東福寺本坊 (とうふくじほんぼう) 名勝



 京の三大紅葉スポットと呼ばれるほどに、11月下旬ともなれば平日でもとんでもない数の観光客で芋洗い状態となる東福寺。特に開山堂へ向かう通天橋がシャレにならないほどの大混雑で、このまま橋が崩落して谷底へ転落するのではないか?ここは三途の川か?と恐怖感さえ想起させる程の凄い人出です。
 まあその紅葉時以外は拝観客も控え目で静かなもので、京都の数ある寺院の中でも屈指の広大な敷地に、巨大建築の伽藍が整然と並ぶ姿は特筆ものであり、建築・庭園・絵画・書・彫刻など名品・優品を多数保有する文化財の宝庫でもあったりします。是非紅葉時以外に参拝することを強く推奨。
 その庭園部門を代表するのが、通天橋のすぐ東側にある本坊。この本坊の方丈に昭和期を代表する作庭家の重森三玲作による作品が残されています。

 

 京都市内のたいていの寺院がそうであるように、この東福寺も火災により諸堂を焼失しており、今に残る方丈も1890年(明治23年)に再建された伝統工法による木造の近代建築です。その復元された方丈の周囲東西南北に新たに庭園を造ることになり、1939年(昭和14年)に当時はまだ庭園研究家だった重森三玲に設計を依頼して作庭されたもので、三玲の実質的なデビュー作でもある作品です。
 いくら研究家といってもそんなド素人みたいな人物に依頼するのも破天荒な話ですが、この1939年は三玲が全国243箇所の庭園を自費で実測調査して編纂した「日本庭園史図鑑」(全26巻)を完結させた年であり、その調査で東福寺を訪れた際に当時の執事長だった爾以三(そのいさん)禅師と交流を結んだことが縁となったようで、三玲を信頼して自由に造らせたようです。
 完成したそれぞれの庭園はどれも独創的であり他に類を見ないものばかりで、昭和期に作庭された枯山水の庭園として頂点をいくものであり、三玲自身の代表作ともなっています。処女作が最高傑作という稀有な例で、国の名勝にも指定されています。

 

 方丈の正面にあたる南庭は東西に細長く長方形の区割りで、ここに三玲は西側には苔むした築山を盛り、東側には巨石による雄大な石組を見せています。この築山には5つの頂があり、これは臨済宗の京都五山を表すもので、ちなみに東福寺は五山四位。石組のほうは東西に4つ並べて組まれており、それぞれ方丈・蓬莱・瀛州(えいしゅう)・壷梁(こりょう)と古代中国の神仙伝説に登場する島を表しています。当然周囲の白砂は大海を表現しており、この五山と四島を合わせて須弥山の九山八海を表した庭ということになります。ここまではまあ類型的な内容なのですが、この庭園を特異なものにしているのがその石の置き方。6mもの巨石を存在感たっぷりに舞台中央に横たわせ、その周囲に今度は直角に巨石をぶっ差して林立させた奇異な眺め。その石も浸蝕の進んだ奇怪なものが使われており、まるでマックス・エルンストのシュールレアリズムの絵画を見るよう。
 元々はカンディンスキーやクレーのようなモダニズムの画家だった三玲なので、ここでも庭を造るというよりは巨大カンバスの上に、自由自在に絵や彫刻を創作したと言えます。

 

 

 西庭は南西隅に五山の築山があり、北西隅には白砂にサツキの刈込を市松状に配した平面的な庭に変わります。南庭は3mを超す大土塀が延ばされ、さらに塀越しに巨大仏堂の法堂が見られることから、強い風景に負けないように対抗して巨石を置いた立体的な庭が造られましたが、こちらは塀が低くなりさらに塀越しに広がる通天橋の楓も借景とするせいか穏やかなものとなり、南庭のモノトーンの世界とは異なる春秋の色彩感覚が美しい眺めの庭となります。
 サツキの刈込の下には井の字に切り石を並べており、「井田の庭」と呼ばれています。

 

 この北西隅の「井田の庭」に続いて北庭は市松模様の敷石が苔に置かれたものになり、さらに平面性が強調された庭に変わります。西庭との関連性が強い意匠ですが、こちらは市松が凸状の刈込でなく凹状の敷石となるのでより絵画的な趣向が強くなり、やはり20世紀初頭のモダニズム運動の画家たちの作品を彷彿させ、さらには江戸期の琳派の作品や桂離宮松琴亭に歌舞伎の衣装のモチーフでもあるわけで、伝統を咀嚼して西洋的手法を融合させた三玲独特の鋭い感性が最も強く出ている作品です。
 その市松模様も東へ進むに従って段々と崩れてぼかされており、このあたりも水墨画や琳派のたらし込みで見られる東洋絵画独特の滲みを使った技法が影響されています。西洋的な対称を嫌って非対称にする東洋的な感覚もあるのでしょう。
 この敷石は勅使門を再利用したもので、古材の再利用もこの庭園におけるポイントの一つ。

 

 東庭は白砂に円筒形の高さの異なる石を北斗七星の形に置いたもので、ここでも石に東司(トイレ)の古材を転用。星座をモチーフとする庭は他に例がなく、ここでは白砂は海ではなく空又は雲を表しており、奥の生垣は天の川を表しています。
 方丈の周囲を天・海・地の3つの領域で表現しており、さらに神仙四島(方丈・蓬莱・瀛州・壷梁)と五山に東北西のそれぞれ庭を加えて計8つの意匠を持つことから、「八相の庭」と命名されています。この庭園の完成により一躍作庭家として高い評価を得ましたが、直後に第二次世界大戦に突入した為に仕事は全く無く、獅子奮迅と精力的な仕事を遂行していくのは戦後の1950年代になってから。でもこの東福寺本坊を超える作品は一つも誕生しませんでした。

 



 「東福寺本坊」
   〒605-0981 京都府京都市東山区本町15-778
   電話番号 075-561-0087
   拝観時間 4月〜10月末 AM9:00〜PM4:00
         11月〜12月初旬 AM8:30〜PM4:00
         12月初旬〜3月末 AM9:00〜PM3:30
   年中無休