ピンポン、鉄琴を叩くような小気味いいチャイム音が鳴り、リビングに居たエミーが玄関へ向かう。
すっかり家人として馴染み、応対には家主らに代わり彼女が出ていくのが当たり前となっていた。


ここレインボー・シティではにわか雨が頻繁に降る。酷く困るほど長い時間振り続けるのは稀なので、少々雨宿りをすればすぐに晴れる。
そのため、家々は軒先の屋根が長めに作られていて、どこに居ても雨宿りに使えるようできている。
またどこのお宅も必ず、玄関から入ったすぐの所にテーブルを設置し、ティーセットを備えている。
雨宿りの間、頼ってきた人を客として迎え、短いお茶会を開き「虹ができるまで」共に過ごすのだ。

そのような風習のある土地だから、エミーはお茶の準備を頭の片隅に置きながら客人を迎えようと扉を開いた。
また雨宿り客なのだろう、知らない人が来ても全く驚くことはないのだ。

ドアを開ける。そこに居たのは、淡いブルーの猫。ほとんどエミーと変わりない身長の女の子だ。

「こんにちは。こちらに、スフィアさんはいらっしゃいますか?」

丁寧なお辞儀と共にはきはきした言葉。品のあるとても感じの良い子、エミーの第一印象はそうだった。
この街にはスフィアの知り合いがたくさんいる。彼が生まれ育った土地だから、訪ねてくる人もいる。
誰だと伺う事もなくすぐにスフィアを呼びに行こうとし た。

「え?なんか、呼ばれた気がしたけど。」

丁度そこへ、上の部屋から降りてきた彼と出くわす。自分の名を耳にしどうも気になり歩み寄ってきていたところだった。
あなたへの来客よ、そう告げるよりも先に女の子は、ずずずいっと玄関より中へ入ってきた。
スフィアの方を見ていたから、視線を追って彼の姿を見つけると、ぱっと明かりがつくように喜びで目が輝きだした。
顔付きが変わった次の瞬間、彼に向って駆け出した。あっという間で、目で追って次に見たのはもう

「スフィ兄~~!!」

彼に向って飛びつく女の子の後ろ姿だった。
至近距離の物凄い勢いで飛びかかり、鳩尾ぐらいだろうか、腹を捉え押し倒した。
ぶつかったときに彼は何かがつぶれた時のような絞り出される声を小さく上げ、そのまま仰向けに倒れた。
あの状態だとたぶん、後頭部もぶつけただろう。

「わー、スフィ兄発見!やっぱりこの家で合ってたんだ~!」

スフィアに乗り掛かる女の子は力いっぱい彼を抱きしめ、大きな声で歓喜していた。
圧し掛かられる彼はというと、まだ痛みに悶え唸り声を出すだけの状態だ。

「ねぇスフィア、その子も知り合い……?」

恐る恐る尋ねてみるエミー。最初の印象と打って変わって大胆で派手な動き、豹変ぶりに呆気に取られていた。
その間も歯を食いしばり痛みに耐えていた彼だったが、ついに眉をしかめつつも首だけを起こし、自分の上に乗る女の子にようやく話しかけた。

「~~イテテテ、アリア、会って早々、何なんだよ……」

アリアと呼ばれた女の子は彼と目を合わせ、更に嬉しそうな笑みを返した。ついうれしくって、依然彼のおなかの上だ。
流石に苦しくなった彼が今度は上体を起こし、アリアに構わず立ちあがった。
抱きついたままでいるのが無理になりほぼ引きはがされる形で、ようやく彼女はスフィアから離れたのだった。

「ねぇ、すごい音がしたけど大丈夫?」

今度は階上から、奥の部屋からヒトが出てくる。玄関からすぐの所がリビング、そこへみんな大きな物音を聞き付け様子を見に来たのだ。
そして見たのは初めて見る女の子が、スフィアに親しげな雰囲気で寄り添っている姿だった。
皆目を丸くした。状況を理解するには説明が必要で、しかし唯一出来る彼は大変面倒くさそうな表情をしていた。

「何よコレ、スフィアまさか……ああ!」

一番に声を上げたのは彼の母親であった。顔に恐れと危惧を浮かべ、そして一人結論を導き出し、嘆きの声を上げた。

「そんなまさか、あの時冗談で言ったのにアナタ、本当に、そうだったなんて……」
「いやいや母さん違うって、勝手に何を言ってんの;;」

スフィアの右手はアリアが抱きついていて不自由だ。なので彼は左手で違うぞと簡単に左右に振って否定を表した。
そのアリアは今のやり取りと言葉を聞いて、ハッと何かに気付き、スフィアから離れ母親の方に歩み寄って行った。

