 私から言い出した事だったわね・・・」
「・・・あっ! そっか、そういうことか!」
そんなネームレスの呟きを耳に入れ、ようやくアスは悟った。
「そっか! だから連続で1が出たんだな! ようやくわかった><」
「ど、どういう事でゴジャルか!? セッシャにはわからんぞ?」
ばたばたと手足を上下させ、説明を求めるタル先輩。
「ははははは! このダイスは、船の中で船長が持ってた、あの時のダイスだよ^^」
「はあ? なんでゴジャルか、それは?」
「ほれ、タル先輩、あんた船長と勝負したろ? 2より大きな目を出せばいいっつって^^」
「う、うム、確かに勝負したでゴジャルが・・・」
「あの時、船長がアンタに振らせたダイスが、実はこれなんだよ^^
絶対に1しか出ねえようになってる、インチキダイスwww」
「な、なにい!? そ、そうなのか!?」
「船長がよく使う手だぜ^^ オレはすぐに気付いたから、あん時勝負しなかったんだ^^」
「じゃ、じゃあセッシャは、あの時まんまと船長にだまされてたのか><」
「そのくらい見抜けないようじゃ、ギャンブルは任せられないって思ったんじゃね?
ちなみに船長が振ったヤツは、2しか出ないようになってたりするww」
「うう・・・2なら勝てるだろうと、こっちに思わせるためでゴジャルか><
計算されつくされてるでゴジャル><」
「あの時オレ、後でこれを使って、他の先輩から金をむしってやろうと、
このダイスをこっそりパクってたんだ^^ いやあ、パクっておいて本当に良かった^^」
簡単に言うと、自分でも知らないまま、偶然イカサマダイスを使ったアスが、
本当にたまたまネームレスに勝っただけ、という話であった。
「・・・フフフ・・・とてつもない悪運の持ち主・・・いや、強運・・・剛運か・・・」
フッ、と微笑むネームレス。
「いや、あるいはそれよりもっと上・・・天運=E・・なのかもしれないわね・・・」
ネームレスは、床に転がっていた、この勝負の本来のダイスを拾い上げ、
それをぽいっとアスに向かって放り投げる。
「・・・受けとりなさいぼうや。私の・・・名無しの探求者≠フ、このダイスを・・・」
「え? い、いや、オレ、別にダイスとかいらないんですが・・・」
アスはダイスに、反射的に手を伸ばす。
投げられたダイスは、受け止めたアスの手の平に、ずぶずぶと沈んでいった。
「ぎゃああああああ!?」
現実味のない光景に、絶叫するアス。
「サ、サイコロが!?オレの体ん中に!?」
「・・・この勝負に勝ったオマケよ。 それも持っていきなさい、ぼうや。」
「ひぎいい>< これで2つ目だあ>< サイコロが2つもオレの体内に; ;」
ひとつ目は、クルタダ船長からもらった海賊(コルセア)のダイス=E・・
そしてふたつ目は、探求者(ローグ)のダイス=E・・
コルセアのアビリティ幽霊賽(ファントムロール)=E・・
その2つ目の力が、今、アスの中に宿った。
「ムムム! セッシャはまだひとつももらっておらんのに、お前はもう2つも!」
ぷんぷんと怒り、悔しそうに飛び跳ねるタル先輩。
「ずるいぞアシャイラム! セッシャの方が先輩なのに!」
「だ、出せるもんなら出したい>< オレもサイコロが体内にあるのは嫌だ!」
「・・・フフフ・・・自分がやったイカサマにも気付いていなかったけど・・・」
アスとタル先輩を見て、ネームレスは微笑んだ。
「・・・あの様子だと・・・どうやらこの勝負の意味も知らなかったようね・・・
どうりで勝負熱が妙に感じられなかったワケよね・・・」
テーブルの上に置かれた、古い銃を見つめるネームレス。
「・・・弾丸が一発しか入らない、古い銃・・・」
すっ・・・と、古銃に手を伸ばす。
「・・・その一発が・・・向けられるのは・・・」
海賊の掟に従い、ネームレスは行動した。
名無しの海賊は、誰にも聞こえぬよう、小さな声でぼそりと呟いた。
「・・・あんたたち・・・くじけずに・・・がんばるのよ・・・」
「あ、あの、ところで・・・^^」
両手を重ね、揉みしだきながら、うへへと微笑むアス。
「そ、そ、その、も、も、もうひとつの、ほ、ほ、報酬の方についての話を^^」
パァン!!
