十 学園天国 十
キーンコーンカーン・・・
「あ、鳴った」
「仕方ねぇ、裏回るぞ裏」
「またか・・・」
ここに、遅刻を逃れようとして校舎の裏側にある塀を飛び越えた生徒が3人。
無類のケンカ好き、常勝無敗で世間に名を轟かせている3年生の雷禅、女だてらに腕っ節が強く、男子生徒だけでなく女子生徒にも絶大な人気を誇る2年生の躯、常に冷静沈着、しかし一度血が騒ぐと歯止めが利かない1年生の黄泉。
何を隠そう、学園内で一番の好戦家として、校内だけでなくここ一帯では名の知れている3人組なのだ。
「よっし!間に合った」
「間に合った、じゃ無いだろ!毎日毎日、朝から全力疾走させやがって・・・!バカな夢見てるヒマあるんならさっさと起きろよな!迎えに行ってやってるこっちの身にもなれ!」
「良いじゃねえか、間に合ったんだから」
「・・・・・っ!」
「雷禅、躯・・・いい加減にしろ。このままじゃホームルームにも間に合わないぞ」
「「マジか!!?」」
「マジだ」
「「走れ――――――!!!」」
かくして、学園内で一番の好戦家で、一番騒がしい3人組の1日が始まった。
ガラッ!!!
「おはよー躯。間に合ったわね、おめでとう」
「これだけ走って・・・間に合わなくてたまるか・・・」
「・・・大丈夫?」
ドアを開けてそのまま動かずに息を整えている躯に、彼女の親友の一人、クラス委員長の棗がそう声をかけた。棗が身を捻っている後ろの席の弧光は、ビューラーを片手に鏡と睨めっこをしている。
「あんた、今日も塀を飛び越えて来たでしょ。今どき何?高校生にもなって幼馴染と一緒に学校来る?」
「・・・うるせえ、癖なんだよ、幼稚園からの」
「ああ、雷禅にスカート捲られて、一発KOで見事に返り討ちにした頃ね」
「・・・誰に聞いた」
「雷禅」
躯はようやく調子を整え、弧光の横の席に腰を下ろした。
「雷禅の親御さんに説教喰らわなかったの?それくらいのことでって」
「理解があるんだよ、あいつの親は」
「・・・いつまで経っても男の一人も出来ない理由がそれだと思うんだけど、あたしは」
「男に興味は無い」
「贅沢―――!!雷禅と幼馴染なんて、それだけも超VIPな立場のくせして興味は無いですってぇ!?あんたの理想はどうなのよ!!東京タワーより高いってぇの!?だったらあたしと代わりなさいよぉ!!」
「弧光、絞まってる」
弧光が放り投げたビューラーを弄びながら、棗が冷静に指差した。躯は弧光に胸倉を揺さぶられ半気絶状態だ。
「あら」
「分かったら離してあげなさい・・・躯、もうちょっとで死ぬわよ」
ぎりぎりで弧光から解放された躯は、ぼうっと窓の外を眺めながら科学の授業を受けていた。黒板に書かれた科学式は、躯には意味不明な古文書の文字にしか見えない。
(悪かったなバカで・・・)
誰にともなく思ってみる。
と。
「*+#・%‘&テストまであと2日:*¥!$」
(はっ!?)
