ホワイトデーの一件からアリアは時々スフィアの家に遊びに来るようになっていた。
よほど彼の事が気に入ったのだろう、とりあえず彼女は彼にひっ付くのである。
その際に勢いをつけてくるので半ば体当たり、それを毎度くらうスフィアは堪ったものではない。
しかし彼は絶対に避けたり、振り払う真似はしない。それを周囲のニンゲンは彼女に対し彼も満更ではないと捉えているのである。
特に彼の母は息子たちの様子を影で見守るのが楽しみで仕方がない。ドアを少しだけ開き、台所よりウォッチング。

「スフィ兄、今度どこかに連れてって!」
「あん?なんで?」

リビングで隣り合って座る二人。傍目には仲睦まじい間柄にしか見えない。
ティータイムということでスフィアの母特製のチーズケーキをおやつに、ゆったりした時間を過ごしていた。
聞き耳も欹て一部始終を見守る母。恋話と言うのは興味をそそられるものだが我が愚息となればとりわけ熱がこもろう。
しかし息子にばれて目があった。あまりにも熱視線を送り過ぎたようだ。向こうからは迷惑だと訴える目で、向こうへ行け、と顎で示されてしまう。
台所の奥へ退散する母。視界から消えようともちゃんと二人のやり取りの聞こえる場所に控え様子を探る、息子もそうしているだろうことは読めていた。

「たまには遠くに行ってみたいの~。ね、いい場所知ってるでしょ?」
「ん~……」

むず痒そうな顔をして頭を掻くスフィア。彼女の事は嫌いではないものの何かと振り回されるので少々厄介だ。
毎度毎度何かをしよう、何とかをして、とリクエストが多い。
楽しみを色々見つける点では良い事だが、四六時中こうだと流石に手を焼く。
自分だってゆっくりしていたい時がある、放っておいてほしい時に言われると少なからず面倒と感じてしまう。

「まぁ、お気に入りの場所はあるよな。それがお前の好みに合うか知らんけど。」
「いいよどこでも。スフィ兄のお気に入りなら尚更OK!」

また気まぐれの思い付き。スフィアからはさほど真剣さが感じられない。完全に面倒事から解放されようと返事しているのが見え透いている。
壁がドンと鳴った。母がいいかげんな事を言うなと警鐘を鳴らしたのだろう。しかし当の息子は聞こえないフリをした。
宛はちゃんとある、お気に入りなのは本当でありそれで大丈夫と返事されたのだから、これでいいだろう。
好みに合うかわからないけどと前置いたが、好きになってくれたらいいな。
言葉にはしなかったが彼はそんな思いも抱いていた。
それを汲めない母の存在は無視だ、無視ムシ。後で叱咤されようとも関係ないね。

「んで今度って、いつになるん?」
「えとね、私が次来れるのはたぶん来週の今日になると思うの。」

わかった、丁度良い頃合いだ。
元々一人でも行くつもりだったから見頃は把握していた。良い具合に彼女の都合と合致したので、二つ返事でOKした。

「来週だからね、忘れないでよ!」

それじゃあ今日はもう帰るね、それだけ言い残し彼女は早々に立ち去って行った。
これでもう嵐が去った。彼はすかさず眠りに入り、この方法で母の追撃をかわすのであった。



次に会う時は駅で待ち合わせと約束を取り付けておいた。「お気に入りの場所」とは市外であり電車を使う。
わざわざ家まで来てもらう事もないし、ここからの方が移動が楽だ。
勘違いしないで欲しいのは、いつも彼らが会う時は約束などしていないということだ。
アリアが一方的に街に来る。それでスフィアは突然現れる彼女のタックルをいきなり喰らっているのだ。

「スフィ兄ーー!!」

遠くから発せられる女の子の声を耳にし、スフィアは咄嗟に身構えた。
バスターミナルから現れたアリアは見れば全力で駆け寄って来る。速い。すごい勢いだ。
衝撃に備える。徐々に彼女が接近する。従って速度も次第に落ちる。あれ。

