淡翁荘 (たんおうそう)



 うどんの国讃岐でも指折りの老舗醤油メーカーである鎌田醤油の本社には、その敷地内に何の因果か不思議なアート施設が二つばかりあり、火・木・土と変則日程でオープンして醤油とはあまり関係の無さそうなオーディエンスを迎え入れています。
 戦前に建てられた町家造りの旧店舗をリノベーションし、日本美術史のパロディ空間として再利用した「讃岐醤油画資料館」もかなりユニークなギャラリーですが、その隣のやはり戦前に建てらてた洋館を使った「四谷シモン人形館 淡翁荘」はさらにその上を行く特異な空間で、国内ではおそらく唯一無二。

 

 この洋館は鎌田醤油の経営者で政治家でもあった鎌田勝太郎の居宅として1936年(昭和11年)に建てられたもので、名前の由来は勝太郎の号(淡翁)から。隣の旧店舗と続きで和館と一緒に邸宅として使われていたようですが、現在は洋館だけ独立して残されています。戦前の富豪は和館と洋館を併設して構えるのが多かったようで、ここでもそのパターンを踏襲していますが、内部は一階が一室を除いて全て和室となり、意匠も整った格式の高さを見せており、生活空間としてではなく接客空間としてこの洋館を造ったようです。

 

 つまり非日常的な場として最初からこの建物が出来たので、この空間に非現実的なオブジェが置かれても違和感が無いだろうということか、館内のあちこちに計22体の四谷シモン作の球形関節人形が置かれてオーディエンスを迎えてくれます。2004年(平成16年)7月6日に開館されています。
 人形作家として高名な四谷シモンの比較的近年の作品が設置されており、以前の美少年・美少女の作品よりも自分自身をモデルにした初老の男性の作品が多く見られ、特に若い頃は美貌の女形としてアングラ演劇で話題となり、今では髭面に眼鏡をかけた彫りの深い顔立ちは、アルブレヒト・デューラーの自画像を思わせるもので、人形愛=自己愛というコンセプトが垣間見えるようです。
 もちろん四谷シモンの性的嗜好である美少年の作品も数点置かれています。

  

 特に二階は洋室が並ぶので、シャンデリアやマントルピースが据え付けられたゴージャスな空間に置かれた人形達は、部屋全体に異様な気配を濃密とさせています。
 この洋館に置かれることになったきっかけは、2001年から2003年にかけて愛媛県の伊予三島の廃病院を使って病院ギャラリーと銘打って個展が開かれており、そこで展示された作品の収容施設としてこの建物が使われることになったとかで、他にも芦屋の実業家が所有していた作品や新作も加えられて今の構成となった模様。でも最初からその場所に居るかのような不思議な存在感があります。

 

 設置場所にも工夫があるようで、蔵の中だとか、元トイレだとか、戸棚を開くと中で寝ていたりとか、まるでオリエンテーリングか宝探し気分で、館内を探検して巡ります。

  

 

 館内の数ある作品の中でも最も印象的な作品は、階段踊り場の上にある「天使-澁澤龍彦に捧ぐ」。敬愛し交流のあった作家澁澤龍彦をモチーフとした作品で、天上界の住人のようだった生前の姿を昇華させた美しいオマージュです。

  



 「四谷シモン人形館 淡翁荘」
   〒762-0044 香川県坂出市本町1-6-35
   電話番号 0877-46-0001(鎌田醤油本社)
   開館時間 火・木・土 AM10:00〜PM4:00