「・・・・・・・えっ」
ぽかん、と口を開いたまま、アサイラムはその場で固まった。
アスの足元にいたタル先輩も、同様であった。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
呆気に取られた顔で、その場に佇む2人。
古い銃の銃口から火薬の匂いが漂ってくる。
まるで大きな花のように、テーブルの上にばさりと広がる黒い髪。
そして、赤い液体。
「・・・海猫党のアサイラムさん、でしたね。 大丈夫です。
後の処理は、全てこちらでしておきますので。」
あの物静かなバーテンがやってきて、深々と頭を下げつつ、そう言った。
「このままお帰り下さって結構です。 ここのお客様方は、みな了承しておりますので、
GMや不滅隊に密告するお方は1人としておりませんので、ご安心を。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
え? という表情のまま、ピクリともしないアスとタル先輩。
バーテンが言っている言葉の意味が、いまいちよくわからない。
オレの名はAsylum。
あの古い銃を賭けの対象として、テーブルに置いた事の意味を・・・
負けた方がこれで自害する≠ニいう意味を、知らなかった男だ。
ばたぁん!
不意に、酒場の入り口のドアが開け放たれる。
その音に、びくっ!と身を強張らせるアス。
小さな人影が、何人も何人も、次から次に酒場の中に雪崩れ込んできた。
「おねえちゃぁぁぁぁん!! おねえちゃぁんっ!」
「うわああーーーんっ!! あああーーーんっ!!」
「おねーちゃあぁあぁぁぁぁぁぁんっ!!」
「うえええぇぇぇぇーーーーっ!」
「おねえちゃん、死んじゃやだよぉぉっ!!」
「うわああああああっ! おねえちゃあんっ!!」
「毎日一緒にごはん食べるって約束したじゃないか!」
「おねーちゃん! あぁあぁぁぁぁぁぁんっ!!」
「うえええぇぇぇぇーーーーんっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
がくがくと、アスの全身が震え始める。
もう、大体において想像がついてしまう。
ネームレス≠ニ呼ばれていた女が、海賊を辞めた理由・・・
近隣の海賊どもから、多額の金を巻き上げていた理由・・・
負かした相手から名前を奪い、次々と近隣の海賊を減らしていた理由・・・
泣き喚く子どもたちを見ている内に、
アスには全て、理解出来てしまった。
「ぐすっ・・・! ぐすんっ・・・!」
子どもたちの中の1人の男の子が、テーブルに置いてあった古銃を手に取り、
激しい憎悪と共に、カッ!とアスを睨みつける。
「ちくしょう! ちくしょう! 海賊め! おねえちゃんを返せ!」
かちん! かちん!
弾が入っていない古銃のトリガーを、男の子は何度も何度も引く。
「お父さんを返せ! お母さんを返せ! お、おねえちゃんを・・・!
やさしかったおねえちゃんを、ぼくたちに返せよぉぉぉぉっ!!」
かちん! かちん!
「うわあーーーんっ! うわあーーーーっ・・・!!」
かちん! かちん!
空っぽの銃の引き金を引く音が、何度も何度も酒場内に響き渡る。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
アスは驚愕の表情のまま、何も言えないでいた。
身体の震えが止まらない。
口の中がカラカラになる。
クルタダ船長が、自分をここに向かわせた意味を悟り、
頭の中が破裂しそうになる。
「・・・お引取りを。」
ぼそり、と物静かなバーテンが耳打ちしてきた。
「・・・もうここには用は無いはずです。 面倒が起きない内に、
すみやかにお帰りになるべきです。」
バーテンはテーブルの上に置いてあったままの、ネームレスが持っていた
あの大きな金貨袋を、ぐっ、とアスに握らせる。
「・・・コーヒーの料金は結構です。 ただ、あの古銃はここに置いていって下さい。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「敗者の不運がこびりついておりますので、コルセアの方は、
