旧東松家住宅 (きゅうとうまつけじゅうたく) 重要文化財



 犬山市郊外にある野外博物館明治村は文字通り”村”として村長が存在し、一丁目から五丁目までが各ブロック毎に整然と区割りされ、各庁目間をレトロな路面電車やSLにボンネットバスが運行する、ノスタルジックな街並みが再現された近代建築専門のテーマパークです。
 各丁目はそれぞれタイプの異なる街並みが広がりますが、特に正門近くの二丁目は商業建築が軒を並べて立ち並ぶ商店街が再現されており、実際に商売が行われている店舗もあります。その街並みで一番目を引くのが三階建ての町家で、それも洋風建築が大半の村内でも異色の和風建築物。

 

 町家建築で三階建てが登場するのは明治期になってからのことで、江戸期には身分制度上禁止されていましたし、また大正中期以降昭和期にかけて再び制限されていたことから、この木造三階建ての住宅建築というのは50年程度の間にしか建造されなかったものです。そのとても稀有な物件は旧東松家住宅で、元は名古屋市内中村区舟入町にあった油問屋。戦後の区画整理事業により明治村に寄贈され、1965年(昭和四十年)のオープン時に合わせて移築されています。国重要文化財指定。

 

 この東松家は江戸期に創業した油問屋ですが、文明開化により石油・電燈が流通して行燈用の油の需要が減った為に、明治期の中程で家業を銀行業へと変換しています。明治村内へ移築された建物はその当時のもので、1901年(明治三十四年)に完成していますが増改築を繰り返しており、既存の平屋建ての町家を1895年(明治二十八年)に後方へ曳家を行い、二階の前半分部を増築しさらに遅れて三階部が乗っかった状態が今に見る姿です。
 外観は屋根が切妻造りの桟瓦葺で、大きさは桁行が7.8mに奥行が15.0mあり、建築面積は172.3u。銀行業という堅めの商売からか正面のマスクは重厚な黒漆喰の塗屋造りで、まるで土蔵のような外観です。屋根は正面からは入母屋風にも見え、壁面をフラットに直立する姿は、町家というよりは小規模なビルのようです。

 

 

 平屋の町家を後方に曳家して前方に三階建てを増改築していますから平面では細長い形状となり、いわゆる鰻の寝床状態。正面左手の大戸口を潜ると通り土間がそのまま最奥の台所まで一直線に走ります。ここでは油問屋の状態で復元されているので、「ミセ」には油桶が並んでいます。上が三階建てなので天井は異常に低く、二間ある部屋は奥が一段高くなっています。奥が番頭で手前が手代が座していたのでしょうね。窓枠でガラス窓が嵌められているのは洋風建築の影響。

 

 

 この住宅建築で一番の見所は通り土間の吹き抜け部。「ミセ」の奥は「トオリニワ」となり、屋根裏まで高く吹き抜けた状態で、高い位置に採光用の窓を段違いに傾斜させて開けられています。これが土間内に満遍なく光が降り注ぎ、白漆喰の壁ととチャコールグレーの構造体とのコントラストを美しく際立たせています。二階部廊下の斜めに張り出した構成も、キュビズム的でとてもユニーク。

  

 

 この住宅は表通り側は実用的で装飾性のない簡素な造りですが、奥に行けば行く程趣向を凝らした装飾性の強い空間と変わる傾向があり、一階でも「ミセ」はとても質素な意匠ですが奥の八畳間は皮付き丸太が嵌った床柱のある座敷になっています。隣の仏間との欄間にも凝った細工の透かし彫りが。

 

 二階も手前の三部屋は女中部屋で質素な部屋ですが、その奥には茶室や数寄屋造りの座敷が並びます。凄い階級差ですね。襖の引手には鳥や櫂の紋様が象られ、下地窓は半月型に透かしており、茶室を舟と見なしたモチーフらしいようで、遊び心溢れる意匠が展開します。なんでも当主が茶道を嗜んでいたそうで、この二階部で茶会も催されていたとか。

 

  

 とういうことから廊下は茶室の露地となるようで、吹き抜け部の斜めに張り出した箇所はここの部分。腰上は明障子が一面に張られ、腰下は無双窓で格子が整然と並んで吹き抜け部の採光用の窓の光を程良く逓減させています。無双なのでスライドさせると一面腰板となって変化がありますね。床面は漆が入念に磨きこまれており、格子の影を鏡面のように浮き立たせています。

  

 この住宅の特徴の一つに平面だけではなく立面の構成が複雑なことで、単純な三階建てにはなっておらず、特に三階部が階段状になっています。増改築の影響なのでしょうね。一番表通り側はやはり簡素な床の間付きの十畳間ですが、隣の四畳との欄間には梅花の紋様による透かしが入ります。

 

 ここから階段を四段上がると隣の八畳間。この座敷は奥が「トオリニワ」側へ抜けていて、竹の手摺も付いて下の土間が覗けます。聚楽塗の壁に杉を用いた柱や指物で、床柱は赤松の皮付き丸太に床框は檜が使われた、数寄屋風に崩した書院造の座敷。奥の六畳間とに壁面に下地窓が開いています。

 

 

 さらに階段を四段上がると最奥の六畳間。ここは茶室として使われたようで、奥の押入れを開けると水屋があります。二階の茶室がフォーマルの、この三階のがプライベートな茶室だったのでしょう。杉戸絵や下地窓風の欄間など凝った意匠が見られますが、特に丸窓や雪見障子窓が開けられていることから眺望も楽しんでいたのでしょうね。外観の厳めしさや一階の「ミセ」の素っ気無さからは想像できない、とても趣味性の強い数寄屋風の町家建築です。

  

 



 「博物館明治村」
  〒484-0000 愛知県犬山市字内山1番地
  電話番号 0568-67-0314
  開館時間 3月〜7月・9月〜10月 AM9:30〜PM5:00
         8月 AM10:00〜PM5:00
         11月 AM9:30〜PM4:00
         12月〜2月 AM10:00〜PM4:00
  休館日 7月26日〜8月30日の毎週火曜日
       12月〜2月の毎週月曜日
       12月31日