虹を名前に持つ街の北部、駅から徒歩で四十分の場所にある、
ご近所さんからヘンテコ家屋として名の通った建物に住む家庭の中で、ホワイトデー企画なるもの が開始された。
発案者はこの家を切り盛りする母親。

「ホワイトデーは当然、三倍返しでね!」

というのが彼女の主張。そして無粋な男連中をこの企画へ炊きつけるべく、餌を用意することにした。
家の女性陣四人で審査しトップ賞を用意すると説明する。
男性四人は積極、消極それぞれに参加を決めてくれた。それでも厄介なことに一人息子のやる気が一向に上がらない。
翌日が誕生日ということで相殺させてく れ、と言い出す体たらくだ。
堕落を許すわけにはいかない。母親は息子にバレンタインのお返しをしっかりせよ、と促す。
渋る顔をし続けた息子だが、何かを思いついたらしく突然参加を決 めたのだった。

「バレンタインのお返しね、へへへんならやったるぜ!」

とやる気を見せる彼は傍目にはとても不気味な雰囲気を感じさせた。

それからしばらく彼は姿を消した。逃走したとも考えられたが、やる気を見せていた様子から可能性は低そうだ。
一度気合を出した彼は勢いが凄まじく、半ば暴走列車のように突っ走るからだ。
エネルギーを持て余しどこか遠くに行っているのだろう。よく知る家の者たちはさほど気に掛けていなかった。


男性陣は各々に準備を始めた。
ソニックは面白いものに心当たりがあるらしく、それを手に入れるため出かけた。
テイルスは何かアイディアがあるらしく、裏庭のガレージに向かったきり出てこない。
ナックルズはスフィアの母親に誘われるがまま(ほぼ強制的に)お菓子作りをすることになった。
スフィアの父親は感心があるか表情からは窺い知れず、変わりなくいつも通り仕事をこなしていた。


準備が進む様を女性陣は楽しみに待ち侘びていた。
特にエミーはソニックがプレゼントをくれるとあって興奮気味である。
口々に、早く14日にならないかな、と繰り返し落ち着きなく過ごしていた。
対照的に冷静に受け止めていたのがヴィクトリア。
先のイベントのお礼とあって欠席するつもりはないそうだが、過度な期待もしていないようだった。
そんな冷めた彼女を手招きで呼び寄せるスフィアの母。人目を忍ぶ様子で、身をかがめる真似をしてキッチンの隅まで誘導した。

「あのね、スフィアの誕生日なんだけどあの子どうせ・・・」


14日が来た。
ソニックは東の島国で手に入れた、豆をすり潰したものをかけて食べる串団子。
テイルスはガレージ内で作り上げた小さな万華鏡、ストラップが付いていてちょっとした飾りになる。
ナックルズは教わりながら作ったクッキー、手作り感が伝わる不揃いな並びだ。

「ウチのバカ息子は欠席?そうやってシラを切るつもりね後でどうしてやろうかしら。」

と小言を漏らしているところへ、行方知れずだったスフィアが玄関を勢いよく開けて登場した。
肩で息をしているあたりからは真剣にここへ向かって来ていたことが窺えた。

「俺からのホワイトデーは、コレだ!」

とテーブルに叩きつけるように箱を置いた。中身は白に因んだホワイトチョコのマシュマロ包み、と本人の談。

これで四人分が出そろった。しかし父親だけは彼が仕事から帰るのを待たなくてはならない。
審査はそのあと、更に結果発表は翌日に持ち越すとのこと。
その事に一番最初に異を唱えたのはスフィアだった。食べ物は早いうちに味わってもらわなくてはならないと主張し出す。
息を切らしながら言葉を紡ぐ彼は、外から駆けてきた勢いそのままで少々強引にも見えた。

「渡した本人が目の前にいるうち食えよ、親父のなんて別で評価してりゃあいいだろ?!」
「出そろってから一斉に審査するんだから、口答えしないの!」

口論に発展しそうな勢いであったが、主張自体に押し通すのには無理があった。
公平な審査の為、出足を揃えるべき。審査員の考えの方が理解できる。
渋る顔を見せつつスフィアは自室へと引き下がった。他の者も明日を待つとしてこの場は解散した。
その時、彼が階段を上る際に見せた不敵な笑みをソニックは見逃さなかった。



