紫雲閣 (しうんかく) 三春町指定文化財



 梅と桃と桜が同時に咲き誇るから三春(みはる)と名付けられた福島県三春町。三春藩5万石の城下町として栄えた小さな田舎町ですが、山間の開けた土地に寺社・商家・土蔵が街道沿いに軒を並べ、その街並みの合間に桜の巨木が枝を広げて点在しており、さながら桃源郷のような美しい風景が見られる場所です。
 その歴史の古さからか寺院が多い土地柄で、福島の鎌倉とも呼ばれるほど。どの寺の境内にも必ず桜の古木が植わってあります。町の中心部にある紫雲寺にも門前に桜があり、石畳が敷かれた古い街道の磐州通りがその門前を横切ります。この磐州通りと紫雲寺との参道が交差する角に地元の名士だった吉田誠次郎氏の邸宅があり、今は町に寄贈されて文化伝承館として公開中。外塀は家主の趣味かナマコ壁。

 

 この邸宅は地元出身の吉田誠次郎氏が一代で築いた財産を元手に自宅として建てたもので、1895年(明治28年)に完成しました。敷地は300坪の広さで、二階建ての主屋と蔵、それと高台に紫雲閣と呼ばれる蔵座敷があります。北側の紫雲寺に向かって傾斜地になっている為か主屋の規模はあまり大きくなく、一階に五部屋、二階に二部屋とお金持ちにしては比較的大人しめ。戦前に数多くみられるいわゆる近代和風建築の一つで、純和風の座敷に良質の木材や凝った数寄屋造りの意匠で施された部屋が並びます。
 特に黒く節目の入った薩摩杉の天井板や、桐の一枚板の透かし彫り入りの欄間に、棕櫚・楓・鉄刀木・柿・黒柿・栗・紫檀・黒壇・欅・櫟・杉と様々な材料を用いて組み上げた床柱・床框・梁部が見所。

 

 

  

 二階は八畳の座敷と三畳の次の間のみ。一階は家族の部屋と客間として使われ、この二階は家主の私室として機能していたのか、一階以上に数寄屋の意匠が強くなっています。。
 まずはそれぞれの座敷境にある襖絵は、次の間側は銀地に和歌を貼り付けた王朝風のものに対して、主室側は金箔に極彩色の絵画が貼リ付けられた中国風のもの。この中国趣味がこの邸宅のキーワード。

 

  

 さらに主室には大きな丸窓が開けられ、その窓には天然の枝も嵌められており、窓の向こうには隣の神社の桜並木が続いているので、春にはここから花吹雪が舞い降りて来るという乙な趣向。床全体も一階同様に栗・柿・楓・鉄刀木の銘木で組み上げており、床柱のゴツゴツした紅葉が一際目を引きます。おそらく家主の書斎だったのでしょう。

 

  

 主屋横の崖上に建つのが蔵座敷の紫雲閣。いわゆる離れ座敷で、東北地方では豪雪に対する備えからこのような蔵造りの座敷を造るお金持ちが昔は多かったようです。但しここのは数ある蔵座敷の中でも異色の作品として知られており、おそらく唯一無二の孤高を行く物件。

 

 一階は入口の板の間と十畳の座敷による構成で、この十畳間も床周りは凝った造りの数寄屋風のもの。板の間から螺旋階段で二階へ上がります。

  

 二階は八畳間と四畳半の座敷が並びますが、この二つの座敷は対照的な意匠で、その対比も見所の一つ。特に八畳間は奇奇怪怪な中国趣味濃厚な空間で、過剰なまでの装飾性が特色。部屋の梁・柱・天井部は当地の「三春塗」と呼ばれる紅色の漆で塗り上げられ、さらにその上を「いらくさ模様」で仕上げており、一層どぎつさをヴァージョンアップさせています。乱歩や横溝正史のミステリーにでもでてきそうな空間。
 またこの部屋は崖っ縁にあるせいか眺望が良く、街全体が箱庭のように一望できます。ここで趣味の謡曲に勤しんでいたとか。

 

 

 家主は横浜の生糸問屋との取引で商いを始め、やがて外国人相手に錦絵・書画・骨董品を売買して一財産を築いた商人で、その間に独自の感性を磨いて行ったのかエキゾチックな異国趣味が強かったようです。特に床柱には龍が絡みついた立体的な装飾が施されていますが、これも横浜で購入したものだとか。他にも龍にまつわるモチーフが多く見られ、壁の龍の彫刻は裏側の螺旋階段からは影絵のように浮かび上がり、特に夜間では幻想的な姿となる模様です。

  

 他にも襖には「紫雲閣」と彫り込んだ彫刻や、欄間には唐獅子牡丹の彫刻、さらに床框には波しぶきの彫刻と、凝った細工が色々な箇所に散りばめられています。


 

 

 隣の四畳半は一転して和風の数寄屋造りの部屋で、こちらは茶室として使われていたようです。主屋二階同様に奇木がふんだんに使われており、丸窓も同様に開けられています。こちらは小船と見立てているのか丸窓の下に波の彫刻が施されてあり、窓の格子も帆のデザイン。全体的に軽やかな印象の座敷で、隣の中国風の濃密さとは対照的。

  

 それぞれの床には腰紙が貼られていて、八畳間は漢文が、四畳半は仮名の歳時記が貼られており、日中対比がここにも表れています。

 



 「三春町文化伝承館」
   〒963-7759 福島県田村郡三春町字大町82
   電話番号 0247-62-5911
   開館時間 AM9:00〜PM4:30
   休館日 土・日・祝日