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’05-’06 DA・M連続公演 八重樫聖ソロ 

SとCの隙間とカケラ Vol.2 (原作/『小間使い日記』オクターブ・ミルボー)

『小間使い日記』

P190 







































p194,195














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P204-5

















P209












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P214















p223







P225











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後編
p5-6


















P9p










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16-17





















 

 

 

 

 

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p18










P33、





p33-34 








p40                






p42 





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p46


























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P53







































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p70
























P80
















P87











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p93













p93 






P95















p98 






P100-101











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p110

 

 

















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Act 1
□「的のない外の所」 あたしは常に〜そうして時間が経って行く



 あたしは常に何処か外の所と焦っている。「的のないこの外の所」を空しい詩情ときわめつかぬ幻のような夢で飾って、そこに、愚かな望みを抱くのである。行けども行けども同じこと・・彼方、塵煙の立ちこめた地平線に目をやれば、青く、赤く、みづみづしく、さながら夢のように、光り煌めき軽やかである。彼処(あそこ)こそ、生きて幸福の土地なれと、近づいて見れば・・さて何もなく、砂と小石と、壁のように陰惨な丘があるだけ。外には、何一つありゃアしない。そしてその砂の上の、その小石の上の、その丘の空は灰色に閉じて、どんよりと重苦しく、目も暗澹として、煤煙のように濁った光が落ちるばかり・・何もない・・求めて来たものは何もない、いや・・何を探し求めて来たのか、自分でも知らないのだ。自分が何者であることさえ知らないのだ。
P191
 元来、召使いなんてものは、普通の人間じゃアない。社会的の人間じゃアない。 くっつけ合うことも、積み重ね合うことも出来ない破片で出来上がった、いわば、ちぐはぐの何か。いや、もっと悪い何かだ。奇怪な人間の雑種。生れ出た下層階級にも属していないし、といって、現在生きているブルジョワ階級にも属してやしない。下層階級を見捨てて、素朴な力とさっぱりした血を失い、ブルジョワ階級からは恥ずベき悪徳ばかりを得て、これを満足させる手段は得られない・・身に染むものは下劣な感情、卑怯な恐怖、罪になるような欲望、それも、見栄や飾りのない、金があるからといった言い訳に立つ富のないもの。汚れきった心を抱いて、このブルジョワの世界にいると、腐敗した芥捨場から立つ恐ろしい臭気を呼吸しただけで、永久に、精神の安定を失って、遂には自我の形式までをも棒に振ってしまう。この表面ばかりの人間の間に、幽霊のような身をさ迷わせたのちの、あらゆる思い出の奥底に、見出すものはただ塵埃ー苦しみだけ。    
P192
ここには何にも起らない。どうもこれにはやり切れない。この単調さ、この変わらぬ生活。ここを出たいものだが・・出る?何処へ?どうして?どうにも解らなくなって、結局、留まってしまう。

P192
奥さんは相変わらず疑い深くって、几帳面で、無慈悲で、欲張りで、感激もなければ、冗談もなく、気紛れもなければ喜びの影一つ、その大理石のような顔の上には映さない。旦那は、朝飯を済ますと、鉄砲を担いで、ゲートルをつけて、猟に出かけ、夜に入って帰って来る。もうあたしに靴を脱がしてくれともいわない。そして九時には寝てしまう。相変わらず、不格好で、滑稽で、ぼんやり、ブクブク肥って行く。

 この家の内でおそろしいのは、その静寂。どうもこれはやり切れない。よく暗い廊下の冷たい壁にそって、自分をまるで、妖怪か幽霊のように思うことがある。この家の内は息苦しい・・でも務めてしまっているしまつ!