勝負が終わった後、あの銃をお持ちになるべきではない。
私が売却処分しておきます。それがコーヒー代ということで。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
こくり・・・と、人形のように、放心状態で頷くアス。
タル先輩は、ただただその場で絶句していた。
子どもたちの放つ憎悪の視線に、その身を射抜かれながら・・・
大勢のギャラリーたちの、好奇の視線に包まれながら・・・
アスとタル先輩は、一言も言葉を吐き出さぬまま、酒場を後にした。
オレの名はAsylum。
・・・素晴らしい幸運と、とんでもない不運が、いつも交互にやってくる男だ。
2人は一言も会話を交わさぬまま、町の路地を歩き、海岸へ行き、桟橋に向かい、
来た時と同じように、小船に乗って、浅瀬で停泊している海賊船に戻っていった・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そして その日が夕暮れに染まった頃・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜海賊船 船長室〜〜〜〜〜
「・・・そっか。 うまいこと始末できたか。」
イスに腰掛け、テーブルの上に両脚を投げ出した姿勢で、
布キレで銃を磨きつつ、ニヤリと微笑むエルヴァーンの海賊。
「ククク、ご苦労さん。 初仕事、無事に大成功を収めたな、アサイラムよ。」
「・・・・・・は、はあ・・・・; あ、あと、これ・・・」
ネームレス≠ェ持っていた金貨袋を、どすんとテーブルの上に置くアス。
「・・・ん? なんだよこれ?」
「い、いや、なんだもなにも・・・あの女が賭けた金だよ、船長;」
「え? なによ? 俺にくれるのか?」
「だ、だって、これをぶんどって来いって言ったじゃん;」
「あー、そういやそんな事も言ったっけな。 ククク・・・」
クルタダはテーブルの上の金貨袋の中から、ギル硬貨を1枚だけ手に取る。
「んじゃ、これが俺の取り分な。 残りはお前とキャップとで山分けしな。」
「え? 船長、い、一枚でいいの?」
「つか、もうお前にもわかってんだろ。 本当の目的は、あの女を始末する事だった。
あの女が貯め込んでた金なんざ、俺はどーでもいいのさ。」
「・・・・・・・・・・・」
ごくり、とツバを飲むアス。
意を決して、口を開く。
「・・・せ、船長・・・ひとつだけ教えてくれよ;」
「なんだ? ズィーハのスリーサイズなら、俺は知らねえぜ。」
「・・・あ、あのネームレス≠ヘ・・・船長の名前を奪うのが最終目的だったそうだけど、
なんで船長は、あの女に恨まれてたんだ・・・?」
「そりゃおめぇ、俺たちが散々あの町の住人を惨殺したり、あの港町に出入りする商船を
片っ端から襲ったりしてたからだろ? あの女はあの港町の出身だったそうだしな。」
「・・・・・・・・・・・!」
あの港町に、数え切れぬほど無数にいた孤児たちの事を思い出すアス。
「ククク・・・そんだけやってりゃ、そりゃ恨まれもするわな。」
「・・・ネームレス=E・・こ、殺す事なかったんじゃねえか、船長・・・・」
俯いたまま、拳を握り締めるアス。
「・・・あ、あの人、たぶん・・・金を稼ぎまくって、あの町のガキどもの面倒をみようと・・・」
「・・・ストップだ、アサイラム。」
真顔になり、クルタダはアスを見据える。
「てめぇは何だ? 正義の味方か? 救世主サマか? おい?」
「・・・・ち、違うけどさぁ・・・・」
「アサイラムよ。 人から愛され感謝される海賊≠ネんざ、クソ以下だぜ。
もしそんな連中がいようものなら、俺は最優先で他の海賊団と一致団結し、
そいつらを二日以内に、毛の一本すらこの世に残さねえほど、徹底的に叩き潰す。 」
「・・・な、なんで・・・? なんでそこまで・・・」
「俺たち海賊が、それぞれ船に掲げている髑髏の旗には、どんな意味があると思う?
