組曲「展覧会の絵」 (ピアノ原典版)  

【演奏者】【録音年代】レーベル
スヴャトスラフ・リヒテル1958年フィリップス
ウラディーミル・フェルツマン2002年camerata
イェフィム・ブロンフマン1990年ソニークラシカル
スヴャトスラフ・リヒテル1956年メロディア
エフゲニー・キーシン2001年RCA
ヴラディーミル・アシュケナージ1982年ロンドン
ヴラディーミル・ホロヴィッツ1951年RCA
ヴラディーミル・ホロヴィッツ1947年RCA
アルフレッド・ブレンデル1985年フィリップス
上原彩子 2005年EMI
園田高弘1973年DENON





 [個人的ベストCD]

 わしがリヒテルじゃ  ○スヴャトスラフ・リヒテル(録音:1958年2月25日)

 「展覧会の絵」のありとあらゆる演奏を聴いたわけではありませんが、それでもこの演奏の上をいくものはなかなか ないだろうと感じずにはいられない究極の一枚。1958年にブルガリアの首都ソフィアで行われたライブの録音ですが、 とてつもない迫力の演奏です。ミスタッチの多さと観客の咳の多さが欠点ではありますが、その欠点を補って余りありまくる 見事な演奏を聴かせてくれます。

 特に、キエフの大門のクライマックス(下降スケール以降)は、筆舌には尽くしがたい、鬼気迫る爆演。「スケールが大きい」 などといった甘ったるい表現では足りない、巨人のように豪快な演奏です。どれだけフォルティッシモで鍵盤を叩きつけようとも 、和音がまったく割れずにまとまっているところがすごい。初めて聴いた時は、あまりに衝撃的すぎて思考回路が停止してしまいました…。

 あのような演奏を生で聴けた聴衆が羨ましい…。私がもしこの演奏を実際に聴いていたとしたら、発狂していたでしょうが。 事実、組曲の前半では咳ばかりして集中力のなかった観客も、このキエフの大門のクライマックスにさしかかると 全く咳をしなくなっています(笑)。おそらくリヒテルのすさまじい迫力に飲まれてしまったのでしょう。

 とにかく素晴らしいアルバムではありますが、プロムナードが、いくらなんでも速く弾きすぎじゃない?と言いたくなるような 超早弾きで、少々残念な箇所です。ぶっきらぼうな印象を受けました。

 といっても絶賛すべきアルバムであることには 変わりはなく、展覧会の絵のほかにもシューベルトやリストの曲も収められているので、一枚持っておいて全く損はない CDだと思います(値段も安く、2003年12月に出た版だと1200円で買える)。




 ウラディーミル・フェルツマン  ○ウラディーミル・フェルツマン(録音:2002年5月27日)

 訴えかけてくるものの大きい、心を打つ演奏です。
 若干の荒さは目立つものの、抑揚が大きく、この組曲の最大の魅力である「重厚さ」が如実に表現されている名演だと思います。

 第1、第5プロムナードにおける、あらゆるものを蹴散らかして突き進むようなパワフルな演奏が素晴らしいです。パワフルで、しかもリヒテル並みの早弾きで、言わば「パワー・メタル」といった雰囲気ですね(笑)
 また、私がこの組曲で最も重視してしまう「キエフの大門」は、久々に鳥肌の立つ演奏を聴くことができました。下降スケールはスピードに変化を持たせ、その後の和音群は微妙にテンポに揺れをつけていながら、それがキーシンのようにくどくなくて耳に心地よく響いてくる。和音を意図的にアルペジオ気味に弾いているところもあり、かなり独特の弾きっぷりとなっていますが、それら全てが演奏にマッチしています。

 一方、「ひなどりの踊り」や「カタコンブ」などでトリルやトレモロを弾きにくそうにしていたり、全体的に癖のある演奏なので、万人向けの演奏とは言いがたいですが、ハマる人にはハマる、魅力的な演奏だと思います。



 [他のCD]