 唯一の楽しみは、日曜日のミサの帰りに、食料品屋のグアンのおかみさんのとこへ寄ること。少なくとも、そこでは、みんな一緒になって、喋ったり、道化たり、騒いだり、メレ酒を引っかけたりする。まア幾分か、命の幻影があるというわけ、・・そうして時間が経って行く。


Act 2
□クレエルの惨殺  

 
 (今日、食料品屋で、昨日のこと、)村の猟師達が、ライヨンの森の中、野薔薇や枯れ葉の間に、むごたらしくも手込めにされた小娘の死骸を見つけだしたといふ話を聞いた。土地の人が小クレエルといっている娘。少々足りな い娘だったが、でも温しい淑やかな娘で、まだ十二にもなっていなかった。
クレエルはずいぶんむごたらしい死に様で、短いヒースの樹の間の、踏みにじられた場所には、尚、犯罪の痕跡が残っていたそうだ。(死人の、殆ど腐爛し尽くしかかっていた模様から見るに、犯罪の凶行されたのは、少なくとも、一週間前のことらしい。)

 小クレエルは、一日中、森にいた。春になると、その森で、黄水仙や鈴蘭やアネモネを摘んでは、可愛らしい花束をつくって、町の婦人達に売りに出ていた。日曜には、編笠茸を探し求めて、市場に売りに出た。夏は、種々な茸や、花を摘みに行った。けれど、何も摘む的もない今頃、どうして森になんか行ったのだろう。



Act 3
□気になる男、ジョゼフ

 
どうも気になる男が一人ある。(15年前からこの家にいる)
奥さんに信を得ている反猶太観の馭者で庭師のジョゼフ、あたしはあの男に信が置けない。P206

ゆっくりと滑るように行く歩き方も、あたしには気味が悪い。(鉄丸でも引きずっているような・・・徒刑場か、僧院か、・・・恐らく両方である)背中も怖いし、あの幅広な力の籠ったあの頸も怖い。P204

あたしがジョゼフの内に新たに、そして深刻に見出したもの、それがあたしの心を転倒させる。

肉感的な、キュッとさせる、恐ろしい、陶酔させるような空気があたしの
心をを転倒させる。。
立たせる半ば恐怖を持ち、半ば牽かれて行く。

ジョゼフは、兇行のあの土曜日、ライヨンの森へヒースの土を採りに行っていた。


○迷宮入り 貧乏な小娘の惨殺、

貧乏な小娘の惨殺なんてことは、そう血を湧かすもんじゃない。結句、この事件は迷宮入りとなって、他の多くの事件同様、闇から闇へ葬られてしまうに違いない。P209 

(―――ねえ、ジョゼフ 森で小クレエルを手籠めにしたのは、お前さんだろう、エ おい p211
―――ジョゼフ、何日だっけね、お前さんがライヨンの森へヒーズの土地を採りに行ったのは、覚えているp212

そのユダヤ人嫌い、たえず彼等を焼き殺してやるなんていっている嚇しは、ただの大風呂敷を広げているに過ぎない。これは政治上の問題。あたしが知りたいのは、もっと確定的なもの・・・)

―――早くやっちまひよ。ジョゼフ。すぐ殺しておしまひよ・・・
そんなに苦しめるなんて、酷いじゃないか。

○家鴨の断末魔

家鴨をしめる時には、ノルマンデイの習慣に依って、首にピンを刺してやってのける。苦しませずに、一息に殺せば殺せるのに、ジョゼフは、巧みにその断末魔の苦痛を長引かして喜んでいる。自分の手の内で、鳥の肉が顫え、心臓が鳴るのを喜ぶ。自分の手の内に、鳥の苦痛、臨終の顫え、死を、段々と眺め、計り、考えるのが好きなのだ。)片手に家鴨の頸をつかみ、片手で、ピンを頭に打ち込み、のろく、規則正しくそれをぐるぐる廻す。丁度、珈琲でも挽くよう。ピンを廻しながら、ジョゼフは、荒々しい喜びに充ちていった。鳥は、翼を出して、バタバタもがいた。頸が、凄い螺旋状を呈して捩れ、羽の下の肉がピクピクすると、鳥を台所の敷石の上に放り出して、両肘を膝に置き、顎を手の平で支えながら、満足しきったような片目で、鳥が身を顫い、痙攣し、黄色な脚で地をかくのを眺めはじめた。

―――うんと、苦しめなくツちア・・・苦しめば苦しむだけ、血がいい味になるんだぜ
―――こいつが面白いんだ。俺はこれが好きなんだ。」P215
―――ねえ、森で小クレエルBを手籠めにしたのはお前さんだろう・・・そうに違いないや、そうだとも、・・・お前さんよう エ)

