「んじゃ行って来る。」
「本当に、相手方に失礼無いようになさいよ!」

玄関戸に手を掛けた状態で母親に念押しされたスフィアは、聞こえないものの口ははっきり、わかってるよと軽いグチをこぼしていた。
今日は3月14日。ホワイトデーであるこの日彼が出掛ける先は、バレンタインでの件の女の子の元だ。
突如現れ迫られたスフィアは何とか今日まで返事を先延ばしにしてきた。しかしついに覚悟を決め向かう時が来たのだ。
2月14日の出来事は家の者ほとんどが居合わせ、知っている。だからスフィアの事を気に掛け全員が見送りに来ていた。

「これでお前の顔も見納めになるかもな」
「まるで死地に向かうヒトみたいに言うんじゃねーよw」

ただ返答のプレゼントを渡しに行くだけじゃん。軽く考える彼は事をうまく治められると思っている。
しかし相手は由緒ある良家の令嬢である。それを相手取って簡単に済むなど考えにくい。
ことが悪い方向に転んだ場合、乗り込んだ本人がどんな目に会うのか考えるだけ恐ろしい。

黒いユーモアをつぶやいたヴィクトリアも、彼が考えている以上に重大な局面を迎えていることを理解していた。
可能性がちらついている分本当に酷い冗談である。それだけ警告にもなりえるのだが。

しかし見たところ彼は「お礼しに行く」程度と捉えている様子だ。
実害を被る可能性を持つ彼の母親は最悪の事態を食い止めようと必死だが、ヴィクトリアは一回のジョークだけで流した。
彼女にとって彼がどうなろうと感心の外なのだ。一家まとめて報復される事があろうとも冷ややかな居候は静観するだけ。


家の者からの苦言に不服そうな顔を向けたままスフィアは玄関の扉を開けた。
一歩踏み出そうと正面を見たところに、彼女が居た。
バレンタインで突如告白をしてきた、アリア・セラフィムと玄関口ではち合わせたのだ。

「スフィ兄、ごめーん!」
「ぐぅふぇっ!!」

視線があった瞬間にアリアはスフィアに抱きついた。しかし元気が有り余る彼女の勢いは半ば押し倒すほど強烈であった。
腹にぶつかり、押し倒され床に後頭部をぶつける。そして彼女は圧し掛かったまま更にきつくしがみ付く。

「ごめんねスフィ兄、本当ごめーん!!」
「な、なぁアリア。謝るなら先にスフィアを離してやってくれないか?」

押し倒されたスフィアを心配し、ソニックがアリアに声を掛ける。倒れた彼は白目をむいて気を失っていた。
アリアは目をぱちくりさせたあと、スフィアの顔色を見てあわてて手を離す。
そして「わー!口から何か出てきてるー!」と宙から何かを引き戻そうとし始めたが、ソニックには何も見えなかった。

とにかくその「出てきた何か」が無事戻ったらしいスフィアが正気に戻り、眉根をしかめながらも声を出した。

「ってー、何が何だか。そんで何がごめんなんだ、アリア?」
「あのね、スフィ兄明日誕生日でしょ!?でもね、私……」

翌日は予定が入ってしまったそうだ。両親に連れられリゾートで有名なメリーアイランドへ行うというのだ。
それで前日に祝いの品を渡したいという事だった。
誕生日までリサーチ済み、それほど熱意を持って彼を想っていたようだ。

その分だけ、しょげた顔をしていた。折角構えていたのにちゃんと祝う事が出来ない。
依然スフィアの上に乗っかったままだったが、どれくらい残念に思っているかなんてこれほど間近で見れば一目瞭然。
アリアは感情がストレートに出る。直に伝わって来て相手の感情を揺さぶる。
スフィアに取って不思議なのは嫌な感じがしないことだった。
楽しい気持ちが嬉しい気持ちを呼び起こし、悲しい気持ちはそれをなだめてやりたい気持ちになる。
スフィアが上体を起こし、衝突の際に落とした手荷物に手を伸ばした。

「何も、丁度そっちに行こうとしていたところだったんだよ。」

はいとアリアへ手渡す。飾り気は無いものの清純な白い箱。
受け取ったもののアリアの頭もまた真っ白。何の為のプレゼントであるかすっかり抜けてしまっているようである。
箱とスフィアの顔を交互に見る。中身を開けてみ。促されるがまま差し込み式組み立ての箱を開封していく。
中身もまた白の、チーズケーキ。ホワイトデーを意識したお返しだ。

「まぁ、今後ともよろしくなってことで。」

店の物には流石に劣るけどさ。謙遜しながら言うがこのケーキは彼の手作りである。
チーズケーキは彼の母が得意とするおやつだ。そのレシピを彼はこの日の為に教わった。
この自主性には母親も面喰ったが、お礼をきっちりしようとする姿勢とその為に自分のレシピを選んでくれた事に感激したのだった。

