メフィスト・ワルツ第1番「村の居酒屋での踊り」S.514 (リスト)  

 この曲はもともとオーケストラのための作品で、1860年の作曲とほぼ同時にリスト自身によってピアノ編曲されました。リストを代表する難曲として知られていますが、中間部のサロン風の優雅なパッセージも印象的な作品です。
 現代ではオーケストラ版よりもピアノ版の方が演奏機会が多いようです。

【演奏者】【録音年】レーベル
エフゲニー・キーシン2003年RCA
シプリアン・カツァリス1980年テルデック
ヴラディーミル・アシュケナージ1970年ロンドン
ケマル・ゲキチ1989年Victor
及川浩治2001年DENON
フィリップ・ビアンコニ1998年-





 [個人的ベストプレイヤー]

 エフゲニー・キーシン ○エフゲニー・キーシン(録音:2003年)

聴き終えたあとに思わずガッツポーズがしたくなるような、気迫溢れる圧倒的な演奏です。
一言で言えば、「男性的力強さに満ちた骨太で豪快な演奏」といった感じでしょうか。最初から最後まで並外れた技巧とパワーでもって聴き手を飲み込んできます。

かといって、迫力だけで終わるのかと思えばそうではなく、細かなニュアンスのつけ方が個人的にツボでした。

まず、中間部、サロン的雰囲気漂うワルツの箇所の絶妙なルバートが感動的です。キーシンの癖である、拍の頭を少しずらす奏法は個人的にはあまり好きではないのですが、この中間部のそれは絶妙でした。あの奏法は、はまれば絶大な効果を生み出すのですね(しかし、基本的にあの奏法はくどいので好きになれません)。

次に、中間部からクライマックスに向かう転換点(Piu mossoからPrestoに変わる地点)のテンポ、表情の明らかな差別化です。あの部分は誰が弾いても表情はある程度変わるものですが、キーシンはあきらかに、露骨に変化させているのが印象的。

最後に、クライマックスの急速なアルペジオの部分、2箇所だけ現れる最高音地点のアクセントを打鍵する直前の一瞬の「ため」です。あの一瞬の間が、音楽をとても引き締めているように思います。

他にも書きたいことはたくさんあるのですが、くどくなるのでこれくらいで。
絶対的に自信をもってオススメできる演奏です。「なんでもいいからメフィスト・ワルツ1番が聴いてみたい」という方にまず推薦したい演奏です。録音状態も良好です。



○シプリアン・カツァリス(録音:1980年)
リストだろうがショパンだろうが、カツァリスの手にかかれば全てカツァリス流。メフィスト・ワルツ第1番も当然のようにカツァリスによって見事に料理されています。

難曲として知られるメフィスト・ワルツ1番ですが、簡単すぎてヒマだからいろんなことやっちゃえ、みたいな雰囲気すら感じさせる奇跡の演奏です。
突然テンポを上げるなど、テンポを自由にいじるのは朝飯前、奇を衒ったかのような奇妙なクレションド・ディクレシェンドをつけてみたり、低音を1オクターブ下げたかと思えば逆に高音を1オクターブ上げてみたり、最終的に終始のイ音に勝手に和音をつけて見事ハードランディングに成功してみたりするなど、やりたい放題とまではいいませんが、いろんなことをやっていらっしゃいます。
もしかしたら、そういう版があるのかもしれませんが、おそらくカツァリス版(笑)だと思います。全く飽きることがないですね。

また、この演奏の特徴として、難しいと思われるパッセージに差し掛かると俄然テンポが上がります。特に驚異的なのが、後半でPrestoになる部分の、激しい跳躍の箇所(staccatissimoの指示があるところ)です。カツァリスは跳躍の名人としても有名ではありますが、それでも人間業とは思えない超高速でぶっ飛ばしていきます。しかも一音一音がクリアでしっかり打鍵されている…。演奏している様子が見てみたいもんです。

少し面白かったのが前半のグリッサンドのところ。カツァリスの爪が鍵盤をひっかく音がはっきりと聞こえます(笑)

とにかくスゴイとしか言いようのない演奏です。一度ご賞味あれ。


○ヴラディーミル・アシュケナージ(録音:1970年)
これまた名演奏。33歳という若かりし日のアシュケナージの珍しいリストの録音です。アシュケナージはリストがあまり好きではないらしく、レコード会社の圧力に負けて渋々録音したとかなんとかいう話を聞いたことがあるのですが、そんないきさつを微塵も感じさせない恐るべき完成度を誇る名演です。

やはり、アプローチが非常に真摯で丁寧です。常に一定のテンポを保ち、激情しすぎない紳士的な演奏と言えるでしょう。といっても、他のピアニストの演奏よりも激しいバズーカ的低音が炸裂していたり、アシュケナージの究極の魅力であるガラス細工のような美しい弱音がちりばめられてもおり、聴き手を飽きさせない魅力溢れる演奏といえると思います。

トリル系を少し弾きにくそうにしていたのが印象的。特にコーダ直前の静寂の部分のトリルが、なんだか曖昧でよく分からない演奏になっていました。少し残念でした。あの部分こそアシュケナージの独壇場なのに…


○ケマル・ゲキチ(録音:1989年)
リストが現代に生きていたらこんな風に演奏したんじゃないかなあと思わせる、ヴィルトゥオーゾ的でドラマティックな雰囲気がとても押し出された演奏です。(←よく伝記などで挿入されている、リストのリサイタル上での派手なパフォーマンスを描いた戯画からの勝手な想像です。)

最後のオクターブが悪魔的な迫力があって非常によかったです。また、急速なアルペジオの部分など、いかにもすごうに感じさせる演奏で、これこそパフォーマーだなあという印象を受ける演奏でした。

幾分音が硬めなので、聴いていて少し疲れる面が否めません。


○及川浩治(録音:2001年)
アルバム名に「激情のリスト」と銘打っているだけあって、確かに激情はものすごい。フォルティッシモのほとばしるような情熱は他のピアニストとは一線を画しているように思います。ペダルを踏みかえる音がはっきりと聞こえたりするのも、及川浩治の激しい感情がダイレクトに伝わるようであり、面白いです。

ただし、あまりにもペダルを多用しすぎている。スタッカートで歯切れよく演奏してほしい箇所でもペダルが途切れず、音楽が流れてしまっています。及川の解釈なのだろうとは思いますが、個人的には好きになれません。
また、意外にも細かなパッセージなどでモタついている箇所もあったりして、ストレスを感じさせる場面がなきにしもあらずです。

しかし、木を見て森を見ずとは私のためにあるような言葉です。全体的にはまさに「情熱的」という言葉がピッタリの準名演です。ハマる人にはハマると思うので、是非一度聴いてみてください。


○フィリップ・ビアンコニ(録音:1998年)
フランスのピアニスト、フィリップ・ビアンコニのライブ演奏の感想ですが、 見事なほどまとまりのある演奏です。感情の起伏は演奏を聴く限りではあまり大きくなく、フランスのエスプリを感じさせる、知的でクールな印象を受けます。

…と簡単に書いてはいますが、この曲をクールに演奏するなんて超絶技巧の持ち主でないと100%無理なわけであって、このピアニストの奥深さが垣間見られる演奏でもあると思います。





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