○「シェルブールのカフェ」P223 原田の声 

「俺はシェルブール生まれなんだよ。水平や兵隊や愛国者達がうろついていて、叫び喚いて、喉を干涸びさせている。港よりの素敵な場所にある小さなカフェでも手がけりゃ、顫や二千の金を手にするな、雑作ないことなんだ。ただここに、女が一人欲しいんだ。」
小ざっぱりしたカフェ、キラキラ光るカフェ、勘定台の大鏡の後ろに、アルザス・ローレン風の美人が立っているんだ」

○ジョゼフの抱擁 

(―――俺は、お前が、小さなカフェにいるところを夢に見ているんだ。そして俺の血は煮えくりかへるやうなんだ。
―――それに、金は一万五千法以上あるだろう・・・この金が生んだ利子はちょっと解らねが。おそれから、あれだの、これだの、宝石だの、おい、お前、ほんとに幸せになるんだがな、ええ、そのカフェに来てくれさへしたらよ。

その体は、あたしへの情欲で震えているのが、感じられた。その気さえジョゼフにあれば、少しもあたしを藻掻かせずに、押さえつけ、息の根を止めてしまひ得たろう・・・だがジョゼフは自分の夢を語り続けた
 小クレエルの口を被い、喉を絞め、惨殺したあの手で、あたしを抱きしめ、小ク レエルの血みどろな傷口に接吻したあの口で、あたしに繰り返し繰り返しいった。P226


Act 4
□シアリゴー夫妻 


 シアリゴー、身には途轍もないフィリップ風のフロックコートを纏い、襟に結んだカラーやネクタイは、思い切った1830年代もの、とても素敵な膨らみを持った天鳶絨のチョッキ、見てくれがしにひけらかす宝玉。とり出す葉巻は、金紙に捲いてあった。でもつけ焼き刃の悲しさ、
(鈍い手足の働きY、ギゴチない身振りが、角のとれない肩のつけ根、コツコツとした間接)
俄ごしらえの新し過ぎ。

―――天鳶絨や繻子をふんだんに付けて見るがどうもいかん。いつまでたっても間抜けな面をしている。どっか不自然なとこがあるて・・」P6

 ケバケバしい化粧をし、髪の毛は真っ赤に染め過ぎ、ベラ棒に大きい宝玉をつけ、馬鹿値の絹を纏い、まるで共同洗濯場の女王か謝肉祭の皇后様。
(陰では、小ッ酷く嘲笑されていた)P6

―――離縁て奴は少なくとも姦通を消滅させてしまう取り柄はあるよ。姦通、こりゃアもう時勢遅れの悪戯さP9。


○招待者 伯爵夫人フエルギウ(離婚者) その友人ジョゼフ・ブリガール、経済学者、代議士。 男爵夫人アンリ・ゴクスタイン(離婚者)。その友人テオ・クランプ、詩人。男爵夫人オト・ブュチンゲン、その友人子爵ライレイ、
倶楽部員、運動家、賭博家、イカサマ師。 ド・ランブュール夫人(離婚者)。その友人チエルセレ夫人(目下離婚手続き中) ハリーキンバリー卿、象徴派音楽家、熱烈なる男色家、その若き友人リュシアン・サルトリー、女のように美しく、しなやかで、葉巻のように細ッそりした金髪青年。学士院会員ジョゼフ・デュポン・ド・ラブリ、淫猥なる古銭学者、同会員イジドール・ドュラン・ドラマルヌ、肖像画家ジャック・リゴー、心理小説家モーリス・フェルナンクール、社会記者プール・デソワ
皆、出席を承知した。
―――シアリゴー家ですって? 
 立派な家柄なんですの?P10


○言い争い

(一週間前から、家の内は上へ下への大混雑。部屋は殆ど新しくしてしまひ、 夫妻は互いに意見を異にして、言い争った。

―――馬鹿らしい、皆、淫買の家にでも来たと思うぜ、そんなことすりア、早速、奴等に馬鹿にされるから。
―――なんとでもおいひなさい、あなたと来たら、ちっとも昔と変りやアしない。いつまで経っても、ビアホールの無頼漢なのね・・・ああ、もう、うんざりしちまふ!
―――そうか、いいとも、ああ、わかれゆぢアないか、エ、狼、別れようぢアないか。