「初めまして、私はアリアと言います。今日は以前スフィアさんに助けて頂いたお礼をしようと思いお邪魔させて頂きました。」
「え、あぁそうなの。ウチの子が何をしたか知らないけれど、ご丁寧にありがとうございますね。」

深くお辞儀をされて先程までの母親の妙に悲観的な態度は吹き飛ばされていた。
普通に礼節を弁えたやりとり、それが彼女の冷静さを取り戻させた。
同時に通常の思考力ももたらした。この子と一体どういう知り合いなのか。

「あんた、ちょっと来なさい!」
「あだ、また、耳だ!」

隣のキッチンへ息子を連行、扉を挟んだ先で一対一で話をするのだ。
唐突に連れて行かれてしまって、アリアは知らず手を離してしまっていた。

「あの子は何者?というかアンタ何をしたの?」
「や、さっきの自己紹介の通りなんだけど。」

危ない所を救ってそれ以来くっ付いてくるそうだ。
詳しくは本編でとかわけのわからない事を言い出すいい加減な息子に対して疑念はさっぱり消えはしないが、
少なくとも向こうから純粋に慕っているのはよくわ かった。

「ソニック……?ソニック・ザ・ヘッジホッグだ!」

壁の向こうからまた甲高い声が突き抜けて響く。世界の英雄がどうしてこんなところに。
驚きを隠せない彼女の心境は素直に声のボリュームに現れていた。

「もしかして、スフィ兄とお知り合いですか?」
「ああ。それも昔っからのな。」

うわー、すごい。再度アリアの良く通る声が聞こえる。まさかスフィ兄がそんな凄いヒトと知り合いだなんて。
一方のソニックは自分の友達が「スフィ兄」などと呼ばれる様に笑みを浮かべていた。
単純に可笑しいに留まらず、どこか微笑ましいと感じていたからだ。
その二人にエミーは割って入り、睨むように強い視線で彼女を捉えた。

「言っておくけど、ソニックはアンタには絶対渡さないからね!」
「あ、その点はご心配なく。だって私は……」

彼女が恋敵となるのかどうか疑い、警告を発した丁度その時にスフィア親子が戻ってきた。

「で、あん時のお礼だって?」
「んー、それも兼ねてなんだけどスフィ兄、今日は何の日かわかる?」

首を傾げて問いかける女の子。身長差があり自然と上目遣いになり彼を見つめる。
質問に首を傾げ返すスフィアは、そのまま腕組みし段々上を向いて行った。彼の考える時に出るクセ、しかし一向に頭が下りて来ない。
その様子に見兼ねて代わりに答えを導き出したのは、意外なことにヴィクトリア。

「St.ヴァレンタインズ・デイ」

はっと気付いた彼の頭がさっと正面を向いた。
その下に構えていたのは、満面の笑みと共に差し出された小さい箱。

「はいっスフィ兄にだよ!」

ダークブラウン、チョコ色の包装でラッピングされた箱を受け取る。
その直後、スフィアはまた母親にさっきの場所まで連行された。当然耳を掴んで。

「ホントにあの子何者なの、あんなチョコを差し出してきたりして!」
「あだっ、別にチョコぐらい普通じゃん、いちいち引っ張ってきて話す事!?」
「バカ!このチョコはね、プリズムに新しく入った高級スイーツの店『リーベグリュク』プリズム支店オリジナル『レーゲンボーゲン』なのよ!
 バカみたいに高 くてこれをヴァレンタインに渡すヒトなんて一体どんな金持ちなのかしら
 そして渡されるお高い男性って誰なのよいるのだったら是が非でも見てみたいものだわ ―、って思ってたとこなの!
 それがよ、それが!あんな子供がアンタみたいな田舎のガキに渡すなんて信じられない!!」

包装用紙にプリントされた店名ロゴを見つめながら喋る母親の言葉は留まるところを知らない。
ほぉ、と間の抜けた返事を返したスフィアであったが、流石に彼でもこれで彼女が只者ではないのでは、という疑念を抱くようになった。
親子は目と目を合わせると、互いに了解を得たようにまたリビングへと出ていく。

「わざわざありがとうな、アリア。幾らお礼だからって別に、簡単なものでもよかったんだぜ?」
「ううん、別に大丈夫だし、だってそれ……」
「アリアちゃん、ところでしっかりお名前聞いていなかったけれど、教えてもらえるかな?」
「あ、はい。私のフルネームはアリア・セラフィムです。」