○イェフィム・ブロンフマン(録音:1990年)

丁寧でありながら圧倒的な迫力も併せ持つ名演奏。 後半(特に第5プロムナード以降)がとてもオススメです。

第5プロムナードのスケール感がとてもいい。
「リモージュの市場」の演奏は、今まで聴いたことのある演奏の中で一番好きになりました。クリアで細やかなスタッカートが素晴らしすぎる。
また、「キエフの大門」は個人的に、リヒテルのソフィア・ライブに次ぐ名演だと思います。下降スケール以降のクライマックスの圧倒的迫力にぐいぐいと引き込まれます。テンポに揺れをつけたりせず、淡々と豪快に弾くことがこの部分を最高に感動的にすると私は思っているので、ブロンフマンの演奏は私のツボにハマりましたね。最後のEsのトレモロを、ピアノ線がブチ切れるんじゃないかと思ってしまうほどの轟音で弾いていたのもとても魅力的でした。

組曲前半は少々面白みに欠けるというか、非常に丁寧な演奏です。全体的に淡々としています。ただ、強弱のメリハリがありすぎるほどあって、丁寧な曲作りに感銘を受けました。「こびと」の19小節目から28小節目までの部分、1回目と2回目の強弱の差は聴き所の一つと言えるでしょう。

総じて素晴らしいアルバムだと思います。ストラヴィンスキーの『ペトルーシュカからの3楽章』と、チャイコフスキーの『ドゥムカ』も併せて収録されていますので、けっこうお買い得なアルバムです。


○スヴャトスラフ・リヒテル(録音:1956年)
こちらはリヒテルのスタジオ録音。観客の咳もなければミスタッチもなく、フォルティッシモの箇所で少々現れるノイズさえ 我慢すれば、とても満足度の高いアルバムでしょう。
しかし、ソフィア・ライブほどの圧倒的な迫力には欠ける。特に、バーバヤーガからキエフの大門にかけては、ライブの時とは 別人のように落ち着いた演奏です(といってもあくまで「ソフィア・ライブと比べて」である。一般的に考えれば十分な迫力だと 思う。…結局、ソフィアライブがすごすぎるだけなのである)。


○エフゲニー・キーシン(録音:2001年)
重低音に迫力があって、非常に堂々とした印象を受ける演奏。音質がとてもよく、オススメできる一枚。
なかでも、『古城』における神秘的な響きが抜群。また、『ブイドロ』もとてもいい。遅めのテンポでたっぷりと歌っているのですが、微妙なテンポの揺れが、牛車を重そうに引いていく人々を見事に表しているように感じられます。
そして、特に感銘を受けたのが『バーバヤーガの小屋』の中間部の不気味さ。右手のトレモロの静寂に近いピアニッシモだけでも 十分に気味が悪いのですが、左手の表現が異様におどろおどろしい。


○ウラディーミル・アシュケナージ(録音:1982年)

冒頭のプロムナードのラスト2小節の低音強調はびっくりします。
聴き所はブイドロ直後のニ短調のプロムナード。アシュケナージらしい、美しい弱音の極致です。この40秒足らずの 演奏を聴くためだけに買っても損はない、といったら言い過ぎでしょうか…。しかし、それぐらい言いたくなるほどの美しさなのです。
また、バーバヤーガからキエフの大門にかけて、時おりバズーカ砲をぶっ放したかのようなトンデモない低音が炸裂する箇所がありますが、これもけっこう聴き所。『ひなどりの踊り』の可愛らしい演奏はアシュケナージならでは、という感じ。

アシュケナージの一般的なイメージとは少し異なった、わりと過激な演奏だと思います。かなりオススメです。


○ウラディーミル・ホロヴィッツ(録音:1951年)