「ゴメンね、遅れた?」

普通に目前で止まった。姿を見られたり構えられていると案外飛んで来ないのかな。
そんなことを思いながら、大して待ってないさ、と返答した。
良かったと言う彼女の言葉にはたくさん吐息が混じっていた。息を切らしている。
おまけに諸手を膝に乗せ、息を整える間顔は下を向いたままだ。

「そんな焦って行く場所でもないんだから、ゆっくり来ればよかったのに。」

なんだ、急いでたから疲れたのか。飛んで来なかった理由は単純にそれだけか。
なら少し休んでから行こうか、駅は三階建てでいわゆる駅ビルと呼ばれる建物。カフェなら2,3店舗ぐらい入っている。
スフィアは休憩すると提案したが対する彼女は下を向いたままで首を横に振った。すぐ出発したいらしい。
この有様を見ておいて間を置かず動くなどと少し躊躇いを感じた。だがまぁ電車で移動するのだ、座席に座れば大丈夫だろう。
そう考えて二人は早速目的地へ向かう事にした。

ここは終着駅。停車する車両はまた折り返し運行となるため乗客は必ず全員降り、よほど大勢が乗り込んで来ない限りどこかしらに空席は見付けられる。
今回も良い具合に二人分のスペースを確保し、並んで座った。彼女は息つける場所を得てほっと溜息を吐いた。

暫くすると構内に発車を知らせるチャイムが鳴り響き、扉は閉められ、一瞬強い横揺れを引き起こしてから電車は動き出した。
目的地は四つ先の駅。アリアは座って休めたからか一つ目の駅を越えたあたりで動きを再開させた。
座席に膝乗りし外を眺め始めた。左から右へ流れていく景色を目で追っている。
この辺りは元より自然に囲まれた地域であった為、車窓からの景色はあっという間に野山へと変貌した。
のどかな風景。線路はいくつか林をつっ切り、田畑を抜け、民家がちらつく頃に停車する。

「あ、雲がすごいモコモコしてる。」
「入道雲かな、行く前に降られなきゃいいんだけど。」

太陽が輝いている外は暑いだろう、だがここは空調の効いた車内。
乗る前にも味わった熱気を排他し快適な環境に優越感に浸っていたのだが、それも束の間。
降りる駅はもうすぐそこ。車両は徐々に速度を緩めていく。

二人は無人駅で下車した。
少し前まで終点を務めたこの駅は、新しく出来た終着駅にその座を譲り、煤けた建物からは穏和な歳月の流れを感じさせた。
木造で白いペンキ塗り。ところどころ禿げていているが、まだまだ現役なのである。

駅を出るとスフィアは迷うことなく正面の道を進んだ。
小さいながらもロータリーを備えるバスターミナル。建物もまばらに道は三方向に分かれていた。
この先は車窓の景色を際立たせてきた太陽光が、今度は二人を強く照らし出す番だ。
暑さに汗するアリアだが、怯まず歩み続けるスフィアに後れを取るまいと早足で追った。身長差ゆえに二人の歩みの速度は違った。
彼が彼女の為に速度を緩めず歩く理由は、顔を上げてからふと漏らしたつぶやきにあったのだが、何とか食らいつくことで精一杯の彼女には聞き取れないものだった。

「ち、もう降ってきやがった……!」

気付けば体力を奪う日差しは成りを潜め、かわりに黒い雲と風に混じる冷気、そして雷鳴があった。
急ぐぞ、言うが先かスフィアはアリアの手を取ると強く引っ張りだした。
引かれるまま彼の後に続く。大きな水滴が額や腕にぽつ、ぽつと当たったかと思えば、あっという間に雨脚は強くなる。
土砂降りになり、避難の為に駆けこんだのは正面に見えた林。その中の木々でどうにか雨を凌ごうという魂胆らしい。

