植田正治写真美術館 (うえだしょうじしゃしんびじゅつかん)



 大山(だいせん)というのは不思議な山で、見る角度によって全く異なる山容を見せており、西や北西から見るとまるでスカートを優雅に広げた様な山裾を持つ秀麗な姿を見せますが、南から見ると爆裂火口の傷跡を生々しく晒す荒々しい怪異な表情を見せています。伯耆富士と呼ばれているのも米子や安来等の人の多い市街地が北西側にあるからで、反対側の住人はとてもそうとは思えないでしょう。まあそちら方面は延々と山が続くだけですが。
 その大山が富士山そっくりに見える西側の麓に、巨大なコンクリート打ちっぱなしの建造物が畑のド真ん中に建てられています。一見すると何の施設かわかりませんが、これは近所の境港出身の写真家植田正治の作品を公開している美術館で、バブル崩壊後の1995年(平成7年)に開館しています。

 

 正式名称は「伯耆町立写真美術館」となっていますが、一般には植田正治写真美術館で充分通用します。植田正治は1913年(大正2年)に生まれており、地元米子で写真館の仕事を続けながら実験的な作品を発表し、フランス芸術文化勲章も受章するなど国際的にも活躍した写真家でした。この美術館が開館した際も存命で、2000年(平成12年)に逝去しています。
 建物の設計を担当したのは同じ山陰出身の高松伸。やはりアバンギャルドな作風で知られる建築家ですから既存の概念を打破するそのスタンスに呼応するものがあったのでしょうか、ここでも大胆な発想に基づいてユニークな設計を見せており、特に二階ロビーの東側には池を張って大山の姿を映し出す「逆さ大山」を見せています。

 

 この”逆さに映す”という現象が、レンズを通して内部に映像を逆さに投影させるカメラの構造をそのまま現わしており、両サイドを壁でトリミングしたこの逆さ大山の光景は、さながら建物自体が巨大なカメラといった趣向なのでしょう。同様のシステムが映像展示室にあり、暗室となっている展示室の大山側の壁上部に口径600oの世界最大級のカメラレンズを嵌め込み、反対側の壁全体に逆さ大山の姿を映し出す展示が行われています。これは展示室自体がカメラの内部構造と同じとなっており、その内部に人間が入ってみるというユニークな展示方法。天気が悪い時は何も映りませんけれどね。

 

 植田正治の作風は、砂丘の上に様々な扮装をした人物やオブジェを並べて、非日常的な場面を造り込んで撮る手法で知られており、その演劇的なスタイルから「植田調」とも呼ばれています。特に代表作として四人の少女が様々なポースで並ぶ「少女四態」が挙げられ、美術館の外観もその少女四人が並ぶ姿をモチーフとしているようです。当時はシュールレアリズムな芸術運動や不条理文学・演劇などが流行していた時代ですし、安部公房の「砂の女」やそれを映画化した勅使河原宏監督の作品、さらにはカミュの「ペスト」にポール・ボウルズの「シェルタリング・スカイ」等、不条理と砂丘はどうも繋がり易いようで、そういった一連の作品がインスパイアされたのかも知れませんね。ピンクフロイドの「炎」の裏ジャケにも砂丘でルネ・マグリット的なシュールな写真もありますが、あれなど植田正治の影響ではないですかね?ヒプノシスが手掛けたものですけれど、似ています。

 



 「伯耆町立写真美術館」
  〒689-4107 鳥取県西伯郡伯耆町須村353-3
  電話番号 0859-39-8000
  開館時間 AM9:00〜PM5:00
  休館日 火曜日 12月1日〜2月末