キミは実に利口だねぇ。
その身に焔を宿しながらも理性的な振る舞い。
僕が本来求めているものとは別の良さがある。

僕はキミが欲しくなってしまったよ。
その焔はとても魅力的だ。
さぁ、僕とおいでよ。



「……イズ、ブレイズ!」


呼び掛ける大きな声ではっと目を見開く。シルバーが焦燥を露にした表情でブレイズの顔を覗き見ていた。
シルバーは一先ずブレイズが目を覚ました事に安堵し、眉根から力が抜けるのが見えた。
ブレイズには何故このようにして、心配そうに顔を覗きこまれているのか理解できなかった。

「凄くうなされていたからさ、大丈夫か?」

悪夢を見ていたのかも。ブレイズに記憶こそ残っていなかったが、背中に、頬に、下腹に、嫌な感触が残っていた。
そして今酷く汗を掻いている。呼吸も動悸も速い。


炎に包まれた世界で二人は、災厄をもたらした元凶「イブリース」と戦う日々を送っていた。
まだ見ぬ平和な世界――それは彼らが生まれる前の頃のもの――を取り戻すべく来る日も来る日も炎を相手に奮闘を続けていた。

そんな毎日の中の休息の一時。壊れかけのマンションの一室を宿とし休んでいた時の事だ。


「……そうだったか、それは心配させてしまったな。」

すまない。別に構わないぜ。シルバーは今後の様子に変化さえなければそれでいいと思っていた。
室内を見渡す。ここはコンクリート壁の簡素な部屋、一部ヒビが入り鉄筋がむき出しである。
本来鈍色をしている壁はナトリウム灯で照らされたような橙色を帯びていた。硝子の割れた窓から注ぐ光がそれ。
所々破れスプリングがむき出しになっているベッドが二機据えられているだけの無機質で殺風景な部屋。
しかしブレイズはそれらを見て安堵していた。そこに闇は無かったからだ。

世界を橙に染める照明はもちろんそのようなランプではなく炎の色。

イブリースが姿を現し光が更に強く揺らいだ。
うねりを光の中に見つけ二人はアトランダムに地表へ出てくるそれを追い、気持ちもすぐ切り替え戦闘体勢に入る。
部屋を出ると炎の輝きの強い方向を目指し、倒壊したビルの坂道を上って行った。


いつもあと一歩のところで逃してしまう。
イブリースは溶岩の中に身を隠すとまた勢いを取り戻し、頃合いを見てまた現れるのだ。
根本的な解決策が見つからず未だこの繰り返し。二人はそれも重々承知の上で挑んでいる。
もし今出来ることをしなければ、このまま世界が破壊しつくされてしまう。
それだけは食い止めなくては。終わった世界で二人、終わらない戦いに身を置いている。


「ブレイズ伏せろ!」

炎の竜巻に巻き込まれた車がブレイズ目がけて飛んで行った。
シルバーは彼女の危機を認めるとすぐさま身近にあったコンテナに触れ、サイコキネシスで打ち出し車を撃墜した。
大丈夫かと彼女に駆けよる。問題ないと返答したブレイズだが、目の前の事にも気付けない様子では到底信じられない。

ブレイズの事も気遣いながらイブリースに挑む。ダメージを与えられそうな、ほど良い大きさの溶岩片を見つけ次々と飛ばす。
幾つかがイブリースの急所を捉え追い詰める。だがまたも溶岩の下へ体を沈め始めた。

「畜生、逃げるな!」

手元にあるありったけの溶岩片を投げつけるも最後の決定打とはならず、結局イブリースを逃してしまった。
憤り拳を固くするシルバー。込み上げてくる熱い気持ちを抑えられずにいると、ここで決まって冷静な言葉を掛けられるのだ。

それが無い。

異変に気付き振り返り見ると、ブレイズは両手で頭を抱え苦しんでいた。
彼女の背後からは湧きあがるような黒い影が、ヒトの形を作ろうとしていた。
やがて成された姿は以前に見たもの。


「メフィレス!」


イブリースの根絶方法を提唱した彼が今更なぜ現れたのだろうか。
不穏な空気が流れる。ブレイズは苦しさに耐え兼ねついに膝を付いた。


焔は何とも言えない危険な美しさを持っている。
とても惹きつけてやまない、だからと言って触れると身を焼かれてしまう。
キミならこの意味が理解できるだろう、シルバー。


芝居掛った言葉と手ぶりで語りかけてくる。シルバーにはその内容より今の様子に注意を払っていた。
状況から見てメフィレスがブレイズを苦しめているのは明らか。だがその目的も意味も解せないまま。

「ブレイズを離せ……!」

慎重にだが殺気を滲ませつつ、警告した。良からぬ事を仕出かす前に彼女を助けたい。
対するメフィレスはしかし、気にも留めず自らに酔いしれるかのような振る舞いを見せただけ。


シルバー、僕はすっかりこの焔のことが気に入ってしまったよ。
この焔が欲しい。だからキミは今からほんのちょっとの間

僕の分身達と遊んでいなよ!