テストまであと2日、と聞こえたような気がする。
この時期ならば公立高校では学年末試験の時期だ。
上がる(進級)か、ダブる(留年)かの最終決定がこれで決まる。
「ですから、皆さんしっかり勉強して下さいね。今回は授業や小テストで出た問題からしか出題していませんから、化学式や実験の結果などを頭に叩き込んでおくように。何回も繰り返し繰り返し問題を解いて、テストに備えておいて下さいね」
メガネをかけた女教師が、にこにこしながら柔らかい声で穏やかに説明していく。その声が、躯にとどめの一撃を刺した。
「ああ、皆さん知っている通り、科学は1日目ですからね」
夕日が差し込む4階図書室。
朝の3人組は黙々とテストに向けての勉強をしていた。
かのように見えたのも束の間だった。
「・・・おい、雷禅」
「あ?」
「ここ、どうやったらこんな答えが出るんだ?」
雷禅が、古典の問題と格闘していた手を止めて、躯が差し出した科学の教科書に目をやった。去年やったはずなのに、全く覚えていない。
「・・・悪い、分からん」
「お前、去年やったんだろうが」
「忘れた」
「役立たず」
「じゃあお前、思い出せるのか?」
雷禅が、黄泉の歴史の教科書をひったくって躯の目の前に突きつけた。途端に彼女の頬がひきつる。
「ほら見ろ」
「う、うるさい!」
「雷禅・・・教科書を返せ」
黄泉が雷禅の手から教科書を奪い返す。
「なあ黄泉、お前そんなに勉強ばっかしていて楽しいか?」
「ああ」
「うわ〜・・・嫌味なヤツ・・・」
「分かれば面白いものだ。躯は勉強をしなさすぎるから分からなくなって逆に嫌いになる。元々頭は良いのだから、やってみれば良い」
「なあ黄泉、俺は?」
「・・・・・雷禅の場合、性格の問題だな。頭で考える前に行動する、その主義が勉強というものを拒否している」
「あ〜、まあ、確かに細かいことは嫌いだな」
「お前、昔っから大雑把だもんなぁ。荒いというか・・・」
そこから、3人は昔話に突入した。
「そういえば幼稚園の遠足の時、雷禅お前、一回躯を泣かせたことあっただろ」
「あったかぁ!!?」
「あ〜、あったあった。あれは強烈だった」
「ほら、茂みに出てきた大きい蛇を素手で掴んで、振り回しながら躯の所に走って行って・・・」
「あ〜!あれな。で、躯がすごい声で泣き喚きながら、蛇と俺を叩きのめしたんだよな」
そのあと彼女は、側にいた保母にぎゅっとしがみつきながら恐怖のあまり泣き続けていた。
「蛇を素手で持つか普通!!?」
「持つ持つ」
「持たないだろ・・・」
「あ、小学生の時、立ち入り禁止の所に入って行って、雷禅が足滑らせてさ、危うく土砂と一緒にブルドーザーに掬われそうになったことあったよな」
「あったな」
「ああ・・・あれは結構マジに危なかった」
「お前、あれは下手をしたら死んでいたぞ。俺と躯で助けたから良いものの」
「別に良いんじゃねえか?静かになって」
「お前も十分うるさいが」
「ああ?」
「そういや俺たち、中学の時、めちゃめちゃすごいケンカしたよな?」
「したした。あれだけのケンカは最初で最後だな」
「しかも場所が学校ときている」
「・・・校舎の窓ガラス全部割ったよな・・・」
「・・・机もいくつか壊したような気がする」
「壁も何箇所かへこんだような・・・」
小学校、中学校は「停学」や「退学」のような制度は無いが、この時は流石に「停学」を3人そろって2週間受けたのだ。それだけの罰で済んだのはある意味奇跡に近い。
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
「どれだけ問題児なんだ、お前らは?」
顔を上げると、奥の司書室の教師、コエンマが腕を組んで3人を見下ろしていた。
「昔話に華を咲かせているときに恐縮だが、そろそろ閉館の時間だ」
「・・・ほとんど勉強出来なかったじゃねえか」
「元々する気なかっただろう」
「まあ、そうだけどよ」
彼らはすっかり人気の無くなった廊下を歩いていた。生徒達が退けると、普段の騒がしさが嘘のように静かに、そして寂しくなる。