あれには容赦なく襲撃するから、死にたくないなら降伏しろ≠チていう、
威嚇の意味が込められてんだ。」
「い、威嚇・・・?」
「ああ。 いちいち商船に対して本気で武力行使なんかするより、
相手がこっちの旗を見て、勝手にビビって降伏してくれた方が、遥かに楽だろ。
つまりこの旗を見たら、もう諦めろ≠チていう、脅しなのさ。
その旗の効力を薄めるような輩は、即、排除しねえといけねえ。」
「な、なるほど・・・」
「そういう風な生き方しかできねえから、俺たちは色んな連中から恨みを込められ、
海賊≠チて呼ばれてるのさ。
人々から恐れられ、忌み嫌われ、それでも一切反省せずに悪党≠ナいること・・・
それこそが海賊のプライドだ、と言い換えてもいい。」
「・・・・・・・・・・・」
「親切な海賊さん≠ネんていう連中に、ドクロの旗を掲げられたまま、
あちこちで人助けなんかされてみろ。 海賊の沽券に関わる、大問題だ。
なんだ、海賊って実はいい連中なんだな≠ネんて思われた日にゃ、
大問題どころじゃねえ、もはや死活問題だ。」
「・・・だから・・・ネームレス≠・・・始末したのか、船長・・・?」
「その通り。 あの女が海賊を引退した後、普通に冒険者になって、
普通に金を稼いでガキどもを養ってたんなら、何の問題も無かった。
だが、近隣の海賊をカモにして、かつ海賊流のギャンブルで稼いでいた以上は、
いつまでもほっとくわけにはいかなかった。」
ごとん、と磨いていた銃をテーブルに置き、クルタダは更に続けた。
「だからアサイラムよ・・・」
「海賊ならば、一切容赦のない悪党になれ。
海賊はやるけど、いい人でいたい・・・なんてのは、
俺に言わせりゃ、一番タチの悪い偽善者だ。」
「・・・・・・・・・・・」
「俺たちがそのやさしさを向けるのは、仲間に対してだけでいい。
ただし、必要ならば、その仲間をも裏切る。 それが海賊ってもんさ。」
「・・・今日のオレが・・・船長の手の平で踊らされていたみたいに・・・かい?」
「ククク・・・それはちょっと訂正しといてやろう。」
にっこりと、子どものように微笑むクルタダ。
「お前は踊らされていたんじゃねえ。 確かに舞台は俺が用意したが、
お前はその舞台の上で、好き勝手に、お前自身の意思で踊ったのさ。」
「・・・そうかなあ・・・」
「全てのコルセアは海鳥≠セ。 自由であれよ、アサイラム。」
「・・・ネームレス≠ノは・・・自由が無かったじゃねえか・・・」
「自由だったさ。 自分の意思で、今日までにかなりの大金を稼いでいたんだろ?
ただし、俺の方も自由にやらせてもらった。 その結果、ああなっただけだ。
俺とぶつからないようにする自由も、あいつにはあったはずなのさ。
お前が持ちかけた古銃のギャンブルを、あいつが拒めば済む話だった。」
「・・・むつかしいなあ。 オレ、いまいちわからねえよ・・・」
「ククク・・・海賊の掟の一番最初には上の者には絶対服従≠ニある・・・
しかし、一番最後には全てに対して自由であれ≠ニある・・・
果たしてどちらを選ぶか、それはお前次第というワケだぜ、アサイラム。」
「・・・うーん、オレにはやっぱ、よくわからないや・・・」
はあ・・・とため息をつき、テーブルの上から、大きな金貨袋を手に取るアス。
「・・・とりあえず、タル先輩とこいつを分けてくるよ、船長。」
「ああ。 今日はもう、そのまま休んでいいぜ。 ご苦労だったな。」
クルタダに一礼し、船長室を出て行くアス。
「・・・なんであいつだったんだい・・・?」
船長室の隅に立ち、一言も喋らなかったズィーハが、ようやく口を開く。
「・・・なにがだ?」
手の中の1枚のコインを、ピィン!と弾きながらズィーハの言葉を聴くクルタダ。
「・・・ネームレス≠潰す程度なら、他にも適任者がいただろ。
なんでわざわざ、あんな頼り無いヤツを行かせたの・・・?」
「・・・ククク・・・」
宙に舞うコインを見つめながら、クルタダは笑う。
「確かに他の連中なら、あいつの半分以下の時間で任務を完了させただろう。
速攻でネームレス≠叩き潰してな。 だが・・・」
「だが・・・なに?」
「・・・あいつなら、あるいは・・・叩き潰すんじゃなくて、ネームレス≠、
俺らの味方に引き入れちまうかもしれねえ・・・なんて、ふと思っちまってよ。」
「・・・まさか」
フッ、と鼻で笑うズィーハ。
「クルタダ、あんたはあいつを買いかぶりすぎだよ。 あいつはただのカスじゃないさ。」
「・・・ククク・・・どうやら気付かなかったようだなズィーハ。」
「・・・なにを?」
「・・・あいつの中のダイスが、2つに増えてるのを・・・感じなかったか?」
「・・・どういうこと・・・?」
「ククク・・・ネームレス≠ゥら、ダイスを託された・・・そうとしか考えられねえだろ?」
「・・・ばかな・・・シークァール≠引退したとはいえ、あの女もコルセアの端くれ・・・
何よりも大事なはずのダイスを、他人に譲るなんて事は・・・」
「・・・さて、一体どんな強運≠使ったのやら、俺には想像もつかねえが・・・」
不意にクルタダは、にっこりと笑う。
「よう、ちょっと何人か、野郎どもを連れてきてくれよズィーハ。」
「なに・・・? 何をするの・・・?」
「ククク・・・ひらめいた。 ちょいと楽しいギャンブルとシャレこもうぜ・・・?」
〜〜〜〜〜海賊船 甲板〜〜〜〜〜
「・・・そうでゴジャルか・・・船長がそんな事を・・・」
小さな樽の上に乗り、船の縁から海を眺めているタル先輩。
「なんかむつかしいよなあ; 結局、どういう事かわからなかったぜ;」
「・・・まあ、要するに、仕事だと思って割り切れ、という事ではゴジャらんか・・・?」
ちっとも割り切っていない様子で、はあ、とため息をつくタル先輩。
「・・・なあタル先輩。あのガキども、これからどーなるんだろ・・・?」
「そんなこと、セッシャにわかるわけないでゴジャル・・・」
「・・・なんつうの? なんかこう、なんともやり切れない感じだなあ;」
「人間のクズのようなお前でも、やはりそう思うでゴジャルか・・・」
・・・と、そんな時。
「ウォラァァァ!! アス公!
