+闇の鼓動+





・・・無数にあるトラップを潜り抜け、見張り達を次々と瞬殺しながら奥へと進む一

人の男。

 

名前は飛影。

 

彼は今、自分の所属する組織と対立状態にあるマフィアの屋敷へと一人侵入してい

た。

組織から彼への命令・・・それは

 

 

「ヤツを抹殺して来い」

 

 

ヤツ・・それは対立するマフィアのボスを指していた。

更にその命令を下した男・・組織のトップとも言うべき男は言葉を連ねた。

 

「ヤツを殺せばお前の株はグッとあがるぜ?一人で殺(や)るなら尚更だ。

・・・・妹も喜ぶんじゃないのか?抗争も減りゃ、無駄な争いに巻き込まれなくても

済むかもしれないしなぁ?」

そしてクククッ・・・と卑しい笑い声を上げた。

 

男が“妹”という言葉を発した瞬間、飛影の紅い瞳が揺らめく。

自分とは違い・・・優しく、そして誰からも愛される妹、雪菜。

双子としてこの世に生まれ、似ているとすればこの紅い瞳だけであろうか・・・・。

 

巻き込まれる・・・じゃなくて、巻き込むんだろう?

チッ・・・下衆がくだらない脅しを掛けやがって・・・。

 

忌々しくも思いながらも飛影は背中を向け、立ち去りながら答えた。

 

 

「・・・一人で十分だ。足手まといが居ては上手く行くものも行かなくなる」

 

 

飛影は知っていた。

相手はマフィア・・と言っても最早それは一つの国とでも言った方が分かりやすい程

のものであること。

そして、ネズミが一匹くらい紛れ込んだとしても、その国家は崩れないであろうこと

も。

 

要するにこうだろう。

オレを一人侵入させ、屋敷内に多少のパニックを起こさせる。

それに乗じての奇襲作戦・・・・か。それが通じるかどうかは分からんが。

更に自分には捨て駒になるだけの要素もあった。

いつまで経っても組織に溶け込めない一匹狼。

組織の中に荒波を立てる勝手な行動の多さ。

そして・・・・一人で侵入しようともパニックを起こさせる事の出来るズバ抜けた戦

闘能力。

 

 

組織としては、優秀だが手綱のつけられない犬は捨てるに限る・・と言うことか。

 

 

フン・・・と、一瞬自嘲的な笑いを浮かべ、彼はさらに奥へと足を早める。

 

飛影がこの話に乗った理由には雪菜の件もあったが・・・もう一つ隠されている理由

(わけ)もあった。

 

 

それは・・・・・死に方。

 

 

妹、雪菜には自分が兄だと言うことは打ち明けてはいない。

今まで遠くから見守っていたつもりだが・・それが余計に彼女を危険に近付けてし

まった。

 

・・・・自分はもう足枷にしかならないのか。

 

オレが死ねば雪菜への監視もきっと解かれるだろう。

用済みだと言って殺すほどこの組織も暇じゃない。

それに組織にとっちゃ有難いことこの上なしの死に方だしな。

 

こんな薄汚れた男が兄だと分かる前に、死んでしまった方がいいのかも知れない。

・・・・いや、知られる前に死んでしまいたいと言った方が正しいのだろうか。

 

要するにオレは臆病なのだろう。

雪菜に知られるのが・・・・・・怖い。

 

それにオレらしいんじゃないのか?こんな馬鹿げた死に方は。

 

 

しん・・・・と静まりかえった屋敷の中を飛影は足音を立てずに進んでいく。

長年の盗賊稼業のお蔭か大事なものや偉そうな奴等がいそうな場所は勘で判る。

 

しかし・・・・おかしい。静か過ぎる。

確かに庭先、入り口のセキュリティは大したものだった。

途中、見張りの奴等の手応えの無さには多少疑問を抱いたが・・。

 

そんな疑問が膨れ上がった瞬間・・・

 

 

「!!!!?」

 

 

突然廊下の照明が灯った。

しかもその照明は奥へと続いてる。

・・・・誘ってるのか?