「あ〜あ。今日出来なかった分、帰ってやらないとなぁ」
「へぇ、躯の口からそんな言葉が出るとはな。驚きだぜ」
「?どういう意味だ?」
「お前は出来なかったら出来なかったでそのまま放り出す癖がある。飽き性の上に面倒くさがり屋だからな」
「そうそう」
「うるせえよ二人して!!」
そう言って勢いよく振り向いた、その瞬間。
階段の丁度手前で、躯は足を滑らせた。
「「躯!!!」」
しばしの、浮遊感。
黄泉と雷禅が自分の脇をすり抜けていくのが見えた。
直後に、たたきつけられるような衝撃。
「どわっ!」
「くっ!」
「・・・・・・?」
躯が強くつぶっていた目を開けてみると、黄泉と雷禅が、彼女を受け止めるようにして下敷きになっていた。
「おい黄泉!雷禅!!」
「お前・・・っ、もうちょっと、痩せ・・・っ」
「あぁ!!?殺すぞてめえ!!」
躯は十分軽いほうに入る。
「状況把握したら・・・とりあえずどいて欲しいのだが・・・」
「え?あっ、悪い!」
慌てて二人の上からどくと、彼らは呻きながら身体を起こし、言った。
「「・・・怪我は」」
彼女の細い手足にも、その整いすぎな顔立ちにも、白い肌にはかすり傷さえも一つとして無かった。
躯は、泣き笑いのような表情を見せた。
「無いよ。・・・ありがとう」
「いってぇ!!!」
「だから、最初に染みるぞって言っただろうが」
所は変わって保健室。躯は自分の代わりに怪我をした二人をかいがいしく(?)手当てしていた。
「お前、可愛くなっ・・・、さっきの可愛らしい表情はどこ行ったよ」
躯は雷禅の傷に消毒液を染み込ませたガーゼを張って、その上から思いっきりしばいてやった。
「いって!!!お前殺すぞ!!」
「黄泉待て。口の端切れてる」
雷禅の抗議を綺麗に無視し、手当ては終わったと言わんばかりに出て行こうとする黄泉を引き止め、躯は少し小さめの傷テープを彼の口元に張ってやった。何の警戒心も無く顔を近づけてくる彼女に、逆に黄泉は反射的に身体を退く。
「ん、オッケー。メガネは大丈夫か?割れてないか?」
「あ、・・・ああ」
「お?黄泉照れてんのか?顔赤いぞ」
「・・・お前はいつもいつも一言多い」
「よし。手当ても無事済んだし、帰るぞー」
当の本人は無頓着というか、天然というか。
集中下足室のところで靴を履き替え、3人そろって校門への道を歩いていると、何やら中学生風の男子生徒が4人、学校の敷地内に入ってきた。
「おいおい、ここは部外者立ち入り禁止だぞ」
雷禅がそう言うと、綺麗な顔をした、赤毛で長髪の少年が優雅に微笑んだ。
「こんにちは。この学園の方ですよね」
「ああ、そうだけど?」
今度は、リーゼントの少年が人懐っこい笑みを見せる。
「俺たち、今年ここを受けるんだ。で、今日は見学」
「ここを?へえ、物好きだな。俺たちが居ることを知ってか?」
「お前、今年卒業だろうが」
「ああ、そうだった」
黄色と茶色が混合したような、背の高い、またもやリーゼントの少年が軽く手を上げた。
「てことは、この姉ちゃんとそこの黒髪の兄ちゃんが先輩になるわけだ。ま、一つ頼むわ」
「受かったら、ですけどね」
「ふうん。ま、頑張れよ」
「ありがとうございます」
「じゃ、行こうぜー」
リーゼント二人組みの号令で、残りの二人が動き出した。
「それじゃあ、さようなら」
「飛影、ほら早く来いよ」
「・・・ふん」
飛影と呼ばれた逆毛の少年は、寡黙で無愛想なタイプらしい。他の3人とは違い、あまり喋らなかった。
「何ともまあ、不思議な4人だな。あれで仲良く出来るのか?」
「見事に個性がバラバラだしな」
「ん〜、まあ、オレ達みたいなものじゃねえのか?」
それぞれが、それぞれを刺激しあって、居心地の良いバランスを保っている。
「「そうかもな」」
夕日が街中を真っ赤に染める中、3人は並んで家路に着いた。
余談だが、この後飛影がこの学園に入ってきて、2年生に進級した黄泉と卒業した雷禅を含めての、激しい躯争奪戦が繰り広げられるのはこの時は誰も知る由もなかった。
END.