二人は林に入った。まだ晴れた気でいるセミの声だけが耳に暑い。
雨は二人へ直接当たらないものの、葉から滴り落ちる雫が二人を濡らす。
しかしその多くはスフィアに降りかかった。彼がアリアを覆い雨粒から遠ざけていたのだ。

「わりぃな、でも夕立なんてすぐ止むからちょいと待っててな。」

上から降る声に胸が高鳴る。と同時に大太鼓を弾くような音が叩きつけられた。
動悸が早くなるのは一体どちらが為だろうか。判断しかねる状況にまた稲光が追い打ちをかける。
光と音の到達に間がほとんど空かない。雷雲は真上にあるのだ。

雨音は周囲の音もかき消すほど叩きつけるかのように降りかかる。
葉に水滴が衝突する音なんて思えない、バシバシ打ち付ける音はセミの声すら黙らせた。
この状況で何か言葉を掛けようとしても防がれてしまう。そもそも掛ける言葉も見つからない今はそれでいいのかもしれない。
暫し雷雨が去るまで、彼に覆われる格好のままで耐え凌ぐ。その時間は周囲の状況に反してアリアの心は穏やかだった。

ざぁと打ち鳴らす音が続くこの間は意外にも心地よく、もう少しこのままでいても良いと思わせるほど。
だが彼が言ったようにピークが過ぎると雨脚は急速に弱まり、空も明るくなり始め太陽光も差してきた。
額へ落ちてきたのは葉から零れ落ちた雫。もう空からは一滴たりとも降らなくなった。
小さな願いは露と消え、明るみをます林を見渡しながら少々残念な思いを抱く。
彼が雨から身を守ってくれる時間、もう少し欲しかったかも。
空模様を見定め、スフィアは雨宿りは終わりだと判断を下した。だから彼女から離れ、行こうと促す。
雨にかき消されていた虫の声が、頭上から耳を突き抜ける勢いで鳴り響く。
うるさくなってきたから、ここを離れよう。二人はまた目的地へ向かって歩み始めた。


左右にうねる道を進めば、やがて木々が開けた。平原への出口だ、そこは再び陽光を受け眩しいほど輝いて見えた。
林を抜け久々に強い光を感じ取る目が映し出した景色は、視界の端から端、そしてずっと奥まで、黄色い点が無数に浮かんでいる緑の草原。
アリアの背丈と同じか少し高いぐらいで、彼女は花の顔とにらめっこを始めた。植物たちは道の両サイドに群生していた。
近づいてみると枝葉が隙間なく密接して、上方に何輪かずつの花が根を一にしていた。
一株一株低い位置から幾つも分岐し、上へ伸びる茎それぞれで一番高い位置に黄色い花を咲かせているのだ。

花は自分の掌より小さいものばかり。綺麗に細い楕円の花弁を広げ、その中央はごく小さい花の若い部分が集合し濃い茶色をしている。
緑の上に浮いている点々は全て花。皆一様に顔を上げ小ぶりな花弁を精一杯広げている。

「姫向日葵の野原さ。」

遠くを眺めながらつぶやく。少しだけ高低差をもつこの場からは緑の海原から顔を出す黄色が光る大地が一望できる。
草はさほど背は高くないので、比べて高いこの位置からならアリアも全体を花々の間から覗き見る事ができた。
同じくらいの背丈の彼女にしてみれば、人ごみで何とか顔を覗かせようと背伸びするのと同じ感覚。
また植物たちも群衆から頭を出し高さを競っている。

離れた景色ほど草の色はなりを潜め、ぽっかり覗かせている花の黄色が映える。
光を求め小さい顔を覗かせる花の姿を、光が更に浮き上がらせているのだ。
集まったり離れたりしてその密度を変化させる、緑の上に輝く浮雲のようである。