てめぇ、また甲板の掃除サボってやがるなぁ!」
「殺すぞてめぇ! ごるぁぁぁぁぁ!!」
「新入りのくせに、いつもいつもサボりやがってぇ!」
「たそがれてるんじゃねえ!仕事が山ほど待ってんぞぉ!」
いかつい海賊連中が、不意にぞろぞろとやってきた。
「てめぇら、今日はそろってお出かけしてたんだから、とっととやらねえと、
あっという間に日が暮れちまうぞ!」
「飯炊きに洗濯! 仕事は山ほどあるんだぜぇ!!」
「おら、とっとと動けよ下っ端どもぉぉ!」
「・・・うるせえなあ。 たまには自分でやれよ。」
「セッシャたちはやらん。 勝手にやれでゴジャル。」
ほぼ同時に、2人はきっぱりと言い放った。
2人のその言葉に、信じられない、というような顔で驚愕する先輩の皆様。
「おい、アス公にタル公・・・おめぇら、自分が何を言ってるのか、わかってんのか?」
「・・・オレは船長から、今日はもう休んでいいって言われたんだよ先輩。
だから今日は掃除なんかやらねえよ。」
「右に同じでゴジャル。 やりたきゃ勝手にやれでゴジャル。」
「へへへ・・・! 勇ましいじゃねえか、おめぇら・・・!」
「海賊の掟ってのを、身体に教えてやる必要があるようだな・・・!」
ごきごきと拳を鳴らしながら、海賊の先輩方は、ゆっくりと2人に近寄っていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ううっ・・・よ、4秒くらいでフルボッコされちゃったあ; ;」
「セ、セッシャは12秒くらいまでは耐えたでゴジャル; ;」
ざしゅっ、ざしゅっ、・・・と、泣きながらデッキブラシで甲板を掃除する2人。
アスは顔中、体中に青アザだらけ。
タル先輩は、頭のてっぺんに巨大なタンコブが出来ている。
「ち、ちくしょう! 一切手加減なしなんて、あんまりだあ><
あいつらやっぱ、頭おかしいよ! 殺されるかと思ったわ!」
「トホホホ; ; カッコ良かったのは、最初だけでゴジャった; ;
背中の刀さえ抜ければ、もうちょっと抵抗できたでゴジャルのに; ;」
海賊の下っ端2名は、潮風に傷をひりつかせながら、ごしごしと船体をこする。
「だけど・・・」
デッキブラシに力を込めつつ、タル先輩は呟いた。
「・・・ほんのちょっとだけ・・・セッシャは気が済んだでゴジャル・・・
これで少しは自分を許せそうでゴジャルよ・・・」
「・・・・・・・・・・」
「お前はどうでゴジャルか? アシャイラム・・・」
「・・・あちこちいてぇだけだっつうの・・・; ;」
ネームレス≠死に追いやった、己の迂闊さを許せなかったのは、
自分だけじゃなかったらしい・・・
アスはこの船で唯一、自分と同じく悪党≠ノなりきれないタルタルを見て、
少しだけ気が楽になるのを感じていた。
〜〜〜〜〜海賊船 船長室〜〜〜〜〜
「いやあ、キャップはまだしも、まさかアス公までが逆らってくるたぁな!」
「ああ! 俺も一瞬、我が耳を疑っちまったぜえ!」
「がははは! すげえな船長は! まさかの大穴を取っちまうんだからよ!」
海賊の先輩方は、ギル紙幣をクルタダ船長に手渡しつつ、豪快に笑う。
「ククク・・・ほいほい、毎度。 いやぁ、稼がせてもらったぜぇ。」
手渡されたギル紙幣を数えつつ、ニヤリと唇を吊り上げるクルタダ。
「船長よぉ? アス公に、前もって打ち合わせしてたんじゃねえだろうなぁ?
