ソニックがほんの見慣れない電話ボックスに入った瞬間だった。

 渦に巻き込まれた、としか言いようのない激流に襲われた。
 身に何が起きたのか理解のしようもなく、抵抗する間もなく翻弄される。

 景色は一変した。
 何かが目の前を過ぎ、頭を占領し、体を支配する。
 侵されたのはわが身に留まらず、外界もうねりを上げ変化する。

 いや、それも理解出来ない状態にあるのかもしれない。
 場所が、剣と楯が交わる戦場、どでかいトカゲがはびこる森林、光の中にまで潜った、次々移り変わる。

 過ぎるのは映像に限らない。音、味、臭、寒暖そして衝撃が襲う事もあった。
 それが快か不快かも、もはやわからない。右手が熱く左足が痛い。
 感情も容赦なく流れ込み、哀善怠恐喜悩苦悦怒悪楽望、精神の器から溢れそうだ。


 やがて闇に放り出された。静寂が支配し、辺りにぽつりぽつり点があるのが見える。

 ここは、宇宙だ。

 言葉にしたとたん、唐突に今まで駆け巡ってきたものを理解した。照らし出された惑星が球儀のようにゆっくりと動く。
 さきほどのものはこの世の全て、時も場所も越えその断片を一気に見せられたらしい。ようやく落ち着きを取り戻す。

「なんだい、巻き込まれちまったのか?」

 不意に声がした。この空間に何者がいるのだろう。

 声の人物が姿を現した。上も下もない空間を歩いてくる。
 狼。しかし一口に狼といえど、彼のような種別を見たことはない。
 東洋にでもいそうだというのが印象。目に掛かる髪、跳ねたクセ毛が特徴的だ。

「ここは一体・・・」
「あー、まぁ言うなれば『何でもある』場所だ。」

 それこそ説明が欲しいものだ。おぞましい情報量であることは今さっき体験してきた。
 一方この狼の態度は煩わしいと物語っていた。ろくに口も開かずボソボソ喋る。

「まさか素でコンタクトするヤツがいるとはなぁ。アレも本当に気まぐれだ。」

 面倒臭そうに頭を掻く狼。話をしてくれるわけでもなさそうだ。
 ソニックにしても、走り出せもしないこの空間に留まる気にはなれなかった。
 不可解な出来事もここまで度が過ぎれば、かえってアレコレ尋ねる方が野暮というものだ。

「なぁアンタ、戻るにはどうしたらいい?」
「もう戻るのかい?こんな事出来る機会は二度とないぞ、きっと。」

 こんな事って、あのわけのわからない宇宙を全身で感じることか。
 それなら御馳走様、もう満腹なんでおアイソ頼みたいね。
 不快感を顔に出したから、誤った認識をしていると感じた狼は言葉を補う。

「言っただろ、『何でもある』と。ここは時間も場所も自由自在ってことさ。」

 まるでタイムマシンだな。あながち間違いじゃないと狼は言う。それは納得だ。
 さっき見たのは間違いなく時空を超えたものだったから。それを操れるのであれば。

「せっかく来たんだ、過去でも未来でも、少し覗いてみたらどうだ?」

 しかしソニックは首を横に振った。心はとっくの昔から決まっていたから。





「大切な時間は、今しかないから。」





 だから俺にとっての「今」に戻してほしい。
 言い終えると狼は大きく笑いだした。蔑んでのことではなく、意表を突かれ感心したからだった。

「そうかい!わかった、元の場所に戻してやる。ただ少しグルっとするから我慢してくれよ。」

 狼が指を鳴らした直後、グルっとした。最初と同じように吐き気すら感じる暇がない激流に飲まれる。
 ただ今回は、流れ出る感覚、だった。はじめはこの身へと溢れんばかりに雪崩れ込んで来たのに。
 放出するように迸るそれは、旋風のようだった。

 高揚や恍惚が消沈する際の脱力感を覚えつつ、「今」に戻った。
 その感覚がこの身に何かが注がれ抜き出されたという事実を教えてくれた。
 元の場所。正体不明の渦に襲われた時点に帰ってきた。
 ただ一つ違うのは電話ボックスが消えていたこと。

 過去も未来も興味がないわけではなかった。
 でも本当は見えもしないそれに縛られたくはなかったのだ。
 目の前の一歩にだけ集中し、ソニックはまた走り出した。














































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