黒の契約を交わし、50年の期間を得た。50年後全てのエメラルドを集め渡す。
その契約を果たす口実で現在のプロジェクトへの協力を得た。
ブラックドゥームの血を受け継ぐ存在を作らねばならない。やがて来る黒の軍団の再来に備え対抗できるだけの強者を。
表向きは彼らの為。自身の強力な生命力を受け継ぐ個体が地上に居れば、奇跡の石を速やかにそろえることができるだろうと。
おだてれば星を問わず気を良くするものなのだと知ったのは興味深いことではあった。意外にも宇宙の真理とは単純なのかもしれない。
彼らは生物として驚異的な力を持っている。それに対抗するには、目には目を、だ。
その強靭な体を作りだす元を、確かに頂いた。



「シンシア。」



取引で得られたブラックドゥームの遺伝子。これを利用し地球上の究極生物を生み出す。
幾つかの実験を繰り返して、遺伝子パターンが一番近いのがハリネズミの種族と判明した。
一度以前に進めていたトカゲを用いた実験をしてみた。しかし異常な巨大化、維持装置を必要とする不安定な命、使い物にならない。
それから一切トカゲに関する研究は凍結された。あれは究極の生物と呼ぶには程遠い。
またその強大な力を用いようにも制御の利かない厄介な代物になり下がっていた。

ハリネズミの中でも一番、身体能力に長けた女性を探した。

体の基盤となる卵子の方にもできる限り生命力に満ちたものが欲しい。可能な限り強くなれるように。
それに、もしかするとドゥームの遺伝子を注入しただけで死滅してしまうかもしれない。
彼らは地球外にいて、さらにあの過酷な星の環境に耐え得る存在。
地上の生物とは文字通り遺伝子レベルで生命力に差があると思われる。

卵子を提供してくれる母体はシンシアに決まった。彼女の家系は体力に優れ脚力が並外れて高い。
地球上でもっとも俊敏な一族。それが決め手だ。
もしかすると完成するのは一個体だけかもしれない。そうなると一人であの大群を相手にしなければならなくなる。
その時に素早さでかく乱できれば、もしかすると一人だけで対抗し得るかもしれない。

「プロフェッサー、これが今月のよ。」
「ああ。済まないね。」

つい漏らしてしまい、シンシアの目つきが変わった。

「すまない、そうねあなたは命を扱って聡明な研究をなさっているもの、さぞ後ろめたいことでしょうね!」

空気も逃さない無機質で囲われた密閉空間に、彼女の咆哮が無数に木霊した。
別室で彼女から「命の素」を頂くのだが、通常ならば担当した我々の研究員がそれを私のもとへ届けに来る。
しかしわざわざ本人が直接渡しに来るのには、彼女の強い希望があってのこと。
最後に我が身から零れる生命を自らが送り出したいのだろう。そう汲んで許したのだ。

「そう気を悪くしないでおくれ、シンシア。」

彼女も辛いのだ。自分の体からあふれ出る未来、それを無機質な試験管に閉じ込めてしまうことが。
不自然不当な扱いを受けさせてしまうことが。
自らの温かい床で迎え入れることができなくて。

「ありがとう。助かるよ。」

だから感謝せねば。身を切って協力してくれる彼女に。本当は別の未来があった生命の源たちに。
彼らは代わりに、私たちの未来を切り開いてくれるはずだから。
こちらへ押しつけるように渡すと彼女はすぐ部屋へと戻った。

もう幾つ、死滅しただろうか。予想以上に毒のようなドゥームの遺伝子は強い。シンシアがここに来てからこの子で、7人目か。
まだ若い彼女をあまり拘束していたくもないのだが、研究が難航し思い通りにはさせてくれない。
繰り返す失敗を必ず次に繋げ、着実にプロジェクトを遂行する。
成功させなければ、彼らに申し訳が立たない。決して彼らの命は無駄にしない。
死滅の原因を突き止め次の子は必ず失敗を乗り越えさせる。

そしてこの子は強かった。ものの数時間で絶えた先の兄弟たちの有り様が嘘のように細胞分裂を繰り返し、次第に形を成す。
ようやく一人目ができるかもしれない。期待が膨らむ。



次の月。シンシアから受け取るときにその順調な生育具合を報告した。

「私の子なら当前。むしろプロフェッサーがちゃんとしなさいよ。」

誇らしげに張った胸と、去り際のさびしそうにすくんだ背中が対照的だった。

この子も相当強い。ふたりはすくすく育ってくれた。先の子はドゥームの遺伝子を発現したもののそれに侵されることなく育った。
ただ色は変化した。
後の子も同じように育ってくれた。これでいくらか方法が確立できたのだと手ごたえを感じていた。だから次の月に



