ヒマラヤの風景 その1

ヒマラヤの風景−その1

 標高4200mのアンナプルナBCから振り仰いだアンナプルナT峰(8091m)です。世界に14座ある八千メートル峰の中で一番低い山ですが、人類が初めて登頂した八千メートル峰として有名です。1950年、フランスのモーリス・エルゾーク隊によって登られました。イギリス隊によるエベレスト初登頂は2年後の1952年です。当時の八千メートル峰はすべて未踏峰だったのです。たった60年前ですが、夢のような時代でしたね。

 撮影している場所は眼前に広がる南アンナプルナ氷河のモレーンの上で、足下は100m程切れ落ちています。氷河の表面は土砂に覆われていて氷河の氷は見えていません。前方に見える氷河基部までの距離が約4km、そこから頂上までの標高差が約4000mあります。氷河基部が海抜ゼロメートルの駿河湾の海岸線だとすると、富士山より高い位置にアンナプルナの頂上があることになります。それを想像しながらこの写真を見ると、ヒマラヤのスケールの大きさが理解出来るでしょう。この標高差4000mのアンナプルナ南壁はほぼ垂直に切り立っていて難度が高く、ほとんど登頂ルートには使われません。登頂隊の多くは反対側の北西斜面を使います。エルゾーク隊もそちら側から登りました。

 エルゾークが書いた有名な登頂記、「処女峰アンナプルナ」を読むと、1950年当時のネパールには鉄道はもちろん、空港も自動車道路もなく、インド北部のノータンワまで鉄道で行き、そこから徒歩でネパールに入っています。当初ダウラギリ(8167m)に登る予定でしたが、山容のあまりの険しさに、見ただけにとても登れそうもないと諦め、アンナプルナにターゲットを変更しています。しかしそのアンナプルナ自体がなかなか見つからず、探すのに2ヶ月もかかっています。今ではカトマンズからポカラまで飛行機で行けば、一般観光客でもホテルの窓からアンナプルナを見ることが出来ます。隊長のエルゾークは下山途中に遭難し、凍傷で両手両足の指を全部失いましたが、帰国後フランス文化省の大臣に選ばれました。人類初の八千メートル峰登頂者は国家の英雄だったのです。これも夢のような話ですね。(写真はクリックで拡大出来ます。)

<<2009年2月、伝蔵荘主人>>