―――少し口を出さないでいて下さい。馬鹿らしいことばかりいって、頭が呆然としてしまふぢあありませんか。
―――よし、よし、さうだ、さうだ、まあたしたことも無く済ましたいもんだな。社交界の人になツてことが、こんなに困難な、骨の折れる、面倒臭いものだとは、知らなかったよ・・・・昔の無頼漢のままでいた方がよかったようだな。
―――ああ、いつまでもそうした根性はのことは、よく解っていますよ。あなたは、女の身のことなんか、一寸も考へて下さらないんだ。)
P18

―――ほんとにトンチキな女だなア。あの身装ったらありゃアしない。彼奴のお蔭で明日から巴里中の笑いの種になるんだ。」

―――お馬鹿チョだね!あのパンの丸薬を種に明日は酷い目にあうこったろう。P30
―――まるで溝鼠の寄り合いだねえ」

―――(あなたが、悪いんですわ、)太い指の間で汚らしいパンを丸めてばかりいて、変だったらありゃアしない、恥ずかしいじゃありませんか!」

―――一体お前の青い着物は何だい?お前の薄笑いは何だい、サルトリーに対してのヘマはどうしたんだい。それも俺が悪いのかい。」
だが、翌日フィガロ紙に、この晩餐会のこと、二人の趣味、精神、典雅なこと、その交友関係を、矢鱈に褒め上げた記事の出ているのを読むと、何もかも忘れてしまって、自分達の成功のことばかりを話あっていた。

―――誰だって欠点はありまさアねえ! 


○二大部分 

 宇宙を別って、彼らは二大部分している。一方は正しいもの、他方は荘でないもの。この二大部分が、更に細別され、また更に区分されていく。晩餐に行っても差し支えのない家、夜会にだけ出席していい家。晩餐会に行ってはいけないが、夜会に行く分なら構わない家。食卓に招き得るお客と、ただ特定なある場合に限り、客間へだけ通すことの出来るお客、それからまた、晩餐に招ぶことも招ばれて行ってもいけない家とか、午餐に招いても差し支えないが、晩餐は遠慮する家とか、田舎だから晩餐を受けてもいいが巴里では受けてはならない家、いや、あること、あること。


Act 5
□事件の放棄 
もう問題になっていない。予想通りに、事件は放棄されてしまった。ライヨンの森とジョゼフだけが、永久に、その秘密を握っているというもの。あわれな少女の死骸についても、やがて、森の草叢に死んだ鶇の死骸ほどにも云々されなくなろう。


Act 5
□金持ちの犬 


―――病気の子にスープを作ってやるんですから、肉を少々下さいナ

肉屋は、貧乏な老婆には、銅の鍋に投げ込んであった細切れの中から、半分骨の、半分脂の、ひどいとこを選み出し『15スウ』で売り、奥様の犬には、真っ赤な上等の肉片を長く切って、投げてやる。ああ、金持ちの犬!こりゃア貧乏人じゃないんだ。

Act 6
□ ポール・ランソン教区の司祭長 


(ルアンの新聞記事が噂。滑稽で突拍子もないこと。このあわれな日記を、明るい笑ひで賑はすことも出来よう)


○司祭長の弁舌 

 「皆さん、地上楽園は、誰がなんと言おうとアジアにあったんだ、アジアに。そこには、昔、雨も降らなければ、霰もなく、雪も降らず、雷も落ちなかった。そのアジアにあったのだ。万物は青々として、香気を放ち、花という花は、まるで樹のように高く、木はまた山のように高かった。然し、今ではアジアには、何もない。我々の犯した罪のために、アジアには、支那人、交趾支那人、トルコ人、黒ん坊の異端者、黄色の邪宗徒の他には何もいなくなってしまった。そいつ等は、尊い伝道者を殺し、地獄に堕ちて行く奴輩だ」


○教会の石像

(―――司祭さま、この境界に悪魔がいるのです)
―――教会の上に真裸の男を見たのです」
―――わたくしは、何もその男が信者だとは申しません。だって石で出来ているんですもの」
―――石なら、裸じゃアないと仰有るんですか。」
―――その石の男は、あなたがお考え以上に裸なのですよ、あの・・あの、恐ろしい・・あの、あれを・・ああ、牧師さま、私に汚らわしい言葉を口にさせないで下さい。」
―――しかも幾世紀か前から、あすこにあったのです・・あなたの教会を汚して・・女であり、尼僧であり、貞操の誓を立てたこの私がそれを見つけて、貴方のところへ、《司祭長さま、悪魔が教会におります》って、叫びにこなければならないとは・・」