 

(フ・・・面白い)

 

 

こんな一人でのこのこ侵入するようなバカな奴の顔でも拝もうってのか?

見せしめに殺して、多分外にいるであろう他の組織の奴らにその死体を投げ込むつも

りか?

 

 

なかなか面白いボスの様だ。

このマフィアのボスは表には全く出てこない謎の人物ともされていた。

しかしながらその権力は絶対で、彼に逆らうものは例え組織のNO2であろうとも抹

殺されるという。

 

短期間で国家とも呼ばれる程の組織を作った人物。

さぞかし狡猾で腹黒い男であろう。

そんなヤツの顔を最後に拝むのも悪くは無いのかも知れない。

 

 

 

灯りは一番奥にある一つの大きな扉の前で消えた。

 

 

慎重に扉に手を掛ける。・・・・鍵はかかってはいない。

飛影は刀を前に掲げ、ゆっくりと扉を開く。

・・・・中は真っ暗だ。

と・・・思った矢先、飛影の隣にあるサイドボード上のランプに火が灯った。

ランプは骨董品らしく、盗賊であった飛影の目から見てもかなりの値打ちのものだと

分かる。

ランプは柔らかい光を放ちながら辺りの視界を開いて行く。

しかし、部屋の奥まではその光が届かない様だ。

 

 

刀を持つ手に力を込め、奥の闇に向かって飛影は言葉を放つ。

 

 

「おい、何の真似だ?殺すつもりでここへ引き寄せたのではないのか?」

 

 

 

「・・・・ほぅ、お前は殺されたかったのか」

 

 

「!!?」

飛影は一瞬目を見開いた。

凛として透き通るような、声。

・・・・女の声。

 

そして軽く、柔らかな足音がこちらへと近づいてくる。

ランプの光により、その足音を立てる人物のシルエットが浮かび上がる。

 

小さく華奢なシルエット。

 

飛影の目の前でそのシルエットが光へと・・実体へと変わる。

 

 

「はじめまして飛影。オレがここのボス、躯だ」

 

 

「・・・何!?貴様がボス・・・・・・・・・・躯だと!?」

 

 

目の前に現れたのは目にも鮮やかな金色の髪。

そしてランプの光の中ででもハッキリと分かる程白く、まるで陶磁器の様な肌を持っ

た一人の女だった。

女の美醜にはかなり疎いと言われていた飛影にも、目の前の躯が桁外れに美しいと言

う事が分かる。

傷を負った半身さえ、彼女の美しさをまるで引き立てている様でもあった。

 

蒼い・・まるで冬の湖の様な瞳で飛影の目を見据えながら、躯は手にした銃を飛影に

は向けず手の中でくるくるとまるで玩具の様に弄びながら更に近づいてくる。

飛影の核の鼓動が徐々に高く響いて行った。

 

目の前に来た躯は飛影の掲げた刀にそっと顔を近づけ肩に手を置く。

蒼と朱の瞳が重なり合い、そのまま動けずにいる自分に飛影は気が付いた。

 

 

なぜ・・・なぜ動けない?

 

 

「なぜ・・・・・」

 

 

躯が視線と肩に置いた手に力を込め、語りかける。

 

「なぜ殺さない?お前は殺されに来たのではなくてオレを殺しに来たのだろう?」

 

そして・・・まるで挑発するかの様にそっと耳元で囁く。

 

「早速・・・・・・・トドメさしてみる?・・・ん?」

 

「・・・・・・・・!!!」

 

 

一瞬核の鼓動が止まった気がした。

 

 

躯は立ち竦んだままの飛影からそっと離れると近くにあった椅子に深く腰掛ける。

そして、黒いミニスカートの裾が少しはだけるのも気にもしない様子で足を組んだ。

女性美を強調するような綺麗な曲線に本能的に思わず目が行き、そしてそんな自分に

気が付いた飛影は自己嫌悪の為かプイっと視線を脇にずらす。

 