「小さい割に逞しい植物でさ、今の時期になるとこうやって沢山の花を咲かせんの。」

暇な時この辺りを駆け回り、さっきのように林を通り抜けてこの風景を目の当たりにした。
遠くまで広がる景観に圧倒され、足を止めてしまっていた。向日葵とは思わなかったほど小さい花が群生する場所。
だが太陽を受けその名が示すように、光に向かう花は皆真っ直ぐで明るい姿をしていた。
大きい方のような力強さはないが、逆に繊細さと愛らしさを持つ小ぶりの容姿が好きになった。

「いつも暑くって恨めしい太陽だけど、こいつらがその太陽の事が好きって言ってるみたいで、なんか憎めなくなるんだよな。」

日に向かう葵。その姿を見つめる隣の女の子の目は、初めてここを訪れた自分と同じ感動を映しているだろうか。
話しながらも辺りを駆け回る彼女を追い様子を見ていた。ここがお気に入りの場所、ここが大好きな場所。
好きなものを紹介する時は緊張するものだ。出来れば、同じく気に入って欲しい。

花の傍まで駆け寄っていたアリアは今度は踵を返し、再びこちら側へ戻ってきた。
そして諸手を取られる。いつもの抱きつきとは違う行動、触れられた瞬間驚いた。
両手を強く強く握られる。しかしそれ以上に強いのは、真っ直ぐこちらを見つめる瞳だった。

「ありがとう、スフィ兄!私の誕生花が『姫向日葵』て知ってたんだね!」
「うん?そうだったんだ。」

偶然さ。スフィアは彼女の誕生日が何時だなんて把握していない。ましてや花の事まで気は回らない。
それでもアリアは喜んだ。連れて来てもらった所が、大好きな人のお気に入りの場所が自分と縁を持つだなんて。

スフィアはもうちょっと姫向日葵を眺めると見せかけて、視線を逸らしてしまっていた。
たぶん、眩しかったから。眩い煌めきのあまりに正面切って見れなくなった。
だから横顔を見せた彼の頬に赤みが差したのがアリアから良く見えていた。
彼は直接見てくれないが、ニッと口の端を上げ笑みを向けた。
たまたまでも、心を強く動かされた彼女はその度合いを伝えたくて、彼の両手をブンブン上下に振る。

「あ、ほら、あっちを見てみろよ。」

何かに気づいた彼が、ハッとした顔になりつぶやいた。それを見てアリアの激しすぎる握手の動きが止まった。
スフィアに促され視線を左の空へ向ける。林から出た向きからだと右やや後方。
見れば、姫向日葵の野から多色彩の環が空へ伸びていた。虹が架かっていたのだ。
ふもとは黄色の野原から始まり、目で追って空を見上げれば、元来た林を飛び越えて反対側の姫向日葵たちのもとへ降りていた。
さっきの雷雨がもたらした鮮やかな光の環。紫から始まり、中ほどでは水色、緑、黄色と隣り合っていて、次第に内へ赤みを増すとすぐ消えた。
すごいよ、綺麗!目を輝かせてこのスペクタクルを捕える瞳は、しかしそこに映し出すもの以上に綺麗だと思えた。


あぁ、ここにとびっきりの姫向日葵が咲いたよ。


これほど反応があるなんて、連れてきて本当に良かった。
気に食わないと一蹴される事も覚悟していた。好みに合わなかったらそれまでだ、と。
安堵と、喜んでもらえたことで知らず頬が緩んでいた。アリアが楽しそうな笑顔を見せてくれると嬉しくなる。
ひょっとすると、自分以上にここの自然を楽しんでいるのでは。
彼女が楽しんでいる様子を見るのが、楽しかった。

虹の出現に再度歓喜するアリアに腕取られ振り回されるスフィアだったが、回転し始めた頭にある考えが過った。
姫向日葵が誕生花なら、開花時期であるまさにこの時期が誕生日だよな。
今日に遠くへ連れ出してとせがんできた事と合わせて考えると、もしかして