「きっとこの子も強く育ってくれるだろう。」
「だと良いわね。」


胸を張って言ったのに、三週間でこの子は枯れた。何がいけなかったのか今回に限っては不明だ。
なんということだ、無駄死にを出してしまったのだろうか。でもふたりは日々大きくなっている。
次の子を受け取るころには先の子はあの恐ろしいドゥームを彷彿とさせる体になっていた。シンシアの淡く澄んだ青い色は全く見られない。



「あの子たちは元気?」
「ああ。二人ともたくましいよ。」

受け取って先月の様子を振り返る。先の子はこの時期に変化を示していた。
しかし後の子はまだ何もない。普通のハリネズミの生育を辿っていた。
どちらが最後まで生き残れるのだろう。できればどちらも、手元にあるこの子も順調に育ってほしい。可能な限り沢山の子を残したい。
それはシンシアの救済にも繋がるのだから。



それ以降はだれも育たなかった。六人を犠牲にしただろうか。だから途中でもう、この子ら二人に託すことにした。
シンシアへの負担がようやくなくなった。いや、十字架がもう重くならないと安堵していたのは私だ。

なのに、先の子は色濃くドゥームの血を発現させ、後の子は全くと言っていいほどの青だ。
優劣があったのか。それとも強すぎたシンシアの子が黒を凌駕するほどだったのか。

プロジェクトは止まらない。着々と育ってゆく二人。

先の子にカオスコントロールの可能性が見出された。
エメラルドとの反応が顕著に見られるようになったのだ。
後の子には一切兆候がみられない。ああなんということだろう。

後の子も失敗なのか。

ドゥームの血を引けば確実に、生きれば発現するものだと考えていた。
なんということだろう、まさか劣勢遺伝で、この子はただのハリネズミだ!

プロジェクトは完全に先の子のみに集中する事が決定し、後の子の始末について会議が繰り返された。
仮にもドゥームの血を引く存在。地球上に存在しない遺伝子を持つ、異端。
生かせばこの子はどのように扱えばいい。
殺せばシンシアへどう説明を付けるのだ。

時が経つほど生命は形を成し、先の子がついに生まれた。
保育用のカプセルから溶液を抜きカヴァーを開ける。
初めてと思わせないほど頼もしくしっかりした足取りで彼は降り立った。



「後の子はどうなったのよ!」
「落ち着いてくれ、シンシア。」

目を刃物のように尖らせて詰め寄る彼女。先の子が生まれてもう一カ月、そろそろ生まれる頃だ。
なのに彼女へ報告は一切ない。できない。それまでに結論を出さなくては。

結局生かすことはできないと判断された。この子は生まれる寸前で死滅したのだとして溶液に酸を混入させる。
その段取りに入る中、硝子が連続して割れるけたたましい音が鳴り響いた。
無機質と無機質がぶつかり合う甲高い音。悲鳴にも似た金切り声。

「その子に触れるな!!」

叫ぶシンシア。研究施設を滅茶苦茶に吹き飛ばしながらまっすぐカプセルへ向かう。
息子を呼ぶ、真っ青なハリネズミの子へと。

壁を跳ねる彼女は弾丸。驚異的な脚力を以て自身を武器とし、特別に頑丈なカプセルを体当たりで打ち破る。
そして息子を助け出した。溶液が流出する。彼女は破片で傷を負い、血を流していた。
あの子はもう溶液を必要しないほど丈夫に育っていた。彼女に手を引かれおぼつかない足で踏みだす。
かくして母の力で彼は生まれたのである。

青の子どもを抱えシンシアは駆け出す。そして私に向かって去り際に言い残す。

「この子は私の子だ、誰が何と言おうと私が育てる!死なせはしない!!」

この施設に彼女を止められる者はおらず、脱出用のポッドを使い彼女は地上へと向かう。
青い青いまん丸な子は自身によく似た惑星へとついに降り立つのだった。


シンシアの消息は残念ながらその後耳にすることはなかった。
水に覆われた惑星、表面積の比率は彼女が海に落下した確立の高さを示す。
どうか無事であってほしい。うまく陸地に流れ着いてそこで暮らしていてほしい。
生まれた子も、不条理な生命を負い目に感じずに精一杯生きてほしい。


私に今できることはこの、彼女が残したもう一人の子を大事にすることだけだ。
いつかシンシアがこの子の母親であることを胸を張って言えるように。

私の子ども達は世界の英雄だ、と。

















































戻る
キャライメージに関わる内容で、公開するのに二の足を踏ん だ。
自分の理屈はこう、とだけ。