夜は、月がなくて暗かった。高く教会の上、悪魔や聖者の晦渋な石像が交錯していた。司祭長は、金槌と鑿(のみ)と灯籠を持って梯子を登り、金槌を振った。



P50
―すべての罪業より
―主よ、我らを救い給え
―淫欲の霊より
―主よ、我らを救い給え
―主よ、我らの願いを聞き入れ給え
―最も聖なる母よ、最も純潔なる母よ、不可侵の母よ
ーあ々、豚め!豚め!司祭長は、「我らのために祈り給え」という代わりにこう唸った。

司祭長は、この淫猥な聖像に一撃を与えた


□ 銀器磨き 

その銀器を前にした奥さんの眼!あたし達の手で涜されるその銀器の前での奥さんの眼!こんな貪欲な相をした女の眼は、見たこともない・・

 奥さんの銀器と、シェルブールの小さいカフェとの間には、全体、どんな関係が あるのだろう。何故とは知れないが、ジョゼフの一寸した言葉もあたしの身を顫 るわす。P54


Act 7
□遊蕩漢のグザヴィエさん p76-79

○タルブ夫人の叱責 P57
p57
―――セレスチーヌといふのだね。ああ、あたしは、そんな名は嫌いだよ。英語でマリー! おぼえておおいで、マリー さう、この方がいい。
―――マリー お前肉付きはいい?
―――なに、お前の髪は! すぐお結いお直し、野暮すぎるよ、
―――その着物は、お前の一番いい着物
―――お前の晴布は感心しないね。あたしのをあげるから、お前に合ふやうにし立直すといいよ。それから下着は、
(夫人はあたしの裾をもち上げてまくしたてた)
―――ああ、さう、よくないね。それから肌着は、どう?
―――奥様のおっしゃることは、どういふことかあたしにはわかりかねます。
―――肌着をお見せ! もっとおいで! ついでにちょっと歩いてごらん! もう少し・・・後戻りして・・・そっち向いて・・・歩き振りもいい・・・
―――まあ、この肌着と靴下は、厭だね、このコルセットっって、なんだい・・・・こんなものは、家では見たくないね。こんなもの、着て貰いたくないよ。
―――これを御取り、・・・マリー・・・どれでももっておいで・・・少しは繕ったり、直したりしなければならないのもあるけれど・・・まあ、好いやうに自分でおし。お前に似合いの衣裳、みんなお取り!


―――さあ、これからグザギエの部屋へ行きませう。あたしの息子なの。マリー。
―――あの子は、少し性急だけれど、でも、可愛いところがあるよ。
・・・お前、ズボンの畳み方知ってるb? グザギエは、何よりもズボンを気にするから。P61

(前に共和党の代議士の家に奉公したことがあるが、その人は、坊主の悪口をいふのだが、宗教とか、法王とか、尼僧といった言葉が嫌いで、その説によると、教会とふ教会、修道院なぞは、一切、打ち壊さなければならなかった。・・・・・・ブルジョアの輩は、いずれもみんな偽善者で、卑怯者、鼻持ちならぬ奴ばかり)p67


○グザビエさん 

―――お前 素敵だねエ。いつからいるんだい? ここへ おいで!p71
―――親仁やおふくろ? それが何だい!
―――俺は無政府主義者なんだ・・・宗教・・・ジェズイト教・・・坊主・・・もう結構、それが、何だい、親仁やおふくろのやうな人間がでッち上げてる会が、なんになる? ええ、そんなもの用に立ちやアしねえや! P72
―――とんでもない、親仁が!親仁が !
(あはははは、あたしも笑っていた) P73

何よりも不幸なことは、グザビエさんに情の無いこと。あの御用以外には、あたしは無いも同然、御用が済めば、勝手にしろとばかり、微塵あたしに目もくれない P76

荒淫な男の出来心のままにどんなことも受け入れ、いやある時は、こちらから持ちかけさえしていたのに、その男の心へ少しも愛情の痕跡を残すことが出来なかったことは、かえすがえすも口惜しい。P77
とはいふものの、あたしは、この道楽者を、獣のやうに、身を献げて愛したものに違いない。

