「だから今回はアンタのエメラルド、関係ないって言ってるでしょ!」
「テメェに限って信用できるか!!」
客人など招いた覚えがなく、やはりというべきかルージュが島に侵入していた。
見慣れない足跡を見つけて――形状から誰のかは大方見当がついたが――警戒していたが、祭壇を離れたのはマズかった。
見回りから戻った時にルージュが祭壇
の傍に佇んていて、まさに危機一髪だった。
今はこうして追い払っている。どうせなら二度と近づこうと思わせないようこっ酷く懲らしめるつもりだ。
それまで逃がさない。どこまでも追いかける。
コイツの戯言も付き合うだけ無駄。耳を貸さず一気に迫る!
「ああもう、面倒くさい!」
そう言いながら羽を広げ高く飛翔した。翼を持たないこちらは様子を窺うことしかできず、苛立ちから宙に何度も咆哮した。
ルージュは、胸いっぱいに――その豊満な胸を張り出して――空気を吸い込んだ。
そしてこちらに向け口を大きく開けた。
「この、バカハリモグラ!」
音は何も聞こえなかった、だがこの直後急激な目まいが襲いくる。
超音波だった。地に伏してからその正体に気付いた。平衡感覚を奪われ頭から倒れ込んだ。
コウモリであるアイツだから出せる音、失念していた。
「もぅ、手間取らせないでよね。」
ため息交じりに言いながらこちらの頭上に――重い――腰をかける。
「てめ、なに、しやがるっ」
苦し紛れに出た抗議の声もどこ吹く風、意に介さず更に体重を乗せてくる。頭を押さえ込まれると力を入れ辛く、持ち上がらない。
ついでに右腕も取られてれて
いる。それに目まいはまだ続いていて力が入らない。
そうしてしばらく抑え付けられたままでいた。目まいが収まりさえすればと、無様な格好だが心だけはたぎらせながら耐えた。
もう辺りはすっかり暗くなっていた。より長く太陽が見られるこの大地からでもそれはついに水平線の向こうへ消えた。
変だ。
長い時間このままでいるのはコイツらしくない。
目まいは次第に収まってきたが、何かを待ち侘びているような気がして、力づくで押しのけるのは控えた。
少
し、頭をずらして声をかけようとしたが、
「黙ってそのままでいなさい。」
とだけ言われた。やはり待っているものがあるようだ。コイツが待ちそうなもの、ロクでもないこと意外見当がつかない。
そうしているうちに太陽が残した最後の光も闇が覆いかぶさりつぶれた。星がちらほら出始めたころだった。
ドン、パパン、パラパラ。
小さく破裂音が繰り返される。音量が乏しいのではなく遠くで鳴っている、そんな音だった。リズムを持つように、波を伴ってドンドンドン。
音がするのは地上からだ。丁度ここは島の淵の高台で見下ろすのにはいい場所だった。
いくつか下にも星が輝いていた。それらは夜間の照明が放つ電灯の明かり。
また音がする。ドンパパン。その音を出している正体をようやく目で捉えた。
花のように広がってはあっという間に散る、闇夜に浮かぶ星。
花火だ。
地上の星において唯一動きを持つ。だから目に留まった
下で花火大会が催されているのだ。
「やっぱここからじゃ遠すぎたかしら。」
「お前、これを待ってたのか?」
土を半ばかじりながら言った。小さくたくさん打ち上げられる何色もの花火。
そうよ、最初からエメラルドは関係ないって言ったじゃない、高慢さを含んだ言葉が返ってくる。
拍子抜けした。いつも信用ならないヤツだが、これは別の意味で信じられなかった。
そうしたら、アンタもちゃんと見なさいよ、腰を上げ立ち上がるよう促された。脱力した手を引かれる。
半分、空っぽの頭で花火を見下ろしていた。上から見る花火というのはイメージに対して迫力不足。
物足りないそれを不満を抱えた心で観ていた。
たぶん、音だ。胸を叩く大音響がここでは欠けていた。なので少し興奮が足りない。
でも繰り返し花弁を広げるそれには、あぁ花なんだ、と思わされた。この角度は野に咲く花を見る角度と同じだった。
隣にいるルージュはそれを注視していたものの、同じようにつまらなそうな表情を浮かべていた。
コイツの目的はこれだけ?そう気づいて、可笑しくなってきた。笑えてきた。本当に笑ってしまった。
「何がおかしいのよ?」
「だってよ、お前がたったこれだけのために、わざわざ来るなんてなぁ、はは!」
ムダを嫌うコイツが、花火なんかのためにここまで来るなんてな。しかも大した見ごたえもない。期待はずれであったことは見ての通りだ。
花火を宝石に例えるとか、そういうのも似合わない。
笑える。
あっという間に消えるから宝石なんかと似つかないしな、そもそもセンチなヤロウじゃない。
そんなもののためにコイツがここにいる。そう感じて可笑しくなった。
存分に笑わせてもらった後に顔を見たら、そこに鬼がいた。
「アンタ、たったこれだけですって?!」
言い終えるが先か、顔面をひどく蹴られた。ひねりもいつも以上に増し、食い込み具合が半端なかった。
凄まじい勢い宜しく叩きつけられ成す術なく吹き飛ぶ。
「ヒトがせっかくここまで来てあげたのに、何様のつもり!?」
最後に特大の罵声をひとつ爆発させ、闇夜に消えていった。あまりの急展開に理解が追いつかない。
起き上って振り返る。
そこでわかったのは、突然でなくても全然わからないんだということ。結局アイツがどうして気を悪くしたのかさっぱりだった。
わけわかんねぇ。花火もそこそこに、痛む頬をさすりながらエメラルドのもとへ戻ることにした。
そして変りなく鎮座するそれの姿を見て、益々わからなくなった。
さすが夫婦、漫才の息ピッタシです。
いつも、とか、らしくない、とか思える相手って貴重だと思うんだ。