谷口房蔵別邸 (たにぐちふさぞうべってい) 大阪府指定文化財



 関西国際空港への連絡橋の根元にあるのが泉佐野市で、橋を渡らずに和歌山方面へ向かうと最初に訪れる町が泉南郡の田尻町。阪南地域の静かな海沿いの田舎町で、南海本線の「吉見ノ里」と言うちっぽけな駅が住宅街の中にポツンとあり、駅周辺には玉葱畑が広がるとても長閑な田園風景が残る場所です。
 駅前からあまりやる気の感じられない閑散とした商店街を抜けて海方面へ向かい、突きあたりの孝子越街道(浜街道)を右折してしばらく行くと、行く手の右手に築地塀で囲まれた洋館や蔵が御目見えします。周囲の鄙びた住宅地からあまりにも浮きまくった御屋敷なのですが、これは当地出身の戦前の実業家だった谷口房蔵氏の別邸だった建物で、今は田尻町が取得してカフェや貸施設として運営中。

 

 その昔は泉州地域と言えばなんといっても紡績業で栄えた土地で、ユニチカや東洋紡もここが発祥地。この田尻町にも戦前には吉見紡績という紡績工場があり、その工場に隣接して経営者だった谷口房蔵氏が別邸を構えていたというわけです。当主は東洋紡の前身となる大阪合同紡績を設立し、豊田式織機の初代社長も務めた戦前の繊維業界の中心的な存在で、綿業王とも呼ばれていた人物。大阪住吉に本邸があり、熱海や有馬温泉にも別邸を持つ大富豪ですから、この田尻の別邸は保養向けと言うよりは工場視察や接客用として機能させていたようですね。
 この屋敷が構えられたのは1922年(大正11年)のことで、約千坪の敷地に洋館と和館と茶室、それに3つの土蔵が建ち並んでおり、海沿いの町らしく松の木が多い芝地の庭園が広がります。何れの建物も以前は国の登録有形文化財でしたが、現在は大阪府指定有形文化財。
 その豪邸群のメインとなるのは薬医門の奥に見える洋館で、煉瓦造二階建ての壁面にクリーム色の磁器タイルを貼った明るいトーンの外観を持つ建物。庭園の芝生に生えるその色合いはとても柔らかく、当地の温暖な気候にほどよくマッチ。屋根の形状が複雑で、切妻・寄棟を巧みに組み合わせて見る位置によって大きく変化させています。その屋根にポッコリと浮き出た牛の目窓は、ドイツ風アールヌーヴォーのユーゲントシュテイルの特徴で、クリーム色のタイルも同様のもの。大正期にはドイツ風の洋風建築が多く建てられており、当時流行のユーゲントシュテイルの様式が導入されているようで、時代の先端を行く住宅建築ということだったのでしょう。

 

 

 内部は一階に応接室・食堂・書斎が、二階に寝室が並ぶ構成で、玄関ホールに吹き抜けの階段が取り付きます。この階段部にはビルマ産の高級チーク材が使われていて、その階段の親柱にも幾何学模様をあしらったデザインが見られ、また階段部壁面には半円状の小窓(これもユーゲントシュテイル調)も開けられており、階段踊り場や書斎出窓のステンドグラスのデザインも含めて、とても上品でスタイリッシュに装飾された空間が見られます。

  

 

 応接室と食堂はこの建物の中心となる箇所で、壁に西陣織の布を張り、床にはナラ材を寄木に組み、欄間には葡萄をデザインしたステンドグラスが嵌められた、とてもシックで格調の高い空間。間仕切りの戸を開くと広い一室となるので、現在ここではカフェベッラメントとして営業中です。
 庭側にはサンルーム風の細いベランダが取り巻いており、ここでも幾何学模様のステンドグラスがとても印象的です。またここにも窓枠にはチーク材が使われているようで、海に近いことから塩分に強い材質として採用されているようです。

 

 

 二階にも同様の意匠による寝室が並びますが、何故か一室だけ和室があり、皮付丸太や琵琶床もある数寄屋風の造り。和風の接客空間も必要と言うことなのでしょう。隣の和館は生活空間のようですし、この洋館には台所はありませんし。西陣織の布壁と共に和洋折衷の意匠。
 二階は通常時展示会に貸し出されていますが、雛祭りの頃は雛人形の展示に変わります。

 

 照明器具も中々凝った意匠で、特に二階寝室のシャンデリアはとてもシャープで洗練されたモダンなスタイル。その幾何学的な形状は館内のステンドグラスに寄り添った意匠です。

 

 館内でなんといっても一番目を引くのはそのステンドグラスの多さ。和室以外のあらゆる箇所に草花をモチーフとする多種多様のデザインによるものが嵌められており、トイレや風呂場に食器棚までにも。まるでステンドグラスのギャラリーの様相です。

 

 

  

 渡り廊下で繋がるお隣の和館は、屋根が入母屋造りの桟瓦葺で、木造二階建てによる近代和風建築。洋館に比べるとわりと地味に見えますが、屋久杉の一枚板による天井や舟底天井の廊下に格天井の床の間と、高級木材を多く用いて質の高い空間が造り出されています。
 こちらには台所があり、ここでカフェの調理をしています。

 

  

 和館の庭側には茶室もありますが、当主に茶の趣味は無かったようなので、あくまでも接待用ということなのでしょう。「芳庵」と命名された7畳の広間による茶室です。

 



 「田尻歴史館」
   〒598-0092 大阪府泉南郡田尻町大字吉見1101-1
   電話番号 072-465-0045
   開館時間 AM9:00〜PM6:00
   休館日 水曜日 12月28日〜1月4日