P78
―――お前、5ルイ持っていない?』
―――それだけでもいい、その90フランを持っておいで』
―――そんな泣き言を聞かせに、俺に90フラン貸してくれたんなら、このお金をお返しするよ』

大急ぎで、若旦那は衣服を着替えた。そして接吻もくれず、一言も言わずに出て行ってしまった。


○主人夫婦とあたしの罵詈雑言 
 
あたしは、この家の恥辱と、表に出ているものとを楯に、夫人を馬鹿にしてやった。そして、まるで汚れた雑巾を投げっこするように、罵詈雑言を言い合って、喧嘩口論するさまは、とんと裏店の山の神よろしく。 


―――うちをなんだと思っているんだい?淫売宿にでもいるつもりなのかい?
―――ほんとに、お宅は清潔ですよ。ご自慢になれましょう。そしてあなたは・・・いかにもお清潔でございますよ。・・それから旦那は?おほほ、おまけに町内であなたを知らないものア、ありゃアしない。お宅は?・・魔窟!魔窟にだってこんな汚いのはありゃアしないや!

――― (放蕩息子に貸したお金を返せ!)お前たちゃア、揃いも揃って泥棒だ。皆、詐欺師だ」
―――お前立ちゃあ、悪い評判がしてもらいたいんだね・・覚えていろ、泥棒め!」 p86 



Act 8
□ヌイイのノオトルダム・ド・トラント・シ・ドルトルの尼僧たちの家、
 婦人救済所 

○鐘の音 P87 

 ああ、鐘の音はなんという優しいものだろう!あの音は人の心のうちに、遠い昔の、忘れはててしまったいろいろのことを思い浮かばせる。鐘の音を聞くと、いつもあたしは目を閉じて耳を澄ます。すると、恐らく見たこともなかったような景色、または、幼年、少女時代の移り変わりの思い出が侵み込んでいる懐かしい種々の景色が脳裏に浮かび出る。砂浜に続く野原に、晴れ着を来た村人が、三々五々、ゆるゆると歩いている。ブルターニュの角喇叭が鳴り響く・・これは、格別、陽気な音じゃアない。寧ろ、恋のようにうら侘しくもある。しかしあたしはその音が好き。巴里では、噴水の番人が吹く角笛と電車の煩い喇叭の音のほか聞けやしない。


○尼僧たちが、あたし達を餌にする  

だれ憚らぬ、いけ図々しさであった。あの連中のやりかたはいかにも簡単で、それを隠そうとさえしない。自分達の役に立たない女には口を当てがい、幾分でも家に置いて、利益になりそうな女と見ると、押さえて置いて、その能力、労力、無邪気さを酷き使う。基督教の慈善の骨頂は、自分の方から食料を支払う召使いや女工を見つけて散々、使いまわした上、わずかばかりの臍繰りを、平気の平左で捲き上げること・・・そして、ご費用の方はというと、こりゃア御均等にとりあげる。


―――もう暫くの辛抱ですよ。いい口があったらば、と、いつもお前さんのことを心掛けています、飛び切りの口を見つけてあげようと思ってね、方々、探しているんですが、お前さんに適当な、相応しい家が出て来ないので、ねえ・・」P92


白い影 

みな寝静まったと思われる頃、白い影が浮き上がるのが目につく、すると笑い声、囁きなぞが聞こえて来る。寝室の中央、天井から垂れているランプの、濁った、震える明かりの下に、あたしは幾度となく、獣的な、けれど侘しい卑猥な情景を目撃した・・尼達は、見ざる、聞かざるをきめこんでいる。醜聞の外に漏れるのを怖れ、何も知らない風をして、この惨状を黙過した・・さて費用は、きちんきちんと取り上げる。(p93) 
 
○婢僕というもの  

 婢僕というものは、どれほど窮迫されているか、いかに烈しい搾取永久的の犠牲になっているかということを、世間の人は気づかない。主人とか桂庵とか救済機関とか、どれも見な、あたし達を食い物にする。そして、誰も、他人のことは顧みない。みんな、自分より貧しいものの困窮に拠って生き、脂ぶとり、面白がっている。場面が転じ、背景は変わっても、人間の煩悩欲念は同じもの。結局、あたし達のような女は、何処へ行こうが、何をしようが、いつもその結果は被征服者。貧民は、富者が刈り取る歓びの収穫、生命の収穫を齎す人間の肥料。しかも金持ちは、われわれに対して実に惨たらしく悪用する。

