正法寺 (しょうほうじ) 重要文化財
おけいはんの京阪電車に乗って京都から大阪淀屋橋方面へと進むと、淀駅を過ぎると進行方向に衝立のような巨大な山塊が立ちはだかります。このあたりは淀川に宇治川・木津川が合流する地点で、その広い水辺の畔に聳える砦のようなこの山は男山と呼ばれており、古来から景勝地として知られています。天辺には石清水八幡宮があり、今は2km程南へ移築されていますが松花堂と呼ばれる有名な茶室もかつてはあり、小堀遠州が係わったとされる滝本坊書院も造られ、さらには淀川の対岸の山崎には千利休好みの国宝茶室待庵や島本町の後水尾上皇好みの燈心亭と名席揃いで、茶道関係には所縁の深い土地。京大阪の丁度中間地点で、紅葉の名所でもあり、山々や川がおりなす複雑で変化に富む景観が茶人に愛されたようで、数多くの茶室や数寄屋が産み出されたようです。この男山の南麓に本当にひそっりとした集落があり、さらにその奥まった場所に正法寺という寺院があります。一見するとフツーのよくある地味なお寺に見えますが、実は中々侮りがたい陣容・文化財を誇る場所で、隠れた名刹でもあります。
正法寺は鎌倉期の1191年(建久2年)に開基された天台宗の寺院ですが、室町期に浄土宗に改宗して後奈良天皇の勅願寺となって繁栄した由来を持っており、その後江戸初期に徳川家康の側室となった相応院の実家でもあり、またその息子である義直が初代尾張藩主となったことから尾張徳川家の庇護も受けることにもなりさらに隆盛を極め、今に見る伽藍が整えられていきました。山内は相当に広く、参道から奥に見える裏山も当寺の領域です。その長い参道のドン突きに徳川家の殿様御成用に江戸初期建造の唐門があり、牡丹や唐草の凝った彫刻が見所。国の重要文化財指定。
この唐門を含めて築地塀で伽藍は囲まれており、通常は非公開でここから先はアンタッチャブルなのですが、春秋に数日間ずつ内部公開されており、秘密のサンクチュアリにお邪魔させていただけます。伽藍は本堂を中心に大方丈・小方丈・書院・庫裏・開山堂・鐘楼が複雑な平面で絡みあう広大なもので、いずれも相応院が寄進した江戸初期の建造物群です。その伽藍の中心である本堂は1630年(寛永7年)に建造された大型の仏堂で、大きさは桁行5間奥行7間の外観は屋根が入母屋造りの本瓦葺。国の重要文化財指定。
この本堂の外観における一番の特徴は、軒先に金箔張りの逆輪が嵌められている点。700本の垂木全てに煌びやかな装飾品で彩られており、格式の高さを表しています。全国でもこの本堂のみの意匠とか。その格式の高さは内部空間でより色濃くなり、内陣天井の細かな折上格天井や、柱・梁・組物に施された極彩色の紋様や飛龍が金地に舞う壮麗な空間は、さすが葵の紋所といったところでしょうか。江戸初期の建築物らしい雄大で華麗な仏堂です。
本堂の南東側に連なるのが寛永年間(1624年〜1644年)に建造された大方丈。浄土宗の寺院ですが禅宗寺院に多く見られる方丈形式の建物で、桁行18.7m奥行12.2mに屋根が入母屋造りの銅板葺。内部は2列に3間が並ぶ6間取りに、後室中央を仏間とするパターン通りの構成で、菱狭間の桟唐戸が嵌められた禅宗様式の建物です。国の重要文化財指定。
この大方丈は賓客(殿様や公家)を迎える接客空間でしたから、本堂同様に内部意匠にも力を入れており、内部は金碧障壁画で彩色された眩いゴージャス空間。全ての絵に金雲が飛び交っています。後列右室は最も格式の高い上段の間で、ここで賓客との対面所として使われていたようです。
本堂と大方丈の前は白砂を敷いた枯山水の庭が広がり、大方丈の対面に唐門が開かれています。殿様の御成の際は唐門からこの庭を抜けて直接大方丈へ参上したのでしょう。
大方丈の南西には今度は小方丈が連なります。大方丈に比べて一回り小さい桁行13.2m奥行11.5mの大きさで、屋根が入母屋造りの銅板葺。江戸初期の建造ですがどうやら以前は別の場所にあったらしく、1839年(天保10年)に移築された模様です。賓客の控え室だった建物で、そのせいか大方丈の豪華絢爛な意匠に比べると障壁画も無い簡素な部屋が並びます。但し背後に池泉鑑賞式の庭園が広がっているので、一服入れて和むには程好い感じ。京都府指定文化財。
その小方丈の東側、大方丈の南側には書院が連なります。この建物だけ建造が遅く、1707年(宝永4年)に建てられました。住職のプライベートエリアで、大方丈・小方丈が正統的な書院造りなのに対してこの書院は竹を多くあしらった数寄屋風の意匠が強くなり、茶室も備えられています。ここが一番落ち着けます。京都府指定文化財。
この書院には周囲を池泉回遊式の庭園が広がっており、特に茶室から見る方向に奥行きが深く感じられます。裏山の崖っ縁との狭い敷地を巧みに活かした構成で、京都智積院の庭園にも似ています。京都府名勝指定。
「正法寺」
〒614-8062 京都府八幡市八幡清水73
電話番号 075-981-0012
通常非公開 春秋に数日間公開有り