「スフィア、ここにいたか!」

細い茎をもつ花をたくさん揺らして現れたのはソニックだった。
彼が巻き起こした風に酔い、姫向日葵は楽しそうに波打つ。
放たれた言葉の切れに、浮ついた心は冷静さを取り戻し沈着した。
彼の話を聞こうと自然向き直っていた。知らず弛緩した両者の手がするりと解けた。

「セラフィムの親父さんたちが、なんか大変だぜ……!」

アリアの両親が彼女を探して、家まで上がり込んで来たらしい。
一部始終を聞き終えたスフィアは考えた。ただ遊びに来た彼女を追って何故こちら宅まで押し掛ける事があろうか。
あり得るとしたら。頭に過った悪い予感が、振り返り見た女の子の様子で確証に変わった。
アリアは気まずい思いを表にした顔で、ゴメンネと言いたそうにちょっとだけ舌を出したのだった。



今日はアリアの誕生日。セラフィム家では来賓を招き盛大なパーティを予定していたが、肝心の主役が逃走したのだ。
富豪や上流階級の人間にとって社交と言うのは嗜みであり、ステータスである。
親が町の有力者とあって、娘の将来も案じて関係各位との交友を促すのは彼らにとって当然だった。
一方で、堅苦しい場が大の苦手なアリアは親に絡む催しを尽く拒むのだ。
特に口うるさい父親に関しては悪感情が先行する。
そういう事をしてはいけない立場と理解していながら、しかし彼女はまだ感情で物事を判断する年頃である。

家までアリアを背負って戻ってきた。スフィアにとって帰るまでの道はさほど大した距離ではない。
電車を利用したのは、アリアと一緒に行く為だった。あっという間に着いては面白くない、そう考えていた。

「お前、全速力で家から出てきたんだろ。」

それで疲れてた。最初に会った時飛びかからなかったのは必死に逃げてきて、辿りつくだけで精一杯だったから。
背中越しに声を掛けた。でも何も返事をしてくれない。
さっき眩い輝きを見せてくれた花はこの間だけでもう萎れてしまったのだろうか。


帰り着きドアを開けた。入ってすぐのリビングからはアリアの両親が、彼女を見付けるなりすぐ駆け寄ってきた。
一様に心配の言葉を掛けていた。大丈夫か、どこへ行っていた、一体どうしたんだ。
言われた方は、後ろに続く叱りの言葉を恐れている様子、まだ萎れた顔をしている。

「また勝手なことをして、自分が何をしたかわかっているな?」
「あの、その事なんだけど。」

家族会議に割り入るのもなんだけど。だが落ち込んだアリアの姿を見て居たたまれなくなり、気付けば口出ししていた。
彼女の両親は怒りと焦りと困惑が入り混じった目を、娘から共にいた男へ向きを変えた。

「俺が安請け合いしたからこんなことになったんだ。だからアリアばっかり責めないでやって下さい。」

驚きで俯いた顔を上げたアリアだったが、その顔は今にも泣きそうだった。
娘を庇っての言葉に、両親も判断に迷い訝った。本当に彼の責任か、それならばどこまでが。
だが彼の存在を考慮しても結局のところ変わらない事がある。

「スフィ兄は悪くないよ、悪いのは全部、私!自分勝手なわがままをしたのは、私……」

彼女は話半ばに泣きじゃくり始め、途中から言葉が出て来なくなった。
涙し始めた少女を前に両親の顔はついに困惑が支配した。
スフィアは彼女を庇う魂胆もあったが、言われるがまま逃走に手を貸していた事に負い目を感じていたから発言したのだ。
結局のところ、良くも悪くも正直で嘘の吐けない彼女が、自責の念と共に本当の事を吐き出すように白状した。

