響くアラート、煌めく警報ランプ、息も鼓動も早く、それよりも早く頭を、意識を、働かせる。安全な脱出経路は何処だ。
GUNがついにアークの強制閉鎖に掛かった。雪崩れ込む兵士、マリアの手を引き奴らの手から逃れる。

プロフェッサーが危惧していた事態だ。彼が連行される直前にも聞かされていたが、政府は本当にアークへ武力を以て攻めて来た。
いくらシャドウが究極の生命体とはいえ多勢に無勢。せめて生まれた時より寄り添った存在、マリアだけは守ろうと必死だった。

足がもつれて転びそうになるマリア。これほど必死に走る事などアーク内では有り得なかった、彼女の肉体へ負担は重く圧し掛かる。
倒れかけた体を支えた。もう少しで脱出ポッドがある場所に辿りつける。息がきれそうな彼女を勇気づけ、着実に前へ進む。

「居たぞ! 一人として逃すな!」

兵士に見つかり応援を呼ばれた。シャドウは舌打ちの後マリアを先に行かせ、続々現れる兵と正面から対峙する。
一斉に射撃される。だが弾丸の一つ一つ全て見切れるシャドウには、取るに足らない。間合いを詰め近接格闘戦に持ち込む。

腹部、顔面、延髄、胸部。行動さえ止められれば良い。気を失わせ、または大きなダメージを負わせ無力化する。
そうしてからまたマリアの元へ。追いつけばまた手を引き、先の安全を彼女へ提供する。

脱出ポッドのある場所まで辿りついた。依然耳を劈く警報。赤いランプが硬質の室内を照らす度、危機感から冷静さを削がれる心地がする。
床面と天上を確認し、ポッドの収容範囲を確認した。部屋のほぼ中央、そして今マリアが作動させるため入力を行っている所だった。

天上から強化ガラスが降りてくる仕組み。システム作動まで待とうとしたが、扉の向こうから銃声。時間がない。
ロックされている扉を破壊するため、激しい銃声と弾丸を受ける鉄扉の悲鳴が、痛いほど室内に木霊する。

「シャドウ、先に行って! 私がマニュアル操作すれば早く脱出できる!」
「駄目だ! 君も一緒でなくては意味がない!」

爆薬により扉が吹き飛ばされる。衝撃と共に灰煙も吹き入り、辺りに立ち込める。
爆風からは無事だったものの、煙を吸い込んだマリアは激しく咳き込んだ。

迷っている暇はない。先に部屋中央へ無理矢理マリアを運ぶと、シャドウは離れた位置にある操作版パネルを叩いた。
まだ煙が残っている状態ならば兵は入って来れない。この僅かな間に入力を終えるのだ。

「シャド……ウ、だめ!」

咳混じりに声を上げるマリア。一方がマニュアル操作をすれば確かに速く脱出する事が可能。
しかしそれは操作しているもう一方が逃げ遅れるということになる。自力の場合、ポッドまでの移動時間をセットする必要がある。

だからこれはシャドウにとっても勝負だ。入力内容はセルフ、ポッド射出作動時間はコンマ五秒。
背後からは薄れた煙の中を来るGUNの兵士が迫る。素早く、焦らず、精確に、数値を入力。最後に決定ボタンを。

押した!
同時に靴に仕込まれたエアブーストの出力を最大へ。素早く駆け出しポッドが締まり切る寸前の所で滑り込む。

シャドウは酷く強くガラスへと打ち付けられた。ブレーキなど考えていられない、自身の能力で出せるだけの最高速度を出し衝突したのだ。
そのよろめく体を優しく、マリアが受け取った。シャドウはポッドの内側へ衝突したのだった。

かくして緊急システムも正しく作動し、二人を載せたポッドは射出された。
向かうは青い星、地球。今まで遠く眺めるだけだったあの場所が、どんどん大きく迫る。

大気圏へ入り、摩擦によりガラスの外が炎に包まれる。
その時間も一分と満たない、あっという間に収まると次に見えたのは青と黒の境界線。

宇宙空間と地球の青空との境目。それも段々と青が割合を増す。
気付いた時にはもう、青一面。迫りくる大地は土色の一部に緑色がまばらに見えた。

このままでは着地に激しい衝撃が伴う。シャドウは咄嗟にその身で守れる範囲でマリアを抱える。
そして着陸。地球上では想像を絶する速度の落下物が、大地へと衝突した。




気を失っていた。どのくらい経ったのか分からないが、額から流れる血液が固まる程度には時間が流れていた。
ぼんやりした視界が最初に捉えた輪郭は、青色に縁取られる金色。シャドウは傍に佇むマリアを見上げる格好だった。
彼女の髪は揺れていた。一本一本、それぞれが命を持つように柔らかく靡く。その度に煌めきを放っている。
遠くを眺めているマリア。遠くを見るマリアの顔はアークでもいつも見ていた。
しかしその時と顔付きが全く違う。いつも浮かべる憂いと羨望は彼女から消え去っていた。
シャドウの呻きを聞き目を覚ましたのに気付くと、マリアは顔を覗き込み話し始めた。