カーネギーホールにおけるライブの録音で、ホロヴィッツ自身による編曲版です。いろんなところに音を付け足したりしています。 個人的には、キエフの大門のクライマックスの大幅な改変・演出は好きになれません。あそこの部分は原典版のシンプルさが 異様なほどの感動を呼び起こすのだと思ってますから。
しかし、この編曲のいいところもかなりあります。冒頭のプロムナードで左手を1オクターブ下げているのはけっこう効果的だし、 ブイドロの中間部を終えたところからの右手のオクターブに和音の他の構成音を付け足しているのは、ドラマ性が増していて 良いと思いました。また、ひなどりの踊りで右手を1オクターブ上げていた箇所なんかはとても可愛らしくて心憎い演出でしたね。
演奏面で驚かされたのは、ブイドロの中間部の直後からの冒頭の再現部。左手の演奏がとんでもないことになっている。 どうやったらこんな迫力を出すことが出来るのかと疑問に思わずにはいられませんでした。


○ウラディーミル・ホロヴィッツ(録音:1947年)
上と同じくホロヴィッツ編曲版『展覧会の絵』の、こちらはスタジオ録音ヴァージョンですが、1951年のライブ録音に比べて録音状態が悪いです。わりとノイズが目立っています。また、スタジオ録音だけあってカーネギーホールのライブ録音に比べてミスタッチが少ないものの、ライブ録音時のような燃え上がるような迫力には若干欠けます。
しかし、逆に言えばライブ時にくらべてどっしりと落ち着いた演奏になっており(それでも他のピアニストの演奏に比べればかなり過激)、第1プロムナードなどは特に、立ちはだかる巨人のように大きく堂々とした威厳を感じさせる名演です。ブィドロはライブ時よりも余計に分厚く轟音になっていて圧倒されます。


○アルフレッド・ブレンデル(録音:1985年)
まさにブレンデルらしい、格調高い演奏。非常に細やかで繊細な「展覧会の絵」を聴くことができます。第2プロムナードやキエフの大門などの和音の美しさには惚れ惚れとします。
ビドロの中間部は、まるで牛車が遠くから近づいてくるかのような、空間を感じさせる名演です。また、キエフの大門で、2回目のコラールが終わった後に現れる、鐘の音を模したようなフレーズ以降のクレシェンドのかけ方には感銘を受けました。他のピアニストの演奏では聴いたことのない解釈で、一聴の価値があります。

全体的に低音を抑え目に演奏しているので、この曲の一つの魅力である重量感は期待できませんが、他のピアニストの演奏ではあまり感じられない、『展覧会の絵』の「繊細さ」を聴くことができる、貴重な一枚だと思います。


○上原彩子(録音:2005年)

全体的にゆったりとしたテンポをとって、じっくりと歌い上げています。

「こびと」の第1小節目の絶妙なクレシェンドや、「チュイルリーの庭」におけるスタッカートの美しさなど、細やかな表現が魅力な演奏だと思います。「カタコンブ」はフェルマータを長めにとっていて、この間に何やら思いを馳せろとでも言わんばかりの哲学的な演奏です。これは面白かったです。

また、時折、他のピアニストの演奏では聴くことのできない一瞬の「間」を設ける箇所があり、これにはハッとさせられます。いろいろなところで細やかな配慮がなされている名演だと思います。


○園田高弘(録音:1973年)

2004年10月に惜しくも亡くなった日本を代表するピアニスト、園田高弘の最も脂ののっていたと思われる時期の演奏。

低音のふくよかな音色が魅力的な演奏ですが、いかんせん高音のキンキンとした硬質な音色が気になります。フォルティッシモで高音が登場すると、思わず耳を塞ぎたくなりさえします。

所々で1オクターブ上げてみたり(下げてみたり)、8分音符のところを3連符にしてみたりと、少し変わった演奏となっていて、そこが面白いです。特に、「キエフの大門」の低音1オクターブ下げは感動しました。あれはいいですね。
ただ、最後の終始の音をフェルマータせずにすぐに終わってしまうのはなぜなんだろう。個人的にはあそこはできる限り伸ばして、余韻を楽しみたいところなんだが…


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