+LOST KEY+



出逢う前から知っていた。

懐かしささえ感じた。
燃えるようなお前の・・・。




カラン。
膝にひんやりと雫の感触。
グラスを持つ、透き通るように美しい手。
対照的な深紅の液体。

「ふっ、随分と長い事、考え事をしてたらしいな。」
そう自嘲気味に笑う。

いつの頃からか、ワインを好んで飲むようになった。
氷を入れてあるため、グラスの表面に水滴が纏わりついている。
気付くと、随分と膝に水滴の輪染みが広がっていた。


「おい、奇淋。いつからそこでぼーっと突っ立ってやがるんだ?」


ぼーっと突っ立っていたわけではなかった。
見惚れていた、と言ったほうが正しい。
もちろんそれを正直に伝えるほど、奇淋もバカでは ないが。

思いに耽っている、躯の横顔。
今までに一度として見た事のない表情。
どこか困惑しているようで、微かだかどこか切ない・・・。

アイツが来て依頼、度々こんな感じだ。
今此処でその名を口にしたら、どんな表情をする?


「飛影とかいうあのチビ・・・」

躯の優美な眉がぴくんと小さくはねる。

それを横目に見つつ、奇淋はさらに続ける。

「数日前に500名程A級妖怪を送り込んでおいたが
先程全滅させた模様。もう500名程追加で送り込んでおきますか?」

「いや、いい。もうA級妖怪じゃぁ束になってもアイツには適わないだろう。
ふぅん、予想より随分と早かったな。オレのスカウトの眼もまだ錆付いちゃ
いなかったようだな。
おい、時雨に伝えておけ。予約客が闘技場でお待ちかねだ、とな。
オレも5分程したら闘技場へ向かう。

「はっ。」

普段通りのポーカーフェイスなのは流石だな・・・。
そう心の中で呟きつつ、奇淋は躯の元を後にした。



そうか・・・予想よりもかなり早い。
そろそろ姿を見せてやる時だな。
それと、この腹に収まってる預かり物を持ち主に返してやらなきゃな。


支配国の貢物に過ぎなかった、氷泪石。
しかし、今まで星の数ほど見てきたどの氷泪石とも違っていた。
氷の妖気を炎の妖気が渦巻くように取巻いている。
そう、まるで黒い龍のように。

氷泪石を眺めていると、憎しみを吸い取られるような力を感じた。
最初の頃は・・・だ。おそらく母親の残した思念に安らぎを感じていたのだろう。

だが、この黒い龍の思念は?
どうしてこの石を手放した?
どうしてこの思念を追いかけることを止められないのか。



だから飛影に出逢ったとき、懐かしさを感じた。
いつかは出逢うことになるだろうことも分かっていた。
躯にとって待つことはそれほど苦ではない。


「オレがお前の氷泪石を持っていたと知ったら、お前はどう思うんだろうな。」



胸に去来するのは、期待・不安・戸惑い・・・。
このオレが、他人の眼に写る自分を気にするなんて。
逢えば全てすっきりできると思っていた。


それはどうやら大きな考え違いのようだった。


〜END〜