「気が付いた? シャドウ。ここが、地球なのね」

凄い。その一言を最後に彼女は押し黙ってしまった。起き上り辺りを見渡すシャドウ。眩しい、光が眩しかった。
山々に囲まれた草原に落ちたようだった。遠くからポッドが付けただろう大地のキズが延々と続くのが見える。
風が鼻を撫ぜ、草と露になった土の匂いを運んできた。太陽に照らされ暖かった。揺れる草が擦れる葉音が聞こえた。
これが地球。これが生命の星。自分たちが今まで居たであろう場所を見上げると、そこには流れる白い霞みの塊しかなかった。
それが雲。散々見下ろしてきたあの渦や帯が、ここからはこのように見えるのか。シャドウは関心するしかなかった。

「凄いわ……! こんなにも心地良くて、綺麗で、素晴らしい所なのね」

アーク内部と環境の差は歴然、比べるまでもない。空気が流れ、草葉の潤いが混じり、陽が暖かく照らす。
生命があった。ここには隣に人が寄り添うような、マリアと共に過ごしている時と同じ心地良さで溢れていた。
マリアは遠くの山脈を眺め感動ひとしきり。それはシャドウも同じだった。頬を撫ぜる風が気持ち良い。
この大地で過ごす事を自分たちは許されてこなかった。これほどまで心震えるとはつゆ知らず、シャドウは何故と考えざるを得なかった。
何故マリアはあのアークの、人工的な環境下に閉じ込められていたのだ。

マリアが咳をし始めた。それも一度で収まらず、次第に苦しそうになるのを見兼ね彼女の背中を優しく擦った。
収まる頃にはマリアの呼吸は荒くなっていた。元から繊細な体をしていた、彼女の容体を気に掛ける。
その口には血が付着していた。咳を抑えていた手にも、掌を染めるほどの量に塗れている。
マリアの顔がどんどん青ざめていく。彼女は免疫が効かないのだ。だから今まで無菌管理された空間内で過ごしてきた。
ここではまるで無防備。アークを追われた時点でマリアには、感染を避け生きられる環境は残されていなかったのだ。

「シャドウ……」

倒れたマリア、弱々しく呼ぶ声。呼吸器から感染、発症してしまっている。シャドウもマリアも両者とも、助からないと悟った。
だが口ではしっかりしろ、と声に出してしまうシャドウ。彼女の体は地球という生命に触れるにはあまりにも脆過ぎた。
荒かった呼吸が段々と落ち着いて行く、いや弱っているのだ。衰弱していくマリアを見るシャドウの顔は悲壮感で溢れている。
逆に、見つめ返すマリアの顔は喜びで満ちているようだった。光が弱まろうともその目には一点の曇りもない。
体を抱えるシャドウへ力なく手を伸ばすマリア。その手が頬へ触れた。

「シャドウ、あなたは……この星の生命に寄り添う、影よ……」

陽光の下にある生命が必ず作り出す影。生命のある所に必ず現れ、寄り添う。
あなたの名前にはそんな願いが込められている。シャドウはそれが今、何よりも説得力のある真実なのだと感じられた。
最期に命溢れる環境に辿りつき、だからこそ口にできる由来。アークに居た時の何倍もリアルに思えた。
シャドウが答えるべき言葉は一つ。今のマリアを満足させられるのはそれだけ。
頬に触れる手を掴む。それは既に太陽のような暖かさが失われつつあった。

「誓うよ、マリア。僕は、この星の生命と共に生きていく」

満面の笑みを残し、マリアの手は完全に弛緩した。
影は死なない。生命が朽ちようとも、源を断たれない限り消える事は無いからだ。
その根源は太陽。地上の生命と同じくする影は、故に生命と寄り添い存在し続けていく。
シャドウは彼女の体を埋葬した。彼女を星へと還し、星に寄り添い生きて行く為に。





























戻る 
シャドマリはどう足掻いても悲恋だよなぁなんて。