+王者の悩み+ その1



砂埃がもうもうとあがっている。
あれは雷禅の国の方角か。
凄まじい妖気が、彼方から近づいてくる。
だが、どうやら待ち人のものではないらしい。
躯は人知れず、そっとため息をついた。


「たのもーーー!!!飛影−−−−!!いるかーー!?」

移動要塞まで全速力で飛ばしてきたのか、幽助は大分息を切らせていた。
一際良く通る声なので、この玉座に居ながらにして聞き取ることができる。

「なんだ、またお主か。」

「よぉ!時雨のおっさん!!」

「お、おっさんとはなんだ!いつも通り、なんたる無礼!」

「んなことはいーんだけどよー。」

あっさり幽助に一蹴されてしまった時雨。
躯は笑いをすんでのところで噛み殺した。

「飛影いるか?手合わせに来たんだけどよ。」

「・・・。数日前から姿を消しておる。」

「ちっくしょーーーーーーー。なんだ、いねーのかよ。」

「お主、先日も飛影の奴と激しくやりあったばかりではないか。」

そう。黒龍波と霊丸が闘技場を所狭しと荒れ狂い、散々な有様になった。
やっとその修復作業が終わりかけていたというのに。

「しょーがねー。この際強い奴なら誰でもいいか。躯はいるんだろ?」

「いらっしゃるにはいらっしゃるが、今日のところは止めておいたほうが良い。
ここのところ、ひどい荒れようでな・・・。」

時雨ははぁ、と溜息をついた。
まるでひたすら上の顔色をうかがう中間管理職さながらな溜息だ。
奴も奴なりに変わったな、と新たな笑いを殺しつつ、ゆっくりと二人へ歩み寄った。


「誰が荒れてるって!??」

「む、躯様。こやつが手合わせしたいなとど申すので・・・。」

引きつった笑みの躯を見、じゅうぶん荒れているではないかと思いつつも
時雨は無難に答えた。

「幽助。ここに来る前も、相当暴れてきたようだな。ここまで伝わってきたぞ。」

実際、幽助の服は大分汗と埃にまみれていた。
よほど長い時間戦っていたのだろう。
幽助は、ついっと視線をそらし、

「北神達じゃ、てんで弱くてちっとも気晴らしにならなくてよ。」

「気晴らし?気晴らしの為に戦うとは、お前らしくないんじゃないか。
純粋に戦いを楽しむのが、お前のやり方だろ?」

「・・・。」

「何かあったんだろ?最近様子がおかしいとは思っていたが。
この前ここで飛影と戦っていたときも、戦いというよりはまるで憂さ晴らしの
ようだったぞ。内容によっては、聞いてやらんでもない。」

時雨が後ろで眼を丸くしている。
オレだって憂さ晴らしの為にさっきまで戦っていただろ?って言いたいんだろうが。
この際とりあえず無視することにした。
思えば、このオレが他人の悩みを聞いてやろうだなんて、珍しいことだ。


「蔵馬の奴、つらくねーのかな、って。
あいつ周りの人間に気づかれないように、妖術で少しづつ自分の顔を老けさせて
ずっと何事もなかったように生活してるんだよな。俺だったら耐えられねー。」

「ほぉ。確かにな・・・。だが、それはヤツが自分で選んだ道だ。」

「それはそうだけどよ。」

「本当に言いたいことはそんなことじゃないだろう?」

さすがにこういう時の躯は、何百年と培ってきた威厳に満ちていた。
幽助の眼を正面からまっすぐに射抜く。

「ふっ。それはお前の女神様のことじゃないのか?」

幽助の顔が、一気に朱に染まる。
どうやら図星だったらしい。