刀はもう床に付く程に下げられていた。

 

「外の奴らは皆オレの部下たちが消した。・・・・妹の監視役とか言う奴らも、もう

居ない」

 

「!?」

 

飛影は目を見開き、空を見つめながら淡々と話し始めた躯の秀麗な横顔を食い入るよ

うに見つめた。

 

「丁度いい機会だった。今まで適当に相手してやってたが、流石に少々ウザくなって

きていた所だったからな・・・」

 

「・・・貴様に取っちゃ俺らは単なる遊び相手にしか過ぎなかったと言うことか」

 

「まぁ、そう拗ねるなよ」

 

クスリ、と口元に笑みを浮かべ躯はまた飛影に視線を合わせる。

瞳にはまだ挑むような・・それでいて少し嬉しそうな光が込められていた。

 

「飛影・・・お前のことは前々から目を付けていたんだぜ?

いつ引き抜いてやろうかと画策していた所だ。

それが・・・餌を引き連れてご本人自ら来て頂けたとはな・・・」

 

「・・・・・オレは貴様の部下になるとは言っていない」

 

「まぁ、そう言うな。お前はまだ世界を知らなすぎる。

オレの組織はまるで最強の様に言われて来ているが世界全体から見てみればまだまだ

発展途上もいいトコだ。

それに・・・」

 

「それに?」

 

躯は椅子から立ち上がり、飛影の向かい合わせに・・・真正面にその華奢な体を移動

する。

何故だろう?軽く力を込めれば壊れてしまいそうな程華奢な女なのに・・・その体か

らは圧倒的とも言える不思議な雰囲気が醸し出されていた。

冷たい湖の瞳はそのままずっと見つめていると吸い込まれ、湖底まで引きずり込まれ

そうな程の力を持ってる・・・。

 

飛影は軽い眩暈を覚えながらも、再度躯に問いかけた。

 

「それに・・・・なんだ?」

 

 

「それに、お前はまだ死に方を求める程強くない。・・・・お前なら修行次第ですぐ

にオレのNO2になれるだろう。」

 

 

そして躯は肩の力を抜き、軽く微笑みながら飛影の頬にそっと冷たく白い手を添え

た。

 

 

「・・・・生きろ、飛影。生きて・・そしてオレの傍にいろ。お前には伝えたいこと

が沢山ある。」

 

 

 

・・・・・・・眩暈が強くなる。

 

 

 

 

これが愛だの恋だのという感情かどうか・・と言うのかは今はハッキリと分からな

い。

 

それに・・・そんな感情のみでこの女とは全てを片付けられる事が出来るのだろう

か。

 

確証も無い不思議な予感がオレの心の隙間を埋め尽くしてきている・・・。

 

 

 

ただ、今はっきりと思うことは・・・

 

 

 

 

この女になら命を・・運命をまかせてみたい。

 

 

 

<終>


美雨さんから、こんなステキ文章を頂いちゃいました!
叶さんからのキリリク「マフィアな飛躯」
(「黒幕登場!」というタイトルでキリ番のお部屋にイラストを飾ってます)
のリク内容を受けて書かれたという、ご本人は「妄想文」とおっしゃってましたが、
これはもうれっきとした小説でしょう!!
最初メールでこの文章を頂いたんですが、ご無理を言ってサイトに上げさせて頂きました。

マフィアの組織に属しながらも一匹狼な飛影がまずカッコいいですし、
妹の為に敢えて捨て駒になろうとしてるところとか、自分の命をさらして
どこか楽しんでいるような飛影の姿が、原作とだぶってしまいました。

躯サマとの対面シーンの描写も美しくって、思わず読みふけってしまいました。
飛影にまるで手を差し伸べているように見える躯サマ。
互いに生きていこう!という姿勢がすごく眩しくってステキです。

リク絵で逆にこんな素晴らしい小説を頂けちゃうなんて
本当に感激してしまいました。美雨さん、どうもありがとうございました!

※ちなみにタイトルはこちらで付けさせて頂きました。

by あくび