両親は目配せをすると、互いに了解するように頷き、そして父親が娘へと声を掛けた。
穏やかで優しく、そのトーンには叱責する意図は全くなかった。

「アリア。今日はスフィア君から何をして貰ったんだい?」

泣き顔を両手で覆っていたアリアだが、なるべく顔全体を覆いながらだが、片手を外しポケットからそれを取りだした。
小さい小さい向日葵。服に忍ばせることが出来るくらい小さな物を、あの野原から連れて来ていたのだ。
彼女は涙でしゃっくりも引き起こしまともに喋れない。でも単語だけで、たくさん、野原、虹見た、と伝えようと頑張っていた。

「スフィア君からも誕生日を祝ってもらったのかい。それは良かったなぁ。」
「パパ……私の、誕生、花……知ってたの?」

拙く紡ぎ出した声に父親は笑顔を返した。愛娘の事だ、もちろん何だって知ってるよ。
彼女は驚きで一端涙が止まった。口やかましいだけで嫌がっていたのに、それでも父は自分の事を想っていてくれた。
それを知るとアリアは父へ抱きついた。嬉しい思いがそのまま行動に現れ、また泣きだした。
今の彼女は感情がアクションと直結していて、溢れ出る想いの強さに押され動いていた。
ごめんさない、胸に顔を押し付けたまま出てきた声はくぐもっていた。その分心へ直接伝えるごめんなさいだった。
抱きとめた父もそのまま受け止め、泣きじゃくる娘を大事に抱擁する。

「スフィア君もすまないね、娘の勝手に付き合ってもらってありがとう。」
「いや、何も言ってもらわなくていいって、俺も楽しかったからさ。」

彼女の母も一礼してくれて、これでもう大丈夫なようだ。
もちろん彼女がしでかした事に関してお咎めなしとはいかないが、少なくとも両者納得した上で行われよう。
彼女も、アリアも覚悟の上だったのだろう。悪い事だと承知でスフィアの所までやってきたのだ。
そんな思考に辿り着いて、目の前で泣き腫らしている女の子に感心すると同時に一人勝手に頬を綻ばせるスフィアだった。
無理してでも会いに来てくれる、とても微笑ましいな、なんて思うようになった。

「さてアリア、お前の誕生パーティは中止になどなっていないよ。ただ始まる時間が遅くなるだけだ。」

ちゃんと出席しなさい。父の言葉に頷いたのが、埋めた胸元の動きで伝わった。
父への嫌悪が無くなった今の彼女なら親の言う事を素直に聞いてくれる。

アリアが親にも素直になれたのをちゃんと見届けれたし、親子らとは今日はもうお別れかな。
そうスフィアが思って、ドア付近から家の中へ入ろうとしたときだ。

「君も来なさい。アリアの事を想うなら、責任の一端があると思うなら尚更だ。」

腕を掴まれた。掴んで来た手を伝ってみれば、親の胸元に居るアリアの切望する眼差しと目が合ってしまった。
来て欲しい。間違いなくそう訴えている。
事態を把握しきれないスフィアは動揺した。目を泳がせ周囲を見渡せば、リビングの中には自分の母親がいた。
自分たちが来るまでセラフィムさんを応対していた。
そして今まで一部始終を見守っていたようだ、珍しく静かに。
その母に確認を取るかのように、どうしたらいいか見詰めてみた。

母は満面の笑みで手を振ってくれた。

「決まりだ、行くぞ。」

え、ちょ、言ってらっしゃい、じゃないよ。
声にならない声で訴えるも母には届かず、セラフィム一家に連行されることとなった。
なんで俺がパーティに。そんなのガラじゃない。
不満は胸の内に募るも、横を歩くアリアは泣き腫らした赤い目をしながらも笑顔を見せてくれた。
その手の中に小さい向日葵。二輪の花はまだ咲き誇っている。
それだけで、まぁいいかと思えた。折角だから今度は正式な場で誕生日を祝おう。
スフィアは考えを改めセラフィム家へお邪魔することにした。








































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   2011年8月15日にブログアップしたもの。
   アリア誕生日。愛しい我が娘、生まれてきて本当にありがとう。
   
   その割にサイト更新が遅れて、正直すまんかった。