「・・・やっぱりだわ全くもう。」
「では計画通りに、だな」



審査発表は翌日、仕事へ行く前に済まそうということで早朝に行われた。
眠い目をこすりながらリビングに現れたスフィア。残る片目で様子を見ると、ヴィクトリアを除いた全員が集まっていたことを確認した。
彼はそのまま眠気を理由にして、彼女の不在を問うことはなかった。

「ではドキドキの審査発表ですっ!」

朝から声を張り上げる母の声は、まだ覚醒を待つ頭に痛く響いた。
何時でも元気なのは彼女の良いところであり、そして玉に傷でもある。
彼女はわざとらしく口でドラムロールを鳴らして自ら効果音を作り、ついに結果を公表する。

「第一回ホワイトデープレゼント・センスが一番あるのは誰だ!に輝いたのは・・・」

そんな企画名だったんだと思う辺り、スフィアの感心は一位になること以外にあった。

「マイダーリンです!さすがパパっ良いセンスしてるわ!」

彼がプレゼントに選んだのはネックレス。プリズムで新しく開店したアクセサリーショップで購入したものだった。
彼の仕事場はプリズムのすぐ近くにある。帰りに立ち寄り選んできたそうだ。

企画は身内自慢で終息した。
高望みをしていなかったソニックとテイルスの落胆はさほど大したものではなかったが、苦労を重ねたナックルズは不満を露にして いた。
そしてエミーはソニックが持ってきたものに不平を漏らす。他に食べた二人はおいしいと評価していたが

「味じゃないの、センスよセンス!もっとカワイイものをくれると思ったのに!」

緑色をした東洋のお菓子というのは珍しいものではあるが、そんな色物をホワイトデーに渡さないで欲しかったとのこと。
トップ賞には審査委員長からのキス。というか夫婦だから別で勝手にやって欲しいものである。
これで全てを終えたと思った一同だが、更にもう一つイベントを用意されていたことを告げられる。

ヴィクトリアからスフィアへのプレゼント、奥の部屋から彼女が姿を現しスフィアのもとへゆっくり歩み寄る。

「今日がお前の誕生日と聞いたのでな」

それで用意したという。彼女には不似合いなぐらい華やかな桃色リボンに包装された包みがその品。
中にはチョコレートコーティングされたピンポン玉大の丸いお菓子があった。

「是非食べてもらいたい、この場で」

スフィアにはもう既にその中身の見当がついていた。彼女が健全な姿で現れた辺りから冷や汗を掻きだしている。
そして拒否権のない現状に恐怖した。周囲には当然普通の誕生日プレゼントに見えるだろう。
それが彼女たちの狙い。

「さぁ」
「観念して食べたらどうだ?」

ソニックも口添えし彼に迫る。プレゼントの品は包みから出され口元に運ばれる。
女性に食べさせてもらえるというのは、俗な考えだが喜ぶべきシチュエーションかもしれない、
しかしそんなことを感じる余裕は彼にはなかった。
半ば押し込まれるようにそれを食した。
飲み下すと彼はあっという間に顔が青ざめ、部屋を飛び出し、廊下の突き当たりまで全力疾走で駆けて行った。
一体何がチョコの中に入っていたのか、周囲が疑問に思っているようだったので彼女が答えた。

「奴のホワイトデーの菓子に、チョコを塗っただけのものだ」

説明を聞き全員その意図を理解したのだった。


スフィアは自身の誕生日を廊下の突き当たりの部屋へ出入りを何度も繰り返して過ごした。
そこは別な人も使用するので長居すると時々ノックされる。
日がな一日占領している彼に対し、今もまた一つ拳で存在を確かめられる。

「・・・入ってるよ・・・」

ぐったりした声を上げる。彼はそうして体力を消耗し続けていたのだ。
ドアの向こうの人物は返事をしても離れる気配がない。それを気に掛ける気力は今の彼にはなかったが


「ハッピー・バースデー」


静かな女性の声を耳にし、立つはずの腹はまだまだ下り坂であった。







































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   2009年3月14日MEMO掲載分を修正。
   悪いことは全て白日の下にさらされるということ。
   ラムネ様にお話を元に絵を描いて頂きました!