(今日は、もう奴隷制度は存在しないといふ。ふん、冗談いっちゃアいけない。ぢやア召使は、奴隷でナクッて、いったい何?
隷属的境遇にある、道徳的堕落、不可避の腐敗、嫌悪から生まれた反逆なぞのあらゆるものを帯びている事実上の奴隷。召使はみな、主人の家で不行儀を覚える。初奉公の当座は純真で無邪気なのが、たちまち腐敗してしまう)P95

○ストリキニーネ 

 仮に一人の料理女があって、これが毎日、主人の命を握っている掌中にー塩のかわりに砒素を一掴み・・または酢のかわりにストリキニーネの一滴をとったら・・それでいいんだ・・ところが、それが出来ない・・ああ、あたし達の中には奴隷根性があるに違いない!


○ボニファス尼との罵り合い(P100-101

ノートルダム・デ・トラント・ド・シ・ドトールを飛び出すには、ずいぶん骨が折れた。ある日、ボスニアス尼に、今夜にも出て行きたいからと告げた。

―――お前さん、70フランばかり、借りがあったねえ・・兎も角、あれを片付けて行かなけりゃア。

―――え、そりゃなんで払うんです。あたしゃア一文無しですよ。嘘と思うなら、何処でも探してご覧なさい。

―――何!あんまり馬鹿に唖でないよ。朝から晩まで畜生同様に働いてやって、うんと儲けさせて、おまけにこっちにゃあ、犬も喰わないようなものをあてがっておいて、金を出せとは何だい、ふざけんない。

―――さあ、やるならやってご覧。行李に指一本でも指したが最後、すぐ巡査を呼んで来るから・・坊主の汚い猿股を繕ったり、貧乏人のパンをくすねたり、毎晩、寝室のあのさまに幾分でも儲けるのが、信心だっていうんなら。

―――しかも、毎晩の寝室の出来事をちっとも知らないんだって!さあ、このあたしの前で、そう云えるなら云ってみろ!お前さん達は、幾らか儲かるもんだから、あれを煽り立てているんじゃアないか、そうだとも、自分達の儲けになるもんだから!

―――エエ、オイ、それが宗教だっていうのかい、監獄と私窩子宿が宗教なら、宗教なんか真平御免だね。アア。おい、行李だ、解ったかい、行李を出しとくれ。


□大尉の申し込み p107

大尉はあたしをじっと、ひねくれたような、そして色っぽい目で見まもりながらいった。
ーそりゃアあんたの胸一つでナ。
ーセレスチーヌさん、まアお聞き。お給金は月35フラン、主人と同じ食卓じゃ、主人と同じ部屋じゃ、それに遺言、それでどうかね・・エ?

○大尉とジョゼフ p109

大尉にしようか、ジョゼフにしようか、これにゃあ、はたと当惑した。こうした状況にある幸運を握って、女中兼帯の妾として暮らそうか、言い換えれば、痴鈍な、卑しい、浮気男に身を任せて肩身狭く生きようか、でなくば、結婚して、他人の干渉を享けない、辛い目も見ず、自由な、相当の生活をするか、あたしの夢の一部分は、遂に実現されようとしている、こうした夢がもっと、立派なものであってくれれば、とは思っている。けれど、何れにしても、いい目の少ないあたしのような女の身になってみれば、今や、家から家へ、寝台から寝台へ、人から人への永遠な、単調なぐらぐらした生活以外の何かがやって来たとしたら、こりゃア、慶ばねばなる)