船長命令だから、絶対に俺らに逆らうようにしろ、ってよぉ!」」
「おお、ありえるな! 船長なら、それくらい平気でやりそうだ!」
「おいおい、疑うんじゃねえよ。 今回は珍しく、一切のイカサマ無しだぜ?」
「怪しいなあ。あのアス公が逆らってくるなんて、まだ信じられねえっすぜ、船長!」
「そうだぜ!キャップだけなら、まあ、まだありえるとは思うけどな!」
「ククク、実は俺も信じられねえんだけどよ、もしかしたら・・・と思ってな。
さっきあいつ、珍しくシリアスな顔してたからよぉ。」
「ちっ、おかげで大穴狙いで見事に1人勝ち、ってか。 やられたなあ。」
「おいおい、何言ってんだ? 俺の1人勝ちじゃねえぜ?」
クルタダは、海賊たちから奪った紙幣を半分に分けつつ、
隣にいたエルヴァーンの女海賊に手渡した。
「ほいよ、お前の勝ち分。」
「・・・え? ま、まさか、姐さん・・・?」
「ア、アス公が、俺たちに逆らって来る方に・・・?」
「・・・ふん。」
そっぽを向いたまま、ズィーハはクルタダの手から、しわくちゃの紙幣を受け取った。
〜〜〜〜〜海賊船 甲板〜〜〜〜〜
「ええい、ちくしょう! せっかく大勝負に勝ったのに、何も状況が変わってねえ><
結局オレたちは雑用係のままじゃねえか; ;」
「いいからお前も、喋らずに手を動かすでゴジャル! さっさと終わらせないと、
このままだと本当に夜になってしまうでゴジャルぞ!」
「うるさい! もう終わった事にすりゃいいんだよ! あいつら馬鹿だから、
ちょっとくらい汚れてても気付かねえよ!」
「セッシャはそういうのは嫌なのでゴジャル! やるならちゃんとやる!」
「じゃあひとりでやれよ!」
「お、お前は後輩のくせに、この期に及んで、まだそんな事を言うでゴジャルか!
そう言えば思い出したでゴジャル! お前勝負の最中に、セッシャにダイスを振らせて、
その隙に自分だけ逃げようとしていたでゴジャろう! あの件を謝れ!」
「ちくしょう! こんな地味な仕事じゃなくて、もっとでかい事がしてえよ><
一体いつになったら、オレはマトモな扱いをしてもらえるんだあ><」
「こ、こら! 話をごまかすなでゴジャル! 早くセッシャに謝らんか、アシャイラム!!」
・・・全てのコルセアは、海鳥のように自由であれ。
船長はそう言うが、どうもこのオレには、この船の上にいる限り、
そんなカッコイイ生活とは、到底無縁のような気がしてならねえ。
海鳥っつっても、まあ、ほれ、色々あるわけで・・・
さしずめオレは・・・
人間が近寄ってきても、それにまったく危機感を覚えず、
ヘタすりゃ最後まで気付かないまま、あっという間に捕まるアホな鳥・・・
まあともかく。
そんなワケで、オレはこんな感じで、ここで海賊の下っ端として過ごしている。
・・・というか、そもそもなんでこんな事になったんだっけ?
なんか、気がつけばここにいた、という認識しかねえんだけど・・・
まあ、いつの日か、この船から解放される事を祈るしかねえみたいだ。
人間なんてモンは所詮、オレらには想像もつかないような、
ものすごく偉いどこかの何者かの慈悲によって、
かろうじてこの世界で生きる事を許されてる、みたいなトコなんだろ。
今のオレに出来る事は、運を天にまかせつつ、
この船の上で海賊として生きる事、ただそれのみ。
オレの名はAsylum。
地獄のようなこの船で・・・
今日も鳴いてるDiomedeidae(アホウドリ)だ。
Next...... Double up? or Stop it?