松籟閣 (しょうらいかく) 重要文化財



 日本酒の有名銘柄「久保田」を醸造しているのが、長岡市旧越路町にある朝日酒造。幕末期の天保年間に「久保田屋」の屋号で創業した老舗の日本酒メーカーで、夏には蛍が飛び交い秋には紅葉が見事な自然豊かな里山にあり、美味しいお酒を造るにはとても打ってつけの環境です。工場見学は出来ませんが、事業所の対面には直営店の「あさひ山」があり、ここで試飲や地元名産のへぎそばをお酒と共に味わうことが出来ます。
 ところでこの蔵元では企業メセナということか事業所内で様々な文化イベントを行っており、クラシックの演奏会やコンテンポラリーアートに落語にお茶会と、週末を中心に毎週のように色々と開催されているようですね。その会場として使われることが多いのが事業所内にある「松籟閣」で、平日には無料で内部公開もされています。

 

 巨大なコンクリート造りの工場棟のすぐお隣に、まるで武家屋敷のような門構えを見せるこの建物は創業者の邸宅で、1934年(昭和9年)に完成しています。元は今の工場棟に位置していたようですが、2002年(平成14年)に製品倉庫建築に伴い70m程東へ曳屋をして移築されています。
 敷地の南面に四脚門の堂々たる表門を配し、その奥正面に車寄を備えた玄関を中心に左右に各棟が建ち並ぶ戦前に建てられた豪邸で、国の重要文化財の指定を受けています。

 

 その豪邸の中核となるのが玄関を含む主屋棟。入母屋造り瓦葺屋根の木造平屋に一部二階が付く姿で、上から見るとコの字に配置された平面構成となり、南東隅に車寄の付いた玄関があります。この玄関部が御屋敷全体の中心軸となっており、コの字の右側に応接棟や寝室棟が取り付く構成です。
 かなり複雑な屋根の外観ですが、特に玄関部は凝った造作を見せており、大きな千鳥破風による妻入りに総ケヤキ造りの起り入母屋の車寄を前面に張り出した重厚な面構え。

 

 

 この玄関部の壁面には火頭窓が開けられていて、非常に細い欅の桟が組まれており、よく見ると下の方には松葉崩しの模様も入った手の込んだ造作が見られます。この傾向は隣の内玄関になるとより強くなり、正面に長円の下地窓が開けられ、ここにも細かい欅の桟が組まれて数寄屋風の佇まいを見せています。この御屋敷は数寄屋風の意匠がわりと強いですね。

 

  

 その内玄関も天井が網代となり、柱が皮付の杉の磨丸太が使われる等ここでも数寄屋の意匠が見られます。すぐ横手に四畳半の小座敷があり、玄関のタタキから欅板の小上がりで中に入るようになっているので、ちょっとした来客向けの座敷だったのでしょう。ここでも数寄屋の意匠が強く、天井は化粧屋根裏の掛込で、押入れ側の床柱は皮付の橡が嵌められ、釣床の床柱には楓が使われています。炉は切られていませんが茶室としても使えそうな座敷です。
 この小座敷の裏側が玄関部の四畳の寄付室となりますが、この部屋の襖には中国風の凝った紋様が見られます。

  

 この小座敷と内玄関を挟んで反対側にあるのが八畳の下座敷。ここも数寄屋風の意匠が濃厚で、竹の床柱と下地窓に扇型の地袋や、廊下側に開けられた下地窓の網状のデザイン等にみられますが、特に曲線を多く用いて洗練された柔らかい印象を与えています。当初は子供部屋として計画されていた部屋で、隣に当主の母親の部屋もあるので、女性的なトーンにまとめてあるのかもしれません。この小座敷と御母堂室だけ内玄関を渡り廊下として主屋から離されたような構成なので、他の箇所との印象がやや異なります。

 

  

 玄関から寄付室を跨いで正面に位置するのが主屋のメインとなる十二畳半の「松籟の間」。ここは一転して格調高い書院造の座敷となり、天井は高く折り上げ格天井で、床柱は椰子、床板は欅、そして床框には鉄刀木が嵌められるなど銘木がふんだんに使われたゴージャスな空間が広がります。なんでも茶の間として使われていたとか。

 

 

 それからこの建物全体に言えることですが窓部の意匠が斬新で、ここでも廊下との間仕切り上部の紋様や、付書院の花頭窓の細かい桟に特徴が出ています。

 

 また入襖には地元新潟県高田市出身の画家横尾深林人による花鳥風月の絵が描かれています。夏になると取っ払われてしまいますが、隣の仏間境の襖には、こちらは秋田出身の画家福田豊四郎による海と舟を題材とするスケールの大きな絵が描かれています。

 

 その仏間は六畳と北側に一畳半の仏壇と神棚が取り付けられた部屋。ここは彫刻や螺鈿が見所で、神棚の両サイドにある鳥と竹の彫刻や、仏壇扉下部にある草花をあしらった細かい螺鈿細工の美しさに惹かれます。工芸品の様な座敷ですね。

 

 

 玄関部から東へ渡り廊下で繋がるのが応接棟。こちらは洋風建築となり、外観はハーフティンバーによるバンガロー風の外観です。印象的な緑色の屋根瓦には桟瓦が葺かれ、切妻屋根の平側に破風付きの出窓を開けた可愛らしい姿で、グリム童話にでも登場しそうです。設計は清水組(現清水建設)の大友弘で、東京品川にあった旧正田邸も作。

 

 内部は洋間の応接室一室で、マントルピースにステンドグラスにシャンデリアとグレードの高い接客空間が見られる部屋です。特に天井部の白漆喰に施された繊細なデザインのレリーフが素晴らしく、三方の窓から入り込む明るい採光が美しく浮き立たせています。壁紙にも同様の傾向が見られます。

 

 

  

 主屋の北東隅に雁行型に繋がるのは寝室棟。外観は寄棟造りの瓦葺で、庇を取り回した木造平屋建ての建物ですが、一見するとごく普通の和風建築に見えますけれど、内部は和様混在した空間となっています。特に廊下部に特徴が出ており、和風の掛込天井の下には洋風の壁面が広がる和洋折衷の世界。洋間の寝室と当主の書斎である「朝日の間」と呼ばれる和室が並んでいる為で、廊下にその影響がもろに出ているのでしょう。

 

  

 洋間の寝室も応接室同様に大友弘が手掛けており、天井がハーフティンバーで床が寄木貼り。この部屋の一番の特徴は壁面に開けられた大きな丸窓で、モンドリアンのような幾何学的模様によるステンドグラスが嵌め込まれています。当時最新鋭のデザインだったのでしょうね。

 

 お隣の八畳による「朝日の間」は一転して数寄屋風の座敷。当主の私室ですからより趣味性が強くなり、アクの強い鉄刀木や杉の絞り丸太をあしらって遊興的な空間が広がります。どこかの料亭風の佇まいで、この空間と洗練された洋間が隣り合う矛盾が面白いですね。

 

  



 「朝日酒造 松籟閣」
  〒949-5494 新潟県長岡市朝日880-1
  電話番号 0258-92-3181
  開館時間 AM10:00〜PM3:00
  休館日 土日祝日 12月〜3月