田中家住宅 (たなかけじゅうたく) 重要文化財



 通称「ダンプ街道」とも呼ばれる国道122号線、黒煙を吐き唸りを上げてダンプやトラックがカッ飛ぶ、北関東屈指のデンジャラスルートです。特に新荒川大橋を渡って川口市内に入ると、鋳物工場・パチンコ・焼肉屋・オートレース場と、かなりパンチの効いたスパイシーな街並が続き、ダンプ・トラックがそのケバくてどす黒い街中を突っ込んでいくさまは、ヤンキー度濃厚な埼玉の風物詩とも言えるでしょう。実際に交通事故も多発し、社会問題化している地域でもあるようです。そんな香ばしいダンプ街道沿いに、ディズニーシーのアトラクションであるタワー・オブ・テラーを思わせる怪異な風貌の建物が聳えており、隣は焼肉屋で向かいはちゃんぽんチェーンに自動車教習所と、周囲の環境から浮きまくったあまりにもミスマッチな不思議なスポットです。この建物は地元の名士で政治家だった田中徳兵衛氏の住まいだったもので、今は川口市に寄贈されて公開されています。

 

 田中家は代々嫡男が”徳兵衛”を襲名するそうで、この建物を造ったのは四代目の徳兵衛。幕末から味噌の醸造により財を築いた家系で、四代目はその資本力を元手に政界に打って出て貴族院議員を務めた人物でした。この川口の街道沿いにはまず1923年(大正12年)に煉瓦造り三階建ての洋館を建てたのが始まりで、その後1934年(昭和9年)に接客用の和館を増築し、さらに台所棟に文庫蔵と、大きな茶室も備えた庭園を持つ豪邸を構えました。なんといっても最初に建てられたこの洋館がやたらに目を引きますが、本業の味噌醸造業の店舗でもあったので、商店としての看板建築みたいな役割も持たせる為に目立つ外観になったようです。特に屋根や窓枠の装飾に特徴があり、尖塔アーチを圧縮したチューダーアーチ、窓間のスパンドレル飾り、キースートン装飾など、チューダーゴシック様式による重厚な意匠で縁取られています。

 

 

 洋館の内部は各階ごとに全く違った顔を持っており、用途に応じて各々独自の意匠を備えています。一階は店舗と応接室、それに台所棟が続く商売と生活空間の場で、帳場は格子戸に神棚と商家らしい造り。玄関のドアは手動式のシャッター付きで、大正期としては珍しいものだそうです。

 

 帳場の隣は応接室で、天井はチューダーゴシックと日本の格天井がゴッチャになった折衷様式。各部屋の照明の天井飾りは漆喰による凝ったデザインで、重厚で壮麗な趣を醸し出しています。

  

 平面図で見ると真ん中に階段室があり、各階とも十字架状に部屋が並ぶ構成で、階段室を必ず経て部屋通しを行き来します。ということでこの階段室がポイントで、三階分がスコーンと吹き抜けた状態となっており、上から見るとドーナツの中心にスパイラルを施したように見えるのでしょう。

  

 二階は面白いことに和室となり、数寄屋風の書院造の座敷。主人の接客用だったとかで、外観とえらいギャップです。滝野川の古河邸も洋館に和室なので、洋間だけだとチトきついのかもしれません。一方三階は大広間となり、窓が多くて明るい眺望の良い部屋です。この部屋も意匠が凝っており、イオニア式のぺディスタイル付きのオーダーや、上げ下げ式の窓にシャンデリアなど、豪華な装飾が特徴。迎賓用に作られた部屋だそうで、たしかにパーティが似合いそうな部屋ではあります。

 

  

 洋館に接続するように増築された和館は、一部二階建ての屋根が寄棟造りの木造建築で、洋館三階の大広間同様に迎賓用に造られたもの。一階は書院造の座敷が三間ばかり続き、襖を取っ払うと総畳数が37畳の大広間となるのですが、この当時徳兵衛は政界に進出した頃で、このような広い接客空間を必要としていた模様です。迎賓用ということで材料や意匠は色々と吟味された物が使われ、天井は屋久杉、床は欅に床框は黒漆、欄間や書院には精巧な透かし彫りが入った、なかなかグレードの高い空間。庭園の眺めもまた優雅でございます。
 一方二階の客間は陽光差し込む明るい座敷で、床柱に檜の天然絞り丸太を嵌め、床框は赤漆に塗り、戸袋・地袋や襖に瀟洒な絵を入れた数奇屋風の造り。一階のフォーマルな重厚さと趣を異にする、料亭の離れのような雰囲気。庭園を眺めながら一杯やって、昼寝を貪るのにはうってつけの乙なお座敷です。洋館・和館ともに国の重要文化財の指定を受けています。

 

 

 庭園は元からあったものではなく、1973年(昭和48年)に改修工事が行われた際に、味噌醸造蔵の跡地に造営された池泉回遊式のもの。でもまるで最初からあったかのように、しっくりと建物と調和がとれています。

 

 庭園の奥には、庭園と同時に造らせた茶室があります。茶室と言っても切妻の瓦を葺いた屋根の大きな建物で、一見すると信州や飛騨の山国の民家のような佇まい。内部は半分がホール状の椅子席になっているので、社交場として機能していたのかもしれません。大きな待合といったところでしょうか。
 茶室は4畳半と8畳と2つあり、大屋根の下にはキチンと露地も造られてあります。おそらく雨でもお茶会が出来るようにと大屋根を造り、二畳露地の構成にしたのでしょう。茶室自体は本格的な侘びた佇まいのものです。

 

  



 「旧田中家住宅」
   〒332-0006 埼玉県川口市末広1-7-2
   電話番号 048-222-1061
   開館時間 AM9:30〜PM4:30
   休館日 月曜日 国民の祝日と5月4日 12月28日〜1月4日