大切な何かを忘れている気がする
とても大切な・・・
「大切な何かってナニ?」
「それが分からないの」
何がどうって訳じゃなく、確かに側にあったはずなのに抜け落ちている。
ぽっかり空間が空いている気がしているのだ。
「全て記憶戻ったんじゃないの?」
キッチンからホットココアを作り、トーマが戻ってきた。手渡す時、熱いから気をつけて。と
心配する辺り彼らしい。
「そのはずなんだけど・・・」
ふーふーっと幾分冷まし口をつける。身も心も温まり、一息つかせてくれる。
「何だかね、ずっと側で守ってくれていた。と思うんだけど」
「ふーん・・・」
ずっ、と音を立てココアを飲む。対に座っている彼女の視線からはカップて顔が少し隠れ、表情が伺えない。
「ヤキモチ?」
こういう時、幼なじみで得だったと思う。本当に微細な違いが分かるから。誰かが側にいて、守ってくれていた。
トーマはそこに反応したのだ。妬いてくれた事に嬉しさを覚え、本人は違うと否定の言葉を述べるんだろうなぁと
予想する。
「違います。」
ほら、ね?言った。小さい頃はすっごく"お兄ちゃん"だったのに、可愛く思えるなんて。
好きってこういう事なのかな。一報通行の想いだった頃は「彼女」の立場だった同級生の人に妬いた。
トーマの事も可愛いなんて思った事なくて、どうやったら妹じゃなく、女として見てくれるのかと焦れて、
鈍感!なんて苛立ったりもしてた。歳の差がとても大きな壁だった。
「守ってくれてた。と言っても、お前は1人だったよ?」
「うん。そう・・・なんだけど」
説明の仕様がないもどかしさをどう伝えたら良いものか。うーん・・・と頭を捻る。
「まぁ、確かに何もない空間をじっと見て、変な様子の時あったけど」
そこに何かいた?と非人道的な事をしてたから、救いを求めるあまり幻覚でも見たのかと、
悲痛な面持ちでトーマは顔を覗いてきた。心配してくれている。馬鹿にせず話を聞いてくれる。
許される行為だとは言えないけれど、許したのだ。軟禁されていてもこの人が好きな人だろうと疑わなかった。
記憶が戻って、軟禁の理由が判明してトーマはやっぱり優しいと、また好きの気持ちが大きくなった。
これ以上あの頃の話をするのも傷つけちゃうかな?
そう思いなおし予てからの疑問を切り出してみることにした。
「あ!ねぇトーマ」
「ん?何?」
「前の彼女の事なんだけど」
う。と言葉に詰まりバツの悪そうに視線をはずされた。が、これ以上逃げる様子はない。
「前に、どうして別れちゃったの?て聞いたでしょう?あの話なんだけど」
隣に移動して、再度聞く。
「私の事だったって思っていい?」
「ー・・・お前以外いないでしょ?」
真っ赤になって、観念した様に息を吐いた。外されて合わなかった視線が凄く近くで合う。
少しの間があって、唇が触れる。それから、壊れない様にそっと、でも強く抱きしめられる。
「"妹"だと思ってたし、兄として慕われてるなら"男"になっちゃいけないと思ったんだよ」
実際妹と思っていた期間長くて戸惑いもしたし。クラスの女子を好きにならないと可笑しい様にも思ってた。
と、付け加える。出会うのが早すぎると異性という対象にならない。年下の幼なじみが好き、と言う事が恥ずかしい、
思春期特有の、照れ。
そんな感情からだろうか。間違った事の様にとられたのだ。
「私はトーマの事、ずっと好きだったよ?」
トーマの背中に回していた手に力がこもる。トーマがランドセルを背負って、新しい友達が出来ていて、
急に違う人に思えて。男の子だけじゃなく、女の子と一緒にいて、子供ながらにヤキモチを妬いた。
いつまでもお兄ちゃんと呼んでいては女になれない。
だから、近い存在である事を周りにも見せるため呼び捨てにした。
「結構長期戦だったなぁ」
「俺も長期戦だったけど」
互いに想い合っていたけれど、通じ合ったのは最近で。互いに我慢の限界がきて、ようやく通じ合えた。
今回の事件がなかったら、ずっと空回っていたかもしれない。
1人で記憶もない中、やっぱり誰か心配してくれていて助けてくれていた。だからこそ、こうして解決して平穏なのに。
思い出せないモヤモヤで、再び顔が曇っていたらしい。トーマがパンっと手を合わせ、空気を変えた。
「さ、映画行くのに良い時間だし、出よう」
「うん!」
すっと伸びてきた手を取り立ち上がる。自然に手をつなぐ。子供の頃とは違って、指を絡める繋ぎ方。
感じる温度が心地よい。
映画館へ向かう途中、新しく小さな花屋が出来ていた。色とりどりの可愛らしい店構えに目を奪われる。
「お姉さん、良かったらこれどうぞ」
「え?あ、どうもありがとう」
1人の少年がサービス、と一輪の花を挿しだしてくれて、受け取り目が合う。
欠けたパズルのピースが埋まる様な、何かが戻ってきた衝撃。何かを告げる様にドキンと胸が跳ねた。
彼女が記憶を取り戻すまで、あと少し。。。。