Rein-car-nation



 初秋の冷えた空気がゆっくりと流れてゆく。
 都会から少し離れた丘陵地帯には、サナトリウムがあったのだ。
 真っ白な病院ではなく、薄赤色のタイルで覆われた建物には、長い病を癒す人と終わりゆく生命を慈しむ人が、涙を隠し微笑む日々を送る。

 ほんの少しでも慰めになればいいんだよ

 花の盛りを終えたひまわり畑を刈る青年が言った。
 刈り取られた緑は、来年用の種を採ると、残りは肥料や家畜用の飼料になるという。

 まだ咲いている花もあるじゃないか、それなのに刈ってしまうのか。

 花だって、命の終わりまで咲きたいに決まっている。
 胸が痛むのを、身勝手な人間のせいにしてしまいたかった。
 本当は、夏の眩しさを失いたくなかった。新しい景色が許せなかった。

 間に合わなくなるからさ。冬になったらまたおいで。水仙でいっぱいにしておくから。

 そう、青年が指差した先には、新しい花園ができていた。





 パジャマ姿の女の子がコスモス畑を走ってゆく。楽しそうに、赤、桃、白の花をつぎつぎと摘みながら。
 どこが悪いのだろう。見た目ではわからない。
 …彼女もそうだった。
 走る少女が自分を見つけると、桃色の花束よりも明るい笑顔になる。

「ソニック! ソニック・ザ・ヘッジホッグ!」

 釣られるように笑顔を作るけれど、胸の痛みは増すばかり。
 不公平じゃないか。こんな小さな子供が。
 やはりこの世界に神などいない。

「何故、オレを知ってる?」
「歌のお姉さんに教えてもらったの! 自慢してたよ。歌で風を捕まえたって」
「確かに」

 今も彼女に捕われたままなのだ。いや、記憶を手離せないのは自分の執着のせいで。
 こんなに傷つくのなら、出会わなければよかったと思うほど。

「なあ、キミが知ってるリバース、歌のお姉さんを教えてくれよ」
「ええと、声がキレイでしょ? それからピアノが上手。でもね、編み物をすると全部毛糸のダンゴムシになっちゃうの」

 あの、ステージの上で万物を見事に歌い上げていた彼女が、闘病中に習っていた編み物。
 器用に糸を紡ぐ少女の隣で、リバースの指先が生みだしたのは毛糸のダンゴムシ。
 赤色、黄色、茶色、オレンジ色の、ふわふわダンゴムシ。
 想像すると可笑しくなってきて、今度は作りものじゃない顔で笑った。
 すると、少女がコスモスの花束を振り回しながら、歌い始める。

 イーラッシシュトトントトンエーリクェルイナ

 決して大きな声じゃない。力強さも、優しい弱さもそこにはない。
 けれど、模倣ではない。
 なぜなら、理解できるのだ。
 少女とリバースが作った毛糸の塊が、コスモス畑を転がっていく様子が。
 彼女はもういない。けれど、彼女の魂は、見事に転生をしているじゃないか。



 出会わなければよかった、なんて嘘。
 わたしはずっとあなたのそばにいる。それがどれほど幸せなことか、わかるでしょう?



 ふと、歌が止む。
 少女の手のひらが頬に触れると、そこに雨滴が落ちていたことに初めて気づいた。秋晴れの空に、希有なことだ。

「わたし、もうすぐおうちに帰れるんだ。だからその前に、ソニックに会えたらいいなって思ってたの」
「会えてよかったよ。病気、治ったんだ…よかったな」
「また会えるかな?」
「その時は、キミが歌で風を捕まえる番だ。楽しみにしてる」

 少女が微笑んで、コスモスの花束を空へ投げた。
 リバースへの手向けのように。




end? or someday...








































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ちょろりん様より頂きました!天上の謳声の後日談です!
お終いの話から始まりの話に生まれ変わりました!
本当によく読んでもらえているのだなぁとしみじみ感じ、そして続きを書いてくださり光栄です!

ちょろりんさん、本当にありがとうございます<(_ _)>