ケーキを見つめているアリア。食べてもいいよ、しかしピクリとも反応しない。
どうしたのかな、そんなに出来が悪かったのかな。心配して顔を覗きこんだら、大きく見開いた目で見つめ返してきた。
そういえば周囲の反応も、空気が止まったみたいに動きが感じられない。

「え、あ、俺何かミスった?」

皆に確認するも返答は無し。いよいよヤバイと思ったスフィアは今一度アリアを見るが、彼女は涙を流し始めていた。
けれど笑顔。
息を飲んだ、事態が把握できず、そしてまた胸元に頭を押し付けられて実際に息が詰まる。
起こした上体はまた倒され、仰向けとなり天上を見ながら考えていた。これは嬉し泣きなのか。
胸元ですんすん泣く女の子の頭と肩にそっと手を置きながら、考える。ここまで嬉しがるほどだったかなぁ。
思考に意識しぼんやり見ていた視界に、ヴィクトリアが映った。上から彼を見下ろしつつ、小さくつぶやいた。

「末永くな……」
「え、あ、ちょ、ま、て、ぉぉぉぉおおおおお!?」

彼女の一言でピンと来たスフィアは、事の重大さにようやく気付いたのである。
ヴィクトリアはそれだけ言うと自室へと下がった。他のみんなは鈍い彼に呆れつつお祝いムードである。
大きく指笛を鳴らしたのは間違いない、ソニックだ。
そうゆうつもりじゃない、ちょっとした言葉のあやだ。
そう叫びたかったスフィアだが胸の上に居る彼女にまで言うに言えず、ヴィクトリアの事を見送ることしかできなかった。
そんな、真正面から言ったつもりではないのに。だが、不快にも思っていなかったから、これからも仲良くしようということだったのに。

とんだ事になった。そう思って胸元で泣き腫らす女の子の目を見たら、充血した赤い目に笑みを浮かべていた。
口元は埋めたままだったけど、この笑顔を崩したくないなと思った。むしろ笑顔でいて欲しいとさえ考えた。

また、感情が揺さぶられた。不思議な感覚と心地よさを胸に抱き、知らず腕に力が籠っていた。
まぁこれはこれで悪くはないか、彼は自分の中でそう結論づけた。


少しして落ち着いてきたアリアは、スフィアの上から離れ立ち上がった。彼も彼女から解放され続けて体を起こす。
向かい合う二人。少しそわそわしながらスフィアを見上げる彼女。泣き腫らした目に加え、頬も赤みがさしている。
手を後ろにし何か持っている様子。その仕草は女の子らしくてスフィアも落ち着かなくなってきた。

「一日早いけど、あの、ハッピーバースデートゥユー……」

バースデーソングを歌い始めた。当初この為に彼女はここへ来たのである。
皆も彼女に合わせて歌い出した。全員でのハッピーバースデー。
しかし目の前の彼女の音程が怪しいのは、今さっき泣き腫らしたせいだろうか。
彼女はそのまま歌い、スフィアも気に掛けつつも静聴した。
やがて、ゆっくりとなる歌い終えのテンポに合わせながら、箱を差し出してきた。
誕生日プレゼントだ。

開けてみて。正方形の深いブラウンの箱を開いてみると、外装よりも更に落ち着いた銅色の半円の品物が。
懐中時計だ。暗いグレーのスポンジの切れ込みに半分埋まった形で入っているそれを取りだす。
蓋には翼上に広がる炎のデザインが施されていた。
彼女のところの家紋のようだ。セラフィムと言ったか、炎の天使と言われる家柄だ。

「ありがとうな、アリア!」

プレゼントに歌に、アリアの気持ちを沢山受け取った。
そのどれもが心地よかった。彼は心地よさ全てを受け入れた。
感謝のつもりで頭を撫でてやる。そうしたらアリアの顔は次第に緩んでいった。
この表情を見るのもまた心地いい。またこれからもそう言う気持ちを彼女から受け取る事が出来るんだろうな。
この女の子との今後の付き合いも、何だか楽しそうなものに思えてきた。
スフィアにはそれで十分。楽しいもの、心地よいものが何より好きなのだから。

「さぁ、今日は赤飯炊かなくっちゃ!」
「母さん、気が早すぎだってのwww」

周囲にはやし立てられながらも視線を合わせ続ける二人の顔は、誰の目から見ても喜びに満ちていた。







































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   色んな光が集まると白となる。色んな想いに溢れる色恋沙汰。
   だから告白と言うんでしょうか。
   色々あって、続き物なのに一年越し更新。ワタクシは白目むきますわ。