メフィレスの影から漆黒の液体が湧きあがり、次第にヒトの形を成した。
更に五人のメフィレスが、本体より若干小柄なそれらは上肢を脱力させつつ立ち上がった。
そして召喚した本体が合図を出すと彼らは一斉にシルバーへ飛びついた。

「シルバー!」

キミの相手はこっちだよ。

苦しみ悶えていたブレイズが彼の窮地に気付き声を掛けるも、ぐいと顔を寄せられメフィレスの方を向かされる。
その目はじとりこちらを見つめていた。
視線は舐めまわすようにゆっくり下から上がってくる。そして唇に止まった。
緩く、触れるか触れないかの力で彼の指が同じ個所を目指し、左手は撫でるように頬をなぞった。

戦慄した。羽毛が下りてくるような手つきで残る右手も腰の左側を、気付いた時には既に捉えていた。
そして徐々に急所へ移動している。どこが感じる境目かを確かめているようだ。
絡みつかれ、それ以上に恐れから身動きが取れないままでいる。だがそれでは、されるがまま。
背後からの吐息が一層背筋を凍らせる。体がうまく言うことを聞いてくれない。


キミの焔の源はどこにあるんだい?
内なる思いに秘められた焔、どんな炎よりも煌めく凛とした焔。
心にあるならやはり体の中核か。


頭が更に接近し顔を背けたくも頭は既に彼の手中、動かせない。
右手が際どいラインを撫でつつ下腹部へ降りた、だがすぐに「違う」と離れた。
かわりに左手が動き始め、唇から顎、ノド、首筋、鎖骨と順に沿うように移動して行き

その手が彼女の胸に伸びたその時


「それ以上ブレイズに触れるな……!」


高速で飛んできた物体がメフィレスの手を弾いた。

二人がシルバーに目を向けると、彼の背後に四体の分身が浮遊していた。
その眼光は鋭くメフィレスへ向けられていた。

「ブレイスは俺の大切な仲間だ、それでも手を出すというのなら……」

分身を包み込む青白い光が一層明るさを増した。

「容赦はしない!」

右手、胴体、頭へ分身を飛ばし命中させる。弾丸となり飛ばされた分身達は煙のように姿を消した。
グラついたメフィレスはブレイズから離れ、更にもう一発追い打ちを放ち完全に足元の闇から引き摺りだした。

「闇へ帰れ、そして二度と姿を現すな!」

青白光に囚われたメフィレスは、シルバーが腕を振り下ろすのと同時に地面に叩きつけられた。
質量すら知りえない彼の体は、とてもくぐもった音を放った。
そして次第に溶けるように形状を失い液化したかと思えば、直ちに気化し立ち消えた。

メフィレスから解放されたブレイズの体は一度完全に脱力し、全体重をシルバーに預け寄りかかった。
ブレイズを受け止めるシルバー。丁度彼の胸元に顔をうずめる形となり、ブレイズが自らの足で立てるまで暫しそのまま支えた。


クックック、どうやら僕は別の焔を灯してしまったようだねぇ。
まぁそれも構わない。一体どこまで燃え上がるのか見ものだよ。
そしてその身焼き尽くされてしまう日を待つとしよう。

キミはその焔までも操りきれるかな。


本体を持たないまま、どこからともなく響く声。
シルバーにはメフィレスの言った意味は解らない。ただ今回彼が欲した焔、ブレイズの死守には成功したと思っている。

「立てるか?」

問いかけに反応しブレイズが顔をこちらへ向ける。その動きが胸元に非常にこそばゆい。
動きが止まると彼女は薄く目を開けシルバーと視線を交わした。
少しだけ見詰め合い、瞳を閉じると、またこそばゆく顔を埋め直す。そして返答の声が更にくすぐったく胸を震わす。

「いや、もう少しこのままで居させてくれ……」

こちらへ寄りかかるにしても、背中へ回された腕の力は強かった。
だからシルバーは拒む事も出来ずただ、ただこの体勢を受け入れる他なかった。






































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2010年9月26日のイベント参加記念作、的な位置づけ。
人との交流は良いインスピレーションを得る絶好の機会。