猛ダッシュでスフィアを連れて再三キッチンへ駆け込む。あまりの勢いに危うく息子の耳を引きちぎりそうであった。

「ちょっ!アンタ!大変よ!セラフィムさん家の娘様がなんでか知らないけれど
 ウチのバカ息子目当てに家に上がり込んでチョコを渡しに来たわよ!何?何!? ウチは何かしてしまったの!?」
「母さん騒ぎ過ぎ、落ちついてよ二つの意味で耳痛ぇ。当人目前にしてバカ息子とかそりゃないぜ;」
「アンタ、セラフィムさん家の事がわからないからそんな呑気な事を言えるのよ!
 いい!?セラフィム家は天使様の子といわれる代々続く名家で、住んでいる町 一つを仕切ってるすっごい権力者なのよ!」

とんでもない家柄のお金持ちのお嬢様ということだそうだ。だからあっさりと高級チョコを差し出してこれたのだ。
あまりの事実に興奮して目がくらんでしまいそうなスフィアの母。
チョコを受け取った当人も、まさかそこまでの人物相手だったとは夢にも思っていなかった。
普通に助けて、普通にお礼をもらう。そうはいかなくなったと感じて、それを面倒に思うのは彼の性格だった。
出来ればそんなシガラミ無しの関係の方が気が楽だよな。そんな彼の甘い願いは苦い現実にかき消された。

とにかく失礼を働くと後でどんな事が起こるのかわからない。
細心の注意を払いながら相手することを取り決め、もう一度彼女のいるリビングへ現れる。
二人が離れている間アリアは、ソニックに会えて嬉しい、テイルスの尻尾が二本あるのがスゴイ、
ナックルズのドレッドヘアーが格好いい、エミーには再度ソ ニックを狙うつもりはないよと言い、
クリームを見るなり可愛い、一緒に居るチーズも可愛いな、と周りへフランクに話し掛けていた。
この様子だけ見ればとてもお嬢様だなんて思えない。
気安くて付き合いやすいただの女の子だ、そう感じていたから普通に接してきたのになぁ、スフィアの心持 は複雑になった。

「それよりスフィ兄、早く答えてよ!」

姿を見るなりいきなり答えを求められた。何を問いかけられたっけ、考えるうちまた上を向いていた。


「だってそれ、私の本命チョコなんだから!」


正面に戻った顔は呆気にとられたものだった。周りも、はっきり言い切った女の子の言葉に茫然としていた。
恩人にお礼の為渡す事があっても、そのまま好きになるとか有り?しかも良家の娘様が自分にだ。
好かれると言うのは嬉しく有難いこと。何も知らなければ、恋愛感情は別として「サンキュ、俺も好きだぜ」と伝えられただろう。
しかしもはや一筋縄でいかない相手と知ってしまった。無下には断れない、そんな気は始めからないが、イエスと答えても後が大変そうだ。

頭の中でごしゃごしゃと考えてしまっていて、返答が中々出て来ない。時間が経つにつれてアリアの表情が徐々に険しくなる。
スフィアはそれで更に困惑した。こんな真っ直ぐな思いにシンプルに応えてやれない今の自分が、少し嫌になった。
埒の明かない状況に陥った二人の間に言葉を挟んだのは、またもヴィクトリア。
その言葉は助け舟を出したつもりなのか、思い付きなのか、はたまた彼を虐げる 目的だったのだろうか。

「ではこの返答は、ホワイトデーに形を持ってした方が良さそうだな」

考える時間を作ったと取ればプラス、しかし先延ばしにし悩む時間が増えたと言えばマイナス。
周囲の視線を集めた彼女だが、提案を通すにあたってもう一つ言葉を添えた。

「その翌日はお前の誕生日だろう。そうなれば、祝ってもらえるかはお前次第」

誕生日、祝い、アリアの耳に反応があったのをヴィクトリアは確認した。
彼は一向に答えを出せずにいたが、アリアの方が完全にその意向を受け入れる状態でいた。

「やったね!良い事聞いたー。それじゃスフィ兄、来月いい返事待ってるからね!」

そして楽しみと言い足して、自分の中で決定事項として完結させていた。
嵐のように家の中へ騒ぎをもたらした彼女は最後に、御邪魔しましたと丁寧に頭を下げ帰ってしまった。


「アンタ、絶っっっ対に失礼なもの渡すんじゃないよ!」


念を押された彼はこれから一か月の間、頭を悩ませ続けなければならなくなった。

「なぁソニック……」
「What?」
「お前の気持ち、どことなくわかったような気がするぜ……」
「Hehe,that's sorry.」

妙なところで共感を得て、二人一緒に溜め息を吐いた。







































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   元気っ子はかわいいよね。
   寄りつかれるとかなり振り回されるけど。