Act 8
□ジョゼフとの対話2「


ジョゼフに対するあたしの感情は全く別なもの。(・)あたしの心を押えつけ、我が物にし、しつこく付き纏っている。あたしを悩ましたり、うっとりさせたり怖がらせたりする。そりゃア確かに醜いことは醜い。恐ろしいまでに凶暴で醜い。とはいえその醜さを分解して見ると、そこに殆ど美ともいふべき、美以上の、美を超越した、元素とでもいふべき素晴らしいある物がある。(・・・)こんな男と一緒に生活することは、危険であり、困難であることは、百も千も承知、でもそれだけに、目を眩ます強い力で、あたしを牽きつける。・・・少なくとも、あの男は、多くの犯罪を犯し得ると同時に、また恐らく、善事を為す力を持っていよう・・・あたしにははっきり解らない・・・不可解な神秘な引力ばかりでなく、ジョセフはあたしに対し、苛酷な、烈しい、力強い、??的な魅力を持っている。そしてこの魅力・・・そう、この魅力はますます、あたしの神経の上に働いて、あたしの受動的な、また屈従的な肉体を征服して行く。(・・) 精神的にも、性的にも、あたしを全部捕らえ、気づかれずに心の底に眠っていた、どんな恋も、どんな情欲も今日まで目醒ますことのなかった未知の本能を顕現してくれた。

―――お前、俺にそっくりさ、セレスチーヌ、魂がそっくりなんだ、魂が似通っている」P111

現在のこころばかりではなく、過去の心をも、ジョゼフは奪ってしまっている(・・・)
過ぎし昔も、今は、全ての醜汚または艶美な面影を抱いたまま遠ざかって行き、色褪せ、消えようとしている・・・クレオフアヌ、ビスクイユ、ジャンさん、グザキエさん、ジョルジュさんさへもが、(・・・)
自ら歓んで熱情的に、自分の幾分または全部を、揮える肉体を、悩む心を任せたこれ等全ての人たち・・・
それまで皆すでに影となった。あるかなきかの思い出、やがては、とりとめもない夢、触れることのできない現実、忘却、・・・けむりとなり、無となって、忘却の底に沈んで行く漠とした影となった!
ジョゼフの罪深さうな口許、悪徒らしい眼、豊かな肉付きの頬、

―――あたしは自分に白状しなけりゃならない、・・・自分に叫ばなければならない・・・ あたしは、ジョゼフに惚れている!

―――わかってるかい・・・ まづ店を塗り替えて、新規のようにしなくちゃ・・・うんと、立派にしてね、金文字で「フランス軍人歓迎」という新看板を上げるんだ・・・」

ジョゼフは、あたしのことはいはなかった(・・) 心変わりでもしたのかしら? 小さいクレールを汚辱したといふ、あたしの匿すことのできない疑念が、二人の間に、水を指しはしなかったろうか?

―――ジョゼフ お前が行ってしまったら、あたしここには辛抱しきれないよ。・・今では、お前に、すっかり慣れてきたんだもの・・・

―――お互いにもう会へなくなっても、お前、辛くは思わない? ジョゼフ
―――なにをあたしが厭だといって?
―――お前はいつも俺のことを、悪く思っている
―――あたしが? どうしてお前、そんなこといふのさ?
―――俺がお前を面白く思はないってのは、余り、ものを詮索しすぎることだよ、世の中には女に用事のないことがある・・・沢山あるよ
(・・)セレスチーヌ お前の夢を見ているんだ・・・お前にそこ底惚れしているんだよ。だけど、あんまり、
ものを訊きたがるものぢやアない。お前は、お前のことをすれがいいんだ。俺は俺のことをするから・・そうしていれば、間違いないし、驚くこともない・・

ジョゼフは近寄って来て、あたしの手を執った。

そのシャツの袖は、肘の所まで捲くしあげられている。太い柔らかな、通動機のように油ぎった、抱きしめるに工合のいい腕の筋肉は、白い皮膚の下に、力強く、敏捷に働く。上腕と上腕二頭筋の両側とに、燃えるような心臓や、花瓶の上に交叉された短刀なぞの刺青を見た。男性の、あたかも野獣のような強烈な臭気が、広い、鎧のように湾曲した胸から発散する。この力と、臭いとに陶然として、さっきジョゼフが馬具の金具を磨いていた台の上に、あたしは寄りかかった。グザビエさんもジャンさんも、その他の人々も、この残忍な獣のような顔をして、頭の光った、中老人が、あたしの胸に烙り(やき)つけたような強い印象はくれなかった。P118

―――ジョゼフ、さア、すぐに一緒になって、ねえ、ジョゼフ ジョゼフ・・・あたしだって、お前の夢を見ているよ。あたしだってお前に夢中なんだよ
―――すぐにさア・・・ねエ、ジョゼフ